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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第三章 異端狩り
53/129

一歩ずつ前へ

 一軒家の窓から、光が漏れている。

 日も暮れ、夕飯の時間である。夕食の準備に追われるか、家族仲良く食事を摂るかと思われたが、漏れる光に映し出された影はせわしなく動き回っている。

 神崎、という札の掲げられた家の玄関から、一人の男が出てきた。

 神崎直樹の父親だ。

 その後ろから出てきたのは母親。

 顔を真っ青にして車に荷物を詰め込む。

 そんな両親に、玄関から一人の少女が呼びかけた。


「だから必要ないってば!」

「何言ってんだ成美! 直樹が怪我したんだぞ!」


 父親が、娘に怒鳴る。

 とても焦った顔。それもそのはず、会社から帰ってきてすぐに息子が大怪我したという事を聞いたからだ。

 両親ともに共働きの神崎家は、昼間は仕事で家を空けている。

 病院のスタッフは直樹の家に電話を掛けたのだが、家にいなかった両親はその留守電を聞くまで息子の一大事を知らなかった。

 自分の歯がゆさと悔しさ、怒りに包まれて父親の顔が険しくなっている。

 そもそもなぜ携帯に連絡が来なかった。ふつう何とかして親に連絡を寄越すはずだ。

 学校は何をしていた。こういう時、学校が中継するはずだ。


「乗れ! 病院までかっ飛ばす!」


 はい、と母親が助手席に乗る。

 成美はしぶしぶ玄関を降りると、車の前に立ち塞がった。


「なにしてる成美! ふざけるのもいい加減にしろ!」


 これほど怒鳴り散らす父親の姿を、成美は滅多に見ることはない。

 しかし、冷静さを失い、怒りに震える状態こそ、どれだけ父が息子を大事に想っているかの表れだ。

 そんな父親と、青くなっている母親に向けて、成美は諭すように語りかけた。


「大丈夫だって。電話でも、命に別状はないって言ってたでしょ」

「だから何だ! 怪我だぞ!」

「そうよ、成美。早く行きましょう?」


 父親の怒鳴り声に、母親の心配そうな声が混じる。

 成美は小さくため息を吐くと、もう一度、二人の目を見ながら言う。


「だから、そんなにヤバかったら、携帯とかに連絡も来るでしょ。学校からもね。でも、それがなかったってことは大したことじゃないの。前入院した時なんて、胃潰瘍だったでしょ? きっと今回もそんな焦ることじゃないって。だから、ご飯食べようよ。私、お腹すいちゃった。ね? お父さん、お母さん」


 すると、父親はエンジンを切り、母親は助手席から降りた。

 父は頭を掻きながらそうだな、と言い、母はそうね、ご飯たかないと、と言って家の中に入って行く。


「ま、アイツのことだから大丈夫か」

「そうだよ、お父さん。私の兄なんだから」


 父親も家の中に入る。

 両親が家に入った後、成美は独り言を漏らした。


「……兄は、大丈夫。私が守るから」


 さて、今日の夕飯は何かなー。

 成美はスキップしながら家に入った。




「くそ……腹減ったな。大盛りとか出来ないものかな」


 自分の腹の音を聞いて、直樹は目を覚ました。

 病院食ははっきり言うと……あまりおいしいものではないし、量も少ない。

 食べ盛りの直樹にとっては全然足りたものではなかった。


(ラファルだったら、暴れ出しそうだ)


 ふと、睡眠腹ペコ少女を思い出す。

 緑髪で、寝るか、食べるかそのどちらかしか積極的に動かないラファル。

 その実、異端狩り、という頭のおかしいことに利用されている無能派の騎士で、洗脳され戦いしか知らない。

 いや、そんなことはない。そう直樹は思った。

 彼女の哲学的思想は、戦いしか知らないとは到底思えなかったし、あの悲しそうな瞳は異能者を人ではない悪魔と認識しているとは考えられない。

 きっと逃げ出したいに違いない。人を殺したくないに違いない。

 だとすれば、チャンスはある。

 クソったれな現実に飲み込まれている彼女に、素晴らしい現実を教え込むチャンスが。


(まぁ、ロベルトって奴か。アイツをどうにかさえすれば、ラファルを助けられる)


 だが、ロベルトは恐らくずっと戦いを続けてきたベテランだ。

 一か月ちょっと前に異能者になったばかりの直樹には分が悪すぎる相手。

 気名田親子には勝利出来たが、それは相手が油断していたからで、直樹の純粋な実力で勝ったわけではない。

 だけど、と直樹は徐々に再生し始めた手で立ち上がる。

 俺が弱いから、ロベルトが強いから、ラファルがひどい目に遭い続けるのか?

 俺の努力が足りなくて、ロベルトの努力が足りているから、直樹は勝てない。

 努力家に勝てるのは努力した天才だけ。

 そして、ロベルトは努力した天才のようだった。

 だから、直樹は勝てない。


(ふざけるな。努力ってのは必ずしも実るわけじゃない。特にロベルトみたいなクソ野郎の努力はな)


 直樹は廊下に出ながら考えを押し包める。

 夜も遅くなってきた時間帯に出た彼を看護師が訝しんだが、あの患者は特別だった、とスルーした。


(正しい努力は実るべきだ。でも、間違った努力は実るべきじゃない。どんだけ頑張ろうと、人生を賭けようともな)


 それは多くの努力家に文句を言われそうな考え方だったが、直樹は自分の考えを曲げない。

 少なくともロベルトには、自分の考えを当てはめてやる。

 直樹はそう思いながら目当ての病室に入った。


「矢那さん」

「うわ、何、こんな時間に。夜這いにでも来たのー?」


 夜這いするには早い時間だったし、目の前のへたれにそれが出来る度胸はない。

 ただの茶化しだったのだが、直樹の瞳からへたれとは正反対のものになっていたことに気付き、矢那は本を閉じた。

 あの目だ。私を倒した時の。

 人を救った時の、目だ。


「私の異能を複写しに来たの」

「そうです。今度の相手には絶対に負けられない」


 言い放つ直樹の瞳には闘志が燃え上がっていた。

 矢那はその瞳を見て、何だコイツは、と思う。

 何なんだコイツは。人間なのか?

 私と同じ頭を持つ人なのか?

 気でも狂っているんじゃないのか。なぜ、こうも他人を助けようとする?

 しかも、その女は自分の腕をぶった切り、仲間を殺そうともしたのに。


「……親父みたいね」

「何です?」


 矢那の口から洩れた言葉漏れた言葉に直樹が首を傾げる。

 気にしなくていいのよ、と矢那は告げた。

 親父と直樹では見てる方向が違い過ぎる。

 ただ、不思議な事に、あの時から自分を見てくれなかった父親と違い、直樹は真っ直ぐ矢那の瞳を覗き込んでいた。


「ん。わかった」

「ホントですか!?」

 

 矢那は直樹に手を振った。

 ただし、と付け加えて、矢那は直樹に指を突きつける。


「……そこの女が目を覚ましたら」

「……え?」


 矢那は直樹に指を指した後、水橋に指を向けた。

 想定外の返答に直樹が困惑する。

 


「でも、たぶん、すぐ目を覚ますと思うんですけど」

「どうかしらね」


 矢那は知ったような顔で言う。


「目覚めるだけならもう目を覚ましてるはずよ。致命傷は受けていないのだから。こん睡状態になったのにはワケがある。そのワケが解消されなければ、水橋はきっと目を覚まさない」

「……」


 直樹は黙って水橋を見つめた。

 汗でびっしょり。苦しみはとどまることを知らない。


「だから、もし――水橋が目を覚ましたのならば、異能を貸してあげる。ま、どうせ……」


 目を覚ますわけないけどね。

 そう言って、矢那は傷が痛まないようゆっくりと病室を出て行った。




 何で、自分はあんなことを言ったのだろう。

 月を見上げる矢那の脳裏をよぎったのは、そんな疑問だった。

 その瞳に賭けてみたいという想いは確かにあった。

 だが、それなら素直に異能を渡せば良かったし、使い方をレクチャーするぐらいやっても良かったはずだ。

 なのに、自分は立ち入り禁止である病院の屋上で、ただボーッと月を眺めている。


「矢那」

「メンタル……ズね。もっといい名前を考えてあげればいいんだけど」


 矢那、矢那、矢那と自分の名前を呼ぶ多数の声。

 矢那の後ろにはパーカーを着た白い少女達が立っていた。

 何者にも染まらない無垢な者達。

 だが、異能派の科学者達はその多くを真っ赤に染めた。

 そして、一人が黒に染まっている。


「不安なの?」

「何を不安に思うのよ」


 矢那に寄ってきた一人のメンタルが、その手を握った。


「何するの」

「不安な時は誰かが傍にいればいい。そう本に書いてあった」


 一人がそう言うと、矢那はメンタル達に囲まれてしまう。

 流石に焦って引き剥がそうとしたが、誰も離れてくれなかった。


「近すぎよ!」

「矢那はワタシ達を救ってくれた。だから、今度はワタシ達が矢那を救う番」

「べ、別に助けたわけじゃ……」


 どうなのだろう。

 矢那の頭にまた、疑念が渦巻いた。

 私はどうしたかったのだろう。

 メンタル達を助けたかったのだろうか。


「ねぇ、あなた達は私に救われたの?」

「もちろん」


 九人から放たれたことば。

 矢那はそのことばにかき回される。

 自分で自分がわからない。

 そもそも私は自分の意志で行動していたのか。

 趣味であるテレビゲームと同じように、自分を客観的に見ていた。

 人を殺しても、敵を丸焦げにしても、何も思わなかった。

 だって向こうが悪いから。異能者ってだけで襲ってくる敵が。

 屍の量が増えて行っても、何の感慨も浮かばなかった。

 ただ、残念だったわね、と死体に語りかけただけだ。


(もしかすると私は……ラファルって子と変わらないのかもね)


 矢那は、ラファルにあなたに言われたくない、と言った。

 あなただって悪魔でしょう。同じ穴のむじなでしょう。

 その言葉は、事実だった。

 ラファルが意志を持ちながら現実ロベルトに従うしかなかったように、矢那もただ漠然と行動していただけだ。

 いや、ラファルよりひどい。

 矢那にはそれを選択しない自由があったのだから。強要されていたラファルとは違って。

 意志のない人間。それは他ならぬ自分自身だ。

 ママが殺されたから。パパが何も言ってくれなかったから。

 そうやって、ずっと逃げてきた。

 今もそうだ。現実から、ひたすら目を背け続ける。

 現実から目を逸らすこと。それは必ずしも悪ではない。

 人間、誰だって休養が必要だし、息抜きが必要だ。

 だが、目を逸らし続けることは良くない。

 目を元に戻さなければいけなくなった時、大抵目の前に広がるのは絶望だからだ。

 目を逸らし続けた代償は凄まじく大きい。

 どれだけ言い訳しようが、どれだけ恨み言を述べようが。


「でも、今更? 今更私に前を向けって言うの?」

「違うよ」


 独り言に、メンタル達が反応した。

 矢那は、まとわりつく彼女達に視線を落とす。


「矢那の向いた方が前。矢那が歩いた場所が道」

「何……」


 私の向く方が前で、私が歩いた場所が道。

 それはとてもおかしい。矢那は首を横に振った。

 自分はずっと斜めを歩いてきたのだから。道から外れて。


「それはおかしいわよ」

「それを決めるのは自分自身。自分の通った道をおかしいとするか。自分の過程を生かすも殺すも、自分自身」


 奇妙だった。

 生まれて一年も経たないクローン達に、十八歳の矢那が説教されている。

 あなた達に何がわかるの、と言おうとした矢那ははっとした。

 そう、何も知らないからこそ言える正しさではないのか。

 無知な素人が、ある事柄の玄人に説教をしたとする。

 すると、大抵玄人はお前は何も知らないからそんなことを言える、と怒鳴り返す。

 だが、そもそも素人の意見は間違っているのか。

 いや、間違ってはいない。ただ、現実味を帯びていなかったり、実現するのは限りなく不可能に近いだけだ。

 そして、今のことばは、実現不可能なものだろうか。

 矢那はじっと、無垢なる者達を眺めた。

 結論はすぐに出た。

 だが、口に出すのが恐ろしい。

 そんな彼女を、純粋なモノ達が抱きしめた。


「ワタシ達は、アナタの味方」「そうだよ、矢那の味方」「世界中が敵でも」「誰も矢那の味方をしなくなっても」「例えアイテが神様でも」「ワタシ達は裏切らない」「全員殺されても」「アナタを恨むことはない」「だから……ジブンに正直になって」


 矢那はしばらく呆けて、笑い出した。

 そして、メンタル達にそれはない、と告げる。


「この病院にいるバカは、きっと世界が敵になっても味方になるわよ」


 そう、直樹だけではない。

 狭間心も、草壁炎も、メンタルも、角谷彩香も。

 今なお眠る水橋優も。

 中立派バカどもは世界中で真面目なことをしている奴らの誰よりもバカで。

 そして、一番頭の良い行いをしている奴らだ。

 だとすれば――たまには自分を見直してみるのもいい。

 だが、怖い。

 伊達に十年以上逃げてはいない。

 だから、あの女に賭ける。


(私と同じように、過去から逃げている女。過去を後悔している女。彼女が目を覚ましたのなら――)


 もし、自分が似たような状態に陥っていたなら。

 あれより少し前、パパとママがいっしょにいた時間に戻れたなら。

 夢と言う名の理想、VRを体験出来たならば。

 私はここに戻ってくるだろうか。

 いいや、戻ってはこない。

 ずっと夢の中だ。優しくて甘い、夢の中だ。

 だが、水橋が起きたのならば。

 きっと私も目を覚まし、現実を直視出来る。

 止まったままの歯車が動き出す。

 そんな気が、矢那はしていた。


「その時は、相談に乗ってね。きっと、私は泣いちゃうから」

「もちろん」


 またもやの即答。

 苦笑しつつ、素直に自分の弱さを見せたのは、いつ以来だろうなぁ。

 矢那は月を見上げながら、記憶を辿った。


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