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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第二章 ニセモノ
33/129

トウイツ

 草壁炎は、暴走の危険を孕む凶悪な異能者である。

 感情が不安定になると同時に、異能のコントロールも疎かになってしまう。

 心理的側面と、異能的側面は連動している。

 故に、兄と言う支えを喪った時、草壁炎は暴走した。

 全てを燃やし尽くしてしまえという内なることばに従ったのだ。

 そのような声が聞こえたこと自体は異常ではない。

 人である限り、善なる部分と悪なる部分を持つ。

 問題は、その声に耳を傾けてしまったこと。抗えず、学校を一つ焼却してしまったこと。

 例の事件を受けて、炎は自分の中にいる悪なる自分を封印した。

 絶対にそのことばを聞いてはならないと。みんなを傷付けてしまうから、と。

 私の力は、みんなを守るためにあるものだ。みんなを傷付けるためじゃない、と。

 しかし、その封印は、新垣達也の死によって、あっさり解けてしまった。

 既に、二度暴走している。

 メンタルと戦った時。矢那と戦った時。

 本来ならば自害すら考慮してしまうほどの衝撃を、炎に与えている。

 それでもなお、生き続けているのは、死は逃げだと思っているからだ。

 死んで罪を償うこと。それは草壁炎にとって、罰にはなりえなかった。

 確かに辛い。死は悲しいし、痛い。

 炎は二度、大事な人間を喪っている。

 身近な痛みだった。慣れることのない、壮絶な痛み。

 しかし、炎が死んでもしまうと、二度とその痛みを感じることはない。

 もしかすると天国や地獄が本当にあって、永劫地獄の業火に焼かれ続けるかもしれないが……そもそも、炎に宿る異能は、炎をエネルギーとして吸収出来る。

 地獄に落ちた所で、地獄の業火とやらは炎に効き目がない。

 ずっと、シャワーを浴びているような感覚を味わうだけだ。

 もちろん、全てが仮定である。

 炎に合わせて氷水のプールに変えるかもしれない。

 だとすれば、炎にとっては地獄だ。地獄の業火などよりずっともっと。

 だが……例え死んでも、炎は楽になるだけだろう。

 みんなを救う。みんなを助ける。

 そんな責務から解放される。力を持つ者故の責任から。

 

 それは嫌だ。

 私は私を、自分の異能をみんなの為に役立てたい。

 だから生きる。

 だから――自分の内なる声にも、抗ってみせる。

 私は、自分自身と向き合う――。


  

 ――させない。

 

 炎が決意した瞬間、自分であって、自分ではない声が聞こえてきた。

 

 ――あなたは全てを燃やす。全て灰にする。それがあなた。

 ……いえ、私だ。草壁炎だ。絶対に逃しはしない。あなたを本来の形に……。

 灼熱なる紅蓮に……理想を打ち砕く太陽に――。

 



 喧しい音でなった目覚ましをぶん殴り、炎は起床した。

 昨日見た夢は、あまりいいモノだとは言えない。

 汗でパジャマはぐっしょりだったし、今も脳裏にちらついている。


(でも、以前の声はあんなこと言わなかった)


 あくまで内なる声は、炎を攻撃するものや、害を及ぼすもの、受け入れられない現実が炎に降りかかった時、カウンターのような形で頭の中に鳴り響いてくる。

 今回のように、自分をどうこうさせようとするようなことばは、今まで一度足りとてなかった。

 まるで、内なる自分が意志を持ったかのような……もしくは、別の何かが干渉をしてきたような……。


「夢だし、考えても仕方ないよね」


 今、私のやるべきこと。それは――。

 ぐーっ、と炎のお腹が盛大に鳴る。


「ハハ……朝ご飯を食べることだね」


 炎は自分の食い気に苦笑しつつ、朝食を取った。




「え? デート!?」


 登校し、直樹と会っての開口一番がその言葉だった。

 炎は驚いた表情のまましばらく固まってしまう。

 直樹は申し訳なさそうに謝罪してくる。


「すまん、炎! 少し待っててくれ。久瑠実のお願いが終わったらすぐに――」

「……いや、いいよ。直樹君には迷惑かけっぱなしだし。心ちゃんにお願いしてみる。……そもそも、これは自分の問題だしね」

 

 炎は少し寂しそうな顔をみせながら言った。

 寂しくないというのは嘘になる。直樹には、今まで何度も助けてもらった。

 その事を情けないと思いつつも、彼に全幅の信頼を寄せている。


「ホントすまん! 自分でも何やってんだと思わなくはないんだけど……」

「大丈夫だって。そんな顔してると、久瑠実ちゃんが悲しんじゃうよ?」


 直樹を安心させるため、にっこりと微笑む。

 炎の笑顔に安堵出来たのか、直樹はそうか、と言って着席した。


(……うん、大丈夫。自分の面倒は自分で見なきゃね)





 放課後、心の協力を得て、炎は自分と向き合いに行った。

 場所は、以前矢那と戦った、旧ゴミ処理場である。

 大量の廃棄物で山が出来ていたそこは、この前の一戦で綺麗な更地となっていた。


「大丈夫なの?」


 心が心配そうに炎を見つめてくる。

 炎はうん! と元気良く頷いた。


「大丈夫だよ! 私の正義の炎は、自分の悪の心だって燃やし尽くしちゃうからね!」

「強がるのはやめた方がいいよ。何があるかわからないじゃない」


 いっしょについてきた彩香が言う。透視能力で炎の心を覗き見たのだろうか。


「……強がりが必要なことも。自分と向き合うってのは大変なこと。特に――ワタシ達のような存在は」


 メンタルが含みを持った言葉を放つ。彼女も、姉と炎を心配しついてきた。


「……うん、そうだね。ずっと私は強がってた。本当はもっと早く自分と向き合わなきゃいけなかったのに」

「……別に、向き合わなくてもいいのよ? あなたの事を誰も――」

「ううん、私が責めるよ。だから、心ちゃん達は、私が危ないことをしないよう見守ってて。いざという時は……私を」

「殴ってでも止める」


 撃ち殺して、って言うはずだった炎の言葉を、心が改変した。

 炎はありがとうと感謝して、心達から離れる。

 そして、座禅をした。精神統一、と聞いて炎に思い浮かんだのは、滝で修行するお坊さんだったからだ。


(集中――)


 炎は、自分に、自分の中にいるもうひとりの心に訴えかける。

 いや、もうひとり、という表現はおかしい。

 暴れる炎も、みんなを守りたいと願う炎も、どちらも自分だった。

 炎は今、自分自身と対話を試みている。


(いつも暴れる私。きっと、それは私を守るためだったんだ。私はとても弱いから、異能の力で身を守ろうとした)


 炎の額から、嫌な汗が流れ始めた。

 自分と認めたくない自分、隠したい自分を見つめること。

 それはかなりの重労働であり、心理的負担も大きい。

 だが、そうしなければ先に進めない。

 そう覚悟して、炎は内なる声を呼び覚ます。


 ――なぜ、私を呼ぶの――。


 内なることばが、湧き上がってきた。

 改めて聞いてみると、奇妙な感覚だ。

 まるで、二重人格にでもなったような気がした。


(あなたの力が……いや、あなたが必要だから)


 ――必要なのはあなたが嫌いな私じゃなくて、私の力でしょ――。


(違うよ。私には悪い私、善なる私、両方必要だもの)


 ――都合が良すぎるじゃない。力が欲しいから、私を求めてるんでしょ――。


 炎の想像以上に、自分は頑固だ。

 まるで、人を信じられない昔の自分を見ているような気がしてくる。

 

 ……あの頃の私は、今の私とまるで別人だった。

 内気で、クラスに馴染めない。

 いや、内気なのは問題じゃなかった。

 問題なのは異能だ。

 異能者は無能者とわかり合えないから。

 だから、私は――。


(違う……違うよね。問題はそこじゃない)


 それは昔の炎が逃げていた時の気持ちだ。

 炎は結局、そういう言い訳をしていた。

 異能者と無能者は分かり合えないから。全て異能が悪いから。

 そう言って、他人との交流を避けていた。

 責める人は誰もいなかった。

 炎の兄も達也もこどもだった炎を責めはしなかった。

 だが――もうこどもの時間は終わり。

 そろそろ、おとなになる時だ。


(違う。私にあなたが必要なんだ。だから、力を貸して。みんなを燃やす力ではなく、みんなを守る力を)


 炎の意思は固かった。

 そもそも、ずっと暴走を寸前で抑えてきたのだ。

 最近こそ鍵を解いてしまったが、元来より内なる自分との関わり方はわかっている。

 鍵をこじ開けるのではなく、ゆっくりと開く。

 そうすれば、私は私に応えてくれる。

 昔の私を、弱い私を拒絶するのではなく受け入れて、みんなを守る。

 炎は内なる自分を解き放った。


「う……くっ……」


 炎は苦しそうに顔を歪める。

 見たくない自分、受け入れ難かった自分を受け止めきれずにいた。

 

「炎!」


 不安そうな顔の心が叫んだ。


「大丈夫!」 

 

 炎は手で走り出しそうな心を制す。

 大丈夫、という言葉は自分に向かって言い聞かせたものでもある。

 私は大丈夫――嫌な自分も自分自身だ――。

 炎は自分の心を御しようとする。

 矛盾と葛藤を抱え込み、ひたすら耐えた。

 

 ――燃やせ……全て燃やせ……。


 内なることばが聞こえ出す。

 炎は耳を塞ぐことなく、心を閉ざさず、その声に訴えた。


(燃やさない! 燃やすのは、私の闘志! 正義の心だっ!)


 ――そんなものはデマカセ。弱い自分を隠す為、物語から取った仮の自分。

 本当のあなたは、孤独で危険で、誰からも疎まれる、悲しい人間。

 そんな自分を守ろう。カワイソウな私を少しでも強く見せよう。そんな想いから出来たカリソメ。

 

(否定は……しない! 私は弱いよ。でも……だから頑張るんだっ!)


 炎の脳裏に、神崎直樹の顔が浮かんだ。

 直樹は、今でこそ複写の異能を持っている。

 しかし、出会った当初は、そんなものを持ち合わせていなかった。

 無能者だと誤解していた彼は、何の力もなかったのに、炎を助けようとしてくれたのだ。

 それなのに、力のある私が逃げてどうする。敵でもなんでもない、自分自身から。

 

(あなたは私と共に来て! 私が本当の私になる為に!!)


 炎は心の中で叫んだ。

 本当の自分となる為に、真の草壁炎になる為に。

 内なる自分がぐらついた。

 崩壊が始まる。

 いや、崩壊などと言うものではない。本来のカタチに戻るだけだ。

 炎が無意識の内に作っていた、もうひとりの炎が霧散する。


「……」


 力が、湧き起こる感覚がした。

 今までどこかに隠れていた力が。

 みんなを守れる、最強のほのおが。

 

「炎!?」


 心の叫ぶ声が聞こえ、炎は座禅を解いた。

 立ち上がって、笑いながら、ピースサインを創る。

 勝利のサイン――。

 炎は、ゆっくりと歩き出した。友達の元へと。

 そして……全てが崩れ落ちる。


「……っ!! 何が……っ!? ああっ!!」


 頭を抑えて、炎が座り込んだ。



 

 自分と一体になったはずの、内なることばが響き出す――。

 訳がわからなかった。

 対話は終えたはずだ。

 なのに、ことばが止まらない。


 ――まさか……これで終わったとでも? 長い間の葛藤がこの一瞬で?

 笑いを禁じえない、間抜けとしか言いようがない。

 

(どうして……何が……あなたは……?)


 ――私はあなたで、あなたは私――。


「そんなはず……ないっ!!」


 炎は口に出して叫んでいた。

 頭が割れそうなほど痛い。実際に割れてしまうのではないかと思えるほど。


 ――そう。弱くて哀れなあなたはもういなくなったのね。

 ご明察の通り、私はあなたではない。

 でも、それは重要じゃない。重要なのは、あなたがこれから行うべきこと。


「何の……こと……っ」

「炎! しっかり!」


 炎の傍に、心が来ていた。

 炎を見つめて、どうしていいかわからずにいる。

 大丈夫だよ、と強がりたかった。

 しかし、全身をつつみ始めた痛みに耐えかねて、声を掛けられない。

 自分の中にいる何かと会話することで、精一杯だった。


 ――難しいことじゃない。お兄さんの仇を取ればいいだけ。

 

「それって……ぐっ……」


 炎は気が狂いそうになりながら、横に立つ心を見上げた。

 今自分の中にいる何かは心を殺せと言っている。

 そんなこと、炎には許容出来なかった。


「出来ない! しない! 絶対に!!」


 喉が張り裂けんばかりの勢いで叫ぶ。

 その勢いに心やメンタル、彩香が呑まれていた。

 そして、必死の炎とは違い、言う事を聞かない子供に困り果てたような調子の声が鳴り響いてくる。 


 ――どうしても?


「どうしても! 心ちゃんは……私の……友達!」

「炎……っ」


 炎を案じる心が、悔しげな表情をみせる。何も出来ない自分を悔やんでいるのだ。


 ――自分の兄を殺した相手なのに? 汚らしい暗殺者なのに? 出来もしない理想を志す、夢見がちな少女でも?


「それでも! 心ちゃんは私の親友……だっ!!」


 炎の魂の叫び。熱い想いが込められた言葉だった。

 説得が無駄、と悟った何かは、諦めたような口調で告げる。

 

 ――じゃあ……仕方ない。

 神崎直樹がいない今がチャンス。この機会を逃す手はないし……。

 あなたが兄の跡を継がないというのなら、私が、あなたになろう。


 ビシリッ! 炎は自分が割れる音を聞いた。


「うあ」


 頭を抑えていた炎の両手が力なく下がる。


「あああ」


 燃える炎のように真っ赤な瞳の、焦点が合わなくなる。


「ああああああ」


 何かが割り込んできた。

 何かが、私の中に入り込んでくる。 


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 炎は絶叫した。自分とは違う何かが、自分に成り代わる感覚に耐え切れず。

 彼女を包んで、大爆発が起きた。


「炎ぁあああ!!」


 心の叫び声は、爆発に掻き消された。


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