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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第二章 ニセモノ
39/129

アトショリ

「あー……見事にやられたものね……」


 仰向けに倒れ、青い空を見上げながら、矢那は独り言を言った。

 散らばったパーツの中で寝転んでいる為、オイルや部品の焦げた臭いがきつい。

 しかし、機械好きな矢那にとってはきつくても嫌いなものではなかった。

 何よりきついのは、負けたことによる敗北感である。

 しかも、こうもあっさり。パワードスーツを着て圧倒していた時が嘘のようだ。

 矢那はぼこぼこにしてやる! と勢いよく宣言した後、一瞬で倒された。

 異能殺しの銃撃を避け、その先を草壁炎に追撃され、最後に神崎直樹に殴られた。

 渾身の雷撃も、雷拳による打撃も全て避けられた。

 アッパーカットで空中に打ち上げられた時、敵ながらあっぱれなどと思ってしまったほどだ。 


「数の暴力よ……一対一なら……」

「勝てる……か、それは私に対する当てつけかな?」


 声がかけられ、見上げると、青い空の中に青い髪が現れる。

 悠々と近づいてきた所を不意打ちで殴り飛ばした中立派の女性だ。


「……エージェントさん? 中立派の」

「そうだ」

「じゃあ殺せば?」

「断わる」


 返事を聞いて、矢那はため息を吐く。

 こいつもか、と思わざるを得ない。

 メンタルを病院に連れて行った直樹達もそうだが、この女もそうだ。

 なぜ、そんな風に言える? 頭が狂っているのか。

 精神病院に掛かった方がいいのではないかと、敵ながら心配してしまうほどだ。

 こうも相手の数が多いと、向こうではなくこちらが間違っているのかと勘違いしてしまいそうになる。

 だが、そんなことはない。敵は殺すべきだ。


「そんな事言ってると、不意打ちで殺すわよ」

「それはどうかな」


 自信満々な笑みで、青髪の女性は告げる。


「さっき殴り飛ばされたくせに」

「それは放っておけ。しかし、貴様、随分優しい人間じゃないか」

「は?」


 先程の打撃で耳が壊れてしまったのかと、矢那は本気で疑ったが、時折吹く風の音と、ちゅんちゅん鳴く鳥の音で、正常だと確かめられた。


「なんだって?」


 耳が遠い年寄のように、矢那は訊き返す。


「うむ。実は先程調査員が君の家に向かったのだが――」

「はーっ。勝手に人の家を……」

「同じ顔の少女がたくさん出てきてな」

「……なに?」


 矢那は意味がわからないといった表情をした。

 いや、その面々が誰だかはわかっている。だが、なぜ彼女達がそこにいるかがわからない。

 あなた達は自由だと、解放した者達がなぜ家に?


「口をそろえて言ったそうだ。ここは矢那の家だ。不法侵入は許さない、とな。我々の立場だと合法なのだがな」


 すまし顔で微笑む女性から目を背け、なぜ彼女達が家に現れたのかと熟考する。

 だが、すぐ結論が出た。

 異能殺しのクローンなのだ。隠し通す方が無理だった、と。


「しかし、調査員は戸惑ってな。彼女達を何て呼べばいいか決めかねて、とりあえずメンタル達、と呼んだそうだ。だが、それだと紛らわしくてな。彼女達を助けた者としての責務だ。いい名前を考えてくれないか?」

「何で私が……」

「ふむ、では私か? とすると、ただ番号順に……」

「あなたがネーミングセンスの欠片もないことはわかった。だから水鉄砲なんて使ってるのね」

「……それとこれは関係ないだろう」


 言われて恥ずかしくなったのか、女性は顔を背けた。

 しかし、それならば、と矢那は思う。私も言いたい。

 その事と私を助けることは関係ないだろうと。


「で……何だっけ? 彼女達を助けてたから、私はいい人です。だから殺しません? あなた達を殺そうとしたのに」

「まさか。まぁ、私は殺したがり屋じゃないからそう思わなくもないが……。別の理由がある」

「人質とか? それとも異能殺しのようにクローンでも作っちゃう? 拷問で情報を吐かせる?」


 思いつく限りの利用方法を呟く矢那。

 だが、水橋の返答は予想外の――ある種想定内とも言える――ものだった。


「君をスカウトしたい」

「…………、」


 矢那は呆れて言葉も出ない。

 何なのだこの茶番は、と。

 世界の常識って奴を小一時間説教しなければならないのではないかと本気で思った。


「君ほどの有用な人間を遊ばせておくほど余裕はないのでな。知ってるだろう? 我々は一番勢いがないのだから」

「そういう問題じゃ……」

「いや、そういう問題だ。君の力を捨て置くのはもったいない」


 いやだから、と言葉を発して、矢那は奇妙な感覚になる。

 自分は何をしているのだろう。

 自分を救おうとしている人間に、自分を殺せと言っていた。

 この機会を上手く利用すれば、敵の手を欺き、情報を奪取して、その命を刈り取ることも可能だというのに。

 そんな卑怯な手を使いたくないのか? なぜ?

 無能者を大量虐殺しようとした自分が?

 パワードスーツを着込み、彼らを殺そうとした自分が、なぜ躊躇するのだろう。


「正直、どうでもいいんじゃないのか?」

「なにが……?」


 自問していた矢那は、水橋に目を向けた。

 自分で辿りつけない回答を、もしやこの女が口にするのではないかという期待を寄せて。


「我々を殺そうとしたのも、無能者を殺そうとしたのも、あくまで敵だったからだろう? 元より君は奇妙だった。炎君と戦った時、君はわざわざここを指定した。誰もいないこの場所をね」

「そ、それは、近くにゲーセンがあったから……」

「かもな。だが、それなら少し離れた場所ででも良かっただろう。山の中腹にある、この場所を選択する理由はない」


 言い返せなかった。

 確かに、奇妙だ。

 いや、そんなことはない。

 矢那は首を振る。


「ただの……気まぐれよ」

「そうか。では気まぐれでクローン達を助けたのか?」

「……そうよ。経過を報告しろってうるさくってね」

「どうかな。今、調査員がメンタルの妹達に情報を聞き出している。彼女達が真実を話してくれるだろう」

「今時目撃証言が当てになると思ってるの? 精神操作されてるかもしれないのに」

「かもな。だが、直接的な証拠にはなりえなくても、可能性の一端を掴める」


 ダメだ、と矢那は嘆息した。

 この女は何が何でも矢那がそこまでの悪人じゃないという風にしたいらしい。

 ふざけるな、と思った。

 自分は人殺しだ。敵を愉しみながら殺す快楽殺人者だ。

 その事実を突きつけることにした。

 それが自分の首を絞めることとなってでも、納得出来なかったから。


「対異能部隊の秘密基地。私はこの前その一つを潰したわ」

「ああ、それか。実に助かった」

「……な」

「君のおかげで、日本の異能者……いや、世界中の異能者が救われた。“アレ”が使われていたら、冗談抜きでこの世から異能者が一掃されていたかもしれない」


 水橋の言葉は事実だった。

 矢那が無能派の基地を潰しDPウイルスを奪わなければ、世界中に拡散されていた可能性がある。

 その言葉を受けて、ここ数日自分が何をしていたのか思い出してみた。


 無能派の基地を襲い、ウイルスを回収する。基地はついでに破壊。パワードスーツも盗んだ。

 結果として多くの異能者を救う。

 次に、気まぐれで異能殺し量産計画を陣頭指揮していた研究所を破壊。

 結果として多くのクローンを助ける。

 草壁炎と戦い、彼女の覚醒を手助けした。

 結果として彼らの絆が深まる。

 神崎直樹達と敗北して地面に寝転がる。←今ここ。


「あれ……?」


 いや確かにいいことばかりしてるような気も……と思いそうになって、違う! と叫んだ。

 違う、そうじゃない! あくまで結果論であり、本当はそうするつもりなどなかった!


「だから違うって言ってるでしょ! べ、別にいいことしたかったわけじゃなくて、本当は極悪非道な――」

「かもしれんな。だが、こうも言うだろう? 終わりよければ全てよし、と。物事は過程も結果もどちらも重要なのだ。欠かすことなくな。しかし、片方でもまた、素晴らしいのだ」


 回りくどく言ってるが、結果が良かった(直樹達にとっては)のだから、自分達の仲間になれ、ということらしい。

 呆れを通り越して笑えてきた。18年程生きてきたが、そのような事を言う人間は見たことがない。

 父親もこうしたのだろうか。こんな人たちを見たから、果ての無い復讐を止め、直樹達を救ったのだろうか。

 死ぬとわかっていてなお、敵に向かって行ったのか。

 こんなバカな奴らの為に。


「ハハ……ハハハハハハッ!!」


 矢那は狂ったように笑い出した。

 傍から見ていた水橋が、慌てだしてしまうほどに。


「む、どうした? 気でも触れたか?」

「ハハハハッ! い、いや、おかしくて……」

「お、おかしい?」

「親父も、私も、あなた達も! おかしい……おかしいわよホント!」


 笑い過ぎて息が苦しくなる。

 ここまで笑ったのは久しぶりだ。

 母親が死んでから、こんな風に笑った覚えはない。

 嘲笑、苦笑……笑み自体はあった。

 だが、これほど面白くて。

 バカらしくて、おかしくて、爆笑したことは数年ぶりだ。


「ハ……ハー。疲れた……」


 笑い疲れて、息を吐き出す矢那。

 全てがどうでも良くなっている。

 流れに任せて、仲間になってしまってもいいほど。


「わかったわ……」

「何がだ?」

「何がって……ああ、もう!」


 全てわかっているくせに改めて訊く水橋。

 矢那はそっぽを向きつつ、一言。


「仲間になる」


 と短く言った。




『指示を待て』

「了解」


 ビルの屋上から。スコープでターゲットを覗き込みつつ応答する黒いボディアーマーを着る男。

 黒いヘルメットを被っている為、特殊部隊を彷彿とさせる。

 男はスナイパーライフルで、敵である黄色い髪の女性と青髪の女性だ。

 青い髪の女性は、黄色い髪の女性を支え歩き出している。

 双方とも、重要な暗殺目標だ。

 異能を用いる化け物。両者は完全に油断している。

 時折吹く風が煩わしいが、指示さえあれば潜んでいる別働隊と共にすぐさま射殺することも可能だろう。

 中立派の妨害が鬱陶しかったが、自分達のチームは見事掻い潜る事に成功した。

 油断大敵なのだ。

 三つ巴戦、乱闘で最も注意すべきなのは目の前の敵ではなく、横に立つ敵だ。

 いくら目の前の敵を倒しても、その矢先に襲われたら敵わない。


『……警視総監殿から通達だ。青い奴は苦しませて殺せ、だそうだ』

「何か恨み事でも?」

『さあな、わからん。やれ』


 短い会話を終え、まず黄色い髪の女性に狙いをつける。

 青髪は苦しませろ、という命令だったためだ。

 息を止め、集中する。

 照準が矢那の頭に定まる。


(終わりだ)


 自衛の為の迎撃ではなく、明確な殺害の意思を持って引き金を引く――。


「ぐっあ! 何だ……目が……!」


 はずが、突如目の前に現れた円盤状の物体が光り輝き、狙撃手の目を眩ませた。

 何をされたか見て取ったわけではないが、何が起きたかはわかる。

 スタングレネード。その類の発光だ。

 片耳は音響でやられていたが、無線用のイヤホンで保護されたもう片方の耳に、仲間の悲鳴が聞こえる。


『奇襲だ! 奇襲を受けた!』『バカな……完全に隠れていたはずだ!』『援護を……うあっ!』『ダメだ……囲まれた!』


 やっと回復してきた視界。

 男は、自分の前に浮かぶ円盤にスナイパーライフルを向け、狙いを付けずに撃った。

 だが、遠距離用のライフルを適当に撃ってもそうそう当たるはずはない。

 特に、小型の飛行ドローン相手には。


『せっかくニートしてたのにお仕事作らないでよ。どうせ全部視えちゃうんだし』


 拡声器から発せられる少女の声。

 男はハンドガンを引き抜き撃つが、巧みに操作されるドローンに命中することはない。


「く……バカな」

『バカはあなた達。そう何度も漁夫の利出来ると思ってんの? ……心が殺さなかった人間を、私が殺させるわけないでしょ』

「異能殺しの……仲間か……っう……」


 男は、身体中から強烈な痛みを感じ、呻いた。

 黒い手袋を外し、手を確認する。

 手は徐々に融け出していた。


「く……ぉ……異能者め……化け物……っぁ……」


 無能派の狙撃手は恨み言を残して消失する。


『……何でそんな目で見んのよ。異能者だって人間なのに』

 

 彩香の独り言を聞くはずの男は、ドロドロとしたゲル状になっていた。




「……ハッ!」


 突如、立火病院内で、白い少女が目を覚ました。

 白いベッドの上で、起き上がる。

 即座に、状況を把握。

 自分は対矢那戦で負傷。最後のデバイス発動の瞬間、直樹に助けられた。

 その直後、気絶。

 時刻はと見ると、時計は朝の九時だった。


「……」


 少なくとも一日、経過している。

 つまり、みんなも無事ということだ。

 メンタルはそう結論付け、誰もいない病室で眠りにつこうとした。

 が、不安が胸をよぎる。

 本当に大丈夫なのか。姉は無事なのか。

 確かめたい、という不安に駆られた。

 しかし、病室内は通話禁止――と思ったメンタルだが、中立派が買い取った部屋には特殊加工がされていると聞いた事を思い出す。

 いや、あくまで有線のパソコン限定だったか?

 どちらか思い出せずやきもきするメンタル。

 そこに、こんこんとノックする音が聞こえた。


「どうぞ」


 姉だろうか。いやこの際誰でもいい。

 と思いつつドアを見つめて、入ってきた人物に驚愕した。


「矢那……」

「おはよう、メンタル」


 笑いながら入ってきた元仲間であり仇敵。

 メンタルは咄嗟に足に手を伸ばし……普段の服装でないことを思い知る。


「大丈夫よ。殺しはしないわ」

「……殺そうとしたくせに?」


 メンタルが訊くと、矢那は安心した風にそうよね! と嬉しそうに言った。


「そう! そうよ、私はあなたを殺そうとした! なのに……奴らは」

「……何となくわかった」


 似たような事を経験したメンタルは、矢那に敵意がないことを悟る。

 きっとうまい具合に仲間にされたのだろう。

 では何をしにきたのか、とメンタルは疑問に思った。

 矢那の性格上謝罪はないだろう。別に謝罪を要求するつもりはないが、目的が何なのか知りたい。

 その目的は、矢那のちょっと聞いてよ―という言葉で解消した。

 愚痴だ。愚痴りに来たのだ。 


「アイツら頭おかしいわ。私は悪い奴よーって何度も説明してんのに、良い奴だ、良い奴だーって! しかも草壁炎はにこにこ手を握ってきやがった……」

「炎らしいわね」


 一週間程度だが、草壁炎の性格は理解出来ている。

 あの炎なら握手ぐらいふつうだろう。


(……ってアナタも随分面倒臭いのね)


 みんなからいい人と言われて、私は悪人! 悪人だから! と言う矢那を想像して出た素直な感想だった。

 矢那はわかりやすいタイプだと思っていたが、そんなことはなかったようだ。

 そんなちらちらせず素直に仲間になりますといえばいいのに。


「……なんか失礼なこと思わなかった?」

「全然」


 メンタルは素知らぬ顔で応えつつ、脇に置かれた鞄の中から、姉の為の恋愛教本を取り出した。

 矢那に似たキャラがいた気がしたからだ。


「何それは?」


 若干引いた目で小説を見つめる矢那。

 確かに妙なタイトルではあった。


「美少女といちゃいちゃラブコメハーレム」

「いや、タイトル見りゃわかるけど……。ブックカバーもつけないで……」


 呆れた声を出す矢那。

 メンタルは目的の挿絵を見つけ、呆れ眼の矢那に見せた。


「なっ……なんか私に似てるキャラ!」

「そう。性格は粋がってるツンデレ。若干のファザコン疑惑」

「誰がツンデレか! つーかどこが! ってファザコンでもないし!」


 っていうかその本のキャラは何をしてんの!? と矢那は突っ込みまくる。

 挿絵に書かれた矢那っぽいキャラは、メイド服のスカートの中に主人公の顔を突っ込ませて、顔を赤らめていた。


「……淫行?」

「いやそこはラッキースケベでしょ……ってそういうことじゃない! 何なのこのクソ本は!」

「神崎直樹が所持していた本」

「マジで!? え、なに? あの男、こんなのが趣味なの!?」

「フッ……」


 策士のように笑うメンタル。

 マジか……と引く矢那に、メンタルは教えた。


「でも、彼は姉さんの恋愛対象ターゲット……手を出すことはしないで」

「言われなくてもそんな変態に近づかないわよ……かなりショックだわ。私、変態に負けたのか……」

「油断していたあなたが悪い」


 今度はメンタルが突っ込む番だった。

 メンタルが知る矢那の戦闘力ならば、十分に勝算はあったはず。

 しかし、矢那は余裕をかましすぎた。

 倒せるはずの敵を倒さず、使えるはずの武器を使わなかった。

 相手が弱かったからこその油断。強者だったことのおごり。

 そのようなこだわりがなければメンタル達は負けていたのだから、結果オーライなのだが。


「確かにねぇ。あの時は頭に血が上ってたし」

「だから、炎を殺そうとしたの?」

「ん? ああそうね。まずは水橋って中立派を殺そうとして、その間にウイルスが燃やされちゃったから」

「――なぜ?」


 メンタルは矢那の性格や戦い方を思い出しながら聞いた。


「え、だから」

「考えれば考えるほどわからない。あなたは怒ったのよね。炎に対して」

「そうよ」

「なら何で――最初に殺そうとしたの?」

「そりゃあ……もう、ブチ切れたから?」


 メンタルの問いに、自信なさげに答える矢那。

 彼女も気づいたのだろう。自分の性格上――楽しみは最後まで取っておくことに。

 炎に対して激昂すればするほど、無力な状態だった彼女を放置するはずだったことに。


「あー、確かに変ね。っていうかいっぱい疑問が出てきた。……ってことはやられたのか」

「やられた?」


 矢那は全て気付いたように口を開く。


「ええ。クイーンにたぶん……意識を……っ!?」

「どうし……くっ!?」


 メンタルと矢那が同時に頭を抑えた。

 すると、煩わしかった謎がすっきりと消失し、どこか晴れ晴れとした気分になっている。


「……」「……」

 

 ボーッとした矢那が、同じく茫然としているメンタルに声をかけた。


「……何だっけ?」

「さあ……。あなたは何しにここへ? 愚痴りに来ただけ?」


 メンタルは未だ矢那が愚痴しか言ってないことに疑問を感じ、訊いた。

 それ以外の事を話した記憶がまるでない。


「違うわ。……と、そろそろ来るかな」


 メンタルの言葉に何の疑問も感じず、矢那が答えた。

 こんこん、と再びのノック音。

 メンタルがどうぞと言う前に、図々しく入ってきた者達を見て、メンタルは目を見開いた。


「アナタ達……」


 メンタルは同じ顔をした集団を目視し、驚きと嬉しさ、そして戸惑いに包まれた。



 ふんふふーん、と鼻歌を歌いながら、病院内を歩く少女。

 本来なら迷惑のはずのその行為も、入院中のおじいちゃんやおばあちゃんたちには、今日も炎ちゃん元気だねぇ、と喜ばれていた。

 ひとりひとりにおはようございまーす、と挨拶をしつつ、目的の病室へ向かう。

 

(メンタルちゃん起きたかな?)


 流石に独り言を漏らす事はなく、廊下を進む。

 メンタルの再生能力ならば、一日もあれば目を覚ますはずだ。

 それに、下手をすれば今日退院も可能なはず。

 左肩を怪我している自分と同じくだ。

 炎の左肩は包帯でぐるぐる巻きにされている。

 矢那のショットガンを喰らったせいだ。

 そのことをもう恨んだりはしていない。矢那は仲間となったから。

 嬉しさのあまり両手で握手して、医者と浅木に悪化したらどうするのと説教されてしまった。

 しかし、元々丈夫だったことに加え、最高の医療チームという医者達のおかげで、痛みはするものの動かすことは可能だ。


(ここだったよね~)


 名札と病室を確認しつつ、メンタルの病室へ辿り着いた。

 ノックをしようとした炎だったが、中からわいわい声が聞こえて止まる。


(ん?)


 メンタルの声が聞こえた。

 何もおかしくはない。声は。

 声の数がおかしいのだ。

 少なく見積もっても、十人程のメンタルの声が聞こえる。


「あれ……どうなって……わぁあ!!」


 驚愕のあまり、静かにしていないといけない病院で大声を出してしまう。

 しーっと指を当てて静かにしろと教えるメンタル。

 メンタル。メンタル。メンタル。メンタル。以下略。


「な……ななな、メンタルちゃんが増えたぁ!?」

「「「「「「「「「「静かに!」」」」」」」」」」


 同じ顔をした十人に注意され、口元を抑える炎。

 だが、頭はぐるぐるだ。

 何が起きてるのか答えが欲しい。

 私は考えるのが苦手なのだから。

 混乱した炎は、白の中に混じる黄色に声をかける。


「ど、どうなってるんですか、矢那さん!」

「どうも、見てのとおりよ。メンタルの後発」

「後発……?」

「後期製造された異能殺しのクローン」

「う……わ、わかりました……」


 ダメだ。ついていけない。

 わかったことにしちゃえ! と炎は思考を放棄した。


「絶対わかってないわね……」

「わかっていない」×10。

「べ、別にいいよ! わからなくて! とにかく、メンタルちゃんの妹ってことでしょ?」


 炎が訊くと、白い少女達は一斉に喋り出した。


「その認識で間違ってはいない」「いいや、間違ってる。ワタシ達は全て同一」「姉さんってこと? じゃあ、末っ子はだあれ?」「ワタシじゃない」「ワ、ワタシかな?」「姉……甘美な響き」「いや、ワタシは妹になりたい」「でも製造順序は?」「姉としての大切なモノはそんなことじゃない。数字ではなく、志で」「うるさい、黙って」


 口々に自分の想いを話すメンタル達。

 とりあえず、一番最初に言葉を発したのが、炎の良く知るメンタルで、その次が平静なメンタル、人懐っこいメンタル、鋭い目つきのメンタル、おどおどしたメンタル、姉という単語に目をきらきらさせてるメンタル、妹という立場を所望するメンタル、首を傾げるメンタル、説教くさいメンタル、怒りっぽいメンタルだ。


(め、メンタルって単語がゲシュタルト崩壊しそうだよ……)


 言葉を聞くとひとりひとり性格が違うようだが、並ばれたら誰が誰だかわからなくなりそうだ。

 もしホンモノのメンタルは誰だか当てろと言われて、一発で当てられる自信はない。


(あれ? でもみんなホンモノで……でも、心ちゃんのニセモノで……いやひとりひとりの命は確かに……う、うわあああ! もうわけがわからないよっ!)


 頭を掻きむしる炎。とにかく、みんな大切ってこと! と自分なりに納得し、メンタルに訊ねた。


「でも、元気になったんだね、良かった」

「ええ。ありがとう」


 笑うメンタル。

 炎はメンタルの脇を通り抜け、メンタルに退いてもらい、メンタルの横に並んで、メンタルのベッドの傍に立った。


(……個人の名前とかないのかな……)


 と思ったものの、また一斉に喋り出しそうで訊き辛い。

 

「……で、何の用?」

「あ、いや特に用はないんだけど」

「暇人ね」


 矢那が突っ込んでくる。

 あなたのせいなんだけど、と言いそうになった炎は、言葉を飲み込んだ。

 仲間となった今、そういうことを言うのは良くない。


「今お前が言うな的なこと思ったでしょ」

「……な、何で!? 彩香ちゃんでもないのに!」


 驚いて叫ぶ炎。それを見て矢那は呆れた。


「いやそれくらい察せるわよ……。その……わ、悪かったわね」

「あ……うん、大丈夫です。もう治りますから!」


 元気よく言って炎は左肩を思いっきり叩く。

 痛い……という小さな悲鳴を漏らし、座り込んだ。


「そうそれは良かった」

「……うん。ありがとうメンタルちゃん。メンタルちゃんも……え?」


 左肩を抑えつつ顔を上げた炎は、女の子のイラストが描かれた本を突きつけられて困惑した。

 長ったらしいタイトルと、カラフルな絵。いわゆるライトノベルという奴だ。


「えっと……これは?」

「美少女といちゃいちゃラブコメハーレム」

「タイトルはわかるけど……」


 苦笑混じりに呟く炎を、メンタルは無視して話を続けた。


「傷が治ったのならば、あなたにやって欲しいことがある」


 パラパラ、とめくり、目当てのページを探すメンタル。

 その間に炎はメンタルの意外な趣味について訊いてみた。


「にしても、意外だねメンタルちゃん。こういうのが趣味なんだ」

「違う。これは神崎直樹の趣味」

「え!? 直樹君の……ってええっ!?」


 直樹の趣味だと知ったことを上回る驚愕を炎は味あわされる。


「な……な! これって……」

「姉さん……に似たキャラと、炎……に似たキャラがキスをしている絵」

「何が! 一体! どうなって!?」


 今時のライトノベルってこんなのなの!? と驚きを隠せない。

 炎が昔読んで(今もたまに嗜んでいる)いたころは、ここまで肌色成分は、というかこんなあからさまなアレはなかったようなはず。

 いや、単に私が読んでなかっただけかもしれないけどっ!

 と自分で自分に言い訳しつつ、混乱した。


「な、直樹君はこんなものを読んでるの!?」

「そういうこと。まぁ、思春期男子ならこの程度カワイイもの。中には、りょうじょ」

「やめて! 聞きたくないよ!?」


 もし、自分が好きな男子が女性を無理やり犯すような本を読んでいたとしたら……。

 炎は耳を塞ぎつつ、そうであってほしくはない、と願った。

 無理やりそういうことをするのは良くないと炎は思っているし、そもそも、炎はそんなエロティックなお付き合いなど望んでいない。

 

「SM……触手……」

「わぁー! わぁー! 結局本題は何なの!?」


 涙目になりつつメンタルに訊く。

 メンタルがすごい楽しそうに頬を緩ませてるように見えて、若干恐怖の念を抱きながら返答を待った。


「フフ……。みんな、力を貸して」

「え……え? なに……離してっ!!」


 メンタルは炎の質問に答えず、自分の姉妹達に指示を出す。

 あっという間に炎は拘束されてしまった。


「何……何!? 何が始まるの!?」

「答えはもう……出ている」

「ひっ!?」


 炎の目前に突きつけられる小説。

 先程の挿絵。心と炎の百合百合な感じの絵をまじまじと見せつけられる。


「直樹がこの本に何らかの感慨を抱いていることは明白。好奇心……性癖……ロマン……どれかは不明だけど」

「え、えっと……?」


 額に汗を流しつつ、訊ねる炎。メンタルの不敵な笑顔が恐い。


「つまり――姉さんと炎がキスをすれば姉さんの株は急上昇」

「いやそれっておかしくない?」


 矢那が横やりを入れる。

 全く同意だった炎も口を開いた。


「そうだよ! おかしいよ! ……って、まさかメンタルちゃん、気付いててわざと……」

「フフッ」

「うわぁー! 止めてぇ! メンタルちゃんひどい! 絶対この状況楽しんでる!!」


 だが、炎の叫びも虚しく、メンタル達の拘束が解けることはない。

 その冷笑を見て、紅蓮の少女は絶望する。


「後数時間もすれば学校も終わる。二人が来るその時まで、楽しんでね」

「ひ……ひぃい!」

「なんだこの茶番……」


 笑うメンタルと、同じように楽しそうに微笑むメンタル達、絶望に染まる炎を見比べて、矢那はため息を吐いた。



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