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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第三章 異端狩り
47/129

名無しの名前

「じゃあね、矢那」

「ええ、メンタル達」


 十人のメンタル達が病室を出て行った。

 横に寝ていた心と姉妹の契りを交わしたメンタルも、怪我が治った為退院である。

 矢那は、一人、ため息をついた。

 白い部屋にひとりぼっち。

 あの時の記憶が、脳裏にちらつく。

 死んだ母の顔と険しい父の顔、幼い自分の涙が。


「……ダメ……だ……」

「あなたもまだ寝ていたんだっけね……」


 隣人から発せられる苦悶。

 水橋は未だ悪夢ゆめに苦しませられていた。

 どんな夢なのか、何を視させられているか。

 矢那は知らない。

 でも、何となく察する。

 

「過去からは逃げられない……か」


 それがわかっていてなお、逃げずにはいられない――。

 矢那は深いため息を吐いた。




 教室の隅っこに、誰の注目も集めないよう縮こまっている少女。

 小学5、6年生と言ったところか。

 自分の存在を隠そうと、必死に消えようとしている。


「そんなとこで何してんの?」

「きゃ!」


 突然の声に、青い髪の女の子は飛び上がった。

 その様子に、黒髪の同級生は驚いた顔をする。


「どうしたの?」

「……話かけないで」


 青髪は黒髪の少女には答えず、顔を伏せた。

 拒絶の反応。しかし、黒髪は気にも留めない。


「なんで?」

「知ってるでしょ」


 当たり前だと言わんばかりの口調で言われた言葉に、それでも少女は首を傾げる。


「なにを? あ、イノウシャってこと?」

「そうだっ!!」


 あまりにも鬱陶しくて、しつこくて、声を荒げてしまった。

 教室中の視線が集まってきて、周りを見てしまわないように、頭を深く下げる。

 だが、次に放たれた快活な少女の言葉に、頭を上げざるを得なかった。


「……なぁんだ、そんなこと」

「……え?」


 質問者と回答者が代わる。

 

「わたしはね、そんなこと気にしないの。イノウシャっていうのはふしぎなちからを持ったすごい人のことでしょ?」

「ちがうよ。……そんないいものじゃないよ」

「ちがくありませんよーだ。わたしはあなたたちにあこがれてるもの」

「あこがれ……てる……?」


 縮こまっている少女にとってそれは、初めて言われた肯定のことばだった。

 気持ち悪がれ、化け物扱いされ、要らない子と言われた自分に向けられた、許容のことば。

 ただの言葉、嘘かもしれない言葉。それでも、心に響いてくることば。


「そうよ! だって、そのちからをつかえば、ヒーローになれるじゃない!」

「ヒーロー?」


 異能者についてまともな知識を持っているものなら、出るはずのない言葉だった。

 一般的に異能者は英雄ヒーローではなく悪役ヒールである。

 物語の中では受け入れられていた超能力を持った英雄達も、現実に現れれば危険人物に他ならない。

 武器をいつ撃つかわからない人間達に、好き好んで近づくバカはいない。

 しかし、目の前の少女はバカのようだった。


「そんなこと」

「あるもん! もしわたしがイノウシャだったらそうするし」


 と言う事は、この子は異能者ではないということか。

 もしかすると同類なのかもしれない、と期待を寄せていた少女は、再び縮こまる。


「あれ? 何でまた縮こまっちゃうの」

「ほっといて」


 顔を伏せた少女に、困ったなぁと考え込んだ少女は、その両手を縮こまる少女の脇に突っ込んだ。


「くっわっははははは!」

「それっほら、こちょこちょー!」

「やっやめ……」

「ほれほれ、笑顔笑顔ー」


 くすぐりは、やめてもうわかったから、という敗北宣言が聞こえるまで続いた。


「……な、なんでかまうの……」

「そりゃあ、ヒーローの第一条件だし」


 息も絶え絶えな様子で言の葉を漏らした少女に向けて、快活な少女はふんぞり返る。


「だい……いち……条件……?」

「そうよ! 困ってる人がいたら助けるべし!」

「わ、わたしは困ってなんか……」

「そんなの知りませーん! わたしから見て困ってるなって思ったら助けるの!」

「むちゃくちゃな……」


 と呆れつつ、悪い気がしない自分に縮こまっていた少女は気付く。

 そう、気が付くともう縮こまってはいなかった。

 みんなの視線が怖くて、悪口が恐ろしくて、小さくなっていたはずなのに。


「結奈だよ」

「え?」

「わたしの名前! 天塚てんづか結奈ゆいな!」


 いきなり行われる自己紹介。

 人付き合いは苦手だったが、何をするのかがわかった。

 少女はゆっくりと名前を言う。


「わたしの名前は……水橋みずはしゆう

「へぇ、優ちゃんか。よろしくね!」

「よ、よろしく……」


 握手を交わす二人。

 それが水橋と結奈の出会いだった。

 

 出会うことがなければ――。自分が縮こまってさえいれば――。

 その後悔はもう遅い。

 夢は続く。

 視る者を糾弾するかのように、じっくりと心を抉り続ける。


「ダメだ……結奈。行くな……」


 水橋が苦しそうに、寝言を言った。






「あの場にいたのはこれで全員か」


 やましいことをする者しか近づかない、寂れたビルの一室。

 写真を見せられ尋ねられたナンバー2は、違いありませんと答えた。

 ロベルトが満足そうに笑う。


「そうか……。実に狩りがいのある狩場だな。これで世界が平和に近づくぞ」

「……はい」


 ロベルトは邪悪な笑みをみせる。

 ナンバー2にはそれで本当に平和に近づくのかわからなかった。

 どうでもいい事柄だ。世界が救われようが滅びようが。

 自分の生死すらどうでもいい。

 

「――兜を取れ」


 言われた通り、ナンバー2は兜を取った。

 緑色の髪が、ふわりと揺れる。


「前以て接触出来たか?」

「…………はい」


 返事は即座に発せられなかった。

 ロベルトはその事を訝しんだが、まぁいいと話を続ける。


「素性はばれたか?」

「どうでしょう。異能殺しなど、諜報に優れた者がいます。騙し通せる可能性はゼロに近いかと」


 ナンバー2の分析に、ロベルトはそうかと頷いた。

 別にばれようがばれまいが構わないのだ。最終的に行き着く先は奴らの死なのだから。

 そこまでの道筋はどれでも構わない。不意をついての暗殺、正々堂々の勝負、そのどちらでも。


「一人……気名田矢那を負傷させたのだったな」

「はい」

「矢那はそれなりの力を持った異能者だ。だが、結局それなりだったというわけだ。お前には敵わない」

「――ええ。私はロベルト様の最高傑作です」


 反射的な賛辞が、ナンバー2から漏れ出る。

 ロベルトは特に喜ぶそぶりも見せず、倒すべき標的達に目を落とした。


「一応本国の命令オーダーは狭間心と」


 ロベルトは黒髪の少女の写真に指を置いた。

 そして次に、


「草壁炎」


 と言って赤い髪の少女を指す。


「を殺せという命令だ。中立派もろともな。だが……」


 ロベルトは並べられた写真の中で違和感のある一枚を指し示した。

 違和感、というのは数多ある写真の中で、一人だけ男子高校生がいたからだ。


「この神崎直樹という男。この男を殺さぬよう意図的に避けられている節がある」


 盲目的な兵士達ならまだしも、異端狩りの英雄とまで言わしめたロベルトを騙し通すには、細工が足りなかった。

 いや、そもそも無能な上層部が操られて作らされた命令文だ。

 頭の足りない人形を使えば、使った者がどんなに優れていても結果は察しのとおりだ。


「神崎……直樹……」


 ナンバー2は吸い込まれるように写真に目を落とした。

 その目は標的を見極めているようにも、好奇心旺盛な年端のいかない少女の瞳にも見える。


「……そして、私もお前も操られたきらいがないという事は、意図的に泳がされているか、私が読み違えているかのいずれかだ」

「それはないでしょう。ロベルト様が操られるなど」

「そうとも言えんぞ、今回の相手は。何せ、女王陛下クイーンだ」


 ロベルトはテーブルに置いてあったチェスの駒を一つ取った。

 クイーンの駒をナンバー2の前に置く。


「クイーンは我らの母体となるナチュラリストからマークされてる存在だ。世界をコントロールする術を持つ唯一の存在……。最上級の悪魔だ」


 ナンバー2も、講釈するロベルト自身から学んでいた。

 クイーンは世界中の人間をコントロールする可能性のある異能者だ。

 彼女の存在は無能派にとって邪魔以外の何者でもない。

 クイーンの抹殺は、異端狩りの騎士達の最優先オーダーとなっている。

 なぜならば。


「奴が生きていれば戦争に踏み込むことが出来ん。悪魔をこの世から一掃する聖戦にな」


 ロベルトが聖戦と呼ぶ、第三次世界大戦が起きないのは、クイーンのせいだと言われている。

 異能者と無能者の緊張は凄まじく、誰かが戦争をしようと立ち上がれば、すぐさま戦が起こる状態だ。

 中立派がそれを避けよう務めているが、彼らの努力は無意味に過ぎない。

 無能者は異能者を恐れているし、異能者は無能者を憎んでいる。

 それでもなお戦争が起きないのは、クイーンに戦場をめちゃくちゃにされてしまう可能性があるからだ。

 戦争の指導者が操られたりすれば指揮系統は混乱する。

 そして、指揮系統の混乱は戦闘続行不可を意味する。

 戦争はまとめ上げるリーダーと、命令を実行する兵士がいなければ出来ないのだ。


「奇妙な事に、悪魔達もクイーンを疎んでるらしいがな。気持ちはわからなくもない。このままでは良い様に利用されるだけだからな」


 ロベルトの言った通り、クイーンは異能者達からも厄介者扱いだった。

 彼らとて戦争をする気満々であるが、仮に勝利しても、クイーンに成果を横取りされる可能性があるからだ。

 せっかく手に入れた成果――すなわちこの世界――を、ただ椅子に座って見ていた傍観者に奪われてはたまらない。


「何にせよ、こやつ等を殺した後は、クイーンだ。……さっさと済まして本命を狩る。急いで事を済ませろ」

「わかりました」


 返事をして、名前のない少女は椅子から立ち上がった。

 敵に接触する為に。悪魔を狩る為に。

 理由などない。ただそうしなければならないから、動くのだ。

 鐘の音に従って。





「……またか」


 家を出て開口一番、神崎直樹がため息と共に言い放った。

 理由は明白。

 昨日と同じく、緑髪の少女が家の前に寝ていた。

 

「スゥースゥー」


 気持ち良さそうな寝息。

 まるで寝る為に存在しているかのような、幸福そうな顔。

 寝る為に生きているのか、生きる為に寝ているのか、その境界があいまいになってくる。

 だらしない寝顔の横に立ち、直樹は、アスファルトのベッドを寝床にしている少女を起こしにかかった。


「おい、起きてくれ」

「スゥースゥー」


 相も変わらず返事は寝息だった。

 このまま昨日の通り、叩いて起こしてもいいのだが、また寝てしまうだろう。

 そう思った直樹は、この少女のもう一つの欲求を満たすことにした。

 腹が減った時に食べようと鞄に突っ込んでいたパンを取り出し、一言、


「起きてくれたらこのパンあげるんだけど」


 と言うと、言った直樹が肝を冷やしてしまうような素早さで、少女は目を覚まし、覚醒した。

 そして、直樹のパンをひったくり、口の中に放り込む。


「安物ですが、安物ならではの良さがあるというもの。おいしいです」

「そりゃあ良かった……」


 一瞬で無くなったパンの空き袋を直樹は複雑な表情で見つめた。


「――では、行きましょう」


 少女はむんずと直樹の腕を掴んだ。


「どこへ?」

「食事です」

「いや、ちょっ……」


 俺には学校がと焦る直樹を少女は無理やり引っ張って行った。




 元々、少女を探さなければならなかったのだ。どこの迷子とも知れないし……。

 直樹はそう自分に言い聞かせながら、カフェの席に座った。

 なじみ深い喫茶店である。

 炎や心ともよく来るし、彩香と初めて出会った場所でもあった。

 ただ、店員の視線が直樹には気になった。

 その理由は――。


「あの子、また女の子連れてきましたよ」

「きっととんでもない不良なんだ。あんまり関わらないようにしろよ」


 という根も葉もない(とも言えなくはない)噂話のせいだった。

 

(おかしい、実におかしいぞ。元々そこら辺にいる平凡な高校生だったはずなのに……)


 成績は並みでちょっと人見知り。ストレスに弱いだけの少年だった。

 だが、結局それは自分が異能者だと言う事を知らなかったからであり、今の彼は平凡とはかけ離れている。

 最も、かといって非凡過ぎるわけでもない。

 そう言った意味でこの少年を言い表すならば、中途半端という表現が正しい。

 その点に関しては異能者になっても変わりはしなかった。


「フフッ。このパフェも甘くておいしいですね」

「日本食が食いたかったわけじゃないのか……」


 どうやらこの大食い、食べ物なら何でもいいらしい。

 成人男性でも根を上げるといわれている特大パフェを5つも平らげて、さらに注文オーダーをしようとしていた。


「私は生涯で食べられる物を全て食べるつもりですよ」


 少女はにっこり笑って言う。

 本当に食事が好きなようだった。

 そのくせ、全く太ってはいない。いや、二つのデカい――。


「どうかしましたか?」

「い、いや!?」


 胸をガン見していた直樹は慌てた。

 

(違うんだ! 摂取した栄養がどこに行ったか素人ながらに考えていただけなんだ!)


 などと聞かれてもいないのに心の中で言い訳しつつ、そういえばと口を開く。


「結局名前を聞いてなかったよな」

「――いえ、訊きましたよ?」

「いや、訊いたかもしれないけど、答えてはなかっただろ?」


 名前については訊いた。しかし、その名を聞いてはいない。

 はぐらされてしまったからだ。


「……そうは言いましても――」


 困った様子で少女が告げる。


「私に名前などありません」

「え?」


 直樹は一瞬呆けた。

 名前がない?


「あるのは風だけ。それ以外に私のモノはありません」

「両親とかは?」

「どうでしょうか。私が存在しているということは、両親もいたはずです。セックスしなければ子は生まれません」

「いやそんなこと堂々と言うな……。しかし、困ったな」


 やはり、この少女は迷子、いやそれ以上だった。

 記憶喪失か、そもそもの記憶として存在しないか。

 彼女がいなくなった後、元いた場所に帰ったという可能性を直樹は考えた。

 だが、心のどこかでそうではない気がしており、見事その予想は的中したようだった。


「なぜでしょう?」

「え?」

「なぜあなたが困るのでしょう?」


 少女は首を傾げて訊ねた。

 直樹が少女について気に病む必要は皆無だ。所詮赤の他人である。

 しかし、直樹は答える。


「困った人を助けるのに理由なんか必要ないだろ」

「――なるほど」


 少女はその答えに納得したようだ。

 言い放った直後、直樹は赤面した。

 俺はなんて恥ずかしいことを、と。

 素直に自分の気持ちを表した言葉だったのだが、やはり、口に出してみると恥ずかしい。

 いや、直樹の器が小さいだけかもしれないが。


「その考えはいいものですね。理由がどうとかいうよりずっといい」

「そうか? 理由も大事だろ――って今はどうでもいいんだ。君の名前だよ」


 照れ隠しもかねて、直樹は話題を戻した。

 目下の課題は目の前の少女の名前である。

 

「名などどうでも――」

「よくない。呼ぶとき困るだろ? しかし弱ったな……」


 名前、というよりもあだ名を考えてあげるのがベストだが、残念なことに直樹にはネーミングセンスはない。

 

(誰かの異能を使って、人格を変えてみるか……)


 直樹が他者の異能を使う時、多少なりとも性格等が変化する。

 それを上手く使えばいいあだ名が思いつくかもしれない。

 まずはほむらだ。

 

 ――いい名前だね! それはっ!

 

 頭の中に現れた炎のイメージが言い放つ。


 ――ウインドオブ――。


「却下だ!」

「?」


 口に出して否定した直樹を、少女が訝しんだ。

 達也が生前、炎が中学生の頃に書いてたノートなどと言っていたことを思い出した。

 きっと、中学生の頃にある種の病気に罹っていたに違いない。

 直樹はため息と共に別の異能に切り替えた。

 今度は心だ。


 ――……名前、ね。いいわ。


 心がゆっくりとその名を紡ぐ。


 ――ウイングオブストーム……。


「お前もなのか!」

「気でも狂いましたか?」


 身を乗り出して直樹を案じてきた少女に大丈夫だと言いながら、直樹は頭を抱えた。

 思えば、プラモデルが趣味の少女である。

 中二くさい名前をオリジナルの機体に付けてても不思議はない。

 

(くそっ! 今度は久瑠実だ)


 あの常識ある幼馴染ならいい名前を考えてくれるに違いない。

 だが、直樹の期待は斜め上に裏切られた。


 ――ごめん、ごめんね、直ちゃん。私、思いつかないや。


 両手を前で合わせて謝罪する久瑠実の幻想。

 直樹は突っ込まざるを得なかった。


「マジかよ!?」

「病院に行った方がいいのでは?」


 少女の声を無視し、くそーと悩む直樹。

 すると、久瑠実のイメージが、あ、今思いついたと手をポンと叩いた。


(本当か!?)


 直樹は希望に目を輝かせ、顔を上げた。

 空想内では久瑠実と目が合っているが、現実では頭がどうにかしてしまったのだろうかと不安になっている少女と目が合っている。

 しかし、直樹は気にせず、久瑠実の話を聞いた。


 ――えっと、ちょっと恥ずかしいけど……コホン。


 この時の直樹は知る由もなかった。

 誰かにとっての希望は――誰かにとっての絶望なのだと。


 ――天響てぃなちゃんとかどうかな。


「きっキラキラネームゥ!」

「……すみません、チョコパフェを一つ下さい」


 幼馴染の意外すぎるネーミングセンスに直樹は頭をテーブルに叩きつけた。

 もはや手遅れだと悟った少女が、オーダーをする。


 ――じ、実は、実はね? 直ちゃんと結婚して子供が出来たら――。


「もういい……黙っててくれ」

「私はもう何も言うつもりはありません」


 少女に冷たく言われたのも、直樹の消沈を加速させた。

 確かに自分もネーミングセンスがないのだが、みんなもそうだったとは。

 これでもう全滅か、と思った直樹だったが、一人の女性をカウントしてなかった事を思い出した。

 そもそも論外だと思っていた。

 だが、もはや手はこれしかない、と直樹は水橋の異能を発動する。


 ――私に訊くのか? いいだろう。


 自信満々に頷く中二病エージェント

 嫌な予感しかしない、と直樹は目を伏せた。


 ――彼女の情報は風と嵐しかない。趣味らしきものとすれば睡眠と食事か。

 だが、流石に睡眠と食事の方であだ名をつけるわけにもいかない。

 とすると、風と嵐だが……彼女の出身地はわかるかな?


 水橋のイメージに言われ、直樹は少女に尋ねる。


「君の出身地は?」

「さぁ……EUであることは確かですが」


 パフェを頬張りながら言われた答えに水橋の幻影が腕を組んだ。


 ――ふぅむ、するとドイツかフランス辺りの良さそうな言葉をチョイスするのが得策か。

 単純な単語でいいだろう。あくまで仮の呼び名なのだから。難しく考える必要はない。

 ドイツかフランス辺りから、風という言葉を採ればいい。

 そうだな……ラファルなどはどうだ?


「ラファル……」

「ラファル? いや、ラファールですね。フランス語で突風を意味します」


 少女の補足を聞き、直樹はラファルでいいかもしれない、と思い始めた。

 水橋のイメージが言ったようにあだ名は深く考える必要はないし、フランス人が聞けばおかしく思うかもしれないそれも、日本人である直樹には関係ない。


 ――きっと、彼女ならそうした。


(彼女?)


 脳内で発せられた水橋は、そう告げて霧散した。

 彼女が誰かというのは気になるものの、ニックネームは決められた。今はそれでいい。

 直樹は改めてネームを口に出した。


「よし、君の呼び名はラファルだ」

「――……わかりました。ラファル……ですか。いいですね」


 その言葉を噛み締めるように少女は呟く。

 嬉しそうに微笑するその顔は。

 初めてちゃんとした名前を貰ったかのような、そんな顔だった。



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