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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第二章 ニセモノ
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ゾウエン

 どうすればいいか悩みに悩んで、直樹は心の隠れ家へと向かった。

 裸の幼馴染を着替えさせるのに悪戦苦闘させられたが、やましいことはしていない。

 見てはいけない部分も見ていない。たぶん。

 ほんのちょっと……僅かにシークレットゾーンが見えてしまったかもしれないが。

 直樹のパンチがよほど効いたのか、久瑠実はずっと気絶していた。

 隠れ家に着くと、連絡を受けた通り水橋達中立派エージェントと彩香、炎がいる。

 しばし辺りを見渡して、心がいないことを知り直樹は寂しい気持ちになった。


「そんなキョロキョロしても心はいないわよ」

「くそ。俺が何とか引き留めてれば――」

「あなたみたいなへたれにそこまで期待してないよ」


 彩香にぼろくそ言われて落ち込みながら直樹は家の中へ入った。

 通された部屋の中に久瑠実を寝かせる。

 直樹が初めてこの家を訪れた時、寝かせられた部屋だ。そして、心の部屋でもある。

 修理中のドローン。作業台に置いてある爆発物。机に立てかけてある家族写真。作りかけのプラモデル。

 部屋は生活感に溢れていた。彩香が片付けてないのだろう。

 最も、彩香は家事全般が出来ない女の子なので、片付けられないだけかもしれないが。


「久瑠実ちゃん……大丈夫かな」


 炎が久瑠実を心配する。

 

「それじゃあ、確認しましょ」


 そう言って彩香は透視能力を発動させた。久瑠実の状態と、起こった出来事を透視する。

 すると、集中していた彩香がはぁ!? と声を上げて、直樹を汚らしいものを見るような瞳で睨んだ。

 何でそんな風に睨まれるのか。直樹は困り果てる。

 見かねた炎が助け舟を出した。


「どうしたの? 彩香ちゃん」

「どうもこうも……。このへたれ、久瑠実を気絶させてお着替えプレイを――」

「んなことだろ思ってたよ! そんなことしてないぞ!」


 直樹は突っ込むが、彩香のような透視能力がなく事実確認が出来ない炎は顔を真っ赤にさせた。


「お、お着替えプレイって……」

「少し語弊があるかもしれないけど、要は服を着替えさせて――」

「だーから違うって! 仕方ないだろ、久瑠実が裸だったんだから」

「ははは裸って……」


 慌てだす炎。プスプスと燻ってきた煙に直樹は慌てて水鉄砲を取り出そうとするが、その前に水橋が現れて炎の頭部を狙い撃つ。


「うわあ!」

「ダメだぞ炎君。集中して、自分の気持ちを落ち着かせなければ」

「す、すみません……」


 水橋が炎を叱る。炎はシュンとして謝った。

 

「ま、丁度エージェント様も来た所だし、何が起きたか説明するわ。久瑠実は簡易的な暗示を掛けられてるみたい。……ちょっと物騒だから、拘束を――」


 と、彩香が言葉を言い終わる前に久瑠実が突然起き上がる。

 そのままスクッと立ち上がり、視線が直樹を捉えた。


「直ちゃん!」

「く、久瑠実……うわっ!」


 久瑠実は直樹に抱き着いた。栗色の髪が揺れる。

 直樹は何とか引きはがそうとするが、強く出れない。

 ホテルで久瑠実を気絶させたのはやむを得なかったからで、それ以外では不必要に久瑠実を攻撃したくはない。直樹と久瑠実は幼馴染なのだ。


「だだだダメだよ久瑠実ちゃん! 抱き着いたりなんかしたら!」


 炎が大慌てで久瑠実に叫ぶ。すると、久瑠実は直樹を背中を強くつねって(いてえ! と直樹は悲鳴を上げた)後ろを振り返った。


「出やがったな、この泥棒猫!」

「ど、泥棒猫って……」


 普段とは考えられない久瑠実の言動に炎が固まる。炎が知る久瑠実はとても優しく、いい人選手権で優勝出来るような人なのだ。

 今のぎらぎらと炎に殺気を送るような久瑠実ではない。


「なに? 何でなの? 何で直ちゃんに近づこうとするの?」

「まぁ待て少女。友達なのだから――」

「なに? あなたも私から直ちゃんを奪う気?」


 久瑠実の矛先が炎から水橋へと移る。むむ、と唸った水橋は首を振った。


「生憎私に年下趣味はない」

「どういうこと!? 直ちゃんに魅力がないって言うの!!」

「え? いや……」


 無難な答えを選択したはずの水橋が言葉に詰まる。久瑠実は直樹の背中に爪を立てて(いててて! と叫ぶ直樹)水橋を追及する。


「直ちゃんはね、とっても優しいの! 昔から一人ぼっちだった私の事を気に掛けてくれた、唯一の人。あなたみたいな年増には分からないでしょうけどね!」

「と……年増……」


 水橋がショックを受ける。19歳なのに、そこまで老けて見えるのか私は、と。

 実際には大人びた印象故に老けているというよりも大人のお姉さんという感じなのだが。


「はぁー。面倒くせえぞ」


 ぼりぼり頭を掻く彩香。すると、久瑠実が彩香に喰ってかかった。


「直ちゃんの相手をするのが面倒ですって!!」


 久瑠実は直樹を以下略。うぐあああと声を直樹は声を上げた。


「いやそんなこと言ってないし。私その男どうでもいいし……」


 神崎直樹とくっつくぐらいならまだ心を選んだ方がマシである。次点で炎か。彩香は百合っ子ではないが。


「どうでもいい……? 直ちゃんが! どうでもいいですって!!」


 ぶち切れる久瑠実。のぐぅあ! と声にならない悲鳴を上げる直樹。それを見て彩香は嘆息する。


「いやもう独占したいのか共有したいのかはっきりしろよ……」

「く、久瑠実ちゃん……直樹君が……」


 指摘されて直樹の様子に気付いた久瑠実は、ごめんね! と言って直樹に再度抱き着いた。


「ごめんね、ごめんね直ちゃん! お詫びはするから……ベッドの上で」


 色っぽく囁く久瑠実に直樹と炎が慌てだす。


「い、いやそれはいいから!」「ダメ! ダメだよ久瑠実ちゃん!」


 久瑠実は直樹の声だけに反応して答えた。


「何で? ……好きじゃないの……? 嫌なの……?」


 直樹が口どもる。好きか嫌いかで言えば――。


「ねーわ」「健全な青少年とは言えないな、直樹君」


 軽蔑の眼差しを送る彩香と呆れ眼で見る水橋。直樹はそれらに後押しされて、久瑠実を押しのけた。


「待て、落ち着こう久瑠実。いつものお前に戻るんだ!」

「いつもの私? 何で?」

「何でって……」


 純粋な眼で直樹を見上げる久瑠実に直樹は困らせられる。


「暗示をかけられてるから無理よ」


 そう言った彩香だったが、まだ直樹に伝えていないことがあった。

 実は久瑠実に掛けられている暗示は至極単純なものだ。

 自分の欲望に正直に。久瑠実から理性を取っ払った状態が今の久瑠実だった。

 

(ま、これは神崎直樹には秘密ね)


 久瑠実の心の底に秘めた想い。直樹を独占したいという気持ち。

 複雑な乙女心を直樹に伝えるのはデリカシーに欠ける。

 困ったな、と弱る直樹達に彩香は透視して得た情報を伝えることにした。


「そういえば、心のクローン、あの子のコードネームはメンタルだから。分かった?」


 彩香は大きな声でメンタルという名を言う。その言葉は部屋内にいる直樹達に言ったのと同時に、部屋を盗聴しているであろう相棒に向けて放った言葉でもあった。


「心のクローンにメンタルというコードをつけたか。悪趣味な連中だな。それとも、いいネーミングだとでも思っているのか……?」


 水橋が異能派に対し憤慨する。中立派である水橋に異能派の考えは理解出来なかった。


「……メンタルちゃん、か」


 炎が複雑な表情で呟く。炎の事をよく知る直樹と、透視異能を持つ彩香は炎の気持ちが推察出来た。

 二人の推察の通り、炎はメンタルとも分かり合えるのではないか、と思っている。

 しかし、心を拒絶してしまった自分にそんなことが出来るのか、とも。


(みんなと、仲良くする。そんなこと、今の私に言う資格ないよね)


 落ち込む炎。彩香が彼女を励まそうと口を開いたが、声を発する瞬間に思いとどまった。

 心を止められなかった自分にそんなことを言えるのか。言ってしまっていいのか。

 そのような迷いが、彩香の言葉を飲み込ませた。

 二人の様子を見ていた直樹がゆっくりと口を開く。


「らしくないぞ、二人とも。心を連れ戻して、メンタルもどうにかする。俺達なら出来る!」


 何の根拠もない言葉。しかし、二人を元気づけるには十分過ぎる言葉だった。


「うん! 頑張ろう、直樹君」「はっ。あなたなんかに言われなくても分かってるわー」


 その言葉を聞いて、なぜか久瑠実も満面の笑みをこぼす。そして、再び直樹に抱き着いた。


「さっすが、私の直ちゃん! やっぱりかっこいい!」

「ダメだよ!」「うわっ、こいつ鼻の下伸ばしてるわ、やはりねーわ」


 直樹と炎が久瑠実を引きはがそうと格闘し、彩香が侮蔑の眼差しを直樹に向けている最中、水橋は久瑠実の襟についている小さな機械に気付いた。


「……これは、盗聴器か? あ……」


 パチンッ! と自壊するミニクロサイズの盗聴器。水橋は顎に手を当てて熟考する。


(メンタル……君は本当は……)


 しかし、その考えは憶測に過ぎない。結論付けるのはまだ早いと考え水橋は思考を止めた。

 メンタルを捕まえてどうにかする。直樹の意見が最善のはずだ。


(……いい少年だ。もう誰も死なせんぞ、いい人間は)


 水橋は親友と、新垣達也を思い出して、決意を改めた。

 


 

 丁度その時、彼らがいる家から離れた路地裏で、フードを被った少女が怒っていた。

 月明かりに照らされる白い髪を揺らしながら、メンタルは独り言をこぼす。


「ワタシをどうにかする? 随分なめられたもの……。今度こそ」

「そーね、殺してもらわなくちゃね」


 独り言だったはずなのに、誰かが答えた。

 メンタルが後ろを振り返ると、黄色髪の女性が立っている。


「矢那……」

「メンタルちゃんが苦戦してるようだから、助けに来たよ」


 おどけた調子で話す矢那。しかし、メンタルは納得がいかない。


「今回の件はワタシに一任されてるはず」

「まぁまぁそう怒らないで。ちゃんと獲物は残しといてあげるから。私はあの赤い子だけで十分。異能殺しはあなたの担当よ。復讐劇を邪魔されちゃったんでしょ?」


 図星を刺され、メンタルはむすっとする。無能派に角谷彩香を始末させるはずが、さすが能無し共。

 見事に全滅してくれた。

 メンタルは心を圧倒しているように見えるが実際にはそうではない。苦戦していた。

 一対一の戦いならば、メンタルは心に勝つ自信がある。

 そういう風に作られた暗殺用生体兵器だからだ。

 しかし、心には仲間がいた。神崎直樹、草壁炎、角谷彩香、水橋優。

 直樹と彩香、水橋は問題ないが、草壁炎は驚異だった。

 だが、下手に暗殺しようと動けば心に裏を掻かれかねない。

 心は受け身でメンタルの行動を待てばいいが、メンタルは動かなければ何もなせない。

 正直、矢那の援軍はありがたかった。


「ま、オヤジを倒した男も気にはなるけど、どうせ弱いだろうしね。水橋ってヤツも雑魚だし、彩香ってのも論外。シャドウはどうせ国外にいるだろうし……なら、妥協点は草壁炎でしょ。暴走時の戦闘力は凄まじいものだって聞いてるから、愉しみ!」


 わくわくした表情をみせる矢那。メンタルは例の品物とパワードスーツをどうしたのか訊ねた。


「例の物とアスプは?」

「例の物はちゃんと改良中。もうじき完成するんじゃない? どこに撃ち込むか考えないとね。アスプは……一応持ってきてるけど、どうせ使わないっしょ」

「なぜ? あのスーツの戦闘力は……」

「だってあいつら……弱いでしょ、激弱。狭間心は気になるけど、中立派なんていわゆる寄せ集めに過ぎないじゃん。強そうなのはシャドウくらい。アスプちゃん使わなくても余裕よゆー」


 その意見には同意だ。メンタルはにやりと微笑む。


「違いない。さて、今後の予定を立てましょう」


 オッケー、とくるりと反転する矢那。メンタルはその後ろ姿について行く前に、直樹達がいる隠れ家を見つめた。


「フフッ。アナタ達の行きつく先は絶望。それ以外の道は、有り得ない」


 メンタルは冷笑を浮かべ、どうやってオリジナルを苦しめるか考えながら移動し始めた。


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