表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第二章 ニセモノ
36/129

シュトク

 学校で出会ってすぐ、直樹は久瑠実にデートらしきものをすっぽかした事を謝罪した。


「すまん、久瑠実!」

「ああうん、いいよ。私も楽しめたし。何だかんだ言って結構遊んでるしね」


 全く気にした様子もなく笑う久瑠実。

 確かに直樹は久瑠実と三度ほど――ここ最近で言えば、だが――遊んでいる。

 しかし、一回目は暗示された久瑠実、二回目は暗示が解けかかった久瑠実。

 昨日は完全に元に戻った久瑠実だ。

 三度似たような事をしたが、全てが新鮮だったように思える。

 

(一回目はヤバかったけどな……)


 バスタオル姿で包丁を振りかざす幼馴染など、もう二度と見たくはない。

 しかも、メンタル曰く、本来の彼女を解き放っただけだという。

 今、屈託な笑顔をみせる幼馴染の本性があれだというのか。


(……いや、人には理性ってもんがあるはずだ。うん、心配ない)


 既に何度か言い聞かせていることを、直樹は改めて思った。

 複写異能のせいで、性格が変わり、うじうじとした情けない性格が改善されたように見えるが、やはりどこか男らしくない部分も健在している。

 別に他人がそうであっても何とも思わないが、自分自身に対する評価は別だ。

 完璧主義者ではないが、どうせなら理想の自分に近づきたい。


(って今はそんなことどうでもいいんだ)


 直樹は久瑠実にお願いをすることにした。

 矢那襲来まで後四日だ。悠長に構えてはいられない。


「な、今日の放課後こそ、お前の異能を貰いたい。譲ってくれるか?」

「うん。放課後だね」


 小声で直樹が言うと、久瑠実も小声で返した。

 だが、その二人を好奇の眼差しで見ている男がいた。

 直樹の友人と智雄だ。

 智雄がむかつく笑みではやし立ててきたのだ、直樹が適当に流していると、妙な視線を前から感じた。

 視線を辿り、心と目が合う。

 心はなぜか引くような視線をみせて、そっぽを向いた。

 

「……?」


 直樹が首を傾げる。

 笑いを堪え切れずふふ、と漏らし笑いが彩香の方から聞こえた。

 不思議に思い、二人と同居しているメンタルを見つめると、フ……という含みのある笑みをみせてくる。


(また変なことになってるんじゃないだろうな……)


 と邪推した直樹だが、遅れてきた炎がおはよう! と挨拶してきたので、直樹は手を上げ返事をした。

 炎は、とてもつやつやと健康的な表情だ。

 逃げていた自分と向き合ったことで、色々吹っ切れたのだろう。

 元気一杯の炎を見て、直樹は心がどうしてそんな誤解が出来るレベルの誤りをしていることに気が付かなかった。


 

 授業はつつがなく終了した。

 とはいえ、ほとんどノートに写しただけで、内容が頭に入っていない。

 直樹は、ずっと気名田矢那の事を考えていた。

 その瞳は、素人ながら、戦士の瞳だ。

 愛しの相手、(残念ながら直樹にはいないが)を想う恋人のように矢那について想いを馳せている。

 どうすれば勝てるか。いや、勝てなくとも負けないですむか。

 犠牲を出さない方法は? 誰も傷つけず、みんなが幸せになる手立ては?

 だが、やはり直樹は素人だ。いい方法が思いつかない。

 しかし、思いつかないからと言って思考を中断していい理由にはならない。

 中断すべき時は、やらなければいけないことがある場合だ。

 そして今、直樹にはやるべきことがある。

 

「久瑠実、待ったか?」

「ううん。私も今来たとこ」


 直樹と久瑠実は、一度学校で別れて、近所の公園に来ていた。

 公園にある森の中の、大きな木の下に来てほしいというのが久瑠実の希望だ。

 少し遅れたかと思って小走りで来た直樹だが、そんなことはなかったようだった。


「……で、何でこんなとこなんだ?」 

 

 直樹が疑問を口にする。

 人気は少なく見られる恐れはない。

 しかし、このような場所でなくとも、安全面なら立火警察署の方が上だ。

 

「……あれ、知らないの?」


 意味ありげな視線で巨木を見上げる久瑠実。

 しかし、直樹にはさっぱりだった。この木に何か意味があるのだろうか。


「そうか……知らないんだ……ふふふ」


 意味ありげな笑いをみせる久瑠実。

 気にはなったが、あまりゆっくりしてる暇はない。

 直樹は悪いけど、と久瑠実を急かした。


「ゆっくりしてる暇はないんだ。早く、手を……」

「……はい」


 と久瑠実は素直に応じたのだが、いつまで経っても直樹の手が握られることはなかった。

 代わりに、頬。

 右頬に柔らかい感触。

 久瑠実が、直樹の右頬に、キスをしていた。


「……なっ!?」

「ふふ。これでおまじないは成立。受け渡しも終わったでしょ?」

「な……おま……は……?」


 取り乱し、まともに言葉を交わせない。

 慌てる直樹に、久瑠実が微笑を浮かべる。


「メンタルちゃん……の暗示だっけ? あれで、自分の中にいた自分が解放された時、私は少し自分に素直になってもいいと思ったの。だから――」


 久瑠実が心中を吐露しているが、直樹はそれどころでなかった。

 顔が真っ赤に火照り、心臓がバクバクいっている。

 緊張状態であり、興奮状態でもある。

 嬉しさよりも、戸惑いよりも、恥ずかしさが上回っていた。

 まさに穴があったら入りたい、という状況だ。

 誰にも見られたくないと、無意識の内に念じていた。


「わ、直ちゃん!?」


 ふっ、と直樹の姿が掻き消える。

 直樹は無意識の内に久瑠実の異能を発動していた。

 久瑠実が、心を恐れ、姿を消したのと同じように。


「直ちゃん? 直ちゃん!? おーい!!」


 久瑠実が叫ぶが、直樹は姿を現さない。

 彩香とは違い、久瑠実に消えた直樹を見る目はなかった。

 へたれ男直樹は、完全に幼馴染の前から逃げ出している。


「な、直ちゃん? 本当に? ホントにどこか行っちゃったの? え? まだ告白してないのに……」


 残された久瑠実の困惑する声が、静かな森の中に響いた。




「……な、何だったんだ……」


 公園のベンチに座り、息を切らす男。

 思わず逃げ出してしまった直樹が、ベンチに哀愁漂うサラリーマンのように座り込んでいる。

 

(されたよな? キスされたよな!? 幻覚じゃないよな……)


 直樹は久瑠実に、キスされた。

 理由がわからない。

 いや、何となく察することは出来るが……。


(や、待て。俺はちゃんと久瑠実に自分の異能の事を説明したか?)


 もしや、と直樹は思考する。

 自分は久瑠実にちゃんと手を握らないとダメだと説明したか?

 いや説明したような気がするが、久瑠実が何か誤解してしまった可能性はある。

 誰かが誤った情報を教えてしまったのかもしれない。

 一応、直樹について水橋が推論したレポートには、異能を複写する為には肉体的接触が必要と書いてある。

 単に手を握ればいいと書けばいいものを、変に凝り性かつ中二くさい水橋が大げさに書いた言葉だ。

 あれを久瑠実が見たとすれば……。


「間違ってキスしちゃった……とか? いや、それなんて謝ればいいんだよ……」


 などと、自分が悪いわけでもないのに、色々と考えてしまう。

 なぜか、直樹に包丁を持った久瑠実のビジョンが思い浮かんだ。


『直ちゃん……私、初めてだったのに。……責任、取ってくれるよね?』


 暗い瞳で、にっこりと笑う久瑠実。責任の取り方としてベストなのは、相手の望むことをすることだ。

 久瑠実は、最期に笑顔をみせて、その手に持った包丁を直樹に振りかざし――。


「や、やばいぞこれは……っ!」


 直樹が取り乱していた時、久瑠実の言ってる言葉が聞こえていた。


 ――少し自分に素直になってもいいと思ったの。だから――。


 自分に素直になること。それはとても良いことだ、と直樹は思う。

 思うのだが、包丁を持ったアレを見た後だと全然喜べない。

 やっぱり理性って大事。心の奥底に潜む欲望を理性で制御する。それが人間だ。

 直樹は久瑠実よりも強い。

 しかし、久瑠実のステルス性能は単純な戦力差を覆す程の力だ。

 こっそり近づかれれば、直樹に感知することは出来ない。

 寝首を掻かれたらと思うと、ぞっとしてしまう。

 ある意味、心やメンタルよりも恐ろしい存在だった。

 マジモンの暗殺者より暗殺者っぽい幼馴染が身近にいただとっ!

 と誤解に誤解をしまくって、がくがくと震えだした直樹に、声がかかった。


「あれ? 直樹君?」

「つっうううあ!!」

「え?」


 奇声を発した直樹にポカンとする炎。

 立ち上がった直樹は、自分を呼んだ相手が炎だったことを知り、安堵する。


「な、何だ炎か」

「どうしたの、直樹君? 汗びっしょりだよ……?」


 炎が直樹を心配する。

 誰かと会話したかった直樹はついさっきあった出来事を話し始めた。


「いやついさっき森の中の木で……」

「ああ、あそこにある木? 確か言い伝えがあるんだってね。あそこで誓いをした男女は――」

「あー、いた! 直ちゃん!!」

「く……久瑠実……っ!? 何だそれ!!」


 ガサと、草木を掻き分けて現れた久瑠実の、手に持っていたモノに直樹は戦慄した。

 錆びついた包丁。左手に持っているのは縄だろうか。


「これ? さっきそこで拾って……」


 と久瑠実が説明を始めたのだが、直樹は全く聞く耳を持たない。


(まさか……それで俺を縛ってザクッと!?)


「すまん! 誤解だ、誤解なんだ!!」

「え? 直樹君?」


 浮気を妻に見破られてしまった夫のように狼狽した直樹は、再び久瑠実の異能を発動させて消えてしまった。

 そのまま、戸惑う二人を残して、戦術的撤退をする。


「待って、直ちゃん!! 何で逃げちゃうかな……」

「……何があったの?」


 不思議に思った炎が久瑠実に訊いたが、久瑠実は気恥ずかしそうにそっぽを向く。


「ムムム……なんか怪しいなぁ……」


 推理が苦手なくせに、探偵のような表情になった炎が唸った。




 当てなく道を視えない何かから逃げていた直樹は、突然鳴った携帯に驚いた。

 その滑稽な様を通行人が訝しんだが、何事もなかったように(そう思っているのは直樹だけ)携帯を取り出し、耳に当てる。


「もしもし」

『ああ、直樹君か。異能は無事に手に入ったか?』


 電話の相手は水橋だ。

 直樹は微妙な表情となり、報告した。


「はい。無事かどうかは微妙ですが……」

「む? 何かトラブルでも?」

「い、いえ、何も! どうしたんです?」

『いやなに、異能が手に入ったのなら早急に戦術を組み立てたくてな。急いで来てくれるか?』


 直樹ははい、と頷いた。

 特に予定はなかったし、対策を立てることより重要な事はない。

 今までの相手とは違うのだ。


「ではまた」

『うむ。待っているぞ』


 通話を終え、警察署に向けて直樹は走り出した。




「来たか……」


 会議室のドアを開けると、水橋が立ち上がった。

 心と炎、彩香とメンタルもいる。

 久瑠実はいなかった。ほっ、と安堵の息を直樹は吐く。


「……」

「うーん……」


 心が学校の時と同じく引いた瞳を、炎が疑念に満ちた目を直樹に向ける。

 直樹は思わず目を背けた。

 心は謎だが、炎は真相を知っている可能性が高い。


「ん、どったの?」


 座っていた彩香が何気なく直樹の背中を覗き、声を発した。


「う、うわーコイツ」

「どうしたの、彩香」


 隣に座っていたメンタルが、姉と同じ口調で訊ねる。

 彩香は軽蔑の眼差しを直樹に向けつつ、


「コイツ久瑠実と森の中で……」

「待て彩香黙れ!」

 

 直樹は咄嗟に炎の異能を発動させ、彩香に突撃した。

 マジ!? と驚愕する彩香の口を直樹が塞ぐ。

 一瞬の出来事だったので、スプリンクラーは反応しなかった。

 直樹は知らぬことだが、炎を気遣って達也が調整していた為だ。


「えっと……直樹君? 久瑠実ちゃんと何してたのかな?」


 炎が直樹を優しく問い詰める。

 直樹は何もしてない! と目を瞬かせながら弁解した。


「……。あの本みたいなことを……」

「ほ、本?」


 心の呟きに直樹が反応する。

 彩香の隣からメンタルが一冊、小説を取り出した。


「これのこと」

「メンタル!?」


 心が目を見開く。

 直樹が彩香の口を塞ぎつつ、小説のタイトルを見た。

 【美少女といちゃいちゃラブコメハーレム】という題名だ。

 待て、見覚えがあるぞ。


「あれ? これって……」

「……っ」


 なぜか心がメンタルの本を奪い取る。

 直樹が疑問を感じていると、ゴホン! という咳払いが聞こえた。


「すまんがその……時間がないもんでな。早く作戦を立てよう」

「あ……すみません」


 直樹は水橋に謝罪しつつ(私にはないの! という彩香の叫び声が聞こえた)、席に座った。


 水橋はホワイトボードを用いつつ、説明を始める。


「とりあえず、優先事項を設定しようと思う。最優先で阻止せねばならないのは、矢那が撃つとされるDPウイルスだ。メンタル君からの情報で、背部に装備された超電磁砲レールガンから発射されることがわかっている。つまり、第一目標は、矢那のレールガンだ。破壊には細心の注意をして欲しい。レールガンを破壊しても、ウイルスが漏れれば意味がない。……そこで」


 水橋は炎を見つめた。


「破壊には炎君が最適だと思われる」

「私……ですか」


 説明を求める瞳を向けた炎に、水橋が理由を教える。


「君の炎なら、ウイルスを焼き尽くすことが出来るはずだ」

「そうかもしれません。でも、少し問題が……」


 申し訳なさそうに、炎が自分の状態について言う。


「炎弾を飛ばす時、少しチャージしなきゃならないんです。どうもまだ慣れなくて……」

「ふむ。致し方ない。心君かメンタル君、直樹君が護衛するしかあるまい」


 水橋が心、メンタル、直樹と順に視線を移す。


「でも、私達は遠距離から狙撃を行うから、必然的に直樹が炎を守るということに」


 心の指摘に、直樹は構わないぞ、と言った。

 元より、そのつもりである。結局、直樹は前で戦うしか能がない。

 久瑠実の異能のおかげで、敵をかく乱することも可能なはずだ。


「うむ。私も出るしな」

「あなたも出るの?」


 彩香が少し驚いた様子で訊く。

 相性の悪い水橋が出撃するとは思っていなかったからだ。

 それは、この場にいる全員が同じだった。


「ああ。別に戦えないわけじゃないんだ。前衛がいればな。直樹君と炎君には面倒をかけるが……」

「そんなことないです。頑張りましょう!」


 元気よく言う炎。

 ありがとう、と水橋は言い、話を続けた。


「作戦らしい作戦とも言えない。出来ることを出来るだけやるという幼稚なものだが……何としても矢那を倒す。臨機応変に対応してくれ」


 水橋の呼びかけに、全員が頷く。

 一応の方策は整った。後は、時が来るまで出来ることをする。


(……危機的な状況なのに、何とかなる気しかしない。……行けるぞ)


 自分の中に宿る、四つの力。

 それらは、確かに劣化しているのかもしれない。

 オリジナルに比べ、力は劣っているのかもしれない。

 だが、直樹の武器はそれだけではない。

 頼れる仲間。

 強力な仲間達がいる。

 みんなとの絆が直樹の武器であり、力だ。

 ひとりで出来ないこともみんなならば出来る。

 直樹はそう信じて、拳を握りしめる。


「勝てる……勝てますよ、俺達なら」


 胸に秘めた想いが、口を衝く。

 驚いたようにみんなが直樹を見たが、皆すぐに頷いた。


「そうね。勝てるわ」

「うん、勝てるよ!」


 心と炎が意気込んだ。

 

「全くだ。何としても勝つぞ」

「たまにはいいこと言うじゃん」


 水橋と彩香が言葉を放つ。

 直樹とその仲間達は、気合を入れ、勝利を思い描いた。


 

 その光景を一人眺めていたメンタルは、覚悟を秘めた瞳をしていた。

 その覚悟は矛盾している。

 だが、メンタルは知っている。矛盾してこその人なのだと。

 だから、この想いは否定してはいけない。

 例えどんな痛みを受けても、苦しみを味わうことにあっても。

 守らなければならぬもの。

 現実を見ていただけでは、得られなかったもの。

 それらを全て守る為に、メンタルは覚悟する。


(姉さん……アナタの理想を、ワタシは現実から支援する。例え、どんな結果になっても)


 メンタルの視線の先にいた心は、妹の意味深な瞳に気付けなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ