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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第三章 異端狩り
51/129

自己の在り方

 迸る、赤い血潮。

 真っ赤なペンキが、黒い画用紙を染め上げる。

 血で染まった心は、呆けた顔をしていた。

 何が起きたか理解出来ない。

 事象としてはわかる。知っている。

 血が噴き出たという事は、肉体が切り裂かれたということだ。

 なのに――痛みは左手だけ。弾丸で裂かれた頬だけ。

 なぜ?

 心は湧き起こる想いを口に出した。


「なぜ――? 直樹!!」


 心は、自分の前で血まみれで剣を受け止める直樹に叫んだ。




「決まってるだろ。俺は誰も死なせない。みんなの力でみんなを守る!」


 直樹は、両手が徐々に裂かれていることを全く気にせず、刃を全力で受け止める。

 骨が軋み、肉が裂ける。

 だが、彼は気に病むことはない。

 心から再生異能を借りているからではない。

 ただ、そうしなければ救えないから。

 みんなを守ることが出来ないからだ。


「ラファル……なんだろ? どうしてこんなことをするんだ!」

「人は皆――そう思っているはずです。無意識の内に。なぜ? どうして? どんな理由で? 心の底で疑問を思い浮かべ、忘れていく。なぜなら……」


 意味がないからです、とラファルはサーベルを持つ右手に力を込める。


「今ここにある全てが無意味。この星に生きる生きとし生けるもの。その全てが。私が死んで、何か変わるでしょうか? あなたが生きて、何が変わるでしょうか? 何も変わりません。それはこの星にも言えます……この星が滅んでも、人類が死滅しても世界は存在し続ける」

「何を……ぐっ!」


 哲学的な言葉を語るラファルに問うが、返事は帰って来ない。

 代わりに出るのは、全てを諦めたような思想だけ。


「無意味、全てが無意味なんです。人生も想いも、死ねば全て無為になる。なぜ、人は生きるのでしょう。なぜ、争うのでしょう。考えればわかりますよね。意味などない。取っ手付けたような後付や、それっぽい理由を並べ上げるだけです。子孫の存続、貧困からの脱臼、思想の違い。種族の違い……。そんな無意味な世界の中でも理由を模索するあなた達は立派なんです。なのに、なぜ――死を選ぶのですか?」


 直樹の問いに対して、ラファルは問い返した。

 兜の中にあるラファルの顔はどんな表情をしているのか、直樹にはわからない。

 でも、とても悲しい顔をしている。そんな気がした。


「死なんか選んでない! 生きることを選んでる!」

「これのどこが」

「自分の想いに……正直に生きることをなぁ!!」


 手がぐちゃぐちゃになっても、直樹は剣を離さない。

 だが、直樹の両手が塞がっているのに対し、ラファルの左手は健在だ。

 その肉塊と化し始めた血の腕のどこにそんな力があるのか。

 ラファルは疑問に思ったが、口には出さず行動を起こした。

 装填済みのピストルを、直樹の頭に向ける。


「これのどこが、生ですか。今、私が引き金を引けば、あなたの頭は吹っ飛ぶじゃないですか。そして、きっと私はあなたの守りたかったものを全て壊すでしょう。鐘の音に従って」


 ラファルに決定権はない。

 あるのは、ただ隷属的に破壊を強要する縛りだけ。

 打ち破る術はない。

 かつての奴隷のように足枷など必要ない程強力に強靭に、そう創られている。


「これは自殺のようなものです。なぜ、死を選んだのですか。私と違って、自由に生きられるのに」


 羨望と諦観が入り混じった声音で告げたラファルは、引き金に指をかけた。

 そして引き金を絞る。

 否、絞ろうとした。


 ――止まれ。


 精神の枷すら捻じ曲げるような声が、頭の中に響く。


「――これは――」

「ラファル……?」


 死を覚悟した直樹が、怪訝な顔で騎士を見つめた。

 ラファルの手から不意に力が抜け、直樹の真っ赤な両腕から刃が抜ける。

 直樹の頭をピタリと狙っていたピストルが、地面に落ちる。


 ――退け。


「……っ!?」


 ラファルは頭痛でも奔ったかのうように、兜に手を当てよろめいた。

 しばらく何かと戦っていたように停滞していたラファルだが、剣と銃を放棄して逃げ出し始める。


「ラファル! ラファルッ!!」


 直樹の呼び止めに反応せず、ラファルは竜巻と共に飛んでいった。




「頭が……!」


 降り立った先で、ラファルは兜を取り、割れるように痛む頭を抑えた。

 尋常な頭痛ではない。もうこのまま死んでしまうのではないかと錯覚してしまうほどの痛み。

 いや、むしろそれならば――。


「クイーン……なの、でしょう……? なら、私を……」


 殺してくれませんか?

 ラファルは自身の頭痛の種に呼び掛けた。

 ラファルは自殺することが出来ない。

 どんなに死のうとしても、自分の意志では死ねない。

 しかし、こうもあっさりマインドコントロールを打ち破るクイーンならば……。


 ――それは出来ない。あなたには役目があるから。


「や、くめ……?」


 自分の存在は無意味。世界の在り方も無意味。

 そういう思想を持つラファルにとってその言葉は忌々しくあって喜ばしいものではない。

 意味がない世界で、役目などと馬鹿らしい。

 だが、クイーンには届かない。


 ――そう、あなたには、邪魔なあの女を殺す役目がある。使命がある。


「ハザマ……ココロ」


 ラファルはロベルトが示した命令オーダーを思い出した。

 日本の無能派が、EUのロベルトに当てた救援要請。

 それを見て、ロベルトは笑っていた。

 そんな命令書が来るはずないからだ。

 日本など取るに足らない土地だったし、異能殺しの実力は感嘆に値する部分こそあれど、そこまで重要視して殺さねばならないものでもない。

 そもそも、異能派の異能者を何名か暗殺していた。現状利用出来るはずの愚者を、なぜわざわざ殺さねばならないのか?

 理由は明白だ。

 別の意思が割り込んだから。

 ただ命令書にサインするだけの上層部が、クイーンに操作されたからだ。

 故に、ラファルはここに立っている。

 一度、ほんの僅かに見えた光に手を伸ばし、その手で光を叩き斬った。


 ――そう。それと、草壁炎。あの子も厄介だから。


「確かに、不思議な魅力を感じるふたりです。立派な理想、それを実現しようとする行動力。驚嘆します。まだそのような人間がいるとは」


 頭痛が治まり、すらすらと独り言を述べる。

 その顔はどこか嬉しそうだった。


 ――……そうでもない。馬鹿者なだけ。世界はもうどうしようもないのに。


「そうでしょうか。いえ、確かにそうかもしれませんね……。私など殺しても誰も悲しまないのに、暗殺しなかったのですから」


 鐘が鳴り、騎士モードのラファルだったならば、暗殺や不意を突いての攻撃は無意味。

 しかし、寝ているラファルや、食事をしているラファルだったなら簡単に暗殺出来たのだ。

 そもそも疑ってかかった時点で、食べ物に毒を混ぜてしまえばよかった。

 常人より硬い異能者と言えど、毒物には無力なのだから。


「でも、一番の馬鹿者はナオキですね」


 ――…………。


 声が黙る。

 ラファルは案の定、と思いつつ話を続けた。


「彼に似た人を私は知ってます。その人を私は殺しました。そして、あなたの助けがなければ、私はまた殺していたでしょう」


 ――助け……?


「ええ。あなたの意図は知りません。なぜ神崎直樹を守るのか。意味などどうでもいい。でも、おかげで、私はいい人間を殺さずに済んだ。その事に感謝します」


 ――ふん。元を辿れば、私があなたを呼び寄せたのだけど?


「それを言い出したら、世界なんて存在しなければよかった、という結論に達しますよ」


 そもそも何が悪かった、という風に原因を辿って行くと、最終的に行き着く先はだいたい同じだ。

 世界などなければよかった、地球など存在しなくてよかった、など。


 ――屁理屈ね。


「所詮、人は主観でしか物事を判断出来ません。他人の評価など気にしたって仕方ない。それに、私は自分のことばを他人に押し付けるつもりはありませんよ」


 ラファルが返すと、クイーンは彼女との無意味な語りにうんざりした様子で、話を締めくくった。


 ――とにかく、狭間心と草壁炎、その二人を最優先で殺すこと。他の面子は後回しで構わない。

 それと……。


「神崎直樹を殺さないこと、ですね。……どうなるかはわかりませんよ? 私に決定権はありませんから」


 ――意志のない弱い人間ね。


「……でしょうね」


 風が突然止むように、その声はぴたりと止まった。

 ちゅんちゅん、と鳥の鳴き声がして、彼女の肩に小鳥が止まる。

 既に嵐は過ぎ去り、美しい草原が広がっていた。

 暑い日差しを避けるように、ラファルは木陰に入る。

 根元に座り込み、木々と草木、花々を眺めた。


「――意味のない光景です。でも、とても美しい。世界はこんなに綺麗なのに、なぜ、人は争うのでしょう……」


 小鳥に問いかけたが、答えは返って来そうにもない。





 処置室から響き渡る悲鳴。

 ぐわーぬぅあー! と喧しい声に顔をしかめながら、彩香は室内にずけずけと入って行った。

 本来なら問題行為だが、その医師は中立派に協力的なドクターだ。

 不躾に入ってきた彩香に文句ひとつ言わず、迎え入れた。


「そのバカの腕は……」

「無能者なら手術が必要で、しかも義手になる所だったねぇ。でも、神崎君は異能者で、しかも再生異能を持っているから、二日ぐらいあれば完治するよ」

「そう、ですか」


 ひぃひぃと痛みあえぐ直樹を横目で見つつ、彩香はホッと安堵した。

 本来なら彼女の相棒である心か、元気娘炎が聞くべき所なのだが、心は左手を失くし、炎は右腕にひびが入って仲良く入院中である。

 それに、直樹が死にかけたと聞くや炎はイメージカラーが赤から青に変化するのではないかというほど真っ青になり、心に関しては精神的にやられたようでぶっ倒れてしまった。


(私のせいでーとか言いださないだけマシだけど、倒れるのはちょっとねぇ……)


 ふらついた相棒をみた時、彩香の心臓は飛び跳ねそうになった。

 どこかやられたのか、とうとう心が折れたか、と本気で心配したものだ。

 しかし、実際は恋焦がれる男が死にかけた恐怖だとかそんなものが色々ない混ぜになっただけらしい。

 人の死をたくさん見てきた彼女がこれくらいで参るとは思えなかったが、大事な人の死は、他者の死よりもずっと辛い。

 他人の死ですら傷つく心の前で、好きな相手が死にかけたのであれば、気を失っても当然だ。


「君は、彼の彼女だったかな?」

「はい……はい!?」


 心について想いを馳せ、上の空となっていた彩香は素っ頓狂な声を上げた。


「異能者と無能者の確執は知っているけど、あまり無理をさせるのは……」

「ってちょっと待ったー! 勘違いしないでください! 私が愛するのはBLだけです!」


 と、勢いに任せて性癖をカミングアウトする。


「BLって君……」

「あ、いやえっと……」


 彩香の背中から滝のように汗が流れ出した。

 心や炎を同じ道に誘ったりしたので、別に自分の趣味を恥じているわけではない。

 しかし、世間体というものがあるし、他人に話すのと仲睦まじい友人に話すとではワケが違う。


「いいんじゃないですかー? 付き合っちゃえば。男なんて性交出来れば誰でもいいんですから――」

「ってお前は!」


 彩香の敵である小羽田がいつの間に室内にいた。

 包帯を巻かれ、腕の痛みに情けない声を上げている直樹を見下しながら近づいてくる。


「あなたの貧乳でも問題なく抱いてくれることでしょう」

「な、何を! それにこんなヤツ世界が滅んでもお断りよ!」

「ひ、ひどくね……」


 鎮痛剤が聞き出したのか、声を出せるようになった直樹が言う。

 だが、二人は聞く耳を持たず、医者の前で口論を始める。


「どうせ男同士の組み合わせなんておぞましいもの見るのが好みなんですから」

「おぞましくなんてないわ! この世界の秘宝よ!」

「何が秘宝ですか。そんなものは汚物です。愛への冒涜です」

「何をっ!! 百合の方がおかしいでしょ!」

「おかしい? おかしいのはあなたです。真実の愛、というものですよ」


 BLと百合論争という同性愛者とBL好き以外は話されても困る事柄を、処置室で言い合う二人。

 二人の前に座っていた医者が本気で二人を案じる瞳で、声を掛けた。


「うちの病院ね、精神科もあるんだ。……カウンセリング、受けるかい?」

「「結構です!!」」


 二人は声をはもらせると、直樹を置いて病室を出て行く。


「くそ……誰も手を貸してくれないのか……」


 直樹は悲しそうに呟いて、割り当てられた病室に向かった。




 丁度その頃、病院を見上げる男がいた。

 男は手に持つリモコンを見つめ、そしてまた、病室の窓を見上げる。

 知り合いが、かつての友が、今の敵がいるはずだった。


「水橋……。結奈、僕はどうすればいいと思う……?」


 だが、死者から返事は返ってこない。

 ロベルトに渡された引導を渡す道具に再び目を落とし、健斗は問い続けた。

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