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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第一章 異能殺し
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終局

 理想を求める者、というのは大勢存在する。過去に求めた者、今も求める者。誰しも必ず理想を持つ。

 しかし、その数の多さと理想を遂げた者の数は、イコールではない。様々な理由で引き算されて、遂げる者の数は物凄い勢いで減らされる。

 世界の在り方がそうなっているのか、人々の意思がそうさせるのか。答えは出ない。無いのかもしれない。

 確かなことは、理想を遂げられる者は一握りということだけだ。

 多くは、良くて挫折。理想の大きさにより、その結末は悲惨なものになっていく。

 平和を夢見て戦った者は、平和を嫌う者に殺される。平等主義を持つ者は、非平等主義者に始末される。

 いや、死ねばまだマシなのかもしれない。死は救いとも言える。

 より悲劇的な末路は、死ねずに大事なモノが壊れるさまを見させられることだ。

 家族、友人、仲間。無実の人々。彼らが無残に壊れて行くさまを、見させられる。自分が壊れるより、それはどれほど辛いことなのか。

 そのことを良く理解している少女は、銃を取る。勝てる勝てないは問題ではない。

 強くても負ける。弱くても勝てる。

 自分の持っている全てを出しきって勝負するだけだ。

 

 

 ギィ……と軋むドアを開けると、物が何一つ置いてない部屋の真ん中に、気名田は仁王立ちしていた。

 教授のフリをしていた名残のスーツだが、ネクタイは放り投げられ、動きやすいように着崩されている。

 何者かが入ってきたことに気付いた気名田が、少女に目を向けた。黒の中に赤が混じっている少女。

 狭間心。異能殺しと呼ばれた、暗殺者。

 その赤は炎のようにも見えた。自分の赤と炎の赤が混ざっている。

 至近距離で槍に串刺しにされた黒の少女と赤の少女は、自分の命を計らずも交換した。

 心には炎の血が、炎には心の血が。

 しかし、二人が望んだ繋がりはそんなものではなかった。手と手を取り合い、同じ志、理想を持つ同志として繋がりたかったのだ。

 その結ばれるはずだった絆を台無しにした男に向けて、心は輝かしい黄金を向ける。

 ユートピアと名付けられた拳銃。なぜ理想郷という名を持つのか、心は知らない。開発者の趣味だったのか、辞典をパラパラとめくって適当に付けた名だったのかもしれない。

 もしくは、理想を志す者の眩しさをその拳銃に見出したからなのか。理想を持つ者、それを実現しようとする者に人は惹かれる。善人は、英雄と呼び崇める。悪人は、敵と呼び命を奪おうとする。

 少なくとも、後者である気名田は、その銃を見て、鼻で笑った。勝ち目のない戦いに挑んできた愚か者を、馬鹿にする。


「よく戻ってきたな。死ぬとわかっているのに」

「……私は、そう簡単に死なない」

 

 心の言葉を聞き、気名田は彼女の身体を観察する。彼女の身体の傷はある程度癒えていた。


「それは幸運とは呼べない。不幸というものだ。勝てない相手に死に難い身体で挑むと言うのは、より長く苦しみを味わうということになるからな」

「……私が苦しむのは構わない。私はどんなに苦しんでも、元に戻る。でも、みんなは違う。みんなは、死んでしまう。だから、その苦しみは全て――」

 

 心はユートピアの引き金に指を掛ける。


「私が引き受ける」

 

 心の持つマシンピストルが、鉄の雨を降らす。想いをのせた弾丸が気名田へと放たれる。

 しかし、気高き理想は、現実の前には無力だ。

 気名田が自身の持つ異能で、心の理想を打ち砕く。雷に打たれた対異能弾があらぬ方向へと弾き飛ばされる。

 心は自分の弾丸を喰らわぬよう回避しつつ、懐からグレネードを取り出し、ピンを抜く。1、2、3! とカウントした後、気名田に向けて投げた。

 だが、気名田はその軌道を予測していたかのように手を伸ばす。スーツの袖から、持つ者を勝利に導くグングニールの槍がグレネードに突き刺さった。

 心が放ったグレネードは爆発する機能を失い、残骸が床へと零れ落ちる。

 しかし、心は気にも留めない。

 携帯を取り出し、裏に回り込ませていたドローンへアクセスする。光学迷彩が解除された暗殺用の飛行ドローンが、窓を突き破って侵入してきた。

 アサシネーションタイプは隠密性と戦闘力の両方を兼ね備えている。心が初めて組み立てたドローンもこのタイプだった。

 円盤の下側に装備された、致死性の猛毒を持つダーツが気名田の後方から射出される。

 気名田は振り返らない。振り返らずに背中から迸った雷で、ダーツの矢もろともドローンを破壊した。


「くっ! デバイス起動!!」

 

 音声認識機能を使い、心が身体に様々な恩恵と負担を与えるデバイスを起動させる。素早い動きとなった心は、左手の袖に仕込んでいたナイフを取り出しつつ、気名田に接近を試みた。

 右手でユートピアを撃ちまくりつつ、左手でナイフを振り下ろす。

 心の速度は早送りされている。常人の目にはナイフの軌道を正視することは叶わず、その残像を目視するだけに留まるはずであった。

 しかし――気名田はいとも簡単に心の左腕を掴みとる。


「ハッ! 如何にスピードが上がろうと、狙う場所は決まっている」

「ッ!!」

 

 暗殺者であることが仇になった。心の狙いは首を掻き斬ることにあったのだ。暗殺者は、自身の生存確率を高める為、一撃で対象を殺すことを信条としている。故に、急所を狙う。狙ってしまう。

 気名田には見えなくても良かった。来ると分かっている所を防御するだけで良かったのだ。

 圧倒的な経験の差を心は感じた。能力云々の問題ではない。

 心とて、既に何人もの相手を殺す、凄腕の暗殺者だ。異能殺しの異名は伊達ではない。

 だが、やはり子供と大人では、経験の差があった。少女と中年男では、人生を過ごした時間が違う。

 とはいえ、デバイスが強化するのは速度だけではない。正確には身体全体の筋力が強化された副次効果で、心の速度が上がっているに過ぎない。

 気名田と心の腕力では、一時的に心の方が上だった。

 強引に左腕を動かし、右足で気名田の足を払おうとする。

 だが、それを行うことは心には叶わなかった。


「うあああああああああ!!」

 

 代わりに発せられたのは、心の絶叫だ。全て予測済みだった気名田による、至近距離での電撃。

 雷の異能者である気名田の渾身の一撃を浴びて、心は左腕のナイフを落とした。

 それでも、ユートピアだけは離さない。力なく崩れ落ちる心だったが、それだけは譲れなかった。


「まだ終わってないぞ!」

 

 楽しそうに言う気名田は力なく垂れさがる心の左腕を右手で掴んだまま左手を添えて、曲げてはいけない方向へと折り曲げる。

 ボキリ、と自分の腕が折れる音を、心は聞いた。


「っあっあああああああ!!!!」

「どうしたっ! 異能殺し!」

 

 だらりとしている心の腕を引っ張って彼女を立ち上がらせた気名田は、心の腹部を、雷を纏わせて殴る。

 雷の力を得て、威力を増大させた拳のパワーは、心を反対側の壁に激突させるほどのものだった。

 声にならない悲鳴を上げて、心は倒れる。衝撃で、壁が半壊していた。

 気名田は、ふんっ! と鼻を鳴らし、つまらぬように携帯を取り出す。

 そして、携帯で通話する前に、咳き込む心の声を聞いた。


「まだ生きてるのか……だが、もう動けまい」

 

 心は床に倒れ伏しながらも、目の前に転がる理想郷に、手を伸ばす。瀕死の重傷を負いながらも、戦意は喪失していなかった。

 自分の背中には数少ない、だが、かけがいのないモノが乗っている。そして、少女が願うには大きすぎた理想が。

 家族、師、仲間。そして、新たな仲間になってくれるかもしれなかった少女。見たこともない、平和を願う者達。何も知らず、平和を享受する者達。

 それらを守る為、それらを救う為、それらを助ける為、何度もこの手を血で汚してきた。暗殺した者達の血、傷ついた自分の血、自分が守れなかった人達の血。

 どんなに絶望的な状況でも、希望が見えなくても、諦める気はなかった。

 だが――どんなに不屈な精神を持っていても、折れない心を持っていても、どうしようもないことがある。

 近づいてきた気名田は、心の理想を、文字通り足で踏みにじった。


「ふんっ! 諦めろ。理想? 夢? 誰も傷つかない世界? そんなものはない! 奴ら、能無し連中がいる限りな!」

 

 心の手を足で思いっきり踏みつける気名田。それだけでなく、再度雷撃を浴びせる。


「ぐっああああああああ!!」

「奴らは無能だ。どうしようもない連中だ。どいつが悪くてどいつが良いかも理解できない馬鹿共だ。こちらが手を差し伸べて、奴らはどうしたと思う? 救おうとした手を噛み千切ったのだ!」

 

 今度は右手の骨が砕かれる感触を心は味わった。だが、全身に流れる雷のせいで、どれほど痛いのかが分からない。あまりにも痛すぎて、痛さが分からない。

 痛みが心を包んでいた。いたい、いたい、いたい。それしか考えられない。

 その痛みは、心の精神メンタルにも及んできた。凄まじい痛みに、狭間心という少女、その在り方をぐちゃぐちゃにする。

 折れないはずの心、屈強の精神。それらが破壊されようとしていた。


「そんな奴らとの共存? 共生? 出来るはずがない! 諦めろ、理想を捨てろ! 夢を捨てて、現実に順応しろっ!」

「……あ、あ……」

 

 悲鳴すら、上げられなくなっている。全てが霞み、白い空間が見え始めた。

 そこには、全てがある。理想も、死んだはずの家族も全てが揃っている。

 役目を終えた生者達の理想の楽園。死者の為の理想郷。

 そこに行けば、全てが叶う。誰も殺さなくていい。誰も死ななくていい。

 みんな、死んでいるのだから。

 現実から目を反らし、理想だけを見よう。幻想の中に逃げ込もう。

 そうすれば幸せだ。永遠の幸福だ。


「行くなっ!! 諦めるなぁ!」

 

 全てを投げ出そうとした心に、声が聞こえた。


「うおおおおおおっ!!」

 

 瞬間加速をした男が、心の右手を踏みつけていた気名田に殴りかかる。

 気名田にも、心にも想定外だったその突進に、気名田は防御出来ず、赤く燃える拳をまともに受けた。


「なにぃっ!」

 

 軽いやけどを負った気名田が、かろうじで受け身を取って男を見上げる。

 全てを終わらせようとしていた心が、痛む首を上げて、その後ろ姿を見つめる。

 黒髪で、制服姿のその男は。何の能力もないと打ちひしがれていたその男は。


「貴様……! 一体何者だ」

「俺は……神崎直樹! 何の力もない、平凡な高校生だ!」

 

 間違いなく、心が一度疑っていた、神崎直樹その人だった。



 


 燃える拳を握りしめ、スーツ姿のおっさんと対峙する少年。ファインティングポーズ。戦う意思を感じさせる構え。


「神崎……直樹? 誰だお前は! そんな異能者は聞いた事がない!」

「だろうな! この力は借りもんだ! 俺には何の力もない!」

 

 強気に叫ぶ直樹。

 本来なら情けないはずのセリフも、直樹には誇らしかった。


「なんだと……! まさか、貴様……コピー能力か?」

 

 異能省に長きにわたって働いていた気名田は、あるかもしれないと言われていた異能を口にする。

 もしこれがただの異能ならば、気名田もそのような結論に至ることはなかった。しかし、神崎直樹が手に纏わせている異能は、どう見ても草壁炎のものだ。

 とはいえ、ほのおの異能自体は特筆して珍しいものでもない。

 だが、同じ地域に、全く似たような使い方をする異能者が現れるか否か。


「知らねえよ! 俺は自分のこれが何なのかわかんねえ! 何だってかまいやしねえよ! 少なくとも、これで俺は……心を助けられる!」

 

 ぐっ! と拳を握りしめる直樹。身体中を熱いモノが流れている不思議な感覚だ。

 もし仮に気名田が推測したコピー能力が直樹が持つ異能だったとすれば、炎の性格までコピーしちまったのかもしれないな、と直樹は思った。


「はっ! それはない! お前が異能者だったとしても、弱いことには変わりないぞ!」

「ああ、俺はな! だが、炎は違う! 監視ネットワークの映像を見たぜ! あんた、炎を不意打ちで倒しただろ! 今の俺にはなんでか分かる! お前には炎が邪魔だったんだ!」

 

 熱く話す直樹に何を言っている、と気名田が困惑する。気名田があの状況で炎と心を串刺しにしたのは、チャンスがあったからだ。

 しかし、直樹は語り続けた。


「お前は炎が怖かった! だから先手を打ったんだろ! 俺にはわかる……わかるんだよっ!」

 

 直樹の仮説は正しいのかもしれない。炎の訳がわからずも思い込む部分もきちんとコピーされていた。


「もうめんどくせぇ! お前を倒せば全て終わるんだっ! さっさと拳を握れくそ野郎! ぶん殴ってやる!」

 

 自分で語っていたくせに直樹は気名田を急かす。しかし、気名田も同意だったようで、拳を握りしめた。


「お前のようなバカと話すのはもううんざりだ。さっさと終わらせてやる。そこの女と共にあの世へ送ってやるぞ」

「そんなことさせねぇ! 俺は弱い! でも勝つ! 行くぞぉおお!」

 

 炎がやっていたのと同じように、靴の裏から火を噴かせ、一気に気名田へと距離を詰める。

 炎を纏わせた拳を気名田へと叩きつける……はずが、慣れない行動に直樹は制御を失敗し、体当たりとなってしまう。

 多くの戦闘経験を積んでいる気名田も、この動きは予想出来なかった。

 直樹と思いっきり激突する。ぶわあっ! と床を転がった。


「やべぇ、コントロール出来ねえ!」

「クソガキ! 俺を床に!」

 

 気名田は直樹を拳でぶちのめすつもりだったが、方針を変え、直樹に雷を浴びせる。


「うわっ! とっとっと!」

 

 回避の為に再び火を噴かせる直樹だったが、天井にぶつかったり、空中を一回転したりと、デタラメな飛行をおこなってしまう。

 しかし、その不規則な軌道は効果的だった。事実、気名田は直樹に雷を当てることが出来ない。


(くそっ! 素人のガキだぞ!)

 

 気名田が憤る。だが――何も知らない全くの素人が、予測できない行動を行い、玄人を翻弄するというのは稀にある。

 玄人は経験上、相手がどう動くかある程度推察出来る。その上で自分がどうするべきか考えるのだ。しかし、全くの素人はセオリーというものを知らない。玄人がダメと言う行動をしてしまい、失敗をする。そして、失敗を繰り返し、やり方を学ぶのだ。

 ほとんどの玄人は素人と同じ失敗をしている。故に素人の行動も推測できる。

 だが……たまにいるのだ。玄人が考えもつかない行動をする素人が。


「よ、よし! 何となくわかってきたぞ……うわっ!」

 

 シュッ! という音と共に直樹がいる場所へと槍が伸びた。制動のコツを掴んだ直樹はかろうじで避けて、その槍を掴む。


「くっ! 槍に触れるな!」

 

 気名田は雷を槍にのせた。この伸縮式の槍は、気名田の雷によって制御されている。心が気名田の元から脱出出来たのは、雨によって気名田の能力が拡散してしまうからだ。

 しかし、直樹が借りた異能は炎の力である。水の力ではない。

 だから、直樹は槍を持つ右手に炎を纏わせて、槍を溶かした。


「お前!」

「これで槍は使え……うおおっ!」

 

 槍は一本だけではない。気名田は左袖に仕込んである槍を直樹に伸ばす。

 今度はあらかじめ雷を纏わせている。触れただけで感電は必至だ。

 だが――直樹はそれをあえて素手で掴む。


「うおっおお……! 炎と雷で勝負だぁ!」

 

 雷撃をまともに受けながら、直樹は槍を燃やし始めた。異能の差か、根性の差か、はたまた別の何かか、直樹が落ちる前に槍が融け落ちる。


「どうだ見たか!」

 

 直樹は着地しながら、叫ぶ。気名田の顔が真っ赤に染まった。


「こんなバカ者に槍が壊されただと!」

「ああ、俺はバカかもしれねえ! でもな、そんな俺にやられたお前はもっとバカ野郎だ!」

 

 直樹はそう言って、足を踏み込む。おりゃあ! という掛け声と共に突撃した。

 今度はちゃんと思い描いた軌道で、真っ直ぐ一直線に気名田へ向かう。


「丸見えだぞ! ガキッ!」

「な……なおき……ダメ……」

 

 わかりやす過ぎるその行為に、心が声を捻りだす。


「気合と根性でカバーだ!」

 

 雷撃を纏わせたアッパーで迎撃する気名田。しかし、直樹はそれを受けつつ気名田をぶん殴った。

 直樹はぐぅ! と声を上げつつ、怯んだ気名田を連続で殴る。


「まだ終わってないっ! よくも炎を、達也さんを、心を! やってくれたなぁ!」

 

 直樹の気合の掛け声と、気名田の苦しみに喘ぐ声がシンクロする。

 しかし、気名田は歴戦を積んだ男だ。おおっ! と気勢を上げつつ、直樹の腕を掴み、掌底で吹っ飛ばした。


「調子に乗るな! ……もうガキの遊びは終わりだ。次で決着をつけてやる」

 

 床に転がった直樹は、立ち上がりながら答える。


「望む……ところだぜ」

 

 強がる直樹だったが、自分にかなりのダメージが蓄積していることに気付いていた。気名田の言うように、調子に乗っていたかもしれない。

 いや、それでも負けない! 直樹は闘志を燃やす。

 俺一人だけだったら負けた。でも今の俺は一人じゃない。

 ほむらがついている。二人だったら勝てる!


(力を貸してくれ……炎!)

 

 直樹君はすごいよ、という炎の言葉が、直樹の脳裏に甦る。

 そうだ。今この瞬間だけは、すごい俺だ。

 このくそ野郎をぶちのめし、心を助けて、炎の元に帰る。


「神崎……直樹ぃ!!」

「気名田ぁ!!」

 

 直樹がロケットブーストで、気名田へと跳ぶ。

 気名田は、自身の異能を最大限に凝縮させた雷拳で直樹を迎え撃つ。

 

 


 両者は自分の持つ力を最大出力で発揮しようとしていた。二人の戦いを傍観していた心にはそれが見て取れる。

 心は、このままではいけない、と直感した。心は直樹が負けるとは思っていないが、直樹が無事で済むとも思ってはいない。

 神崎直樹は心にとって、ただの人間、他人だ。いや、他人と友達の中間に位置する存在だ。

 親しい他人。ただの顔見知り。たまたま道端でぶつかっただけの関係。

 心には助ける理由はない。それは直樹にも言える。

 草壁炎にも、新垣達也にも、水橋優にも。

 なのに……なぜ、なぜ彼らは私を助けた? 心に疑問が浮かび上がる。

 いや――決まっている。その理由は。

 助けたかったからだ。救いたかったからだ。

 だから――心は手を伸ばす。今目の前で戦う男を助けたい。その一心で。

 心が理想郷ユートピアを掴む。直樹が気名田へと急接近する。気名田が大振りで拳を振り翳す。

 三者三様。しかし、その内の二者の想いは、想う対象が違うだけで同じだった。

 心のユートピアが火を噴く。ただし、発射されたのは一発だけだ。薬室チャンバー内に残っていた最後の弾丸。

 三人は時が止まったように感じた。

 ゆっくりと気名田へと吸い込まれる弾丸。

 気名田は自分へ弾が届くことを理解し反応した。

 反応してしまった。

 雷が鳴り響き、弾丸が焼き焦がされる。

 そして、気名田は自分の敗北を悟り、直樹は自分の勝利を確信した。

 現実の前に理想は無力かもしれない。

 しかし、現実より素晴らしいものが理想というものだ。

 だから大勢の人間が憧れ、志す。そして、人が強く想った理想は――。

 現実に勝ることがある。


「うおおおおおおおっ!!」

 

 神崎直樹と草壁炎の、二人分の想いをのせた拳が、気名田の顔面に直撃した。


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