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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第三章 異端狩り
58/129

開戦

 風が、吹いている。

 心地よいそよ風。早朝に吹き抜ける、優しい風。

 だが、その風を受ける者達は、険しい顔つきをしていた。

 戦士の目、戦人の目、そして、全てを諦観したような瞳――。

 ラファルは丘の上から、これから戦場になる街を見下ろした。

 兜の中から見える街に、朝早くから出勤する者や散歩する老人達が見受けられる。

 彼らはこれから知るのだ。今ある世界がどんな状況であるか。

 そして目撃するのだ。自分を守るはずの国家が、自分の街に牙を向くさまを。

 世界というのはとても複雑です。

 ラファルは眼下の者達に語りかける。


 今、三つの勢力が争っています。

 無能者という異能を持たないひとたち、異能者という不思議なチカラを持ったひとたち。

 そして、それを止めようとするひとたち。

 今からあなた達の街を壊そうとしているのは、無能者です。道端を歩くあなた達と同じ無能者なのです。

 世界は、あなた達を必要な犠牲、いなくても問題ない人間と判断しました。

 だから、これは仕方のないことなのです。

 私が多くの同胞を殺したのと同じように。

 それが、世界の在り方なのです。


「……ッ」


 兜の中で、ラファルは悲しそうな顔をした。

 だが、それは本来おかしなことだ。

 幼い頃に誘拐され、父母の記憶もおぼろげな彼女がそのような感情を抱くはずはなかった。

 悲しみという感情はインプットされているはず。

 しかし、悲しみをここまで明確に感じてしまうのは異常。

 人というのは人が思う以上にバカである。

 生まれついて持っているモノはほんの僅かで、多くの事柄は、学ばなければ獲得することが出来ない。

 もし、生まれてすぐ学んだモノが狼の習性だったならば、見た目は人の、中身は狼となる。

 もし、生まれついて戦いを学んでいたのならば、死を恐れず、歴戦の戦士すら脅かす子供兵士となる。

 その法則を当てはめるならば、ラファルとてただ悪魔と呼ばれる同胞を殺す異端狩りの騎士となっているはずだった。

 今の彼女に流れる想いは、バグである。

 プログラムの穴。プログラマーの予想を遥かに超えた欠陥。

 いや、訂正しよう。

 ラファルの想いはバグではない。

 実際に、彼女はある人と出会うまでこんな風に思うことはなかった。

 ある人物が、ロベルトが設計した完璧なはずのプログラムに細工したのだ。

 ある意味、全ての元凶。

 彼がそれを、人として持っていいそれをラファルに教えなければ、ラファルは苦しまずに済んだのだから。


(ジェームズ)


 ラファルはナンバー0の本名を思い出した。

 ナンバー0。

 一番最初に……ロベルトに誘拐されたブロンドの子供。

 いや、子供と呼んでいいかは微妙だ。

 ラファルが施設に“お呼ばれ”した時点で、ジェームズの年齢は17だった。

 最初にして、最高傑作。

 ロベルトは彼をそう呼び、喜んでいた。

 だが、ロベルトは見誤っていたのだ。

 ジェームズは簡単に上書きされるような人間ではなかった。

 洗脳されたフリをして、反旗を翻すチャンスを窺っていたのだ。

 そのついでに、ラファルに色々なことを教えた。

 

 ――俺達の仲間はそんなに悪くない。ただ、ちょっと変わった能力を持っただけの奴らさ。

 それに、無能者だってそこまででもない。多くの人間はただ怖がっているだけさ。

 どっちにも良い奴はいる。そして、悪い奴もいる。

 人間なんてそんなもんさ。歳も性別も能力の有無も、国も思想も関係ない。

 どこにでも悪人はいて、どこにでも善人はいる。後、そのどちらでもない人々が。


 今、眼下の人々はどれなのだろう。

 ラファルは目を凝らし、道行くを人を注視した。

 善人か? 悪人か? どちらでもない人か?

 だが、ラファルには精神干渉の異能はない。透視異能も、思念異能も。

 なので、本当の所はわからない。

 彼女が秘めているのは人を殺す風だけ。悪魔を切り刻む嵐だけ。


 ――サンタクロースって知ってるか? ツー。


 冷たい冬の、雪がさんさんと降る夜、ジェームズは幼いラファルに訊いてきた。

 当時、ラファルはツーと呼ばれていた。

 

「いいえ、ジェームズ」

 

 ラファルがそう返すと、話す甲斐があるな、とジェームズは笑いながら続けた。


 ――赤い帽子をかぶった白いひげを生やしたおっさんがな、プレゼントを贈りに来るんだ。煙突からな


「泥棒、ですか?」


 ラファルは自分の知識に照らし合わせて訊く。

 すると、ジェームズは苦笑して、


 ――違う違う。泥棒は物を盗むが、サンタは物を置いてくんだ。

 靴下の中……だったかな。どうも記憶が曖昧だ。


 頭をぼりぼり掻くジェームズ。

 ラファルは天井を見上げて、しょんぼりした。


「残念です、ジェームズ。ここには煙突がありません」


 それどころか窓すらない。

 あるのは白い部屋に、厳重にロックされたサイキリウム製のドアだけ。

 申し訳程度に換気扇が唸っているだけだ。

 雪が降っていることがわかったのはジェームズの感知異能のおかげだ。

 彼はラファルによく外がどうなっているか話していた。


 ――まぁ、実際にはサンタなんていないから、落ち込む必要はない。

 ……いや、俺にはいたな。


 矛盾した言動。

 感傷に浸ったジェームズに、訝しげな視線をラファルは送った。

 ジェームズはどういうことかと言うとだな、と説明を続ける。


 ――俺のサンタは俺の両親だった。

 それとなく俺に何が欲しいか聞いて、こっそりプレゼントを買って俺の部屋に置いてくんだ。

 それっぽくベルを鳴らしてな。ただ、俺には感知能力があったから、全部お見通しだった。

 でもな……それを言う気にはなれなかったよ。両親は喜ぶ俺を楽しみにしてたから。

 だから、俺は騙されたフリをしてきた。いつか、向こうがカミングアウトして、その時に俺もカミングアウトして、両親をびっくりさせてやるんだと。

 だが……。


 深い沈黙。

 その沈黙の意味することをラファルは知っていた。

 たぶん、その後だ。その後すぐにジェームズの両親は殺され、ジェームズ自身も誘拐された。

 だからきっと、ジェームズは感傷的なんだ、とラファルは思った。


 ――君が願うプレゼントは何だ?


 ジェームズは話題を変えた。

 ラファルに願い事を訊いてくる。

 ラファルは目をきらきらさせて答えた。


「食事です! 後、睡眠!」


 悪魔を一人殺す事に、食事を与えよう。

 ロベルトはそうラファルに“約束きょうよう”した。

 今、クルセイダ―チルドレン達には成長促進、肉体維持の効果があるサプリメントが配給されている。

 味を感じない、食事と言っていいかわからないモノを食べさせられていた。

 水も、一日に一回注射されるナノマシンで補給出来る。

 実に効率的。だが、食事は栄養を摂るだけの行為ではない。

 食事自体を楽しむこと。人間が昔から試行錯誤してきた偉大なる文化だ。


 ――流石に腐ってしまいそうだ。それに見てくれも悪くなっちゃうな。

 睡眠も……プレゼントは難しそうだぞ。


 苦笑いするジェームズに、ラファルはまた落ち込んだ。

 眠る時間は限られている。

 二日に一度、五時間程度しか寝ることは出来ない。

 健康的かどうかは関係ない。そういう規則なのだ。

 奇妙なことにラファル達の体調は万全である。

 注射される薬液と、ナノマシン。サプリメントの効果で。

 だが、いくら肉体が万全でも、心は不完全だ。

 何人か脱落した子供もいた。彼らは失敗作として処分された、ということをラファルは聞いている。


「でも、私は欲しいです」


 ラファルが本音を言った。小声で。

 あまり大きな声を出すと、罰則を喰らってしまう。


 ――なら……俺がプレゼントしてやるか?


 ジェームズのことばに、ラファルは飛び跳ねそうになった。


「ホントですか!?」


 ――ああ。ただし、君も俺にプレゼントしてくれ。


「何をですか?」


 ラファルは首を傾げる。

 彼女はプレゼントするようなものを何一つ持っていない。


 ――ただ、何もしないでいてくれればいい。これから、何が起ころうとも。


 ジェームズのことばの意味をラファルは問う事が出来なかった。

 声が、したからだ。




「ナンバー2、悪魔を殺せ」


 あの時と同じ文言で、ロベルトはラファルに命じる。

 あの時と同じく、ラファルは頷いた。


「わかりました」


 短く答え、風に包まれる。

 早朝の奇襲。

 最もポピュラーな戦術の一つ。

 だが、それを行うべき相手の数より、行うべきでない相手の数の方が多い。

 いや、まだマシなのかもしれない。

 住宅地に眠る多くの人間は、痛みを感じることなく死ねるだろう。


「死は――とても痛い、ですから。痛みを感じる暇もなく、私が殺してあげます」


 ラファルは、サーベルを手に、街に繰り出した。






 それは、突然起こった。

 いや、人は前以て予期していたことを突然とは言わない。これは必然だ。

 だが、それでも本当に起こったのか、という思いに直樹は駆られた。

 個人戦ではなく、集団戦。

 それが街中で起ころうとしている。


「……被害ゼロで終わらせてやるさ」


 言いながら、直樹は無理だと思っていた。

 今、中立派のエージェント達と、隠密に優れたメンタル達が連中の裏を取る為暗躍している。

 立火市近くの丘の中に迫撃砲が設置されているらしい。

 装甲車もいくつか確認されている。

 直樹は軍関係のことはさっぱりだ。

 そのやり方が効果的かどうかすらわからない。

 ただ、とりあえず言えることは。


「止めてやる。誰の犠牲も出さない。無理でもなんでもやってやる」

「うん。そうだね」


 隣の炎が同意した。

 炎もきっとそれが不可能だとわかっているはずだ。

 それでも、頷く。最初から諦めていた何も出来ないから。


『敵の位置は私が教えるわ。言われた通り、動いてね。絶対よ』

「もちろんだよ、彩香ちゃん」


 耳元の通信用イヤホンから彩香の声が聞こえ、炎が応答した。


「問題ない。私が監視するから」


 後ろからアサルトライフルを背負った心が言い放つ。

 今回、心は珍しくアサルトライフルを装備していた。彼女の主武装であるユートピアも今回ばかりは副武装と成り果てている。

 武器にも、人員にも適材適所がある。単純にマシンピストルでは不向きだったというわけだ。


『……だから不安なんだけど――』


 心の相棒である彩香の、嘆息混じりの声。

 確かに、と直樹は思った。

 ここにいるメンバーは、きっと理想が高すぎる。

 でも、それは原動力でもあった。強さのヒケツ、それは強い自分を思い描くこと。

 少なくとも、直樹はそうしてきた。自分の中で、誰かを守れる自分を創り上げてきた。

 だから、今度も創生する。みんなを守れる自分を。ラファルを救う自分を。

 その為の力は、この胸の中に。それを成す為の想いは、心の中に。


「行くぞ! ラファルを……助ける!」


 直樹の声に、同意する心と炎。

 朝早く静かな街並みを、学校とは反対方向へ三人は駆けて行った。




「さぁ、殺せぇ! 悪魔を皆殺しにしろ!」


 ロベルトの号令と共に、ラファルの後を追って子供達が街へと降り立っていく。

 それを見ながら、健斗は結奈だったらどうするのだろうか、と思ったが、すぐに頭を振り戦闘に集中した。

 対異能部隊の指揮官が、部隊に命令を下す。


「追撃砲による砲撃の後、一気に街へと降り立つ。総員、乗れ!」


 オフロードカーなどの軍事車両、戦闘用ヘリコプター、あげく、戦車までもがある。

 たった数名の異能者に対する処置。しかし、健斗はこれでも少ないかもしれないと思っていた。

 それほど異能者は強力で、常識の範囲外にいる。

 風と共に先行したナンバー2と呼ばれる少女。

 もし、彼女が本気を出せばこの部隊など一瞬で吹き飛ばせるだろう。


(……そんな彼女すら従えるロベルト……いったいあの人は何者なんだ)


 兵員輸送車に乗り込みながら、自分に目をかけてくれる男のことを剣とは思った。

 だが、すぐにそんな余裕はなくなる。


「出せ!」


 という号令の直後、街に砲撃が始まったからだ。




 耳がキーンとなってしまうような轟音。

 直樹達の目の前で、それは爆発した。

 そう、着弾する前に、直樹が消し飛ばしたのだ。

 矢那から借りた、新しい力で。

 直樹は不敵に笑って、道路の真ん中から丘に向かって叫んだ。


「どうした!? 全部撃ち落としちまうぞ!」


 宣言の通り、撃ち込まれる砲撃を全て撃ち落とす直樹。

 幸運だったのは、即席の迫撃砲だった為、設置数がそこまで多くなかったことだ。

 それに、もう敵の主力が動き出している。これ以上の砲撃は同士討ちを避ける為行わないだろう。

 あくまで、この砲撃は異能者を炙り出す為の物だからだ。

 それを知ってか知らずか、直樹は自信満々に叫び続ける。

 それもそのはず、矢那の異能が色濃く出ているからだ。

 あまりにもアレな直樹の様子に、炎が遠慮がちに言った。


「ちょっと落ち着こうよ、直樹君」

「何でだ? これくらい余裕だぜ!」


 余裕綽々、といった風に返す直樹。

 だが、その顔はすぐに見られなくなった。


「危ない!」


 心が、突然、直樹と炎に跳びかかる。

 その背中を、尖った氷が飛来して行った。


「……異能者……氷の異能」

『そうっぽいね』


 彩香の通信。

 心はそのままの体勢で後方を見ながら、アサルトライフルを敵に向かって連射する。片手撃ちで。

 無理な体勢からの片手撃ち。当たるなどとは心も思っていない。

 それは相手も同じはずだったが、敵は氷の盾を張って銃撃を防いだ。

 当然の反応。例え相手が子供でも、銃弾が当たるという最悪の事態を想定して動く。

 敵が防御する一瞬のうちに、三人は態勢を立て直した。

 三人が立つ道路の両隣に、二つずつビルが建っている。銀行と商業ビルだ。

 氷の異能を持つ騎士は右側、銀行があるビルの前に立っていた。


『左にも注意』


 彩香に言われ、三人が商業ビルを確認すると、槍を持った少年がこちらを見つめている。

 殺気をたぎらせ、今か今かと突撃のチャンスを窺っている様子だ。


「まずは遠距離攻撃も出来る氷の奴からたお――」


 と言いかけた直樹に向けて、槍が投げられた。

 炎が跳んで、槍を破壊する。

 その間に攻撃をくわえようとした氷使いに向けて、心が銃撃。牽制した。


「見た目に騙されてはダメ」

「油断大敵だよ! 矢那さんの性格に振り回されちゃダメ!」


 二人に言われ、そうだなと直樹は納得する。

 他人の異能を使う時、直樹の性格は変動する。

 大した個性もない、直樹の性格が上書きされてしまう。

 だが、それは言い訳にしか過ぎない。

 自分という個性は、確かに自分の中にある。

 他人に塗りつぶされないよう、自分を保てばいい。


「じゃあ、どうする?」


 と、直樹が訊ねた時だ。

 少し離れた所から竜巻が発生した。

 住宅街の真ん中で、だ。

 その地区は、直樹も昔良く行ったことがある地区だった。


「……っ!? あそこは智雄が住んでんだぞ!?」


 思わず声を荒げる直樹。

 そのまま行こうとして、思いとどまる。

 ここで自分が勝手に動いてはダメだ。

 直樹は先程言われた通り、感情に振り回されないようにしていた。


「……くっ」

「…………、」


 悔しがる直樹を、心がじっと見つめていた。

 そして、次に炎を見て、頷く。


「二人はラファルの所に行って」

「でも……それじゃ」


 などと会話している間に増える敵。

 今度は獣のような恰好をした少女が湧いて出た。

 狼のように鉤爪を装備した、野性的な少女だ。


「……私はかつて、異能殺しと呼ばれていた。それはなぜだと思う?」


 急に動き出そうとした槍の少年に向けて、心はライフルの引き金を引いた。

 少年は新たに取り出した槍を器用に回して銃弾を防いだが、一発足に当たってしまったようだ。

 心は話を続ける。銃を撃ちながら。


「私はその異名を忌々しく思っていた。誰からともなく言い出した名前。でも、私が殺すのは……殺したのは悪い異能者だけ。……いや、悪であれば無能者も例外じゃない」


 狼の毛皮を被った少女が、特攻してきた。

 心は狙いを定めるが、弾切れが起きる。

 直樹が慌てて手を貸そうとするのを制し、心は素早い動きでリロードした。

 銃撃に晒された少女が、方向転換する。


「私なら、大丈夫。だから、友達を……助けに行って」


 心に言われ、直樹と炎は頷いた。

 すぐ戻る!

 そう言って、二人は炎を使い建物と建物を跳んでいく。

 心はちら、と二人を一瞥した後、目前の敵と対峙した。


『サポートは任せて』

「お願い。……私はラファルを相手にすることは出来ない。でも、ラファルと戦うみんなを援護することは出来る」


 心は自分にそう言い聞かせ、二人を追いかけたい衝動を落ち着かせると、敵に向けて引き金を引いた。

 敵を殺すためではなく、仲間を守る為に。

 現実に囚われた子供達を、解放する為に。




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