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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第一章 異能殺し
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疑惑

 人生でパトカーにこれほど乗ることになるとは露ほども思わなかった。

 直樹はため息を吐く。パトカーに炎と共に乗っていた。

 窓から外を眺めながら、今日あった出来事について考える。

 幸いな事に炎の怪我は軽度で済んだ。念力使いが早急に死んだことが彼女の命を救ったという。

 つまり、あの弾丸を放った人物が炎を救ったことになる。

 確証はない。だが、確信していた。あの念力使いを射殺したのは心だと。


「ってことは、あの場所に狭間心がいたという事になるね。一歩間に合わなかった感じか」

「すみません。達也さん、私――」

 

 炎の申し訳なさそうな声に、達也が運転席からバックミラーを見ながら答える。


「あ、いや。君を責めはしないよ。よくやってくれた。あの場所にいた人々は君が救ってくれたみたいだしね」

 

 達也が炎を労う。だが、その賛辞も心を逃し念力使いを目の前で殺されてしまったことに責任を感じている炎には慰めにはならなかった。


「元気出せよ。らしくない。って言ってもまだよく知らないけど」

 

 今直樹が炎について知ることはドジだという事と、火の異能を持つこと。

 そして、やけに元気活発で、そのくせ少しさびしがり屋の一面も持つということだ。


「……ありがと。今日はいっぱいお世話になっちゃったね」

 

 直樹の言葉に炎は少し元気を取り戻したようだ。

 車内が暗く顔はよく見えない。だが、その炎のような赤髪だけは見えた。


「確かに君はよくやってくれた。俺からも礼を言うよ」

「いえ……俺は何もしてませんから」

 

 そうかい? と達也は言って、そのまま運転に集中し始めた。

 突然、左肩に重さを感じる。直樹が横を見ると、炎が彼に寄り掛かっていた。

 すやすやと寝息を立てている。色々あって疲れたのだろう。

 本当は達也と話をしたかったのだが、炎を気遣って止めた。

 直樹はこれからどうするか、と漠然と考え、そのまま眠りに落ちた。






「お二人さん。ついたよ」

 

 身体を揺さぶられ、眠い目を無理やりこじ開けて直樹は目を覚ます。

 横を見ると炎が欠伸をしている。その豪快な欠伸を直樹が見てることに気付くと、彼女はそっぽを向いてしまった。


「さて、ダメ元で監視カメラをチェックするか……」

 

 達也が警察署へと入る。二人もそれに続いた。

 署員が三人の事を不審がったが、特に何も言われないまま以前きた会議室へと入る。


「とりあえず座ってくれ。君も、面倒だと思うけど少し付き合ってくれ」

「わかりました」

 

 直樹は頷いて椅子に座る。炎も隣に座った。

 誰かがお茶を淹れてくれても良さそうだが、三人には広すぎる部屋には誰もいない。

 達也がお茶を注いで二人に差し出す。彼はノートパソコンも持ってきた。


「さて、監視システムにアクセスっと」

「……監視システムって……」

「街中に張り巡らされてる監視ネットワークの事だよ。知らないのか?」

「いや……それは知ってますけど……」

 

 現在、街のあらゆる場所は監視されている。至る所に設置された監視カメラによって。

 プライバシーの侵害だと言われたそのシステムも、異能者による凶悪な犯罪が多発してからあっさり施行が承諾された。

 だが、直樹が訊きたいのはその事ではない。そのような物を自分が見ていいのかという事だ。


「ああ、別に君が見た所で何の問題はないよ。君はこのシステムを見て、何か出来るかい?」

 

 パッと、デスクトップ一杯に映像が表示される。一つ一つが細かくてよく分からないことに加え、どこがどこだか判別も難しい。


「これを見たからといって、何か出来る人物はそうそういない――最も、狭間心は違うみたいだがね」

 

 達也が橋の映像を映した。暴走する車は移っているが、狭間心は映っていない。

 車内にいるのかとも思ったが、突然車に穴が開き、悲鳴と共に車が橋の下へと落ちた為違うようだ。


「やっぱり映ってませんね……」

「だね。いつもの異能殺しらしくなかったからもしやと思ったけど、甘くはなかった」

 

 大勢を監視するネットワークも、一人の少女には無力のようだ。

 仮に、狭間心を捕捉出来たとしても精神操作系に操られた、だとかカメラ自体に何か工作がされたと言わればそれまでなのだが。


「少なくとも心ちゃんが襲撃される恐れはないから、御の字だけど……」

 

 炎が複雑な表情をする。監視カメラに映ってないという事は、心が他部署による強引な捜査――という名の射殺――に晒されることはないが、同時に、自分達にも全く手がかりがないという事になる。


「……異能省に手を打たれる前に、何としても狭間心は保護する。いや、違うな、逮捕だったか」

 

 達也が失言を誤魔化すかのように頭を掻いた。

 直樹はその様子を奇妙に感じながら、ふとあることを思い出す。


「そう言えば、銃の弾痕とか薬莢とかで特定出来ないんですか? 刑事ドラマとかでよく――」

「それは無理なんだ。って言うより」

「もう出所は分かっているんだ」

 

 達也が炎の言葉を引き継ぐ。


「あれは対異能弾。異能省と国防省……つまり自衛隊なんかの対異能者部隊に使われてるやつで、大本を辿ると……異能省に辿り着く。でも」

 

 達也はため息を吐きながら、


「奴らと警察は仲が悪くて……そもそも俺達自身厄介者扱いだからね。捜査なんか夢のまた夢さ。それに、狭間心自身、この事を望んでいる節がある」

 

 つまり、完全に受け身で心の行動を待たねばならないというわけである。

 現在は警察はアクティブになっているのに、ここだけ時代遅れのパッシブだった。

 まあ、それが悪いかどうかは直樹に判断しかねるが。

 達也がノートパソコンを閉じて立ち上がる。直樹の前に来て、彼の目を真っ直ぐ見据える。


「さて。今日君をここに連れてきたのは、信憑性の疑われる目撃証言を聞く為じゃない……。炎、コーヒーが切れてる。買ってきてくれないか?」

「え? でも……」

 

 急に言われた炎は困惑する。どう聞いたって今から重大な話をするのだ。 それに今は深夜である。未成年が一人で出歩いていい時間ではない。


「早く。じゃないと君の恥ずかしい情報を全部彼に言うぞ」

「っ!! わかりました! 行けばいいんでしょう!」

 

 炎が焦った様子で出て行った。炎が居なくなったことを確認すると、達也は話始めた。


「彼女、可愛いだろう?」

「……は?」

 

 直樹は心の中で何言ってんだコイツと思った。まあ確かに否定は出来ないのだが……。


「そんな彼女も、一人で動かねばならない。それもこれも時代と人の思惑のせいだ。誰も彼も、自分の利益を優先して他人の事は顧みない。かくいう俺も、炎に捜査を任せている。人の事は言えない……」

 

 始めこそふざけてるのかと思ったが、どうやら違うらしい。直樹は黙って言葉を聞いた。


「でも君は違った。この監視映像からも君の雄姿が見て取れる。勝てるかどうか分からない相手に拳一つで向かっていった。結果として何もなかったが、もしかしたら君は殺されてたかもしれないぞ」

 

 直樹はだんだんと説教くさくなる話を黙って聞き続ける。改めて言われると自分がとんでもないことをしようとしていたことに気付かされた。


「……安心してくれ。君を怒るつもりはない。少なくとも俺にその資格はない。本来の警察官じゃ、こんなことは考えられんがね。……話が回りくどくなってすまんね、よく言われるんだ。……本題に入ろう」

 

 説教は終わったようだ。そんなに長くなくて良かったと、直樹は安堵したが、その安心感はすぐ吹き飛ばされた。


「君に炎のサポートをお願いしたい」

「え?」

 

 直樹は間の抜けた声を出した。俺が、炎のサポート?


「……今日の一件で、炎は狭間心にマークされてしまっただろう。そうなると、一人だけでは心配だ。……本来なら俺がするべきなんだが、俺は動けない、情けない話だがね」

 

 達也の自嘲気味な呟きに直樹は何の反応も示せなかった。それよりも、先程の言葉に呑まれている。


「もちろん、これは強制じゃない。君がやるかどうか判断してくれ。これを断ったからって恨みも怒りもしないよ」

 

 達也はそう言って黙った。後は直樹の返答をじっと待つだけである。

 直樹はかなり悩んだ。この事態がはっきり理解できない。

 一般人……それも高校生に、暗殺者の捜査を任す……現実とは思えない。

 だが――直樹は、草壁炎について思い出した。

 彼女は、頑張っている。努力している。たった一人で。

 まだ出会って二日になるかどうかだ。そんな人間に肩入れする理由はない。

 でも、あの寂しそうな顔は忘れられなかった。

 理由がないなら、創ればいい。まだ炎には制服を弁償してもらっていない。

 それに――狭間心。彼女の事も気になる。

 彼女は何者で、何の為に暗殺するのか。まだそれがはっきりしていない。


「……分かりました。危険なのは無理ですけど、出来る限りで協力しますよ」

 

 格好よく俺に任せて下さいと言えればよかったのだが、そこまでの度胸は直樹になかった。


「ありがとう。無論、君の安全は保障する。君も炎も、俺が命掛けで守るよ」

 

 達也はほっとした顔で、パソコンの片付けに入った。


「そんな大げさな……」

 

 臭いセリフに直樹は苦笑する。すると、炎が帰ってきた。

 息を切らせて、コーヒーの粉が入っているであろうレジ袋を右手に持ってる。


「ただいま……戻りました。変な事、言ってないですよね……?」

 

 炎が達也を見る。達也はにやりと笑うと、


「ああ、君のスリーサイズだとか、中学生の頃書いていたノートの事なんか全然……」

 

 炎が袋を落として絶叫する。

 思わず直樹は椅子から落ちそうになった。


「嘘! 聞いてない……何も聞いてないよね直樹君!?」

「あ、ああ……もちろんだ!」

 

 炎は直樹を勢いよく揺さぶる。


「まあ、聞いてたらちゃんと答えはしないんじゃないか?」

「なっ余計な……」

 

 達也の一言に直樹はドキリとする。案の定、炎はぷるぷる震えていた。


「待て……拳を振り上げ……うごあっ!」

 

 直樹はまたもや炎の鉄拳制裁を受けた。


 


 次の日、制服に袖を通し朝食を食べ終えると家のチャイムが鳴った。

 玄関には炎がいてどこかそわそわしている。


「よう」

「お、おはよう」

 

 ドアを開けて、炎と挨拶を交わす。そのままいっしょに歩き始めた。

 本当は今日こそさぼりたかったが、あのような約束をしてしまった手前、さぼる訳にはいかない。

 いつも通りの街並みを平凡とは程遠い少女と歩く。

 今日こそは水に濡れることは避けたかった。彼女の様子を確認すると先程と同様、そわそわと何か言いたそうにしている。


「どうかした?」

「あ……うん、えっとね……昨日はホントありがとう」

「それならいいよ。何もしてないし……」

 

 昨日も散々お礼を言われたが、まだ言い足りなかったようだ。


「昨日はあまり言えなかったけど、本当に私は感謝してるんだ」

 

 炎が照れながら言う。


「全然知らない、それも異能者である私を助けようとしてくれた。感謝してもしきれないよ」

 

 感謝は嬉しいが、こうも言われ続けると照れくさいし、話づらい。

 直樹は話題を変えることにした。


「それはいいけど、俺の制服何とかしてくれよ?」

「……あ、そうだったね。ちゃんと弁償するよ」

 

 少しくどいような気もしたが、見事話題転換に成功する。


(まぁ、昨日の事件で破れたってことにすればいいか)

 

 親に炎に対して悪感情を持たないよう考えを巡らせた直樹だったが、もうその必要はなさそうだ。

 親は仕事でよく家を空けてるので、帰ったら説明しよう。そう直樹が思った時、炎が口を開いた。


「あ、そういえば、昨日の達也さんと何を話したの?」

「……大したことじゃないよ」

 

 達也が炎の居ぬ間に話したのは何か理由があるからだろう。直樹は彼女に伝えないでおいた。


「んー言えないってこと? ……っ!」

 

 何か思い当たったのか、炎ははっとする。


「まさか……私のスリー……」

「それは聞いてないから安心しろ」

 

 じとーとした目で胸を庇う様に手をクロスさせてる炎にそう告げた瞬間、ちょうど高校へ着いた。


「んじゃ今日も頑張るか……」

「うん、頑張ろう!」

 

 直樹と炎は意気込むと教室へと向かった。


 

 

 教室は昨日の事件で持ち切りだった。

 担任がホームルームで説明をする。曰く、運転手の心不全による交通事故、ということになっていた。


「……心不全って……」

「……不都合な事件の死因はほとんどそうなるんだ」

「そうなのか……」

 

 あれが心不全なわけがない。銃弾で撃ち抜かれた相手の死因は射殺のはずだ。


「……っ」

 狭間心がこちらを見てきた。直樹は思わず息を呑む。

 心が念力使いを射殺したのならば、直樹のバカな行動は筒抜けだったはず。

 だが、心は何のアクションも起こさなかった。ただ気まぐれで後ろを向いただけのようだ。

 最も、腹の内は分からない。もしかしたら、放課後……いや昼休みにも……。

 突然、手に温もりを感じてはっとした。


「大丈夫だよ」

 

 炎が直樹の手を握っている。火を使う異能を持つ少女の腕はとても暖かく、心強かった。


「……ありがとう」

「感謝してもしきれない。言ったでしょ? 今度は私が君を守るからさ」

 

 少し大げさではないか? 直樹はその告白チックな言葉に若干顔を赤めさせた。

 どうやら、言った後に恥ずかしさに気付いたらしい。炎の顔も、火が勢いを増すように赤く染まっていく。

 これが恋愛モノだったならば、気恥ずかしいエピソードだとかで済むだろう。

 だが、草壁炎はそうはいかない。

 直樹はデジャブを感じた。

 また火が灯る――その刹那、久瑠実が彼女の肩を叩いた。


「炎ちゃん!」

「え? あ、はい! 何でしょう!」

 

 硬い声で返事を返し、炎が久瑠実に向き合う。

 久瑠実は炎にノートを渡した。昨日、欠席した授業のものだ。


「これ。転校したばっかで授業についていけなくなったら困るでしょ?」

「あ……。ありがとう……! 久瑠実ちゃん!」

 

 ばっ! と炎が久瑠実の手を両手で握る。炎は嬉々とした表情で久瑠実に言った。


「嬉しい……! 本当、嬉しいよう……。久瑠実ちゃんって良い人! 良い人すぎるぅ……! 良い人選手権全国出場間違いなし……ううん、優勝間違いなしだよ!」

「え? えっと……どういたしまして?」

 

 久瑠実が顔を引きつらせる。少し引いていた。

 炎について、直樹は少し分かった。それは色々とオーバーだという事だ。




「体育~~! 体育は得意だよー!」

「ご機嫌だね炎ちゃん……」

 

 炎はとてもご機嫌だった。少々久瑠実が引くぐらいに。

 次の授業は体育である。女子更衣室で、制服から体操服へ着替えていた。

 体育の時、体育系はとても元気になる。炎も彼らの仲間のようだった。


「私のロケットブースターなら、短距離も長距離も、向かうところ敵なし~~」

「……異能はダメだからね……」

 

 今の炎はとても楽しそうで、同時に何かとんでもない事をしでかすのではなかろうか、というちょっとした危機感を久瑠実に与えていた。

 しかし、異能を用いてのスポーツはなかなか楽しそうではある。

 だが、いくら楽しそうだと一学生が思っても、そのような企画がまかり通らないのが現状だった。


「久瑠実ちゃんは体育嫌いなの?」

 

 体操服に袖を通した炎が久瑠実に訊ねる。

 彼女も丁度着替え終えて、ロッカーを閉じた。


「んー、私は何をやるかによるかな。テニスとか卓球とかだったら好きだけど、剣道とかサッカーとか、あんまり危ない奴は好きじゃないなぁ」

「テニス……かあ。私も好きだよ!」

 

 炎の中で何かが高まり出す。


「なんかテニスやりたくなってきた! よっしやっちゃうよ!」

 

 炎はダッシュしようとして、止まった。

 久瑠実は不思議に思った。今の勢いだと、学級委員長としての責務を果たさねばならないはずだったのに。


「えっと、狭間心ちゃんって今はどこかな? 更衣室にいなかったけど」

 

 なぜ炎が心の事を気にするのか。少し疑問に思ったが久瑠実は心から聞いた言葉を伝えた。


「私が声を掛けた時、少しトイレに寄るって言ってたから、遅れてくるんじゃない? ……って、廊下は走っちゃダメ!」

 

 久瑠実はありがとうと言いながら猛ダッシュする炎を注意した。


 

 

 面倒だ、と思う。

 だが、これはカモフラージュでもある。無用なトラブルを避ける為には必然だ。

 そして、いつ欠席をする事になるか分からない。何もない日にサボるのは得策とは言えなかった。

 狭間心は女子トイレの個室で着替えを済ませた。

 彼女は上半身に特殊な装置を身に着けている。クラスメイトが大勢いる中でそれを衆目に晒すわけにはいかなかった。

 制服を折りたたんで、女子更衣室に向かう。もう誰もいないはずだ。

 ドアを開けて、自分の考えが間違っていたことを知った。

 立花久瑠実。クラス委員長である彼女が自分の前にいた。


「あれ? 着替え済ませたんだ」

「……面倒だったから、そのまま」

 

 咄嗟の言い訳である。おかしい点は多々あった。

 だが、久瑠実は不思議に思いはしたものの、特に追及する気はなかったようだ。

 そもそも彼女が自分に何を思うというのか。あのデバイスさえ見られなければ、自分の正体がばれる事がなければ、彼女は良きクラスメイト、親しき他人でいてくれる。


「転校したばかりで慣れないでしょ? それに、いきなり遅刻って結構ハードル高いんじゃない?」

「そんなことない。ハードルが高くても、私は飛び越えられる」

「そ、そうなんだ。ま、行こ? 今なら準備体操に間に合うよ」

 

 久瑠実がドアを開ける。

 お節介焼き。それが心による久瑠実への分析結果だった。


(でも……悪くない)

 

 だが、それは重しにしかならない——そう思いながら、心は久瑠実について廊下へ出た。


 

 

 男子はソフトボール、女子は炎の期待通りテニスだった。

 体操の最中、炎がやけに気合が入っていた。

 久瑠実とテニスの話で盛り上がった為らしい。

 確かにテニスは楽しいスポーツではあるが、炎は気合の入り過ぎだった。

 直樹はハイテンションな炎を心配しながらも念入りに準備体操を行う。

 アキレス健を切って悶える友人を見てから準備体操をバカにはしなくなった。


「ソフトボールか……苦手なんだよな……」

 

 直樹が独りごちる。正直、テニスの方が良かった。

 そして、直樹と同じ志を持つ同志は多い。そのほとんどが邪な想いからだが。

 その同志の一人が先生に意見を述べた。


「先生! 自分はソフトボールよりテニスがしたいです!」

 

 俺も俺もと手が挙がる。ソフトボール派よりテニス派の方が多かった。


「仕方ない、許そう。と言うとでも思ったか? ソフトボールを行えバカども!」

 

 その一喝に、ほとんどの生徒が諦めた。体育担当は頑固だからだ。

 しぶしぶ準備を始める。バットやベースを運んでいく。

 直樹がグローブを取りに行くとテニスラケットを持ってうきうきしている炎と鉢合わせた。


「直樹君! 残念だねっ! 私のファイヤーボールを観れないなんて!」

「いや、異能は禁止だからな?」

 

 直樹は、念のために釘を刺す。


「分かってるよ。……これでも一応警察任務にあたってる、エージェントなんだからねっ!」

 エージェント、とはいう表現があっているのかは直樹には分からない。そもそも、炎の立場は何と言えばいいのか。


「じゃあ!」

 

 颯爽と駆けて行く炎。


「炎……大丈夫かな」

 

 直樹は炎を案じたが、とはいえ、女子に混ざるわけにもいかない。あの体育教師のゴリラがそんなこと許すはずがない。

 直樹はグローブを取って、テンションが落ちている男達とソフトボールに興じた。



 

 

 草壁炎は、うきうきとテニスコートへ入った。

 とりあえず、久瑠実ちゃんと行おう。そう考えて久瑠実を探す。


「久瑠実ちゃん!」

「炎ちゃん! じゃあ、いっしょに」

「久瑠実! やりましょ!」

 

 炎が久瑠実に声を掛けたその時、クラスの女子が久瑠実に声を掛けた。

 久瑠実は断ろうとしたのだが、その女子はなかなか引き下がらず、久瑠実は困り果てる。

 その様子を見かねた炎は、遠慮することにした。


「いいよ、久瑠実ちゃん。他の人探すから」

「でも、炎ちゃん転校したばかりで……」

「大丈夫! 友達は自分で作って行かなきゃね!」

 

 久瑠実はごめんと謝って、クラスメイトと歩いていく。

 その時、クラスメイトが振り返って、自分に冷笑を浮かべたのを見て取った。


「う……」

 

 そうだ。今思い出した。炎が異能者だと分かって、自分を快く思っていない人の中にあの子はいなかったか。


(めげちゃダメだ)

 

 パンパンと頬を叩いて、ペアを探す。

 だが、久瑠実と話していた為、出遅れていた。なかなかあぶれている人が見つからない。


(どうしよう。困っちゃった)

 

 教師は、男子の監視に手一杯で、女子にかまけてはいないようだ。

 つまり彼女が自分で何とかしなければペアを組むことは出来ない。

 少し申し訳ないが誰かの所へ混ざるしかなさそうだ。

 だが、どうも声を掛けづらい。色々と息込んでいたが、やはり自分には人見知りもあった。

 すると、見つけた。基本二人一組なのに、なぜか三人でやっている組がある。

 そこに混ぜてもらおう。炎は歩き出す。

 だが、近づいてよくよく見ると、そこには狭間心がいた。


「……」

「心ちゃん……」

 

 監視対象で狭間心。凶悪な異能殺し。ある意味接触は彼女を知る上で当然と言えた。

 心はこちらをじっと見ている。何か探るような目つきだ。


(こ、声が掛けづらい……)

「心さん、やろうよ!」

 

 クラスメイトが心に声を掛ける。だが、心は反応しない。

 クラスメイトが心の視線を辿る。炎を見つけるが、すぐ目を反らした。

 どうやら、彼女も炎の事を快く思っていないようだ。

 炎は寂しい気持ちになる。でも、彼女達を悪く言えない優しさも彼女は持っていた。

 だって怖くても仕方ない。いきなり火を出す危険人物だ。

 別の人を探そう。そう動き出そうとした炎に、心は声を掛けた。


「あなた。私といっしょにやりましょう」

「え? で、でも」

 

 ちらり、と心と組んでいるクラスメイトを見る。

 こっちに来るなと言わんばかりの顔だ。


「本来、二人一組でラリーを行う。そして、身体が温まったら、ダブルスで試合をすると、担当教師は言っていた。ならば、私はあなたと組むべき。それに」

 

 心が炎に歩む。彼女の前で止まった。


「転校生同士、仲良くしてくれるんでしょう?」

「……うん! いっしょにやろう!」

 

 炎は心と組んで、打ち合いを始めた。



 

 心にはある考えがあった。

 草壁炎。彼女は間違いなく、昨日の現場にいた。

 つまり何らかの機関に所属していることは間違いない。

 よもや学校にまで捜査の手が伸びるとは考えもしなかったが、彼女がいるという事は、この偽装も見破られるのは時間の問題だろう。

 現状、彼女が暗殺者だと気付いているのは異能省だけなはず。だとすれば、彼女は異能省から来たエージェントという事になる。

 今の所騒ぎを起こしていない――少なくとも心に対して――が、いつ強硬手段に出るとも限らない。

 とすれば、学校が戦場になるということだ。

 つまり、またあの光景を見る事になる。


「……」

 

 ラケットを握る心の手に力がこもる。あの惨状の再現などあってはならない。

 決意を胸に秘めて、心は炎の顔を見る。そこで拍子抜けした。

 炎はとてもきらきらしていた。友達と遊ぶ、無邪気な子供の顔だった。


(……これは、演技? それとも本心?)

 

 心は一目見て、その人間が何を考えているかよく分かる。こと犯罪者に関しては。

 奴らは自分の欲望を成す為ならどんな手段を厭わない。そもそも、その行動こそが目的の場合も多い。

 だが、炎はよく分からない。いや、分かるからこそ、理解出来ない。

 炎はこの状況を楽しんでいる。有り得ない。

 捜査対象とのテニスを楽しむ……おかしい。道理がない。


「行くよっ!」

「っ!」

 

 パン、と景気のいい音を立てて、炎がラケットを振った。

 心も応じる。適度に力を込めて、打ち返す。

 気持ちの良い音を響かせて、ボールの応酬が続いた。

 だんだんとスピードが上がる。試合ではないので、ラリーを続かせることが目的のウォーミングアップなのだが、その気迫は他のクラスメイトにも伝わった。

 心は身体を動かしていて、段々とある感情が芽生え出した。

 最初はどうでも良いと手加減していたが、今はなんとしても返さねばならないという思いに突き動かされている。

 無意識に身体が反応する。心自身には思いもよらなかったことだが――この状況を楽しんでいる自分が彼女の中にいた。

 

「楽しいね、心ちゃん!」

「……っ!」

 

 言葉の代わりにボールを返す。だが、心は自分が楽しんでいるという事実に多少の動揺を禁じえなかった。

 ふわり、とボールが打ちあがる。炎は好機と思い切りの言いスマッシュを心に返した。


「えい!」

「……っあ」

 

 見事心を素振りさせて、ボールはコート内をバウンドしてフェンスを突き破った。


「やったあ!」

「……これは、試合じゃない。勝ち負けは……」

 

 心は眉を顰めて炎に言う。悔しいなどと思ったのは久しぶりだった。


「い、いてえ!」

「え? ……あわあ! 直樹君!」

 

 声がしたので振り返ると、直樹が悶絶して地面に倒れている。どうやら炎の放ったボールに直撃したようだった。

 炎が慌ててコートを出て、直樹に駆け寄る。


(そういえば)

 

 倒れる直樹に心が注意を向ける。念力男に無謀にも向かって行った男。それは、今地面に倒れ伏している男ではないか?

 それに、一昨日ぶつかった男。それも神崎直樹ではないのか。


(……炎ではなく、この男の方が危険……?)

 

 心が警戒心を強めた視線で見つめるのを、直樹は全く気付かなかった。



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