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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第二章 ニセモノ
30/129

ニチジョウ

「ねぇこれって本当にどうにかなっちゃうものなの?」

「私にはよくわかんないなぁ……心ちゃんは?」

「……なるようにはなる」


 廊下を、制服姿の一行が歩いている。

 黒髪、黒髪、赤髪の少女達。

 少し離れて、黒髪の男と栗色髪の少女。


「にしてもこれって彩香の時も思ったけど、かなり無茶苦茶やってんだよな。今の社会って本当に大丈夫なのか?」

「少し前までは大丈夫って言ってたけど、もう大丈夫って言えないや……」


 直樹の問いに久瑠実が首を横に振る。

 かくいう直樹も、大丈夫だとは思っていない。

 それでも言いたい。少し前までは、異能者がたまに事件を起こすだけの、平和な社会だと思っていたのだから。


「……ってか、私の出席日数ってやばいんじゃ……」

「それを言うなら私もだよ……水橋さんが何とかしてくれるとは言ってたけど」


 彩香に反応した炎がため息を吐く。

 それもそのはず、もう一週間近く休んでいる。

 本来の高校生であれば呼び出しを喰らっても文句は言えない。

 しかし、その点はやむを得ない事情ということで、水橋が学校に取り計らっている。

 だが、生徒達はごまかせない。よくわからない事情で、休みまくっている彼らを好奇の目で見るに違いなかった。


「……別に、問題はない。テストさえ出来ればいい。どれだけ授業態度が悪くても、欠席をしまくっていても、テストで百点を取れば――」

「それはテストで百点取れる人だけだよ。うぅ、数学とかもう取り返しつかないよ……」


 頭を抱える炎。心にはなぜ炎がそんなに悩むのか理解出来ない。

 数学など、公式を覚えればいいだけではないか。


「……心ちゃん、それは思ってはいいけど、絶対に口に出してはいけないよ……」


 じとー、と心を見る炎。心は何も口にしていないのに、炎は何かを察していた。


「まぁ、友達に頼んでノートを借りて、写したのを写させてあげるから」


 久瑠実の声を聞いて、感激した顔で振り向く炎。ありがとう! と久瑠実に抱き着いた。


「やっぱり久瑠実ちゃんいい人だぁ!」

「代わりに、直ちゃんには近づかないでね?」

「……やっぱり久瑠実ちゃん怖い人だ……」


 スッと一瞬暗くなった久瑠実の双眸に、炎が怯える。

 彩香はやれやれと肩を竦ませて、


「警察に協力してるくせに何で勉強出来ないんだか。私なんて勉強しなくても百点は余裕よ」

「へぇすごいなそれ。どうやってんだ?」


 質問しても意味はなさそうだったが、一応訊ねた直樹に、彩香は慎ましやかな胸を張って得意げに、


「そりゃあもう、優等生っぽい奴の答案を透視してそれを写せばいだっ!」


 パコン! という軽快な音とともに叩かれる彩香。後頭部を擦りながら相棒を睨む。


「何すんの!」

「それはこっちのセリフ。何してるの。ちゃんと勉強して」

「……いや面倒だし……。せっかく異能があるのに……」


 不満を漏らす彩香。

 そのようなやりとりをしているうちに、直樹達は教室についた。

 ドアを開けて、中へ入る。

 連続して休んでいた直樹達を、クラスメイトが注視したが、すぐにがやがやと雑談に戻っていく。

 級友達の話題は、また新しくやってきた転校生の話題で持ちきりだ。


(……ま、その転校生がやってきたら、また注目を浴びそうだけど)


 と思いながら、直樹は席に着いた。

 そんな直樹に、ぶん殴りたいランキング(直樹調べ)堂々一位に輝いた智雄が声をかける。


「今日、また転校生が来るんだってよ! 知ってたか?」

「……へー。知らなかったなー」


 適当に直樹が流すと、なんかつまんねえ反応だな、と智雄が呟く。


「でも、噂によると外人さんらしいぜ! 銀のような白髪って言ってたから、ロシア圏の人かもしれねえ! ロシアンビューティだぜ!」

「ああ……そうだな……」


 もう全てを知っている直樹にとっては、智雄との会話が面倒でしょうがない。

 とはいえ、一応友達なので、聞いてやらんこともないが。


「言っとくが、お前には無理だぞ」

「な、何だよ直樹。まだ何も始まってないのに、そんなこと言うなよ」


 動揺する智雄を見ながら、直樹はフーッと息を吐く。

 こいつはリアルでハーレムを形成できるとか勘違いしちゃってる超絶のアホだ。

 女の子を見る時、まずは胸で次は尻、足を舐めまわした後、最後に顔を見るとかいう紳士の欠片もない奴である。

 全く、強気の女子と喧嘩しても「女には手を出さない」とかっこつけて見事回し蹴りを喰らった俺を見習って欲しいものだ。

 なぜか涙が出てきて、その涙を直樹が拭っているうちに、チャイムが鳴った。


「じゃあホームルームを始めます」


 と言いながら老人の教師が入ってくる。

 ふと、一番最初の担任がどうなったか気になったが、すぐに恐ろしくなって直樹は考えることを止めた。

 願わくば、殺されてないことを祈るばかりだ。無能派の連中に。


「今日は転校生を紹介します。どうぞ」


 担任の促す声と共に、白髪の少女が入ってくる。

 直樹は、このやりとりは何度目だろうな、と思いながら少女の顔を見つめていた。


「ワタシは……狭間麺蛇瑠です」


 はずだったのだが、メンタルが訳の分からない当て字で自己紹介を始めたことに困惑する。

 当初の打ち合わせでは、心の親戚ということにしてあったはずだ。


「夜露死苦」


 ぺこりと頭を下げるメンタル。

 お前は暴走族か何かか! と心の中で突っ込みつつ、直樹は焦った眼でメンタルの姉を見た。

 すると、心は突然立ち上がり、メンタルに耳打ちする。


「なぜ言われた通りにしないの」

「ふつうではつまらない」


 遠目から見ていた直樹と、直樹の隣でポカンとしていた炎。

 はぁ、と呆れる彩香と、あ、あれ? と困惑する久瑠実には頭を抱える心の想いこそ見えはしなかったが、その心境は痛いほど理解出来た。

 そして、二人の関係性を直樹は微笑ましくも思う。

 心の顔は、まさに非常識な妹に手を焼く姉の顔だったからだ。



 メンタルはロシア人とのハーフ……という設定となった。

 とにかく心が伝えたかったのは、メンタルが帰国子女であり、日本に関する理解がまだ十分でなかったことと、みんなと仲良くなりたくて意外性を狙ってこのような自己紹介をしたということだった。

 まぁ、このような事をしなくてもメンタルは無事クラスに溶け込めた。

 元々、人に紛れることを得意とする少女である。もっとも、ここでいう紛れるは意味合いが違うのだが。

 メンタルちゃんはロシアで何をしていたの? だとか、心さんとは仲良いの? だとか質問攻めにあっているメンタルを眺めつつ、心は安堵の息を吐いた。

 それを見ていた直樹はごくろうさんと労う。


「……大したことはしていない」

「だろうな。だけど、不慣れな事をやるってのは大変だろ? 妹の世話ってのは他人が思う以上に大変だからな……」


 遠い目をする直樹。直樹は、妹である成美を思い出している。

 成美は直樹にとって出来過ぎた妹だったが、出来過ぎる故によく振り回されるのだ。

 妹に頭が上がらなくなるのはいつからだったか……。


「……弟ならいたし、大丈夫」


 大丈夫、と言いながらも、心は若干暗くなる。

 燃やされてしまった弟の事を思い出してしまったのだろう。

 そういえば、と直樹はまだ事件の真相を聞いていない事を思い出した。

 とはいえ、まだ話せる余裕がないのかもしれない。

 気名田矢那がこの街から東京に向けて生物兵器を撃ち込むという話をメンタルから聞いてから、直樹達は悠長にしていられなくなった。

 水橋は中立派と共に情報収集に勤しみ、心と彩香はこの前の戦闘模様を閲覧、炎は浅木と共に異能犯罪対策部で独自調査だ。

 そんな中でメンタルの転校などと間の抜けた事をと思われるかもしれないが、これは姉となった心の希望だった。

 流石に一週間全てを対策に費やすわけではない。それに、取り返しのつかない事態に陥るかもしれないのだ。

 ならば、今経験出来ることを経験した方がいい。

 というのが心の主張だった。

 家族を殺されてしまった彼女ならでこその発案。それに、似たような経験がある炎も同意していた。

 主戦力である二人にそう言われてしまえば、水橋も同意せざるを得ない。

 まぁどちらにしろ、水橋も似たような事を考えていたようだったが。


「妹の気持ちなら私に任せて!」


 と突然会話に割り込んできた炎が胸を叩く。

 なぜそんなに自信満々なのかは謎だ。


「私も妹だったからね!」


 任せてよ! とふんぞり返る炎に彩香が目を向けて、


「いやいや。訳がわからないでしょ」


 と突っ込んだが、この状態の炎はそのような野暮(炎視点)な突っ込みは聞かない。

 なので。


「じゃあ、メンタルが何であのようなことをしたかわかる?」


 心は素直に炎に尋ねた。

 横目で見ていた直樹にわかりやすく炎が考え込む。


「え、えーと……目立ちたかったから、かな?」

「それはなぜ?」


 うーん……と唸り出す炎。

 腕を組んで、炎が一生懸命考えているが、彼女にはわかりそうにない。

 そもそもメンタルの生い立ちは心や炎に比べても特殊すぎた。

 肉体年齢こそ心と同じ16、7歳だが、実際の年齢は一歳程度。

 それに加えて、大量の自分自身クローンと殺し合っていた。

 そんな彼女を、あったばかりの炎が理解出来るはずもない。

 メンタル自身、よく理解出来ていないかもしれなかった。

 故に、こうもあっさり心と和解出来たのかもしれない。

 少なくともその点に関して、直樹は良かったと思っている。

 例えどんなに矛盾しても――殺し合うより、わかり合った方が良いのだから。


「ダメだー」

「ほぅら言わんこっちゃない」


 もはや炎の突っ込み要員と化してきた彩香が指摘する。その笑顔はとても楽しそうだ。

 メンタルだけでなく彩香も学校になじみ始めているようだった。

 ふと直樹が心を見ると、彼女も穏やかな微笑を浮かべている。

 寡黙だった暗殺者は、手のかかる妹と引きこもりがちだった相棒が学校に溶け込めて嬉しく思っているようだ。

 異能者は無能者の多い学校にはなじめない。

 そんな悲しい事実が今の現実であり、ある種この光景も幻想なのかもしれない。

 だが――だからこそ、これはとても大切なことなのだ。

 日本という小国だけでなく、世界すら包んでいる異能者と無能者の対立。

 しかし、争いが生む復讐や憎しみ、技術革新よりも、争いが壊す夢や平和、人の心の方が尊いはずだ。

 だから、俺はこの光景を守ろう。みんなから力を借りれる俺だからこそ、それが出来るはずだ。

 直樹は決意を新たにした。


「……ポエマー?」


 のだが、彩香の引きがちな瞳で動揺する。


「ど、どうしたんだ彩香? そんなドン引きしてる目をして」


 心なしか声が震える。

 彩香が頑として直樹に複写コピーさせなかった異能。

 透視能力を発動した目で、彩香は直樹を見ていた。


「どうもこうも……リアル中二……いや高二病? ってこんな背筋が凍るもんなんだなって」

「うぐっ!」


 彩香の口撃が直樹の胸に突き刺さる。


「炎とかだったらまぁ……笑って済ませられるし、心はそりゃ、ずっと昔から理想を志してきたし、わかる。でも、つい最近異能に目覚めた奴が世界がどうのはちょっと勘違いが過ぎるわー」

「やめてくれ! 言われるとなんか恥ずかしくなってくる!」


 乙女チックに顔面を覆う直樹。

 傍から見て……気持ち悪いのは言うまでもない。

 ハハハハハーと棒読みならぬ棒笑いをした後、彩香はそっと直樹に耳打ちした。


「……デカい理想を持つのはいいけど……心みたいにはならないでね。夢見がちな人は心と炎で十分。……私はもう、大きすぎる夢を持って絶望する人を見たくない」

「……彩香」


 直樹ははっとした表情で彩香の顔を見る。

 彩香はフン! と鼻を鳴らし、


「ま、あなたの想いはとてもいいと思う。口には出さない分、患者の一歩手前あたりっぽいし。……もう一度言っとくけど、理想主義者は苦労しかしないわよ、本当に。夢にするならよく考えることね」


 トイレとおもむろに言い、彩香はトイレに行ってしまった。

 残された直樹はいつの間にか背後から接近してきた久瑠実にビビりつつ、その後ろ姿を見送った。



 メンタルとクラスメイトが親睦を深める為の自習も終わり、授業が始まる。

 二時間目は国語、三時間目は日本史、四時間目は体育、五時間目は数学だった。

 何で一日の最後に数学があるのぉ! と発狂する炎。炎の数学嫌いは筋金入りだ。

 しばらく落ち込む炎を元気づけていた直樹は、驚愕させられることとなる。

 授業はメンタルの独擅場だったからだ。

 質問が飛ぶたび、メンタルは即答で完璧すぎる答えを述べる。

 あまりにも完璧過ぎて、先生すら理解出来ないようなこともあった。

 おまけに、微妙に教師が書き順を間違えているのを発見し、丁寧に書き方を説明したりもしている。

 しかも日本史に関しては――まだ曖昧だったりする歴史の断片を自分なりに解釈したものを解説したりした。

 歴史の担任が拍手でメンタルを褒め称え、直樹もよくわからず拍手したものだ。

 炎が大好きだった体育もメンタルは物凄かった。

 女子はサッカーだった為、ちらりと覗いた直樹が目視したのは、スタンドプレーでゴールを決める体操服姿のメンタルだ。

 しかし、少しやり過ぎていたようにも見える。メンタルが一人でアタッカーやディフェンダー、さらにはゴールキーパー(もちろん手は使わずに)をこなしてしまう為、他の級友達が手持無沙汰になっている。

 見かねた心がメンタルを木陰に連れ出し、説教していた。

 直樹はプレイ中のテニスを抜け出し、こっそりその話を盗み聞きする。

 何をしてるんだ俺はとも思わなくはないが、二人が気になるのだ。致し方あるまい。


「メンタル、やりすぎ。少し抑えて」

「なぜ? 姉さん。ワタシは普段の実力を発揮しているだけ。姉さんこそ、何で本気を出さないの? 授業は真面目に取り組むものだと、みんなが教えてくれた」


 それに炎も、とメンタルは反論を続ける。


「炎も、実力を発揮していない。体育が好きだと聞いていたのに、手を抜いている。それはおかしいことじゃないの?」

「……、あなたの言いたいことはわかる。けど、私達異能者は、力を抑えなければならない」

「なぜ?」


 メンタルの純粋な瞳に、心は姉としての責務を果たすべく、答える。


「それは無能者と公平を期すため。私達異能者は、無能者より身体機能が向上していることはメンタルも良く知っていると思う。だから、単純な体力勝負では異能者に分配があがる。でも、それじゃあ、無能者達が楽しめない」

「……それは接待をしろ、ってこと?」


 不満気に見上げる妹の頭を心は撫でて、説明した。


「違う、そうじゃない。みんなと楽しく学ぶために、私達は合わせる。そして、拮抗した試合を楽しみ、学ぶ。協調性、仲間と勝ち取る勝利、努力が実るばかりではないという現実。それでも足掻いて勝利を掴み取ろうとすることの美しさを」

「姉さん……わかった。今度はセーブする」


 心はメンタルを説得出来たようだ。何かすごいことを言っていた気がするが。

 メンタルがグラウンドへ戻って行く。


「直樹」

 

 大丈夫そうだな、と踵を返そうとした時、直樹は心に呼び止められてしまう。

 そもそもただの学生である直樹の盗み聞きが心にばれないはずがない。


「な、何だ? 盗み聞きじゃないぞ、たまたま聞いちまっただけだ」


 慌てて取り繕う直樹だったが、心は全てお見通しだった。


「別にいい。ただ、少し話がある」


 一応授業中なのでサボるのも悪いかと思ったが、幸い頑固な体育教師は炎の熱血シュートなるよくわからないものがぶち当たり気絶している。

 直樹は心と、大きな木陰で会話することにした。

 体操服姿の心と木の根に座る。

 思えば、心の家での退行騒動を除き、至近距離で心と会話するのは初めてかもしれない。

 そう考えると、直樹はどきどきしてくる。

 心はどうなんだろうかと疑問に思ったが、そもそもこの暗殺者が異性慣れしていないはずもない。

 そっぽを向いているのも、さぼっているのがばれないよう誰か来ないか見ているだけだろう。


「で、何の話だ?」

「……メンタルの、こと」


 そう言って心はグラウンドを駆け回るメンタルを見つめる。

 メンタルは感情を感じさせぬ表情でサッカーをしているが、その顔はどこか楽しそうに見えた。


「メンタルは……まだ私を恨んでいる」

「……本当か?」


 直樹にはそうは思えなかった。

 和解しているようにしか見えないし、事実メンタルも、そう言い放った心も、わかり合ったと言っていたではないか。


「……確かに私と、共に過ごすと約束してくれた。本当の姉妹になると。あの子もきっとそう思っているはず」

「なら……」

「でも、心身共に染みついた……私への恨み、憎しみ、復讐心が完全に消えたわけじゃない。メンタルの中で、葛藤はまだ続いている」


 心の言う事は、直樹にも何となく理解出来た。

 メンタルはたった一年間しか生きていないが、その一年間、自分自身を殺させられた。

 その理不尽、その絶望は直樹が一生かかっても理解出来ないものだろう。

 倒れている自分と同じ顔の少女を見下ろして、メンタルが何を思っていたのか。

 そもそも、思考すら放棄していたのかもしれない。

 ただ、生き延びる為に殺した。自分と同じ顔をする少女達を。

 メンタルは賢い。真の敵は研究者達であり、その資本を出した異能派であることは、よくわかっていたことだろう。

 しかし、それでも恨まずにはいられなかった。憎まずにはいられなかった。

 理不尽を受けた分、他者に理不尽を与えねば、怒りが収まらなかった。

 だから心を狙ったのだ。

 与えられた役割として、生きる為の手段として、復讐を果たすべき相手として。


「……あの子が初めて私と出会った時、あの子は、なぜワタシが苦しんでいるのにアナタは楽しそうにしているのか、と言った。思えば――あれはメンタルのSOSだったのかもしれない」


 ――ねぇ……何で、ワタシは苦しんでいるのに、同じ身体を持つアナタは楽しそうにしているの?


 メンタルが自分に言い放った言葉を、心は思い返していた。

 あの時は、自分とそっくりなメンタルを見て動揺していた為、深く考えることは出来なかった。

 だが、今ならばわかる。

 メンタルは望んでいたのだ。

 誰かが、自分を救ってくれることを。


「そうだったのか。悪いな……あの時は遅くなって」

「……別に、仕方なかったから」


 直樹が言うと、心はまたそっぽを向いた。

 そして、暗い表情を見せる。


「……気名田矢那が現れたら、メンタルは無茶をすると思う。……その時は、彼女を守って欲しい」

「……どういう……」

「メンタルは――きっと、昔の私と同じ。あなたが無茶をして、助けてくれた時の私と」


 少し前、奇しくも矢那の父親である気名田に、心は殺されそうになった。

 腕を折られ、心も折られて、全てを喪うその瞬間に直樹が現れたのだ。

 心は、直樹が殺されてしまうと思った。

 今までのみんなと同じ。お父さんやおじさんと同じく。

 だが、直樹は生き残った。

 経験の差がある気名田相手に、素人格闘と、気合、炎の協力で戦い、見事勝ち残ったのだ。

 そんな人を見るのは初めてだった。

 その背中に――恋焦がれてしまったのは致し方なかったのかもしれない。

 心の人生に、そのような男はいなかったのだから。


「……」

「どうした?」

「……っ! 何でもない!」


 急に慌てだした心を、変な心、と思って直樹が訝しむ。

 とはいえ、心と出会ったそんなに月日が経ったわけでもない。

 もしかしたら、こういう変な部分こそ貴重なのかもしれないのだ。

 狭間心という理想に燃える暗殺者を知るうえで。


「で、俺にメンタルを守れってことか?」

「そ、そう。……私に誰かを守ることは出来ない。……私が守りたかった人はみんな死んでしまったから――」


 悲しそうな表情になる心。

 そんな心を見て、直樹は出来ない、と言った。

 心が驚きと失望を交えた瞳で、直樹を見つめる。


「俺はメンタルだけを守ることなんて出来ない。みんなだ、みんなを守る。もちろん、俺一人の力でじゃない。みんなの力でみんなを守るんだ。……一人でやるよりみんなでやった方が、上手くいくさ」


 心の直樹を見る目が変わった。

 たぶん、この言葉はかっこ悪いものだろう。

 誰かを頼るという一種の情けなさが含まれている。

 物語の主人公のようなかっこよさはない。

 しかし――自分一人で全てをどうにかしようとして、全てを喪ってきた心にとって、その言葉はとてもかっこいいものだった。

 顔を赤らめて、もじもじしてしまうぐらいには。

 こんな単純な、と我ながら呆れる。

 だが――しょうがないではないか。好きになってしまったのだ。

 そんな男の言葉なら何だって、いいと思ってしまうではないか。


「……やっぱちょっと変だよな。熱でもあるのか?」

「っ!? 何もない! 熱もない!」


 直樹が心の顔を覗き込もうとして、驚いた心は立ち上がった。

 しかし、今の心は暗殺者ではなく恋をするひとりの少女だ。

 木の根っこに足を取られ、転んでしまう。


「おっと!」

「っ!!」


 危ない、と思った直樹が心を支えた。

 やはり変かもしれない。彩香に相談してみるか? と考えた直樹だったが、すぐに思考は中断された。


「~~っ! きゃあああああ!!」

「ふぐぉ!!」


 今までで聞いたことがない、女の子過ぎる心の悲鳴。

 暗殺者としての技能を遺憾なく発揮した心に、投げ飛ばされた直樹は地面に激突し、な、なぜ……と声を上げて気絶した。



 直樹が教室に戻ったのは数学の真っ最中だった。

 クラスメイト達の視線が痛い。席について炎に訊いた所、直樹は心にセクハラしたことになっていた。

 いや待て、色々とおかしい。何でそんなことになっているんだ。

 と弁明したい所であったが、今は授業中だ。

 ホームルーム前か後に、説明のチャンスがあることを祈ろう。

 と思いつつ横の炎を見ると、苦手な数学の時間だというのに余裕たっぷりだった。


「何かやけに機嫌がいいな」

「ふふーん。メンタルちゃんが全部質問に答えるはずだからねー。私が指される心配はないんだよ~」


 これで鬱々とした時間から解放されるよ! と歓喜する炎。

 だが、現実は厳しい。すぐさま炎は絶望することとなった。


「じゃあ、炎さん。この問題を」

「え」


 炎が固まる。

 炎は新しく石化異能を体得したようだった。

 コンクリートのようにカチコチに固まった炎は、しばらくして正気に戻り、先生に言った。


「え、えっとぉ、メンタルちゃんが答えたがっているんじゃあ?」

「ごめんなさい。ワタシにはこの問題がわかりません」


 嘘だ。黒板を見る限り、メンタルと書かれた部分に回答が書かれている。

 先程メンタルが回答した証拠だ。

 直樹は、体育の時間の心とメンタルの話を思い出した。

 おそらく、メンタルは姉に言われた通り、本気を出さず、周囲のレベルに合わせることにしたのだろう。

 その影響で、炎が絶対絶命のピンチに陥っている。


「そ……そんな……。わ、私わからないで」

「炎さんはその……小テストが芳しくないので、こういう所で点数稼ぎを頑張ってくださいね」


 逃げ道は塞がれた。数学の教科書とにらめっこしていた炎は唐突に、


「う……うわああああああ!!」


 と叫び、発狂する。


「うわっ! 落ち着け炎!」

「数字いやああああ!!」


 無茶言うな! と突っ込みつつ炎を抑え込もうとする直樹。

 そんな彼に災難(ある意味幸運)が振りかかる。

 暴れ始めた炎を取り押さえようとした直樹は、炎の二つの女の子らしい部分に触れてしまった。

 もともと発狂し始めた炎に騒然となっていた教室が、さらに騒がしくなる。


「う……うわ……直樹君……今……」

「わ、待て待て! わざとじゃない! 事故だ事故!」

「う……ううううううわあああああああ!」


 炎の迷える拳が、直樹を打ち抜く。

 世界とは……人生とは理不尽なものだな……。

 とどこか達観した瞳で、直樹は深い闇の中へ沈んだ。


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