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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第二章 ニセモノ
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イタミワケ

 放課後を告げる鐘が鳴り、草壁炎は教室を出た。

 友達や恋人と帰る学生が多い中、草壁炎はたったひとりである。

 少し前まではみんなと下校していた。

 神崎直樹、立花久瑠実……そして、狭間心。

 自分で手を伸ばし握手したのに、その手を自分から払ってしまった相手。

 勝手極まりない所業である。詐欺や騙し討ちにも等しい。

 炎はそんな自分が嫌いだ。

 炎は、皆を守りたい、皆の役に立ちたいという気持ちで動いてきた。

 そんな自分を否定する行動。してはならない。してはいけない。

 だけど――。


(心ちゃんは、お兄ちゃんを……)


 炎は別に心が嫌いではない。

 達也に話を聞いてからずっと友達になりたいと思ってきたし、仲違いしてしまった今も、心が心配でたまらない。

 それでも、心が兄を殺してしまったという事実が、炎に重くのしかかる。

 

「……」


 黙々と、一人で警察署へ向かう。

 直樹は久瑠実の相手をしなければならなかったし、彩香は心の捜索とメンタルの追跡に追われている。

 水橋は中立派とともに二勢力の動向を監視せねばならなかった。

 炎は彼女のいるべき居場所に戻らなければならない。

 異能犯罪対策部。構成員がたった一名だけの部署に。

 

(達也さん……)


 炎の胸が痛む。しかし、もう泣きはしない。

 泣いている暇はない。達也の跡を継ぎ、罪を犯す異能者達を逮捕する。

 達也は遺言で炎にお前は自由だと言った。

 そして、炎は自由意志で、達也の跡を引き継ぐ事を選んだ。

 誰に言われたからでも、命令されたからでもなく、自分の意志で。

 だから、辛くはない。

 炎の身を案じる家族が誰もいなくても。自分を救ってくれた人が死んでも。


「あれ……しまった、ボーッとしちゃってた」


 炎は独り言を言いつつ立ち止まる。

 気づくと商店街を歩いていた。

 考え事をしながら歩いていた為、足が勝手に寄り道コースに進んでしまったようだ。

 

(ダメだよ、しっかりしなきゃ)


 炎は顔をぱんぱんと叩いて気を取り直す。

 直樹や心と寄り道した喫茶店や、模型店などの様々な商店が見えてきた。

 ついこの前だったはずなのに、だいぶ昔に感じてしまう。

 同時に、もう二度とみんなで遊べないのではないかとも。

 そんなことはない。すぐ元通りと思いたいが……。


「私が悪いんだよね。私が……」


 私が心ちゃんを……と、炎が暗い面持ちになったその瞬間。


「はあああ!? 壁ハメとかふざけんなぁ!!」

「ゲームの仕様だから、文句はゲーム会社にどうぞ」


 女性の怒鳴り声と、勝利の余韻に浸る男の声が炎の耳に聞こえてきた。

 炎が声の元をたどると、小さなゲームセンターの入り口付近にあるゲーム機で、黄色い髪の女性と、リュックサックを背負ったオタク風の恰好をした男が口論している。

 女性はあったまった様子で男にキレているが男の方はドヤ顔でにたにた笑っている。


「その笑いを止めてあげようかしら。リアルで」

「リアルファイトはご法度です!」


 勝ち誇っていた男が慌てだす。結構な巨漢なのだが、喧嘩に自信はないようだ。

 何やら不穏な空気を感じ取った炎は入店し、怒り心頭の様子の女性に声をかける。警察関係者として見て見ぬ振りは出来ない。

 ゲーム機の音に声がかき消されないよう、大き目の声でに注意する。


「どうしたんですか?」

「どうもこうもこのくそデブが……あら」


 女性は炎を見て、意外そうな顔をみせた。知り合いに鉢合わせたかのような顔だ。

 しかし、炎に女性の見覚えはない。怪訝な顔の炎に女性が促してくる。


「良かったらあなたもゲームしない? 楽しいわよ……勝てればね」


 キッ! と女性が男を睨む。男は委縮して別の筐体へそそくさと移動した。

 炎は申し訳なさそうな顔をして、女性の誘いを断る。


「すみません。格闘ゲームは苦手なので……」


 もし仮に友人同士だったならばプレイしたかもしれないが、見知らぬ人、しかもマナーが悪そうな相手と苦手な格闘ゲームを行う気はない。

 女性はああ、それじゃないわよ、と前置きした後で、


「あなたの得意な格闘ゲーム……。拳と拳を本気でぶつけ合う、殺し合いの方よ」


 バチィ! と雷光が店内に迸る。

 瞬間、炎に向けて雷が飛来した。炎は、反射的に足からほのおを出して回避する。

 強引に飛び出した為、店の入り口を突き破った。

 ゲームセンターと路上から、人々の悲鳴が聞こえてくる。車道から鳴り響く、クラクションの音も喧しい。


「ここだとこの店まで巻き込みかねないわ! 移動しましょ!」


 そう言って女性は雷の糸で立てかけてあったスケートボードを引っ張って、颯爽と滑って行く。

 理不尽ではあったが、提案には賛成だった炎も、火炎ジャンプで屋根に乗り、屋根と屋根を飛び回りながら女性について行った。

 水橋に連絡を取ろうと携帯を取り出したが、先程の雷撃で壊れている。

 

(やるしかない……一人で!)


 自分なら出来る。一人でも。

 炎は闘志を燃やしながら、ゲーム会場へと向かった。



 戦場ステージとして選ばれたのは、立火市の旧ごみ処理場だった。

 廃棄場は新しい施設の建設に伴い、処理が追いつかないような廃棄物がいくつか放棄されており、無人である。

 粗大ゴミや廃車などが雑に放置されている。ここに積み上げたゴミの山は不法投棄や、異能者によって有り得ない壊され方をしたものばかりだ。

 異能者の暴走は、このようなゴミ問題まで引き起こす。人が長い時間をかけて深刻化させてきた環境問題を急激に悪化させる一端となっている。

 そんな汚らしい広場の真ん中で、黄色い髪の女性は立っていた。

 ロングの黄髪が風に揺れる。髪と似た色の服を着込み、とても目立っていた。

 女性は炎が追い付いてくると、これから始まるゲームに興奮し好戦的な笑みをみせる。


「さてと、ゲームを始めましょうか」

「待って下さい! あなたは誰ですか!?」


 女性とは違い、炎は笑っていない。この女性が何者かまるで分からないし、戦う理由があるのかも知らないからだ。

 女性は、私の名前ぇ? と面倒くさそうに呟いて、


「私は矢那よ。気名田矢那って言えば、私がどこの誰だか分かるでしょ?」

「気名田……!」


 炎ははっとした。

 気名田というのは自分を槍で串刺しにし、心を殺そうとした男の名だ。

 炎が意図せず直樹に自分の能力をコピーさせて直樹が倒し、無能派に殺された男。

 この自分より一つ二つばかり年上の人は、あの気名田の娘だと言うのか。


「ああ、別に復讐ってわけじゃないから。私は楽しければオールオッケー。じゃあ、戦いましょ」

「……っ。何でですか!?」

「何でって……ああもう。戦いに理由なんて必要ないでしょ。話すのは退屈だし、こっちから行くわよ」


 矢那は炎のことなどお構いなしに、戦いを始めた。

 雷を身体に纏わせて突撃する。

 炎も自分の両腕に炎を纏わせた。

 矢那の雷拳を炎の炎拳が防ぐ。


 矢那が攻め立てて、炎は防戦一方だった。

 炎は当初こそ、話し合いがしたいがために攻撃することを避けていた。しかし、そのうちにそんな余裕がないことに気付かされる。


(強い……!!)


 矢那は雷の力でスピードとパワーを強化していた。それも全身を。

 矢那自身が一つの稲妻と言って過言ではなかった。矢那が行動するたびに、雷鳴と轟き雷光が輝く。

 対する炎は自分の部分にしか異能を使っていない。両腕と両足。火力も控えめだ。

 炎と矢那の異能では矢那の方が上だと炎は直観した。


「ほら、どうしたの? 守ってばかりじゃ勝てないよ?」

「くっ……」


 矢那の指摘は正しい。

 このままでは炎は一方的に攻撃されて終わりだ。

 炎はカウンターを狙うことにした。

 矢那の拳を受け流し、ほのおの蹴りを見舞う。

 

「単調すぎじゃない?」


 矢那は簡単に防いだ。

 炎とて予想済みだ。蹴りが当たった瞬間に、爆発させる。


「だから単純だって!」

「えっ!?」


 矢那は爆発を雷の盾で打ち消した。常識では考えられない対処方法。

 異能は既存の科学と常識では計り知れない位置にある。

 何せ、それをやられた炎にも何が起こったのか分からなかったぐらいだ。

 炎が一瞬宙に浮く。

 矢那は茫然とした炎に、雷の拳を叩きこんだ。

 炎の身体を、稲妻が打ち抜く。

 防御が間に合わなかった炎は雷鳴と共にゴミの山へと突っ込んだ。

 

「あっけなかったわね。もっと楽しめると思ってたのに」


 矢那はがっかりしたように呟くと、踵を返した。

 そして、耳に届いた轟音で、足を止める。


「あら……ハハハッ。まだ終わりじゃないのね」


 ゴミの山から火柱が上がっていた。


 ゴミから燃え上がるほのおの柱は一本、また一本と増え続け、ほむらの周囲にあったゴミを全て焼却した。

 燃えるゴミよりも燃えないゴミの比重が多かった為、いくつかの有害物質が発生しているかもしれない。

 しかし、炎は一切気にしない。いや、正確には気に出来なかった。

 今、彼女は一つの想いに囚われている。全てを燃やしつくしたい、全部灰にしたいという燃焼衝動。

 一度外れた鍵は、以前に比べて外しやすくなる。生命の危機に瀕した者は、火事場の馬鹿力を発揮する。

 炎の気持ちとは裏腹に、セーフティはいとも簡単に外れた。

 炎は虚ろな瞳で、矢那を見つめる。

 そして、手を翳した。火など目ではない灼熱が矢那を襲う。

 矢那は嬉しそうににっこり笑うと、小さな太陽を躱した。

 矢那の後ろにあったゴミが全て融ける。


「いいわ、実にいい! とっても楽しい!」


 炎は矢那にとって脅威となった。それはゲームをする上で、とても重要なことだ。

 弱い相手を無双するのはもう飽きた。強い相手を打ち負かして、ドヤ顔するのが愉しいのだ。

 とはいえ、今の暴走しているだけの炎では、敵にはならないが。


「結局――力を上げても、単純なのよねっ!」


 矢那は自分を稲妻と一体化して、炎に接近した。

 炎は無感情な眼で、矢那を捕捉し続ける。

 しかし、攻撃が放たれる瞬間には、矢那はそこにいない。

 矢那は凄まじい速さで炎を翻弄している。


「力だけ上げても、無駄無駄! 相手の動きを読まなくちゃ。もしくは――」


 矢那は残っているゴミの山から、壊れた車を雷糸で引っ張り上げた。

 

「この街を燃やし尽くすぐらいの範囲攻撃をしなきゃ、私には勝てないわ!」


 そのまま矢那は車を殴って飛ばす。

 流石の矢那も今の炎に触れることは出来ない。雷で防護しているとはいえ、火傷で済めばマシなぐらいだ。

 故に、車を融かされる前に対象にぶち当てる。

 矢那の殴りで有り得ない程加速した車は、炎に近づくに連れて形を保てなくなっていったが、完全に燃やされる前に炎へと到達した。

 炎が車の残骸に当たり地面を転がる。

 しかし、炎は自分が傷ついた事を気にも留めず、ゆっくりと立ち上がった。


「あなたを……燃やす……」

「まるでゾンビね。ま、不死身じゃないのが救いだけど」


 矢那は焦る様子もなく、平然と口を動かす。

 炎の頭から血が流れているし、先程殴った時のダメージも残っている。

 炎が動いているので勘違いしそうになるが、炎自身相当なダメージを負っているのだ。

 矢那の勝利はもう確定していた。


「ん……?」

「燃やす……全て……燃やす……」


 燃やす……と呟く炎から目を外し、矢那は遠くに見えるビルに注視する。

 何かが光ったような気がした。

 そして、その見立ては当たっていた。

 矢那の目の前に対異能弾の銀弾が撃ち込まれる。

 しかし、矢那を防護している雷がその弾丸をあらぬ方向へと弾き飛ばす。


「……異能殺し……。メンタルは何してるのかしら」


 とはいえ、ほぼ同一のスペック同士である。手こずるなというのも無理な話なのかもしれない。

 そう考えていた矢那の後ろから、気合の籠った掛け声が聞こえた。

 

「うおおおおっ!!」

「声出すとか奇襲で有り得ないでしょ」


 矢那は何のアクションも起こさず、雷撃だけで対処する。

 直樹は雷を受けて、苦悶の声を漏らしつつ矢那の後方へ着地した。

 ごもっともな指摘だと思うのだが、炎の異能を使うと身体だけではなく心も熱くなるのだ。致し方あるまい。

 

「よくも炎を!」

「それを言うなら私も言わせてもらうわ。よくも私の親父を、ってね」


 矢那は余裕な表情で、炎に背を向けた。一歩間違えれば灰になってしまうにも関わらずだ。

 それは矢那の自信の表れだった。


「あんたまさか……」

「説明は面倒だからパス。しかし、親父も歳を取ったのね。こんな子供に負けちゃうなんて」


 少なくとも矢那が知る父親はこんな奴に負けるほど弱くはなかった。考えられるとすれば、歳を取ったせいだろう。

 

「さて、じゃ、三体一でもやる? あなた達じゃそれでも相手になるか分からないし」

「何……?」


 矢那が自信たっぷりに呟き、ちょいちょいと手招きで挑発する。

 直樹は水鉄砲を抜き、矢那に向けた。

 水橋の異能で、冷静になった直樹が言葉を発する。


「少し余裕すぎやしないか? 俺達三人相手に勝てると本気で思っているのか?」

「余裕過ぎて、片手間でゲーム出来そう」


 矢那が不敵に笑う。

 その時、炎が再び手を翳した。呪詛の様に燃えろ、燃えろ……、と唱えながら小ぶりのマグマを放つ。

 矢那は振り返ることもせず雷の力で飛んで避けた。

 射線上にいた直樹は、即座に異能を切り替えて、ロケットジャンプで回避する。

 瞬間、炎が揺らいだ。

 急に意識を失ったかのように倒れ込む。


「え? えーっ。ちょっとダウンするの早すぎない?」

 矢那は倒れた炎に近づいて、彼女を揺する。だが、全く起きる気配がない。


「炎に触るな!」


 直樹が炎拳で矢那に殴りかかる。矢那は直樹を殴り飛ばすと、つまんねーと不満を漏らした。


「今のままじゃつまんないわね。意外とやりそうだったし、今回は見逃してあげるわ」


 そう直樹に伝えている間にも狙撃が続けられている。しかし、銃弾は矢那に触れてはいけないという世界の法則が存在するかのように、矢那に弾丸が届く事はない。

 矢那はクスッと笑う。矢那の位置にいかづちが落ち、矢那はいつのまにか消えた。

 残された直樹にはくそ、と毒づくことしか出来ない。


「気名田……。今度あったら……」


 しかし、昔のように情けなく後悔したりはしない。次に会った時は必ず勝つ。

 意気込んで、直樹は狙撃地点を見上げた。




(直樹……炎……)


 スナイパーライフルのスコープ越しに二人を見つめる。

 炎は大丈夫なのか。直樹は無事なのか。

 二人を心配しつつも電話を掛けたり、その場に出向く事はしない。

 出来ない。そんな資格は自分にはない。

 なぜ、人殺しに居場所があると思ってしまったのか。

 自分の居場所は、この世ではなく、あの世。それも天国ではなく、地獄だというのに。

 炎の兄を――何の躊躇いもなく殺したあの時から、全てが決まっていたのだ。

 正当防衛だった、などとは思わない。

 人を殺してしまった時点で、正当ではないのだ。

 

「……っ」


 なのに、なぜ。

 なぜ、心が痛んでしまうのだろうか。

 

「く……私は……」


 心は狙撃銃を置いて、ビルの屋上に座り込んだ。

 私はどうしたいのか。

 その答えはもう出ている。

 しかし、心はそれを間違いだと否定した。

 その回答は誤っていると。

 だが、どれほど理性で否定しても、心の方は――。


「……そんなこと考えている場合じゃない。今はメンタルを――」


 自分に言い聞かせながら心が立ち上がったその瞬間。

 心は右肩に激痛を感じた。

 ぐぅ、と声を漏らしながら、屋上のふちに隠れる。

 狙撃されたと直感した。

 狙撃手が誰だか考える必要もない。

 メンタル。心のクローンだ。


(向こうから来てくれた……っ。これは、好機だ……)


 心はそう思いつつスナイパーライフルに手をかける。

 頭を狙われなくて幸いだった。流石の心も頭を撃ち抜かれれば死んでしまう。

 試したことはないので確証はない。今後も試す気はないが。

 いや――そんなことはない。メンタルを殺して、私は――。


「……」


 ボルトアクションのライフルをいつでも発射出来る様にする。

 ガシャン、とコッキングし、弾丸を薬室へと送り込む。

 右肩が痛むのを堪えて、遮蔽物越しに身を乗り出す。

 三つある反対側のビルの内、いずれかにメンタルはいる。

 しかし、心がメンタルは捕捉する前に狙撃された。心はかろうじで銃弾を回避する。


(左はない。真ん中か、右側)


 ある程度の目星はついた。

 心はしゃがんだまま、移動し、あえて姿を晒す。

 より明確に場所を計る為だ。

 危険な賭けだが、これが一番手っ取り速い。

 ダメージを受けても回復出来る心ならではの方法だった。

 心の右頬すれすれを銀色の弾が飛んでいく。

 今ので心はメンタルの位置が分かった。左だ。左のビルから狙撃している。

 心はまた移動し、身を乗り出した。

 そして、向こうが心を補足する前に、メンタルを捉えようとする。

 しかし。


(……いない。隠れてる……っ!?)


 今度は左肩に痛みが生じた。

 しかし、心は自分のいるビルの右側から狙撃しようとしたのだ。

 撃たれる前に気付けるし、先手を取る自信があった。

 なのに、なぜ発見も出来ず、見事に撃たれてしまったのか。


(……まさか!)


 心は気づいた。

 心が心ならではの荒業でメンタルの場所を特定したのと同じように、メンタルもメンタルならではの荒業で心を狙撃したのだ。

 心は痛む両肩で、真ん中のビルを覗き見る。

 すぐさま銃弾が飛んできたが、確かにいた。

 それで心は確信する。メンタルはデバイスで身体を強化し、隣のビルに飛び移ったのだと。

 心の中にある戦術にはなかった。

 そのような方法を使わなければならない時点で、狙撃戦ではなくなるはずだったからだ。

 今までは。

 しかし、メンタルは心を殺す為に現れた少女だ。

 心の盲点をついてくる。異能殺しである心も自分自身の狩り方は想定していない。

 

「くっ……」


 苦悶の声を漏らす心。

 両肩をやられてしまったので、そのまま狙撃は厳しい。

 故に――。


「デバイス……起動……!」


 音声認識によるデバイス起動。

 身体が強化され、力は入らない両腕の筋力を無理やり引き上げた。

 無茶苦茶な方法である。しかし、それがなんだ。

 無茶でもなんでもやらなければならない。

 心はスコープで左でもなく右側のですらない、真ん中のビルを探す。

 相手の裏を掻いてくると予想しての選択だった。

 どこだ、どこだ。

 どこにいる。

 心は焦りを隠さず、白い少女を捜索する。

 そして、白いフードを捉えた。


(そこだっ!!)


 心は迷いなく引き金を引く。

 そして――。

 自分の失敗を悟った。

 もう一度、左肩に銃弾を受けて、心は屋上に仰向けに倒れてしまう。

 倒れる最中に黒いキャップ帽が外れた。

 心が狙い撃ったのは、メンタルの白いパーカーだった。

 メンタル自身はその特徴的な服を囮にし、左側に移っていたのだ。

 心が黒い服を着ているのと似たような理由だった。

 一色の色で相手に自分の特徴色を覚えさせ、別の服に着替えて尾行や暗殺をするテクニック。

 人という生き物は服の色が変わっただけで、それが同一人物か分からなくなる。

 知り合いなら分かるだろうが、赤の他人ならばそうそう分かりはしない。

 もちろん、インパクトのある行動があったり、接近して顔をじっくり観察されればばれてしまうかもしれない。

 しかし、今までは気取られることなく、無事に暗殺出来た。

 そして今、自分の身を持って、それが如何に効果的だったかを味逢わされたのだ。


「く……まだ……くっ……」


 デバイス使用中のダメージは通常時に比べて増加してしまう。

 心は自分の左腕がしばらく使い物にならないと悟った。

 それに、身体が思うように動かないことにも。

 メンタルは弾丸に毒を仕込んでいたようだった。

 徐々に徐々に、追いつめられていく。

 自分自身に狩られる恐怖に。


「……まだ……終わってない……」


 心は右腕でユートピアを取り出した。

 そして、隣に金色の拳銃を置き、グレネードを取り出す。

 使い物にならないと言えど、ピンぐらいは抜けるはず。

 心はグレネードを左手に潜ませて、理想郷ユートピアを構えて、メンタルが現れるのを待った。

 そして、ゆっくりと屋上のドアが開く――。




「ああ……あああ……くぅ……あ……」

 階段を必死に降りる。手すりに捕まって、やっと歩ける程度だ。

 自身の身体に負担が掛かり過ぎていた。

 ポタポタ、と水滴が階段に零れる。

 それは自分の瞳から零れ落ちた、赤い涙だった。

 

「ああ……っ!!」


 足が縺れて、階段を転がってしまう。受け身を取ることなど望めなかった。

 ホルスターから拳銃が落ちる。

 痛む右腕を伸ばして、その銀色の拳銃を手に取った。


「はぁ……ぐぅ……やっと……追いつめたのに……」


 メンタルは苦しみ喘ぐ。

 メンタルの身体状態は、心よりもボロボロだった。

 メンタルの異能は心より劣化している。

 故にメンタルは心より回復速度が遅い。

 実質デバイス使用は一度しか出来ない。しかし、メンタルは心を倒す為にデバイスを二度使用してしまった。

 その為、心がデバイスを三回使用した状態と同じになっている。

 歩くことすらやっと。戦闘すら叶わない。

 それでも、メンタルは歩く。先へ進む。

 目標を成す為に。


「絶対に……譲れない……これだけは……!」


 メンタルは血をこぼしながらも、階段を降りていった。




「水橋……優……」

「やぁ、家出娘。だいぶ探したよ」


 心は開いたドアから出てきた相手に銃を突きぬけて、拍子抜けさせられた。

 中立派のエージェントで、味方である水橋が出てきたからだ。


「なぜここに……?」

「それは君の相棒のお手柄さ。……まぁ、うちのエージェントが気名田矢那と接触してくれたおかげでもあるんだがね」


 中立派の調査員が矢那を発見し、炎が巻き込まれたとの情報を受けた水橋はすぐに現場に向かったが、その途中で心がいるかもしれないという電話が彩香からかかってきた。

 相性の悪い相手とむざむざ戦って足手まといになるよりは、心を確保した方が良い。

 それが水橋の判断だった。


「……私は、帰らない」

「家出する奴はみんなそう言うな。まぁ、無理やりにも引っ張って行くぞ」


 水橋は、痺れて動けない心を立ち上がらせた。

 そして、そのまま階段を下って行く。

 そんな資格はない。私は……と呟いていた心だったが、毒の効果と身体のダメージのせいで、段々視界が揺らぎ始め、最終的に気を失ってしまう。


「資格はない……か。そう言えるなら、君には十分資格があると私は思えるがね」


 水橋は気絶した心の横顔を見ながら独り言を漏らした。

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