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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第三章 異端狩り
63/129

みんなで遊び1

 ノエルは、一週間あまりで退院した。

 腹を突き刺されていたというのに、驚くべき回復力である。

 どういう構造してんだと思う直樹だったが、だがそれを言うなら両腕両足を一瞬で再生させた直樹の構造だっておかしい。

 直樹は深く考えない事にした。

 医学の進歩と丈夫な異能者故の特性だ。

 そう旧常識に縛られる自分に言い聞かせる。

 そもそも世界の在り方からして日本政府に騙されていたのだし、ありえないことが次々に起こっても不思議ではない。

 例えば。

 男友達しか訪れることがなかった自分の部屋に、女友達六人が訪れるだとか。


「ってか散らかり過ぎでしょ。私の家なんて全然散らかってないよ?」


 直樹が慣れ親しむ回転椅子に座って彩香がふんぞり返る。


「いや、お前は何もしてないんだろ……」


 俺の椅子を返せ、と恨みを込めた視線で直樹は彩香を見上げる。

 直樹の元に訪れた心、炎、メンタル、彩香、久瑠実、ノエルは椅子かベッド、ソファーに座り、部屋主であるはずの直樹は床に座らされている。

 別に床に座ること自体に不満があるわけではないが、ならばと敷いた座布団を、変態の椅子に直に座るなんて耐えられん、と彩香が強奪していた。なら椅子に座るなと言いたい。

 やけにリラックスする彩香とは対照的に、直樹は全く落ち着かなかった。

 そもそもこの訪問すら予定外である。アポなしで奴らは遊びに来たのだ。

 たまたま休みだった母親が、女っ気の全くなかった直樹の元へ大量のガールフレンドが訪れたので口をあんぐり開けて驚いていた。夕食の話題はもう決まりだろう。

 だが、そんなことはどうでもいい。目下の不安はベッドの下をごそごそと漁る白パーカーだ。


「ない。ない。おかしい」

「何もおかしくはないんだよ」


 どうせ男の必須アイテムを探してるであろうメンタルに、直樹が語りかける。

 そう、何もおかしくはない。そのようなものは自分の部屋に存在しないからだ。


「――あ、こっちでヒットした」


 と携帯片手に言うメンタル。

 直樹の余裕が一気に吹き飛んだ。

 この白い暗殺者のクローンは、オリジナルと同じくハッキング能力が高い。

 やろうと思えば――直樹の検索履歴を辿ることなど造作もないのである。


「ふむふむ。直樹の趣味は、と」

「お、おいまさか――」


 いや流石にハックしてないよねと思いたい直樹だったが、この無垢なる者は己の興味関心に正直だ。

 だが、メンタルの声は幼馴染に遮られる。

 ソファーに行儀よく座っていた久瑠実がメンタルの言葉を引き継いだ。


「直ちゃん、ちょっとオタクっぽいのが趣味だよね」


 その通りだったのだが、直樹は口どもる。

 メンタルが言おうとしたことと、久瑠実が言ったことはたぶん違う。

 冷や汗を掻きつつ、上手く誤魔化せるかと直樹は頷いた。


「ああ、まぁそんな感じだ」


 アニメやゲーム等の趣味は少し前まで毛嫌いされていたが、今はそうでもない。

 もちろん強引に好きでもない人へ語れば嫌われたりするだろうが、街中で友人と話しているくらいだったらば、目くじらを立てられることもない。

 それに今やチャラ男でさえそういう趣味だったりする。

 駅前でたむろしていたよくわからないじゃらじゃらしたものをぶら下げているチャラ男が似たような恰好をした連中と、今期のアニメについて大声で話していた時の衝撃と言ったら、直樹は今でも忘れられない。

 人は見かけによらない、ということばをはっきり認識した瞬間だった。


「あー前言ってたよね」


 ベッドの上に座っていた炎が、なぜかそわそわしながら言う。

 そんな彼女を見て直樹がまた不安に駆られる。

 お前もブツを探しているのではあるまいな、と。


「私もおにぃ……じゃない、兄さんが好きだったからね。影響されちゃったよ」

「炎には兄がいるのですか」


 久瑠実の横でずっとチップスを頬張っていたノエルが興味深そうに炎を見つめる。

 もう既に十袋目、である。全部一人で食べていた。

 しかし、今日ノエルは退院したので、退院祝いだということで、誰ひとり文句を口にしない。

 本来ならばどこか食事に行くべきだろうが、ノエルの食事代はバカにならないので、間違っても触れないのが暗黙の了解だった。


「うん。いたよ」

「いた……。訊いてはならないことを訊いてしまいましたか?」


 過去形だったことから悟ったノエルが申し訳なさそうに言う。

 炎がううん、と首を振った。


「そんなことないよ。私は兄さんが大好きだったからね。兄としてね!」


 ブラコンだと誤解されないようにするためか、炎が予防線を張る。


「むしろそういうこと言う方が怪しい」


 メンタルの呟きに、直樹も同意だった。

 炎が兄について語る時、本当に嬉しそうなのだ。

 そういうコンプレックスがあるのかと誤解してしまいそうになるほどに。


「違うよ? 全然違うからね!?」


 二度押しでメンタルに叫ぶ炎。

 怪しむメンタルの視線と、純粋なノエルの視線に見つめられ、後ろでベッドに寝転がる心へと話題を振る。


「そう言えば心ちゃんも弟がいるよね? ねっ?」

「え? ええ……」


 ボーッとしていた心が答える。

 心は来てからというものお邪魔しますという挨拶しかせずずっと黙ったままだ。

 顔が若干赤かったので、直樹は気にかかった。


「どうかしたのか?」


 熱でもあるのかと立った直樹に、心は慌てて何でもない、と言って起き上がり、ゴン! と派手な音を立てて炎に頭突きした。


「~~っ!!」「痛いよぉ~!!」


 普段の心らしからぬミス。

 本当に調子が悪いのかもしれない、と思い始めた直樹に、彩香が一言。


「なんでなの?」

「……何が?」


 彩香の問いは直樹には理解不能だ。

 質問を質問で返した彼に彩香は嘆息した。


「何でこう鈍感なの……」


 そんな彩香の呟きに、ノエルが訳のわからないことを付け足す。


「人は生まれついての鈍感なのです。愚鈍だったからこそ、人は自然に取り込まれることなく、人独自の文化を築き上げました」

「いやそんなこと訊いてな」

「故に、今の社会が存在しています。異能者という存在を自然と受け入れないから――」


 場の空気が一気に重くなった。

 今この部屋にいる全員が異能者である。

 ルーキーである直樹や久瑠実を除き、異能者を受け入れられない人間をたくさん目の当たりにしているはずだった。

 それでも、彼女達はその者達を拒絶しない。

 理解が足りないだけだと。わかり合える可能性があると。

 異能者も無能者も、元は同じ人間なのだから。


「まぁ、それは今日はいいだろ? 何か別のこと話そう」


 全員押し黙ったのを見て、直樹が声を上げた。

 だが、そうは言うものの、その別のことが思い浮かばない。

 たまにいる、話題を変えよう、面白い話をしようとかのたまいながら、そういう話が出来ない男。

 それが直樹だった。


「あ、えーと」


 視線が集中する感覚に、直樹は困ってしまう。

 みんな彼が何を言うのか期待しているのだ。

 一人、全てが視えている彩香だけがにやにやと笑っている。


(くそ、ならばお前が言え!)


 直樹はここいらで彩香に復讐を果たすことにした。

 いつもこのスウェット女は、人の心を盗み見て楽しんでいる。

 透視自体をそこまで不満に思う訳ではない。彼女の生まれつき持ち合わせた特性であるし、その異能で助けられたこともある。

 しかし、だからと言ってずっと楽しませるというのもしゃくだ。

 と、直樹が口を開こうとした瞬間――。


「あ、私トイレ行ってくる」


 などと言って彩香は出て行ってしまった。

 後には、直樹が何を言うかじっと期待している少女達。

 何を言えばいい、と考え込んだ直樹だが、変にこだわるのは止めて、素直に話すべきことを話すことにした。


「そう、そうだ。ノエルはこの後どうするんだ?」

「私ですか?」


 お菓子を全て平らげ、若干眠そうになっていたノエルが覚醒する。


「ええと、この後ココロの家に行って……」


 そうだった、と直樹は思い出した。

 ノエルを倒した後、彼女の居場所について炎と談義したのだ。

 あの後色々あって心に話すことは出来なかったのだが、もう話を通してあるらしい。

 と、良かった、と安堵しかかった直樹だったが、


「え? そんなこと聞いていない……」


 頭を擦っていた暗殺者の言葉に驚いた。


「え、炎かノエルが説明したんじゃ」

「私、てっきり直樹君が言ったのかと」


 同じように安心しきっていた炎が目を丸くしている。


「私は二人がココロに言ってくれたものだと」


 ノエルも心の驚きように困惑を隠せない。


「……申し訳ないけど家は」

「そうですか。では、私はひとり、ですね。路上で寝ましょうか……」


 病院のベッドが懐かしいです、と遠い目をするノエル。

 その姿を見て、心が苦虫を噛み潰したような顔をした。

 やっと自由になった、緑髪のノエル。

 理不尽に耐え解放された結果、路上生活の仲間入り。

 その容姿で、隙だらけな睡眠姿を晒せば、よからぬことを企む男に暴行を受けてしまうかもしれない。


「くっ……わかった。しばらく家にいていい」


 なぜそんな辛そうなのか、直樹は知らないので不思議そうな顔をする。

 そう、ここにいる全員が、心は資金潤沢な暗殺者だと思っている。

 しかし、実情は何とか食い繋いでいるという感じだ。


「姉さん……」


 全てを知っているメンタルだけが、心配そうに姉を見つめた。




 ジャーという水の流れる音と共に、トイレから彩香が出てきた。


(ふぅー、残念だけど全部視えちゃうんだよねー)


 彩香は、直樹がむちゃぶりしようとしているのを見て取り、トイレへと逃げ込んだ。

 まぁ、話す種はいくらでもあったし、そのまま会話しても良かったのだが、してやられたようでしゃくだった。


(しかし、鈍感な男よねー。せっかく好意を持ってる女達が群がっているというのに)


 今、直樹の部屋にいる少女達。

 大小の差はあれど、全員が直樹を好いている。

 なのに、好かれているはずの本人はこんな鈍感男が存在するのかというレベルで気づいていない。


(いや私もさっぱりわからないけどね……何であんな男をみんな好きになるんだか)


 あの男がしたことと言えば、その身を挺して彼女達を守っただけである。

 ボロボロに傷ついて、そんな資格も必要もないのに、がむしゃらに強敵に立ち向かっていく。

 自分が弱いことを知りながら、例え死にかけるとわかっていても。


「ちょっとわかるかもしれないな……」


 ぼそり、と彩香は呟いて、二階にある直樹の部屋へ上がって行く。

 ただ、明らかに言えることは、直樹は自己犠牲の性質を持っているということだ。

 当人に死ぬつもりはないだろうが、無茶をし過ぎている。

 自分が傷つくことより他人が傷つくことに痛みを感じてしまう精神障害の気さえあった。

 そう思うと、彩香は不安になる。同じような心を持つ者を知っている。

 彼女は階段の途中で足を止めた。

 ひとりでは大きすぎる理想を見て、それを成そうと戦う少女。

 今はひとりではない。しかし、それでもまだ、世界は大きい。

 数人の力では支えられない。

 希望か絶望かを問われれば、明らかに絶望だった。

 どうあがいても世界は変えられない。そんなことを思ってしまう。


(相棒の私が諦めてどうすんの。私が諦める時は、心が諦める時……)


 と彩香が動き出そうとした時。

 ただいまーという声と共に誰かが家に入ってきた。


「あ……ぅ、お邪魔してます……」


 リビングに入ろうとした少女と目が合い、彩香は何とか挨拶した。

 中学生くらいだろうか。にこにこと笑っている。

 直樹に妹がいると彩香は聞いていた。


「あ、こんにちは。兄の友達さんですか?」

「ぁ……は、はい……」


 自分の持つ最大限のコミュ力を発揮して、彩香が応対する。

 人見知りである彩香は心達となら饒舌に話せるのだが、やはり知らない相手となると委縮してしまう。

 例えそれが年下であっても。

 そう言えば、と彩香は思い出した。直樹と炎に出会った時、問題なくふつうに接することが出来た。


(いやあいつらがバカだからね)


 バカと敵と話す時、彩香は気丈でいられる。

 だが、目の前の少女はそのどちらでもない。

 ぷんぷんと放たれるリア充オーラが、彩香を追いつめている。

 全く、本当に兄妹なのかと彩香は思う。


「あなたは、夢を持っていますか?」

「……え?」


 唐突に放たれた問いに、彩香は戸惑いを隠せない。

 少女はあははと笑って、


「私、進路を考えなくちゃいけないんですけど、将来何になりたいかわからなくって」


 いきなり始められる進路相談。

 しかし、理想はあるが夢はない彩香に答えることは難しい。

 私の理想ゆめは、心と同じく異能者と無能者が争わない理想郷を創り上げることです――。

 などとは間違っても言えないし、それは他人の受け売りでしかない。

 自分自身の夢。そんなものは――。


「わ、私には、ちょっと……」


 と言って、逃げ込むように階段を昇る。


「夢って、難しいですよね。身の程知らずのゆめを持てば、そのゆめに身を焼かれる。でも、現実的なユメはユメで、つまらない人生を送るだけ。とっても、とっても難しい。いい眼をしているあなたなら、先を見れると思ったのにな」


 少女が何か言っていたが、彩香は聞き逃した。





「くそー参ったぞ……」


 彩香のいない内に自分の椅子を取り戻した直樹は、ソファーの上ですぅすぅ眠り出したノエルを見て困り果てた。

 最近は起きてる時間の方が多いので油断していたが、ノエルは睡眠と食事が大好きなのだ。


「……ふぅー弱ったわ」


 なぜか疲れ果てた様子で彩香が戻ってきた。

 一階にあったトイレへの道のりはそこまで辛かったものだろうか。

 もしくはトイレで格闘していたのかもしれないな、と思った直樹は考えることを止めた。


「くそ野郎……」


 直樹の思考を読み取った彩香が呟く。

 仮にも彩香は花も恥じらう女子高生だ。問題は花は恥じらっているのではなく腐り果てているということだが。


「ふん!」

「うわっ何すん……!」


 彩香が強引に直樹の椅子をひったくる。

 哀れな直樹はそのまま床と激突するハメになった。

 母親の案じ声が聞こえてくる。


「直樹ー! 興奮するのはいいけど節度は守りなさいよー!!」

「何言ってんだよ母さん!」


 渾身の叫び声で部屋を震わせる。

 母親というのはなぜこうも息子の女性関係を気にするのか。

 というよりも興奮という単語がふさわしくない。女友達の前で誤解されそうなワードは避けるべきだ。

 などとアホなことを考えつつ起き上がった直樹は、とりあえず眠ってしまったノエルをどうすればいいか考え始めた。


「何か食い物がないと起きないぞ……」

「でも、持ってきた分はノエルちゃんが全部食べちゃったよ?」


 炎が空のお菓子袋を見つめる。ノエルの食欲は凄まじく直樹の家にあったお菓子も全て平らげてしまった。

 とすると――。


「私が家からお菓子を持ってこようか?」

「いや、いいよ」


 久瑠実の提案を直樹は断った。

 ノエルを起こす為にわざわざお菓子を取りに行くというのも妙な話だ。

 こうなったら仕方ない。直樹は可愛らしい寝顔をみせるノエルの耳元で囁いた。


「たこ焼きとクレープどちらが食べたい?」


 訳のわからないチョイスだったが、そこは重要ではない。

 スゥーと寝息を立てているノエルの耳がぴくっと動いた。


「今日は……クレープがいいです……」

「じゃ、食べに行かなきゃな。残念だけど、今ここにはないから」

「でも……眠いです……」


 ノエルが不平を言う。

 病院でたっぷり寝ていたはずのノエルがなぜまだ寝たりないのか謎だ。

 しかし、ここで寝られるというのも困ったこと。

 ノエルを家に泊めるわけにはいかなかったし、色々と問題が起きてしまう。

 直樹は囁き続ける。眠れる部屋の美女に。


「お祝いってことで、二つ……いや三つぐらい……」

「五つです」

「え?」

「五つで妥協します……」


 ノエルは図々しく直樹の提案に上乗せしてきた。

 直樹の財布は以前のおごりですっからかんである。

 しかし、元異能騎士であるノエルはそれだけは譲れないと数を減らす直樹の声に耳を傾けない。

 仕方ない、と直樹が折れた。


「よし、わかった……五つ買ってやるから食べに行こう。な?」

「はい……!」


 ノエルは一瞬の内に覚醒。ソファーから立ち上がると、風の異能を用いて階段を飛び降りていく。

 母親と妹に見られたのではないか、と直樹の肝が冷える。


「だ、大丈夫だったか……?」


 おそるおそる階段下を覗くが、悲鳴も何も聞こえてこないので、大丈夫だと判断し、みんなに呼び掛ける。


「じゃあ、行こう」

「うん!」「ええ……」


 喜んだ声を上げる炎と少し沈んでいる心。

 心はクレープ苦手だったかな、などと考えつつ直樹は早く行きましょう! と叫ぶノエルの元へ降りて行った。


「……お金が……」


 皆が続々と階段を降りていき、一人残された心は、寂しい財布を眺めて嘆息した。


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