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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第二章 ニセモノ
35/129

トウサツ

 炎がクイーンという異能者に操られた夜、異能犯罪対策部が置かれている立火警察署の会議室で、青髪の女性が仰々しく叫び声をあげた。


「何……!? クイーンだと……よもや……」


 想定外だ、と言わんばかりに狼狽する水橋。

 いよいよ直樹にもクイーンの恐ろしさが実感出来てきた。


「……そんなにヤバいん……ですか」

「そうとも! この世界にある様々な組織がこぞって探している存在だよ! 世界に対し影響力が強すぎる。……まだ推測の段階だが、クイーンは世界にいる全ての人間を操れるといわれてもいる」


 直樹は、炎と会って間もない時、彼女に言われた言葉を思い出した。 


 ――今、異能者の存在によって、世界には様々な疑念や思惑が渦巻いているんだよね。本当は、このメールも信頼出来ないんだ。精神に介入する異能者が達也さんを操っているかもしれない。ううん、もしかしたら、私も……君も――。


 心がどういう人間かわからず恐怖していた頃、唐突に言われた言葉。

 その言葉が実感を持って直樹に襲いかかる。

 クイーン事件は知ってはいた。だが、直樹はどこか他人事だった。

 狙いはあくまで偉い人間だと。自分のような一市民をクイーンが操るわけがない。

 だが、実際は違った。理由こそ不明だが、クイーンは炎を操ったのだ。


「……」

「どうした? 心」


 気を紛らわそうとした直樹は、含みのある視線を向けてくる心に気が付いた。

 しかし、心はすぐに何でもないと言って視線を逸らしてしまう。


「くそ、くそ! 気名田矢那でも手一杯だと言うのに……クイーンまで」

「……矢那とクイーンの目的は確かに一致している。でも、矢那がクイーンと手を組んでいるとは思えない」


 悲観する水橋に、メンタルが声をかける。

 メンタルは、なぜならと言葉を続けた。


「矢那は戦いが好き。だから時間まで指定して、わざわざ立火市でウイルスを放つはず。だから、戦う前に相手の戦力を削るようなことはしない」

「戦闘狂であることが唯一の救い……ね」


 彩香が皮肉気な表情をつくる。


「……矢那がクイーンに操られてる可能性は?」

「それはない。……影響を受けている可能性は否めないけど」


 メンタルは姉の問いを即座に否定した。

 なぜ、と言う目を向けている心に、直樹が付け足す。


「俺もそれであってると思うぜ。ちょっと戦ってみてわかったが、あの女、炎の異能を完璧にコントロール出来てないようだった」

「……確かに五年前も、異能の扱いが不完全だったように見えた……。私が生きていることがその証明」


 もし、炎の兄が完全にクイーンに操られていたならば、心は目を覚ますことなく燃やされていたはずだった。

 そうならず、心が生きているということは、何かしらの不備があったということだ。


「本来のクイーンは、自分で介入するのではなく、相手の目的や意志を捻じ曲げる。そうすれば、相手は自分の技能を最大限に発揮して、敵を斃すだけの駒となるから。でも、今回はわざわざ自分で介入してきたみたい。……姉さんを狙う理由がわからない……」


 メンタルが、異能派がまとめ上げたクイーンについての情報を解説し、首を捻る。

 その場にいた全員が、疑問視することだった。

 心と炎の証言により、クイーンは心を危険視していたらしいことがわかっている。

 だが、それはなぜか。異能殺しがそこまで恐ろしいのか?

 確かに、異能殺しは、メンタルという軍事クローンを作成させるまでに至った。

 だが、それはクローン実験に丁度いいサンプルとして心が選ばれただけともいえる。

 それに……そもそも、心に介入し、その手で自殺してしまえばいいだけのことではないか。


(自殺するとすごい痛いとか? ……ああくそ! もやもやする……)


 直樹がわからず、頭をぼりぼり掻いていると心がみんなに呼び掛けた。


「今は……クイーンのことはいい。それよりも矢那が先。……炎は結局どうなったの?」


 心が炎に訊く。

 すると、うーんと唸っていた炎は、私は大丈夫だよ! と元気よく言った。


「もう、本気の本気! 全力全開で行けるよ!!」


 炎はぐっ! と親指を立て、弾けんばかりの笑顔をみせる。

 そんな彼女は、ふと直樹の方を見て、何かを思い出したように、ぽん! と手を叩いた。


「そう言えば、直樹君の方は?」

「え?」


 質問の意味がわからず、直樹が訊き返す。

 炎はあれ? と首を傾げた。


「久瑠実ちゃんの異能……透明能力だっけ? どうしたの?」

「…………あ」


 直樹は呆けた。

 なんということだ。ただお茶を楽しんでいただけで、異能を複写するのを忘れていた。


「ふむ、急がないとまずいぞ。時間は刻々と迫っている。私が言えた義理ではないが……透明能力をコントロールするにも修練が必要だろう」

「はい……明日には必ず」


 本当の所は今すぐにでも貰いに行きたいところだが、もうすっかり日が暮れている。

 こんな時間に久瑠実の家に押しかけても迷惑だろう。

 そもそも、久瑠実の両親は久瑠実が異能者だと知らないはずだ。下手に行って、家族の絆が壊れるところを見たくはない。


「じゃあ、俺は帰ります。……炎はどうする?」


 炎は今日は無理かなぁ、と直樹に告げた。


「自分の状態を確かめたいし、調べたいこともあるからもう少し残ってくよ」

「そうか。じゃあまた明日な。水橋さんもお疲れ様でした」

「君に比べれば疲れた内に入らないよ」


 直樹は炎と水橋に別れを告げ、会議室を出た。

 心とメンタル、彩香がその後ろを付いて来る。


「……」

「姉さん?」


 メンタルの疑問の声。メンタルは先程から意味ありげな視線で直樹を見つめる姉をおかしく思っていた。

 彩香が、相棒と色違いの少女に言う。


「まーたちょろちょろでお熱な視線を……あだっ!! ひどいよ心!」

「何してんだ……?」


 直樹が後ろを振り返ると、心が相棒の頭を拳でぶん殴ったようだった。

 直樹が初めて二人を見た時から、彩香が何か余計なことをして、心の制裁を受けるという構図だ。

 二人はかなり仲がいいのだろう。直樹と智雄の関係にも似ていた。

 友達っていうのはこんな感じのもの……と言えるかどうかは微妙だが、馬鹿をし合える友達は、一人か二人はいてもいいはずだ。

 だが……炎を乗っ取った女。あれはどうだったか。

 他者を道具として使っても平然としていた。

 直樹が炎から叩き落とした拳銃。クイーンにとって、炎も拳銃も、さほど違いはないようにも思える。

 しかし。


 ――理由なんてあんたはわかりっこない! わかる必要もない! 一生ね!


「……」


 あの言葉が引っかかる。

 直樹が、クイーンに事情を尋ねた時、クイーンが言い放った言葉だ。

 その言葉で、直樹は確信出来た。いや、聞いた者なら誰でもわかったことだろう。

 クイーンも何かしらの理由で動いている。

 そして、きっとただならぬことだ。

 直樹がわかりっこない理由。

 それが何かと推測するのだが、判断材料が少なすぎた。

 そもそも、警察や探偵の真似事を自分が出来るわけがない。

 推理は、暗殺者と諜報員に任せるしかなかった。頼る対象を間違えている気がするが。


「メンタル。あなたはこんな風になっちゃダメよ。図星を指されて、すぐ暴力に……ぐお!」


 再びの打撃音。また心が彩香を叩いたらしい。

 姉が妹に話す声が、廊下に響く。


「メンタルこそ、彩香のようになっちゃダメ。人が嫌がる事をしてはいけない」

「私が殴られて喜ぶ人間だとでも思ってんの!?」

「自分で殴られる原因を作っているのだから、そう思われて当然」


 心の言葉は正論だった。彩香がうぐっ、と言葉に詰まる。


「言いたい事があるなら、はっきり言えばいい」

「そうやって言うとあなたが怒るんでしょうが!」

「あなたが私の嫌がる事を言うから」

「だから――ああもう!」


 会話は堂々巡りだった。

 前で聞いていた直樹は、呆れつつも羨ましいとも思う。

 そういう友達は貴重だ。

 直樹も別にぼっちではないが、智雄に自分の全て――特に異能者だったこと――を話すことは出来ない。

 いや、智雄の性格上、受け入れてもくれそうだが、無用なトラブルは避けねばならなかった。

 そして、それは家族も同義だ。両親にも、妹の成美にも秘密。

 平凡な高校生だったはずの直樹は、平凡とは程遠い場所にいつの間にか立っていた。

 自分で望み、その結果がそれだったとはいえ、ある種の寂しさは禁じえない。

 ……いや、寂しくはないか。仲間がいる。

 炎が、心が、久瑠実が、メンタルが、彩香が、水橋が、いる。

 炎の精神的な支えの浅木さんのように。心の精神的な支えの彩香とメンタルのように。

 直樹の周りに仲間がいる。同志がいる。

 だとすれば、後悔している暇はない。ひたすら前を向き、とりあえず世界を危機から救う。


(……なんか、すごいことに巻き込まれちゃったけど、とりあえずやることをしないと)


 ただ、そのやるべきことが幼馴染の説得とかいうシュールなものなのだが。

 それでもやるしかないな――。

 そう思いつつ、直樹は自動ドアを出た。

 

「メンタル。頼みたいことがある」 


 シューと閉まる自動ドアの先に立つ直樹を見つめ、黒いキャップ帽を被っていた姉が妹に指示を出した事に、微塵も気づく様子もなく。



「ただいま」


 玄関を開けて、靴を脱ぎ捨て、リビングの両親に声を掛けた後、二階の自室に上がる。

 成美は友達の家に泊まっているらしい。

 部屋についた途端、直樹はソファーにだらしなく倒れ込んだ。

 異能を使うと疲れが溜まる。直樹は疲労困憊だった。

 動けるか動けないか聞かれれば動けると答えられるが、それとこれは別だ。


(帰宅部なのにこんな遅くに帰るはめになるとは。しばらくゲームもお預けだし)


 直樹の前には、積まれたゲームや買って少ししか読んでいない小説、作りかけのプラモなどが置いてある。

 我ながらインドア派だと思うのだが、最近はほとんどアウトドアである。

 しかも、異能者と無能者の争いに巻き込まれている。


(ニュースも嘘ついてんなよ……。日本に対する評価ガタ落ちだぞ……)


 確かに無知だった直樹も直樹だが、嘘ばかり述べていたマスメディアや国の罪は大きい。

 真相を知っても国民は混乱すると言われればそれまでだが、それでも何かしらの、もっといい対応策があっただろう。

 

(そういや父さんはニュースなんて嘘っぱちだって言ってたんだよな。父親ってすげえ)


 父親の偉大さを思い知りつつ(まぐれだろうが)直樹は買ってきたパンを頬張った。

 帰りが遅くなる日は、家族に連絡するようにしている。

 両親はきっと、直樹を連日連夜遊び呆けるダメ息子だと誤解していることだろう。

 その方がいいのだが、少し悲しくなる。せめて、バイトとかにしてもらえないものか。


「……あー、ダメだ。気分転換でもするか」


 ごそごそと棚から本を取り出し、直樹は読書に耽った。



 手に持った携帯の画面が、少女の顔を照らしている。

 色白の肌から覗く白銀の眼光が、一軒家を睨んでいた。

 闇夜に目立つ、白いフードが夜風に揺れる。

 少女は携帯を取り出し、素早い操作で起動画面を呼び出す。

 手に持っていた偵察用ドローンが飛翔した。

 指示通り、目標ターゲットへ向けて移動する。

 

『首尾はどう? メンタル』

「問題ない、姉さん」


 姉からの着信。

 メンタルは画面を見つつ、答えた。

 一つの携帯で、姉と会話しながらドローンを操作している。

 対異能殺し用の訓練で、携帯を用いてのハッキングや各種支援機器の操作は手慣れたものだ。

 

『……念のために、周囲には気を付けて』

「大丈夫、姉さん。心得ている」


 言われなくとも、メンタルは周囲に目を光らせている。

 しかし、余計なお世話であるはずのその一言も、メンタルには嬉しかった。

 今までそのような事を言ってくれる人はいなかったからだ。


『しっかし、本当に他意はないんでしょうね』

『他意? 何を言っているの彩香』

『いやだって好きな男の家を盗撮だなんて……』


 へぶ! という声と、打撃音。

 携帯のスピーカーから聞こえた声音に、メンタルは眉を潜ませた。

 またやっている。

 姉と彩香は、かなり仲が良い。

 喧嘩するほど仲が良いという言葉は二人の為にあるのではないか、とメンタルが思ってしまうほど。

 少々見ていて不快な想いが生じたが、人の心について学んでいるメンタルは、それは嫉妬という情動だと結論付けた。

 

「……フッ」


 ちょっと複雑な気分ではあったが、悪い気はしない。

 それだけ、普通の人間に近づいているということだろう。

 偽物クローンが本物になれるとは思っていない。

 だが、それに近づく事は出来るだろう。

 メンタルという、独自な存在になることは出来るはずだ。

 そうすれば、死屍累々と積まれた――自分が殺した姉達に、多少なりとも報いることが出来るのではないか。


(その為に、復讐をしようとしたはずなのに……今はその対象が別の相手と仲良くすることに嫉妬している……。フフッ。矛盾……矛盾している)


 だが、その矛盾を抱いてこその人間だ。

 多くの本物にんげんが疎ましく思うことを、一人の偽物クローンは嬉々として受け入れていた。

 

『メンタル?』


 笑いを漏らしていた妹に、姉の訝しむ声が聞こえる。

 メンタルは、心を安心させる為、進捗状況を伝えた。


「姉さん。今ドローンが、目標地点に到着した」


 ドローンから送られてくる映像が、メンタルの携帯画面に表示される。

 二階建の、何の変哲もない一軒家。その一家の全体を見るように、ドローンを動かす。


「神崎成美はいない模様。両親はリビングでドラマ鑑賞中」

『そうっぽいね。今リンクさせた』


 彩香がリンクを済ましたようだ。

 これでもう、メンタルは逐一状況を報告する必要はない。

 だが、それでも言葉を続けつつ、ドローンを目標ターゲットがいる部屋へと操作した。


目標ターゲットへと接近する」

『お願い』


 姉の言葉。携帯を操作するメンタルの指に力がこもる。

 操作を誤ることなく、ドローンは部屋の窓側に到達した。

 カーテンが窓を覆い隠していたが、偵察用ドローンにそのようなものは通用しない。

 部屋の中は丸見えだった。


「目標を発見。目標は……神崎直樹は……」

『直樹は……?』


 心もメンタルと同じ光景を見ているはずだが、これまたメンタルと同じように何をしているかわからないらしい。

 窓側に背を向け、床に座り込み、何かもぞもぞと動いている。

 何をしている……?

 疑問を感じたメンタルは、自分の知る知識を引っ張り出す。

 検索に引っかかった。

 まだ結論が出ない姉に、メンタルが教える。


「わかった。神崎直樹は自慰行為をしている」

『……っ!!』


 驚愕する姉の声がスピーカーから響いた。すぐさま、爆笑する声が聞こえてくる。


『アッハハハハハハハッ! そうだね、男の子だもんね!』


 彩香が笑っているが、直樹に対して笑っているというよりも、そんなものを見ることとなった心に対し笑っているようだった。

 しかし、彩香のように笑う気分に、メンタルはなれない。

 自慰行為自体は人間という存在故に仕方がない。

 だが、今日、メンタルは初めて姉にお願い事をされた。

 その事を密かに喜んでいたのだ。初めて、姉に頼られたと。

 その結果がこれである。

 姉はこうなることを予想していたのか? その可能性は高い。

 姉は凶悪な異能者を震え上がらせる暗殺者“異能殺し”。

 意図せずの偶然で、このようなものを見せるはずがない。


「これが姉さんの見せたかったモノ……」

『……っ! ちが』

「わかった、姉さん。しかと目に焼き付け……」


 とそこまで言ってメンタルは自分が間違いだったことに気付いた。

 指向性マイクが、直樹の音声を捉える。


『はあ、やっと取れた。何でベッドの下なんかに携帯が潜り込むかな……』

「……訂正。神崎直樹は携帯を探していた模様」

『……』


 沈黙する姉。

 反対に、大爆笑し続ける彩香。


『彩香……あなた全部見えてたわね』

『くっふふふふ! いや? 全然?』

『……っ! まぁいい。で、神崎直樹に変わった様子は?』

「変わった様子……」


 メンタルは画面を横持ちにして注視する。

 具体的に何が変わった様子かはわからない。

 だが、訓練マニュアルに載っていた一般人のそれと、直樹は変わりないように見えた。

 そして、それを尋ねた心も同じ結論に達したのだろう。


『何もなさそうね……』

「……強いて言うなら……」


 メンタルは、画面をタッチして気になる部分を拡大した。

 

「この、【美少女といちゃいちゃラブコメハーレム】っていう本が気になる」

『……何それ』


 姉の若干引いた反応。

 ぐふふ、という彩香の笑い声とセットだ。


「背表紙に書いてあるあらすじを見る限り、平凡な少年である主人公がなぜかいろんな少女……ただし美少女に限る、にアタックされるお話。シチュエーションは様々で、初対面の人間とキスしたり、廊下を歩いてたら後ろから抱き着かれたり、スク水少女の胸を揉んだり」

『め、メンタル! 解説しなくていいから!』

「姉さんが読みたいなら、帰りの道中、書店で……」

『買って来なくていいから! ……直樹が何もないなら、家族の様子は?』

「……待って」


 メンタルは今一度リビングへドローンを動かした。

 先程と同じく、ドラマを見ている。刑事ドラマで、犯人を捕まえ動機を暴く山場のようだ。


「特に変化なし。もう一度……」

『なら、もういい。帰ってきて』

「……姉さん?」『もういいの? 結構面白いよ?』


 メンタルと彩香の言葉が被る。

 心の意図が二人ともわからない。


『……様子に変化がないなら、それでいいの。寄り道せず真っ直ぐに帰ってきて』

「……わかった」

『ね、ドローンはそのままにしてもうちょっと……』


 彩香が好奇心に駆られた声を上げる。

 だが、心は許さなかった。勝手にドローンの操作を奪い、自宅に帰還させる。


「……じゃあ、姉さん。また後で」

『うん。また』


 メンタルは携帯を仕舞い、帰路に着いた。

 たまたま、通り道にあった書店に立ち寄ったのは、気まぐれだ。

 以前読んだ妹らしさというバイブルにも、妹は姉を困らせるものとあった。

 なので、メンタルは【美少女といちゃいちゃラブコメハーレム】を買っていく。

 純粋な興味もあった。

 姉が好いている神崎直樹という人物がどんな人間なのか。

 このような書物で全貌がわかるとはとても思えないが、足しぐらいにはなるだろう。


「……黒髪の美少女……少し姉さんに似てる……? こっちは草壁炎……」


 道を歩きながら読んでいると、登場人物が身近な人間に少し似ている事に気が付いた。

 もしや直樹はそれが所以でこの本を購入したのだろうか。

 だとすると……。


「ワタシもいる。……ワタシは、混浴露店で主人公と偶然出会って……ふむ。ただ恥ずかしがって終わり? おかしい。前読んだ本では――」


 メンタルは、やけに裸体の多く、秘所にモザイクが掛かっている本を思い出しつつ、帰宅した。


 

 家に帰ったメンタルは、真っ先に姉の部屋に向かう。

 部屋では、心と彩香がノートパソコンをいじっていた。

 姉に本を差し出すと、心は何で買ってきたの! と困った様子で言い放つ。

 普段冷静な姉の、困り果てた顔。少し楽しいかもしれない……と思いつつメンタルは本を手渡す。


「っ! こんな本なんて……」

「姉さんに似たキャラが出ていた」

「……えっ」


 本を隅にあるゴミ箱に叩きつけようとした心の手が止まる。


「草壁炎も。彩香にも。水橋にも。久瑠実にも」

「……本当」「うわっ、マジだ」


 パラパラと本をめくった心が驚き、彩香が若干引く。


「ワタシに似たキャラもいた。直樹は、そのせいでこの本を買ったのかもしれない」

「……あいつにハーレム願望があるってこと?」


 彩香の問いに、メンタルが頷く。


「その可能性は否めない。ワタシ達全員を……」

「ハーレムに? まさか。たまたま偶然……」


 心が弁明するが、突然、っ!? と狼狽し、本を落とした。

 開かれたページは挿絵だ。心に似たキャラが主人公とベッドで寝ている。

 黒髪のその子は、とても幸福そうな顔で主人公を見つめていた。


「……姉さんのキャラはいわゆるヒロインらしい。頑固なクール系。でも、落ちるのが速くて……」

「解説しなくていい!」

「聞いといたら? まんま心じゃん」


 そんなことない! と怒鳴りつつ、本を拾い上げた。

 結局その小説に関心があるらしい。


「……」


 今度は石化したように固まった。

 メンタルと彩香が脇から覗きこむと、心に似たキャラと炎に似たキャラが……キスをしている。


「そこは、主人公を取り合った二人が、同じ人を想う同志として共感し合い、仲良くなった所」

「仲良くなりすぎてない? これ。百合になってんじゃん」


 彩香が突っ込みを入れる。

 メンタルが逐一解説を述べた。


「そう。一つの目標に向かって努力する少女達は、お互いを愛し合うようになった。そして、皆が幸せになる結末を求めて、共にハーレムを――」

「……これが、直樹の好きなものなの……」


 茫然と呟く心。

 風が吹けば砂となり、存在が掻き消えてしまいそうだ。


「その可能性は否定できない。人の趣味嗜好は所持品に反映される」


 長らく人間について学んできたメンタルの主張。

 その主張はとても説得力があった。少なくとも、混乱している今の心にとって。


「私と炎がキスすることが?」

「……彩香を見ればわかる。女性が男と男の絡みを見ることが好きなように、男性も女と女の絡みが好きなはず」


 そ、そういうものなの、と動揺する心は納得した。

 自分は全くBLに興味がないというのに。


「じゃあ、矢那の件が片付いたら、私は炎とキスを?」

「すればいい。きっと、神崎直樹は姉さんを好きになる」

「……そんなわけない……と思うけど、面白そうだし黙ってよう」


 彩香の呟きは、平静に話すメンタルと、どこかおかしくなっている心には聞こえなかった。


「わ、わかった……?」


 疑問系で納得する心。

 そんな姉を平静に見守るメンタルは、突然話題を変える。


「姉さん、なぜ直樹の家を監視させたの?」

「……」


 その言葉を受けて、壊れていた心はすぐさま冷静になった。

 こうもあっさり切り替えられるということは、仕事モード、異能殺しとしての狭間心である。


「一つ、疑念があった」

「疑念?」「なにそれ」


 メンタルと彩香の言葉が再び被った。

 だが、心は二人を不安そうに眺めた後、首を横に振る。


「今は教えられない。時が来るまで待って欲しい」


 その顔は、二人を心配している様子だった。

 メンタルは心について、他の誰よりも知っていると自負している。

 そもそも、遺伝子レベルで同じなのだ。

 なぜか髪の色が変わっていたが、違いと言えばそれだけ。

 いや、まだあった。心情と、主義だ。

 メンタルは現実主義だが、心は理想主義。

 故に、メンタルは心の妹となった。

 メンタルは薄々、このまま復讐を果たしても自分は死んでしまうことに気が付いていた。

 心の妹になることをあっさり承諾したのも、自分が生きたいという生存欲求に従ってのことでもあった。

 そんなメンタルは心が優しく、一人で背負い込む性格だと言う事を知っている。

 だが、その性格が徐々に変化していっていることも。

 神崎直樹と草壁炎の存在が、本来の彼女に戻そうとしている。

 

「……わかった、姉さん。でも、必ず教えて」


 メンタルは心の願いを了承した。

 今の姉ならば、時が来たら教えてくれるはずだ。

 そして、一年間共に過ごした相棒も、同じ考えに至ったようだ。


「今度は家出はなしよ、心」

「わかってる、彩香」


 信頼の眼差しで見つめ合う二人。

 きゅ、とメンタルの胸がちくりとした。

 また、嫉妬が湧き起こっている。

 メンタルは、嫉妬心に従い、仲睦まじげな二人に向けて言葉を発した。


「ちなみに、姉さんのキャラと彩香のキャラもキスをしていた」

「……」

「おーっと? どうしたのかな、マイパートナー? よもや私とキスすれば直樹が落ちるとでもぎゃあ来るな!」


 ぎゃああ! と部屋から逃げ出す彩香を、心が、可能性はある……とすがるような声で呟きつつ追いかける。


「……フッ」


 メンタルは、ドタバタと駆けまわる二人分の足音を聞きながら、ほくそ笑んだ。

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