みんなで遊び2
カチカチとゲームパッドのボタンを押す音が室内に響く。
二人の女性が豪華な屋敷の一室でテレビゲームをやっているのだが、一人はしたり顔でもう一人は悔しそうに歯を食いしばっている。
「よし、また勝った」
「くわぁー! 何でまた負けるの! こんちくしょぉ!!」
矢那は思わずコントローラーを投げ飛ばしそうになった。
今、矢那は水橋と自分の屋敷でゲームをしている。
暇だったので矢那が誘ったのだ。
あなたもどうせ暇でしょう? 私の家でゲームしない、と。
「何で!? 何でなのよ!!」
矢那が訳がわからないと言った風に、水橋に詰め寄る。
水橋は得意げになりながら、
「結奈との遊びでゲームしたこともあったからな。最初はアイツに負けていたが、見返してやろうとこっそりゲーム機を購入して最終的にはこてんぱんにしてやった」
と説明した。
「この根暗! 卑怯者!」
「何とでも言うがいい。ゲームなんてルールさえ乗っ取ってさえいれば勝つことこそが……」
ドヤ顔で得意がる水橋の余裕は、矢那が発した次の言葉で消失する。
「中二病!」
「何だと!!」
今度は水橋がコントローラーを放り投げそうになった。
「なーにが水鉄砲よ! つーかその話し方よ。他人と違う話し方してカッコいいとか思っちゃってんのだっせー!」
「今のは聞き捨てならんぞ! 確かに変かもしれないが人には個性というものがだな!!」
「知らない知らない! 個性を演じているようにしか見えないのよあんたの喋りは!!」
取っ組み合いしそうになる雷と水。
18歳と19歳が行うべき喧嘩ではない。
しばらく罵詈雑言の言い合いだったが、冷静に戻った二人はソファーに座り直し、コホンと咳払いした。
「ま、まぁたまには熱くなっちゃう時もあるわよね……」
「そうだな……我々はまだ若いから……」
テーブルに置いてあった麦茶を一口含んで、矢那はゲーム機の電源を落とした。
「やらないのか?」
「これ以上やっても勝てそうにないし……今度は炎辺りを誘おうかしら」
矢那はゲームに勝利の快感を求めているのだ。ぼこぼこにされる敗北を望んでいるわけではない。
故に、圧倒的実力差で勝利したい。百歩譲って拮抗する戦いとかか。
しかし、どうせ行うなら蹂躙的な勝利だ。
どっちが勝ってもおかしくない戦いなど、気持ちの良い勝利は味わえない。
真の戦闘狂は自分を殺せるぐらいの相手を望むというが、そいつは絶対ただのキチガイだ。
(ってことは私は戦闘狂ではなかったってことね……)
矢那は複雑な気持ちになる。
戦いは好きだ。だが、よくよく考えてみるとそれは特筆しておかしな点ではない。
人間というものは本質的に戦いを好む。今は戦いは形を変えスポーツだったりゲームだったりに変化しているだけだ。
もしくは仕事、就職活動、テストの点数……。平和的戦いを人は常時行っている。
そもそも矢那は逃げていただけなのだ。逃避で戦いに明け暮れていた。
だが、今は違う。最も、だいぶツケを払わされることとなったが。
(ま、いつまでもママのこと引っ張ってるわけにはいかないしね)
矢那はもう一口麦茶を飲むと、そういえばと水橋に話しかけた。
「彼氏はどうなったの?」
「…………」
水橋が俯く。心なしかどんよりとしたオーラが彼女を包んでいるようにみえる。
「あ、あれ? 助けたって……」
「……られた……」
「え?」
「フラれたんだ! 放っておけぇ!!」
と言って水橋は麦茶を一気に煽った。
無理に飲み込んだ為ごほごほと咳き込んでいる。
フラれたと思っていなかった矢那は驚きつつ青髪の女性を見つめた。
ずっと澄まし顔だった為、無事成功したものと勘違いしていたのだ。
「わかっていた……わかっていたんだよ。アイツが結奈を忘れられないことぐらい……でも何だ、おかしいだろう? わざわざ戦場の真ん中で告白したのだ! 吊り橋効果的な何かがあってもおかしくないだろう!?」
吊り橋効果。渡ってドキドキしてしまうような吊り橋の上で異性と会話すると、まるでその女性が魅力的でドキドキしてしまうのではないか、と脳が誤作動を起こす効果。
らしいのだが、実際に効果があるのかは矢那は知らない。
少なくとも、水橋と沖合健斗には効果がなかったようだ。
もっとも戦場の緊張感はドキドキとは違うものだと思うが。
「で、その人はどうしたのよ」
「ふん! 勝手にどこかへ行ってしまったよ! ……私を置いてな……うぅ……」
うわめんどくせぇ、と思いながら矢那はテレビのリモコンをいじった。
表示されたのはニュース番組で、異能者が有罪判決を受けました、という旨の内容が流れている。
「これ作る方も大変そうねぇ」
「……そうでもない。適当にそれっぽい刑期を表示させればいいだけだからな。ニュースの大抵はフィクションさ。ニュースを作家に依頼してる局もあるそうだ。現実味のあるニュースを作ってくれ、とな」
リアリティ。リアルっぽい虚構。英語はまた違うが日本語では大体そんな感じの意味だ。
テレビ等のマスメディアはリアルを伝える報道のではなくリアリティを作るようになって久しい。
まだ海外の方がちゃんとニュースしているのだ。全く公平感に欠けてはいるが。
そんなものを見ても面白いわけがない。矢那はさっさとチャンネルを切り替えた。
そして、失恋モノの恋愛ドラマが映り出す。
「…………くっ」
「わざとじゃないから泣かないでよ?」
ピッとまたチャンネルを変えるがどこもニュースか恋愛ドラマ、はたまた刑事ドラマばかりだ。
しかも刑事ドラマに至っては、犯人が大抵異能者で、矢那は実に腹立たしくなってくる。
最終的にテレビを消し、リモコンをテーブルの上へ置いた。
「あーつまんないな」
「ならば……旅行でも行くか?」
気を取り直した水橋が意味深な顔で訊いてくる。
矢那はは? と答えた。
「旅行って……今この日本の……いや世界のどこにそんな場所が……ってまさか」
「そのまさかさ。人手不足だそうだ」
水橋は携帯を取り出し直樹達に電話を掛ける。
そして、矢那を立ち上がらせた。
「どうせ暇だろう? 彼らは商店街にいるらしいから行くぞ」
「マジで? 拒否権はないんでしょうね……」
矢那はしぶしぶ立ち上がり、声を上げてメンタルズを呼んだ。
ぞろぞろと屋敷のあらゆる場所から9人の白いパーカー達が現れる。
「何?」「なになに?」「お出かけ?」「寂しい」「またお留守番?」「ゲームしたいなぁ」「矢那がいなくなれば出来るよ」「……別にいいじゃない」
めいめい言いたいことを言うと矢那の返答を待った。
矢那はお察しの通り、と言って、
「私はちょっと出かけてくるから好きなようにしてて。絶対に私の部屋には入っちゃだめよ? いいわね? 絶対だからね!!」
「そんなに言われると逆に興味を持ちそうな気がするが……」
水橋を無視し、矢那は車に乗った。
水橋が隣に座った後、自動操縦モードを起動させる。
「立火市商店街まで」
ルート設定終了、発進します。
というアナウンスの後、車が発車した。
「自分で運転しないのか?」
「異能者の私が免許取れると思う? ま、運転出来なくはないけど、アンタ乗せてたら色々言われそうだし」
矢那は水橋の疑問を受け流すと、直樹達は何してんのかしら、などと思いながら携帯ゲーム機を取り出した。
ノエルを起こす名目で立火商店街のクレープ屋の前に立っている直樹は、きらきら目を輝かせて色んな味に目移りしているノエルに一抹の不安を覚えていた。
彼女の隣では炎と久瑠実、彩香とメンタルがどの味にするか悩んでいる。
だが彼女達とノエルでは悩んでいる数が違う。
みんなは一つの味を選んでいる。しかし、ノエルはどれとどれを食べるか見定めている。
ノエルが約束通り五つで我慢してくれるか不安に駆られた直樹は、彼の後ろで何かと戦っている心を怪訝な顔で見つめた。
「どうしたんだ?」
「……別に」
とそっぽを向く心。
その悩み具合がただ味を選んでいるとは思えなかった直樹は、彼女の元へ近づいた。
「そんなに悩むもんかな」
「……スイーツは悩む物。女子にとっては」
などという言葉が暗殺者から漏れ、直樹は思わず吹き出しそうになる。
「なに」
「いや、何だかんだ言って最初の頃とは違うよな」
「そう?」
心が不思議がる。
人は変わっていく。しかし、なかなかその変化を自覚することは難しい。
自分の場合は単純に弱気から強気になっただけだが、心の場合は少し複雑だ。
(でも、悪い方向じゃない。いいんだ、これで)
「変な顔してる……」
「そうか? で、何を悩んでいたんだよ」
直樹の問いに、今度は心が怪訝な顔をした。
「だから味を」
「嘘だろ」
直樹は心の目を覗き込んで言う。
「もしかして……ノエルを泊めるのきつかったりするのか?」
「そんなことはない」
心が首を振って否定する。
事実、心はノエルを泊めること自体がきつい訳ではない。
「じゃあ、何で……」
「言えない」
心は頑として答えない。
わかったよ、と言って直樹は心から離れた。
目指す相手は妹だ。
彩香に訊いても良かったのだが、心の相棒であるはずの彼女はずっとクレープをチョコグレープ味にするかオレンジミント味にするか悩んでいた。何だそのチョイスは。
直樹は心の中で彩香のセンスに脱帽しつつ、メンタルに声をかける。
「なぁ、訊きたいことがあるんだが」
「なら奢って」
「え?」
「奢って」
なぜか、直樹は奢らされるはめになった。
わかったよ、と言うとメンタルは持っていたお金を心に返す。
何で俺奢らされたんだ……? と考えていた直樹へ白い無垢なる者は手を伸ばしてきた。
「ほらよ。はぁ……」
俺は食べられそうにないな、と愚痴って直樹は椅子に座る。
ノエルにお金は渡してあったので、後はみんなが買ってくるのを待つだけだ。
一足早く戻ってきたメンタルが直樹の反対側に座る。
「で、話って?」
「心、何かに悩んでいるのか?」
直樹は、心を横目で確認しながら質問した。
心はというと、メンタルに返してもらった金を握りしめて何味にするか考え込んでいる。
「……言っていいものか」
メンタルはシンプル過ぎるホイップクリームのみのクレープを頬張りつつ思案に耽った。
そして、彼女が口を開きかけた瞬間、別方向から声がした。
「異能殺しさんはお金がなくて困ってるんですよ、汚物」
突然の汚物呼ばわり。直樹は閉口して、声の主を見た。
小羽田美紀が汚らわしい物を見るような目つきで直樹を見下ろしている。
「……突然の汚物呼ばわりは」
「口を開かないでください。声を発しないでください。息をしないでください。……この世界から、消えてください」
あまりにもアレな言い方に直樹は押し黙る。
小羽田の男嫌いもここまでくると逆に感心してしまうくらいだ。
「そもそも、なぜメンタルさんといっしょにあなたが座っているのでしょう。退いてください。大事な話があるのですから」
「大事な話……?」
小羽田は直樹を強引に退かし、椅子に座るとメンタルと向き合った。
「何の用?」
「実はですね……ふっふーん! 私は異能殺しさんの家に住むことにしました~!!」
「え?」
メンタルが驚く。当然だ。直樹とて驚いた声を上げたかった。
そんな話は全く出ていない。どう見ても小羽田が勝手に決めたようだった。
横暴な、と思った直樹だったが、自分もノエルを心の家に預けると勝手に決めていたのを思い出し、何も言わなかった。
「それは困る。これからノエルが家に」
「構いませんよ! むしろそれがいいそれがいいんです!」
嬉々として言う小羽田。女好きな彼女にとって、女子が四人住む心の家は桃源郷に違いない。
最も、彩香を女子として含めるなら、だが。
「げぇ!? 何であんたがここに!」
直樹が小羽田を微妙な表情で見下ろしている時、クレープを片手に持った彩香が声を上げた。
「それはこっちのセリフです貧乳腐女子。炎さんに焼却されやがれです」
つんけんと返す小羽田。やはり彩香を嫌っているようだ。
「いや百合娘こそよ! シャイニング・ホムラ・アタックとかいう痛い技名の業火に身を焼かれるがいいわ!」
「わああ! 突然何を言い出すの!?」
いきなりこっそり考えていた技名をばらされた炎が目に見えて狼狽する。
炎は自分で言いだすのはいいらしいのだが、他人に言われるのは恥ずかしいようだ。
「中二技名……。男なら失笑もののそれも炎さんなら許されます! それに……脅しの材料にも……」
「とんだ腹黒女ね!」
「彩香ちゃんのせいだよ!?」
フフフと邪悪な笑みをみせる小羽田。直樹も空恐ろしくなってくる。
「どうかしたの?」
「あ、久瑠実……」
ここに来て、幼馴染の存在が直樹の癒しだった。
決して今まで存在を忘れていたわけではない。
「そこの奴が恐いんだ……」
「あ、小羽田さん、だっけ?」
久瑠実がクレープを食べつつ、よしよしと直樹を慰める。
あぁ……色々ひどいこと言われた心がゆっくりと解きほぐされるようだ……。
などとキモい事を考えていた直樹の元へノエルが帰ってきた。
「フフ、ナオキ。おいしい、おいしいです……!」
「わかったから、五個全部頬張るのはやめような……」
どれだけ口はそこまで大きくないはずなのに、ノエルはどうにかして五個のクレープを同時に食している。
直樹には彼女が食の魔術師にしか思えなかった。作る側ではなく、食べる側の。
しかし、実際には現代に生きる騎士であるノエルは、あっという間に全て平らげると、直樹に満面の笑顔を向けて、大声で言う。
「おかわりを所望します!」
「言うと思ってたけど、無理だぞ」
すると、ノエルはガーンとショックを受けた顔になった。
そよ風が吹き、彼女の緑髪が揺れる。そして――。
「うわっ!? 絶対異能使ってんだろ! やめろ!」
直樹だけに突風が吹く。吹き飛ばされそうになった直樹は咄嗟に久瑠実の手を掴んだ。
えっという久瑠実の声が聞こえたが、直樹に気にする余裕はない。
「やめてくれ! つーかどうやってんだよ俺だけピンポイントに吹かすな!!」
直樹の叫びを受けて、ノエルは異能を止めた。
この世の終わりみたいな顔をして、
「ナオキがクレープを食べさせてくれません……」
「いやさっき食べさし」
「ナオキが私に食事を与えてくれません……」
「俺が虐待してるみたいじゃねーかやめろよ!」
クレープ屋のオヤジの眼光が鋭くなったのを見て、直樹が全力で突っ込む。
その声に反応したのか、パッと顔を輝かせて小羽田が立ち上がった。
「きゃあ! そこの緑髪の美しいお嬢さん!」
「なんでしょう……今、私は絶望しています。ナオキに……絶望しています」
「そこまでショックだったのかよ……」
常識が欠如しているノエルにとって、いきなりクレープを買ってくれなくなった直樹は極悪非道の男に見えているのかもしれない。
ロベルトの教育で知識は頭の中に入っているはずだが、知識があることと常識を兼ね備えていることは違うのだ。
だが、今はそれどころではない。小羽田が、獲物を見つけた狼のような顔をしている。
「なら食事を上げましょう。私が世話をして上げましょう。昼夜問わず」
「ホントですか!?」
小羽田に負けないくらい顔を輝かしたノエルは知らない。想像出来るはずもない。
優しそうな顔を浮かべている目の前の女子が、自分の貞操を狙っていることなど。
邪悪な笑み(直樹視点)を浮かべた狼が、お金を持った手をノエルへ差し伸ばす。
「万札……!!」
メンタルが紙幣を見て目を見開いた。
まずい、と思った直樹がノエルを救おうとして、はっとした。
久瑠実の手をずっと握りしめたままだ。
「な、直ちゃん……」
「あ、悪い……」
気まずくなる直樹。久瑠実とはキスの件がある。
その事を一気に思い出してしまった直樹が止まった。
その隙に、狼の手をノエルがつか――。
「とうっ!」
「ぐはぁ!!」
むことはなかった。
クレープを食べ終えた彩香の一撃が、小羽田を襲う。
不意を衝かれた小羽田は殴られたみぞおちを押さえて身体をくの字に曲げるしかなかった。
「な、何を……」
「ダメよ、ノエル。こんな百合娘なんかに引っかかっちゃ」
「し、しかし」
「ダメなものはダメだってば」
ちゃっかり小羽田が落とした万札を懐に忍ばせつつ、彩香はノエルの肩をポンポンと叩く。
うぐぬわ……と小羽田が唸っている間に、最後に注文していた心が戻ってきた。
「何事?」
「姉さん、実は」
とメンタルが説明しようとした瞬間、小羽田が復活。
メンタルと心の間に割り込んで、実はですね! とさっきのダメージはどこへやら元気よく話し始める。
「私は異能殺しさんの家に住むことにしたのです!」
「え」
心の手からクレープが手放され、地面に落ちる前にノエルが回収する。
物欲しそうにじっと見ていたノエルに、心は呆けた表情でいいよと言った。
「ホントですか!? ありがとう、ココロ!!」
いただきます! と希望に満ち溢れた顔でクレープを頬張るノエル。
そんな彼女を後目に、驚愕する心と小羽田の会話が続く。
「どういうこと?」
「どうもこうもそういうことです」
くるくると心の回りを歩き出す小羽田。
「私はこっちに来てからというもの、まともな住居を構えていません。また以前の場所に戻ってもいいのですが、無能派に睨まれてしまいましたし、かといって異能派に協力を仰ぐのも難しい。とすれば中立派のあなた達の近くにいるのがベストなんですよ」
小羽田が心の正面で止まって、
「そして、客観的に見て、あなたの傍が一番安全なんです。クイーンですら一目おく異能殺し……その名の効果は絶大ですよ? 確かに強大な敵が襲ってくるかもしれない。ですが、私にとって強大も弱小も変わりはないんです。どちらが来てもひとりでは殺されてしまいます」
私自身に戦う力はありませんからね。
そう付け加えて、にこりと笑う小羽田。
そう言われてしまうと、心としても断れない。
だが、異能殺しは切実な顔で俯いた。
「でも……金が……」
「それはご心配なく!」
シャ! と取り出された札束。
それを見て全員が驚愕する。直樹にもいくらなのか見当もつかない。
「お金ならあります! 私がみなさんを養ってみせます!」
「で、でもそういうわけには……」
しぶる心を、小羽田が説得する。
「大丈夫、大丈夫です! 心さん達は安全を、そして私は生活を守ります! ギブアンドテイクです! 共同体です! 私達のつながりです!」
そこまで言われてしまうと、心としても断る理由はなくなる。
現状金は必要不可欠だ。そして、心にはまともに稼ぐ手段がない。
ならば、小羽田の提案を受け入れるしかなかった。もちろん、貰うのではなく借りるという形で。
「じゃあ、わかっ」
「ちょっと待った! 私は反対よ、こんな奴と同居なんて!!」
と、彩香が叫びだす。彩香と小羽田は仲が良くないので当然と言えば当然だ。
小羽田がむっとした様子で反論する。
「もちろんです! 私もあなたといっしょに住むなんて言ってません」
「なら無理よ無理。ほらどっか行きなさい!」
威勢よくしっしっ、と小羽田を手で追い払う彩香。
しかし。
「正直、小羽田の提案は魅力的」
「姉さん、ワタシもそう思う」
色違いの姉妹は彩香ではなく小羽田の側についていた。
その事実に衝撃を受ける彩香、そんな彼女に追い打ちがかかる。
「私は、ココロの家に行きます。……アヤカの家ではありません」
「ちょ、ちょっと待ってよ……何でそいつにつくのよ……」
狼狽する彩香の声。だが、そんなものわざわざ言う必要もない。
なぜならば。
「――働かないで浪費するばかりの彩香と――」
心が積年の恨みを込めた瞳で彩香を睨む。実際には積年ではなく積月だが。
「お金をたっぷり持っている小羽田……」
メンタルが小羽田を見つめる。その手には何十万円になるであろう札束が載っていた。
「どっちを選ぶかなんて明白なんでーす! ばいばいです百合娘! のたれ死にやがれーっです!」
小羽田が胸を張って勝ち誇る。
彩香は地面に手をついてば、バカなと震える声で呟く。
小羽田は彩香の回りをくるくる回って、
「やーい、やーい! ニート! ニート腐女子~貧乏人~!」
とてもご機嫌に言う。
小学生のような罵倒を、小羽田は年甲斐もなく続けている。
そんな彼女をみかねて、炎がフォローをした。
「やめようよ、小羽田ちゃん。それくらいに……」
「小羽田じゃなく美紀ちゃん、って呼んでくれるならやめます」
きりっと切り替える小羽田に炎は戸惑いがちに頷き、
「じゃ、じゃあ、美紀ちゃん。彩香ちゃんにだっていいところはあるんだよ? そういうこと言っちゃダメだよ」
「へぇー知らなかったです。どんなところが?」
小羽田の問いに、炎はそりゃあもう! と自信満々に、
「……あれ……?」
答えることが出来ず、首を傾げた。
「答えないんです?」
「いや、うん。ちょっと待って、一分……三分……十五分……」
だんだん伸びていくカウント。炎はうんうん唸っているが、なかなか思いつかない。
と、不意にポンと手を叩いて、そうだ! と顔を輝かせた。
「人の心を透視して、いじわるする所だよ!」
「ひどい! 実にゲス野郎です! 最低のクズです!」
満面の笑みで同意する小羽田。炎はあ、あれ? と予想外の反応に困惑する。
「全然フォローになってないじゃんか……」
直樹が苦笑しながら呟いた。
さてそろそろ悪ふざけも終わりかな、と憎まれ役を引き受けようとした彼は気付く。
彩香がぷるぷる肩を震わせていることに。
瞳からきらりと光る水滴がこぼれ落ちたのを、直樹は見逃さなかった。
まずいんじゃね、と思った直樹。彼の予想は見事的中する。
なぜなら、次の瞬間に彩香が大声を上げたからだ。涙をこぼしながら。
「うわぁあああん! これはキツイよぉ!!」
「彩香……!?」
心が驚きの声を出したが、その驚愕は皆も同じだった。
いつも飄々として、余計な事を口走っていた彼女はもういない。
そこにいたのはみんなからハブられて、寂しがっている少女だ。
「ひどい……ひどいって! そりゃそうだよ! 私は働いてないよ! でも学校に行ってるんだからニートじゃないでしょ!?」
「そ、それはそうですね……」
引きがちにノエルが答える。あまり彼女と仲良くないノエルでさえその様子なのだから、以前から彼女について知っている皆も、あまりの豹変ぶりに困惑するしかない。
「ぼっち……ぼっちは止めてよぉ! 仲間外れにしないでよぉ!」
「そ、そうね……ごめんなさい」
いつもの仕返しを行っていたはずの心も、ささやかな復讐心などすっかり消え失せて相棒を宥めにかかっている。
彩香は相棒の胸に飛び込んでわんわん泣き叫んだ。
久瑠実が持っていたハンカチを彩香に差し出すと、彼女は涙を拭いてチーン! と鼻を勢いよくかんだ。
「わかったよ……心が金に困ってるって言うならバイトするから……だから……」
「っ!? ごめん、本当に悪かったから、もう泣き止んで。ね?」
人見知りである彩香からバイトなどと言う言葉まで出て、とうとう心は焦り出す。
直樹も開いた口が塞がらない。まさか彩香からバイトなんて……。
「うん……うん……もうぼっちじゃない?」
「ええ。あなたは私の相棒。忘れたの?」
こくん、と涙で顔をぐしゃぐしゃにした彩香は頷いて、
「じゃあ、小羽田は家に来ない?」
と相棒に問う。
「えっ……それは」
思わず言葉に詰まった心の胸でそんな! とまた泣き出そうとする彩香。
またか、と思った直樹だったが、彩香が号泣することはなかった。
クレープ屋の前で大騒ぎする集団に、声がかかったからだ。
「君達は何をしてるんだ……?」
「水橋さん、矢那さん!」
ぐだぐだになっていた直樹達にとって、水橋と矢那の登場は救い以外の何物でもなかった。




