狩りの始まり
警視庁――。
東京都の警察組織をまとめ上げる本部。
警視総監室の高級そうな椅子に座る一人の男。
椅子の上で踏ん反り返りながら、季節外れのコートに身を包む男と、自衛隊の野戦服を着る男を見比べていた。
男達は、それなりの地位にいる自分に全く敬意を払うことなく、男が口を開くのを待っている。
「早くしてもらいたいのだが。任務があるのでな」
「そういう言い方は止めましょうよ。この方だって困っているのですから」
優男風の自衛官が面倒そうな騎士を諫めた。
男はその言い方にいら立ちを隠せない。
何なのだ、この男は。この男共は、と。
しかし、自衛官の言う事は真実だった。
彼らの助力が無ければ事を成すことは出来ない。
故に、男は、新垣警視総監は、無礼に目を瞑り、話しかける。
「とにかくだ。殺してもらいたい女がいる」
「異能者か?」「どんな人なんです?」
二人の男が同時に訊く。
新垣は、手元にある資料を手に取って見せた。
「青い髪……、ふん。今回の目標だ。わざわざここに参った意味はなかったか」
この程度の情報にわざわざ呼び出されたのか、と言わんばかりに非難の目を向けるコートの男。
しかし、もうひとりの方は、驚いたように目を見開いている。
まるで、知り合いの顔がそこに載っていたと言わんばかりに。
「水橋優だ。この女が生きてると不都合なのだ」
屈辱の面持ちで言う新垣にコートの男は鼻で笑う。
「化け物に脅されて、我らに泣きついたか。情けない東洋人め」
「何っ!!」
「そもそも、貴国は一体何をしているのだ? なぜ、化け物がのさばっているのに、駆逐しない? 結局どちら側に付くのかはっきりしていないではないか。そのような連中の頼みを、我らEUが聞くとでも?」
コート男の指摘は、図星だった。
新垣は、くっと声を漏らし、男に頼み込んだ。
「それは……謝罪しよう。今回の件が片付けば、上に掛け合う事を約束する」
「よし、ならば聞いてやらないこともない。――元、同盟国のアメリカに加担するなどと言えば……容赦なくこの国を排除したところだ」
一応同盟が解消されたわけではないが――異能者側についたアメリカは既に日本の防衛を放棄している。
沖縄に軍事基地はあるものの、アジアに攻撃する為の中継地点となっているだけだ。
ただし、少し前に壊滅的な攻撃を受け、島としての体裁は残っていないが。
「貴殿は何も言わないのか?」
男が、自衛官に訊ねると、はっとした様子で自衛官が口を開いた。
「申し訳ない……その、昔の友人だったもので」
「ほう?」
興味深そうに自衛官を見る男。
全て織り込み済みだった新垣が自衛官に言う。
「だから、お前を呼んだのだ。沖合健斗。お前なら、奴とて油断するだろう。元より、戦闘力は高くなさそうだしな」
「フン。そんな人間に脅されてる者の言葉ではあるまい」
「貴様……っ」
「おや? 私は貴殿の話を聞いてやっていることを忘れたか?」
憤怒の表情を浮かべた新垣だったが、強く出ることはない。
出れなかった。
この男は、自分を取るに足らない人間だと思っている。
そして、その実力は確かだった。
EU圏内の異能者はほとんど狩られている。
連中の異端狩りで。
その先駆者たる、ロベルト・ブレイスは、異能者を狩るという事を使命とする騎士だ。
気に入らなくとも、不満があろうとも、頭を下げ、協力を仰ぐしかない。
でなければ、自分は一生傀儡だ。奴らの。
「……すまぬ。どうか、連中を……」
「ハハ、日本人の礼儀、か。貴殿らは何のプライドも持たず、すぐに頭を下げるようだな」
「……っ!」
コートの男改め、ロベルトは新垣をバカにし、健斗へと視線を移した。
「で、貴殿はどうする?」
「自分ですか?」
「そうだとも。水橋優を殺すのは貴殿こそがふさわしい。化け物を殺す時は、心臓を抉りだし、脳を短剣でかき回すぐらいの気概で行かなければ、倒せはせん。油断したところを狙うのが一番の方策だ」
ロベルト流の異能者の殺し方を聞き、健斗は動揺した。
「僕は……いえ、自分は……」
「戸惑うか? その迷いは命取りだ。貴殿が戸惑い、優しさという人間特有の想いに囚われている間に、人の皮を被った化け物は悪魔の業を用いて貴殿を殺すだろう。……その銃は飾りか?」
ロベルトは新垣が無礼だと思う項目の一つ、野戦服の太ももに刺さっている拳銃を見下ろし、指し示す。
健斗はそこだけは譲れない、という意思の強さを感じさせる瞳で答えた。
「いえ。わかりました。自分がやりましょう」
「そうだとも。それがいい。そうすれば貴殿はもっと成長出来るだろう……」
ロベルトは嬉しそうに呟くと、踵を返した。新垣を一瞥することなく。
「……くっ……待て……待ってくれ!」
「何だ……? まだ何か用が?」
「そうだ、そうだとも! シャドウ……シャドウだ!」
新垣は自分を脅すもうひとりの名を、ロベルトに伝える。
屈辱で顔を真っ赤に染め上げながら。
「シャドウ……!」
しかし、その名の効果は絶大だった。
新垣に何の興味も示していなかったロベルトの瞳が、好奇心を持つ。
「そうだ、奴が生きていれば……何の意味もない。水橋よりも奴の方が恐ろしい……!」
「いいだろう。殺そう。とはいえ、今は奴も海外なはず。……いや、貴殿の裏切りを知ればすぐ戻ってくるか……」
ロベルトは新垣を利用出来る道具のように見つめ、ではまたと部屋を出て行った。
健斗も、失礼しますと退出する。
「くそ……どいつもこいつも、私を利用しおって……!」
自分の息子、中立派、そしてロベルト……。
皆は同じ視線で新垣を見つめていた。利用価値のある傀儡として。
不正と汚職にまみれた警察官の、自業自得な、哀れな末路だった。
六月に入り、夏の暑さを感じ始めた頃。
夏服に着替えた直樹は、妹の文句を朝食を取りながら聞いていた。
「結局暑いじゃん! どういうことなの!」
「いやそうだろ。どんどん暑くなるんだし……」
「せっかく楽しみにしてたのに! 少しは涼しくなると思ってたのに……」
いや、我が妹は何をおっしゃっているんだ?
直樹は訳がわからないといった風に、成美を見つめていた。
出来の良い妹は、たまに理解不能なことを言いだす。
というよりも、女というのが理解不能な生き物なのかもしれない。
ここ最近、異性に振り回されることが多い。
拳銃を持つ、理想主義の暗殺者に、熱血の炎のように燃える異能者。
中二臭い水鉄砲を持つ諜報員に、透視能力を持った腐女子。存在感の薄いヤンデレ風幼馴染。
現実主義の姉を困らせるのが大好きなクローンや、雷使いの機械、ゲームオタクのツンデレ風。
(何で俺の周りは変な女ばっかなんだ……)
と心の中で愚痴を言い、パンを頬張った。
自分は不幸かもしれない、と直樹は本気で思う。
思えば、終電を逃したというアクシデントから全てが始まった。
それからとんとん拍子で異能を手に入れ、このような有様である。
確かに悪い気はしないし、みんなと過ごすのは楽しい。楽しいのだが……。
(これ以上のトラブルは勘弁だな……)
出席や勉強などたくさんのやるべきことが直樹にはある。
それらがチャラになるのなら良いが、そんなことはない。
若干の頭痛に襲われ始めた直樹に、成美がプンスカと怒り出した。
「期待外れ! 期待外れよ! 六月で全てが変わると思ったのに!」
「いやそれは大げさすぎる……って、おい!」
直樹が大げさな物言いに突っ込むと、成美はいきなり席を立った。
怒った様子で、ごちそうさま! 片付けておいて! とリビングを出て行ってしまう。
「ったく、世話のかかる妹様だ……」
最後の一口を放り込み、妹の分と合わせて流しに持っていく。
「もうホントがっかり。期待外れ」
妹の呟きは、閉じられたドアと水で皿を洗い流す音で、直樹に届く事はなかった。
「あれ? 心ちゃんはいっしょじゃないんだ」
「そうよー。用事があるらしいし」
直樹が、炎と共に教室に入ると気怠そうな彩香がいた。
久しぶりの、何もない、平凡な登校だ。
久瑠実は委員長としての仕事があるらしく先に向かっていた。
彩香とメンタル、それに心とは会わなかったので、てっきり先に行ってるものだと二人は思っていたのだが……。
「姉さんはワタシの知り合いに会いに言ってる」
「メンタルの? 知り合いなんていたのか?」
直樹が思わず反応する。
失礼とも取れる言葉だが、メンタルは心の暗殺用クローンとして製造された存在だ。
自分達以外の知り合いがいるとは到底思えなかった。
「ええ。姉さんを襲う少し前に、たまたま助けた人がね……フフッ」
「……その笑い……何か企んでるんじゃあ……」
炎が邪推する。
直樹は事情を知らないが、メンタルは心を翻弄し、困らせることが多い。
そして、その時の彼女の顔はとても楽しそうで、恐ろしさすら感じさせる。
彩香は、以前心はサディストだよと言っていたが、そのクローンであるメンタルにもその影響が出ているのかもしれなかった。
まぁ、心が本当にサディストかどうかは不明だ。彩香は心をマゾヒストであるとも言っていた。
他者を救う為、理想を成す為に抗う姿は確かに――。
とそこまで考えた直樹は、朝っぱらから何を考えてるんだ俺は、と思考を中断した。
「ってことは異能者なのね。……異能主義ばんざーいな人じゃないでしょうね?」
「まさか。ただ、趣味は変わっているけど」
「変わってるって……。はぁ、わかった。また面倒な人に心を向かわせたわね……」
透視してメンタルの心を覗いた彩香は盛大にため息を吐いた。
直樹はどんな人物なのか気になったが、丁度チャイムが鳴り、ホームルームが始まってしまう。
気になりつつも、席に座り、担任の話に耳を傾けた。
携帯を操作し、GPSでマーキングされた目標に向かう黒ずくめの少女。
心は、メンタルに教えられた相談相手に会いに行っていた。
アスファルトを踏みしめつつ、歩道を歩く。
(……メンタルが救った、ということは異能者の可能性が高い。でも……占い師? それほど的中率が高いなら噂になりそうなものなのに、全く聞いたことがない)
メンタルが教えてくれた相手が如何様な人物なのか推測しつつ、足を動かす。
早朝とはいえ、日差しが熱い。黒い服装であることも原因だった。
動きやすい仕事着ではあるが、熱を吸収してしまうのが難点である。
(今頃、直樹達は授業を受けている……)
ふと、自分は不真面目だな、と心は思った。
みんなが授業を受けている中、堂々とサボっている。
昔はこんなこと考えられなかったな、とも。
昔は、授業など出る暇はなかった。
いや、一年程は受けられた。だが、その期間内は師匠に出て行けと言われ、まともな精神状態ではなかったのだ。
ちゃんと学校に出るというのは五年振りとなる。
(……不思議なものね。勉強なんて嫌いだったのに、久しぶりに受けてみると、とても楽しい)
学校自体は嫌いではなかったが、子供だった心は勉強が嫌いだった。
しかし、今や授業に出る必要がない程の学力レベルなのに、授業が楽しくてしょうがない。
奇妙な感覚であったが、不思議と悪い気はしなかった。
(これも全部、直樹と炎のおかげね。段々、昔の自分に戻っていくみたい……)
心は、自分の性格がゆっくりと元に戻っている気がしている。
明るかった自分が取り戻されているような、時間がゆっくりと巻き戻っているような。
しかし、時間は戻りはしない。
死んだ人間が生き返ることはない。
だが、だからこそ、これからの自分を大切にしたいと、心は思う。
それが師匠への手向けになる気がした。
心の師である狭間京介は、心の暗殺方法を叱責していた。
お前の殺し方は、非効率だと。なぜ安全な方策を取らないのかと。
だが、京介の言う安全な方策では、他人を巻き込む恐れがあった。
故に、心は直接出向いた。隠密に事を済ます暗殺者が多い中、不意を突くという暗殺の初心に帰り、理想郷で暗殺することが多かった。
現代の暗殺術では、狙撃や爆殺、毒殺が多い。
しかし、あえて危険な接近戦での暗殺を、心は志した。
故に、彼女の身体はボロボロに傷つく破目となる。
それを師は怒った。彼女が傷ついて帰還するたびに怒号が飛んだ。
お前は暗殺者に向いてない。さっさとこの仕事をやめてしまえ。
(でも――あの人の言葉の意味を、ちゃんと理解出来ていなかった……)
それらの激昂は、全て心を想ってのことだったのだ。
年端もいかない彼女を、暗殺者としての道から外れさせるための。
どうしようもない挫折を味あわせることで、彼女を一般人へと戻そうとした。
心が父親同様頑固であり、不屈の精神を持っていることを知っていたから。
そして、その試みは成功し、心は中学三年生を、まともに過ごした。
拳銃を握ることも、ナイフを振るうことも、携帯でハッキングを行うこともなく。
しかし、卒業式で悲劇が起きた。
炎の保護者であった新垣達也もその場にいたという、縦宮中学虐殺事件だ。
その事件で師は死に、自分の認識の誤りをわからされた。
(私を――想ってくれる人がいた。そして、今もまた――。なら、私は、日常を享受しよう。平和な暮らしを行ってみよう)
と、非凡な毎日を送っていた暗殺者らしい決意をした心の前に、寂れた店が現れる。
ここが目的地。メンタルが心に教えた、占い師がいる建物である。
ドアを開き店の中に心は入った。
念のため、気配を探る。
(……ひとり、いる。他には誰もいない)
店内は、細長い廊下が一直線に伸びていた。
両脇には紫色のカーテン。占い師の屋敷といった風情だ。
占いごとに興味がない心も、期待させられるような作りだった。
なおさら、疑問に思う。なぜ看板がなかったのかと。
(人に言えない、やましいことをして――は、いないか。メンタルを信じよう)
妹の言葉を信じることにして、心は足を進めた。
奥の扉に辿りつき、開くと、これまた紫のフードを被った占い師が現れる。
「ようこそ、秘密の館へ。迷える子羊よーどうぞこちらに」
「……どうも」
椅子に促され、心は座った。
赤いテーブルクロスがかけられたこじんまりとするテーブルには、透明な水晶玉が載っている。
「さて……悩み事は何かな? 進路? 金銭? それとも……恋愛?」
「……っ」
いざ、言おうとすると気恥ずかしくなって、口どもる。
先程日常を享受するなどと大げさな決意をした彼女だったが……実の所、悩みは恋愛事だった。
進路や金銭も、心の頭痛の種ではある。
将来何になるかは不透明だし、金は収入より出費の方が上回っている。
しかし、目下の問題、彼女の胸をちくちくと揺さぶるのは、神崎直樹に対する恋心だった。
だが、非日常に慣れていた彼女に、恋愛経験はなく、そのような事案を見聞きすることもなかった。
カップルを見たことはある。もっとも、その片方は亡骸となり、もう片方の恋人は、泣き崩れるだけだったが。
「ムム、魔法の水晶に出ましたぞ……。あなたの悩みは、ズバリ、恋愛!」
「……そうよ」
「ハハ、学校をさぼってまで来るとなれば……相当お悩みのご様子。このスーパーマジック小羽田が占ってしんぜよー」
なかなか個性的な名前ねと思いつつ、心は占いを聞き始めた。
異能殺しとして、悪名高い暗殺者として生きてきた彼女は、占いなど信じていない。
無難な答えを言うか、それっぽい言葉を並べるだけのインチキである。
しかし、そのようなモノを踏み台にして、勇気を振り絞って成功した者達もいる。
要はきっかけ、背中を押してもらう為のまじないにしか過ぎないのだ。
当たるかどうかよりも言われた言葉こそが重要である。
「ムムッ。あなたは恋愛が苦手の苦手。ちょっと優しくされただけで簡単に落ちてしまう、チョロイ女ですね!」
「……」
無言で席を立った心。確かに言われた言葉は重要だ。
初対面の女にチョロイ奴などと言われて我慢なる心ではない。
客を逃がすまいと慌てて、小羽田が立ち上がる。
「待って! 待つのだ子羊よ……コホン。ちょっと言葉が過ぎたようですね……」
「……」
疑いの眼差しで見つめる心に咳払いして、小羽田は言葉を続けた。
「しかし、誰にでも初めてはあるモノ。今は初心なあなたでも、数年後には百戦錬磨の恋愛マスターとなっていることでしょう! 自信を持って!」
「それって……この恋が成就しないってこと?」
おまけに百戦錬磨ということは、世間でいうビッチに該当する可能性がある。
人の在り方として否定するわけではないが、自分がそうなりたくないのは事実だ。
不審の目を向ける心に、焦った様子で小羽田は言った。
「あ、いやいや。今のは言葉のあやで……。むーっ! わかった! あなたはまず、相手を見極めることから始めましょう!」
「相手を……見極める?」
「そうです! あなたは男なんて腐れ外道……じゃない、自分を良く見てくれる、大事にしてくれるパートナーを選定する必要があるのです!」
「……」
その二つに該当するのが、神崎直樹という男なのだが。
それにその前にこの女は何と言った?
いよいよ完全に信用出来なくなった心の頭に、語りかけるような声が響いた。
――まずは、常識を捨てましょう。あなたが好きなのは動物?
(……なに?)
――さあ、答えて? 動物ですか?
聞かれるまでもない。
自分の声で問われる問いに疑問を感じつつ、心はそうよと念じた。
――では、その種族は? 人間? 人ならば、異能者、無能者?
(……人間に決まっている。異能者)
――じゃあ、あなたが恋愛に求めるものは何ですか? やすらぎ? 幸福感? それとも……こづくり?
「……っ!?」
「おや、どうかしましたか、迷える子羊よ」
「……何でもない」
こづくりという単語に赤面した心は、その様子を訝しげに思った小羽田に応えた。
そしてまた、頭の中に響く声に返答する。
(やすらぎとか、そんな感じ……断じて、こづくりではない)
わざわざ断じて、答えた心に、フフッという自分の笑い声が聞こえた。
――じゃあ、性別の概念を捨てましょう。わざわざ男である必要はない。
(……何を言って……!)
――気を張らないで。常識の枠組みを撃ち破って。恋愛とは何かに縛られるものではありません。
例えば……女の子同士でも良いのです。考えてみてください。想像してみてください。
パートナーと過ごす日々、楽しいお話。それらが男相手でできますか?
今は優しい彼も、いつ野獣のようにあなたの身体を貪るのかわからないのです。
大丈夫、彼ならきっと? そのような理想は捨てなさい。
もしそう思えるなら、あなたはここに来ていないはずです。
そんなバカな、と思った心だが、そうではない、と思う自分がいた。
そうだ。確かに自分は直樹に恋をしている。
だが、無事に上手くいくという保証はあるのか?
直樹だって男だ。もしやという可能性がある。
その点、同性だったならば、そのような心配はない。
常に、やすらぎを求められる。
性別の隔たりなど存在しない。異性感での考えの違いも。
それこそ――理想ではないか。
自分は理想主義者。
本質的に理想を求める人間だ。
故に、恋愛事も理想を求めるべきではないか?
「では――誰を、選べば――?」
口を開き、本音を言っていた。
全てを見透かした瞳で、小羽田が口を開く。
「そうですね。いきなり友人ではハードルが高いので、例えば……目の前にいる、私とか?」
唐突に柔らかな感触がした。
心の手を小羽田が握っている。
心は、酩酊した瞳でその手を――。
「……念思ね」
握ることはせず、袖から取り出した小型ピストルを小羽田に向けた。
「あれぇ!? 何で!?」
「他者の心の声に成りすまし、それが本心だと錯覚させる。なるほど、確かに効果があるかもしれない」
先程、心に成りすまして小羽田が言ったように、ここには悩みを持つ者しか現れない。
常人ならそんなわけないだろと思うようなことも、迷いがある人々は騙されてしまうものだ。
しかし、そのような人間には効果があるようなものも、心には通じなかった。
「くはー、マジですか。せっかくお持ち帰りできると思ったのに」
「……異能を悪用するのは……」
「待って、待ってください。メンタルさん、ちょっとからかっただけですって。……でも、何で髪の色変えたんです? 似合ってたのに」
どうやら、心をメンタルと間違えているらしい。
心とメンタルは、髪と目の色以外は全くいっしょの見た目だ。
「私はメンタルじゃない。狭間心」
「ひぃ、異能殺しさんでしたか!? どうかお慈悲を……」
打って変わり、がくがくと震え始める小羽田。
確かに自分はあまり良い人間ではないが、そのような反応をされるまでか。
呆れつつ、何もしないと心は告げた。
「ほ、本当?」
「本当」
「ふーっ。安心しました。暗殺されるかと思った……」
このような仕事を生業としている為、嘘を見抜くのがうまいのだろう。
一瞬で嘘をついていないと見破った小羽田は、安堵の息を吐いた。
「じゃあ、何の為にここに来たんです? 恋愛相談は冗談なのでしょう?」
「……」
「あ、あれ? マジだった?」
心が押し黙ったのを見て、恐る恐る呟く小羽田。
「……今回は、あなたが悪人かどうか判断する為に来た……」
そっぽを向きつつ、心は答えた。無論、嘘である。
「……、アドバイスとしては、本心で向き合うこと、行動すること、です。棚からぼた餅もありえますが、そもそも棚にぼた餅が置いてなければ一生落ちてくることがないことをお忘れなく」
「……どうも」
心の嘘を見破った小羽田が、心にアドバイスした。
目的を果たした心は、小羽田にいくつか質問する為、言葉を発する。
「あなたは異能派なの?」
「いえ。まぁ異能者でありますから、必然的にそちらに傾きますが、私は異能者無能者、隔てなく占いますよ。無能者の方がお持ち帰り率高いですし……ムフフ」
最後のくだりを無視し、心は話を続けた。
「メンタルとはどうやって出会ったの?」
「メンタルさんとは無能者に襲われた時ですかねー。チンピラに絡まれてしまいましてー。素手でチンピラをぼこぼこにするメンタルさん、とてもかっこよかったですよー。いっしょに寝たいくらいには」
「……妹に手を出したら赦さないから」
「じょ、冗談ですよ。やだなぁ」
あははと笑う小羽田だが、心には冗談に見えなかった。
どうやらこの少女、本物の同性愛者らしい。
なぜ自分の周りには変な女ばかりなのか、と心は嘆息した。
BL大好きな相棒だけでも手一杯なのに、元気ハツラツとする暴走友人や、手のかかる自分そっくりな妹、水鉄砲を使う中二病に、空気で直樹を狙う彼の幼馴染。
それに加えて、増殖した妹達と、私は悪人、私は悪人とちらちらする雷女まで追加された。
そこに百合百合少女など冗談ではない。
「……なかなか個性的な友人さん達なんですね。じゅるり」
「……思考が読めるのね。…………久瑠実には手を出しても……いや今のなし」
非情にも邪魔な久瑠実を差し出そうとしてしまった自分を恥じて、撤回した心だったが、小羽田はやったーと両手を上げて喜んだ。
「異能殺しさん、異能殺しさん公認なんですね!?」
「待って、なしって言ったでしょ」
「最近お客さん来なくて寂しくってー!」
「待って、話を聞いて」
だが、小羽田はとりあわず、目をきらきらさせたままだ。
仕方ない。心は訂正する気が失せて、話題を変更することにした。
他意はないはず。たぶん。
「一つ、確認したいことがある」
「転校するか、場所替えするかー。はい、なんでしょう?」
予定を立て始めた小羽田が首を傾げる。
次に放たれた心の言葉に、小羽田は目を見開かせることとなった。
「クイーンについて、訊きたい」
「……っ。名前が禁句の人ですか……」
「ええ。何か知らない?」
小羽田はしばし悩んだ様子だったが、まぁ、命の恩人のお姉さんなら、と納得した。
「消されそうなので大きな声では言えないですけど、私は彼女の気持ちがわかりますよ」
「……っ! 思考を読んだの!?」
「いえ、まさか。面識はありません。でも、似たような異能を持つ同士、気持ちは察せる。彼女は、その強大過ぎる異能で、世界に絶望したはずです」
「絶望?」
と疑問系の発言だったが、小羽田の言わんとすることを心はわかっている。
そして、小羽田が放った言葉で、自分の推察が正しかったことが証明された。
「ええ。世界の人間の思考を読み取れる彼女ならば、この世界の何人が愚かでバカで幼稚で……救いようのない人間か知っているはずです。あなたもご存じなはずですよ、異能殺しさん?」
「……」
その身を持って、実感していた。
この世界の現状。繰り返される悲劇。
自分と違うというだけで、争ってしまう人間達。
程度は違えど、似たような争いや愚行は、古来から繰り返されてきた。
そもそも、大抵の戦争はそういう違いから生まれる。
相手の方が金を持っているという違いから。
自分の主義と違うといったものまで。
その争いは時代が変わるごとに大規模になっていった。
そして今、世界を滅ぼせるぐらいの規模にまで膨れ上がっている。
それを止めるのが自分の使命であり、理想だ。
異能者と無能者が共に暮らせる理想郷。それを創り上げることが、世界の救済にもつながる。
「私も、だいぶ絶望させられた口ですから。親の思考を読み取ったのが一番最初の悲劇でした。そう言った人もだいぶ多いはずです。親子そろって異能者になるなんてのは珍しいですからね」
そう言った意味では、心と戦った気名田親子は恵まれていた。
少なくとも、親子で争うことはなかったのだから。
「自分の子でさえ化け物と見る。そんな人たちがたくさんいるのが今の世の中です。……正直言って、理不尽ですよ。こんな異能を持って生まれたくはなかった。でもまぁ、こうして生まれてしまった以上、その異能を使って好きなことをしますけどね」
そう言ってにこにこと笑う小羽田。
心は一言、悪用だけはしないでね、と告げる。
「ええ。私は救いを求める女の子たちを癒してるだけです。……似たようなことをしてる人が立火市にもいましたね」
「その人は無能派に殺された。あなたも気をつけて」
「心配してくれますか? さすが噂に聞く異能殺しさん。……あなたの心はとても澄んで視えます。ただ……その純粋さはこの世界で生きる上で……不幸にしかならない」
「……知ってる」
心は呟いて立ち上がり、お暇することにした。
「また来る」
「その時はたくさん女の子を連れてきてください。あ、男はNGで」
「わかった」
踵を返し、扉に手を掛けた心に、小羽田は声を投げかける。
「ただ、あなたの理想はとても美しい。あなたの不幸を共有できる仲間が、たくさん出来るといいですね」
「……もうたくさん、いる」
心は扉を開け、仲間のいる街へと戻り出した。
その日の夜、ひとり部屋でリラックスする小羽田は気づけなかった。
自分の部屋を見上げる茶色い外套を被っている少女がいたことに。
その少女は携帯を取り出し相手に告げた。
「ナンバー、5。位置に、着きました」
『そうか。では手筈通りに。化け物を殺せ……』
携帯を切り、鐘の音が聞こえた瞬間、外套を少女は脱ぎ捨てる。
騎士の鎧を着た少女は、腰に提げてある剣を抜き、言い放った。
「では、殺し、ます。……鐘が、鳴りました」
ザザ、という音が携帯から聞こえた為、故障したかと少女は訝しんだが、特に何の変化もない。
携帯を仕舞い、白銀の騎士は行動を開始した。
鐘の音に従って。




