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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第三章 異端狩り
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騎士の正体

 暗殺者である狭間心が人を調べる時、大抵その人物が悪人で、自分の標的である事が多かった。

 目標ターゲットのデータを眺め、どう殺すか算段を付けるのだ。

 しかし、ほとんど計画通りいったことはない。

 他ならぬ心自身の信条と理想に妨害されるからだ。

 目の前で困っている人がいれば救ってしまう。

 目の前で悪事が行われていれば止めてしまう。

 故に、彼女は暗殺者として失格だった。

 もっと静かに殺せた。もっと安全に斃せた。

 だが、やり方を変える気はない。

 それは、人を殺さなくなった今も変わらない。


「ロベルトについてはわかった」


 心は、自分の部屋で、ノートパソコンの画面を相棒と妹に見せた。

 彩香とメンタルが見つめる先にはひとりの男性が映し出されている。

 男の情報は気名田とは違い全く秘匿されていなかった。

 むしろ、プロパガンダも兼ねてEU圏内では英雄扱いだ。


「悪魔殺しの英雄ねぇ。私達って悪魔だったのか」


 冷めた目で言う彩香に、心はそんな事はないと言った。


「認識の違い。ただそれだけ」

「わかってるよ。私から言わせればこの男の方が悪魔だわ。一体何人殺したのかしら」


 殺した数こそ書かれていないが、EUの異能者の大半は殺されていると心は聞き及んでいる。

 だとすれば、心よりずっと殺した数が多いかもしれなかった。

 心は相手を選んだが、ロベルトは相手を選ばない。

 異能者であれば、子供だろうが大人だろうが、それがなんであれ殺す。


「……人を殺しているという認識すらなさそうね」


 メンタルがデータを見て呟いた。

 心が妹の呟きに反応する。


「いいや。この男は全てをわかっている。わかった上で、殺している」


 人は、人を殺せば良心が痛む。

 脳にインプットされた常識と、優しさ。

 それらを持つ者ならば、胸が痛み手が震え、うつ病にかかるか、耐え切れず自殺するか、日常に帰れなくなるか。

 だが、それらを持ちながら、人を殺して何も思わない人間がいる。

 間違いなくロベルトはそれに当てはまっていた。人を殺しても何とも思わない。

 むしろ、一種の快楽すら感じる人間。

 そういう人間は少なからずいる。

 そう、例えば……。


(私とかね……)


 と、自嘲の想いを浮かべた心を、彩香が鋭い目で睨む。


「違うよ、心は。あなたは人を殺した時、いつも悲しい目をしてたもの」

「……そう」


 また自虐してしまった、と心は反省し、データ整理に戻った。


「……今の時代、人が死ぬのはそこまで珍しいことじゃない。ロベルト自身も、殺した数は多いけど、ありふれた人間。重要なのは」


 心はマウスをクリックし、目的のデータを開く。

 そこには、騎士の甲冑を着た少年少女達の一覧が並べられていた。


「これは……?」

「……っ」


 彩香は問い、全てを悟ったメンタルは苦虫を噛み潰したような顔をする。

 心は迷いなく、はっきりと告げた。


「異端狩りに利用された子供達。異能者の」

「……そんなことだろうと思った」


 彩香は憐みの視線でリストを見つめる。

 心も似たような目をしていた。

 ここに載っていたリストは殉職者の名簿である。

 しかも、探し出すのに大した時間は掛からなかった。

 どうでもいいデータとして、大したセキリュティもなく放置されていたデータだ。

 少しパソコンに詳しいだけの者でも、簡単に見つけられたかもしれない。


「……」


 沈黙が一同を包む。

 だが、皆同じ気持ちでいた。

 静かな怒りを感じている。

 特に、似たような境遇であるメンタルの怒りは、他二人のそれを上回っていた。


「……パブロフの犬って知ってる?」


 沈黙を破った心の言葉に、彩香が自分の記憶を手繰り寄せる。


「何だっけ、聞いたことあるな。犬にエサを与えて……」

「そう。犬にエサを与えると同時に鐘を鳴らして、それをひたすら繰り返す。すると、ある時、犬は鐘がなっただけで涎を垂らすようになる……」

「それを子供達に行っているの?」


 震える声で漏らしたメンタルに、心は頷いた。

 

「異能者の子供を誘拐し、鐘が鳴るごとに――自分と同じ異能者を狩らせた。褒美が何だったかはわからないけど――」


 嘘だった。

 心は前調べで、そのロベルト流の養成方法を目にしている。

 人によって与えるものを変えていたようだ。

 性的快楽だったり、書物、食事、ゲーム機……。

 子供の趣味に合わせて、与えるものを柔軟に変えていた。

 それを見て、吐き気がした。

 心でさえもその反応である。怒りを募らせているメンタルに伝えるわけにはいかなかった。


「……っ!!」


 メンタルは力強く拳を握りしめる。

 段々と人らしくなってきたメンタルの正常な反応。

 それを見て本来なら喜ぶはずの心も、全く喜ぶ気にはなれなかった。

 妹の人間らしさは笑顔で表現されるべきだ。怒りじゃない。

 心はメンタルの肩に手を置き、気を静めた。


「落ち着いて。……ロベルトは誰かと通話していた、と言ってたわよね」

「――ええ。ワタシと戦う前に」

「とすると、この子供……ええと、何これ、クルセイダーチルドレン? ふざけてるのにもほどがあるわ」


 子供達の名称を見て、彩香が吐き捨てる。

 十字軍クルセイダー。歴史マニアだけでなく、一般人も名前くらいは知っているだろう。

 信仰心の強い正義の騎士達、という認識を持っている者も多いかもしれないが、実際には、聖地奪還という名の侵略行為を行った連中だ。

 十字軍の騎士達は“聖地奪還に出れば罪が赦される”と言われ、こぞって参加したという。

 そもそもの発端がイスラム王朝・セルジューク朝を恐れた東ローマ帝国皇帝・アレクシオス一世の救援要請からである。

 要請された傭兵の代わりに大義名分を掲げて、騎士を動かした。

 良いか悪いかはともかく、こう見えなくはない。

 騎士達は都合のいいように利用されたのだと。

 そして、異端狩りに使われている子供達も同じなのだ。

 無能者の都合のいいように使い捨てられている。


「……チルドレンだと思われるあの騎士の装備は、色々とちぐはぐだった。調べてみたけど、騎士はフリントロックピストルを使っていたし、剣はサーベルだった」


 心は過去の遺物に詳しくはない。

 その為、目視した装備について調べ上げたのだが、鎧は中世のもので、武器は近世のものというおかしなものだった。


「先日死んだ少女は、ロングソードを使っていた。これは十字軍で騎兵が主に使っていたもの……」


 ロングソードというと英雄達が使っているイメージも多く、歩兵の武器と勘違いしやすいが、実際の歩兵の武器は一回り短いショートソードであり、ロングソードは騎乗した騎士の武器である。


「ってことは何? 単純にロベルトの趣味ってこと?」

「その可能性は大いにある。見た目もいいし……」


 つまりはファッションなのだ。

 中身は高性能のパワードスーツ。甲冑を模す必要は何一つない。

 フリントロックピストルだってそうだ。

 中身は最新式なのだから、わざわざ古式銃を引っ張り出す必要はない。

 その点を踏まえて言えるのは、ロベルトの趣味。

 趣味で、歴史の遺産を掘り起こした。


「歴史マニアで殺人鬼ってわけ? ふざけた男ね」


 彩香が嫌悪感を隠さずこぼす。

 心もふざけているとは思う。

 だが、優秀であることは間違いなかった。

 メンタルも似たようなコンセプト――目には目を、歯には歯を、異能殺し(はざまこころ)には異能殺し(メンタル)を――で創られたが、メンタル計画の研究者達とロベルトが違うのは、自分で実戦に出ることだ。

 サーベルを差し、パワードアーマーを着込み、自ら出陣する。

 そして剣を振り、銃を撃ち、敵を殺すのだ。


「でも、強敵には違いない。対策が必要……メンタル?」

「対策などいらない。ワタシが殺す」


 メンタルが机に置いてあった大型拳銃ディストピアを手に立ち上がった。

 そのまま部屋を出ようとしたメンタルを、心が止める。

 かつてのような暗い瞳をしている妹に、また光を戻す為に。


「殺すのはダメ」

「なぜ? こんな人間死のうが誰も困らない」

「感情的になってはダメ」


 矛盾した言葉だった。

 心は常日頃からメンタルに感情を出せと言っている。自分の事は棚に上げて。

 メンタルは一年前に創られた軍用クローンだ。

 人としてのカタチを持ち、十七歳のカラダではあるが、中身は現代暗殺術に特化しているだけの赤子だ。

 戦闘経験だけは、とてつもないレベル。

 しかし、それ以外は未発達。

 だから、経験を積む為、人とは何かと理解する為に、メンタルには色んな想い、感情を味わって欲しい。

 それが心の願いであり、それを言われてメンタルも嬉しく思ったのだ。

 だが。


「どうして? コイツはとんでもないクズ!!」

「そうよ」

「なら!」

「だからこそダメ。……そんなクズの為にあなたの手を汚してほしくはない」


 メンタルは黙りこくる。

 そもそもだ。心とメンタルは遺伝子レベルで同一で、思考もある程度似ていた。

 性格は多少違うが、普段から見せる寡黙さと冷静さで、大量の姉妹クローン達の中でも群を抜いてそっくりだ。

 そんなメンタルが殺したいほど怒りを感じてるなら、少なくとも“異能殺し”狭間心が何の怒りも感じていないはずはない。

 

「姉さん……ごめん」

「いい。今は対策を考えないと」


 心は気にしてないと手を振ってメンタルを座らせた。

 そして、画面と睨めっこし、想像力を働かせる。

 ロベルトは異能者との戦いで、多数の場数を踏んでいることが予想出来た。

 暗殺戦、銃撃戦、情報戦、白兵戦……。

 その全てを経験し、こなす事が出来る騎士。

 そして、メンタルズ十人にも及ぶ銃弾の雨を、サーベルで斬り落としたという。

 およそ常人の為す事とは思えなかった。


(……本当に、悪魔なのかもしれない)

 

 彩香の言葉を借りて、思う。

 心は今まで日本に目を向けていて、世界情勢を知りながらも放置してきた。

 一つの国を平和に出来ない人間が、なぜ世界を救えるのか。

 そんな想いで、目の前の事柄に集中した。

 しかし、世界に目を向けてみると、日本の凄惨さがマシに思えるレベルの悲劇があちこちに転がっている。

 そして、ロベルトのような狂人も。

 だが――。


(世界から見てマシだろうと、日本の状態が悪いことには変わりない。今まで通り……いや、直樹と心に教わった通り、人を助けて、敵を倒す。例え、相手がどんな鬼畜だろうと)


 今更決意の必要もなかった。

 とうに心は決心している。

 殺す事より遥かに難関である生かす事。直樹と炎に教えてもらった新しき信条と理想。

 それを実践する気満々だ。

 心は今一度、彩香とメンタルに目を移した。


「敵の数は最低でも三人はいる……」


 彩香が首肯し、話を引き継いだ。


「ロベルト、風の騎士、水橋を刺した人間……確か、対異能部隊の人間みたいね」


 心は分析する。

 ロベルトは今言っていた通りの人間だ。

 風の騎士は素性は不明。そもそも存在自体がないのかもしれない。

 クルセイダーチルドレンは幼い子供を誘拐して騎士に仕立て上げている。

 目に見えない風のように、彼、彼女が何者かは謎だ。

 水橋の刺した人間も誰だかはわからない。

 いや……もう答えは出ていたが、最悪過ぎるその答えから皆目を背けている。

 その男は、一度浅木が捕捉していた。

 この男の重要度はさほど高くないので、水橋が目覚めるまで放置しても構わないだろう。

 心は今優先すべき目標ターゲットをロベルトと騎士の二人だと結論付けた。

 そして、何か掴んでいるであろう妹に尋ねる。


「メンタル、騎士について何か知ってる?」

「ええ、姉さん。小羽田の思念で、何となく誰だかわかってる」

「それは誰?」


 薄々予感がしながら、心はメンタルの回答を聞き、予感は見事的中した。


「緑髪の女。直樹が背負っていた」

「……あの女、か。さっさと透視しとけばよかったわね……」


 悔しそうな表情を浮かべた彩香を、心はそんなことないと励ます。

 それが普通なのだ。自分の異能を悪用しまいと努力した結果だ。

 ちょくちょく自分の心を覗き込んでくるのが少し不満ではあるが、心と彩香の仲だ。

 二人の絆は心を盗み見た程度で壊れたりはしない。拳の応酬はあるが。


「……特に警戒した様子はなかったから、見つけるのは容易いわね」

「今調べてる。……見つけた……っ!? これは……」


 驚きつつもメンタルが携帯を二人に見やすいよう横にした。

 そして、その驚愕は二人に伝播する。

 なぜなら。


「直樹……! なぜあなたがその子といるの!?」


 心は叫び、画面を食い入るように注視した。

 昨日と同じく、直樹が風の騎士と仲良くお茶を楽しんでいたからだ。


「……くっ! メンタル、これから向かう! 彩香、炎に連絡を取って!」


 心は装備を整えると、メンタルと共に馴染みの喫茶店へ走って行った。

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