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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第一章 異能殺し
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開幕

 自分に宿る才能に気付く事が出来る人間はほんの一握りだ。

 その気づきを、皆幸運と呼ぶ。羨ましいと妬む。

 だが、少女は彼らが理解出来なかった。このような才能、自分には要らない。

 譲れるのならば、喜んで譲ろう。

 しかし、そのような異能はまだ発見されていない。

 もし仮に発見されたとしても、それが露見するかは定かではなかった。

 皆、自分の才能が奪われたら嫌だから、そのような人間がいたらすぐ殺されてしまうだろう。

 だから、殺されることを恐れて、そんな人は隠れているのだろう。


「……見つけた」

 

 黒いキャップを目深に被った少女は、自分が探し求めていた相手を見つけた。

 その若者のような恰好をした男を、ゆっくりと目立たないよう、追跡する。

 ふーふふーん、という鼻歌が聞こえてきた。

 何かいい事でもあったのだろうか。こういう浮足立つ若者は、恋人と何か善い事があったと相場が決まっている。

 携帯を見つめて、にやにやする男は後ろについて来ている少女に気付く様子はない。

 その為、自分が無防備にも人気のない路地に入り込んでしまったという失策に、気づく気配はあるはずもない。

 男を尾行していた少女は懐から、少女には似つかわしくないモノを取り出した。

 それは黄金色の拳銃だった。拳銃の中でも凶悪な部類とされるマシンピストルで、名をユートピア、と言う。

 サイレンサーによって抑えられたマズルフラッシュと、発砲音が路地に響き渡る。


「暗殺……完了」


 少女は男が倒れたのを確認すると、鞄から小さな箱を取り出した。

 凶悪すぎるプレゼント。C4だった。

 息も絶え絶えな男の上にC4を置く。過剰な行為に思えるが、奴らとの戦いではこれぐらいでも控えめだ。

 リモコンをポケットに忍ばせて、早々に離脱する。

 慣れたはずの作業。だが、気の迷いでもあったのだろうか。

 通行人にぶつかってしまった。



 少年はついていなかった。

 終電を逃してしまった。我ながら情けないな。

 そう毒づきながら街を歩いていた。

 理論上は、歩いても家へ帰ることが出来る。

 だが、それはあくまで理論だ。

 実行するには労力がかかる。辿り着くまでにかかる時間がある。

 家族に迎えに来てもらうのが得策だ。そう思い見た携帯は、電池切れのようだった。


「まじかー。ついてねえな」

 

 思わず独り言が出る。

 そもそも、高校生の自分がこんな時間まで居ていいはずがない。

 このままでは職質を受けてしまう。最悪、学校から家庭まで、自分を取り巻く環境にありがたい連絡が行ってしまうかもしれない。

 早いところ、戦略的撤退が必要だな。

 少年はそう感じて、足早に移動し始めた。

 昔懐かしの電話ボックスを探す。もしくは備え付けの充電器でもいい。

 人が極端に減り、深夜に近い街中を、少年は歩き続けた。

 パスススススッ!

 その妙な音が聞こえたのは、やっと見つけた電話ボックスの中だった。

 金を投入しようとしていた少年は、確認したい衝動に駆られた。

 その変な音がした場所へ向かう。

 だが、普段なら考えられない行動に、焦っていたのだろうか。

 通行人にぶつかってしまった。


「あ、いたたた……大丈夫ですか……?」

「……大丈夫です。すみません、急いでいたので……」

 

 少年の上に少女が乗っていた。

 少年の心臓が高鳴る。

 少女が自分の上に乗っている。

 彼女は降りたが、柔らかな肌の感触がまだ残っていた。


「……どうか、しましたか?」

「……ああ、うん、えっと……」

 

 少年は思わず言葉に詰まる。

 普段なら何もせず、ただ謝って帰るはずだ。

 だが、目深に被ったキャップから見える彼女は、なかなかの美人だった。

 はっきり言って、少年のタイプだ。

 声をかけなくていいのか?

 ナンパなど普段しなかったが、少年にそのような葛藤を起こさせるほどの少女だ。

 黒い恰好をしているため、白い肌がよく映える。

 そんな思春期特有のときめきに包まれた少年を現実に引き戻したのは、住宅街に響き渡った轟音だった。


「なん……っ!?」「きゃっ!」

 

 慄く少年に少女が抱き着く。

 どこかわざとらしかったのだが、少年は気づかなかった。

 その拍子に少女の頭からキャップが取れる。

 少女の顔とその長い黒髪が露わになる。

 爆発などの非現実な出来事を前に、さらなる非現実な状況に少年は陥っていた。

 誰とも分からない美少女が、自分に抱き着いている。

 だが、そこで鼻の下を伸ばしている訳にもいかない。

 少年は少女を連れて、走り出した。

 行く当てもない。ただ、安全な場所を探す。

 慌てて家から出てきた人々の喧騒が聞こえる。


「今の音は?」「爆発じゃないの!?」「異能者か!?」

 

 人々は恐れ、慄いていた。

 異能者、という特殊な力を持った存在が暴れたのかと危惧したからだ。

 少年は少女の手を掴み、人々の間を縫うように走る。

 結構な距離を離れたか、と思った少年に少女が声を掛けた。


「あの……手、離してくれると」

「あ、ああ……ごめん」

 

 少年ははっとして、手を離した。

 よく知らない少女の手をこんなに握ったのは初めてだ。


「ここまでくれば安全だと思うけど……」

「そう、だね。そうだといい……ね」


 少女の表情はいつの間にか被っていた帽子で見えなかった。


「今、警察もくるだろうし……しかし、あれだな、迷惑な奴だ。異能者か……?」

「……どう、かな。何かあったら異能者だと思う決めつけは、よくない……」


 少女の意見は一理あった。

 だが、そんなことよりも。


「そうかな。君、高校生だよね? どこの……あれ?」

 

 サイレンが聞こえて、少年が目を放した隙に、少女はどこかへと消えていた。

 あわよくば、学校名を聞き出そうとしていた少年はがっかりした。

 そんな彼に、声がかかる。

 もはや期待すら出来なかった。どう聞いたって男の声だ。


「君、高校生だよね。どこの高校かな?」

 

 少年が少女に訊こうとしていた文句で、警察官が少年に訊ねた。

「帝聖高校です。二年」

「来年受験じゃないか。ダメだよこんな夜遅くに。……でも今日はその事じゃないんだ。近くで爆発があっただろう? その事で少し聞きたいんだけど」

「えっと……変な音が聞こえた後に、爆発が起きたんです」

 

 少年は少女とぶつかった部分を端折って、説明した。

 言ってもしょうがないかな、と思ったのだ。

 彼女だって巻き込まれただけの被害者のはずだから。


「変な音?」

「スパパパパンって感じの。どこがで聞いた事があるんですけど、思い出せなくて……」

「……ッ! 消音器……ってことはまさか……」

 

 警察官は手を顎に当てて、黙考する。

 少年は帰りたかったが、警察官が何か言うまで待ち続けた。

 下手に帰って、学校に連絡されたら敵わない。


「……悪いけど、君の身体を検めさせてもらうよ。異能法第十三条に基づく処置だ。悪く思わないでくれ」

「ええ、いいですけど……」

 

 検査されるのは疑われているようで気分が悪いが、少年には何一つやましい事はない。

 謹んで、身体検査を受けた。


「これは?」

「はい? ……何これ。俺、こんなもの知りませんけど」

 

 少年のポケットの中に不審物が入っていた。

 まるで映画に出てくる爆弾の起爆装置のようなリモコンだ。

 しかし、少年には全く心当たりがない。


「これは……俺が知る限りでは……起爆装置という奴なんじゃないか?」

 

 警官が問い詰めるような口調で少年に訊ねる。

 が、少年はさっぱり分からなかった。

 いつの間にこんなものが、と他人事のように眺める。


「俺のじゃないです。 ……って、え?」

「パトカーに乗ってくれ。署で事情を聞く」


 警察官は強引に少年を引っ張り出した。


「え? いや、本当に……本当に! 知りませんってば!!」

 

 有無を言わせず、少年はパトカーの後部座席に詰めし込まれた。

 これも異能法に基づく措置だと言う。

 だが、少年は納得できない。

 白黒の車の中で、少年は無実を訴えながら、警察署に連行された。


 

 ドラマのワンシーンのような部屋、ではなく、会議室のような場所で、少年は取り調べを受けていた。

 なぜこのような場所なのか疑問だったが、それを訊く余裕はない。


「神崎直樹。17歳。成績は……それなり。目立った非行もなし。まあ、今日の夜更かしを除けば」

「……電車を乗り過ごしたんです。だから電話しようとしたら、電源が切れてて。だから公衆電話で……」

「今はそれはいい。君が夜更かしに励む非行少年でも俺は一向に構わない。何で、あの場所にいて、そしてこれを持ってた? 解析の結果、あの付近の現場にあった爆弾のスイッチがこれだってことが分かった。犯人しか持ってないはずのな」

「俺が犯人だと思っているんですか? 冗談でしょう!」

 

 少年改め直樹は、会議テーブルを叩かん剣幕で警官に言い放つ。

 ただ、結構な強がりだった。

 胃はちくちく痛むし、足はぶるぶる震えている。

 父親に、警官に間違って連行されることがあったらはっきりと言え! と言われていたから、強く出られた。

 聞いた時は話半分だったが、まさか本当に連行されるとは。

 だが、警官は直樹の語気の強さに圧倒されることなどなかった。


「まあ、犯人なら自分が犯人ですなんて言わないよな」

「じゃあ、犯人じゃなければ犯人ですって言うんですか?」

「おや、だいぶひねくれてるな。そういう事言う奴が、よく問題を起こす」

 

 直樹は理不尽にいらっとした。

 ただ、そこまでの度量はない。怒鳴りたかったが怒鳴れない。

 この警官は聞く耳を持たないように感じた。

 何が何でも直樹を犯人にしたいようだ。


「いいか、今日の殺しは連続殺人だ。とんでもない重罪、異能者を巻き込んだ大掛かりなものなんだよ。俺達はもう奴に振り回されるのはうんざりなんだ。さっさと犯人を検挙して、ピーピー喧しいマスコミを黙らせたいんだよ」


 マスコミ、とは言うがこのような事件を直樹は聞いたことがなかった。

 奇妙な爆発事故なら最近起き始めたが……。


「それって冤罪ですよね。警察官がそんなこと言っていいんですか?」

「冤罪じゃない。リモコンから君の指紋が出た。現場近くから走り去る君を見た目撃者だっている」

「それは……っ! きっと無意識に触ってそれで! それに、爆発が起きたんです! 逃げてもいいでしょう!」


 指紋が出た、というが触った覚えはない。

 少年はいよいよ焦り出した。


「……ああ、逃げてもいい。逃げた犯人を捕まえた時の喜びは、なかなか変えがたいからな」

「何を言ってるんです! もう帰りますよ!」

 

 直樹は椅子から立ち上がり、ドアから出ようとして、信じられない物を見た。

 警官に配給されている回転式拳銃が自分に突きつけられている。


「なっ……何で!?」

「君には異能者の疑いがある。異能者が相手の時は、問答無用で発砲が許可されている。これも異能法だよ」

「そんな……横暴な!」

 

 言葉こそ威勢がいいが、直樹は腰を抜かして床に倒れ込んでしまった。

 信じられない。信じたくない。そんな事実が目の前に突き付けられている。


「横暴? 奴ら化け物と戦う上でこれくらい可愛いものだよ。奴らは今、息を潜めているが、どうせ国家転覆を狙って反乱を起こすに決まってる。その時は俺達の天下だ。自衛の為の拳銃で思う存分人を殺す事が出来る」

「何言ってんだ、あんた……!?」

 

 直樹はこの男が言っていることがさっぱり理解出来なかった。

 異能者による陰謀論は確かに囁かれているが、それは警官が一般市民に銃を向ける理由にはなりえない。


「俺は人が殺したくて、警官になったんだよ。で、君が栄えある第一号って奴だ。君は事情聴取の最中、データベースに登録されていない異能も用いて抵抗。やむを得ず、射殺した。それだけで今の世の中、人を殺せる」

「おかしい! 狂ってる!」

「かもな。それで? 俺が狂っているからどうだって? 異能者である疑いがある君に、狂っているなんて言われたくないよ。……アディオス、少年」

「ま……待っ! うわああああああああ!!」

 

 銃から轟音が迸り、直樹は悲鳴を上げた。

 撃たれた。銃で撃たれた。死ぬ。痛い……痛い?


「はっははははは! これで君の嫌疑は晴れたよ。ご苦労さん」

 

 直樹が顔を上げると、腹を抱えて警官が笑っている。とても楽しそうだ。

 拳銃は煙を吹いているが、よく見ると、僅かに見えるシリンダーの中には銃弾が一発も入っていなかった。

 ただの空砲だったようだ。


「悪趣味ですよ、達也さん」

「そうかい? 俺はとても楽しめたけど」

 

 ドアを開けて、同い年くらいの赤髪の少女が出てきた。

 場に似つかわしくないその少女に、直樹は思わず目を奪われる。

 好みのタイプではないが、なかなかの美少女だった。

 そこでふと、今日出会った少女を思い出し、直樹は声を荒げた。


「あっ……! あの子!」

「どうかしたの?」

 

 少女が不思議がって直樹の顔を覗き込んだ。

 近い距離にドキッとさせられながらも、直樹は説明をする。


「変な音がした後、少女にぶつかったんです。もしかしたらその時――」

「おや。そんな大事な事を、黙っていたのか? 可愛いから庇ったとか?」

「……はい」

 

 図星だった。直樹は思わず赤面する。


「ははっ。男なんて皆そんなもんだ。俺も君くらいの時は――っと、レディもいたね」

「セクハラ発言は燃やしますよ?」

「君の言葉はシャレにならない。……直樹君、さっきは悪かったね。カマをかけたんだよ。君が異能者か判断するためにね」

「……気持ち的に、一度死にましたよ」

 

 直樹は恨みを込めた目で、達也と呼ばれた警官を見上げた。


「いやあ、本当に悪かった。ちなみにさっきのは全部嘘だから、悪徳警官だとか勘違いしないでくれ。本当の俺は正義に燃える警察官だよ。まあ、燃えてはいないか……」

 

 達也が拳銃を仕舞う。その間に、赤髪の少女が直樹に手を伸ばして、彼を立ち上がらせた。


「私は草壁炎! 炎って書いてほむらって呼ぶんだ。よろしく!」

「変わった名前だけど……」

 

 炎と書いてほむらとも呼べることを直樹は知っていたが、名前で聞く事は、ゲームやアニメの世界ぐらいでしかない。


「まあね。私もそっちの方が良かったんだけど、こっちの方が分かりやすいし」

「分かりやすい?」

「えっへん。それはね」

 

 得意げな表情で炎が手を差し出す。

 達也がその動作を見て声を荒げた。


「待つんだ! ここでは」

「拳銃ぶっ放した人には言われたくありませんよー」

 

 直後、会議室の真ん中で炎が沸き起こった。

 ほむらの手の中に、ほのおが輝いている。


「……炎だ」

「そう! これが私の能力。草壁炎がその身に宿す、正義の炎だよ」

 

 燃え移ってしまうのではないかと冷や冷やさせられる動きで、炎は両脇に手を当てて、踏ん反り返った。

 そして、ベルのような音が鳴る。


「えっ? 何事……うわあ!」

「ああっ! しまったぁ!」

「……スプリンクラーが作動するだろう。こんな所で火なんか出したら」

 

 スプリンクラーは炎の火を鎮火させ、ついでに彼らの服とテーブルに置いてあった資料をグシャグシャにして止まった。


「やっちゃったぁ……服がビショビショ……」

「困ったな。また係員の姉ちゃんにドヤされてしまう。炎、むやみやたらに火は起こさないでくれといつも言っているだろう? こういうトラブルもあるし……。まあ、直樹君にはラッキーかもしれないけど」

「ラッキーって……うわあ! 見ちゃダメッ!」

「……見てない。見てませんよ?」

 

 直樹は、小学生がよくやりそうな手で顔を覆う(ただし、指の隙間から覗き見る)を絶賛実施中だった。

 仕方ないのだ。別にわざとではないのだ。

 大丈夫だと安心した途端、これだった。


「……指の隙間から……目が見えてる……」

 

 炎はぐっ、と拳を握りしめる。彼女の得意技が今さく裂しようとしていた。

 それを達也が制止する。


「ダメだ。またスプリンクラーを作動させるのか? それは困る。もう嫌味は聞き飽きた。今回の原因は君にある。ここは大人しく、素直なグーパンでいいだろう?」

「……分かりまし……たっ!」

「あ……見てません……ホントっ!!」

 

 直樹は、透けた服を片手で隠している炎から、鉄拳制裁を受けた。


 

 今日は絶対についていない。例え、ラッキースケベがあったとしてもだ。

 直樹はそんなことを思いながら、着替えを済ました炎と、達也の話を聞いていた。


「で、黒髪、黒目……清楚系美少女って奴だね……今時珍しい」

 

 達也は炎を見ながらつぶやいた。


「私の場合は地毛ですよ」

 

 どこかむくれた様子で炎が言う。


「分かってるよ、何も言ってないだろう? それはさておき、これだけじゃ情報が不足してるな……」

「え? 似顔絵、出来たんですよね……?」

「これの事かい?」

 

 直樹の問いに、達也は絵を差し出した。

 一言で表すならば、ピカソだった。

 だが、あの芸術家のようなセンスは微塵の欠片も残っていない。

 ただのきったねえ落書きだった。


「……絵描きの人を呼んで下さい。もしくは鑑識」

「彼らはねえ、うちの部署に協力的じゃないんだよねえ」

 

 達也はそう言って難しい顔をする。


「私達の部署……異能犯罪対策部は、あまり受け入れられてないんだ。扱ってる事件が、特殊だから」

「うら若きJKの力を借りなきゃいけないほど人手不足で、しかも他所から嫌われているんだ」

「そんなこと言われても……」

 

 直樹としては警察内部のゴタゴタなど知らない。さっさと解決してくれというのが本心だった。


「本来は異能省が全てを行う異能事件をうちは勝手に捜査してるからねえ」

「……何でもいいんで、せめて家に帰してもらえませんか? もう深夜ですし……」

 

 直樹が欠伸を堪える。正直色々あって疲れていた。

 ふかふかのベッドが待ち遠しい。それに家族も心配しているはずだ。


「ああ、すまないね。送ってくよ」

「……すみません。お言葉に甘えさせてもらいます」

 

 流石に失礼かとも思ったが、寝ている可能性もある家族を叩き起こすのは忍びないし、タクシーを呼ぶにはお金が足りなかった。

 直樹は達也の提案を受け、パトカーに乗ろうとした所で止まった。


「待って下さい。何でパトカーなんですか」

「え? パトカーに乗ったなんて言ったら学校の人気者だろう?」

「そんなはず……いや、ある意味では人気者かもしれませんけど。それに今日は一度乗っていますし……」

「……実は今日、車がこれしかないんだよ。我慢して乗ってくれないかな?」

 

 炎に諭されて、直樹はしぶしぶパトカーに乗る。

 まさか二回もパトカーに乗る羽目になるとは。直樹は嘆息した。


「これでご近所の話題は直樹君でもちきりだ。サイレンも鳴らすかい?」

「結構です……」

 

 深夜だったのが救いだった。これで昼間、パトカーに乗って自分が家に帰ってきたところを見られたらどうなっていたか。


「……何で炎さんも?」

「私も、明日色々と忙しいからね。準備しなくちゃ。それと、炎でいいよ」

「忙しい?」

「まあ、それは明日のお楽しみってことで」

 

 達也が運転しながら話掛けた。そのまま、話を続ける。


「真面目な話、君はしばらく身辺に気を付けた方がいい。君が見たのは恐らく、最近巷を騒がせている暗殺者だ。ほら、たまにニュースにもなるだろう?」

 

 直樹は首を傾げた。そのようなニュースは聞いた事がない。


「達也さん。一般に公開されているニュースは加工されてるので……」

「ああ、そうだった。たまに、妙なニュースがあるだろう? ガス爆発、ボヤ騒ぎ、原因不明の火事とか」

「それなら昨日も……」

 

 最近特に多い。そのほとんどが原因不明で、爆発の能力を持った異能者が原因ではないかという噂が流れているほどだった。


「それらは全部……その暗殺者……君の証言が正しければ、彼女が起こした事件なんだ。俺達はそれを捜査して、色んな地域を転々としているんだよ」

「……なんか、ドラマみたいですね」

「そうだろう? 自慢なんだ。手柄を挙げたら、きっと俺達のドラマが放送されるよ。ドキュメンタリーでもいいか」

「まずはホシを挙げないとダメですよ……」

 

 炎がため息をつく。彼女達の部署はあまり芳しくないようだ。


「じゃあ、ここでいいかな?」

「はい。では……」

「悪いけど、また呼ぶことになると思う。その時は炎に連絡させるから」

 

 そう言って達也は直樹を下ろし、パトカーを発進させた。

 直樹は嘆息した後、明かりが消えている家へ帰った。





 日が窓から差し込む早朝、直樹を起こしたのは、ちゅんちゅんと鳴く鳥達でも、こけこっこーと喧しく鳴くニワトリでもなく、妹の大声だった。


「こらー! 起きろー!」

「まだ眠いんだ……昨日、色々あったから……」

 

 目を開けるのも億劫で、ベッドにすっぽり入ったまま直樹が応える。

 直樹のベッドの傍で、彼を起こそうと四苦八苦しているのは妹の成美だ。


「遅刻しちゃうぞ! せっかくお迎えが来てるのに……」

「お迎え……何の話だよ……」

 

 時刻は七時を回っている。本来ならばもう起きて朝食を取っていなければならない時間なのだが、直樹は一向に目覚めようとしない。

 成美がどうしようかと考えあぐねていると、ドタドタと誰かが二階に上がってきた。


「ちょっといい? こういう時の起こし方はね……」

「あーくそ。今日遅刻して行くからさ……」

 

 誰かが入ってきた気がしたが、とても眠くて気にはしてられなかった。

 何でもいいから寝かせてくれというのが直樹の本音だった。


「えーい!」

「ヌボアッ!」

 

 腹に誰かがダイブしてきた。痛みに直樹が目を見開く。


「へへ……起きた?」

「あ……ほ……ほむら……」

 

 直樹に強烈な痛みを与えたのは、他ならぬ炎だった。



「く……もっと色々起こし方があっただろ……?」

「あははーごめん。こんな感じしか思いつかなくてさー」

 

 直樹と炎は住宅街を歩いている。

 成美の好奇心旺盛な視線を振り払い、母親の期待の眼差しを受け流して直樹は足早に高校へ向かっている。


「何で家に?」

「それはね、私が君の高校へ転校するからだよ」

「……本当に?」

 

 直樹は思わず疑いの眼差しで炎を見た。

 炎は眩しい笑顔で微笑むと、


「信じられない? 異能犯罪対策部を舐めてはいけないよ! 簡単に転入手続きぐらいできちゃうんだから」

「まあ、そういう事にしとくよ……昨日から色々あってついて行けないし……」

 

 直樹は眠い目を擦りながら足を動かす。だが、話していないと眠ってしまいそうだったので、また赤髪の少女へ話掛ける。


「で、何で転入したの?」

「理由は二つ。謎の暗殺者がここら辺に拠点を移したみたいだから、それの捜索。もう一つは……」

 

 炎は直樹の前に立ち、その顔に向けて指をさす。


「君だよ!」

「俺?」

 

 失礼なその行為にいちゃもんをつけることすら出来ず、直樹はポカンとした。


「君は暗殺者と鉢合わせたよね。正しければ、だけど」

「嘘はついてないよ……」

 

 直樹が少し傷ついた様子で言う。

 炎ははにかんで、


「真偽はともかく、君は十分襲われる可能性を含んでいるんだ。だから、私が守る。この正義の火を持つ草壁炎がねっ!」

 

 ボッと、炎の手から火が灯る。炎はにっこりと笑って、任せて! と直樹の胸を叩いた。


「って、あ! 火点いた手で触れたら!」

「あ、あー! やばい! 水! 水は何処いずこに!」

 

 直樹と炎は水を求めて走り出した。



「あ、あははは……ごめん……」

「昨日から全くついてないよ……」

 

 ため息をついて、直樹は制服を絞った。

 心優しき近所の住民達は、直樹の制服に移った火を消す事に全力を注いでくれた。

 おかげで彼は今びしょびしょである。

 高校の敷地内でぎこちなく笑う炎の前で服を乾かしていた。


「あ、ごめん……少し手続きがあるから……」

「行っていいよ。これ以上のトラブルはごめんだからな」

「ごめん……ホントにごめんね!」

 

 炎がグラウンドを駆けていく。

 その後ろ姿を見つめながら制服を確かめると、もうある程度は乾いたようだった。

 炎が火を使って乾かしてくれたおかげでもある。

 悪い奴じゃないんだけどな、と独り言をつぶやいた後、下駄箱へと向かう。


「ん……?」

 

 もう遅刻の時間なのに、誰かが学校へと近づいて来ていた。

 直樹は少し気になったが、時間も時間なので教室へと急いだ。


「おっ直樹、おせーぞ!」

「寝坊したんだ……」

 

 言い訳をしながら席につく。隣の席の友人は浮足立っていた。

 それだけでなくクラス全体が湧きだっている。高校での転校生というのはクラスにとって重大な事件だった。

 ガラッ! とドアを開けて担任が教室に入ってくる。

 にこにこした笑顔で転校生がいることを伝えた。


「じゃあ、入って!」

 

 担任の手招きで赤髪の少女が現れた。黒板に草壁炎と書いて自己紹介をする。


「私は草壁炎です! 炎と書いて、ほむらと呼びます! 皆とお友達になれるとうれしいです! よろしく!」

 

 クラス中から歓声が上がった。前以て分かっていた直樹は思わず苦笑する。

 そこでこの炎のような少女の自己紹介が短かったことに違和感を覚えた。

 もう少し長くても良かったような気がするが。

 そう思った直樹に答えを教えたのは担任だった。


「今日はもう一人転入生がいます。入って!」

 

 そして、目を奪われた。

 黒髪、黒目。程よい大きさの胸。透き通ったように白い肌。

 チョークで文字を書いているその少女は。


「狭間心です。よろしく」

「嘘だろ……」

 

 間違いなく、昨日ぶつかった少女だった。

 

現代異能の群像劇です。そう見えてますように……。

群像劇ですので視点は結構変わります。

読んで下さった方、ありがとうございました。

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