雷と風
放たれた轟音を聞き、炎はただただ呆然とするしかなかった。
着地に失敗し、路地裏から表通りに転がる。
驚愕のあまり、痛みを感じなかった。
「……う?」
倒れ伏しながら、言葉を漏らす。
そして、自分の手を見て、目を見開いた。
「……え?」
手は血で汚れて……はいない。
撃ち抜かれたはずの痛みが皆無。
「全く、人助けは私の趣味じゃないのよねー」
屋上の方から声が聞こえて、炎は顔を上に上げた。
バチバチと稲妻を轟かせながら、矢那が見下ろしている。
「や、矢那さん!?」
「こんにちは、炎。病院にいるとばかり思っていたけど、何をしてるの? デートの途中?」
黄色い髪が、風で揺れていた。
軽口を聞き、反論しようと口をパクパク動かす炎を無視して、矢那は騎士へと目を向ける。
「どう見たって、無関係じゃないわよね、あの死体と。……お話を聞かせてもらうわよ!」
騎士の銃弾を消し炭にした矢那の雷撃が、騎士へと奔る。
騎士は、雷を叩き切った。
その事実に矢那は毒づく。
(――ふざけんじゃないわよ。どんな反射神経してるのよ)
避けるのならば、矢那にも理解出来た。
防ぐのもだ。
しかし、眼下の騎士は回避のそぶりを見せもせず、サーベルで雷を斬って捨てた。
あの剣だけではなく、騎士自体にも何かしらの力が備わっているのは明白だ。
「――新たな悪魔を確認。死んでください」
「誰が悪魔よ、誰が。それに、あなたに言われたくないわ」
騎士は素早い動作で、リロードに時間が掛かるフリントロックピストルを装填し終えた。
本来、フリントロック式の性能はイマイチである。
威力はさておき、装弾数は銃口につき一発。サイトもなく、片手で撃つことも多いため命中率も悪い。
だが、目下のピストルは見た目こそ古式であれど、原理は火打ちではないようだった。
見た目が古いからと言って中身が古いとは限らない。
矢那にも炎にも原理は不明だが、騎士は銃口から弾丸を投入し、撃鉄と火皿を閉じるだけで銃口を炎へと向けた。
「あなた自身も異能者、悪魔でしょ」
「――――っ!」
騎士は初めて、感情を露わにしたようだ。
少なくとも、倒れている炎から矢那へと銃の狙いを変えるぐらいには。
騎士が引き金を引くと同時に、矢那は屋上から飛び降りた。
矢那がいた屋上の塀が、打ち砕かれる。
「図星さされて、怒っちゃったかな!?」
ビルとビルの間を壁キックの要領で動き回り、騎士を翻弄する。
そして、地上に近づいた瞬間、騎士へと方向転換した。
雷を纏い、矢那は騎士へと突撃する。
騎士の風と、矢那の雷がぶつかった。
「……私も」
「炎は下がってなさい! どうせ、あんたじゃ何も出来ないわよっ!」
矢那の雷拳と、騎士の風剣を見つつ、炎は悔しがる。
矢那が言った言葉は事実であり、他人を気にする炎には何も出来なかった。
その点、矢那は目前の騎士が何者だろうが、どんな事情があろうが躊躇しない。
一応仲間の顔を立てて、街に被害が出ないよう配慮するものの、敵に対して容赦はなかった。
無論、それは騎士も同じである。
裏路地という狭い道で、拳とサーベルが交差し合う。
(……埒があかないわね!)
矢那は、騎士の剣技の前に舌打ちした。
サーベルを避け、拳を叩きこもうとすると、すぐに刃を返してくる。
サーベルの背で打撃を防がれることもあった。
いくら雷を纏っているとはいえ、刃部分と接触は出来ない。
騎士のサーベルは対異能物質で構成されている事を知っていた。
しかも、騎士は片手でサーベルを扱っている。
左手に持ったフリントロックピストルでの打撃すら行ってきた。
厄介だ、と感じたのは、どうやら騎士も同じだったらしい。
騎士の剣を、嵐のような風が覆った。
騎士は距離を取って、風が吹き荒れる剣を横に凪ぐ。
「……っ! 炎避けて!」
矢那は騎士のサーベルから発生した風の刃を、上半身を反らして躱しつつ、炎に叫んだ。
携帯をいじっていた炎が悲鳴を上げながら避ける。
やってくれたわね、と漏らし、矢那が騎士に目を移すと、装填を完了したピストルを矢那に向けた所だった。
「私に銃は効かないわよ!」
矢那は言い放って、雷の盾を張る。そして、戦術を組み上げた。
防御力自体は先程、弾丸を撃ち抜いた威力でいいだろう。
残った雷をカウンターとして騎士に見舞う。
近接戦闘で埒が明かないなら遠距離で片を付ければいい。
銃を使っている以上、遠距離攻撃は乏しいはずだ。
方針を決めた矢那に向けて、騎士は引き金を引く。
矢那は、好戦的な笑みをみせていた。
その瞬間までは。
「――え?」
強烈な痛み。身体から溢れる赤い水。
反射的に手で抑え、その手が真っ赤に染まった事を知る。
「な……うっ……」
疑問の言葉を放つことも出来ず、矢那は膝をついた。
「矢那さん!?」
聞こえる、炎の声。
だが、痛みのせいで答えることが出来ない。
初めての、感覚だった。
「ば……なぜ……?」
矢那は、自分が撃ち抜かれたという事実を受け入れられないでいた。
確実に雷の盾で弾丸を焼き焦がしたはずだ。
なのに、自分は今腹部に銃弾を受けている。
(何が……だってさっき――)
先程、自分は炎に向かって放たれた弾を撃ち落としたのだ。
それと同等の力を防御に当てていたのに。
「――悪魔を、排除します」
ガチャガチャと鎧を鳴らして、近づいてくる騎士。
矢那は傷口を抑えながら、騎士の歩みを目視する。
(ああ……また油断したのか……)
心の中で自嘲し、苦笑した。
また油断してしまった。一度それで直樹達に負けたというのに。
自分は強い。素晴らしい異能を持っている。その自信は、まだ矢那の中に根強く残っていた。
小さい頃から、ずっと負けたことはない。
矢那が自信に満ち溢れていたのは仕方がなかった。
だが、戦いにそのような事情は関係ない。
油断大敵。どんなに強かろうが油断すれば死ぬ。
(く……そ……)
矢那は目の前に立った騎士を睨み付けた。
雷の一撃を喰らわせてやりたい。
だが、痛みが、矢那の行動を阻害する。
歯噛みする矢那に、さらなる苦しみが襲いかかった。
「が……!」
騎士が、矢那の首を掴んだからだ。
ピストルを仕舞った左手で、矢那の首を握りしめている。
「……では、死んでください……」
嫌だ、と叫んでつばの一つも浴びせたかったが、息苦しさに喘ぐことしか出来ない。
窒息で、気を失う寸前まで絞められた矢那は、騎士がサーベルを大きく振り上げたのを目撃する。
(あ……マジか……パパ……ママ……)
両親を想いながら、矢那の意識は断絶した。
「矢那さあああん!!」
叫び声を上げながら突撃してくる赤い塊を、騎士は見て取った。
だが、気にする必要はない。
今気を失ったこの女を切り裂き、迎撃すればいいだけの事。
今日は二匹、悪魔を狩れる。
「――!?」
騎士がサーベルを振り下ろそうとして、固まる。
否、固まらずにはいられなかった。
右腕が、動かない。
「やあぁあ!」
迫りくる真っ赤な拳。
騎士の判断が一瞬鈍る。
首をへし折るべきか。炎に対して矢那を投げつけるべきか。
だが、そのどちらも実行することはなかった。
突然、胴体に打撃の感触。
次に左腕。思わず、矢那の首から手を放してしまった。
「直樹君!」
「何とか間に合った!」
「――――!!」
騎士は回避行動を選択し、二人、いや三人から距離を取る。
その後、確認するように眺め見た。
明らかに一人増えている。
倒れる黄色髪、拳を握る赤髪。
矢那の様子を確かめ、まだ生きてると安堵する男が。
「…………っ」
その姿を目視した騎士の動きに、迷いが生じた。
その為、掛かってきた通信を受けるのに戸惑う。
『遅いぞ。状況は』
「悪魔を狩っています。三対……いや、四対一ですね」
騎士は、自分を狙うスコープに気付いた。
優先目標である異能殺しか。
油断なく敵を警戒しつつ、内部通信を続ける。
電話の相手ロベルトが、嬉しそうな声音を上げた。
『この街にはそれほどの悪魔が。良い狩場ではないか。……一旦退け』
「――しかし、まだ一人も狩れてはいません……!」
騎士は焦りを隠さずに告げた。
鐘が鳴るごとに、悪魔を一体殺すこと。
それは絶対であり、例外はない。
『……今回だけは許そう。お前の利用価値はナンバー5よりも高い。』
「――ありがとうございます」
『逃走後、B地点で合流する。……私は私の客人を殺してから行こう。なぁ……失敗作』
主の言葉を訝しみながらも、騎士は小さな竜巻を起こし、撤退した。
「待て……お前は、誰だ!?」
竜巻に包まれた騎士に、直樹が叫ぶ。
騎士は小さな声で呟いた。
「――私は――私の名に意味は……ありません」
竜巻は、あっという間に立火市を通り過ぎて行った。
「ワタシは失敗作ではない」
電話を切りながら言われた侮蔑に、メンタルは声を張り上げる。
監視塔の入り口で、騎士風の男と対峙していた。
風が荒れている。
普段ならそよ風が気持ちいいはずの丘が、殺伐としていた。
「そうか? 私は異能派のクローン計画について調べたことがあるが……アレほど出来が悪い計画を見たことがない。何かしら参考になるかと思ったが……知性の欠片もない悪魔の研究など取るに足らんな」
「……」
計画自体の出来の悪さは、メンタルも承知している。
クローン計画はクローンを大量に作り上げ、殺し合いをさせることでオリジナルに近い戦闘力を獲得させるというふざけたものだった。
一応の成果はあった。それが今男に銃を向けるメンタル自身だ。
だが、メンタルの存在は奇跡に近い。生存本能の高い個体がたまたま実力を持っただけだ。
それでも、メンタルは怒りを隠せない。
計画をバカにされたことではなく、自分を失敗作だと言ったことに。
姉が認めてくれた自分と自分の妹、そして自分が殺してきた姉達を否定したことに。
「計画はクズそのもの。でも、ワタシは、ワタシ達は失敗作じゃない」
「ほう? では証明してもらおうか。……まぁ、無理だがな」
男が言い終わると同時に、メンタルは暗黒郷の引き金を引く。
だが、男は銃が放たれてから避けた。
「……っ!?」
対異能殺しとして戦闘訓練を積んできたメンタルにも、これは予想出来なかった。
何かしらの強化服を身に着けているのは明らかだが、予期ではなく撃たれてから避けるとは。
心でさえも、銃口を見て躱していたというのに。
「……愚かな」
メンタルが瞠目した瞬間に、男は距離を詰めてきた。
反射的に、機械仕掛けの魔法を唱える。
「デバイス……起動!」
メンタルの動きが早送りされ、男は付いて来れなくなる……はずだった。
「遅い!」
「っ!?」
メンタルの移動速度に引けを取らず、男は追従してきた。
後方に高速で移動していたメンタルは、理解を放棄しその事実を受け入れ、ディストピアを撃ち放つ。
だが、さらなる驚愕を味逢わされることになった。
「なっ!?」
男は、サーベルで銃弾を斬り落とし、メンタルに届く距離まで接近した。
メンタルが慌てて取り出したナイフを、男は赤子の手を捻るかのように弾き落とす。
すぐに振られる斬り返し。
メンタルの白いパーカーが赤く染まった。
「がぁ……っ」
「どうだ? やはり失敗作だろう」
男は、部下である騎士が矢那を殺そうとした時と同じように、左手でメンタルの首を掴んだ。
そして、騎士と同じように心臓に剣を突き立てようとし、同等の驚愕を味わった。
「何?」
急に撃たれた無数の銃撃。
その時初めて、男は自分が囲まれていたことを把握した。
メンタルと全く同じ容姿をした九人の白パーカーが、各々の重火器で攻撃をしている。
それすらも剣で軽々と切り裂いていく男だったが、流石に九対一では分が悪かったらしい。
メンタルを投げ捨て、しかし余裕を崩さずに後退していく。
「それ見たことか。九人でも、私を殺すことは出来まい」
「……っ!」
投げ出された地面からディストピアでの射撃を加えたメンタルだが、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
一見負け惜しみに聞こえる男の声。
しかし、その言葉はどうしようもなく事実だったからだ。
「大丈夫、姉さん?」「大丈夫、妹?」「あれ、どっちだっけ」「今はどうでもいいでしょ」「それより立火市が気になる」「今のが水橋を刺した犯人……?」「そうとは思えない」「矢那も気になる」「うるさい! さっさと行きましょ!」
クローン達が一斉に話すのを聞きながら、メンタルは地面に拳を叩きつけた。
何の装飾も、何の模様もない部屋に、一人の女性は寝かされている。
真っ白な空間。それなのに、恐ろしさ、悲しさを感じてしまう。
寝ている女性を見て、小さな少女が、疑問を口にする。
「ねぇ、ママは? 何でまだ寝てるの? そろそろ起きないとダメじゃない?」
「……」
だが、横に立つ父親は、ずっと黙っていた。
その沈黙が、少女の心を抉る。
不安と恐怖に苛まれる。
もしかすると、否定して欲しかったのかもしれない。
ああ、そうだな。ママを起こさないといけないな。
そう父親に言って欲しかったのかもしれなかった。
「パパ、ねえパパったら」
ずっと甘やかされて育てられてきた少女には、その事実は残酷過ぎた。
故に、直視しない。
否定して欲しくて、父親の声が欲しくて、呼びかけ続ける。
しかし、父親は答えない。
気づくと、泣いていた。
父が否定してくれなかった事に。母が死んでしまったことに。
幼い矢那は、泣き続けた。
「……っ!? ……って夢じゃない!!」
嫌な記憶を見させられて、矢那は飛び起きた。
入院着を着させられている。
汗はびっしょり。腹部に目をやると包帯が巻かれていた。
「そうか……やられて……。でも、何で生きてるのかしらね。それに……」
あんな夢を見るなんて。
矢那はずっと封じ込めていた、直視出来ない記憶に身を震わせた。
自信に溢れる彼女にも、恐ろしいことはある。
「……我ながら薄情ね。親父の死には何も思わないのに」
その独り言は、どこか自分に言い聞かせているようだった。
矢那は正直者ではなく、あまのじゃくである。
その言葉も裏返し――何も思わないという自分を創り上げているに過ぎない。
しかし、矢那は変えようのない事実に目をやることはない。
無自覚に、真実から、大事な人の死から目を背け続ける。
「く……ぅ……っ!」
苦しそうな声が、矢那の耳に届いた。
横を見ると、水橋がうなされている。
「……あんたも、私と似たような夢を見てるの? ……だとしたらだいぶ辛そうね。ま、私は問題ないけど。……ええ、問題ないわ。問題なんて、あるわけないのよ……」
何度も念入りに言いながら、水橋の顔を眺めた。
もしかすると、こいつも自分と同じなのかもしれない。
そんなことを思いながら。




