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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第三章 異端狩り
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水橋の回想2

 テーブルに突っ伏しながら、飲んだくれの客の様にコップを掲げる。


「もっとだ。もっと寄越せ!」

「もう十杯目なんだけど……」


 隣から引きがちな声が聞こえる。

 だが、飲んだくれは面倒くさい酔っ払いのようにその声を払い退けた。


「うるさい! これが呑まずにいられるか!」

「……ジュースを飲まずにいられないってどういう状況なのよ」


 飲んだくれ、もとい水橋に、隣に座る結奈が呆れる。

 水橋と結奈はファミレスの席に座っていた。

 卒業式のお祝いのはずが一転、飲んだくれの介抱となっている。


「この状況だぁ!」


 と叫んで、水橋はめそめそと泣き始めた。

 結奈ははぁ、とため息を吐く。

 そして、突っ伏す泣き虫の代わりにコーラをお代わりしてきた。


「ほら、これ飲んで元気出して」

「元気など出るものかぁ!」


 と言って、結奈の手からコーラをひったくると、ゴクゴクと勢いのく飲んで、またふてくされる。


「いやだって、まだ告白してないんでしょ? だったら……」

「でも……でも……無理なんだぁ」

「何でよ」

「だって、だって……あの時――」


 水橋は相棒に、今日あった出来事を話し始めた。



 健斗の在学していた学校に入った水橋は、彼を探して敷地内を歩き回っている。

 学校に来ていた父母や生徒達、学校関係者が彼女を好奇な視線で見つめたが、特に何か言われることはなかった。

 卒業式に他校の生徒が告白しにくるというのはままあったし、女子生徒が何か事件を起こすはずもない。

 見ていた視線は警戒心ではなく、好奇心だった。

 警備上の観点から見るとダメダメにもほどがあるが、そんな野暮なことを気にする人間はいない。

 卒業式で、皆浮かれていた。

 そんな多数の好奇心を振り切って、あちこちうろちょろしていると、やっと目当ての人を見つけた。

 健斗が、体育館の裏に立っている。


(健斗……っ!)


 急に、心拍数が跳ね上がった。

 胸がドキドキしてバクバクする。

 今まで見るだけで胸がときめいていたのだ。

 頬が紅潮するのがわかり、水橋は息を整えた。

 が、なかなか落ち着かない。


(ええい、落ち着け私。大丈夫だ、大丈夫なはずだ……)


 何度か自分に言い聞かせ、動けるぐらいには落ち着くと、ぎこちない動きで健斗に接近していった。

 徐々に、ゆっくりと想い人に近づいていく。

 後10mか、といった所で、水橋はもうひとりが立っている事に気付いた。

 ひとりで体育館にいるというのもおかしな話である。

 健斗が生徒と話しているのも不思議なことではなかった。

 だが、水橋の心中は穏やかではない。

 なぜなら、健斗の前に立っているのは女子生徒だったからだ。

 嫌な予感がした。

 卒業式での告白。

 そこそこロマンチック感が溢れるその行為を行おうとしているのは本当に自分だけか?

 水橋の疑問は、すぐに解消された。

 彼女と何ら変わらない様子の少女は、彼女の前で、彼女が慌てだす行為を行ったからだ。


「好きです!」

「……っ……」


 声を出しそうになるのを、何とか堪えた。

 自分のどこにそんな運動神経があったのだろうと水橋自身でさえ疑問に感じる動きで、近くにあった岩の背に隠れ込んだ。


(う……嘘だ……!! さ、先を越され――)


 と狼狽していた水橋に朗報が届く。

 健斗は口を開き、


「ごめん。無理だ」


 と冷たく言い放ったからだ。


「そ、そうですか……」


 女子生徒の悲しそうな声。

 水橋はこれほど他人の不幸を祝ったことはない。

 申し訳ないな、という気持ちと、振られて良かった、という気持ちがない交ぜになる。


(し、しかし、これは私にも言えるのでは――)


 などと複雑な心境に駆られた水橋は、驚愕を味逢わされることとなった。

 原因は健斗が続けて言った言葉だ。


「本当にごめん。君の気持ちは嬉しいけど、僕には好きな人がいるんだ」

「なっ何だと!」


 今度は耐えられなかった。

 驚きの声が口を衝いてしまう。


(し、しまった……!!)


 何をやってるんだ自分は。

 水橋は後悔するがもう遅い。

 怪訝な声が水橋が隠れている岩に掛けられる。


「誰かいるのかい?」

(……ッ。どうする? どうする!?)


 追いつめられた犯罪者のように焦り慄く水橋は、意を決した。

 すぐさま岩から踊り出ると、脱兎の如く走り出す。


「君は……」


 という健斗の声が聞こえたが、水橋は後ろを振り返らない。

 何をしにこの場所に来たか。そんな考えは頭から吹っ飛んでいた。

 結果として、水橋の告白は失敗。

 告白していないのに、失敗した。

 とぼとぼと一人寂しく歩いていた水橋は、半泣きに鳴りながら相棒に電話をし、今に至るというわけである。


「うわめんどくさー」


 結奈が本音を漏らす。

 すると、結奈が正しいことを証明するかのように、水橋は泣き出した。


「そうだー! どうせ私は面倒くさい女なんだー!」

「あ、いや……」


 結奈が水橋を励まそうとするがもう遅い。

 わんわんと泣く彼女にほとほと困り果てるた結奈は、突然ブチ切れたかのように声を上げた。


「あーもう! 何で卒業式にこんななよなよしたヤツとファミレスにいなきゃならないのよ!!」

「ぅう結奈は私を見捨てるのか……?」


 捨て犬のように結奈を見上げる水橋。

 だが、結奈は取り合わない。


「そうよ! めそめそしてる優ちゃんはね! あんまり泣いてると健斗をここに呼ぶわよ!」


 それは水橋にとってあらゆる恐喝よりも恐ろしいことだった。

 情けない声で水橋が懇願する。


「そ、それだけは……た、頼む……」

「ならさっさと泣き止む!」

「わ、わかった……」


 脅しに屈して落ち着いた水橋。

 結奈は立ち上がって、対面に座った。

 相談を聞いた友人のような顔で、アドバイスを始める。


「さてと、落ち着いたわね」

「あ、ああ……いや、まだちょっ」


 ちょっと無理かも、と続けようとした水橋に、結奈が無言で携帯を突き出す。

 水橋は黙って結奈の話を聞いた。


「もう、こうなったら、入学式とかに告白するしかないわね……」


 思案顔で言う結奈に、水橋は反論しようとしたが、右手に持っている携帯が恐ろしい。

 話を聞き続けるという選択肢以外、水橋には存在していなかった。


「いや、ってかいつでもいいのよ告白なんて。下手に理想ロマンチックとか求めない!」

「……ぅ」

「そうよ。そもそも、本当に好きなら卒業してからだっていいじゃない。つーかもっと早くすれば良かったのよ」

「……く……」


 結奈はさっき水橋が溜めてしまった鬱憤を晴らすように、水橋に言いたい放題だ。

 いくら携帯という最終奥義があるとはいえ、水橋とて我慢ならなくなってきた。


「う、うるさい! 恋の一つもしたことないくせにっ!」


 と、思わず心の声が出てしまう。

 だが、その言葉は禁句だった。

 まともに告白すら出来ない女が、恋愛相談をした女に言うべきセリフではない。


「へぇー、言ってくれるじゃない」


 珍しく結奈はかちんときたようだ。

 水橋は一瞬まずいかもと思ったが、言ってしまった手前、止まるわけにもいかない。


「ねぇ、優ちゃん。恋が出来ないのと、しないのは違うんだよ? 別に私は恋愛が出来ないんじゃなくって、好きな相手が現れないからしないだけなの。そこんとこ、ちゃんと理解してる?」

「……う、うるさい! うるさい! どうせ言い訳だ! いつもの屁理屈だ!」

「何が屁理屈よ!?」

「いつもそうだ結奈は! 色々わけわかんないこと言って私を振り回す! 何が冒険だ! そんなに冒険したいなら、冒険家にでもなってしまえ!」

「言われなくてなりますけど!!」

「はっ! そんな中二病みたいな事言って!」

「あー今のはかちんときた。そもそもあなたに言われる筋合いはな――」


 という具合のふたりの言い合いは、途中で中断された。

 困った顔をした店員に、店を追い出されたからだ。


「……」「……」


 店の外で気まずい顔をするふたり。

 一瞬顔を合したが、すぐに反らしてしまう。

 沈黙が流れる中、水橋は初めてだ、と思った。

 こんな風に喧嘩したのは初めてかもしれない。

 今まで、二人で喧嘩したことはなかった。

 そう思うと、なんだか笑えてくる。

 記念すべき卒業式に喧嘩するとは。

 思わず笑い声を漏らしそうになった水橋は、結奈の可笑しそうに笑う声を聞いた。

 つられて、水橋も笑う。

 しばらくふたりで笑った後、顔を見合わせて、謝った。


「ごめん」

「私こそ」


 水橋も結奈も晴れ晴れとした表情でお互いを見つめる。

 このまま喧嘩別れするという選択はお互いの頭に存在していない。

 水橋にとって結奈は。結奈にとって水橋は。

 最高の親友パートナーなのだから。


「じゃ、気を取り直して遊びに行きましょ」

「どこへだ?」

「そりゃあもう、私の行きたい所よ」

「だからそれがどこだと……やれやれ、いつもの勘か」

「そうだよ! さぁ行こう、優ちゃん!」


 結奈が、水橋の前を走って行く。

 また私は振り回されるのか、と嘆息しながら。

 とても楽しそうな顔で、水橋は結奈の後ろを追いかけた。



 今にして思えば、あの時結奈が健斗を呼んでいれば、こんなことにはならなかったかもしれない。

 だが、後悔先に絶たず。

 今更後悔したとて、もう遅いのだ。

 しかし、それでも後悔し続ける。


「ああ……結奈……」


 水橋は、その先を思い起こした。

 そう、あれは高校に入学してすぐのことだ……。




 ドサッ。

 鞄が地面に落ちる音が聞こえた。

 落としたのは自分の鞄である。思いもよらぬ出来事に、手放してしまったのだ。

 しかし、仕方ないだろう。

 なぜか。なぜなら。

 目の前に想い人が同じ制服を着て立っていたからだ。


「け、けけ健斗!?」

「やぁ、水橋。おはよう」


 あまりの出来事に思考が追い付かず、水橋は素直に挨拶を交わした。


「おはよう……ではなくてだな!!」

「おはよー優ちゃん! 今日からこうこうせ……い、あれ? 健斗じゃん」


 高校の制服に身を包んだ結奈が、水橋を見つけて駆けてくる。

 健斗と顔を合わせて、なるほど、と手を叩いた。


「だから寂しそうな顔してなかったのね」


 卒業して、水橋達は何度か遊んだ。

 だが、これから遠く離れるかもしれないのに、健斗は普段通りだった。

 水橋は遊び終わるたびに、ああ、遊べる日にちがどんどん少なくなっていく、とナイーブになっていたものなのに。


「うん。僕は君達と同じ学校に進学するつもりだったからね。……言ってなかったかな」


 なぜ言ってくれなかった! と糾弾する気に水橋はなれなかった。

 それを言うなら、なぜ訊かなかったという突っ込みが先だ。

 考えればその可能性は十分あったというのに。

 恋に盲目だった水橋は、可能性にすら盲目だった。


(くそっくそ! 私のバカ!)


 心の中で自虐する水橋。

 そう言えばずっと聞きそびれていたけど、と健斗が口を開いた。


「水橋、卒業式の日に僕の学校へ来なかったかい?」

「っうあ!? い、いやわたっ私は行ってないぞ!?」


 目に見えて動揺する水橋。

 健斗が怪訝な顔で彼女を見つめたが、結奈が助け舟を出した。


「ははー、そんなわけないよ。卒業式の日、私は優ちゃんといっしょにいたからね」


 そうかい、と健斗が引き下がる。

 ホッとした水橋に、結奈がウインクした。


(すまない)


 水橋は心の中で礼を述べる。


「ほら、早く受付に行こう! 同じクラスだといいなあ」


 入学式で人の多い校内の中、結奈が二人の背中を押す。

 健斗の手が水橋の手に触れて、彼女はドキッとした。


「入学式へレッツゴー!」


 普段なら突っ込む水橋もこの時ばかりは余裕がなかった。

 胸に秘めていたのは、高揚感。

 これから、三人で織りなす学校生活に、期待を寄せていた。

 それに、三人で学校を過ごすということは。

 好きな人といっしょにいられるということであり、告白するチャンスがあるということ。

 世界や神様が、自分を祝福してくれた気がした。


(……やった……やったぞ! ハハハ! これでもう何の杞憂もない! ……これも全部)


 結奈のおかげだ。

 そう思った水橋は、桜が舞い散る中、親友に感謝した。


「ありがとう」

「? どういたしまして?」


 結奈が不思議そうな顔を作る。

 だが、水橋は説明しなかった。

 いつも振り回されているのだ。たまには私が不可解なことをしても、問題はあるまい。

 水橋はそんなことを思いつつ、親友と、想い人と共に体育館へと入って行った。



 あの時の私は誤解していた。

 水橋は思い返す。

 何が、世界が祝福してくれた、だ。

 私は知らなかった。世界があんなにも……。

 悪意に満ちていたことに。

 それを知っていれば、周りに目を向けていれば。

 あんなことにだけはならなかったかもしれないのに。


「……結奈、君は怒っているのか? 私に」


 だが、問いかけても応えはない。

 まだ、記憶を辿るべきだろう。

 水橋の脳はそう判断したようだ。

 本人が望もうが望むまいが関係なく。

 過去が思い起こされ、夢と言う名の劇場が続く。

 楽しかった日常が、激変するあの時まで。


「結奈……結奈……」


 返事が返って来ずとも、呼ばずにはいられない。

 夢を観ながら、その名を呼び続けた。

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