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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第三章 異端狩り
50/129

希望と絶望

 小学五、六年の少女達が言い合っている。

 森の中で騒いでいた為、その声はよく通っていた。

 静かな森に不機嫌な声と、我儘な声が響きあう。


「いやだ」

「見せてくれたっていーじゃん。減るものじゃあるまいし」

「いやだ」


 短く拒否をする。

 だが、何度嫌、と言い放っても黒ポニテは食い下がらない。

 ねえねえ、と肩を揺すってくる。


「いいでしょ? 見たいんだよ、優ちゃんのイノウ!」

「……やだ」


 木々の中で、水橋は結奈の肩を払った。

 水橋と結奈がともだちとなって一か月。

 二人は毎日のように遊んでいた。

 というのも、水橋が遊びたくなくても、結奈は彼女の裾を引っ張って街や森へと繰り出したからだ。

 水橋に拒否権はない、と言っても別にいやいやではなかった。

 文句を言いながらもその顔は笑顔に溢れていたし、結奈も結奈で本当に水橋が嫌がることをしたことはない。

 だが、今回ばかりは別だ。

 水橋は頑として拒否する。


「わたしのイノウなんて見たら、きっと結奈はわたしのこと嫌いになる……」


 水橋は伏目がちに言う。

 根底にあるのは今までの人間ムノウシャ達の印象だ。

 彼女がイノウシャだと知った瞬間、みんなの見る目が激変した。

 男も女も、大人も子供も、みんな同じ目になる。

 恐ろしいモノを見る目、自分とは違う化け物を見る目。


「だからさー、優ちゃんの悪いくせだよ? すぐネガティブになるの」

「……でも」

「物は試しって言うでしょ? 試しに一回……」

「……やだ。わたしもう帰る」


 そう言って、幼い水橋は踵を返す。

 そのか細い腕を、結奈が掴んだ。


「待ってって! ホントに、一回、一回だけだから……」


 水橋の悪いくせを結奈が指摘したが、水橋から言わせれば、結奈の悪い部分はコレだった。

 全く引き下がらず、人を無理やり引っ張り出す。

 それは確かに結奈と水橋を友としたが、だからと言ってこうずっと引きずり回されれば水橋の中にも悪感情が溜まる。

 普段の冒険ならまだしも、これだけは許容できない。

 水橋の中で、何かが暴走した。


「やめてって言ってるでしょ!」


 小さな真っ白い手から、透き通った水が迸る。

 水橋のイノウ。

 彼女が創り上げた水が、結奈へと降りかかった。

 

「きゃっ!!」


 結奈の驚く声。

 あっ、と水橋が思ったときにはもう遅い。

 放射状に放たれた水を見て、水橋は目を閉じた。

 脳裏をめぐる想いは様々。

 友情が終わってしまったという想い。それに付随する悲しみ。

 そして、警察を呼ばれてしまうのだろうかという恐怖。


「え? う? あれぇ?」

「ご、ごめんなさい、悪気はなくて……」


 怖くて顔を上げられず、震える声で言う水橋。

 だが、怒るか、怖がるかの二択だと思っていた彼女の反応は、水橋の想像と違っていた。


「なに? え? あれれ?」

「……ゆ、いな?」


 恐る恐る顔を上げ、閉じていた目を開ける。

 すると、濡れた水橋が立っていた。

 いや、認識の誤りだ。

 濡れた服を着た水橋が立っている。困惑を隠さずに。


「何で? え? 今わたしぬれたよね?」

「……ぬれてるんじゃ?」

「そのはず、そのはずなんだよ。でも、水が身体についたとたん、かききえるの。魔法みたいに!」


 結奈は少し興奮した様子で言い、水橋にもう一回かけて! とお願いしてきた。

 予想外の反応と状況に、悲しみや恐怖は吹っ飛んで、水橋は結奈のお願いを聞いた。

 ピシュッ! と少量の水が、水橋の手から吹き出す。

 結奈はそれを右腕で受け止め――水が消える様を目視した。


「ほ、ホントにきえた……?」

「ね? ほら! イノウは別に人を傷付けないんだよ!」

「そ、そんなはず……」


 受け入れたいはずなのに、受け入れがたい。

 水橋は戸惑い、焦り、知りえる自分のイノウの事を考え始める。

 今まで、水橋が誤って水をかけてしまった人達は、間違いなくびしゃびしゃとなっていた。

 そう。みんな、イノウのコントロールがどれだけ難しく、水橋がまだ幼いこどもであるという事実から目を反らし、彼女を糾弾していた。

 小さなこどもを、いい大人が寄ってたかっていじめる。

 一昔前の常識なら情けないクズ野郎どもと思われたそれも、今の常識ではふつうである。

 それだけ異能者は恐ろしく、怖い。

 小さなこどもが、大の大人を簡単にひねりつぶしてしまうようなチカラを異能者は秘めている。


「おかしい、やっぱりおかしいよ」

「え? そんなことないでしょ」


 結奈は水橋の意見を取り合わず、良かったねー優ちゃんなどと言って喜んでいた。

 でも、水橋は喜べない。

 彼女がふつうの人間ならば、水に濡れるはずだからだ。

 人を傷付けるようなチカラは、まだ水橋に備わっていない。

 それでも、大人が嫌がり、恐怖するくらいのチカラは兼ね備えている。

 すなわち、そこから導き出される結論は……。


「……イノウシャ」

「……え?」


 訝しげる結奈に、水橋は勇気を振り絞って告げた。


「結奈は……イノウシャ」

「え、え? わたしが? いやいや、そんなことないでしょ」


 結奈は初め、水橋のことばを笑っていた。

 だが、水橋の表情が真剣そのもので、全く真摯に結奈を見つめていることを知ると、いよいよ彼女の中に実感として湧き上がってきた。


「……ウソ、だよね?」

「……ちがう。ホント」

「……いや、ありえない、ありえないって。わたしだよ? へいぼんなただの女の子だよ?」


 優ちゃんをいじめたわね! と言ってクラスで一番ガタイのいい男子をぶん殴って気絶させた女子が平凡だとは到底思えなかったが、水橋は何も言わなかった。

 そして、見る。結奈の中で始まる葛藤を。

 結奈の性格を想えば、すぐやったー! などと言って喜ぶと思うかもしれない。

 しかし、実際に異能者になるということは、社会からのけ者にされ、外れ者にされるということだ。

 ともだち、先生達から見放され、最後には父親、母親などの家族からも見放される。

 イノウを手にするということは、絶望へのスタート地点に立つということに他ならない。

 案の定、結奈はうつむき、ぷるぷると震えだした。

 怖いはずだ。恐ろしいはずだ。

 社会が、大人が、友が、家族が。

 そして、何より自分自身が。

 

「結奈……」


 水橋にはどう声を掛けていいかわからなかった。

 そもそも、自分は無事で済むのか、という考えが頭をよぎる。

 もしかしたら、口封じの名の元、自分は殺されてしまうのではないか。

 現状、結奈がイノウシャだと知っているのは水橋一人だけだ。

 結奈の性格上考えられないが、もし、という可能性は無限大だ。

 結奈がトチ狂い、発狂し、水橋を殺しにかかったら。

 いや、結奈自身ではない。結奈の両親が、娘の為にと水橋を土の中に埋めたら。


(たぶん……だれも困らないよね)


 小学生には全く似つかわしくない皮肉気な笑みを水橋は浮かべた。

 きっと……だれも困らない。

 学校の先生も、クラスメイトも。

 目の前に立つ結奈も……そして、自分自身さえも。

 ならもういっそのこと、自分で死んでしまうか、とさえ思う。

 他人に任せて、辛く苦しい思いをするくらいなら、海に身を投げ出し、魚たちと共に永遠の航海に出た方がいいんじゃないか、と。

 そんな彼女の悪いくせ、ネガティブな思考に耽っていた水橋は、奇声で現実に戻された。

 声の主は結奈。

 あぁ、気が狂っちゃったのか、と暗い瞳で水橋は結奈を見る。


「結奈……大丈夫。わたしが自分で……」

「いぃいいぃいやっったあぁあああああ! これでわたしもヒーローだぁあああああ!」

「……っぅえ?」


 間の抜けた声が出た。

 ポカンとした水橋の前には、歓喜のあまり飛び跳ねる結奈が。


「ヒーロー! ヒーローだよ! マントを着て、みんなを助けられるよ!」

「……え、でもさっきふるえて……」

「うん! あまりにうれしくてふるえちゃった! やったー! ありがとうね優ちゃん!」


 バッ! と結奈は茫然とする水橋に抱き着いた。

 その笑顔がとても眩しくて、その顔がとても嬉しそうで。

 結奈に殺されるなどと思っていた自分が馬鹿らしくなった。

 そこで、水橋は完全に理解出来た。

 あぁ、結奈はこういう人間なんだ。わたしという小さなものを拾い上げてくれるヒーローなんだ、と。

 その日から、結奈は水橋の目標となり、親友となった。





「……っ……ダメだ……もういっそのこと……私を殺せ……」

「何言ってんのよ、あんたは」


 本に目を落としていた顔を上げ、矢那が呟いた。

 だが、寝言を言う本人は、うんうんと唸り続けているだけだ。


「何でそんなに苦しむのよ。逃げちゃえばいいじゃない」


 矢那には、水橋がわからない。

 そんな恐ろしいなら、怖いなら、逃げてしまえばいい。

 過去からは逃れられない? なら、追い付かれないよう走り続ければいい。

 そうすれば――。


「……私のように、気楽に生きられるわよ」


 そう呟いた矢那の顔は、全く気楽そうには見えない。

 突然、ビュゥ! と風が鳴る。

 矢那は傷口が痛まないよう気を付けて立ち上がり、窓の外からソレを見た。


「……嵐……? またあの騎士が!」


 言って病室から出ようとした矢那だが、痛む傷に耐え切れずよろめいた。

 過去からは逃れられそうにない。なぜなら、傷を負っているから。





「全力で来てください。生きたいのならば」

「……それは出来ない!」


 圧倒的な嵐の中で、心は張り切れんばかりに叫んだ。

 風は強く、嵐は濃く、透き通るはずの風が、どす黒く染まっていた。


「――あなた達の理想は、とても美しいです。私にそれを穢させないでください」

「……いずれにしろ、あなたを殺した瞬間から私は昔の私に戻る。血で染まった手が、またさらに血に染まるだけ。絶対にそんなことはしない」

「ですが……。じゃあ、こうしましょう」


 ラファルは、目前に立つ心、炎、メンタルの顔を見比べる。

 その表情はわからない。悲しんでいるのか、怒っているのか、笑っているのか。

 騎士の兜が、ラファルの顔を隠している。


「誰かひとりを殺します。そうすれば、他のふたりは生きられる」

「……っ!」


 三人に動揺が奔った。

 彼女達の思想ならば、動ずるわけがないと思うかもしれない。

 しかし、彼女達に共通した美しく、しかし愚かといわざるを得ない思想が、三人を揺れ動かす。

 根本にある思想。

 自己犠牲。自分の命よりも他人の命を重く感じる人々。

 そんな人間に――自分が死ねば、他のふたりは助かるぞと言えばどうなるか。


「……ダメ」


 一番困惑していた心が、何とか言葉を紡ぐ。

 しかし、その言葉は儚げだった。先程よりもずっと脆く軽く、風に吹き飛ばされそうな勢い。


「直樹だったらそんなことは……」

「しない、ですか。本当にそうでしょうか? 彼は、そう言うでしょうか。私は、むしろ彼だったら自らを簡単に差し出す気がします」

「……っく……」


 事実だった。

 少なくとも心から見て、直樹はそういう人間だ。

 そして、かくいう自分もそちら側の人間だ。

 今まで、自分の手が汚れても、誰かが救われるなら――その想いで、暗殺してきた。

 結果は散々だった。

 自分が一人悪人を殺せば、悪人は十人殺す。

 人を殺すから、悪人が死ぬのか。悪人が死ぬから、人が殺されるのか。

 心には何が何だがわからなくなっていた。

 ただ、胸の奥にあるのはなぜという疑問だ。

 なぜ、人は争うんだろう。なぜ、人は人と仲良く出来ないのだろう。

 なぜ、違いを受け入れられないのだろう。

 そんな想いを秘めた少女に告げられたその言葉は、甘美な響きでさえあった。

 自分が死ねば、友と妹が生き残る。確実に。

 敵がここまで圧倒的でなかったのならば、心はそこまで追い詰められなかったかもしれない。

 現に高を括っていた。

 ラファルを説得出来ると思っていた。

 メンタルと同じように。神崎直樹が、狭間心にしたのと同じように。

 故に、心は揺れる。理想と現実の狭間はざまに。

 理想は、全員生き残り、ラファルを説得すること。

 現実は、強大な敵であるラファルに身を差出し、炎とメンタルの安全を確保すること。


(くっ……私は……)


 どうすればいいのだろう。

 異能殺しはどうしたかな。きっと、ラファルを暗殺したかな。

 じゃあ、狭間心はどうするんだろう。

 結論は出ない。

 出ているはずなのに、出てこない。




 吹き抜ける黒い風の中で、メンタルは姉の停滞を目視した。


(姉さん……!)


 全て知ったはずの姉。理想を成す為動いていた姉が……止まっている。

 それはきっと弱さだ、とメンタルは思った。

 暗殺者が所持してはいけない弱さ。それは、大切な存在。

 それを人質に取られて、姉は動けなくなっている。

 暗殺者として不完全な姉を、人として不完全な妹が案じる。

 メンタルとて葛藤はあった。

 だが、すぐに払しょくされた。

 人として不完全だったから、払いのけられたのかもしれない。

 もしくは別の理由で。

 姉と共に過ごしたいという妹心で。


(姉さん……らしくない。わかってるはず)


 メンタルは心を想う。

 異能殺しではなく。自分のオリジナルとしてでもなく。

 自分を受け入れてくれた義姉として。


「直樹は絶対にそんなことしない」


 メンタルは暗黒郷ディストピアを引き抜き、ラファルに向けた。




「……うん。直樹君はそんなことしないよ」


 メンタルと同じ言葉を放ち、炎が拳を握った。

 その手には強い意志と、人を救いたいという優しい想いが宿っている。

 その身には、兄と達也の理想が纏われている。


「……きっとこうするんだ、直樹君は。……ううん。私もメンタルちゃんも……そして、心ちゃんだってそうするはずだよ」


 力強い炎。

 炎の中に混じっていた何かは、炎を太陽だと言った。

 まさしく今、彼女は太陽だ。小さな太陽。

 人々を――狭間心を優しく照らす、小さくそして大きな光。

 その輝きは、嵐で暗くなった街すら照らしていた。


「だからさ、頑張ろう? ラファルちゃんを助けよう? そして、みんなで笑って帰ろう?」


 固まった親友に、声を掛ける炎。

 どんな重石よりも重いモノに身体が封じ込められていた心が動き出した。

 心の赴くままに、理想の輝くままに。

 理想郷ユートピアという金色の拳銃が、嵐の中で光り輝く。






「そう、ですか。……残念です。私は、あなた達を殺さねばならばい」

「そうはならない。誰も死なない、誰も殺さない。それが、私達の理想」

「どんなに願っても……サンタクロースは現れません。いるのは、プレゼントを与え、こどもを騙す大人だけ。理想郷など世界にはないのです……死んで、ください」


 心の問いにラファルは答え、サーベルを振る。

 刹那、凄まじい風圧が三人に襲いかかった。

 もし、心とメンタルが引き金を引き、銃弾の雨を降らしていたならば、全て自分達に返っていたことだろう。

 それほど、ラファルの風は凄まじい。


「心ちゃん! 行くよ!」

「了解――デバイス起動!」


 炎の呼び声に、心が答えた。

 機械仕掛けの魔法、デバイス起動により、心の身体能力が増加する。

 機械の力と炎の異能を纏った少女が、騎士に突撃した。

 二人を援護する為、メンタルが回り込み引き金を引く。

 ラファルはサーベルで銃弾を斬り落としつつ、左手でフリントロックピストルを構えた。

 狙いは……。


「無理です、異能殺し。デバイスでは私に対応できません」

「……否定はしない」


 言われてもなお、心は炎と並走を崩さない。

 心は、ラファルの銃についてある程度推測している。

 そもそも、銃自体の性能はどうでもいい。

 重要なのは、その弾丸がその銃のチカラのみで放たれているかと言う事だ。

 矢那が負傷した時のデータを入手した心は、その映像を何回も考察した。

 そして、元、異能殺しとしての勘が告げる。

 その銃弾は風に包まれている、と。

 銃自体は何でもよかったのだ。

 いや、弾丸さえあれば十分だったかもしれない。

 あの絶大な威力は、ラファルの風によって引き出されたものだった。

 引き金で銃口から放たれた弾丸は、ラファルの風の異能で急速に加速する。

 実銃である必要すらない。エアーガンでも、人を殺せる。

 かつての実物よりも命中率と威力が跳ね上がっている古式銃が、心に向けられている。

 騎士は何のためらいも見せず、引き金を引いた。

 轟音と共に対異能弾が放たれ、加速する。

 ぴったりと頭を狙って撃たれた弾丸を予期していた心がギリギリで躱した。

 頬の皮膚が裂け、僅かに垂れる赤い液体。

 すぐさま再生異能で、修復が始まる。


「避けましたか。流石異能殺しです」


 褒めながら、左手ではリロードを、右手ではメンタルの銃撃を防ぐラファル。

 心と身体が別物のように思えた。

 彼女にとってはFPSをやっているようなものなのかもしれない。

 主観視点で繰り広げられる銃撃戦。そのムービーシーンをラファルは見ている。

 物にもよるが、ムービーシーンというのはQTEでもない限り、コントローラーを置いてボーッと眺めるものだ。

 小休憩。裏側で進められる読み込み。

 ストーリーに感情移入していれば、はらはらするか、展開を予測してにやにやするか。

 だが、彼女は楽しめていないだろう。

 見たくもない映画を見させられる。

 寝ることも、ポップコーンを摘まむことも赦されない。

 ゲームのように、ポーズ画面を押すことも、携帯に目を落とすこと不可能。

 きっとその目は死んでいる。

 思考を放棄して、傍観者のように他人事に感じながら、人を殺す。


「でも、甘いですね。近接戦闘は――」


 止めた方がいいですよ。

 ラファルの取れる唯一意思が介入出来る方法、会話を用いて、傍観者でいて主人公でもある彼女が、敵に話しかける。

 格闘範囲に入り込んだ二人に向けて、ラファルがサーベルを振るう。

 心の警棒がサーベルを防ぎ、その一瞬で炎が懐に入り込む。

 だが、炎の目前に現れたのは、フリントロックの、その銃床だ。

 鈍器としても使い道がある打撃武器が、炎の頭蓋骨を打ち砕こうとしてくる。


「……ほっ!」


 だが、黙って殴られる炎ではない。

 紅蓮を纏ったその右腕で、その打撃を受け止める――はずだった。


「……ぅあ?」


 ごりっ、という音がした。

 最近の戦いで、よく傷だらけになっていた炎は瞬時に理解出来た。

 だが、理解出来ても、痛み止めには役立たない。


「……うっ! ……あああ!」


 炎は右腕を抱きかかえてよろめいた。

 腕が、別の赤い色に腫れ始める。

 それもそのはず、骨にひびが入ったのだから。


「だから言ったでしょう」


 どこか呆れるような、そして炎の身を案じるような声音で、さらなる打撃を見舞うラファル。

 強化鎧パワードアーマーで覆われたラファルの腕力は、優れた異能者ですら凌駕する。

 そんな鎧をEUの異端狩りはノーリスクで使えるように開発したのだから、科学技術の発展とは恐ろしい。

 そして、何が何でも異能者を撃滅するという執念も。


「……がぅ!」

「炎! っ!!」


 宙を舞う炎に気を取られ、心の警棒が同じように空を舞う。

 慌てて左袖からナイフを取り出した心だったが、ザシュッ! という音と共に動けなくなった。

 左手の、手首から上が、ない。


「――っあああ!」

「ダメです。死にますよ」


 ラファルの言葉に我を取り戻し、心は何とか距離を取った。

 だが、その顔は苦悶に染め上げられている。

 追い打ちをかけようとしたラファルだが、後ろに忍び寄る気配を感じ、サーベルを背を背中に向ける。


「ダメです。私は不意打ちでは倒せません」

「――なっ!!」


 ナイフをサーベルで背中越しに受け止め、ラファルはそのまま後ろを見ずにメンタルの斬撃を読んだ。

 二、三度防いだ後、手を軽く捻ってナイフを飛ばす。

 そして、剣の柄でメンタルの顔面を殴った。


「……ぐぅ!」

「最初に死ぬのはあなたになりそうですね」


 他人事のように呟いて、振り向こうとしたラファルに、正面からフルオート射撃が放たれる。

 心が右手でユートピアの引き金を引いていた。

 数発避け、残りは斬り落とし、カチッという弾切れの知らせが届く。


「弾切れ、ですか。片手でリロードは辛いでしょう」

「そんなこと……ない」


 片手で装填する技を、心は会得している。

 だが、あまり使い道がなかった。

 二丁拳銃など行っていれば使い道があったかもしれないが、あれほど不合理な使い方はない。

 保険として覚えていた技だが、使う場面に遭遇したことはなかった。

 しかし今、現実として直面している。

 しかも、それを行うということは、もはや敗北と同義だった。

 心一人なら生き残れたかもしれない。

 だが、大事な者達を残して撤退するという考えは、心の中に存在しない。


「――再生、異能。何度傷ついても、心が折れかけても立ち上がる。……あなたは立派です。私なんかよりもずっと。……だから、死にます」


 脅威優先度は、銃を握る心が一番高かった。

 静かに、確実に、心へと歩み寄るラファル。

 その足は躊躇わず、しっかりと地面を踏みしめる。


「立派な人はいつも先に死にます。とても、悲しい世界ですね」

「……そうね。だから……私は死ねそうにない。全然、立派じゃないから」


 リロードを終えた心が再び銃を撃つ。

 凶悪なマシンピストルの銃弾が、いとも簡単に斬り落とされていく。


「そんなことはありません――フフッ。いつもそうです。立派な人は立派と言われて素直に頷きませんね」


 どこか懐かしむような声で、ラファルが言った。

 直後、最後の弾丸が真っ二つに切り裂かれる。


「……くっ……!」

「異能殺し……いえ、狭間心。死んで、ください」


 一切の迷いなく、サーベルが振り下ろされた。

 真っ赤な鮮血が、吹き荒れる嵐の中に舞った。

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