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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第二章 ニセモノ
34/129

カイホウ

「ん……?」


 喫茶店のテラスで久瑠実とお茶を楽しんでいた直樹は、遠方を仰ぎ見た。

 何か音が聞こえた気がしたのだ。

 そして、燃え上がる炎の柱を目撃し、気のせいでなかったことを知った。


「あれは……まさか!」

「直ちゃん……?」


 急に立ち上がった直樹を、久瑠実が不思議そうに見上げる。

 先程まで共に幼馴染トークを楽しんでいたのだ。不審がるのも無理はない。

 だが、直樹は嫌な予感がしており、久瑠実に構う余裕はなかった。

 こういう嫌な予感は良く当たる。直樹の、ちょっとした人生経験で得た経験論だ。


「すまん、久瑠実! ちょっと行ってくる!」


 直樹はそう言い残し、走り去っていく。

 一人残された久瑠実は苦笑しつつ、言葉をこぼした。


「直ちゃん……やっぱり変わらないなぁ……」





 煌々と燃え盛っている炎。

 もし、その情景を何かに例えよと言われたら、多くの人間が地獄と答えることだろう。

 一面の火。酸素を求めて燃える炎。

 火の海の中に、心はいた。


ほむら……っ」


 息をするのさえ苦しい。

 心が吸うべき空気を、炎が奪っている。

 代わりに、人体に害を成す煙を寄越していた。

 煙を吸わないように姿勢を低くしていたが、それでも完全に遮断することは出来ない。

 煙を吸って、心は咳き込んだ。


「……メンタル……彩香……」


 妹の名と、相棒の名を呟く。

 周りを包む炎のせいで、何も見えない。

 紅蓮の壁に、心は囲まれている。

 その紅蓮の壁を、悠々と歩く人影。

 ゆらりゆらりと、ゆっくり近づいてくる者。


「炎……」


 自分を親友と呼んでくれた者が、近づいてきている。

 心は友に立ち上がって応えることが出来ない。

 いつもならば、炎は嬉々とした笑顔で、心に近づいて来ていた。

 今のような、邪悪な笑みを浮かべてはなく。

 純粋に、友達と会えた喜びの笑顔で。

 

「……っ!?」


 心に奇妙な感覚が湧き起こった。

 フラッシュバック。デジャブ。

 以前、この光景を見たことがある。

 正夢か、昔の記憶か。

 前者か後者か、すぐにわかった。

 五年前。自分の家族を殺した男。

 その男と感じが似ている。

 男が、炎の兄だったからではない。

 炎が、男の妹だったからでも、もちろんない。

 

「まさか……あの時も……あの時の犯人が……」


 ずっと疑問に思っていた。

 炎から炎の兄の人となりを聞いてから。

 どうしても、彼女の兄が自分の家族を殺すとは思えなかった。

 異能殺しとして推測出来たかもしれない事柄も、狭間心としては考え付くことが出来なかった。

 だが、今ならわかる。

 炎の兄は、今の炎と同じく、操られていたのだと。


「私の家族を殺したのは……お前か!」


 心は、確信を持って言い放った。

 炎が、いや、炎じゃない別の誰かが、そうよ、と笑いかける。


「ご明察。あなたの家族を殺したのは、草壁一成じゃない。この私」

「お前は……誰だ!? ……ゴホッ」


 そろそろ、限界が近い。

 頭がガンガン痛んできた。

 心は、頭痛に耐えながら、炎を、その中にいる何かを、睨み続ける。

 デバイス使用は不可能だ。

 酸素を求めて、身体が重たくなっている。

 激しい運動する為には、それ相応の酸素が必要となる。

 下手にデバイスを使えば、酸素不足で炎の中で気絶しかねない。


「私は裏方の人間だから、自己紹介はしないわ。影の支配者みたいなものだし」

「影の……支配者……?」


 あらいけない、と炎を操ってる何かは、口元に手を当てた。


「少し口を滑らせてしまったかも。まぁ、今から死ぬあなたには関係のないことよ」

「……なぜ……私を……?」


 心は質問を変えた。

 今、目の前に立つ何かに訊きたいことはたくさんある。

 何者なのかも気になるが、自分を殺そうとする動機が知りたかった。

 その動機は、同時に家族を殺した理由にもなりえるから。


「――危険、だから」

「……き、けん……?」


 危険? それはどういうこと?

 心の中に疑念が渦巻く。

 自分が狙われる理由のない無実の人間だと思っていない。

 汚らしい暗殺者。異能者に畏怖の念を起こさせる異能殺し。

 狙われる理由、襲われる原因は山ほど思いつく。

 しかし、ここまでする必要があるのか。

 確かに、自分は強い。強くならなければ生き残れなかった。

 だが、あくまで単一の強さだ。武装を用いて、暗殺術を駆使しての評価。

 心自身の異能はあまりいい物だとは言えない。

 再生能力とはいえ、再生を上回る破壊がもたらされれば死ぬのだ。


「……ぁ……」


 思考が、中断する。

 視界がぼやけてきた。

 息が出来ない。

 全てが遠のいていく。

 白い空間に自分が呑まれていく。


「……あら――」


 炎は、心の目の前に落ちている黄金の拳銃を見つけた。

 懐かしむような顔で、その銃を掴む。


「私を阻んだ黄金色。多くの人間が望む、理想。儚く脆くて、人はみんな憧れる。そして、すぐに知る。現実を」

「……」


 心は言葉を発することも出来ない。

 息を吸おうとして、肺が締め付けられる。

 陸地にいるのに、海の中にいるかのようだった。

 実際に海にいる。白い海の中に飲み込まれそうになっている。


「この銃を持つ人は、みんなそう。あなたのお父さんも、そして、あなた自身も。どうにもならない現実を知っているくせに――夢を持つ。誰も無理強いをしていないのに。何もしなければ死ななかったのに。で、結末がこれ。自分が救った人間に――わかり合った相手に――」


 炎は理想郷ユートピアを心の頭に向けて、言い放つ。


「殺される……何っ!?」


 炎は、突然苦しみ出した。

 炎の中で、何かと何かが争っている。


(ほ……む……ら)


 心は苦しむ炎を見ながら、目を閉じた。




「くっ……! 抵抗するなぁ!」


 それは、おかしな光景だった。

 ひとりの少女の右腕を、左腕が掴んでいる。

 そのせいで、銃口は明後日の方向を向いていた。

 殺そうとする意志と、救おうとする意志が、争っている。


「あの兄が兄なら、妹も妹ね! お前の兄が最期に抵抗したせいで……狭間心を逃した!」


 炎が、自分自身に向かって怒鳴る。

 苛立たしげに叫ぶ。完全に奪ったはずの身体が、思い通りにならないことに。

 このような人間はごくまれにいる。

 他人を想う気持ちなどというふざけたものを使い、抗ってくる。


「何が思いやりよ! この世界の人間の何人がそんなものを持ち合わせてるって言うの!!」


 まるで世界の人間全てを知ったような口ぶりで、炎が叫んだ。

 炎は、左腕を右腕から引きはがし、左腕を銃床で殴りつけた。


「……っ!! ……ふ、フフ……これで、全て終わり」


 痛みに顔をしかめつつも、理想郷ユートピアを気絶する心の頭に突きつける。


「理想は終わり……夢も終わり……後は……異能者による暗黒郷ディストピアが出来上がるのを待つだけ……」

「止めろ炎! 心を傷付けちゃダメだ」


 今まさに引き金を引かんとしたその時、炎である何かは神崎直樹の声を聞いた。





「……っ」


 炎が息を呑んでいる。

 よくはわからないが、意識はあるようだ。

 燃え盛る紅蓮の中、炎の異能で守られている直樹が、炎に呼び掛けた。


「止すんだ炎! お前はそんなことしないだろ!」

「……何で、こんなところにいるのかなぁ……」


 炎は、心から直樹の方へ向き直る。

 直樹は、心の様子が心配だったが、炎を説得する方が先だと思い、言葉を続けた。


「もう一度思い出せ! 自分の想いを! 自分が何をしたかったのかを!」

「……ちっ。的外れの説教か……」

「……え?」


 直樹は炎が舌打ちをしたことに驚いた。

 普段の彼女が今のような、苛立たしげな舌打ちをすることはない。まだ、直樹が知らないだけかもしれないが……。


「ううん、何でもないよ。何で、あなたがここにいるの? ここは、あなたが来るべき場所じゃないよ?」


 炎は、にっこりと直樹に微笑みかけた。


「どうしたんだ、一体! 何があった!?」

「何も。何もないよ、直樹君」

「そんなはずないだろ! 一体……」

「本当に、本当だって」

「嘘つくな! お前は……」

「……嘘じゃない……って……ああムカつく!」


 直樹が何度も問いかける。

 すると、炎はイラっとしたような表情になった。

 拳を握りしめ、直樹に向かって怒鳴る。


「うるっせえええんだよ! つべこべ言わずいちゃこらデートしてろよ!!」

「っ!?」

 

 炎が、キレた。

 いや、本当に炎か?

 直樹は疑問を感じた。

 今目の前にいる彼女。それは本当に草壁炎なのだろうか。

 確かに、見た目は炎そのものだ。

 だが、中身は?

 内なる自分とやらに支配されたのか?

 いや、だとしても性格がおかしすぎやしないか?

 炎が暴走した時――水橋曰く、灼熱の炎になった時――無感情になり、全てを灰にする機械のようになったはず。

 だが、今の炎は、感情を持ち、直樹に語りかけてきている。

 

(……何か、何か変だ)


 妙な感覚だった。

 直樹は、炎をじっと観察する。

 似たような状態の人を見たことがある。

 炎の脇で倒れている心。彼女が精神に干渉出来る異能者にやられた時も、おかしかった。

 いや、そもそも自分自身で似たような暗示を受けていたことさえある。

 その時の直樹は、変なことを言っていたと炎に聞いている。


(異能について知る前はそんなことを考えもしなかったけど……)


 直樹はとにかく確かめることにした。


「お前……本当に炎か?」

「……うん、そうだよ、直樹君」


 炎ははっとした後、作られたようなぎこちない笑顔に戻った。

 さて、どうすればいいか。

 直樹は考えたが、いい案が思いつかない。

 とりあえず、質問することとした。


「何でこんなことするんだ?」


 ありきたり過ぎた質問。炎は呆れたように肩を竦ませて答えた。


「復讐だよ。お兄ちゃんの」

「そんなことしないんじゃなかったのか」

「……、やっぱり赦せなくなっちゃったんだ。仲良くなったけど、耐えられなくなっちゃった。直樹君も似たような経験ない? 仲良くなったはいいけど、ある時疎遠になって、それ以降は全く連絡も取らない。使い捨てのトモダチ……ってこれはちょっと違うね。アハハ」


 話ずれちゃったと、はにかむ炎。

 ……やはりおかしい。直樹は違和感を感じていた。

 少なくとも、炎はこんなことを言わない。

 直樹の知る炎は、友達を大切にする。使い捨てのトモダチなどと言う言葉が出るはずもない。

 まるで――他人は道具だとでも思っているかのような感覚がした。


「ハハハッ。とにかく、直樹君は久瑠実ちゃんのとこ、帰った方がいいよ? 子供みたいな理想主義者は、私の手で処刑しとくからさ」

「……そんなこと言われて、俺が帰ると本気で思ってんのか?」

「帰るでしょ。いる理由がないもの」

「炎……いや、お前は炎じゃない……」


 直樹は炎、いや、炎の中にいる誰かに向かって叫んだ。


「お前が誰だかは知らない! 何が目的かも! どうでもいい! とにかく、炎を返せ!」

「はー、うるっさい」


 直樹が拳に炎を纏わせつつ言うと、炎はやれやれと言った風に、嘆息した。


「今のあなたは本当のあなたじゃない……他人から異能を少し借りただけの、弱い異能者。フフ……複写なんて力を貰って調子に乗っちゃった? 器用貧乏になるのが目に見ているのに」

「……いいじゃねーか、器用貧乏! 貧乏でも器用なら生き残れるぜ!」

「……はぁ。この子の異能を使うと、知能レベルも落ちるんだったわね。だから、そんなバカなことを言う。面倒くさい男」


 説得は無駄ね、と炎の中にいる者は、結論を付けたようだ。

 直樹には目もくれず、ユートピアで心を射殺しようとする。


「やらせねえ!」


 直樹は炎の異能で、跳んだ。

 炎に向かって、一直線。最大出力で跳躍する。


「銃の方がはや……っ!?」


 紅蓮のカーテンを掻き分けて、炎が銃撃を受けた。


「助かる!」


 恐らくはメンタルだ、と思った直樹が礼を述べる。

 炎に辿り着いた直樹は、炎から銃を叩き落とした。


「くっ……格闘戦は苦手なの!」


 炎は直樹から距離を取った。

 だが、その動きはぎこちない。

 まるで、コントロール出来ていないような――。


(そうか! もし今炎を別の誰かが操ってるのだとしたら、そう簡単にコントロールなんか出来ない。何せ、俺も最初は戸惑ったからな)


 全ての異能者が、最初に直面する問題。

 自分の力の制御。コントロールに失敗すると、最悪死にかねないからだ。

 コントロールする為には経験が必要だ。短期か長期かは別として。

 傍から見てる分にはわからないだろうが、異能の操作とは想像以上に大変なのだ。

 

「……炎から出て行け!」


 悪いと思いながら、直樹は炎に向かって殴りかかる。

 力こそ上だったが、不慣れな身体に戸惑う誰かに追いつくことは容易だった。


「くっ! 何で――」

「お前は何でこんなことをする!? 理由がわかれば」

「理由なんてあんたはわかりっこない! わかる必要もない! 一生ね!」


 捨て台詞のように吐き捨てられた言葉。

 炎は手を直樹に翳した。だが、何も起きない。

 忌々しく歪んだほむらの顔に、直樹のほのおの拳がさく裂した。




 旧ゴミ処理場を真っ赤に燃やし尽くした炎の海は、何事もなかったかのように消失した。

 この場にいるのは、気を失った心、直樹が支えている炎、心に駆け寄った彩香と、暗黒郷ディストピアを構えているメンタルだけだ。

 炎の中から、誰かは出て行っただろう。直樹はそう予感していた。


「心! しっかり!」


 心を介抱する彩香。だが、心は目を覚ます様子がない。

 直樹は心配になってきた。再生能力があるからと高を括っていたが……。


「……メンタル、どうした?」


 凄みを利かせた視線で、メンタルが近づいてくる。

 何事かと思った直樹は、すぐに声を荒げることなった。


「メンタルっ!?」

「姉さんを殺そうとするならば――」


 メンタルはディストピアを炎に向けていた。

 直樹は慌てて、銀色の拳銃の銃身を掴む。


「よせ! 炎はもう炎だよ」

「信用出来ない」

「信じろよ、仲間だろ?」

「……」


 メンタルが大人しく引き下がった。

 ふぅ、と安堵した直樹の耳に、ん……という炎の呻く声が聞こえてくる。


「炎……起きたか」

「……な……おき……くん……私は……」

「……何か悪いモノに憑りつかれてただけさ」


 直樹が言うと、炎は自分の身に何が起きたのか思い出したようだった。


「心ちゃん……心ちゃんは!?」

「……それは……」


 直樹が心に目を向ける。

 心はまだ起きなかった。

 まさか、死んでしまった?

 そのような考えが頭をよぎる。

 そして、頭を振った。弱気になるのは俺の仕事じゃない。

 

「心ちゃん……そんな……」

「まだだ! ……心を信じようぜ」


 直樹は不安を押し込んで、まともに歩けない炎を支えながら、心の元へ歩いて行った。




 炎が熱くて、とても眩しい。

 灼熱地獄。もし、地獄という場所があるというのならば、このような場所ではないかと思った。

 なぜ、自分はこんな場所に立っているのか。

 死んでしまったからなのか。

 

 ――あなたの理想は、結局絵空事だ!

 ――やめろ一成君! 正気に戻れ!


 声が聞こえて、それで悟った。

 これは夢だ。

 五年前のあの場所。家族と過ごした大切な家。

 それが全て――幸せも何もかも――燃えて、無くなった日。

 心は、夢で、 “あの事件”を追体験していた。

 全てのはじまり。

 何の変哲もない女の子を、暗殺者“異能殺し”へと変貌させた、全ての発端。


(……この後、私はドアを開ける)


 異変を感じ取った幼い心は、二階の自室から一階のリビングへと向かった。

 その時の事を、鮮明に覚えている。

 忘れられるはずがなかった。辛く、厳しい時、その光景が何度も想い起こされた。

 ガチャ、とドアが開いた。

 自分の前に立つ、パジャマ姿の幼い心が、高校生の心の代わりにドアを開けたのだ。

 

「っ!! 行ってはダメ!」


 心は幼い自分に手を伸ばした。

 そして、手が透け、どう足掻いても触れることが出来ないと悟る。

 故に、言葉で自分に言い聞かせた。


「あなたが出てったせいで、お父さんは!!」


 しかし、幼い心には、声が聞こえることはない。

 代わりに、幼い自分が父を呼ぶ声が聞こえてきた。


『お父さん?』

「……っ! よせっ!!」


 ――デバイス――

 ――私の攻撃を避けたら、あなたの大事な子供はどうなるのかしら?

 ――何っ!?


 一成が、幼い心に向けて手を翳す。

 次何が起こるか、心には手に取るようにわかる。

 心は即座に理想郷ユートピアを取り出そうとして、ホルスターに収まってないことを知る。


「……な……や、やめ」


 ――心! 生きるんだ!

『お……おとう……さん……?』

「やめてぇ!!」


 心の前で、幼い心を庇った父親が燃えた。

 一成が放った炎の弾のせいだ。


『お父さん! ……っ!!』


 幼い心が、恐怖に身を竦ませる。

 一成が近づいてきたからだ。


「く……くっ! ああああ!!」


 心が拳を振りかざす。蹴りを見舞う。

 一成に当たるはずの打撃は、一切の感触を感じさせなかった。

 手ごたえを感じなかった心は、右袖から暗殺用の小型ピストルを取り出し、一成に向かって銃撃する。

 パンパンと連続して銃撃音が響く。

 直後に、カチ、という弾切れを知らせる音を聞いた。


「ぐ……! 何で!!」

 

 ピストルを捨て、腰に差してある警棒を抜き、頭に向かって殴りかかった。

 左袖に仕込んであるナイフで、一成に向かって斬りかかった。

 腰のバックパックに仕舞ってあるグレネードで、一成を爆破した。


「……っ!! どうして!!」


 だが、一成は傷つかない。

 心の抵抗も虚しく、一成は幼い心に辿り着いた。


 ――後はあなたを殺せば……何っ!?

 

 一成が揺らいだ。頭を抑えて。

 その時、幼い心は、床に転がっている黄金色を見つけた。


「取るな……取るな!!」


 心の叫びを聞かず、幼い心は理想郷ユートピアを手に取る。

 全ての結末を知っている心には、幼い自分が何を思っているか知っていた。

 生きる。父に言われた言葉に従い、生きる為に殺したのだ。


「その人は……操られただけ! 殺しちゃダメ! 足を……足を撃てば……っ!!」


 幼い心は、心の言う事を聞いてはダメだと教えられているかのように、一成に向けて引き金を引いた。




「……っあ!?」

「よ……良かった……」


 最初に心の目が捉えたのは、安堵する相棒の顔だった。

 嫌な夢から覚めたらしい。

 

「姉さん!」


 次に妹の叫び声。自分と瓜二つ、色違いのメンタルが、彩香と同じように心を覗き込んでいる。


「目を覚ましたのか!? 良かった、本当に良かった」

「……直樹」


 妹の後ろで、弾けんばかりの笑顔で喜ぶ男を、心は目視した。

 そして、その横で支えられている少女に目を移す。


「炎っ!! 大丈夫!?」

「……っ。心ちゃんも!!」


 炎は最初こそ、躊躇いを見せていたが、心にふらつく足取りで近づいた。

 心も一瞬、逡巡したが、すぐに立ち上がって、炎に歩み寄る。

 二人とも、互いが互いを気遣った。前回と違うのは、もう変な遠慮をしない所だ。


「……真相がわかった。……炎の兄は誰かに操られていた」

「……うん。私もそう思う。なにせ、私自身、操られたから」

「問題は誰か、か」


 傍で聞いていた直樹が呟く。

 それを聞いて、彩香が悔しそうな声を漏らした。


「さっきから何度も試してるんだけど、失敗するのよね……」

「……」


 心は顎に手を当てつつ彩香に目を当てる。

 はたして、それは失敗だったのか。

 心は、以前彩香が透視した直後に記憶を喪ったことを思い出していた。

 もし、あれが、今回の件と無関係じゃなければ――。

 ……。

 ……待て。あれは、誰を透視した時になった?

 

「……」


 心は熟考し始め、妹の声で我に返った。


「姉さん。ワタシはその犯人に心当たりがある」

「本当!? メンタル」「本当なのメンタルちゃん!!」


 心と炎は息をぴったり合わせて、メンタルに訊ねた。


「……こんなことならさっさと言っておくべきだったけど……。……その人物の名は……」


 メンタルにその場全員の視線が集まる。


「わからない」


 メンタルが発する名前を聞き漏らすまいとしていた全員が拍子抜けした。


「だから溜めて出来ない宣言やめてよ!」


 期待を裏切られ、少し怒った様子で言う彩香。

 メンタルはごめんなさい、と謝った後、


「でも、暗号名コードネームならわかる」


 と言った。


「……それって……?」


 直樹が、みんなの気持ちを代弁する。

 メンタルがゆっくりと口を開いた。


暗号名コードネームはクイーン。これからは異能者の時代という宣言をした、正体不明の女性」


 その名前を聞いて、事情のわからない直樹以外が息を呑んだ。

 クイーン。恐らく精神に干渉する異能者。

 この街にいた高木祥子など霞んで見えるほどの。

 世界最強と言っても過言ではない異能者を示す、呼び名だった。



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