ヘンシツ
炎と心の様子が気になるが、だからといって学業を疎かには出来ない。
直樹は、いつも通り学校に登校していた。
水橋達中立派の監視対象に入った帝聖高校は彼女の一存でスケジュールや成績などもコントロール出来る。
水橋が命じれば直樹の出席日数もどうにかしてくれるのだが、それは学校をさぼっていい理由にはならないと水橋に言われてしまい、直樹は机で思考に耽っている。
(久瑠実は……と。いるな)
教室を見渡し幼馴染を確認する。
急遽呼び出された直樹達は結果として久瑠実を放置してしまった。
久瑠実が消えたなどと心は言っていたが、直樹には信じられない。
少しボーッとしているものの、普段の久瑠実である。
心は少し混乱していたのではないか、とも思う。
自分のクローンの存在、炎の兄を殺したのが自分だったこと。その二つの事実が心を惑わせてありもしない幻覚を見せたのではないか。
確かに心の話は一概に否定しにくい。かくいう直樹自身だって、異能者だということを知らなかったのだ。
久瑠実が実は異能者でした、などという可能性もなくはない。
しかし、だとすれば久瑠実が学校に来ている理由が分からない。
自分が異能者だと知ってノーリアクションで学校に来れるだろうか。
(……俺の場合は例外だ)
直樹は自分のことを棚に上げた。
直樹の場合は色々切羽詰まっていた。急がなければ心が殺されてしまう状況だったのだ。
しかし、久瑠実には余裕がある。自分に不思議な力が宿っていたことに関して、分析する時間があったはずだ。
考えられる可能性としては、久瑠実が一日で整理を付けられたか、そもそも心が間違っているかのいずれかだ。
(つか悩んでないで話掛けた方が早いよな……)
直樹は頭をぼりぼり掻いて立ち上がったが、運の悪い事にチャイムが鳴った。
仕方ない。直樹は席について、久瑠実の様子を窺いつつ授業を受けた。
授業中の久瑠実の様子は普段とは違った。
自分に人を観察するのは難しいかもしれない、と直樹は思う。
ここ最近、自分が愚鈍であることに気付かされた。人の気持ちを読んだり察することがこうも下手だとは。
コミュニケーションに自信あり! とまでは言わないが、人並みだと思っていたのに。
嘆息しながら直樹は久瑠実を見続ける。
ふと昔が懐かしくなってきた。
直樹と久瑠実は幼馴染である。幼い頃は公園などでかくれんぼなどをして遊んでいた。
何度も負かされたものだと、直樹は微笑む。久瑠実は隠れることに関しては大人顔負けだった。
久瑠実に隠れられると絶対に勝てないので、久瑠実がいる時はかくれんぼ禁止、というルールまで出来たほどだった。
「……」
確かに、そう考えると心の話も信憑性があるのかもしれない。直樹は疑いの眼差しで久瑠実の後ろ姿を見た。
しかし、見たからと言って分かるわけでもない。彩香のような透視能力は直樹にはないのだ。
彩香は心の捜索に追われていたので、直樹は自分で確かめることにした。
すぐ済む問題なので協力を仰ごうとも思ったのだが、彼女の心境を考えて止めた。
彩香の様子は普通ではなかった。必死に心を監視ネットワークで捜索していたのだ。
彩香の透視能力は一見便利そうだが、実際は違う。見え過ぎるということは、見たい対象を見逃してしまう可能性を孕む。
ましてや心は暗殺者だ。暗殺というのは基本的に不意を討つこと。不意を突く直前までターゲットに気付かれてはいけないという職業柄、潜み紛れることが得意だ。
ただでさえ見つけにくい相手が、大量の情報の中に紛れていては、いくら彩香と言えど見つけるのは困難を極める。
直樹としては協力したかったが、未知の敵がいる以上単独行動は危険と水橋に言われてしまった。
炎の調子が回復すれば行動も可能だろうが、果たして今の炎が心を探すだろうか。
そこまで考えて、直樹は頭を振る。
炎が心を探すように仕向けるのは俺の役目だ。無理強いではなく、純粋に仲直りしたいという気持ちにさせる。
出来るはずだ。二人なら。一度分かり合った二人ならば。
そもそも別に仲違いしてる訳でもない。両方が両方を案じた結果の行き違いなのだ。
(元に戻れる……いや、絶対に戻す!)
教科書を見つめて授業を受けているフリをしていた直樹は、幼馴染が自分を盗み見たことに気付く様子はなかった。
「くそ……結局放課後かよ……」
自分の間の悪さと運の無さに直樹は愚痴を吐く。
声を掛けようとした瞬間に久瑠実はトイレに行ってしまったり、智雄に邪魔されたりもした。
いつもいつもムカつくタイミングで声を掛けてくる友人に対して一発見舞った後、クラスメイトと会話している久瑠実の隙を窺っている最中である。
今かまだか、直樹がやきもきしていると、不意に久瑠実が立ち上がり、直樹へと歩き出した。
好機到来! と直樹が声を発する前に久瑠実が彼を誘う。
「直ちゃん、いっしょに帰らない?」
願ったり叶ったり。直樹は即座に快諾した。
「ああ、帰ろう!」
上手く情報を聞き出せそうだ、と満面の笑みを浮かべてしまった直樹。久瑠実は苦笑しつつ、隠し持っていたリモコンのボタンを押した。
久瑠実が異能者か確かめる為、直樹は寄り道をすることにした。
久しぶりの二人での下校である。炎が来てからというものの、直樹は幼馴染よりも転校生と下校することが多かった。
そういえば、久瑠実は自分と帰りたがっていたな、と直樹は思い出す。
ほとんど会話しなくなった女友達の内、久瑠実だけは例外だった。
年齢が上がるにつれて、女子と会話するよりも男子といた方がいいと思うようになっていたが、久瑠実だけは昔と同じように接している。
幼馴染パワーというヤツだろうか。もしくはただ単に直樹がへたれなだけか。
「直ちゃん」
「ん? どうした久瑠実」
隣を歩く久瑠実が直樹を呼んだ。栗色髪の久瑠実は、少しそわそわした様子で笑いかけてくる。
「久しぶりだね、いっしょに帰るの」
「そうだな……ッ!?」
直樹の心臓が飛び上がる。
久瑠実は唐突に抱き着いてきた。う? ん? とへたれ直樹にはどぎまぎすることしか出来ない。
「嬉しいよ。最近、いつもほったらかしだったから……」
「ほ、ほったらかしって、別に……」
何が!? 何が起きてんの!? と全く余裕がない直樹。
本来ならば久瑠実が異能者か否か問いたださなければならないのだが、抱き着かれた驚きとほんのちょっぴりの下心で胸が一杯になってしまう。
久瑠実は直樹の右腕に抱き着いたまま、上目使いで訴えかけてくる。
「……行きたい所があるの。付いて来て」
「……あ、ああ……」
へたれ直樹にはそれ以上の言葉を発せない。久瑠実に引っ張られるように商店街の中を進んで行った。
久瑠実はずんずん先に進んで行く。直樹の事を草食系男子と呼ぶならば、今の久瑠実は肉食系女子だ。
故に直樹の脳裏に疑念が渦巻く。
普段の久瑠実ならこんなことはしない。もし仮に、直樹と久瑠実が恋仲か、それに近い存在になったとしても、真面目な久瑠実は健全な付き合い方をするはずだ。
きっと最初は手を握るはず。少なくともそれが直樹の知る健全だったし、久瑠実が行いそうなことだった。
そして、疑念と違和感は大きくなっていく。
久瑠実が直樹を引っ張ってきた場所。そこは直樹の知る健全とは程遠い場所だった。
高校生が利用してはならない場所。俗にいうラブホテルという所だ。
「久瑠実!? 何でこんなとこに!?」
久瑠実らしからぬ行動に、直樹の声が大きくなる。
久瑠実は切なそうな瞳を直樹に向けて、
「言わなきゃ、わからない?」
「……ッ」
直樹は思わず息を呑んだ。どこか扇情的な瞳。普段の彼女らしからぬ、色気すら感じさせる。
自分の心音が聞こえ出した。思春期の男子ならば、このような場所に同級生に連れて来られて、ドキドキしない方がおかしいといえる。
しかし――直樹は思春期の男子とは少し違う点があった。
彼はへたれであるし、女性とは健全なお付き合いをしたいと思っているロマンチストでもある。
「待て、久瑠実。やっぱお前どこかおかしいよ」
「おかしい……? 私が?」
直樹は久瑠実の肩を掴み、その瞳を覗き込んだ。
「そうだ。いつもの久瑠実ならこんなことしない。昨日何か――」
「おかしいのは直ちゃんでしょ?」
バッ、と久瑠実は直樹の手を退かした。先程とはうって変っての急変である。
唐突過ぎる変化に直樹の背筋が凍った。
「最近、いつも変だよ。炎ちゃんと心ちゃんのことばっかり。学校も休みがちになったし」
「それは……」
直樹は言葉に詰まる。久瑠実の指摘は正しかった。
確かに自分が変わったことは否定出来ない。性格も少し変わったし、何より異能者だと気付いたことが一番の変化だ。
しかし、自分の事を棚に上げて、直樹は久瑠実に問い詰める。
「俺のことなんかどうでもいい。昨日、公園で何かあったんだろ?」
「どうでもいい……? どうでもよくなんかない。直ちゃんのこと、私はどうでもよくなんかないよ! どうしちゃったの……? ねぇ、ねえ!!」
問い詰められていた直樹が、逆に押される形となった。
おかしい。やはり何かおかしい。会話が噛み合わない。
直樹は久瑠実について思い返す。
確かに久瑠実は昔から思い込みの激しい部分があった。人の話を誤解したまま突っ走るということもざらだ。
しかし、こんな様子は初めてだ。こんな久瑠実を直樹は知らない。
やはりあったのだ、何かが。久瑠実を変えてしまった出来事が。
「久瑠実! 落ち着け!」
「何で? 何で何で? 何でそうなの? 何で自分の事はいつもほったらかすの? 何で自分を棚に上げるの?」
もはや久瑠実との会話は成立しなかった。おかしくなった久瑠実を見て、直樹の胸が締め付けられそうになる。
不安が渦巻く。大丈夫なのか、問題ないのか。
焦りを感じつつ、直樹は久瑠実を落ち着かせようとする。
「久瑠実!」
「……直ちゃんがそのつもりなら、私はどんなことでもするよ」
「久瑠実!?」
不穏な言葉を久瑠実が口走る。ドキッとしたのも束の間、さらなる驚愕を直樹は味あわされることとなった。
久瑠実が消えた。突然に、忽然と姿を消したのだ。
「……久瑠実……!?」
「仕方ない、仕方ないよ直ちゃん。じゃないと、直ちゃんが危険な目にあっちゃう」
突然、首の後ろに妙な感触がした。何か棒状の物が突き立てられる感覚に直樹は振り向こうとしたが、その瞬間、強烈な痛みが身体中を駆け巡った。
「うわああああああ!!」
心の家に仕掛けられていた罠に似ていた。取っ手に仕掛けられた電撃トラップ。
それもそのはず。姿を現した久瑠実が持っていたのは近接用のスタンガンだった。
ある人物から借りていたものだ。
「う……く、久瑠実……」
「ごめんね、直ちゃん。でも直ちゃんが悪いんだよ?」
俺が悪い? なぜ?
直樹は口を動かそうとしたが、痛みに負けてそのまま気絶した。
「っあ!! ここは……ッ!?」
勢い良く目を覚まし、自分の違和感に気付く。
起き上がる事が出来ないのだ。
それもそのはず。直樹の身体は両腕、両足を拘束され、ベッドの上に大の字で固定されている。
「くっ……!?」
動かせる頭で直樹が見渡す。するとホテルの一室であることが理解出来た。
だが、状況にいまいち頭が追い付かない。
自分はどうなった、と意識を失う直前の記憶を探る。
「そうか……ッ! 久瑠実! いるのか!?」
直樹が部屋にいるであろう久瑠実に呼び掛ける。
それに反応するようにベッドルームのドアが開き、栗色髪の少女が出てきた。
直樹はゴクリ、と唾を飲み込む。
久瑠実はバスタオル姿だった。扇情的なはずのその姿に直樹はときめきも興奮も出来なかった。
自分を包む異常感のせいで。
「いるよ、直ちゃん。いつでも私は、あなたの傍に」
「一体どうしちまったんだ久瑠実!」
声を荒げる直樹に、久瑠実はゆっくりと近づく。部屋は枕元にあるライトしか点いていない為全体的に薄暗い。
直樹の角度からは、久瑠実の表情は窺えなかった。
「その質問をしたいのは私だよ。一体何があったの? この一か月の間に」
こちらから久瑠実に投げかけても、会話のキャッチボールは成立しない。
直樹は受け身となり、とりあえず久瑠実の質問に答えることにした。
「色々あったんだよ……」
とは言うものの、答え辛い。真実を話せばいいのか分からない直樹の返答は曖昧だ。
その回答に、久瑠実は不服のようだった。
「色々……具体的には?」
「それは……言えない」
「言えない……言えない。私には、秘密?」
「……ああ。少なくとも今は」
今更黙っても仕方ない、とは思うが、それでも口にするのは憚られた。
少なくとも、元の久瑠実であることを確認してから伝えるべきだ。
そう判断した直樹だったが、その選択は間違いだったと気付かされる。
「どうしてっ!?」
久瑠実は突如激昂した。
何が起きているか分からない。故に久瑠実に対して恐怖の感情が直樹の内側から湧き起こる。
何が起きているのか知っていれば、対処は可能だ。しかし、直樹には久瑠実に何が起こっているの知らないのだ。
人は知らないものに恐怖を抱く。無能者が異能者を怖がったのと同じように。
それに――恐怖というのは久瑠実が怖いというだけではなく、久瑠実を心配して、彼女に取り返しのつかない事が起きてしまったのではないかという恐さもあった。
「どうしてどうしてどうしてどうして!! 何で言ってくれないの!? 知ってる! 私はもう知ってるの! 直ちゃんの身に何があったか!!」
「うっ……?」
圧倒されて、まともな言葉を発せない。
しかし、直樹は久瑠実の言葉が引っかかった。
「直ちゃんが! 危険な事に巻き込まれて! 利用されてるって!!」
「……っ!? 違う!」
ヒステリックに叫ぶ久瑠実の言葉に、直樹は反論した。
直樹は別に利用されているわけではない。協力しているのだ。
ここまでのやりとりで何となく推察出来た。久瑠実はあのクローンに何か吹き込まれたのだ。
「違う……違う……?」
「そうだ、違う! 俺は手伝ってるだけだ!!」
やっと会話が成立し始めた。
ほっとしたのも束の間、そんな余裕がないことに直樹は気づいた。
久瑠実が嘘!! と大声で叫んだからだ。
「嘘! 嘘嘘嘘嘘!! 直ちゃんは洗脳されてる!」
「……違う……本当だ!」
「嘘はダメ……嘘はダメだよ! 直ちゃんは騙されてる!」
「騙されてるのは久瑠実だ! 目を覚ませ!」
すると、ひどい! と久瑠実が怒鳴る。
予想外の返しに、直樹は困惑した。
「人にそんな事を言っちゃダメだよ直ちゃん!」
「……いや……久瑠実……」
どうやって話せばいいか、一気に分からなくなってしまう。直樹が押し黙ると久瑠実は直樹の顔元に顔を近づけた。
直樹の耳元で甘い声で囁く。
「ダメだよ……ひどいことを言っちゃ。そんな悪い子には――」
「……ッ!!」
久瑠実はバスタオルをはだけさせて、裸になった。
だが、直樹が目を見開かせたのは、久瑠実の裸を見た驚きからではない。
タオルの中に隠し持っていた――薄暗い部屋にきらりと光る刃物のせいである。
「お仕置きしないと」
「久瑠実……!?」
久瑠実はナイフを振りかざしつつ、直樹の顔に目を落とす。
直樹はその冷たすぎる瞳に、背筋が凍る想いだった。
「直ちゃんはね、昔から、優しかったよね。よく空気になっちゃってた私に声を掛けてくれたし。私、さびしがり屋だからすっごく嬉しかった」
「……」
「でもね、最近……炎ちゃんと心ちゃんが来てから直ちゃん、私の事構ってくれなくなっちゃった。何でだろって思ってたら、あの白い子が私に教えてくれたの」
白い子、というのは心のクローンのことだろう。
直樹の仮説は当たっていた。しかし、今の直樹にそれを考える余裕はない。
「直ちゃん……騙されてるんだよ。人の良さを利用されてるんだよ。炎ちゃんも心ちゃんも善人ぶった、悪人。恐ろしい人殺しと、放火魔なんだよ」
「……違うッ!! 二人はそんな奴じゃ……」
「違くない! 違くないよ直ちゃん!! 何で分かってくれないの!?」
再びヒステリックに叫ぶ久瑠実。ライトの光が反射して、暗闇の中でナイフが煌めく。
「違うんだ、二人は! 話を……」
「そんな聞き分けのない子にはやっぱりお仕置きしなきゃ。今のバカな直ちゃんじゃ、また二人の元に行っちゃう。それを防ぐためには……まず――足を切り落とさないと」
スッと暗い表情のまま、久瑠実は直樹の右足に目を移した。
僅かに見える久瑠実の顔は無感情の一言なのだが、声音はとても楽しそうだった。
「足だけだと、手で這えちゃうね。じゃあ、腕も切らなくちゃ。大丈夫、直ちゃんは私が守るから」
足にヒヤリとする冷たい感触がして、直樹はやむを得ない事を知る。
「仕方ない!!」
久瑠実が直樹の右足を叩き切ろうとした瞬間、直樹は炎の異能を発動させた。
身体を拘束していたロープが燃え尽きる。
直樹は起き上がると、突然の行動に対応出来ない久瑠実の腹を殴って昏倒させた。
「ごめんな、久瑠実」
久瑠実の身体を支えて、一旦ベッドに寝かせる。
落ちていたバスタオルを彼女に被せ携帯を取り出した。
(水橋さんに連絡しないと……)
ピッピッと携帯を操作して水橋の番号を表示させる。
電話を掛けようとしたその瞬間。
携帯がフリーズした。
「残念だけど――アナタの携帯は圏外」
「……ッ!! お前は!」
突然部屋に入ってきた白い少女。心のクローンが右手に銀色の拳銃を、左手に携帯を持って近づいてくる。
直樹の携帯をハッキングしたメンタルは、ベッドに寝かされている久瑠実を見て笑みをみせた。
「ハハッ。強引な男。幼馴染を気絶させるなんて。お邪魔だった?」
「お前、久瑠実に何をしやがった!」
「ワタシは――ただ真実を教えただけ。狭間心が何者で、草壁炎が過去に何をしたか」
「嘘を吐くな!」
直樹が怒鳴る。しかし、メンタルは笑みを崩さなかった。
「まさか――二人が受け入れられるとでも? 大勢の人間を殺した暗殺者と、大火災を引き起こした放火魔が、日常に溶け込めると? 立花久瑠実は別に異常なんかじゃない。まぁ、確かに精神に介入はしたけど、ワタシは嘘を教えたつもりはない」
「何を……!!」
と叫んだが、直樹にも思い当たる部分はあった。そもそも、自分が久瑠実に二人の事を教えなかったことが答えだ。
結局、二人が万人に受け入れられるわけはないと知っていたのだ。
しかし、それがどうした。皆が否定しても彼女達に協力すると決めたのだ。
それに――直樹は思う。
炎の異能を用いている今、ごちゃごちゃ考えたって仕方ない。自分のしたい行動を成す。それだけだ。
直樹は拳を握りしめた。
「……他人の異能だけではなく――性格や癖、特徴までコピーする。……簡単に流される、意志の弱い人間」
「違うな、自分に正直なだけだ」
まともな返答ではない。メンタルは嘆息して、左手の人差し指を口元に当てた。
「しーっ。あまり大声を出すと、寝ている人に迷惑」
「何を……ッ!?」
直樹は銀色の大型拳銃が久瑠実に向けられていることに気付いた。
メンタルと戦うつもりだった直樹は、追いつめられている事を知る。
メンタルは別に直樹と戦う必要はない。いい人質が傍にあるのだから。
別にホテルごと爆死させても良かったのだが、それではオリジナルを絶望させることは出来ない。
だから彼女は直接出向いた。
このホテルに入った時点で、直樹は既にメンタルの術中に嵌っていた。
「神崎直樹。余計な事をしてくれた愚か者の一人。アナタにも相応の罰を。アナタには狭間心を殺してもらう」
「ふざけ……ッ!!」
チッチッチッ、とメンタルは指を動かす。
拳銃を軽く振って、直樹を黙らせた。
「今の心は、まだ絶望が足りない。どうせ、ワタシを斃して自殺しようとしているはず。自分でなんか死なせない。自分が友達だと思った人間に、殺させる」
「……ッ、何でお前はそこまで……」
何で、と問われたメンタルの表情が不敵な笑みから憤怒の怒りに変化する。
「当然! ニセモノが苦しんだのならば、ホンモノも苦しむべき!!」
「くっ……」
感情的になったメンタルは、何事もなかったかのように笑みを浮かべた。
「さぁ、来てもらう。流されやすい、意志の弱い人間にどこまで耐えられるか――」
「なるほど、確かにそれは私も興味がある」
不意に、声がした。
直樹とメンタルは隣の壁に目をやった。直後、爆発が生じ、壁が壊れる。
「くっ……まさか!」
「何だっ!?」
煙の中から輝く黄金。段々と煙が晴れて、その姿が露わになる。
黒いキャップに黒い服装。手に握られた金色のフルオートピストル。
異能殺しと呼ばれ一部の異能者達に恐れられた凄腕の暗殺者。
「やっと見つけた……私のニセモノ」
狭間心が、そこにいた。




