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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第二章 ニセモノ
38/129

ケッセン

 白いパーカーを着た白髪の少女が、機械の塊と対峙している。

 いや、正確には機械ではない。機械を身にまとった女性だ。

 遠方からでも、良く目を凝らせば、黄色い長髪を確認出来ることだろう。


「……」

「あ、ありがとうメンタルちゃん……」


 メンタルが抱きかかえているほむらが礼を述べる。


「立てる?」

「うん」


 メンタルは短く訊ね、炎を立たせた。

 冷静に自分の状況を分析しながら、拳銃ディストピアを抜き取る。

 ライフルは置いて来てしまった。

 サブマシンガンなら、近場にはある。だが、目の前の異能者は、メンタルに回収をさせてくれないだろう。


「メンタル……あなたが人を救うなんて。変わったわね」


 矢那が楽しそうに言う。

 元パートナーは、メンタルが変わったことを面白く思っているようだ。

 断じて嬉しくではない。メンタルは矢那の性格を知っている。


「でも、二回しか使えないデバイスをもう使ってしまったなんて。メンタル……あなた、死ぬ気ね」

「……そんなことはない」


 そうだとも。死ぬ気はない。

 ただ、死んでも致し方ないと思っているだけだ。

 油断なく矢那を目視していたメンタルは、片目でチラリと炎の状態を確認した。

 姉の生涯の友となるであろう少女は、左肩に損傷を受けている。

 恐らくは電撃がまだ身体に残っているだろう。

 炎の左腕が不自然に痙攣しているのをメンタルは、救出の時に目の当たりにしている。

 動けこそすれ、先程のようにはいかないはずだ。

 これがただの対異能弾であれば、問題はなかっただろうが、矢那のショットガンから放たれた一つ一つの散弾は、電磁的な加工がされた対異能弾だ。

 一発の威力が弱い散弾と言えど、重篤なダメージを炎に与えている。

 例え、常人より硬い異能者と言っても。


「……さぁ、どうするの? メンタル。私は今この瞬間、いつでもあなたを殺せるのよ? でも、あなたは違う。その銀色の眩しい拳銃で、私を射抜ける?」


 射抜く事は可能だと、メンタルは冷静に自分の実力を判断する。

 だが、効果的なダメージを与えることは不可能。

 至近距離であれば分厚い装甲の一枚や二枚撃ち抜くことが可能ではある。

 それほどの威力を持つ50口径の大型拳銃だ。この拳銃の前に中途半端な装甲は無意味だという現実を相手に知らしめるもの。

 しかし、そこまで接近するにはデバイスを使用しなければならない。

 二回目のデバイス使用。戦闘不能になるのはわかりきっていた。

 

「……クッ」


 メンタルは歯噛みし、矢那の笑みを見据える。

 別に捨て身のデバイス使用が怖いわけではない。

 だが、戦闘不能になったメンタルを姉や横に立つ炎、矢那の後方で状況を窺っている直樹が助けようとするのが恐いのだ。

 タイミングを見誤れば――決死の攻撃は空振りに終わり、さらに守りたいと思った人達まで危険に曝しかねない。

 ふと気づくと、一番守護したい姉の狙撃が止んでいる。

 故に矢那の顔に再びの余裕が見え始めた。

 止まっている標的を狙い撃つのは心にとって恋愛事よりも容易いことのはずだが、それをしないという事は何かしらの行動をしているに違いない。


「じゃあ、今度こそ――さよなら」

「……メンタルちゃん! 離れて!」


 矢那がパルスマシンガンを射撃するのに呼応して、炎の逃げろと叫ぶ声。

 だが、メンタルに逃走の意思はない。代わりに存在するのは、捨て身の特攻の意思。

 メンタルの口から、魔法使いが唱える呪文のように、言葉が紡がれる。


「デバイス――」

「メンタルちゃん!」


 後は起動という文言を放てばいいだけ。

 しかし、その機械仕掛けの詠唱をメンタルが発することはなかった。


「うおおおお!!」


 気合の籠った発声と共に、矢那の後方から迫る影。

 神崎直樹が、手に纏わせた紅蓮と共に、矢那を奇襲する。


「ホント邪魔!」


 矢那は心底イラついたように叫んだ。

 オートマチックショットガンを後ろに向け、直樹に連射する。


「くそお!!」


 直樹の悔しがる声がメンタルに聞こえた。

 装弾数が何発か不明の、驚異的な連射力と破壊力を秘める散弾が直樹に襲いかかっている。

 矢那は左目につけられたモノクルで後部を確認し、直樹に振り向くことなく彼を翻弄していた。


「……っ」「直樹君!」


 結局、パルスマシンガンは二人に向けられたままだ。

 炎が戦闘可能ならば何らかのアクションを起こすはず。

 それがないということはまだ動けないということだ。

 炎が動けないということは、メンタルも動けない。

 歯噛みして、状況を見守るしか手はなかった。




「誰を最初に殺した方が面白いのかしら」


 矢那の愉快そうな声が響く。

 後ろのハエにショットガンを討ち続け、目前にいる二人にマシンガンを向けている。

 矢那は、殺す相手を見極めていた。

 誰を殺せば、誰が発狂し、泣き叫ぶのか。

 余裕たっぷりで、想像している。

 そして、それはとても大きな油断だった。

 ガゴンッ!! と何かが切り裂かれる音。

 突如起きた警告音と共に、矢那の耳に届いた。


「はっ……?」


 矢那は一瞬呆けた。

 左目のモノクルには、パワードスーツのダメージ状況が表示されている。

 アーマー値に変更はなく、ずっと100パーセントのままだ。

 しかし、右肩の武装。

 矢那の大のお気に入り。

 今回のゲームの要。

 超電磁砲の数値が、0になっている。


「な……なっ!?」


 矢那から余裕の笑みが完全に消失した。

 ゲームを楽しんでいた彼女はもういない。楽勝だった相手、手加減していた相手に予想外の攻撃を受け、焦り戸惑っている。

 ライトゲーマーだと侮っていた相手に痛い一撃を貰った、ヘビーゲーマーの表情。


「何が? 何が起きたの!?」


 矢那は自分の身に何が起きたのかしばらく理解出来なかった。

 右目で、右肩後部を見上げると、レールガンの銃身が見事に切断されている。

 どう見たって銃弾による狙撃ではなかった。

 何か、斬撃でも飛ばされたか、それとも、サーベルの類で斬り落とされたか。


(でも、そんな異能者は――まさか!!)


 モノクルに表示されていながら、全く関心を寄せていなかった相手へズームする。

 木々の中、大きな石の上で、拳銃のようなものを構える青髪の女性。

 三勢力の中で一番弱小だと油断していた中立派に、矢那の最高の武装が破壊されていた。


「……まずはお前だ」


 凄みを利かせ、怒り狂った表情で、矢那が呟いた。

 

「パージ」


 小さく言った矢那の指示通り、中破したレールガンが右肩から切り離される。

 



(上手くいった……が、死ぬかもな)


 冷や汗を流しつつ、苦笑する水橋。

 水橋の狙い通り、レールガンの発射は不可能となり、さらに矢那の気をこちらに向ける事に成功した。

 単純に考えて――銃身さえ壊せば、銃器の発射は不可能となるだろうと踏んでいた。

 もちろん、問題が解決したわけではない。

 ウイルスは、弾倉の中に保管されたままだろう。

 アレをその場で破壊されてしまえば全てが水の泡だ。

 大方、東京当たりにぶっ放そうとしてたものが、立火市で拡散されるだけのこと。

 しかし、矢那の気が逸れている今ならば、炎がウイルスを死滅させることも可能だ。


(代償が私の命……ま、計算としては悪くない)


 日本国民の無能者達と、たったひとりの異能者。

 天秤に掛ければ前者の方が重い。

 多くの人間が自分の死と引き換えに生きるのならば、本望というもの。

 しかし、こんなことならば――。


「アイツに告白ぐらいしとくべきだったか」


 親友が死んでから、長らく会ってないもうひとりの友を思い出す。

 この事は直樹達に話してないし、中立派の仲間にも言っていない。

 死んだら想いは永遠に伝わることはないだろう。

 そのことを名残に思いつつ、飛来してくる矢那に向かって、最後の抵抗を試みた。

 水鉄砲。今はいない相棒が、これを使えばいいんじゃない? と手渡した思い出の品。

 丈夫に作られた、ウォータークリアカラー。半透明な水色の銃を、矢那に向ける。

 カチ、と引き金を引くたび、有り得ない水圧の水が矢那に噴出する。

 だが、一度喰らった攻撃を、むざむざ当たる矢那ではない。

 単射しても、放射しても、矢那を止めることは出来なかった。

 木々など障害にならないようで、なぎ倒しながら進んでくる。


「死ねっ!!」


 わざわざマシンガンを仕舞い、握りつぶそうと迫る矢那。


(くっ……結奈……健斗……!)


 敵を睨み付けつつ、二人の親友の名を想う水橋。

 そして、唐突に視界がぶれた。


「……っは……?」


 思わず放たれた、疑問の声。

 間の抜けたその呻きは、普段は冷静な彼女には珍しい。


「……大丈夫?」

「……助けてくれたのか?」


 今だ生きていることに戸惑いを隠せないまま、自分をお姫様抱っこのように抱きかかえる黒髪の少女に訊ねた。




「……」


 妹が赤い少女を助けた時と同じように、青い女性を救った心は、忌憚なく敵を目視していた。

 これまた妹と同じように武装のほとんどは置いて来てしまった。

 今ある装備は右足に付けられた理想郷ユートピア。右袖に仕込んでいる暗殺用のピストル。

 右腰に刺さっている警棒と、左袖に仕込んであるナイフ。

 バックパックに突っ込んである各種爆発物。

 それと、装備と呼んでは微妙だが、ポケットに入ったままの携帯だけだ。


「お前ら……」


 怒気を孕んだ矢那の声を聞きつつ、水橋を降ろし、金色の拳銃を抜き取った。

 日光に照らされて、荘厳な輝きが煌めく。

 ジュッ!!

 心の後方から、何かが燃えるような音がした。

 振り返らずともわかる。炎が第一目標を焼却したのだ。


「……よくもよくもよくも……」


 矢那が呪詛のように呟いた。

 当然だ、と心は思う。

 弱いと見くびっていた相手に、目論見が打ち砕かれたのだ。

 今や、矢那の戦闘目的はなくなっている。

 いや、そもそも戦う理由があったのかとさえ思う。

 こんな所で、ウイルスを撃ち込まず、別の場所から放てば良かったのだ。

 それなのに……なぜ?

 と思考し始めた心だったが、すぐに中断された。


「殺す! 殺す殺す殺す! 全員ぶっ殺してやるぅ!!」


 と矢那が激昂し、叫んだからだ。


「……っ!!」「まずいぞ!」


 心と水橋が驚愕する。

 矢那は怒鳴りと共に、大量にミサイルを左肩から放出した。

 射出口は、六つ。そこから、湯水のように撃ちだされるミサイル群。

 心と水橋は己の銃を向け、ミサイルを迎撃し始めた。

 メンタルと直樹も、同じように射撃する。

 ミサイルを撃ち切り、ショルダーパーツをパージし、さらに身軽となった矢那が動き出した。


「……なっ?」「何?」


 てっきり自分達を狙うかと思っていた矢那が、二人の脇をすり抜ける。

 

「矢那!」


 自分の方に向かってきた、と思ったメンタルが銃口を矢那へと向けるが、それさえも矢那は無視した。


「え……?」


 力を使い、座り込んでいた炎の呆けた声。

 矢那は最初に殺そうとした炎に狙いを変えていた。


「やめろ!」

「邪魔すんなぁ!!」


 がああ! と叫ぶ直樹。

 炎との間に割り込もうとした直樹は、矢那の勢いにのった蹴りをまともに受けた。

 血反吐を吐きつつ、地面を転がってしまう。


「ハハ……ハハハ……だらしなく座り込んじゃって……」

「……っ! ……力が……」


 立ち上がろうとした炎だったが、左肩の痺れと、先程チャージした炎弾のせいで、身体に力が入らない。

 矢那は電磁ナイフを抜き取り、邪悪な笑みをすると、炎に向けてナイフを振り下ろした。




「……かはっ……」

「……何でこうなるかな……」


 憤りを隠そうとせず、静かに言う矢那。

 対する少女は、言葉を発することもままならなかった。


「メンタルちゃん……何で……?」


 血を吐きつつ、ナイフをナイフで受け止めるメンタルを、炎は驚きと不安がない交ぜになった瞳で見上げた。

 炎が切り刻まれる瞬間、メンタルがデバイスを使い強引に割り込んだ。

 デバイスによる身体強化で、矢那のパワードスーツと、拮抗しているように見える。


「メンタル……何でその子を助けるの? そんなことしたらあなたまで死んじゃうじゃない」

「……この……子は……草壁……炎は……姉さんの……大事な……仲間だから……」


 ビキビキと身体が割れていく音を聞きながら、メンタルが言う。

 肌が裂け、骨にひびが入り始める。

 あくまで、矢那とメンタルは拮抗しているように見えるだけだった。

 理論上は、デバイス効果で一時的に対抗することも可能だ。

 しかし、一度使用されたデバイスの反動で、メンタルの身体は傷ついていた。

 その上、強大なパワーを持つパワードスーツの斬撃を受けているのだ。

 二度目のデバイス使用は、メンタルの身体に危機的なダメージを与える。

 本来、デバイスの効果が切れるまで、崩壊は始まらないはずだが、その二つの要因が、メンタルの身体を内側から砕いていた。


「あ……」


 視界が真っ赤に染まっていく。

 鼻や口から、生暖かいものが流れ出た。

 ピシャ、と顔面に右腕から真っ赤な水滴が迸ってくる。

 

「メンタルちゃん! 動け! 動いてえ!!」


 炎の悲痛な叫び。動こうと足掻いているが、動けないようだ。


「くそ! 危険だ、心君!」

「でも……っ!!」


 ミサイルを撃ち落としながら、大声で心に警告する水橋。

 真っ白な瞳を真っ赤にして、メンタルが姉の方を見ると、こちらに近づこうとしていた。


(来ちゃダメ……姉さん)


 そう願うメンタルの想いを実現させたのは、彼女を砕こうとしている矢那だった。


「ダメよ、今とっても楽しいんだから!」


 マシンガンを心に向け、火を吹かせる。

 走って来ようとした心は、方向転換を余儀なくされた。


「メンタルッ!!」

「ね……え……さん……」


 言葉を放つことも辛くなったメンタルは、それでも姉の名を呼んだ。

 そんな彼女と、心を見つめて、矢那がおかしそうに笑う。


「ハハハッ! 本当の姉妹でもないくせに……姉妹ごっこなんてしちゃって……。しかも、ずっと殺そうとしてた相手と!」

「……」


 メンタルは否定出来なかった。

 これは色々とおかしかったし、矛盾してもいる。

 矛盾こそが人間だとメンタルは思っているが、それはあくまでメンタル個人の意見だ。

 世間一般はそうではない。

 ニセモノがいくら姉妹だと叫んだところで、それを信用するものはいないのかもしれない。

 だが、彼女にとってのホンモノは、彼女を受け入れてくれた。

 時間をかけて、姉妹になろうと言ってくれた。

 今まさに、妹を、何とか救おうとしてくれている。

 異能殺しという異名は間違っている。

 ワタシの姉はニセモノの妹を大事に思ってくれる理想の姉だ。

 ずっと戦いに身を投じてきて、理解しがたい部分もある。

 理想を成す為に人を殺してきたくせに、無関係な人間を救おうとしていた。

 恋愛関係は全くの初心だし、愛情に飢えているので、ちょっと優しくされただけであっさり落ちてしまうチョロイ面も。

 だが、それらも含めて、理想の姉だ。最高の姉だ。

 一年ちょっとの短い人生。

 その中で、さらに短い一週間という期間。

 だが、今まで生きてきた中で、最高の贈り物をもらった。

 もう十分。ワタシのキャパシティをオーバーしている。

 もう必要ない。ワタシは満足して、地獄に行ける。


「姉さん……ありがとう……」


 苦しいはずなのに明確に感謝を述べて、メンタルは禁忌とされたデバイスの重複使用を行う。

 大切なものを守る為に。色んなものをくれた姉に報いる為に。




「メンタル! 死んじゃダメ!!」


 地面に転がりながら、泣き叫ぶ少女の声を聞いた。

 咳き込みつつ、周囲を窺うと、マシンガンを撃ち続ける矢那と、ミサイルを迎撃している水橋。

 自分を責め続け、何とか動こうとする炎。全て悟ったような表情で、口を動かそうとしてるメンタル。

 そして、マシンガンを避けつつ、何とか妹を救おうとする心を見た。

 心は泣いていた。

 冷静な彼女が滅多に見せない涙。人の死が絡むとき、彼女は涙を流す。

 

 ――私が守りたかった人はみんな死んでしまったから――。


 心の言葉が、脳裏に浮かんだ。

 あの悲しそうな表情をなかなか忘れることが出来ない。

 きっと、メンタルが死んだら、彼女はまた悲しむのだろう。

 涙を流すのだろう。自分の行いを、過ちを一生後悔し続けるのだろう。

 そんな彼女に俺はなんて言った?

 直樹は自分の言葉を思い出す。


 ――俺はメンタルだけを守ることなんて出来ない。みんなだ、みんなを守る。もちろん、俺一人の力でじゃない。みんなの力でみんなを守るんだ。……一人でやるよりみんなでやった方が、上手くいくさ。


 そうだ。言ったではないか。

 みんなでメンタルを守ると。

 だが、そのみんなは動けない。

 動けるのは自分しかいない。

 いや、自分にもかなりのダメージが蓄積されている。

 疲労もしていた。

 それに、言葉も矛盾している。


「それが何だよ……」


 直樹は口を開く。


「みんなの力で守るって! みんなを守るってそう言ったろうが!」


 何としても助ける!

 そう決意した瞬間、直樹の傷は完全に癒えた。

 神様が成した、奇跡のように。

 心の力で、回復した。

 立ち上がった直樹は、炎の異能を発動させる。

 矢那とメンタルに目を向け、一直線に向かう。

 みんなを守る為に。約束を果たす為に。



「今度こそ……今度こそ、終わり。ばいばい、メンタル。あなたのこと嫌いじゃなかったから残念だわ」

「デバイス――」


 矢那の言葉にメンタルは答えず、デバイスの重ね掛けをしようとした。

 だが、言葉が紡がれることはない。

 矢那が、メンタルを切り潰すこともなかった。

 なぜなら。

 いつの間にか、神崎直樹が現れたから。


「何だ……お前は?」


 自分に凄まじい速度で迫りくる赤い塊に向けて、矢那は訊ねた。

 彼女の想像の範囲外に彼はいた。

 誰かから異能を借りるだけの、何の力もない少年。

 そんな子供が、自分に迫っている。

 自分を脅かしている。

 マシンガンも、ナイフも間に合わない。


「何なんだぁ!! お前はぁ!?」


 炎の弾丸は、みんなを守ると誓った少年は、気合の籠った怒号で、矢那に答える。


「俺は俺だぁああああ!!」


 矢那の纏うパワードスーツに、炎の拳がさく裂した。

 矢那は装備パーツをまき散らしながら、地面を転がる。




「……どうして……どうやって……あ……」


 ふら、とメンタルが倒れ、直樹は慌てて彼女を支える。

 デバイスは解除リリースされた。

 致死レベルに至る寸前で止めることが出来たようだ。


「メンタル!」「メンタルちゃん!」


 心が妹を心配し、やっと立ち上がれるまで回復した炎が、メンタルの身を案じる。

 直樹は笑って、彼女の容体をみせた。

 血で真っ赤ではあったが、息を立てすやすやと寝息のようなものが聞こえ出している。


「良かった……」


 安心する心。炎もホッと息を吐く。

 直樹も心中で同じことを思っていた。

 心を悲しませずに済んだこと。メンタルを助けられたこと。

 何より、みんなの力で、みんなを守れたことに、安堵していた。


「ふむ。そっちは大事ないな。さて、矢那の身柄を拘束するか……」


 水橋が水鉄砲を仕舞い、半壊したパワードスーツを着たまま仰向けに倒れている矢那に近づく。

 メンタルをどうすればいいか悩んでいた直樹は、直後、水橋の悲鳴と、打撃音を聞いた。


「な――何っ!?」

「そんな……まさかっ!」

「嘘……!」


 直樹、炎、心、三者の驚きの声が、平地に響く。

 パーツの中に倒れていた矢那は、左拳を振り上げていた。

 先には、苦悶の表情を浮かべる水橋。


「……ハハ、ハハハ。やられた……やられたわね。親父もこんな風に油断してやられたのか……」


 自嘲気味に呟きつつ、立ち上がった矢那。

 胴体のパーツは破壊され、左足の部位も壊れている。

 武装はどこか飛んでいってしまったようだ。

 左腕は剥き出しとなり、右腕のパーツも所々欠けていた。


「すごい。本当にすごいわ。私、あなた達のこと舐めてた。雑魚だろう、弱いだろうって。でも全然そんなことはない。あなた達は強いわ。褒めてあげる……でもね――」


 矢那はその身に雷を纏い始める。

 バチバチと、自身の異能で自分を強化した。


「今度はそう甘くはない!!」

「……くそ」


 悔しそうに毒づく直樹。

 残念ながら、これほどタフだとは想定外だ。

 正直、勝てる自信はない。直樹一人だけならば。

 だから、彼は両隣に立つ黒と赤の少女に声をかける。


「力を貸してくれ、心、炎!」

「もちろん」「いいよ、直樹君!」


 直樹はメンタルを地面に置いて、矢那へと向き合った。


「行くぞ!」


 直樹が炎の異能で駆けながら叫ぶ。

 その声に呼応して、心と炎が動いた。

 

「……」


 静かな、しかし強い意志を孕んだ瞳で、アイアンサイトを覗く心。

 黄金の拳銃から、フルオートの射撃が矢那へと奔る。

 矢那は舌打ちしながら避けた。


「……避けた?」


 てっきり銃弾が返ってくるものだと思っていた心は拍子抜けさせられる。

 矢那の電撃の前に、銃撃は無効だったはずなのに。

 

「ふっ!!」


 矢那の動きに合わせて、突撃した炎は、矢那に向かって殴りかかった。

 矢那は剥き出しの左腕、その拳を防ぐ。


「やあっ!」


 その動きを予想済みだった炎は空中で回し蹴りを、見舞った。

 すると、矢那は苦しげな声を上げ、防御が崩れる。


「……あれっ?」


 間の抜けた声を上げつつ、何かの罠かと勘ぐった炎は距離を取った。

 直樹も矢那の様子を訝しんで、攻撃せずにいる。


「……二人とも」


 心が銃を矢那に向けつつ、二人に声を掛けた。


「もしかして……」

「うん。直樹君のダメージが結構あるのかも」


 矢那は目に見えて弱体化していた。あれほど圧倒的だったにも関わらず。

 雷の防御は無効化され、今やその雷撃は攻め専門となっているようだ。

 ならば、と直樹は矢那に言う。


「おい! 戦いを止めにしないか?」

「はっ? あなた何言ってるの?」


 矢那があり得ないと言わんばかりの表情で訊く。


「あんた弱ってんだろ?」

「それが何? 弱った女の子には手を出さない主義ってわけ?」

「……ま、そんなとこだ。っていうのは冗談だけど、俺は別に戦いたいわけじゃないんだよ」


 直樹は本音を口にする。

 その気持ちは、隣に並ぶ二人の少女も同じだった。

 二人を代表するように、直樹は言葉を発する。

 

「そうやって――親父も説得したの?」


 矢那から自然と漏れた言葉。

 戦闘の意思は消え去ってこそいないが、会話に応じる気にはなったようだ。

 直樹はそんな所だ、と答える。


「説得ってより、事情を聞いて、見逃しただけだけど」


 見逃した、というのは大げさかもしれない、とも思ったが、直樹は言葉を続ける。


「……見逃した……。ふん、どうかしら。助けてもらったんでしょ、人の父親に」

「そうだな。あんたの親父さんがいなきゃ、きっと俺は死んでた」


 水橋達中立派の報告で、無能派の連中が、心と自分を狙っていたことがわかっていた。

 気名田との戦いで力を使い果たしていた直樹と心に、もし敵の部隊が迫っていたら、こうして矢那と会話することもなかっただろう。


「あんたの親父さんはまぁ、やり方は悪かったな。目的も。でも、異能者を……助けようとしてたんだろ? ……誤解に誤解が重なって、あんな風になっちゃったんだろうけど、俺はあの人をただの悪人だって思うことは出来ない」

「そりゃどうも。でも、それは何らかの恩義を感じたからでしょ? 私は違うわよね?」


 矢那の質問に、直樹は首を振った。


「いや、俺はあんたもただの悪人だと思ってないよ」

「は……?」


 矢那はポカンと口を開けて、直樹を疑いの眼差しで見る。

 しばらく眺めて、何か聞き間違えたか確認するように、心と炎を見つめるが、二人はこういう人なのよと言わんばかりに肩を竦めたり、自信満々に頷くだけだった。


「は? ちょっと待って。いや、私が言うのもなんか変な気がするけど、私は無能者を大勢殺そうとしたのよ? あなたのお友達もね。なのに、は? 何だって? 私が悪人じゃない?」

「ああ」

「いや、即答って……。あーもう、いいわ。私は悪もワル、超悪人だってことを証明してあげる」


 矢那はバチバチとまた雷を鳴らした。

 何でこうなる、と直樹は頭が痛くなる。

 どうせこの女性も何かしらの理由を抱えているはずだ。

 理由があるからと言って、罪がなくなるわけじゃない。

 だが、だからと言って一方的に殺すのも間違っている。

 直樹はそう思うし、そう信じている。

 特に、今のような血で血を洗うような世界だからこそ。


「待ってくれ! 俺は」

「あなたが戦いたくなくても、私は戦いたいの! 私は戦いが好きな狂人よ! 敵対する無能者を何人も殺した、大量殺人鬼よ! 説得なんか考えないで拳を握れ! 私があなた達に現実を教えてあげる!」


 マジかよ、と直樹は呟く。

 何でこうなるんだ。わかり合おうぜ。その方が殺し合うよりずっといいってのに。

 そんな彼の肩に、心が手を置いた。


「彼女が私達に現実を教えるって言うなら――」

「私達の理想を彼女に教えてあげればいいんだよっ!」


 心の言葉を炎が引き継いだ。

 直樹は矢那に言われた通り、拳を握る。


「そうだな……。悪いけど、力づくで説得させてもらうぜ!」


 直樹の中に闘志が湧き起こる。

 炎の異能を発動させたせいだ。

 足を踏み込み、跳躍する。


「デバイス起動――」「行くよっ!!」


 心がデバイスを使い、炎が神々しい輝きを身にまとって、矢那に突撃する。


「来い――理想主義者達! ぼこぼこにしてやるっ!!」


 矢那は今発揮できる最大限の力で、少年少女に応えた。

 

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