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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第二章 ニセモノ
20/129

ボウソウ

 銃を向け合う二人の少女。二人はとても似ているが、一瞬見ただけでは、似ているとは思えないだろう。

 色が違うからだ。片方は黒、もう片方は白。

 髪の色と目の色、服の色が違う。だが、顔や身体を構築するパーツは同じだった。

 双子、にしては似すぎている。分かりやすい例えをするならば、格闘ゲームでキャラが被った時の色違い、と言えば分かるだろうか。

 違うのはそれだけではない。銃の色も違った。

 黒の少女は輝かしい黄金の銃を持っているが、白の少女は鋭く煌めく白銀の拳銃を黒の少女に向けている。

 金が僅かに揺れる。持つ手が動揺して震えたからだ。だが、銀は全く動じることなく、銃口は黒の少女の頭部に向けられていた。

 心に向けて、精神というコードネームを持つ少女が話掛ける。


「ねぇ……何で、ワタシは苦しんでいるのに、同じ身体を持つアナタは楽しそうにしているの?」

 

 唐突過ぎる問いだった。心は返答に詰まる。


「多くの人間を殺した人殺しのくせに――人々の中に紛れ込もうとしている。手に付いた血を拭き取って、綺麗な手であるかのように偽装して。騙し通せる訳ないのに」

 

 心の奥底にある悩みを、精神が代弁していた。心が直樹に助けられて数日が経つ。

 今日も楽しく学校で過ごした。自分にそんな資格はないというのに。

 仮初の平和を享受していた。もう過ごすことはないと諦めていた夢の時間。

 だが、夢を見ている時間は終わり。そろそろ、本来の自分……いや、新しい自分に戻る時間だ。

 心は再び拳銃を構えた。今度は戸惑いで震えることはない。


「あなたの言葉は事実。そろそろ、私も活動を開始する」

「……アナタは強い心を持っている。でも、ワタシも鋼の精神を。勝つのはドチラ?」

 

 今度の問いに、心は自信を持って答えられた。


「私!」

 

 心は引き金を引いた。マシンピストルであるユートピアが、弾丸を吐き出す。

 放たれた弾丸はメンタルへと飛んだ。急所は外している。殺しても何も解決しないからだ。

 そう、ある男と女が、言っていたから。

 メンタルは不敵に笑っている。ほんの一瞬の出来事。心が引き金を引くと同時に、メンタルも全く同じ位置、タイミングで引き金を引いていた。

 同じように放たれる弾丸。だが、弾丸の大きさと、放たれた弾の数が違かった。

 たった一発の弾丸が、三発の弾丸と交差する。


「っ!?」

 

 心の暗殺者としての勘が、彼女に回避行動をとらせた。

 自分が放ったはずの弾丸があらぬ方向へと飛んでいく。蹴散らされた。信じられないが、現実として一発の弾丸に、三発の弾丸が弾き飛ばされたのだ。

 メンタルが放った弾は、公園に生えていた木を貫通してどこかへと消えた。


「理想は現実に勝てない。理想郷ユートピア暗黒郷ディストピアの前では無力」

 

 心はメンタルの拳銃の破壊力に驚嘆しつつ、銀色の拳銃に目を向ける。

 50口径の大型自動拳銃。メンタルの言葉を借りるなら、ディストピアという名である。

 異能者が現れてから三十年。科学技術は凄まじい進歩を遂げた。科学の発展には、争いが不可欠である。異能者と無能者の争いが、技術向上を加速させたのだ。

 心が持つ拳銃も、対異能武器として高性能だが、メンタルが持つそれは凶悪すぎる人殺しの兵器だった。

 しかし、それほどの威力を持つ拳銃ならば、反動によるダメージがあるはずである。だが、メンタルは堂々と不敵に、心に向けて笑みを見せていた。


(……どれ程強力な武器でも当たらなければ意味がない。それに、ここは街の真ん中。一般人に被害が出る可能性がある)

 

 心は取るべき行動を決めた。魔法を紡ぐように、装着されているサポートデバイスを起動させる。


「デバイス起動!」「デバイス起動アクティベート

 

 息を合わせたかのようにメンタルも呪文を唱えた。二人の身体が同時に加速される。

 心は警棒を取り出し、メンタルはナイフを抜き取った。

 公園の真ん中で、両者が激突する。

 叩き合い、斬り合いの中での心の驚愕は常人には理解しがたいものだった。

 メンタルは全く同じ瞬間にナイフを向けてくる。もしくは、心が同じ動きで警棒を振るってしまったか。

 鏡の中の自分と戦っているかのようだった。心の中に焦りが募る。

 気名田とは違う意味でやり辛い相手だった。気名田は、能力差と経験で負けていた相手だ。

 しかし、メンタルは全く同じ、実力差がない相手である。

 自分の心が読まれているのかと思いたくなるほどだった。不意を打つはずの攻撃も、奇をてらったはずの奇策も全て防がれる。

 そして、時が遅くなる。

 心のデバイス効果が切れたのだ。そこでまた、心は驚かされることとなった。

 メンタルのデバイス効果は継続している。心のデバイスとは違い後期に開発された改良型を、メンタルが装備していたからだ。

 いくら同等の実力を持つと言えど、加速されたメンタルの攻撃を防ぎきることは叶わなかった。

 赤い塊が、飛んだ。




「大丈夫か心!」

 

 拳を握ったまま、男は少女を見下ろす。

 直樹は心が頷いたのを確認すると、目の前の敵を睨み付けた。


「神崎……直樹。フフ、アナタの噂は聞いている。喜べばいい……アナタはリストに登録された」

「リスト? 何のことだ?」

 

 直樹がメンタルに訊く。答えたのはメンタルではなく、後方から近付いた青髪の女性だった。


「どうせ異能派の排除リストあたりだろう。まぁ、捕まえれば分かる」

 

 水鉄砲を向ける水橋。直樹の後ろから炎も駆けてきた。


「ごめんね心ちゃん、遅くなって!」

 

 炎が心に謝る。

 直樹達は公園に辿り着いた途端、水橋に呼び出された為、その場を離れていた。

 心は浅く斬られた左腕を抑えながら立ち上がる。


「大丈夫。……その子には聞きたいことが山ほどある……」

「4対1……ここじゃ不利ね。……おいで!」

 

 メンタルは踵を返し、逃走する。直樹は炎と共にロケットジャンプで、ビルの上を跳んでいく。

 残された心と水橋も走って追いかけた。

 跳びながら、直樹は炎に尋ねる。


「あいつは一体誰なんだ? 心の生き別れの妹か?」

「私に聞かれても……」

 

 炎は知らないようだった。異能犯罪対策部には、心の妹なる情報は存在しない。


『私は思い当たりがある』

 

 水橋が無線で応える。


『どういうこと?』

 

 心が水橋に訊ねた。だが、水橋は詳しくは後でと言い、それ以上言わなかった。


「あの建物の中に入ってったよ!」

 

 炎がビルの上に着地して、指し示す。建設中の市民会館だった。

 立火市の市民会館は老朽化しており、新しくするついでに利便性が高い場所に移すことになっている。


「人がいなけりゃいいが!」

 

 直樹は飛び降りて、入り口に向かった。


 


 入り口に入ると、すぐに水橋と心が追い付いた。

 直樹と炎は、二人と合流し、会館の中を進んだ。

 心が監視ネットワークにハッキングした所、メンタルはホールの中にいることが分かった。遅れてやってきた飛行ドローンが先陣を切る。


『……全力疾走とか……久しぶり過ぎたよ……』

 

 ゼハーと荒い息のまま彩香が言う。


「やっぱ……あいつの能力とかはスキャン出来ないんだよな?」

 

 直樹が確認する。彩香は息を整えて答えた。


『直接見なきゃムリね。……だからって透視能力は貸さないけど。絶対悪用するから』

「何でそう決めつけんだよ……」

 

 確かに、絶対悪用はしない! と胸に誓えるわけではないが、そう言われると自分が変態と思われているようで傷つく。

 少し落ち込む直樹に心が声を掛けた。


「……泥棒を警戒するのは泥棒。つまり」

「……自分はしてるってことか……?」

 

 直樹は何とも言えない気持ちになる。彩香が覗きをしているから、自分も覗くだろうと仮定されているのか。


『心。余計な事は言わないこと』

 

 などとやり取りをしていると、大ホールが見えてきた。半分開いた扉からは、大勢の人間が収容出来そうなホールの一端が見える。

 しかし、本来なら多数の椅子に埋め突くされるはずのそこは、物が何一つない広大な空間が広がっているだけだった。


「ここにあの子が……」

「……ここが有利だとも思えんが……。何か罠はないかな、彩香君」

 

 水橋が彩香に尋ねる。彩香は画面越しにホールをスキャンし、何もないことを確かめた。


『心のそっくりさんしかいないよ』

「じゃあタイミングを合わせて……突撃するぞ」

 

 水橋が指示を出し、直樹達は扉の横に張り付く。直樹は水鉄砲を抜き、水橋の異能を発動させる。


「3、2、1、行け!」

 

 ダッ! と全員で突入した。直樹、心、水橋はそれぞれ尋常とは思えない拳銃を構えて、炎は拳を握りしめメンタルへと飛びかかる。

 メンタルと炎の距離は離れていたが、炎の加速力は、メンタルよりも上である。

 メンタルが取れる方策は、デバイスを起動することだが、三人に狙われている状態で逃げ切れるかどうか。

 そのはずなのに、メンタルは余裕だった。拳銃を炎に向けつつ、口を開く。



「草壁炎……ワタシにはアナタが理解出来ない。なぜアナタは――」

 

 炎が急速接近。対するメンタルは引き金に指をかけてすらいない。

 メンタルに迫る炎の火を纏う拳。それがメンタルに直撃せんとした刹那。


「兄を殺した人間と、笑っていられるの?」

「えっ!?」

 

 炎の拳がメンタルの鼻先で止まる。驚いた表情のまま固まった。


「炎!?」

 

 直樹が叫んで、炎の元に近づく。二人も直樹に追従した。


「アナタの兄……草壁一成。五年程前から行方不明になっている男。死体は発見されていない。処理されたから。ある男に」

「ある……男に……?」

 

 炎は固まったまま、口だけ動かす。メンタルはそんな炎を見ながらほくそ笑むと、話を続けた。


「そう。その男の名は、狭間京介。狭間心の叔父に当たる人物」

「心ちゃんの……? うあっ!?」

 

 炎が心に目を向けたその隙に、メンタルは彼女を拘束する。ディストピアを炎の頭に突きつけて、直樹達を制する。


「動かないで。動けば……草壁炎の命はない」

「何ということだ……」

 

 水橋が狼狽する。くそっ! と直樹も毒づいた。


(俺の射撃能力なら、メンタルを射抜く事も容易いことだと言うのに)

 

 水橋の性格が色濃く出ているが、炎の異能を使った時とは違い、それなりに冷静だ。


「……くっ!」

 

 心が悔しそうにユートピアを下ろした。


「さあ、アナタも抵抗しないで。続きが聞きたいでしょう……?」

「あ……う……」

 

 炎の戦闘能力ならば、メンタルに抗えないことはない。それに直樹達がいるのだ。炎が一瞬隙を作れば、メンタルを取り押さえられる可能性もあるはずだった。

 しかし――炎は抵抗出来ない。知りたいという欲求に支配されている。

 兄がなぜ死んだのか。その手がかりをこの少女は握っているのではないか。その考えに身体が縛られている。

 メンタルは、炎の肉体だけでなく、精神も掌握していた。


「さて、一成は京介に処理されたと言ったけど、別に京介が殺したわけじゃない。射殺された死体を処理しただけ。犯人は別にいる。言わなくても、分かるわよね?」

 

 導かれる答えは単純だった。だが、炎は答えない。

 信じたくなかった。信じられなかった。有り得ない。自分と同い年だ。

 当時は中学生になり立て。そんな少女に人が殺せるはずが……。

 それだけでなく、炎には彼女を信じたいという気持ちも強い。


「フッ……ワタシとアナタは敵同士。言葉だけでは信じられないでしょう」

 

 メンタルが拳銃をホルスターに差す。今か! と反応する三人だが、炎の左腕を掴んでいるメンタルの腕から、シャ! とナイフが出てきたのを見て止まった。

 メンタルは白い携帯を取り出し、炎の目前で操作する。

 心と遜色ない速さ。まさに目にも止まらない速さで、目的の画像を表示した。


「!! ……お兄……ちゃん」

「狭間京介は生者を隠すことは上手だったけど、死者を隠すのは不得意だった。異能派はいとも簡単に草壁一成の死体を見つけた。迅速な発見により腐敗前の、誰かに射殺された痕跡が残っている状態で」

 

 違う。これは事実じゃない。捏造だ。メンタルが自分を騙そうとしているのだ。

 そう炎は思い込もうとするが、見れば見るほど、画像に表示される死体は兄にしか見えなかった。


「残念ながら――狭間心のDNAはその死体からは発見されなかった。でも、狭間京介の痕跡と、この世に一丁しかない拳銃で射殺された跡が」

 

 メンタルは顎で心の拳銃を示す。それでもなお、炎は首を横に振った。


「心ちゃんじゃない……そんなわけ……ない……」

 

 炎の言葉は自信なさげだった。すがるような瞳で、心を見る。

 私じゃない。その子がついた嘘。その一言で、炎は心を信じることが出来た。

 しかし。

 心はそっと目を伏せた。伏せてしまった。

 それは肯定だったのか。少なくとも、炎にはそう見えた。

 自分が殺していないという意味ではなく、自分が殺したという意味で。


「あ……あ……」

 

 メンタルが拘束を解き、炎がしゃがみ込む。メンタルは勝ち誇った表情で、心に笑みを見せた。


「ああ……あああ……」

「炎っ! くそ……!」

 

 人差し指を左右に振って、メンタルは直樹の動きを止める。メンタルの持つディストピアは、炎の後頭部へ再び突きつけられている。

 そのしぐさは、まだ早いぞ、と言っているようだった。

 パーティはこれから。前座で気力を使い果たすのはまだ早い、と。


「炎……私は……」

 

 心の呟く声。直樹が振り返ると、心も動けなくなっていた。

 心も知らなかったのだ。その事実を。想像出来なかった。自分が初めて殺した人間が――。

 草壁炎の兄だったなどとは。


「あ……ああ……あああああ……」

 

 炎が頭を抱えて、うずくまった。



 

 声が聞こえる。

 内なる声、心の声だ。

 優しくて、甘い、囁き声。自分の心の中から訴えかけてくることば。

 ずっと無視してきた。聞かないようにしてきた。

 聞いてはいけないと、自分に言い聞かせてきた。

 もうあんなことは繰り返してはいけないと。誰も傷付けたくはないからと。

 だが――ことばは今までよりも急速に、大きくなってきた。

 

 ――燃やせ……。


 ダメだ、と思う自分は別のことに気を取られて、ことばを聞き流すことが出来ない。

 塞ぐはずの両手が、目の前にある。

 大事なモノを守ると誓った両手から炎が湧き上がった。

 その炎は誰かを救い導く救済ではなく、誰かを――いや、全てが憎いという復讐の炎だった。

 兄が死んだ。達也も死んだ。

 私に手を差し伸ばしてくれる人は、もういない。

 誰が悪かったのだろう。誰が原因だったのだろう。

 私? 心ちゃん? 今傍にいる白い子?

 どれも正しくて、どれも間違い。

 

 ――燃やせ……燃やしちゃえ……。


 どれか一つではない。どれもが原因なのだ。突き詰めれば、この世界そのものが元凶。

 全部だ。全部悪い。悪いものはいらない。

 兄を奪った世界。達也を殺した世界。全部全部ゼンブゼンブぜんぶぜんぶぜんぶ――。

 燃やしてしまえ。全て。

 燃やせ燃やせモヤセモヤセもやせもやせもやせ――。


 ――燃やせ……燃やしちゃえ……全て灰にしてしまえ!!


 

 轟音がした。

 ゴウッ! という何かが燃え上がる音だ。

 何が燃え上がったのか、直樹は見て取った。


「炎……」

 

 ほむらが燃えた。拳や足など、一部分ではなく、全身が燃え上がっている。

 傍にいたメンタルとて、危険を感じ退避したほどだ。

 しかし、メンタルは笑みを崩さなかった。


「ハハッ。姉さん……ワタシはこれで失礼する。楽しんでね」

 

 メンタルは身を翻して逃走した。待て! と直樹は叫んだが、吹き荒れる炎に遮られる。


「くそ……炎!」

 

 だが、炎は反応しない。何の感情も感じさせない瞳で、虚空を見つめている。


「炎……私は……知らなかった……」

 

 懺悔するように漏らす心。気丈な彼女はどこにもいなかった。

 今の心は異能殺しでも暗殺者でもない。罪を懺悔する一人の少女だった。


「私は……でも……これでは……」

 

 心は戸惑いを隠せていない。メンタルを見た時よりもはるかにひどく動揺していた。

 故に、炎が心に目を移したことに気付いていない。

 燃えちゃえ、と小さく呟いて手を翳したことにも。


「心っ!!」

 

 直樹は炎の異能を発動させた。瞬間加速して心へ向かい、彼女を抱きかかえて跳ぶ。

 跳んだ先で、ジュッ! という音が聞こえた。直樹は目下に目を移す。

 あまりの高熱に、床が溶けていた。

 ほむらが放ったのはもはや炎ではない。マグマと形容してもおかしくないものだった。


「何という力……。今の彼女はまさに灼熱のほむら……」

 

 水橋が狼狽する。その横に着地した直樹は水鉄砲を抜いた。


「水橋さん……それは……いいネーミングセンスだ」

 

 抜く前はそんなことを思っていなかった直樹だったが、抜いた後はいいんじゃねーかという思考に染まっていた。

 だが、今はそんなことどうでもいい。炎を何とかしなければ。


「水橋さん!」

「行くぞ、直樹君」

 

 水橋と直樹は、駆け出し、水鉄砲を炎に向けた。

 二人が持つ水鉄砲の威力は絶大だ。やろうと思えばこれ一丁で航空機も撃墜できる……らしい。水橋談だが。

 水橋の異能によって放たれる水は水圧カッターと形を変え、重装甲の装甲車すら切り裂ける。

 しかし、今二人が鉄砲を向けたのは、炎を切り刻む為ではなく、炎を消火するためだ。

 二人は同時に引き金を引いた。しかし、直樹は直線的な放水、水橋は放射的な放水だ。


「直樹君! イメージするんだ。ただ水を飛ばすだけではダメだぞ!」

 

 異能は自身のイメージによる部分が多い。直樹はイメージした。


(イメージは消火だ。スプリンクラーを思い出せ!)

 

 直樹の水鉄砲から、水が発射される。今度は直線的ではなく、拡散していた。

 しかし、されどたかが水鉄砲。煌々と燃え上がる炎にそのようなものを飛ばした所で、効果は微々たるものだ。


「……邪魔、しないで……」

 

 スッと、炎が水橋に手を翳す。直樹は炎の異能を発動させ、水橋を救出、炎の射線上から退避する。

 炎が放った塊は、直樹に小さな太陽を彷彿とさせた。

 大ホールの入り口が、燃え溶けて消える。

 建設中の市民会館はもう使い物にならなそうだった。重要な柱か何かが燃えたのだろう、会館全体が軋み始める。


「心ぉ! こっちに来い!」

 

 炎の異能の影響で、多少熱血になった直樹が心に叫ぶ。だが、心は動こうとしない。


「くそっ!!」

 

 直樹は足から火を噴射して、心へ再度接近、彼女を抱きかかえると、水橋と共に市民会館から脱出する。

 外に出ると、サイレンの音と共に消防車がやってきた。水橋が丁度いい! と消防車に走る。


「こいつを貸りるぞ!」

「ダメだよ、君!」

 

 消防士が、水橋を追い払おうとする。すると、光学迷彩を発動させていたドローンが姿を現した。


『はーい、邪魔邪魔。緊急事態だからしょうがないねー』

 

 彩香が言いながら、ドローンに指示を出す。偵察用ドローンがバチバチッと放電する。広範囲のスタンで、消防士達を気絶させていった。


「手伝ってくれ!」

 

 水橋はそういいながら、消防車のホースを伸ばして掴んだ。直樹も彼女の後ろに行き、同じように掴む。

 市民会館が派手な音を立てて崩れ去った。巻き上がる煙の中からふらり、ふらりと一人の少女が歩んでくる。

 炎は無傷だった。無感情の瞳で、周囲を見回す。

 そして、人が多くいるであろう街の中心に向かって歩き出した。


「炎! ちょっと冷たいぞ!」

「イメージしろ、直樹君!」

 

 二人でホースに炎の火を消す水を放て、と念じる。ホースから尋常じゃない量の水が放たれた。

 しかし、灼熱の炎は、水を蒸発させてしまう。もう少し量を増やさねばならないのだが、二人でホースを抑え込むのは厳しい。


「心!」「心君!」

 

 二人で心に呼び掛ける。しかし、心は動かなかった。


『ちょっと、心! まだはっきりしたわけじゃない!』

「……でも……だとすれば……私は……」

 

 心は混乱している。彩香は相棒に向けて喝を入れた。


『心! あなたが仮に炎の兄さんを殺したのなら、償いをしなきゃ! あなたが変わったのはそこでうじうじする為なの!?』

 

 心ははっとして、自分の作った偵察用ドローンを見上げる。正確にはカメラ越しに相棒を見ていた。


「……デバイス起動!」

 

 心は早送りで、二人の元に向かう。強化された腕力で暴れるホースを掴み、二人がコントロールしやすくした。


「よし……もう一度……炎ぁ……戻ってこい!」「炎君!」「炎……」

 

 さらに威力と想いを増した水が、炎に降り注ぐ。

 三人の想いが通じたのか、水蒸気を発する音は止んだ。

 水を止めた先には、ぐしょぬれになった炎が倒れていた。





「……オリジナルと接触した。いや、命は取っていない。そもそも、そう簡単には死なない」

 

 公園を歩きながら、散歩する白い少女。メンタルは公園に戻ってきていた。


「……焦らないで。アナタには忍耐力が必要。……そこのアナタにもね!」

 

 カチャ! と唐突に拳銃を抜くメンタル。フードの内側から見える顔は自信に溢れていた。

 しかし、銃を向けた先には誰もいない。

 いや、違う。ガサと風が吹いてもいないのに草が揺れた。


「目に見えないから、ばれないとでも? アナタは自分が思っている以上に存在感がある。呼吸音、足音……アナタの心が透けて見える」

 

 両手を上げて、少女が姿を現した。目じりに涙を溜めて、がくがくと震えている。

 これほどの恐怖を味わったことがないのだろう。


「こういう時は、相手の言うことを素直に聞くこと。付いて来て、立花久瑠実。死にたくなければ、ね」

 

 久瑠実は、恐怖に顔を引きつらせながら、首を縦に振った。

 

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