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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第二章 ニセモノ
37/129

タタカイ

 それから矢那が襲来してくる日まで、直樹達は準備を進めた。

 入念に作戦を考え、異能の精度を上げる日々。

 直樹以外のメンバーは歴戦者だったが、直樹は新米異能者だ。

 たかが三日程度の修行だった。しかし、優れた異能者である炎との打ち合いはとても有意義なものだ。

 直樹は常人の異能者には負けない程度の力をつけられた。

 そして、来るべき決戦の日――。




 心が自室の作業台で装備を確認していると、メンタルが声をかけてきた。


「……矢那から電話が来た」

「場所は?」


 メンタルの言葉に作業を止めて、心は妹へ振り返る。

 メンタルは携帯を耳から離して、場所を告げた。


「旧廃棄処理場。ほむらが燃やして、あそこには何もないから」

「……わかった」


 携帯を取り出し、仲間達に一斉送信。

 携帯をしまった心は、再び作業に戻る。

 作業台には地雷の類と、サブマシンガン、ライフルなどが置いてある。

 ドローンは全て作り上げ、彩香に渡してある。予備パーツも含めて。

 囮になるかどうかも怪しいが、何もしないよりはマシ、との判断だった。

 

「地雷を仕掛けるの?」

「しようか迷ってる。下手に置くと直樹達が引っかかりそう」


 もちろん、直樹達とて心が仕掛けた罠に進んで掛かりに行くほどバカではない。

 通達はするし、彼らだってそこに自分から向かうことはないだろう。

 しかし、追いつめられた場合に、そこしか逃げ場がなかった時どうなってしまうか。

 そのような場合を考慮すると、なかなか決められない心なのであった。


「……アスプには高性能のセンサーが付いている。罠の類は意味がないと言ってもいい。止めといた方がいいよ、姉さん」

「……そうね」


 心はメンタルに同意し、地雷類を片付ける。

 もし、心が一人で戦うのならば、無駄とわかっていても罠を仕掛けた。

 上手い具合に誘導出来る可能性はあるし、誘爆させてダメージを与えることも可能だからだ。

 だが、今回、心はひとりではない。

 仲間がいる。

 思えば、ちゃんとした共闘は今回が初めてかもしれない。

 メンタルと戦った時は、基本的に心は一人で討って出た。

 矢那が一度襲ってきた時も、心は遠くからライフルで狙撃しただけだ。

 その事実は、心を頼もしくさせた。

 安心出来る。

 無論、それは下手をすれば油断に繋がる。

 しかし、強さでもあるのだ。支えでもある。

 

(彩香の言う通りね。仲間を作った方が良かった。もう少し早くその事に気づいていれば――)


 自分の手からこぼれ落ちた命を救えたかもしれない。

 心は、白い、しかし血で真っ赤に染まっている手を見下ろす。

 心は自分勝手だった。

 師の命令にも、パートナーの助言にも背いてきた。

 師は目標だけ成せと言った。余計な事に気を散らすな。

 ターゲットだけを暗殺しろ、と。

 しかし、心は余計な事をした。し続けた。

 関係ない人間を救おうとした。

 その事を悪いことだとは思っていない。しかし、いけないことだったのだ。

 故に、師は……狭間京介は死んだ。

 口数は少なく、淡々と命令を下すだけの人だったが、心を想っていてくれていたのに。


(……でも、今は違う。私が取りこぼした命を、別の誰かが拾ってくれる。そうよね、直樹)


 心は理想郷をレッグホルスターに差し、アンチサイキックライフルを背中に背負い、サブマシンガンを腰に回し、準備を整えた。




 立火警察署の会議室で、心からメールを受け取った直樹は、落ち着かない様子で彩香に告げた。


「なんか緊張してきた……」

「緊張……って、どこかずれてない?」


 彩香の突っ込みに、そうか? と直樹は返す。

 本来の直樹だったならば、以前のように足踏みし、何も出来なかったかもしれない。

 だが、今は色んな人間に支えられている。緊張こそすれ、恐れはない。

 ある意味、異常なのかもしれないが。


「浅木さん。行って、いいですよね……?」


 母親に恐る恐る訊ねる、と言った口調で、炎が浅木に訊いた。

 浅木が、心配そうな面持ちで、炎に抱き着く。


「死なないでね……炎ちゃん」

「大丈夫です。私の帰る場所は、浅木さんのいる場所ですから……」


 浅木は炎が本来の実力を発揮出来るようになったと知り、許可を出した。

 だが、その表情にはまた大事な人を喪ってしまうのではないかという恐怖が見え隠れしていた。

 近くでそのやりとりを見ていた直樹は思わず、


「俺が炎を守りますから!」


 などと言ってしまう。

 その言葉を聞いて炎が取り乱し、彩香からはルーキーがデカく出たものだわー、などという突っ込みを貰ったが、浅木は納得してくれた。


「こんな子が傍にいてくれるなら、炎ちゃんの将来も安泰だね!」


 と涙を拭きながら笑顔で言われたのが、少々引っ掛かるが。


「直ちゃんも気をつけてね……?」

「……お、おう」


 不安そうな顔で声をかけてきた久瑠実に、ぎこちなく返事をする。

 結局、久瑠実のキスは謎のままだった。

 直樹が話を避けたこともあるし、色々と準備に追われて聞けなかったこともある。

 久瑠実も久瑠実で、他の誰かがいた時はその話を避けたので、うやむやだった。


「これが終わったら、あのこと、ゆっくりと話そうね」


 にっこりと笑って言う久瑠実。笑顔が怖い。

 幼馴染ってこんなに怖いものだったか。それに、何かフラグ的なものが立ってはいないか?

 直樹が恐恐としていると、彩香がもうそろそろ、と浅木と抱擁していた炎共々促した。


「……あなた達も……気を付けてね。……死んだら寝覚めが悪いでしょ」


 彩香が伏目がちで言う。

 面と向かって気を付けてねと彩香に言われたのは初めてかもしれない。

 悪口や突っ込みはよく飛んでくるのだが。

 そう思うと、直樹は変な笑いが出た。


「ハハッ」

「っ! 何その笑いは!」

「いや別に……」

「……なんかムカつくわ。だいたいねぇ……とわっ!!」


 彩香が素っ頓狂な声を上げる。

 それもそのはず。炎がありがとう! とオーバーアクションで彩香の頭をガシガシ撫でたからだ。


「心配してくれるんだね、彩香ちゃん!」

「な……仲間なら当然でしょ……。って、いい加減はなせぇ!!」


 怒鳴る彩香にごめんごめんとあっけらかんに笑う炎。

 いよいよ決戦の時だ。

 直樹は拳を握りしめる。


「じゃあ、行ってきます」

「行ってきますね」


 直樹と炎は三人に別れを告げて、旧廃棄処理場へ向かった。




 山の中腹で、黒服達に指示を出す青髪の女性。

 スーツ達よりも若いのだが、その指示を出す様はベテランの風格を醸し出していた。


「ああ。君達はC地点に……。矢那と交戦はするな」

「了解」

「君は……そうだな。矢那と面識があるんだったな。……無能派の動きに気を付けてくれ。我々が勝ったとしても矢那が殺されてしまったら意味がない。利用価値があるのだからな」

「了承」


 一通り指示を出し終えて、スーツ達は各々行動し始めた。

 エージェント達の基本武装は銃器だ。残念ながら今回の作戦では戦力になりえない。

 しかし、彼らには重要な役目がある。

 倒した後の矢那の保護と奇襲してくるであろう無能派を阻止すること。

 もちろん、矢那の保護が自分達で出来ればそれに越した事はないが、そうそう上手く行くわけではないことを、水橋は理解していた。

 三勢力の中で、一番弱い勢力が、自分達中立派なのだから。


「……さて、やるべきことをしよう……」


 水橋は旧廃棄処理場へ徒歩で向かった。




 輸送ヘリのローター音が喧しい。

 ヘリ内部で、顔をしかめつつ、黄色い髪の女性はパイロットに確認した。


「そろそろかしら?」

『そうです、矢那様。現在立火市上空を飛行中です』

「そう……。死なないようにね」


 矢那はパイロットの身を気遣う。

 ここに来る前に一度無能派の奇襲を受けている。

 護衛として飛んでいた戦闘ヘリが一機、住宅街に墜落した。

 矢那は可哀想……と他人事のように事態を静観し、見守った。

 その時気になったのはパイロットが死んだかどうかと、日本政府がどのように偽装するかどうかだ。

 目撃者全員の口封じか? それとも、大金をばらまくのだろうか。

 

(そんな金があるなら私に回して欲しいわねー。欲しい物はたくさんあるし)


 などと、欲しい物を思い浮かべていた。


『目標地点に到着と同時に、矢那様を降ろします。ご準備を』

「はーい。って、もう済んでるけどね」


 矢那はアスプスーツの通信装置越しに応答する。

 ヘリに乗る前からパワードスーツを装着していた。

 仮にヘリが撃墜されても矢那は無事のはずだ。

 だから、他人事なのである。自分は安全な状態だったから、ミサイルが飛来しても平然としていられた。

 元より、強大な異能者故の余裕もある。

 それは確かに油断に繋がるが、慢心を補って余りある力が矢那にはあった。


(さて……メンタル達は撃ってくるかしら? それとも、ゆっくりと降ろさせてくれるかな?)


 恐らくは後者。

 矢那はパイロットの到着しました、との声を聞き、後部ハッチから余裕を持って跳び降りた。

 綺麗な更地となった元廃棄処理場に着陸する。

 衝撃で、砂埃が舞って、矢那を包んだ。


(さて……解析っと。……異能殺しとメンタルの反応はないわね)


 二人は特殊デバイスを身に着けている。

 いかなる情報セキリュティにも検知されないという優れもの。

 その効果は矢那のパワードスーツの探知能力よりも勝っている。


(少し離れた所に……中立派のエージェントかしら? それに……)


 左目に付けられたモノクルと、右目の裸眼で、目の前に立つ二人を目視する。

 炎のように赤い髪の少女と、黒髪のどこにでもいそうな少年が、矢那の目の前にいる。


「……なんか顔つきが変わったわね」


 矢那は炎を見ながら言った。

 表情は自信ありげだ。やむなく戦うといった感じではない。

 何より、覇気が違う。力を持つ者特有の気概が、彼女にはある。


(……一週間で何かが変わった。戦いがいがありそうね)


 矢那は好戦的な笑みを浮かべ、隣の冴えない男に目を移す。

 こちらも自信満々だが、炎のような覇気はない。

 どこからそんな自信が来るのかと疑問に思ってしまった。

 

(早死にする典型ね。自分の力を見極められず、無謀な戦いに挑むタイプ)


 矢那は少々呆れそうになる。

 炎との戦いは愉しめそうだが、この男は下手をすれば瞬殺だ。

 以前戦った時にわからせてやれば良かったか、と思わざるを得ない。


(ま、出てきた以上は殺すけどね)


 矢那は不敵に笑った。

 気になったのはメンタルだ。

 腑抜けとなった異能殺しならといざ知らず、メンタルから鋭い一撃が飛んできそうなものだった。

 しかし、それはなかった。

 矢那は平然と敵と対峙できている。

 彼女もきっと変わったのだ。少なくとも、暗殺者としては――。


「失格ね、メンタル。ま、別にいいけど。じゃあ、始めましょうか。楽しい楽しい殺し合いを」


 矢那は楽しそうな声音で言い、各種武装のセーフティを解除した。

 敵の数は五人。すぐ決着がつかぬよう祈るばかりだ。


「ゲーム……スタート!!」


 矢那は、右手のパルスマシンガンと左手のライフルを二人に向けた。




「来るよ、直樹君!!」

「おお!」


 炎の叫び声に呼応して、直樹は異能を発動させる。

 使用するのは炎のものだ。

 移動性能と格闘性能は直樹が複写している異能で最高のもの。

 直樹が立っていた位置に、電磁弾が着弾した。

 生身相手にはオーバーキルな弾丸が地面を抉る。

 直樹は、ロケットジャンプでその攻撃を回避した。

 炎はと見ると、彼女は電磁弾の連射を受けて、四方自在に飛び回っている。


「よそ見とか余裕過ぎよ!」


 矢那の発声と同時に再びの弾丸。

 直樹はギリギリ跳んで躱す。

 しかし、矢那は直樹を殺そうと連射してきた。

 マシンガン程の連射力はないものの、十分驚異的な連射速度で、直樹を追いつめる。


(援護が欲しい!)


 と直樹が思った瞬間、支援射撃があった。

 矢那が背部スラスターで、銃弾を避ける。

 心か、メンタルか。どちらかの狙撃だ。

 ライフルとマシンガンの精度が落ちる。

 今だと直感した直樹は突撃した。

 拳を振り上げつつ、距離を詰める。

 二つの炎が、矢那に迫って行く。

 しかし――矢那は余裕だった。


「甘いわ」


 矢那はそう呟くと、心とメンタルの狙撃をスラスターで躱しつつ、左肩に設置されたミサイルランチャーを起動させる。

 直後、ミサイルが放たれた。


「っ!?」


 海の中を自由に泳ぐ魚のように、二つのミサイルが、直樹と炎を追いかける。

 足から火を噴かせ、後方に下がりつつ、直樹は水鉄砲を取り出した。

 直樹の中で発動していた異能が切り替わる。


「撃ち落とす!」


 直樹は、一瞬空中に静止し、水鉄砲をミサイルに合わせた。

 放たれた水が、ミサイルを撃ち落とす。

 水橋の異能によって、水鉄砲から放射される水は、ミサイルをやすやすと切り裂けた。

 炎のミサイルも、心かメンタルのどちらかが対処した。

 だが、直樹に余裕はない。

 すぐさまライフルが轟音を鳴らす。

 直樹はまた異能を切り替えて、せっかく詰めた距離を、離さなければならなかった。

 ここで新しい能力の出番だ。


「……ん?」


 笑みを見せていた矢那が訝しむ。

 直樹の姿が完全に消失したせいだ。

 矢那の左目に装着されている片眼鏡にも、シグナルロストと表示されている。

 透明になった直樹は、なるべく物音を立てないようゆっくりと矢那に接近していた。


(……何もしてくるなよ……)


 そう願う直樹。

 炎や水橋の時とは違い、若干弱気だった。

 久瑠実の性格が濃く出ている。

 中腰になって一歩、また一歩と、矢那に近づく。




(直樹君……久瑠実ちゃんの異能を使った!)


 炎は怪訝な顔をみせた矢那とは違い、直樹の身に何が起こったのか把握していた。

 矢那が見せた一瞬の戸惑い。

 その隙を逃すつもりはなかった。


「やぁ!」


 気合の声と共に、突撃する炎。

 以前よりも格段にスピードが上がっている。

 矢那がマシンガンを撃とうとしたが、炎は軌道を変えなかった。

 必要ない。なぜなら。

 彼女には仲間がいるから、だ。

 矢那は炎に向けたマシンガンを反らした。

 銃身があった場所に、対異能弾が撃ち込まれる。

 矢那は炎に左手のライフルを向けようとしたが、それも狙撃が阻んだ。


「ちっ!」


 矢那の笑みが崩れる。

 炎はあっという間に矢那の目前へと迫った。


「この!」


 矢那はライフルで殴りかかってきた。

 対物ライフルよりも対異能ライフルよりも大型なそれは鈍器としても有効に使える。

 しかし、それはあくまで常人に対して、の話だ。


「ほっ!」


 炎は息を吐き出しつつ、そのライフルを受け止めた。

 パワードスーツで強化された腕力に、素手で拮抗している。

 いや、矢那が特殊な兵器を身に纏っているように、炎も身体から溢れる特別な異能を纏っていた。

 そして、その力は、機械で作られたものよりも、もっとずっと強いものだ。

 ボッ!! と火が噴くような音がして、パルスライフルが燃え始める。


「……くそ!」


 ドロドロに融け始めたライフルを矢那は捨てた。毒づきながら。

 笑っていた顔は、大事なコレクションを燃やされて、イライラを募らせているように見える。

 対して、炎は行ける! と感じていた。

 この力は、みんなを守る力だ。みんなと共に理想を成す為の、特別な異能。

 矢那の、異能者を肉塊に変貌させるパワードスーツとは違う。

 負ける道理がない、と炎は確信する。

 

「やあああ!!」


 炎は掛け声と共に足をパワードスーツへ蹴り上げた。

 

「調子に乗るな!」


 矢那は脚部スラスターで、後方へ飛行。炎の蹴りを避けた後、右手に持ったマシンガンと、左肩のミサイルランチャーの鉄の雨を炎に降らせた。


「うわっ!! とっと!!」


 コメディのように炎は慌てて、後方へ跳ぶ。

 矢那が炎の蹴りを避けたように、彼女も足から火を噴かせて、左斜め後ろへと飛翔する。

 人体を木端微塵とするマシンガンは避けられたが、ミサイルはどうしようもない。

 おまけに、このミサイルは高性能である。

 超誘導。六つの鉄の塊が、ゲームとかのチートミサイルよろしく、有り得ないだろうという起動を描く。


「ま、まずい!!」


 炎の額から汗が流れ落ちる。

 パワーアップした炎は、ずっと飛んでいられる。以前のようにわざわざ着地する必要がない。

 しかし、迎撃する術がなかった。炎の弾丸を飛ばす事は可能だが、一定時間のチャージが必要だ。

 未熟、と責められれば言い訳のしようがなかった。


(こ、心ちゃん! メンタルちゃんでもいい! 助けて!)


 と願った炎に、どちらかが、いや、両方が答える。

 ミサイルが次々と撃ち落とされ始めた。


(ありがとう!)


 炎は二人に感謝の念を送りつつ、彼女の狙うべき部位を見つめた。

 超電磁砲レールガン。ロボットに興味のある人間ならばロマンを求めてやまない武装。

 もしかすると、矢那もそういった趣味の持ち主なのかもしれない。

 だが、今の棒状の射出装置には、ロマンの欠片もないものが搭載されている。


(あれさえ壊せば!)


 炎は空中で一回転。方向転換し、矢那の方へと飛ぶ。

 しかし、すぐに空中停止を余儀なくされる。

 矢那は左手に新しい武装を装備していた。

 ライフルに比べれば短めの長さで、ドラムマガジンが特徴的だ。


(ショットガン……!?)


 近接戦闘クロース・クォーター・バトルでは、マシンガンよりも有利な獲物が炎に向けられる。



「まずい……っ!」


 メンタルは、スコープ越しに炎のピンチを確認した。

 散弾銃。至近距離であれほど向けられたくないものはないだろう。

 次いでサブマシンガン、マシンピストルの類か。

 ポンプアクションならばまだ救いはあったが、あれはオートマチック式である。

 息をつかせぬ連射力が炎に襲いかかっている。


『メンタル! 何とか気を逸らす!』


 姉の切羽詰まった声と共に、隣のビルから連続して射撃音。

 異能者を引きちぎる凶悪な対異能ライフルが火を吹いた。


(……厳しい……!!)


 しかし、矢那は何度か銃撃を受けて、狙撃ポイントを割り出している。

 狙撃を受けぬよう、受けても回避できるような立ち回りをしていた。

 狙撃地点を移すべきかメンタルは迷う。

 いや、移した所で状況は変わらないだろう。

 はっきり言ってアンチサイキックライフルの効果は薄い。

 先程から全く命中していないのだ。

 狙いは悪くなかった。先読みだってしているし、狙撃は得意だ。

 だが、狙っていたものが悪い。

 弾が放たれてから回避することが出来る常識の範囲外にある代物だ。

 いくら銃撃の効果があるとは言え、当たらなければ意味はない。


「姉さん! ワタシは矢那に接近する!」

『メンタル……っ!? 待って、まだ!』


 姉の制止を振り切り、メンタルはアンカーを使ってビルから飛び降りた。



(くそ、炎!)


 直樹は至近距離で、散弾に苦しめられる炎を見ていた。

 物凄いスピードで連射されるショットガンに、炎は逃げ続けている。

 拡散した弾丸を考慮した上で、さらに相手の狙いも読み取らなければならない。

 炎は、先程からかろうじで銃弾を避けていた。

 いや、左肩から血が出ている。散弾の一つが掠ったに違いない。


(散弾だったのが救いだけど……)


 散弾は一発の威力ではなく、複数の弾丸による破壊が売りである。

 はじっこの一発が掠った程度では、大したダメージにはならない。

 しかし、それはあくまで通常弾によるもの。

 炎の表情はとても苦しそうだった。


(そろそろ姿を現さなくちゃダメか!)


 背後から強力な一撃を喰らわせようとしていた直樹は、作戦変更を余儀なくされる。

 矢那は直樹の事を全く気に留めていないようだ。

 だが、流石に、突如として後ろに現れた直樹に反応した。


「……後ろっ!?」


 接近して打撃を見舞いたかったが、炎のピンチだ。致し方ない。

 水鉄砲を抜き、かっこつけたような笑みをみせながら、直樹は引き金を引いた。

 放たれた水。しかし、直撃すればパワードスーツだって射抜くことが出来る。

 矢那は苛立ちつつ背部スラスターを吹かした。


「邪魔すんな!」

「っお!?」


 ショットガンが直樹の方に向けられる。

 直樹から完全に余裕が消え失せた。

 気を抜いた途端、蜂の巣にされてしまうからだ。


「直樹君……きゃっ!!」

「炎!」


 炎は空中制御に失敗し、地面を転がった。

 苦しそうに左肩を抑えている。

 

「コイツも電磁力か!」


 直樹はショットガンを驚愕の眼差しで見つめた。

 散弾の一つ一つが電磁弾だったらしい。

 炎の左肩が不自然に痙攣している。


「まずは一人!」

「炎!」


 矢那はパルスマシンガンを持つ右手を、地面に座り込んでいる炎へ、向けた。




(むっ……!! 炎君!!)


 森の中から、開けた広場を見守っていた水橋は、仲間の危機に瞠目した。

 心やメンタルとは違い、決め手となる一撃を放つ瞬間を待ち続けていたが、それが仇となってしまったようだ。


(今効果的な援護を出来るのは自分だけ……しかし)


 それでは、一撃は外れ、もう二度とダメージを与える機会を喪う。

 水橋の異能を驚異と感じた矢那は接近してくるだろう。

 それは水橋の最後とも言えた。

 だが、それでは炎は死ぬ。

 水橋は水鉄砲を構え、矢那に狙いを定める。


「死なばもろとも……!!」


 水橋はトリガーに指をかけた。




「さよならっ!!」


 楽しそうな笑みを浮かべて、矢那は引き金を引いた。

 銃口から電撃を纏った弾丸が、炎を八つ裂きにするべく放たれる。

 左肩を抑える赤髪の少女は、目を見開きつつ、最後の時を迎えた。

 はずだった。


「何っ!?」


 矢那は驚きのあまり叫ぶ。

 高速で走ってきた何かが炎を回収したのだ。

 その白い残像に心当たりがあった矢那は、その名を叫ぶ。


「やってくれたわね……メンタル!」


 白いパーカーを着た少女が、炎を抱きかかえていた。



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