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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第二章 ニセモノ
28/129

ケッチャク

 銃から放たれた轟音と、悲痛な少女の叫び声が混じる。

 混ざり合ったその音を、他人事のように聞いていた。

 何か似たような事があったな、と一か月ほど前の事を、直樹は思い出す。

 あの時は達也さんに空砲を撃たれたんだったな。思えば、あれが全てのはじまりを告げる信号だったのかもしれない。競技のスタートを知らせる、スターティングピストル。

 あの時と同じように、直樹は何の痛みも感じない。

 銃弾で射抜かれた感覚がない。

 いくら何でもおかしくはないか?

 そう思い、直樹が訝しんだその時、怒り狂ったメンタルの声が聞こえた。


「……なぜここに!」

「言う必要がある? あなたが私を奇襲する機会を窺っているのと同じく、私もあなたを襲うチャンスを窺っていた」


 直樹が閉じた瞳を開けると、直樹の隣に立っていたはずのメンタルと距離が空いている。

 メンタルは銀色の拳銃を直樹ではなく、別の誰かに向けていた。

 直樹が銃口の先を辿ると、黒い印象を与える少女がバイクに乗っている。


「心……!? どうして」

「説明は後」


 心は左手で直樹と久瑠実に頭を下げるように合図した。

 

「デバイス起動」


 心は淡々と音声認識でデバイスを起動させると、自分が跨っているバイクを掴んでメンタルに放り投げた。


「無茶だろっ!?」


 直樹と久瑠実の頭上をバイクが飛来する。

 メンタルはディストピアをバイクに向けて引き金を引く。

 既存の銃器とは比べ物にならない威力を持つ拳銃がバイクを撃ち抜き、空中で爆散する。

 どうやらガソリンに引火したようだ。意図的かどうかは不明だが。

 直樹と久瑠実が爆発に驚いていると、不意に身体が宙に浮いた。


「は……っ?」「え……っ?」


 心は直樹と久瑠実を、両腕で掴み、メンタルから遠ざかる。

 ある程度離れた時、心が直樹に尋ねた。


「動ける?」


 短い一言に、直樹は頷く。


「ああ。戦いは無理そうだけど、自分で逃げられるくらっ!?」


 逃げられるくらいには回復した。と言おうとした直樹は、高速で投げ飛ばされる。

 何が起こっているのか、思考が追い付かない。

 宙に舞いながら、目を凝らすと、顔が真っ青な久瑠実が後ろで追尾している。

 とにかく、このままではまずい。

 直樹は炎の異能を発動させて、久瑠実をキャッチして着地した。


「怖かった……怖かったよ……」


 メンタルに襲われたことが怖かったのか、空中へ飛ばされたことが怖かったのか、判断が出来そうにない。

 う……うっ……。と泣いている久瑠実を落ち着かせる直樹は、自分達が心に投げられた事を理解する。

 心はメンタルと再戦をしているのだ。


(大丈夫なのか……?)


 と直樹は思うものの、今の自分が行っても足手まといである。

 心を信じるしか道はない。

 直樹は久瑠実と共に、みんながいるであろう病院へと向かった。




 フルオートとセミオートの射撃音が交互に響く。

 銃声を聞いた人々が、異常事態であることに気付き、逃げ惑っている。

 

「異能者だぁ!! 異能者が出たぞぉ!!」「逃げて!」「俺はまだ死にたくない!!」


 人々の悲鳴がどんどん遠ざかって行く。

 心は安堵したが、反対にメンタルは舌打ちをしていた。

 心は人々を気にするが、メンタルも人々の事を気にする。

 守らなければいけない保護対象としてではなく、利用出来る道具として。


「もういい」


 メンタルは呟いた。方針を変えて、自分がするべき最優先事項に集中する。


「アナタを殺して全てを終わらせる」


 メンタルは左手にナイフを持ち、右手の拳銃を改めて心に突きつける。

 心も右手に拳銃、左手に警棒を持って、メンタルと睨みあった。


「私も――あなたを捕らえて全てを明らかにする」

「ワタシはワタシを殺すのが得意。アナタは絶対に勝てない」

「それはやってみないとわからない」


 心とメンタルは、西部劇の決闘のように、道路の真ん中で見つめ合った。

 監視カメラから見ていた彩香は、黒と白が混ざり合う、その瞬間を目視したことだろう。

 心とメンタルは同時に口を開く。

 色違いの二人の少女が、同じ言葉を紡ぐ。


「デバイス起動!」「デバイス起動アクティベート!」


 二人の動きがまるで早送りでもされたかのように速くなる。

 ホンモノとニセモノの熾烈な戦いが始まろうとしていた。



 響きあう銃撃と、剣戟の音。

 凄まじいスピードで動く、黒と白。

 時折放たれる弾丸が、建物の窓や壁を撃ち抜いていく。

 輝く金色と、煌めく銀色。

 どちらが有利なのかは、傍観している彩香や炎にも、撃ち合い、斬り合っている心とメンタルにもわからなかった。

 ただ、自分が勝利出来ると信じて行動するのみ。

 暗殺者である二人は、戦闘方法が類似している。

 どちらも相手の手口がわかっている。故にやりやすく、同時にやりづらい。

 違いを上げるとすれば、心の獲物であるフルオートでの制圧力を重視した理想郷と、メンタルのメインウエポン一発で相手を屠ることに重きを置いた暗黒郷の違いだ。

 二つの拳銃の見た目はとても似ているが、その性能とコンセプトは似て非なるもの。

 もう一つの違いは、身に着けているデバイスの違いだ。

 人体に様々な恩恵をもたらすが、その代償があまりにも大きい為開発中止になったアシストデバイス。

 心とメンタルも、異能が無ければまともに使いこなすことは出来ないだろう。

 もっとも、傷が回復するとは言え、痛みがないわけではないのだが。

 二人の装備するデバイスは、単純に言えば心が旧型であり、メンタルが新型だ。

 基本的な性能は変わらないが、持続時間は新型の方が長い。

 これだけ聞くと心が不利に思えるが、メンタルがクローンであり、その身に宿す異能の力が弱い事に心のアドバンテージはある。

 心は三度デバイスを使用出来たが、メンタルは二回しかデバイスを使用することが出来ない。

 メンタルの異能は心の劣化品だ。その為、心が三度まで耐えられるデバイスの反動も、メンタルには二度しか耐えられない。

 それ以上の使用は命にかかわる。

 しかし、メンタルにとって幸運な事に、心は直樹と久瑠実を逃がす為、デバイスを一度使用してしまった。

 回数で言えば二回。そして、メンタルの方が持続は長い。

 純粋な持久戦となれば、メンタルに勝機があった。


「……」「……」


 心とメンタルは言葉を発することなく、戦い続けている。

 口を開く余裕はなかったし、そもそも言葉を交わす必要はない。

 元々、心は相手を暗殺するだけのアサシンであったし、メンタルも心を殺す為だけに作られたアサシンだ。

 暗殺とは本来不意をつくもの。

 今戦っている二人の本業ではなかったが、元々人を殺すことに長けている二人である。

 正規の訓練を受けている軍隊よりも、戦うことに慣れている。

 もっともそれは――何の自慢にもならないのだが。少なくとも、心にとっては。

 カチッという弾切れを知らせる音が鳴った。

 一発一発と銃弾を放つメンタルに比べて、フルオート射撃の出来る心の方が弾切れが早い。

 心は目にもとまらぬ速さでリロードするが、その隙を見逃すメンタルではない。

 すぐさま、50口径の対異能弾が射撃される。

 心はそれを避けて、再び黄金を向けた瞬間に、デバイス効果が切れた。


「……っ!」「貰った!!」


 メンタルは急速接近した。

 心は今後を鑑みて、デバイスをすぐには使わない。

 メンタルの高速のナイフ斬撃が、心に振り下ろされる。

 心は暗殺者としての勘で、メンタルの狙いを読み、ナイフを警棒で防いだ。

 しかし、通用したのは三度までだった。

 刃物と棒がぶつかる音がした直後、心は警棒を落としてしまう。

 メンタルは笑みを浮かべて、心の首にナイフを振りかざした。

 瞬間、メンタルのデバイス効果が切れる。


「……ふっ!」「……くっ!?」


 心はメンタルの左腕を掴み、手首を捻ってナイフを叩き落した。

 心とメンタルの間にナイフが落ちる。

 メンタルは咄嗟に蹴りを見舞い、心との距離を取った。

 離れる瞬間に、引き金を引く事を忘れない。

 狙いが頭だとわかっていた心は、かろうじでその弾丸を避ける。

 左頬を、銀の弾丸が裂いた。

 負けじと、心も制圧射撃を加える。

 首を傾け弾丸を避けられた心とは違い、メンタルに襲いかかったのは銃弾の雨だ。

 セミオートとフルオートの違いが、心とメンタルの対応をわける。


「デバイス起動アクティベート!!」


 メンタルはデバイスを発動する以外に、ユートピアの弾丸を躱す術がなかった。

 再び早送りされたメンタル。一気に心を殺そうと、鬼気迫る迫力で、心にディストピアを向ける。

 メンタルはこのデバイスが切れれば終わりなのだ。

 血管が切れ、細胞が破壊され、まともに行動が出来なくなる。

 そして、それは心も同じだった。

 故に、心はタイミングを計る。最低ラインは心とメンタルのデバイス終了時間が重なる時だ。

 それ以上耐えられれば、勝算がある。それ以下であれば、負ける可能性が高まる。

 三度、銃声がした。

 心は二発までは躱す事が出来たが、三発目を被弾してしまう。

 デバイスが銃弾の速度まで強化していないことが救いだった。

 左肩の骨が砕かれる。心は苦悶の声を上げつつ、時を待ち続けた。


「理想を夢見たまま死ね!」


 メンタルは心の頭を狙う。

 暗黒郷ディストピアが、理想を志す少女を撃ち殺さんとしたその刹那。

 心は自身を強化する呪文を唱えた。


「デバイス起動!!」


 心が加速する。彼女目掛けて放たれた銃弾は、後ろにあった車のフロントガラスを撃ち抜いただけだった。


「しつこい!」「お互い様!!」


 言葉を交わす余裕はなかったはずなのに、言葉が漏れる。

 無意識に、答えていた。

 見た目が似ていて、中身が違う。容姿は同じなのに、どこか違う。

 そんな相手に。

 心は、走り回りながら、メンタルに向けて射撃を加えた。

 幾重もの弾丸が、メンタルを捉えようと迸る。

 メンタルも応戦していたが、二回ほど引き金を絞った所で、ユートピアが発したのと同じ音を自分の拳銃から聞いた。

 ディストピアの弾が切れる。心と同じように凄まじい速度で装填するメンタル。

 そしてまた、心と同じように銃撃に見舞われることとなった。


「ぐっ……!!」


 メンタルは、被弾してしまう。心とは逆の右肩に。

 弾丸を受けた衝撃で、ディストピアを落としてしまった。

 メンタルは、その銀色を拾おうとして、全てが終わった事を知る。

 メンタルのデバイス効果が、切れた。

 


「デバイス解除」


 心は僅かの猶予を残し、デバイスを終了させた。

 本当に僅かだった。もしメンタルの攻撃に焦り、もう少し先にデバイスを起動させていたら、負けていたのは心だっただろう。

 心はユートピアでメンタルを狙いつけながら、彼女の崩壊を見守った。


「あ……ああ……くぁ……ああああ……」


 メンタルがふらつき、白銀の瞳から、赤い血の涙が零れ落ちる。

 右肩の傷から血が溢れだし、口や鼻からも血が流れ出す。


「が……うあ……ああ……あああ……」


 立つことが困難となったメンタルは、アスファルトの上に座り込んだ。

 もし、その涙が赤くなければ――ただ敗北に打ちひしがれている敗北者に見えただろう。

 いや、涙が赤くとも、心にはメンタルが泣いているように見えた。

 

「メンタル……」


 心はゆっくりとニセモノに近づいた。

 メンタルはああ……あああ、と声にならない悲鳴を上げているだけだったが、真っ赤に染まったその瞳で、ホンモノを見上げた。

 そして、呪詛のように言葉を吐き散らす。


「絶対に絶対にぜったいにぜったいにゼッタイ二ゼッタイ二絶タイに!! 負ケらレない……マケてはナラない……!!」

「メンタル……!?」


 メンタルは――最後の気力を振り絞り、立ち上がった。

 そして、禁忌とされた――三度目のデバイス使用を行う。


「デバいす……あくティ……」


 だが、メンタルが最後まで呪文を紡ぐことはなかった。

 本物こころが持つ理想郷ユートピアが、暗黒郷ディストピアを手放した偽物メンタルを撃ち抜いた。



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