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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第三章 異端狩り
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話し合い

 名無しの少女、改めラファルの名をつけ終えた直樹は、喫茶店を出て商店街を散策していた。

 ラファルは相も変わらず食べ物に興味津々で、揚げたてのコロッケや、焼き立てのパンに吸い寄せられていく。


「おいしそうです」

「そうだな。……何だその目は……」


 きらきらーっ! とこれ食べたいあれ食べたいという欲望丸出しの視線を、ラファルは直樹に送ってくる。

 先程特大パフェを六つ食べ終えた者とは思えない食欲だった。

 甘いものは別腹というが、いくらなんでもおかしいだろう。

 腹の中にブラックホールでもあんのかなどと思いつつ、直樹はラファルが要望する食べ物を買いに行った。

 顔見知りのおじちゃんおばちゃんにいじられながらも買い物袋を差し出すと、ラファルは溢れんばかりの笑顔をみせてかぶりつく。


「おいしい……! いいですね、この国は。いつでも好きな物を食べられる」

「……そっちじゃ食えないのか? お前……じゃない、君のいた国では」


 呼び方に気を使わなくて結構ですよ、とラファルは呟いた後、寂しげな表情を浮かべた。

 その顔は、寂しいだけでなく、わからなくて困っているようにも見える。


「どうでしょうか。きっと、食べられるのでしょうね。人間は」

「……どういう」


 ことだ、と続けようとした直樹を、叫び声が遮った。

 炎だ。


「いたーっ! やっと見つけたよ!」

「炎? どうしたんだ?」

「心ちゃん――じゃない、学校の先生から呼び出しを喰らってるよ!」

「え? 何で?」


 炎の言葉に直樹の顔は青くなる。

 なぜだ。水橋が学校に執り図ってくれているんじゃないのか。

 胃が痛くなり、回復効果が発生し始めた直樹に、炎がえっとね……と思い出すようなしぐさで言伝を伝える。


「え、えっと、水橋さんは今寝てるからね。学校と中立派の間に齟齬があるんだよ」

「マジか……行かないとまずい感じかな」

「まずいね。最悪停学、というか退学だね。高校中退で最終学歴は中卒だね」


 マジかよ……! と胃だけでなく頭も痛くなり始めた直樹は、ラファルを見て逡巡した。

 ラファルは大事だが、学校も大事だ。

 どうすりゃいいんだと頭を抱えた直樹に、ラファルは大丈夫ですと声を掛けてくる。


「私は風。どこにでもいて、どこにもいない。……あなたの家は覚えましたから、いつでも会えますよ」

「そうか……! ならちょっと行ってくる! 炎、ラファルを見ててやってくれ!」


 直樹は一目散に駆け出した。

 成績の為、進級の為、在学の為に。

 その背中を見て、炎がごめんねと呟いたことに、愚鈍な直樹は迂闊にも気づかない。


「嘘が下手ですね」

「嘘じゃないよ。学校から呼び出されてるのは本当。今日じゃなくて、結構前だけどね」

「そうですか」


 ラファルは、手に持っていた袋の中身を全て平らげて、通路の真ん中に設置されているゴミ箱へと捨てた。


「嘘をつく事は、大人になること。ですが、あなたの心は純粋ですね。まるで、煌々と燃え盛る炎。……しかし、純粋過ぎる炎は危険です。燃え移り、家屋を燃やし、物を燃やし……大事な人まで燃やしてしまう」

「だね。だから、私は人を傷付けないよう戦うんだよ」

「それもまた危険ですよ。小さな火種は……ろうそくの火を吹き消すようにあっけなく消えてしまう」

「そんなことは私がさせない」


 反対側から、心が歩いてきた。

 ラファルは黒ずくめの恰好の、異能殺しを見て微笑する。


「異能殺し、ですか。……きっと、全てばれているのでしょうね」

「ええ」


 短く言われた返答に、ラファルはまた寂しげな表情になった。


「では、殺し合いをしますか?」

「まだ。あなたとは話し合いがしたい」


 後ろから声を掛けられ、ラファルが振り向くと、白いパーカーを来た少女が立っている。

 その顔は異能殺しと瓜二つだった。


「話し合いですか?」

 

 怪訝な顔をするラファルに、三人が同時に首肯する。


「そうよ。殺し合うのではなく、話し合い」

「もし話し合って解決出来るのなら、その方が良いよね」


 さも当然と言わんばかりに言い放つ黒と赤。

 それを聞き、緑の騎士は、いいでしょうと頷いた。


「まだ鐘も鳴っていません。……邪魔の入らない、広い場所がいいですね」


 ラファルは辺りを見回すが、商店街の真ん中にそのような場所は存在しない。

 いい場所がある、と心が告げた。


「旧廃棄処理場。今、あそこには何もない」





 ぜぇはぁ、と息も絶え絶えに学校に辿りつき、直樹が教室のドアを開くと、悪友の直樹大遅刻ー! というヤジが飛んできた。


「うるせえ黙れ! 遅れてすみません……」

「とにかく席に座って」


 教師に言われ、直樹は席に着いた。

 職員室に直接行くかとも思ったが、教師たちは今、教室で各々の授業をしている。

 そこに突撃するのも迷惑をかけるし、素直に休み時間まで授業を受ける事にした。


「直ちゃん、今日は来たんだ」

「人をサボりの常習犯みたいに言わないでくれ。……呼び出しくらってるって聞いてさ」


 久瑠実に小声で言われ、囁き声で返す。

 すると、久瑠実はあれのことかな、と言ってプリントを取り出した。


「直ちゃん、例の件で授業を休みがちだから、先生が課題を出したんだよね。その時、直ちゃんいなくて私が代わりに預かってたんだ。本当は昨日渡そうと思ったんだけど、すっかり忘れちゃって……」

「え? それだけ?」


 思わず直樹は訊き返した。

 重大な用事だと思っていた直樹は、すっかり拍子抜けする。

 そして、疑問が湧き起こった。

 なぜ炎はあのような事を言ったのか、と。


『こぉーらぁ! 電話でろし!』

「っううああ!」


 突然、制服のズボンに仕舞っていた携帯が叫び出す。

 鳴ってしまわないようにとマナーモードにしていたはずなのに。そもそも電話に出ていないぞと慌てて直樹は携帯を取る。

 着信相手は彩香だが、今は通話する余裕はない。

 通話終了をタップするのだが、なぜか切れず、直樹の焦燥が止まらない。


「な、何で切れないんだよ!?」

『あんたの携帯いじくったからに決まってんでしょ。さっさと会話に応じる!』

「神崎君、携帯没収だね」


 怒鳴る彩香、手を伸ばし近づいてくる教師、戸惑う久瑠実、にやにや笑顔の智雄。

 クラス中から呆れと笑いの視線に晒され、彩香に散々罵倒され、直樹は耐え切れず教室を飛び出した。


「すみません! やっぱ早退します」

「こら! 神崎君! 成績1にするぞ!」


 ひいぃそれだけは勘弁してください! と叫びながら、直樹は廊下を全力疾走した。

 学校から少し離れた住宅街で息をつくと、彩香の笑い声が聞こえた。


「ハハハハッ! 留年おめでとう!」

「くっそまだ決まったわけじゃない! 成績はそんなに悪くないし……」


 大丈夫、大丈夫……と自分に言い聞かせた後、笑い終えた彩香に尋ねる。


「で、何の用だよ」

『むしろここまでのやりとりでなぜ疑問に思わないのかしらね』


 なぜか怒られ、めげる直樹。

 しょんぼりとする彼に、彩香が説明する。


『炎が嘘を吐いたのは、あなたを遠ざける為! それはなぜか。危険な事があるからよ! ……全く、仲間だから信用云々言ってたくせに……やられたわ』


 全てモニターしていた彩香は知っていた。

 心とメンタルがクルセイダーチルドレンの元に向かい、彩香が炎に連絡を取った所までは良かった。

 問題はその後だ。

 心は炎と連絡を取り、炎に嘘を吐かせて直樹を遠ざけた。

 心達は、直樹を信用していないわけではないだろう。

 だが、心配していた。今までは彼のおかげで助けられた。

 しかし、それはいつも命掛けであったし、満身創痍だったこともある。

 再生異能を複写しているといっても、安堵出来ないのだ。

 少なくとも、直樹に恋をしている心と炎は。

 だが、それを言うなら……。


(あなた達の方が心配よ! これだから理想主義者ロマンチストは!)


 彩香は憤慨し、二人の身を案じ、彼女達の計画をぶち壊す為直樹に連絡を取ったのだ。

 まぁ、勢い余って直樹の学校生活もぶち壊してしまったようだが。


「昨日の騎士が出るってことか!?」

『っていうかもうあなたは会ってるし!』

「どういうことだ!?」


 走りながら、直樹は叫ぶ。

 口にこそ出したが、もう既に結論は出ていた。


『あの緑髪! あなたがいやらしい顔で背負ってた女の子!』

「そんな顔して……くそ! ラファルが? そんなバカな!」


 にわかに信じられなかった。

 確かに、不審ではあった。

 ラファルが直樹の家に現れ、彼女がいなくなった直後に風の騎士は現れた。

 でも、直樹は偶然だと思っていた。

 というより、そう考えたくはなかったからだ。

 だって、あの少女は――。


「あんなおいしそうに食い物食ってた奴が、矢那さんと炎を殺そうとしたってのか!?」

『そうよ! でも、理由があるわ。……端的に言えば洗脳よ。幼い頃に誘拐されて、殺さなければ死という命令オーダーを出されていた』

「くそっ!」


 またか、と直樹は歯噛みする。

 何でこんなに悲劇が溢れてる?

 それとも、まだまだこんなもんじゃないってのか?

 これぐらいふつうで、もっと涙が、死が、悲しみが世界に溢れているのか?

 だとすれば――冗談じゃない!

 直樹は拳を握り、炎の異能を発動させた。

 住宅街の真ん中である。近所の人間に見られる可能性があった。

 しかし、直樹は知ったことか、と炎の力で跳躍する。

 無能者は異能者を恐れているかもしれない。

 でも、悪い人間ばかりではないはずだ。

 直樹はそう信じて移動する。

 心達に助力する為に。

 ラファルを救う為に。




「こ、これでいいのかな……?」

「ええ、問題ありません。そこに置いてください」


 旧廃棄処理場の真ん中に広げられたシートの上に、炎が大量の食糧を置いた。

 ラファルが座り、心達も追従する。

 ラファルは、敵の、それも暗殺者の目前だというのに、サンドイッチを頬張り始めた。


「いいですね、コンビニ。こんなおいしい物が24時間いつでも買える」


 コンビニの関係者が聞いたら大喜びしそうなことを言いながら、ラファルはサンドイッチやらおにぎりやらを食べ進めている。

 心は毒気を抜かれつつも、冷静に分析する。この少女は、鐘が鳴っていない状態では無害だと。

 例え目の前に殺害対象である悪魔が居ようが、鐘が鳴らなければふつうに接することが出来る。


「ラファルちゃん……だっけ?」

「はむっ……ええ、そうです。あの人がそう名付けてくれました」

「あの人じゃなく、直樹」

「ナオキ?」

「そう、直樹」

「そうですか……そうですね」


 心が訂正すると、ラファルは優しい顔になった。

 それを見て、心の何かがざわめく。彼女は困惑の眼をラファルに向けた。

 あの時の感覚だ。彩香が嫉妬だと言っていた、あの感覚。


「姉さん?」

「……何でもない。では、ラファル」

「何でしょう……?」


 心は妙な感覚を奥底に押しやって、ラファルに言う。


「あなたと戦いたくはない」

「……異能殺しの言うセリフですか」


 嫌味にも取れたが、ラファルの表情はどこか嬉しげだった。


「いや、これは新しい信条を手にした、狭間心としてのことば。暗殺者としての言葉ではない」


 そもそも、今の自分を暗殺者だと呼ぶのならば、だ。

 直樹や炎と出会うまでの心ならばともかく、人を殺さなくなった今の彼女を暗殺者として表していいかは微妙だった。

 そんな暗殺者もどきに、騎士もどきである少女が笑う。

 嘲笑でも侮蔑でもない。純粋な笑みだった。


「いいですね。私も戦いたくありません」

「本当!? なら……」

「ですが、それは無理です。不可能です」


 話を聞き喜んだ炎に、ラファルは現実を突きつける。

 全てを悟ったかのような……全部諦めたような、そんな顔だった。


「ロベルトの鐘は絶対です。アレが鳴るごとに、私は異能者……悪魔を一人殺さねばなりません」

「……ワタシ達が全力で保護すると言っても!?」


 抑えていた感情が爆発したかのような勢いで、メンタルが叫ぶ。

 ラファルは微笑し、


「無理です。ロベルトの力は絶大。……あなたはよく御存じでしょう?」

「……っ!! でも!」

「いなかったわけではないのです。ロベルトに抗った同僚が」

「なら……!」


 と食いつくメンタルだったが、何となくその先を察していた。

 そもそも自分だってそうだったではないか。命令されるままに、姉妹を殺し続けたではないか。


「その子は、私が殺しました」

「…………」


 メンタルが絶句し、心と炎も語る言葉を持たなかった。


「……鐘の鳴るままに、私が殺しました。剣でその首を切り裂きました。……私達に抗う術はないのです。この世界に希望はない。死こそが……暗い闇の底に沈むことが、救済なのです」


 ラファルはそう言って、心のレッグホルスターに仕舞ってある、黄金色の拳銃を指す。


「その銃で、私を殺してください」

「何を……っ!?」「それはダメ!!」


 黒と白、心とメンタルが衝撃を受け、瞠目する。

 到底受け入れられるわけがなかった。

 人を殺さなくなった、二人の暗殺者には。


「簡単なことです。銃口を頭に向けて、引き金を引けばいい。私はマインドコントロールを受けています。……自分の意志で自害は出来ない。こうすらすらと話していると、誤解を招きそうですが。――そうすれば――」


 あなた達と私は、戦わなくて済みます。

 にっこりと微笑んで、放たれたことば。そのことばは三人の心に深く突き刺さる。

 だが、そこで黙っている心達ではない。

 それを聞いてなお、嫌だという馬鹿者が一人いる。

 いや、二人だったか。

 不思議と、その想いは伝播しやすい。嫌だという馬鹿者は、どんどん増えていく。

 増殖した馬鹿者は、人を救うという理想主義者は。

 拳銃を抜く事はなかった。

 銃弾の代わりに、言葉を発する。

 人を救いたい、助けたいという想いのことばを。


「断わる。私はそんなことを聞きたいがために、あなたと接触したわけじゃない」

「私もだよ! 絆の力を甘く見ないで! 一人じゃ出来ないことも、みんなといっしょなら出来るんだよ!」


 心と炎は、胸の中に秘めた想いを吐き出した。

 そのことばは少なからずラファルの胸を打つ。銃弾よりも、弾丸よりも、強く、熱く。

 しかし、それ以上にロベルトの鐘に縛られていた。

 そんな彼女に、同じような経験のニセモノが声を出す。

 かつてニセモノだった者。そして今は、ホンモノである者。


「ワタシもこうして、救われた。敵は強大かもしれない。怖いかもしれない。でも、現実ばかり見て、ずっと止まっていたらダメ。足元だけでなく、前を向かなくちゃ」


 理想ばかり追い求めては先に進めない。

 それと同じく、現実ばかり見ていても進歩はない。

 理想を見る者には現実を。現実を見る者には理想を。

 理想ばかり見て、心は死にかけた。

 現実ばかり見て、メンタルは苦しんでいた。

 お互いに必要なモノが欠けていた。

 だが、今は違う。互いに必要なモノを手に入れた。

 故に――メンタルは手を差し伸ばす。

 幸せを分かち合う為に。


「大丈夫。次こそは勝つ。仲間の為に、信条の為に。そして……理想を成す為に」

「……いいですね。とてもいい思想です。暖かい想いを感じます」


 ラファルは、ゆっくりと手を上げる。

 ラファルの手とメンタルの交差しようとした――まさにその時。

 ゴーンという無慈悲な音。遠くからラファルを縛る鐘の音が鳴った。

 ビュゥ! と風が強く吹き抜ける。


「ラファル!」

「残念です、本当に。人生でこれほど……名残惜しいことはありません」


 悲しそうな物言いをし、ラファルは風に包まれた。

 小さな竜巻に覆われたラファル。

 風が消えてなくなると、そこにラファルはもういない。

 代わりにいたのは、銀色の騎士。

 悪魔を狩る為現存する異端狩りの騎士団オーダー

 クルセイダーチルドレンが、悪魔達に剣を向ける。


「――これより悪魔を抹殺します。死んでください……」


 彼女達を包むように、一筋の風が吹き抜けた。



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