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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第二章 ニセモノ
40/129

オワリ

 新しく更新された日常通り、その日も、妹に会いに行く予定だった。

 心は、相棒である彩香と共に、徒歩で病院へと向かっている。

 直樹達とは学校で別れた。久瑠実が直樹と会話していたがっていたためだ。

 彩香の、放っておいていいの? という好奇な視線を無視しつつ、校門をくぐり抜けた。

 見舞いの品を何か買っていくべきかとも思ったが、そうそう金を使うわけにはいかない。

 狭間家の金銭事情は切迫し始めていた。

 ドローンの修復や、各種爆発物の補充。対異能弾の購入などに、大量の金があてがわれている。

 師匠の遺産は早急に消費されていた。

 暗殺を行っていた頃は、いくらかの謝礼が出たこともあったが、心の暗殺は彩香曰く慈善事業である。

 目標を暗殺する前に別の対象を助けようとしたり、盗まれた物を取り返したことさえあった。

 そのような事をしていれば儲け所か赤字である。

 理想主義者ロマンチストである心は、金銭にこだわりはない。

 金は重要ではなく、救われた命こそ尊いもの。

 いのちをかき集めて、すくえたほんの一握り。それは金などという補充の利く物質よりも重要なものだと。

 その事実は間違っておらず、正しい。

 正しいのだが、金がなければ生きることは困難だ。

 贅沢も出来ないし、あまりにも不足すれば、一日の食事だってままならない。

 無論、心が窃盗や強奪を躊躇なく行える人間ならば問題はないだろう。

 実際に装備のいくつかを盗み出したことはあったので、盗みを働かないわけではない。

 だが。


(……悪徳な金持ちならばともかく、特にやましいことをしていない人間の金銭を奪うのは……)


 と、結局夢見がちな少女だった。

 残念なことに(ある種朗報かもしれないが)立火市に、そのような悪徳な金持ちはいない。

 恰好なターゲットとしては政治家あたりだが、立火市はここ最近の騒ぎで大量の修繕費を捻出しなければならなくなった。

 私腹を肥やしていた市長も、県知事も、慈善として懐から資金を出し、大した貯蓄ではなくなっている。

 今の時代、いいことをしているという認識を国民に与えねば、生き残れないからだ。

 故に、パッと見、自分の金を修繕費として出しますよと言われればいいことをしているように見えなくもない。

 そもそもその金は誰が払っていた、だとか、何でそこまで金を持っているんだ、とか突っ込みどころは満載だったが、そのような意見がまかり通るはずもない。

 それに、金が自分達に還元されるなら、特に不満はない、というのが多くの国民の認識だった。


「フルーツでも買って行きましょ」

「ダメ。金がない」

「そんな世知辛いこと言わないでさ。ね?」

「どうせ自分で食べる用でしょう?」


 八百屋の前で立ち止まった彩香を、心は諫める。

 普段健康食品などを主食としているくせに、こういう時になると果物をねだってくる。

 だが、働かざるモノ食うべからず。

 彩香とて仕事をしていないわけではないのだが、家に居候している身だ。

 制服や教科書の類、高校生活で必要な小物、はたまた彼女の私服まで購入しているのは心である。

 それに加えメンタルの分の出費だ。

 そしてなにより、一か月に数回は届くネット通販の箱。

 あれの出費は痛かった。

 中身は彩香が大好きなグッズの数々である。

 彼女が趣味を満喫する一方で、心は月に一度のプラモキット購入と、大型チェーンの服屋で安物の黒っぽい服を買うだけだ。

 その事に、何の感慨もないと言えば嘘になる。

 そもそも――最近は自分の容姿に興味が出てきたのだ。

 今までは服は他人に印象を与える為の道具だった。

 単一色の服を着ることであえて目立たせ、印象操作を行う。

 そのまま同じ服を着続けてもいいし、別の服に着替えてもいい。

 異能殺しの詳細を知らぬ目標ターゲットはその姿に怯え逃げ惑うか、いなくなったと油断したところを射殺されるかの二択である。

 だが、今は違う。

 もうちょっと、自分をよく魅せられるような服。

 そういうのを着てみたい気がする。

 血に汚れた戦闘服でも、周囲に溶け込めるような無難な服ではなく。


「……」

「なにその目は」

「いや、色気づいたんだな、と。うぐっ!?」


 彩香の視力が良すぎる目。

 それで自分の気持ちが透視された事を悟った心は、彩香の腹部を思いっきり殴った。



「痛い……痛いよ心……」

「自業自得」


 とは言え、ちょっと理不尽だった気がしなくもない。

 そんなことを思いつつ、病院までの坂道を上っていた心。

 しかし、自分を射抜くような視線を感じ、暗殺者としてのモードに切り替えた。


「……彩香」

「見られてるわね」


 彩香が周囲を索敵し始め、心は携帯を取り出す。

 鞄の中に手を入れて、目当ての拳銃を握る。

 ハッキングしつつ、油断なく辺りを警戒していた心は、彩香の声で振り向いた。


「心!」

「……っ」


 彩香の指さしに後方の木を見上げる。

 器用に立つ白いパーカーの少女が、彼女達を見下ろしていた。


「メンタル?」

「っぽいけど、何か……違う」

「どういうこと」


 妹を目視しとりあえず鞄から手を出した心が、彩香に尋ねる。

 なんていうか……と彩香が口ごもった瞬間、何者かが後ろに現れた。


「……っ!!」


 心は咄嗟に警棒を取り出し、反射的に殴打しようとして、止まる。

 またもや、姉妹の契りを結んだ妹が後ろに立っていた。


「め、メンタル……?」


 滅多なことで動揺しない彼女も、これには動じざるを得ない。

 また違う、と言葉を放った彩香は、急にむごっ!! とくぐもった声を上げた。

 何事かと再び振り返った心は、妹が彩香の口を塞いだのを見て取る。


「何をしてるの……?」

「ワタシの妹に頼まれたことを」


 後ろのメンタルが言った。

 それに、木から降り立ったメンタルが反応する。


「違う! 姉はワタシ!」

「うんうん! それでいい。ワタシはみんなの妹」

「ごちゃごちゃうるさい」

 

 どこかからもうひとりメンタルが現れた。

 心は訳がわからない。混乱し、狼狽する限りだ。


「な……何が?」

「とにかく、アナタと正式な妹となったメンタルがアナタを呼んでいる。楽しそうに頬を緩ませながら」

「……メンタルが?」


 メンタルに、メンタルが待っていると言われた。

 事情はわからない。あって直接話を聞いた方がいいだろう。

 そう判断した心は、病院に向かうことにした。


「うぐ……ぐぐぐ! 放してよ!」

「……はぁ、うるさい」


 と、なぜか不機嫌な様子のメンタルが彩香の首を絞め始めた。

 絞め落とされて、な、なぜ……と呻いた彩香が気絶する。


「な……なぜ?」

「うるさいのは嫌い」


 と怒った様子で言うメンタル。

 心は早く真相を聞くべきだと思い、足早に歩みを進めた。


 



「で……直ちゃん。改めて……」

「く……くそ……お手柔らかにな」


 震える声で、発する男。

 なぜか怯えた小鹿のように震えており、それを見た幼馴染は困惑していた。

 久瑠実にはわかりえなかったが、直樹は盛大な誤解をしている。

 公園の一角、木々の中、大きな木の下で、まるで浮気がばれて、妻に殺されそうになっている夫を想起させた。

 

「えっと……ちょっと恥ずかしいな……」

「な……何をする気だ……」


 怯えた声を出す直樹。

 恥ずかしい事は一体何なのか。ここで自分に何が起こるというのか。

 少し前までならば、青春の一ページを期待したかもしれない。

 だが、今は縄で拘束された上で串刺しにされる未来しか見えない。


「ふぅ……実は、実はね。この前のは……」

「……あれは誤解だった。そうだろ?」

「え?」


 直樹の言葉に意外そうな表情を作る久瑠実。


「異能の複写には肉体的接触がどうとか言われてるが、実際には手を握るだけで良かったんだ。それを、誤解しちまったんだろ? ……すまなかった! ちゃんと説明しなかったから!!」


 後半を早口で言い訳する直樹。

 久瑠実はそうかー、とクスっと笑う。


(昔と変わんないな……)

 

 昔を思い起こすような顔をした後、直樹の誤解を解いた。


「違うよ。知ってたから」

「へ? じゃ、な、何であんなことを……」

「そ、それは……それはね……ちょっと心の準備を……」


 そう言って久瑠実はそわそわしながら緊張した面持ちになり、目を瞑る。

 直樹も緊張と戸惑いをし始めた。

 どうやら、今まで直樹の誤解だったらしい。

 では、いったい何のためにあんなことを?

 いよいよ愚鈍な直樹を持ってしても、ある結論とそれに対する高揚が芽生え始めた。

 これは――もしや、告白なのではないか。

 胸に秘めたる想いを打ち明ける、大切な――。


「むぐぉ……!」


 と、期待感と興奮に包まれていた直樹は小さく奇声を発した。

 口元は声が漏れることがないよう完全に塞がれ、息をすることさえ苦しい。

 

「……っ! っっっ!!!」


 久瑠実に助けを求める直樹だったが、残念なことに久瑠実は目を閉じたままだった。

 左目を後ろに向け、自分を掴む者が何者なのか確かめ、その意外すぎる人物に絶句する。


(メンタル……何で!?)


 だが、直樹の声にならない疑問に答えてくれるはずもなく、音も立てずにメンタルは直樹を連れて行った。


「――もう大丈夫。直ちゃん、私は、あなたの事が……。って、あれ!? 直ちゃん!?」


 意を決して目を開け、放たれた久瑠実の告白は、想い人に届くことはなかった。




 メンタルに誘拐された直樹は、黒い袋のようなものに入れられ、まともに外を見ることも叶わぬ状態だった。

 息が苦しく、窒息してしまうのではないかと想像してしまうほど。

 

「くそ……出せ……」


 吸い込める空気が少ないことをわかっていてなお、言わずにはいられなかった。

 だが、彼の知るはずのメンタルは袋から出してくれない。

 なぜだ……何でだ。

 と思考していた彼の耳に、なじみのアナウンスが聞こえ出した。


「香予さーん、178番の香予さーん。診察室へ――」

(……病院か?)


 今のは最近の病院通いで良く耳にする看護師の呼びかけではなかったか?

 自分のいる場所に大方察しがついた直樹に、光が襲いかかる。

 突然袋が開けられ、病室内に放り出された。


「っあ! いってえ!」

「な……直樹君……」

「炎?」


 一つある窓ガラスから差し込む日差しに目を細ませた彼に、仲間から声が掛かる。

 直樹が目を凝らすと、椅子に縛り付けられ、俯き加減の炎がいた。

 光がそちらにいっていないので、表情は窺えない。


「どうしたんだ?」

「直樹君……来ちゃったんだね……」


 元気が良く、明るい炎からは考えられぬほどの絶望。

 全てを諦め、未来すら見えなくなったともいえるような、乾ききった声。

 うっすらと見える赤い双眸は、燃えるような炎ではなく、漆黒に染まり切っていた。


「おい、炎……?」


 とりあえず、縄をほどいた方がいい。

 そう思った直樹は、立ち上がって炎の元に近づいた。


「私はいい……私はいいから、直樹君だけでも逃げて!」

「いや、待て待て。俺にはこの状況がさっぱりわからないんだ」


 炎は逃げろと訴えるが、直樹は応じず、彼女の椅子に手を掛ける。

 突如、炎は焦り始めたが、直樹は無視し、作業を続けた。

 彼が知る由もない。ゆっくりと音を立てぬよう、部屋の扉が開いていたことに。


「……こんにちは、炎」

「……心、ちゃん……?」

「心?」


 炎に向けられた声と、炎の呟きで、部屋に入ってきたのが誰か理解した直樹。

 彼は振り返ることなく、彼女に協力を求めた。


「ちょっと手伝ってくれないか? 炎の椅子が……のわっ!」

「直樹君……!」


 唐突な痛み。

 直樹は何者かに打撃を受け、首を掴まれたかと思うと、そのまま後方へと投げ飛ばされた。


「な……何が……ぐっ……」

「……」


 直樹が床に伏せつつ顔を上げると、まるで洗脳でもされたかのような瞳の心と目が合った。

 何か成さねばならぬような、そんな使命感に追われる目だ。

 

「心……っ!?」


 だが、心は直樹の顔をちらりと一瞥しただけで、すぐに顔を背けてしまう。

 一瞬頬が赤くなったように見えたのは、直樹の気のせいだろうか。

 心は直樹がすぐ行動出来ぬよう、効果的な打撃を与えたようで、彼女が炎に迫るのを、直樹は見つめることしか出来なかった。

 一歩、また一歩と歩むたび、炎の顔が真っ青になっていく。


「こ……心ちゃん……これはワナだよ! 騙されてるんだっ!!」

「……私には……わからない……経験がないから……」

「あるなし関係ないよ!? 常識だよっ!!」

「私は……よくわからない。この気持ちをどうすればいいのか。だから、一通り行うしかない。学ぶしかない」

「いや……ちょっ……まっ……心ちゃーん!!」


 泣きそうな勢いで、心に叫ぶ炎。

 何が起きているのかわからない直樹が見守っていると、心は扇情的な眼差しを、炎に向けた。

 嫌がる炎の顔にフッと息を吹きかけ、ひぃ!! と恐怖に顔を引きつる炎に徐々に顔を近づけ――。


「ってお前ら何やってんの!?」


 直樹は耐えかねず、声を荒げた。

 どう見たって心が炎とキスしようとしてるようにしか見えない。


「……恋愛成就の為の儀式」

「はぁ!? ってメンタル!」


 ドアの向こうから言われた言葉に反応すると、白いパーカーを着たメンタルが立っている。

 二人の百合景色も気になるが、それよりも自分を攫ったことに腹を立てた直樹はメンタルに詰問した。


「一体何のつもりだよ! 何でいきなり……」

「だって、アナタ遅かったから。あまりに遅いと草壁炎がおもらししそうだったし……」

「そ、そんなことしないよ!!」


 炎が顔を真っ赤にして叫ぶ。

 

「っていうかもう怪我治ったのか!?」

「ええ、おかげさまで。もう退院」

「それは良かった……ってそうじゃない! これはどういうことだ? 説明してくれ!」


 直樹が説明を求めると、メンタルは懐から一冊の本を取り出した。

 その小説には見覚えがある。確か――。

 と記憶を馳せた直樹は、ああっ! と大声を出した。


「病院内では静かに」

「悪い……じゃなくて! 智雄が無理やり貸してきた本じゃないか!」

「……っ!?」「え……?」


 心がビクッ! と不自然に揺れ、炎がポカンと口を開く。

 メンタルはフッ……と全てわかっていたように笑った。


「そうだ、そうだよ! 読みたくないっていうのに俺のここ最近のラノベランキング一位はこれだぜと言って無理やり貸してきたんだよ! ってか何でお前がそんなの持ってんだ……? 趣味か?」

「ええ。色んな本を読むのは好き。……姉さんを困らせるのはもっと好き」


 小声で呟かれた後半は聞き取れなかったが、メンタルは本が好きなようだ。

 姉とは違う一面を見られ、直樹は感心する。

 いや色々と突っ込みたい部分はあるけども。

 

「……っ」

「心ちゃん? ほら、言ったでしょ、直樹君があんな本好きなわけないって」


 茫然となっていた心に、諫めるように言う炎。

 すると、心は頭を抱えて叫びだした。


「うわあああああ!」

「心!?」「心ちゃん!?」


 壊れたように叫びだした心。

 だがドアを出ようとして白パーカー軍団に阻まれてしまう。


「ナンバー12742、結果は?」「オリジナルの本質を見極め、ワタシ達と比較する……」「ワタシ達には個性が芽生えている」「それはとっても嬉しいこと」「だが、自分達が獲得した個性がいかもののほどか」「見極める為にはデータが必要」「しかし、異能殺しは普段は冷静……ゆえに」「一番無防備となる、色恋沙汰で反応を見る計画……」「うるさい」

「っ! メンタルズ……退いて!!」

 

 心は妹と、自分とそっくりな者達に叫ぶが、彼女達は全く退こうとしなかった。


「結果は順調。ワタシと比較すると、ワタシは姉に対する嗜虐心が強い模様。……すっごいゾクゾクする」


 メンタルが、同じ顔達にぐっ! と親指を立てる。

 その表情はとても幸福そうだった。

 何が起きてるのかわからぬ直樹とは違い、謀られたと悟った心は、顔を真っ赤に染めて、縮こまる。


「く……メンタルも彩香も……ひどい……っ!!」

「あは……ははは。気持ちはわかるよ。……とりあえずこれ解いてくれないかな……」


 苦笑しつつ、炎が呟いた。

 わいわいと騒がしい面子を見て、結局何だったんだと思いつつ、直樹も苦笑いする。


(騒がしくなりやがって。でも……悪くないな)



 

 レンガ造りの風情を感じさせる家の一室。

 壁に立てかけられた剣と、古式拳銃フリントロック

 中世時代の甲冑と、十字軍のタペストリー。

 それを見上げ、時代に感慨を耽っていた男は、部屋の雰囲気に似つかわしくないコピー機から排出された書類を手に取り、可笑しさのあまり笑いが止まらなくなった。


「ハハ……ハハハハ……! 何だこの命令書は! 上層部は気でも狂ったのか!?」


 至極愉快に笑い声をあげた男は、笑い終えると、壁に立てかけてあった剣を取った。

 綺麗に手入れされた剣。飾ってはいるが鑑賞用ではない。

 この剣には、目に見えない血が大量に付着している。

 男が斬った。殺したのだ。この手で。

 だが、彼に殺人を犯したという気概はない。

 あくまで自分はこの世に生きる怪物であり化け物である悪魔を叩き切っただけのこと。

 

「どうか、しましたか?」


 片言で話しかけながら入ってきた少女に、男はいや、と首を振った。


「では、出撃、ですか?」

「ああそうだとも。ナンバー2を呼び戻せ。そろそろ狩り終わったことだろう……異端審問を始める!」


 指示を出し、男は紙を投げ捨てた。

 紙がふわりと宙に浮く。

 日本にいる中立派及び、異能殺しと草壁炎、両名を最優先で抹殺せよ――。

 命令書にはそう書かれていた。

 まるで火あぶりを受けるように、紙が暖炉の中へ吸い込まれる。

 心と炎の顔写真が燃え尽きた。


「……いいだろう、女王陛下クイーン、操り人形となってやるとも」


 剣を鞘に納め、出発の準備を整えた男は、邪悪に笑った。




『聞こえ、ますか? ナンバー、2。新しい命令オーダー、です』


 内部スピーカーから音声が出力されたが、騎士は気にしない。

 目の前の死体を、甲冑のせいで伺い知れぬ表情で、見下ろすのみである。


『返答、をお願い、したい、です』

「……」

『鐘が、鳴ります。急いで、下さい』


 騎士は指示通り、踵を返す。

 が、死んだはずの死体から、苦しそうな息が漏れた。

 対象は人間とは違う化け物である。きちんとトドメを刺さねば、何度でも蘇ってくる。

 心臓に杭を突き刺すように、念入りに。人のカタチをした悪魔なのだから。


「……死んでください……」


 騎士は振り返り、苦悶の声を上げる男の左胸に、剣を突き刺す。

 レンガ作りの、歴史を感じさせる街並みの中を、突風が吹き荒れる。

 直後に、死者を弔うがごとく、鐘の音が鳴り響いた。


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