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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第二章 ニセモノ
23/129

ワナ

 今度は逆だった。

 前回は奇襲を受けたが、今回はこちらから奇襲を仕掛けている。

 以前は不利。此度は有利。

 黒い少女は白いフードを被る少女に金色を向ける。

 白の少女は舌打ちをしつつ、黒の少女に銀色を向けた。

 直樹は、と心が目を向けると、久瑠実を庇うようにして立っている。

 白の少女の目論見は崩れ去った。形勢逆転である。


「……まさか、ワタシを追跡して――」

「……あなたの居場所は分からなかった。でも、あなたの行動は予測出来る」


 心は単独行動を始めて、すぐに久瑠実について調べた。巻き込まれた可能性があったからだ。

 そして、その予測は的中した。立花久瑠実は昨日夜遅くに帰宅している。

 真面目な彼女では考えられない行為。彼女の身に何かが起きたと推測。

 監視ネットワークを用い、久瑠実と接触する可能性がある直樹に網を張るだけで良かった。


「……シンプルな作戦過ぎた。下手に細工するよりもアナタを騙せると思ったのに」

「そうでもない。追跡は困難を極めた。あなたに気付かれれば全てが台無しになるところだった」


 心は賛辞を口にする。純粋なメンタルに対しての評価だった。

 監視ネットワークには工作がされていた。不正アクセスを検出し、探知するプログラム。

 あってなかったような政府の防衛セキリュティよりも遥かに高度なもの。

 それに対し心が取った策は古典的だ。

 監視ネットワークを使わず、追跡術を用いて直樹を尾行した。

 暗殺者である心は様々な追跡テクニックを身に着けている。

 ただし、今回の追跡は一筋縄ではいかなかった。

 メンタルの存在は心にとって厄介だった。待ち伏せしてる相手に気付かれぬように対象を追跡しなければならない。

 心のみではメンタルに辿り着く事は叶わなかった。

 では、なぜ心が追跡に成功したか。

 その理由は彩香が囮となったからである。

 監視ネットワークで心を必死に探していた相棒はメンタルをかく乱していた。

 意図せず、彩香はパートナーとしての仕事を果たしたのだ。


「フフッ。姉さんに褒められるなんて……」


 メンタルは笑みを浮かべたが、その笑みは皮肉気だった。

 心は無表情のまま、メンタルに銃を向ける。


「さて……ワタシを殺す?」

「……いや、あなたには聞きたいことがある」

「……フフッ。甘いわね……」

「否定はしない」


 しばらくの間、静寂が一室を包んだ。

 金と銀を向け合う黒と白の少女を直樹は黙って見守る。

 心に加勢したいという気持ちがあったが、久瑠実を守らなければならない為動けない。

 そして、それは心にとって最大の援助だった。

 心はユートピアの引き金を引く。

 フルオートの弾丸がメンタルへと放たれる。狭い一室での銃撃。

 マシンピストルであるユートピアは閉所での戦闘に有利だ。

 しかしそれはメンタルも承知している。


「デバイス起動アクティベート!」


 メンタルは自身の身体を強化させた。

 驚異的なスピードを獲得したメンタルは対異能弾の雨を回避する。


「フッ!」

「くっ!」


 避けた先で、メンタルはディストピアを放った。弾道を予期していた心が身を捻らせて弾丸を避ける。

 メンタルの撃った弾が花瓶を割り、そのまま壁を撃ちぬいて飛んでいく。

 心は一瞬、隣室に誰かいないか心配になったが、すぐに爆破した時点で非難を完了したはずだと結論付けた。

 ディストピアの威力の前に遮蔽物は意味をなさない。心は狭い部屋を動き回る。ユートピアを撃ちながら。

 とはいえ、いくら弾丸をばらまいても、移動速度が強化されたメンタルには命中しない。

 そろそろか、とタイミングを計っていた心は魔法を唱える。


「デバイス起動!」

「チッ!」


 早送りされた両者の攻防が始まった。

 銃の放たれる音、金属がぶつかり合う音。ラブホテルからは聞こえるはずのない音が部屋から漏れる。

 間近で見ていた直樹には、激しくせめぎ合う両者の色が混ざり灰色に見えた。

 ガンッ!! という警棒とナイフが交差した音を最後に、両者のデバイス効果が解除される。

 黒と白は、右手に警棒とナイフを、左手に理想郷ユートピア暗黒郷ディストピアを持ち睨みあう。

 メンタルは不機嫌そうな顔をしていたが、銃弾を受けていた時計に目を移し、にやりと笑った。


「何……?」


 追いつめられてるはずのメンタルの表情に心が訝しむ。

 メンタルは笑いながら、


「フフッ……もうすっかり遅くなったと思って。いくら能無し連中でも、ワタシが流した情報を解析し終えた頃のはず」

「何言ってんだ……?」


 メンタルの言葉が分からない直樹が呟く。しかし、即座に判断出来た心は、焦った顔で携帯を取り出した。


「まさか――まさか! 彩香を……」

「ご明察。ワタシはアナタを苦しめる。アナタの大事なモノは全て破壊する。もちろん目が良いアナタのパートナーも。バカな赤い女も。そこの二人も……全て。人殺しは得意よ」


 得意げに笑うメンタル。対照的に心は焦燥していた。

 異能殺しに、一瞬の隙が出来る。

 その瞬間、メンタルはデバイスを起動させ、撤退を始めた。


「待て!!」

「焦らなくとも、すぐ殺す」


 メンタルは不穏な言葉を残しいなくなる。

 立ち上がった直樹が心を見ると、心は絶望的な表情を浮かべている。

 心の携帯の画面には、隠れ家を取り囲む黒の特殊部隊が映し出されていた。



 

 彩香が異変に気付いたのは、偶然だった。

 心の捜索に気を取られていた彩香は、灯台下暗し、もしかしたら近くに心がいるのではないかと思い、透視能力を発動させた。


(……囲まれてる!?)


 透視能力で家の壁が透け、銃で武装した集団を彩香が捉える。

 罠があることを警戒し、地雷探知機や、見たこともない機械でトラップを探知している兵士達。

 所属の部隊章はなく、黒一色の戦闘服。ヘルメットにゴーグル、マスクをしている為、顔を見て取ることは出来ない。

 近距離戦に有利なサブマシンガンで全員が武装している。


「……ッ!!」


 彩香が息を呑んだ。

 家の中に近づいてきたからではなく、通りがかった人間を兵士が殺したからだ。

 一応、彼らは存在してはいけない部隊である。世界の裏側を知っている者なら誰でも既知の部隊だが、それでも彼らは秘匿し続けている。

 その為、目撃者は始末される。人が死ねば疑われるのだが、彼らはそれならと疑った人間を殺す。

 効率云々の問題ではない。そういう組織なのだ。

 実際に効果はあった。家族や知り合いを殺された者達の多くは疑う事を止めた。自分が殺されたくないからだ。

 ちなみにそういう不審死のあったいくつかの街や村はもう存在しない。ネットワーク上では、それらを疑問視する声も上がっていたが、数日のうちに沈静化した。書き込んでいた人がどうなったのか想像に難くない。


(……来る!)


 電子音の後に、地雷が解除されたのを彩香は見て取る。

 兵士達はハンドサインやら何やらで合図を取り合った後、ドアに接近してきた。

 そして、爆音が響く。


「ぬわ……あああ!! 足がぁ!!」


 敵兵の悲鳴が彩香の耳に届く。

 心は用心深い人物だ。一度異能派に奇襲を受けてからというもの、隠れ家の防御については万全に万全を期している。

 心を殺すには不意をついた最初の一撃で殺すしかない。同じ手は二度と通用しないからだ。

 解除したはずの地雷で被害を被った兵士達は動揺していた。

 毒づいた一人がグレネードを取り出す。


「……まさか!!」


 彩香は家の内側から、敵がグレネードを放り投げるのを目撃した。

 複数の爆音が家の外から鳴り響く。

 心が仕掛けた地雷類は、周辺の家屋に損害を出さないよう配慮されている。

 隠れ家にも、近隣住宅にも損傷を与えずに地雷が処理された。

 くっ、と唸った彩香はパソコンを操作する。

 ドローンを起動させる。戦闘用のドローンが一機残っていた。

 偵察用は心の捜索に当てているので回収している暇はない。

 暗殺用は破損したままだ。

 二階の窓から飛行した戦闘用ドローンを有利な位置に配置させる。

 しかし、敵が侵入してくる方が速そうだ。敵の一人がドアノブに手を掛ける。

 無能者である部隊員に電撃トラップは発動しない。

 ドアがゆっくりと開く音。戦闘用を特攻させるかと彩香が思ったその時。


「このひとたち、だれ?」


 小さな子供の声が聞こえた。

 買い物帰りなのだろうか、母親と子供が家の前を通りがかったようだ。

 黒い部隊と死んだ一般人を目視し異常さに気付いた母親が子供を抱きかかえる。

 二人に気付いた隊員達が振り返った。消音器付きのサブマシンガンが親子に向けられる。


(止せっ!!)


 彩香は咄嗟にドローンを操作した。

 まだ所定の位置についていなかったドローンの攻撃は一人の肩を被弾させ、もう一人の足を撃ち抜いて破壊された。

 その間に母子は逃げられたようだ。少なくとも、射撃を受ける範囲外からは。

 部隊員達は本来の任務に戻ることにした。あの親子の殺害はいつでも可能だが、異能殺しはそうはいかない。

 まずい、と彩香の本音が口からこぼれた。家の中にも罠はあるが、それで敵を全滅出来るとは思えない。

 そもそもこのトラップは、あくまで心が到着するまでの足止めである。心が来なければ、意味のない代物だ。

 そうだ、心が来れば――。

 と思った彩香は即座に考えを改めた。この場に心が来るのは危険だ。


(……今の心は……危なっかしい。全く、一年前とは大違いよ。初めて会った頃はぶすっとしてたのに)


 彩香は昔を懐かしむ。

 心に助けを求めなかった時点で、自分の命については諦めていた。

 そもそも死んでてもおかしくない人間である。今更死んだ所で驚きはしない。

 しかし、心残りがないかと問われれば嘘になる。

 狭間心。命の恩人。どう頑張っても叶うわけがない理想を追い求める相棒。

 せっかく彼女に安息が訪れたと思った矢先、姿かたちの似た別の何かにめちゃくちゃにされてしまった。

 心の戦いをサポートしていた彩香にはメンタルの恐ろしさが分かっている。

 メンタルは心が取らなかった方法を用いている。ある意味、オリジナルである心より完成された暗殺者である。

 心は自分の戦いに無関係の人間を巻き込まないようにしていた。もちろん、そうそう上手くいくことはなく、殺されてしまった人々の上で泣き崩れる姿を彩香は何度か見たことがある。

 しかし――メンタルにはその優しさがない。無慈悲な殺人機械。

 まるで優しさをどこかに置いて来てしまったような――そんな感覚すら彩香はする。

 もし透視出来れば全てが分かるはずだ。最も、その機会はなさそうだけど、と彩香はため息を吐く。

 

「ふはーどうすっかねぇ。最後にCDでも聞こうかなー」


 安定しない口調で強がる彩香。口調がころころ変わるのは元々だ。心は初めこそおかしいと指摘していたが、すぐに気にしなくなった。

 心は他者が気にする彩香の変な部分を全て受け入れてくれた。


(……百合には興味ない……とも言い切れない? いやいや。この気持ちは恋じゃねーよ)


 回転式の椅子に座りくるくる回る彩香。最後の時が刻々と近づいてくる中、もう一つ心残りがあったことを思い出した。


「……学校、ちゃんと行ってみたかったなー」


 直後に轟音がした。




「彩香……彩香!!」


 心が携帯に向かって叫ぶ。だが、メンタルによる妨害工作か、彩香の携帯には繋がっていない。


「彩香彩香彩香!! お願い! 電話に出て!!」


 取り乱す心。ここまで取り乱した彼女を直樹は見たことがない。

 必死に携帯を握りしめる心は何かにすがっているようにも、祈りを捧げているようにも見える。

 だが、彼女は信じていないだろう。神の存在を。


「くそ……今からじゃ……!!」


 直樹は飛び出て行こうとも思ったのだが、久瑠実が気にかかる。

 メンタルが完全に引いたかどうかも分からない。今の錯乱している心を放っておくことも出来なかった。

 ザザ……と心の携帯にノイズがかかる。

 そして、メンタルの顔が表示された。

 

『ハハッ。どう? 絶望してる?』

「め……メンタルッ!!」


 心は自身の携帯を握りつぶさん勢いで、画面を睨み付けた。


『まだまだ。このくらいの絶望ではワタシは満足出来ない。もっとひどいことをしてあげる……覚悟しておいてね』

「私が狙いなら、私を狙えっ!!」


 心が激昂する。反対に、メンタルはハハハ、と嬉々とした表情。


『もちろん。だけど、簡単には死なせない。再生能力を持って生まれたことを後悔させてあげる。アナタが存在しなければ――ワタシは苦しまずに済んだのだから』


 そう言い残して、メンタルが消える。

 画面にはプリインストールされた待ち受けが表示された。

 監視ネットワークにアクセスする気も失せている。

 

「ああ……うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 心が泣き崩れた。

 しかし、直樹にはどうすることも出来ない。彩香を助けることも、心を慰めることも。

 だから――。


(頼む……炎! 彩香を……救ってくれ!!)


 仲間を信じることにした。




「え……?」


 間の抜けた声。

 その声に引けを取らず、ポカンとした顔をする。

 

「き、貴様っ!!」「このガキ……強いぞ!」「撃て……撃てっ!」「待て、味方に当たるっ……うぐおあ!」


 複数の悲鳴が手狭な家の中に響く。くるくると椅子を回していたスウェット姿のオタクはただただ茫然としていた。

 悲鳴とは違う声、気合の籠った声が彩香の耳に聞こえてくる。


「てええい! やあ! たあ!」


 格闘ゲームでもしてんのかよ、と突っ込まざるを得ない。しかし、行動をするとき声を上げるのは、合理的な判断だ。

 どこかで見たからそのはずだ、たぶん。ソースは掲示板。


「って、炎!? どうしてここに!!」


 事態に思考が追い付かずアホなことを考えていた彩香の前に炎が現れる。


「彩香ちゃん! 大丈夫だった!?」

「いや……まぁ……ちょっと漏らしそうだったけど……」


 後半部分は小さな声で言ったので、炎は聞き取れずに首を傾げた。


「ごめん、良く聞き取れなかった。もう一度……」

「い、いやいや。今のは聞かなくていいから……ああっ!!」

「彩香ちゃん!?」


 ホッとしたせいで、身体の力が抜けて、椅子ごと倒れ込んでしまう。あぐぅあ! と悲鳴を上げた彩香を心配そうに炎が覗き込んだ。


「うぅ……くそ……少し漏らしちまったかも……」

「大丈夫……?」


 差し出された炎の手を掴み、彩香が立ち上がった。しきりに股間部分を気にする理由は炎には伝わっていない。


「心は……?」

「……来てないよ」


 炎が暗い表情で言う。

 彩香はあちゃあと頭に手を当てた。二人はまだ仲違いしている。


「にしても助かったよ。ありがとう」


 話題転換ついでに彩香が謝罪を述べると、別にいいよ、と炎が微笑む。


「友達を助けるのに、理由なんていらないからねっ!」

「うおおう。何だろう、普段なら鬱陶しいのに今だとすごい感動してしまうよ……」


 悔しいけど感激してしまう、となぜか悔しがる表情をした彩香は、炎に訊ねた。


「どうして来たの? あ、友達のピンチならいつでも! だとか、正義の味方は颯爽と! とかはナシで」

 

 何やらかっこつけようとしていた炎に釘を刺すと、どこかシュンとした様子で炎は答えた。


「水橋さんに彩香ちゃんが危ないかもって教えてもらったからね。……心ちゃんはどこか行ってるみたいだったから、超特急……いや、スペースロケット級で来たよ」

「……はいはい」


 邪見にあしらいつつも彩香は心の底から炎に感謝していた。

 炎は冗談抜きで良い奴である。それが彩香の見解だ。

 きっと――彼女なら心を赦してくれる。心の理解者になってくれる。

 その為には、メンタルを捕獲し、家出娘も捕まえなければ。

 ふと、彩香は奇妙な感じがした。

 思えば――心とメンタルは表裏一体なのだ。

 心がしなかったことをメンタルが行い、メンタルがしないことを心が行っている。

 もしかすれば、もしかすると――。


「……」

「おーい、彩香ちゃん?」


 黙って熟考する彩香の目の前で、炎がぶんぶん手を振り回す。

 しばらく考え込んでいた彩香だったが、気が散ってきた。


「あーもう、うるさいなぁ。せっかく見直してきたところ……っ!」

「彩香ちゃん?」


 彩香は突然、部屋の斜め上を見上げた。炎が不思議がって視線を辿るが、散らかりすぎて蜘蛛がシェアハウスをしているだけだ。


「彩香ちゃんって蜘蛛嫌いなの? ねぇ、彩香ちゃん?」


 彩香は炎の声を無視して、部屋の隅を見続ける。正確には透視した先の人物を見ていた。


(……心……戻ってきて……。きっと……炎は受け入れてくれるよ。あなたが、私を受け入れてくれたのと同じように)


 だが、彩香から心が見えても、心からは彩香は見えない。

 相棒……いや、元相棒の無事を確認した心を、後処理の為に訪れた水橋が目撃したが、瞬きをした瞬間に心は姿を消した。



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