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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第三章 異端狩り
43/129

謎の少女

 スゥー、スゥー。

 あまりにも気持ち良さそうな寝息なので、起こすのが憚れてしまう。

 もし、これがベッドの上だったのならば、直樹もスルーしたことだろう。

 だが、今この少女が寝ているのは地面、それも車道の上である。

 夏に近づき、暑くてたまらないはずの路面で何事もなく熟睡するのは感嘆に値したが、それとこれとは別問題だ。

 それに、ここはあまり車通りはないものの、もし車が通ったら危険である。

 直樹は、家の前で寝る少女を起こすことにした。


「おい」

「スゥー」

「なぁ……ちょっと」

「スゥー、スゥー」


 直樹の声に、緑髪の少女は寝息で返す。

 よく見ると、日本人ではなく、外国人のようだ、と直樹は気づいた。

 西洋風の顔立ちである。どこの国かは断定出来ないが。

 声掛けで起こすのは無理だと悟った直樹は、身体を揺すって起こすことにする。


「悪いが、起きてくれ。ここは車道なんだ。……酒でも飲んだのか?」


 未成年である直樹自身は酒で酔った経験はないが、道の真ん中で大の字で倒れていた呑んだくれのおっさんを見たことがあった。

 

「スゥ……スッ……」


 嫌そうに眉を顰める少女。

 だが、その目が開かれることはない。

 

「遅刻しちゃうって。頼むよ」

「……ス……う……」


 やっと少女は目を覚ました。


「……」

「起きたか?」


 直樹の問いに無言で頷いた少女は、ゆっくりと起き上がる。


「おはようです……」

「……おはよう」


 とりあえず、挨拶を交わす。

 目の前の少女は、起きてはいるものの、髪はぼさぼさ、目は半眼で、まだ覚醒し終わっていないようだ。

 朝が弱いタイプなのだろうか、と直樹が思っていると、少女はふらつきながら立ち上がった。

 

「おっと、危ない!」

「ン……」


 しかし、バランスがうまく取れなかったらしい。

 倒れそうになった彼女を、直樹が支える。

 すると、柔らかな感触が、彼に襲いかかった。


「……っ!!」

「眠い……です」


 少女の方は寝ぼけているが、直樹は大慌てだ。


(む……胸が触れて……っ)


 しかも、この人、結構デカい……!

 などと、不潔極まりないことを直樹が思考した瞬間、彼の携帯が鳴った。


「っお!?」

「……スゥ……」


 また寝息が聞こえた気がしたが、右手でポケットにしまってある携帯を取り出して、画面を注視する。

 相手は心だ。


「もしもし。丁度良かった。少し遅れるから先生に……」

『それどころじゃない』

「え?」


 思わず訊き返した直樹に、心の、焦燥を感じさせる返答が返ってくる。


『水橋優が……刺された』

「な――何だって……!?」


 大声を出した直樹に、少女が不機嫌そうな声を上げた。



 全力で走る直樹は、病院の入り口に立つ赤い髪の少女を見つけ、叫んだ。


「炎ーっ!! どういう状況だ!?」

「直樹君! 実は……って、どういう状況!?」


 直樹と全く同じ文句で、目を見開かせる炎。

 電話を受けて、病院に走った直樹だったが、炎の疑問も当然である。

 なにせ、彼の背中には緑髪の少女が背負われていたのだから。


「いや……これは後だ! 水橋さんは!?」

「あ……うん。何者かに刺されて、ここに運ばれて……今は病室だよ」


 それを聞いて、ふう、と安堵の息を直樹は吐き出した。


「良かった……」

「うん。でも……まだ意識不明なんだ。しばらく経てば起きるってお医者さんは言ってたけど……」

「マジか。……とりあえず行こう」

「うん、いいけど……その子は?」


 直樹の背中に目を向け首を傾げる炎に、直樹もまた同じように首を傾けて答える。


「さあ……?」

「スゥー、スゥー」


 少女の寝息は、とても心地よさそうだった。



 直樹が炎と共に病室を開けると、部屋にいた心とメンタル、彩香が立ち上がった。


「直樹! ……その子は?」「何で少女をおぶっているの?」


 黒と白の姉妹は、同時に疑問を放つ。

 事情を話そうとした直樹の思考を読み取り、彩香が嘆息した。


「家を出たら、美少女が寝てて、誘拐してきたんだって」

「……っ!!」「……とんでもないクズ」


 心が驚き、メンタルが毒を吐く。

 直樹は慌てて言い訳した。


「いや、違う! 違うから! 家の前でこの子が寝てて、放っておけなくてだな……」

「私の言ってること、何か間違ってる?」

「うっ……!」


 彩香の説明は別に間違っているわけではない。

 確かに誘拐と取れなくはなかった。寝ぼけて、判断力の鈍っている少女を背負って……。

 マジで誘拐事件じゃねーか、と青くなった直樹に、くっ……という水橋の声が届く。


「って、今はそれはいい! 水橋さんは!?」

「大丈夫よ。刺されて、意識を失ってるだけ。命に別状はないわ」


 彩香の説明を聞きつつ、ベッドに寝そべる水橋を見下ろすと、顔を歪めてうなされていた。

 まるで、悪い夢を見ているかのように。


「……ホントに?」


 それがあまりにも苦しそうで、直樹は訊き返す。

 傷が痛んでるようにも見えた。それが身体の傷なのか、心の傷なのかわからないが。


「犯人は?」

「矢那と小羽田、浅木が追ってる」

「小羽田?」


 聞いたことのない名前がメンタルから出て、直樹が反応する。


「ワタシの知り合い」

「ああ、前言ってた人か」


 直樹は納得した。昨日心が会いに行ったというメンタルの知り合いだ。

 犯人は一体誰なんだ、と思い始めた直樹に、炎が後ろから声を掛ける。


「えっと……直樹君? とりあえず、その子をどうにかしようよ」

「へっ? あ……」


 言われて、直樹は気づいた。

 眠っている少女をずっとおぶっていたままだったことに。


「スゥー……目覚ましはまだです……」


 直樹の背中から、少女が寝言を発した。




 夢、というものは不思議だ。

 有り得ないモノ、この世には存在しえないモノ。

 様々なモノが構成され、主に映像を見せる。

 望もうが望むまいが、その脳裏に、映像を焼き付けさせる。

 時には、架空の世界。時には、起こる可能性のある未来。

 そしてまた過去も、夢で追体験出来る。

 本人の意思とは関係なく。

 悪夢にうなされるか、良い夢を視て、幸福そうな笑みを浮かべるか――それは当事者にしかわかりえない。

 

 ――よーし! 今日も救っちゃうぞ!


 元気の良い、活気あふれた声。

 やる気に満ちた瞳に、自信を感じさせる笑顔。

 それに、自分はなんて返したのだろう。

 夢を視ている当事者は、考える。


『何を言っているんだ、君は』


 当事者が考えに至る前に、言葉が発せられた。

 思考は無意味なのか、と悟る。

 自分はただこれを視るしかない。

 映画を見る観客のように。


 ――私が何かを言ってるんじゃなくて、優ちゃんが何も言わないんだよ。もっと意気込もう!


『訳のわからないことを言うな。早く行くぞ。……なぁ、健斗』


 当事者は、自分の顔が赤く染まっているのを見て取った。

 そうだ。恋心。思春期の男女ならば、例外を除いて一度は悩まされることになるだろう気持ち。

 しかし、それこそが悲劇のはじまりだった。

 

 ――うん、そうだね。早く行こう。


『ほ、ほら、健斗もこう言ってるぞ』


 ――全く、連れないんだから――。


 黒髪を揺らして、呆れる親友。

 当事者は、その笑顔を懐かしくも思い、悲しくも想い、項垂れる。


「頼む……やめてくれ……」


 だが、夢は続く。

 観客みずはしの意思とは関係なく。





「スゥー……フフフ……」

「全然起きる気配がないね……」


 炎が、別室に寝かされた緑髪の少女を見ながら呟いた。

 先程直樹の揺さぶりで起きた少女だったが、ベッドに寝かせてしまったのがまずかったらしい。

 どれだけ揺すっても、頬をぺちぺち叩いても、一向に起きる気配がない。

 直樹達はほとほと困り果て、起こす方法を思案していた。


「水をかける」

「それはちょっとひどいんじゃないかなぁ……」


 心の意見に難色を示す炎。

 直樹も同意見だった。見ず知らずの少女を水掛けで叩き起こすのは賛成出来ない。

 しかし、他にいいアイデアが浮かばないことも事実である。

 単純に目を覚ますまで待つしかないかという結論に至るまで、そう時間はかからなかった。

 

「……っとと、電源切るの忘れてたよ」


 慌てて携帯を取り出す炎。

 彼女の携帯に初めて見る鈴が付いていることに気が付いた直樹は、指を指した。


「それ、前つけてたっけ?」

「ああこれ? 落とした時すぐ気がつけるから付けるようにしたんだ。空跳んでるとわかんなくなっちゃって」


 落とした時に鈴をつけていれば、気が付きやすい。もっとも、それが空を跳んでいる時も有効かは不明だが。


「ほら、こうやってね」

「って何で落とすの」


 どんなものか聞かせようとしたのか、炎が手放した携帯を、心がキャッチする。

 チリィイイーン、と鈴の音がなった。


「……ッ!!」


 バッ! と勢いよく、ベッドから少女が起き上がる。

 何してんだと口を開きかけた直樹と、呆れた声を上げた心、ごめんと謝ろうとした炎、はぁ、とため息を吐いた彩香、ふんと鼻を鳴らしたメンタルの視線が、少女に集中する。

 衆目に晒された少女は今までの睡眠が嘘のように覚醒した瞳で、口火を切る。


「鐘が、鳴りましたか?」

「いや……鈴の音だけど」


 似たようなものかとも思ったが、少なくとも鐘とは言わないだろう、と判断して直樹が告げた。

 すると、そう、ですか、と言って少女はまたベッドに――。


「って、待て! 寝るな!」

「なぜ……です……?」

「それは……」


 不思議そうな顔をする少女。

 緑色の、純粋過ぎる眼に思わずそのまま寝かせそうになった直樹の代わりに、心が訊く。


「あなたが何者かわからない」

「私……ですか? 私は……嵐」

「荒し?」


 彩香がムッとして顔を作る。

 しかし、文字変換をミスっているのは彼女だけであり、他の人間は全く意味がわからないといった風だ。

 

「ええ……吹き抜ける風、です……」

「えっと……よくわからないよ?」


 言葉の意味がわからず、呟く炎だが、少女はさして気にする様子もない。


「――名など意味はありません。重要なのは――」

「必要、なのは?」


 意味深に呟かれた言葉を直樹が復唱する。

 すると、少女はゆっくりと、口を動かした。


「眠る、ことです……スゥ」

「って、寝ちゃダメだよ!」「寝るのは禁止!」


 炎と心は息をぴったり合わせて、少女を支え起こす。

 なぜですかとふわふわした様子だった彼女だが、盛大に腹の音がなると、くわっ! と目を見開いた。

 先程よりは控えめだが、急な豹変に皆が戸惑う。


「な、何よ」


 警戒した様子で見る彩香を無視し、立ち上がった少女は、直樹にふらりと近づき、倒れ込む。


「なっ!?」

「直樹に何を!?」「直樹君!?」


 驚愕する直樹、心、炎の三人。

 だが、三人を驚かせている張本人である少女は、ある料理の名前を口にする。


「たこ焼き、です」

「なに?」

「日本に来たら、たこ焼きを食べたいと思っていました。たい焼きでもいいです。それにラーメンです。おにぎりとかでもいいです。ここら辺は納豆という豆が有名だとも聞きました。とにかく、日本食です。何でもいいので食べさせて下さい」

「いや……え? ってか何で俺に……」


 突然飯を食わせろと言われ困惑する直樹に、少女は半眼で笑顔でやわらかい笑顔を作る。


「あなたはとっても気持ちいいです。いっしょに眠るのに最適です」

「いやなんか取りようによっては誤解を生みそうな……って、心! 炎! 何だその目は!」

「……何も」「うん、何もないよ?」


 にっこり笑う心と炎。

 なぜだろうか、久瑠実と同じ類の寒気を感じた直樹は、少女の情報を得るため、そして自分の為に早々と離脱することにした。


「よし、飯食いに行こう!」

「はい……日本食、楽しみです……」


 少女を背負って、走ってはいけない病院内を猛ダッシュする。

 あちらこちらから走ってはダメという声が聞こえたが、申し訳ない、すみませんと頭を下げながら、直樹は病院を脱出した。


「直樹君が逃げた!」

「追いかける……何?」


 と炎と共に、変態男(誤解)を追いかけようとした心だったが、妹に呼ばれ、立ち止まる。


「……あの外人、鐘と言ってた」

「……そうね。それが?」


 交差する姉と妹の視線。

 だが、メンタルは何も言わず、病室を出て行った。


「……透視、した?」

「いーや。……気になるなら、自分で聞いてみてね」


 相棒の言葉を聞き、心も病室を出て行く。


「……私も何か食べてこよ」


 独り言を言って、彩香も街へと繰り出した。




 この街で一番高い監視塔を、一人の男が昇っていた。

 腰に刺さった剣を隠そうともせず、堂々と階段を上がる。

 監視ネットワークを円滑に動かす為と言われている監視塔だが、実際は違う。

 新開発された、異能者の存在を探知する為の装置。それの試作型が組み込まれている。

 本稼働しているEU諸国とは違い、実験段階である為、まだまともな成果を上げていない。

 この装置は、異能者が気づかぬ内に発する特殊電波を探知するものだ。

 精度は――それなりとしか言えない。

 その場にいる異能者の数を割り出すものであり、どこに、どんな異能者がいるかまではわからない。

 しかし、敵を狩る上で、数がわからないのと、数がわかっているのでは天と地との違いがある。


(……最も、ハッキングされていれば無意味。それに、女王陛下の事もある)


 男、ロベルトは最上階まで昇り、街の全貌を見下ろした。

 ロベルトは、別に情報システムを見に来たわけではない。

 この街を見渡せる位置に来たかっただけだ。

 山々に囲まれた街、立火市。

 都会ほど窮屈ではなく、かといって田舎なわけでもない。

 人が住む街としてはある意味理想と言えた。

 鉄柵に手を載せて、隅々まで見渡したロベルトは、ほくそ笑んだ。


「……悪魔を殺すのだ。このような街の一つや二つ、消えても致し方あるまい」


 ロベルトは邪悪に笑う。

 悪魔を殺す瞬間を想って。クイーンに従ったフリをして……わざわざ名簿から外れている神崎直樹を殺す瞬間を思い描いて。


「……さぁ、始めるぞ、異端者討伐を!」


 ロベルトの腰に付けられた鐘が、風で揺れた。

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