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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第三章 異端狩り
59/129

一つ目の決着

「ったく、うるせえなぁ、何だよこの音……は……」


 まだ朝っぱらだというのに、何でこんな轟音がするんだ、と愚痴を言いながら玄関から出てきた智雄は、空に佇んでいる銀色の騎士を目撃した。

 住宅街の真ん中で、嵐が吹き荒れる中、空を飛ぶ騎士。

 理解が及ばず、間の抜け顔で硬直する。

 女の子が空から降ってくるなら大歓迎だが、騎士が空に佇むという訳の分からないことはご遠慮したい。


「……は……?」


 しばし呆然と見上げてると、騎士と目が合った……気がした。


「ま、まさか……な」


 まさかパジャマ姿の俺を狙うということはあるまい。

 などと思いつつ、冷や汗を掻きつつ後退する智雄。

 すると、その動きに呼応して、騎士がサーベルを抜き取った。


「う、嘘だろ!? ……っえ!? うわああああああ!!」


 突然の絶叫。それも致し方ない。

 なぜなら、智雄は宙に浮いていた。

 急展開過ぎて、理解が追い付かない。


「おい、大丈夫か!?」


 だが、その声の主が誰だかはわかった。


「お、お前……直樹じゃねえか!」


 智雄をお姫様よろしく抱きかかえていたのは、彼の親友である直樹だった。




 炎の異能を使い、家と家を飛び回りつつラファルから距離を取る。

 そんな直樹に、抱えられている智雄が驚きの眼差しを向けていた。

 無理もない。直樹が異能者だということを智雄は知らなかった。

 途中から、騙していたことになる。いや、智雄は直樹がいつ自身が異能者だと気付いたかは知らない。

 最初から騙していた、と思うかもしれなかった。

 一体どんなことを言われるのだろうか。自分のことを、恐れるのだろうか。

 直樹がびくびくしていると、智雄が声を張り上げた。


「お、おい……直樹! お前……何で……」


 次の文句は何だ? 俺のことを罵倒するのか?

 などと思った直樹だったが、


「何で言わねんだよ! お前がいれば学校遅刻しなくて済むじゃねえか!!」


 という言葉で杞憂だったということに気付いた。


「お前俺のことタクシー代わりにするつもりだったのかよ!?」


 ラファルから逃げている。

 そんな切迫とした状況なのに、直樹は大声で突っ込んだ。


「当然だろ! これ超便利じゃんか! 理論はさっぱりだけど……」


 智雄が直樹の靴を注視する。

 靴の裏から、炎が噴射され、その勢いでジャンプしているのだ。

 理論がさっぱりという点は直樹も同じだった。

 そもそも、直樹が複写したオリジナルであるほむらとて、説明が出来ないのだ。

 そういうものだ、と納得するしかない。直樹は高校生で、学者ではないのだから。


「直樹君!」


 炎が横に並んできた。

 直樹とは違い、悠々と空を飛行している。

 やってることは直樹と同じく靴の裏から火を吹かしているだけなのだが、オリジナルである炎の異能力は直樹を遥かに凌駕していた。


「お、炎ちゃん!」

「智雄君! 無事、助けられたんだね!」


 炎が嬉しそうに笑う。

 後ろを振り返りつつ炎は、


「ラファルちゃん、攻撃してこないね」


 と言って首を傾げる。

 直樹も同じように振り返り、ただ風の力で浮いているだけのラファルを見つめ直した。


「……よくわからないけど、とりあえず智雄を安全な場所に――」


 と直樹がきょろきょろ周囲を見渡す中、肝心な智雄はというと、


「なぁ、炎ちゃん、明日から俺のこと送迎してくれなーい?」


 などとナンパを始めている。

 直樹はぶん殴ってやりたい衝動に駆られ、そこで気づく。

 智雄のおかげで、平静を保てている。他人の異能に左右されることなく。

 こいつはやっぱり親友だ。バカを言い合える素敵なくそったれだ。

 直樹はにやっと笑うと、安全な場所と思われる街の外れに着地した。


「ここなら安全なはずだ……おい」

「なぁ、炎ちゃん、バイト代弾むからぁ」

「いや、困っちゃうよ……」


 直樹が智雄に言うが、智雄は炎にぐいぐいと言いよって聞きもしない。

 直樹は自分の気持ちに正直になり、智雄をぶん殴ると、そこの家に入ってくれと頼んだ。


「そこなら安全なはずだ。彩香!」

「なーに!? 今忙しい……ってあなた達何でここにいんのよ!」


 心のサポートでてんわやんわとなっている彩香が直樹達に怒鳴る。

 ここはたまたま空家となっていた家を中立派が急遽買い取って今回の作戦の為、前線基地兼隠れ家として利用している場所だった。

 智雄に色々見られてしまうのは危険だが、精神的な危険よりもラファルと無能派の攻撃による物理的な危険の方が問題だ。


「あれ? 彩香ちゃん」

「しかも何でそんなチャラ男を……まぁいいわ。早く行って! ラファルが行動を開始しそう!」


 なぜか止まっていたラファルも、動き出すようだ。

 直樹は彩香に頷くと、炎と共に跳び街中へ戻ろうとする。

 そんな彼の背中に、親友が声を掛けた。


「何だか知らねーけど……頑張れよ」

「ああ、待っててくれ」


 直樹は拳を突き上げて応えた後、街中へ繰り出して行った。





 ――何もしないでいてくれればいい。


 ジェームズのことばはお願いだった。

 ロベルトの言葉めいれいとは違う。

 拘束力も、強制力も。

 ジェームズと、ロベルト。

 どちらの言葉が優先されるかなどということは比べるまでもないことだ。


(ジェームズ、なぜ私に命令しなかったのでしょう。あなたが私に強制すれば、私は――)


 ラファルは兜の中で目を瞑る。

 眼下では、騒音に起きた住民達が、何が起きてると慌てている。

 喧しいサイレンの音と共にパトカーが現れ住民達を誘導し始めた。

 早く行け、とラファルは思う。

 恐らく、中立派は避難させることが出来なかったはずだ。

 前以て避難させた場合、作戦がばれたとして無能派が無差別に砲撃を始める。

 遅いように見えて、これが最善だった。

 そもそも、避難場所が安全であるかどうかすら謎だ。

 ラファル達異能者の力を持ってすれば、小学校の体育館も、旧式の市民会館も、あっという間に灰塵に帰すのだから。


「――残念ですが、もうリミットです。遠くへ逃げないと、死にますよ……」


 蟻のように逃げ惑う人々に、語りかける。

 だが、ラファルは知っていた。

 自分が語りかける相手は話すことばを持たないか、口を開く事が出来なくなるかの二択である。

 ジェームズも、死んでいった多くの同僚も、自分が殺してきた悪魔どうほうも。

 そして――。


「ラファル!」


 呼びかけられた方向へと、ラファルは顔を向けた。

 恐らく口を開く事が出来なくなる男女が、こちらを見上げている。


「ナオキ、ホムラ。残念です。なぜ、逃げなかったのでしょう。こうなることがわかっていたのに」

「だからこそだ!」


 直樹がラファルに叫び、炎も同意する。


「そうだよ! 困った人は見捨てない! それが私の信条だからね!」

「……信条、理想、信念、意志、愛情。それらは無駄なものです。人が生きていく上では」


 ラファルは話しかける。例え、相手が動かなくなったとしても。

 応じる事が、二度と出来なくても。


「かもな。でもそういう無駄なものの積み重ねが人だろ!」

「ですね。ですが、要らないものはすぐに捨てないと……」


 ラファルはサーベルの切っ先を二人に向ける。


「死ぬことに、なりますよ」


 どこからともなく、鐘が鳴り響いた。

 轟音が響く。風が鳴る。嵐が吹き荒れる……。

 ラファルは戦う。それが、彼女の在り方だから。


「死ねるか! 生憎俺はバカだからな、何言われても自分の意志は曲げないんだよ! 行くぞ、炎!」

「うん! 行こう!」


 騎士の立つ空へと、二つの炎が接近する。




 直樹達の取った行動はシンプルだった。

 炎の異能を用いて、ラファルに接近するというもの。

 直樹より速度が速い炎が凄まじいスピードでラファルに急接近していく。

 上空でならば、炎は加減する必要がない。警察のおかげで、人の心配をする必要もない。


「痛かったらごめんね!」


 謝罪をしつつ、炎は火炎弾を飛ばした。

 集中せねば放てなかった炎の弾。だが、それはあくまで最大威力の話であるし、炎はラファルとの戦いに向けて、何も準備してなかったわけではない。

 それに、炎はラファルと戦う上で、本来有利な立場にいる。

 風というのは空気の塊だ。そして、空気には火を燃やす為の酸素が含まれる。

 ほむらが放ったほのおは、ラファルがへ到達するまでどんどん威力を増して行った。

 真っ赤に燃えた凄まじい炎はラファルの全身を包み込む。

 が。


「嘘っ!?」


 炎が驚愕する。無理もないことだ。

 ラファルは炎を吹き飛ばせる威力である高密度の竜巻を自身の周囲に発生させた。

 まるでろうそくの火を掻き消すかの如く、常人が触れたら無事ですまない程の炎が一瞬で消える。

 狼狽する炎に向けて、ラファルがフリントロックピストルを向けた。

 火薬ではなく風の力で穿つ拳銃。

 実質エアーガンと変わらない、だが殺傷能力はエアーガンなど比べ物にならないソレを、炎に向けて放つ。

 パン! と銃が唸り、吹き荒れる風の中を鋭く、真っ直ぐに炎に向けて銃弾が奔る。

 本来ならば弾道がめちゃくちゃになるはずだが、風はラファルの行動、攻撃を妨害してはならない。

 そんな法則が世界に刻み込まれているかのように精確無慈悲に銃弾は撃ち込まれた。


「っ!?」


 炎は、最大火力で銃弾を避けた。

 しかし、奇妙なことが起こる。放たれた銃弾が方向を変えたのだ。

 風の力を纏った弾丸は、重力などまるで感じさせず炎を追尾する。

 同じように重力に囚われない炎が、回避しつつ、右手に火炎をチャージ。

 一定以上溜められた力を小さな弾丸へと解放した。

 小さな爆発と共に、銃弾が燃え盛る。

 ほっと安堵の息を吐く彼女に向けて、ラファルは装填したピストルを再び向ける。

 引き金を引こうとしたその瞬間、ラファルははたと止まった。

 疑問を感じたからだ。

 脅威レベルとして低い男。そして、自分に初めて名前をくれた男。

 神崎直樹は、どこにいった?


「こっちだ!」


 ラファルの疑問に答えるかのように、大声を上げて直樹は彼女の注意を引いた。


「くっ!」


 いつの間にかラファルの後方にいる。

 直樹は久瑠実の異能によって姿を隠していた。炎の異能で空を飛びながら。

 そう、彼は異能の併用に成功していたのだ。


「まさか――」


 異端狩りとして同胞を多く狩っていたラファルとて、驚きを隠せない。

 聞いたことがなかった。ただでさえ異能の複写という時点で珍しいのに――。

 よもや、異能を併用するなど。


「ですが、一つ一つの異能は微弱。違いますか?」


 ラファルは問うが、答えは求めていない。

 直樹も答える気はなかった。代わりに、応える。矢那の異能、雷で。


「ッ!」


 放たれた雷鳴。

 ラファルは高密度の風で黄色い稲妻を防ぐ。

 雷が、風に包まれる。

 そこへ、直樹は取り出した水鉄砲を向けた。


「ちょっと痺れるぞ」


 直樹は水橋の異能を発動させた。

 鉄砲から水が噴出し――飛沫を上げる。

 ラファルが閉じこめている雷へと。


「――くぅ!!」


 雷に触れた水は、感電し、そのままラファルへと襲いかかった。

 サイキリウムで防護された鎧。しかし、サイキリウムとて完全なわけではない。

 その衝撃は、痛みは、完全に防ぐことは出来ない。

 ラファルが一瞬揺らぐ。

 その隙に炎が再び接近した。

 だが、ただやられるラファルではない。

 装填済みのピストルを、炎に向ける。

 しかし。


「ごめんね」


 炎は申し訳なさそうに言うと、急激な加速でラファルへ突撃した――。



 

 ――つ、ツー。


 死にかける人間は、苦しそうな声を出す。

 痛いからだ。痛みが、主に危険を知らせるはずの痛みが、主を苦しめる。


「ジェームズ……」


 しかし、奇妙だった。

 痛みを受けた者よりも。痛みを与えた者の方が……。

 ゼロよりもツーの方が、とても苦しそうだった。


「約束は、守れませんでした」


 ラファルが任務を行っている内に、ジェームズは反旗を翻した。

 ロベルトを倒す為、異端狩りというふざけた名目から仲間を解放する為、連中に教わった方法で戦った。

 そして、連中に教えられた通りに、ジェームズは血の中に倒れている。

 悪魔いのうしゃは、殺せ。

 理由は考えるな、何も言わず疑問に思うことなく、悪魔を殺せ。

 そして、お前達自身も果てろ。忘れるな、お前達も悪魔だと言う事を……。


 ――仕方ないな。口約束だ。気にするな。


 ジェームズは、自分を殺す相手に、気にするなと笑いかけた。

 お前は気にしなくていい。お前はただ強要されただけだ、と。

 俺が死ぬかお前が死ぬか、その二択を迫られただけだと。


「戻る少し前、私はサンタクロースについて調べてみました。悪い子には、現れないそうですね」


 ラファルは笑う。涙をこぼしながら。


「私の元に訪れることはないですね。だって……」


 私は、悪い子ですから。

 ラファルは自嘲気味に笑った。笑って泣いて、涙を流した。

 その涙が、笑いから来たのか、悲しみから来たのかラファルはわからない。

 どちらでも変わらない。

 ジェームズが死んでも、私が生きても、世界はずっと回り続ける。終わりを告げるその時まで。


 ――安心しろ、ツー。君にはすぐサンタが来るさ。だから、泣くな。死ぬな。生き続けろ。

 俺の……分まで……。


 そう言い残して、ジェームズは死んだ。

 ラファルが、殺した。




「――あああぁっ!!」


 ラファルが叫びだした。

 炎による打撃を受けて、ダメージを貰いながらも。

 悪魔を殺す為、動き出す。


「邪魔……しないでください!」

「きゃ!」


 サーベルをめちゃくちゃに振り回し、炎を後退させる。

 彼女への追撃としてピストルを撃った。


「私は……異端狩りの騎士です!」


 風の力を剣に纏わせ、直樹に向かって斬った。

 刃のカタチをした風が、直樹へ飛来する。


「悪魔を殺すだけの存在です! 誰にも必要とされず、死ぬべき人間です!」


 だが、ラファルは自分の意志で死ぬことは出来ない。

 そう創られたから。戦いの中でしか死ぬことが出来ないように、小さな頃から教育されたから。


「殺してください! 殺して! 私を!」


 子供のように、我儘を言っていた。

 矛盾した言葉を、叫んでいた。


「死ななきゃならないんです! 私は!」


 喚くラファルの脳裏に、死者の声が響き渡る。

 泣くな、死ぬな、生き続けろ。

 そのことばは優しかったはずなのに、呪いのようにラファルに染みついている。

 死ななくてはならない。でも、生きなくてはならない。

 ラファルはぐちゃぐちゃになる。どうすればいいか、わからなかった。

 そんな彼女の前に、大量の屍が横たわっている。

 意志のない人間に殺された、かつて意志のあった者達。

 無念に散った異能者達。

 手を差し伸ばしてくれた者がいた。いっしょに食事をした者がいた。

 彼らはラファルを求めている。彼女の死を欲している。


「死ななきゃ! ……でも死ねない! 私の意志では! だから!」


 殺してください!

 ラファルは直樹に懇願した。

 風の刃を避けた直樹はしかし、首を振る。


「ふざけるな! 俺は誰も殺さない!」

「殺人鬼でもですか!」

「そうだ! 俺の周りにはなぁ! 元暗殺者! そのサポートである腐女子! 放火魔! 暗殺者のクローン! 世界中の人間を殺そうとした自信家! ヤバい奴がたっぷりいんだよ!」


 彼女達は好きでそうなったわけではない。

 好きで、そうしているわけではない。

 しかし、やったことの事実は変わらない。

 どれだけ理由があろうとも、罪が消えはしない。

 だが、理由があるのなら、理想があるのなら、ただ殺して終いというのはあんまりではないか?

 殺して解決する。単純かつあっという間に終わらせる方法。

 しかし、それではあんまりじゃないか。それに、根本的な解決となるのだろうか。

 だから、直樹は受け入れる。殺さずに、仲間として友として。

 というよりも。


「俺は法律がどうとかわからない! なぜならバカだから! だから、助けんだよ! それしか取り柄がないからな! それに――」

「くっ、うっ!?」


 直樹は炎と雷を纏って、特攻する。

 殺してくれと叫んでいたラファルは、身体と心が別物であるかのように拳銃を向けサーベルを構えた。


「心が言ってた理想、炎が願う理想……俺は、それがいいモノに思えたから!」

「――死にますよ!」


 引き金を引き、ラファルも突撃する。

 風の力を最大限に発揮。持てる技量も持っていつも通り悪魔を殺す。

 心臓に杭を突き刺すかの如く念入りに。

 血が迸り、肉片が飛ぶ。

 直樹の左腕を、ラファルが斬り落とした。

 どんなに強い意志を持っていても、実力の差は覆せない。


「だから……言ったでしょう」


 ラファルは苦悶に歪む直樹を見て――驚愕する。

 苦しんではいる。しかし。

 その顔は笑っている。


「俺も……言ったろ」


 炎と雷が混ざった凶悪な拳。

 無事だった右手の握り拳を、ラファルは目の当たりにした。


「――あ、」

「助けるってなぁ!」


 ラファルの兜に、雷炎の拳がさく裂する。

 ラファルの周りから風が消失し、彼女は道路を転がった。

 衝撃で、パワードアーマーと、彼女の顔を隠していた兜が砕ける。



 

 ――ノエル、ノエル、私達のノエル!


 一人の女性が、喜びを隠さずに3、4歳の女の子を抱きかかえている。

 横の男性が、苦笑混じりに言った。


 ――今時、ノエルじゃ笑われたりしないかな。

 ――何言ってるの。クリスマスに生まれたのだから別におかしくないわよ。

 ――男名前だとスクールでからかわれたり……っと!


 女性が男に詰め寄ってむっとする。


 ――あなた! そんなことでノエルがへこたれるわけないでしょ!


 し、しかしだねぇ、と夫は妻に言うが、妻は気にせず子供をあやし始めた。


 ――ふふっ、サンタさんがクリスマスにこの子をプレゼントしてくれた。

 私達はこの子に何をあげようかしら。




「ぐっ……私は――」


 身体中から溢れる痛みに、道路の真ん中でラファルは目を覚ました。

 太陽が眩しい。兜型のバイザーが破壊されている。


「起きたか」


 彼女の顔を覗き込むように、直樹が立っていた。

 ラファルに引けを取らず満身創痍だ。左腕がない。


「――死にますよ? 出血多量で……」


 冷たい言葉だったが、悲しそうな声音だった。

 大丈夫だ、と直樹は首を振る。


「俺には再生能力がある。だからこの程度、どうってことぉ!?」

「だ、大丈夫!? 直樹君!! 包帯! 包帯取ってきたよ!」


 空を飛んできた炎が直樹に駆け寄り、彼の左腕を触る。

 痛い、痛いからやめて! と直樹が叫ぶが炎は取り合わない。

 そんな彼に向けて、ラファルが呟いた。


「私は、負けたのですか?」


 直樹が首肯する。


「ああ、そうだ」

「でも死んでいません……生きています」

「そりゃそうさ。俺は誰も殺さない」


 直樹は炎を右手で押しつつ、答えた。

 ラファルが、何とかして包帯を撒こうとする赤い少女に視線を移す。

 炎は首をぶんぶん横に振って言った。


「私も殺さないよ! 私は警察に所属するエージェントだからね! 人を殺すんじゃなくて逮捕するのが仕事だよ!」


 言って、ちょっと得意げになる炎。

 すぐまた直樹に包帯を巻く作業に戻る。


「……では、私はどうすればいいのでしょう。ロベルトの所へ戻ればいいのでしょうか。鐘が鳴りました。鐘が鳴れば、私は一人、悪魔を狩らなければなりません」


 呟くが、ラファルはどう控えめに見ても帰りたがってはいない。

 直樹は直観した。

 彼女は引き留めてもらいたいのだと。

 故に、ことばを発した。


「俺と友達になるか!」

「……直樹君、流石にそれはドン引きだよ……」


 ここは俺の元に来い、だよ? と炎に冷めた目で言われ、直樹がいやだって俺ん家には家族がだなぁ、と言い訳する。

 しかし、ラファルは笑った。そして、涙を流した。

 呪いと枷はもう消えている。


「そうだ! 炎ん家に住めば」

「最近浅木さんが住んでて難しいなぁ。あ、そうだ! 心ちゃん家に住めばいいよ!」


 ポン! と手を叩き思いつきで無責任なことを言う炎。

 自分の親友である元暗殺者が、夜な夜な内職を行っていることを、彼女はまだ知らない。

 二人がそうだそれがいいとラファルの住居を勝手に決めるやり取りを見て、ラファルは笑い声を上げた。


「ハハハハッ。いいですね。たくさんご飯が食べられると嬉しいです。それに、毎日の睡眠も」

「そ、それは厳しいんじゃないかな……」


 炎はラファルの食べっぷりを思い出し、ぎこちない顔をする。

 薦めといて何だが、大丈夫かなと思い始めていた。

 そこで、思い出す。心を一人戦わせていたことに。


「まずい! 心ちゃんが!」

『あなた達何談笑してんのー!! 今戦闘中よ!』


 突如、大声がイヤホンから鳴り響き、直樹と炎は顔をしかめた。


「わ、わかったよ!」


 ごめんねラファルちゃん! と言って炎が飛び立つ。

 それに続こうとした直樹を、炎が制した。


「直樹君はダメぇー! 左腕斬り落とされてるんだから!」

「い、いやでもな」


 と向かおうとする直樹だったが、次の言葉で気が変わった。


「そんな状態で行ったら心ちゃんが気絶しちゃうよ!」


 戦場の真ん中で、主力の一人に気絶されれば大変なことになる。

 直樹はしぶしぶ引き下がった。なぜ心が自分の傷を見て気絶するのか謎だったが。


「おかしな人です」

「ああ、たぶんな」


 空を炎で飛べる少女が正常だとは直樹も思えない。

 だが、“おかしいこと”は”悪いこと”ではない。


「でも、変な奴がいた方が、人生楽しいぜ。……俺も相当な変人だと思うけど」

「ですね。人々は知るべきです。そのおかしさと向き合うことが人生だということを」


 何を言ってるんだと思った直樹は、訊ねる前に気付いた。

 そのおかしさは、異能者を指しているのだと。

 そして、人々は無能者のことであると。


「そうだな」


 直樹は頷いて、倒れているラファルに手を伸ばした。


「立てるか? ラファル」

「……ノエルです」

「何?」

「私の名前。ノエル……今は男性名を指しますが、かつてはクリスマスに生まれた男女に付けられる名前でした」

「……そうか。じゃあ立とうか、ノエル」


 ラファル改めノエルは、直樹の手を掴んだ。

 これから新しい人生が始まるんだという予感がした。


「――などと、自分が解放されたと思っているのではあるまいな」

「……あ……ロベルト……」


 直樹きぼうを掴んだ後に見る絶望ロベルト――。

 ノエルを誘拐し洗脳した張本人。彼女に異端狩りという殺人を強要した男が、立っていた。 




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