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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第一章 異能殺し
15/129

激動

 ――数時間前――

 

 隣の席がホームルームが始まっても空席な事にほっとした赤髪の少女は、席で安堵の息を吐いた。

 炎の隣は直樹の席だ。遅れてくる可能性もあるが、その時は殴り飛ばしてでも帰宅させればよい。

 今回の件は今までと比較にならないほど危険なのだ。炎の勘がそう告げている。

 今は、如何にしてクラスの全員……いや、学校にいる生徒と教師を帰すか考えている。

 ふと、炎が前に目を向けると、狭間心がいた。

 制服姿のあの少女も来ている。狙いは何か。ただ教育を受けに来たとは考えられない。

 まさか気名田という男を暗殺しに来たとは考えられないが――。


(やめよう……考えるのは)

 

 プスプスと煙が噴き出してきた為、炎は考えるのを止めた。

 このような事を考えるのは苦手なのだ。学校の勉強もあまり得意ではないのに、と頭の中で愚痴をこぼす。


「今日は大学から来た講師による講義がある。君達には退屈だろうが、その分授業も早く終わるから、頑張ってくれたまえ」

 

 メガネの教師菅原がクラスメイトに言う。同級生達は面倒だとか、早く終わるなら……だとか、各々の思うことを囁いている。


「一時間目は自習だ。先生達は会議があるからな……」

 

 菅原に見られてる気がして炎は菅原へと目を向けるが、気のせいだったようだ。

 朝のホームルームが終わり、自習という名の談笑が始まった。

 炎はこの機会に漠然と方法を考える。が、何も思いつかない。

 その為、机に肩肘をついてボーッとしていた。


(誰も傷つけたくない。誰も死なせたくない。……これって私の我儘なのかな)

 

 炎の信念。それは、昔の自身による過ちに裏付けされている。

 皆を危険に曝してしまった。その罪悪感に打ちひしがれていた時、手を差し伸ばしてくれた、男の人。

 炎が幸運だっただけに過ぎない。

 異能者の未来は二つに一つ。無能者に殺されるか、異能者に利用されるか。どちらにしろ、待つのは死だ。

 炎を救った達也は彼女に違う道を呈示した。異能者も無能者も関係なく、人を助ける仕事をしないか、と。

 炎には希望だった。戦うことは嫌だ。でも、誰かが傷つくのを見るのはもっと嫌だ。

 だから、戦うことを選択した。

 なにより、兄も似たようなことをしていたのだ。兄はいつも自分の仕事に誇りを持っていた。

 幼い炎の憧れであり、希望だった兄。兄は倒れたが、まだ炎は消えていない。

 ほむらが継いだのだ。兄の炎を。兄の理想を。

 故に、無力でも、出来る事が少なくても、失敗を繰り返したとしても。

 諦めないし、折れない。燃え盛る炎はそう簡単に消えたりしないのだ。


(うん……! 頑張ろう!)

 

 ぐっと拳を握りしめて、気合を入れ直す炎。

 丁度その時、どすん、と隣の席に誰かが座った。

 狭間心だ。


「……何してるの?」

「え、えっと……気合を入れてたんだ……」

 

 周りから見れば変だったかもしれない、と焦る炎だが、心はその事については何も言わなかった。


「……あなたは、気名田を守るの?」

 

 端とは言え、教室で堂々と訊ねてきた心に炎は戸惑う。

 とはいえ、普通、クラスメイトがそのような事をしていると勘ぐるだろうか。そう思うのは、痛い妄想癖を持つ者か、異能省に関わりを持つ者かのどちらかだ。前者だったら気にする必要はないし、後者だったら既に知っている。

 それに、クラスメイト達はおしゃべりに夢中で、対称的な二人の少女に耳を傾けている様子はない。


「……うん。異能者に対して、好印象を持つ人は貴重だからね」

 

 とは言うが、異能者を悪く思っていたとしても炎は守ったことだろう。主義主張関係なく、炎は守りたいと思っている。異能者も無能者も関係ない。


「……その男が犯罪者だったとしても?」

「え?」

 

 そのような事は達也から聞いていない。気名田は主張が異端な(無能者から見れば)大学教授のはずだ。


「裏で汚いことをしている可能性がある。異能者を悪く言う人間が、数十人、樽井の実験に関わって消えている」

「……気名田って人が」

「殺した可能性が多いにある。少なくとも、関与していることは間違いない」

 

 心がピッと携帯を操作すると、炎の携帯が振動した。アドレス教えてないのに、と驚く炎。


「……メールアドレスくらい、簡単に分かる。アドレスに誕生日をいれることはオススメしない」

 

 うぐっ、と言葉につまりながらメールを見ると、気名田のプロファイルが添付されていた。


「……この情報は本当なの?」

「……信じるか信じないかはあなた次第」

 

 内容は、気名田が関っていると思われる事件の箇条書きだ。簡潔に書かれている為、少ない情報量ながらも詳細を把握することが出来る。


「うん、心ちゃんが言うなら信じるよ」

 

 人を疑う前に、人を信じること。ずっとそうしてきた。今度も同じだ。炎は即座に頷いた。


「……あなたは少し、他人を疑うことを覚えた方がいい」

「そういうのは他の人に任せるよ。私は信じること専門だから」

 

 心は呆れた混じりの苦笑をする。それじゃあ、とどこか期待が混ざった言葉を炎に言う。

 しかし。


「ごめんね、心ちゃん。それでも私は気名田を守るよ」

「……何で!?」

 

 勢いよく立ち上がった為、心が座っていた椅子が倒れる。教室中の視線が二人に集中する。


「今日の講義が終わった後、裏を取って、気名田を逮捕する。私は……警察の人間だからね」

「絶対に危険な事が起こる。その前に気名田を暗殺しないと――」

 

 声を潜めて言う心に炎はダメだよ、と応える。


「殺しても……一時的に問題を先延ばしにするだけだよ。捕まえて、何でそんな事をしたか理由を探らないと。それにね、心ちゃん」

 

 炎は心を見上げる。その瞳は心を心配する友人の瞳だった。


「そんなやり方じゃ……心ちゃんが壊れちゃうよ」

「……今の状態じゃ、あなたに危険が及ぶ! このままだと……壊れるのはあなたなのよ! 分かってるの!?」

 

 心にしては珍しく慌てた様子で炎を揺さぶる。炎はその手を掴んで、


「大丈夫、私は強いんだよ? この前見たでしょ?」

「……ずっと連敗していたくせに」

「そ、それは言わない約束だよ」

 

 炎が返す。心はふーっと息を吐いた。


「仕方ない。私は暗殺者……目標ターゲットを暗殺する殺人機械。あなたが、気名田を守ると言うのなら、私は気名田を暗殺する」

「ごめんね、心ちゃん。これだけは譲れないんだ」

「……私もこれだけは譲れない。怪我をしたくないなら、家に帰ることね」

 

 そう言い残し、心は席に戻っていく。炎は心の後ろ姿を見つめながら、呟いた。


「……心ちゃんは機械なんかじゃない。人間だよ」


 


 講演の場所は体育館だった。

 この前生徒会長である高木が、多数の生徒に洗脳を掛けていた場所。炎は寝ていてよく分からなかったが、終わった後、生徒たちは皆口を開くたびに生徒会長の話をしていたというのに、今や誰も話す者はいない。

 洗脳が解けて、生徒会長に対する敬服の念は皆の中から消え失せていた。高木が人気だったのは、異能を用いていたからだったようだ。

 忽然と姿を消した生徒会長の事を誰も気にしていない。現状、高木洋子は体調を崩し、休んでいるという処置が取られていた。

 彼女が殺されたと知れば、学校中の話題を独り占めすることだろう。それが本望だったかは、炎には知りえない。

 ただ、少し寂しいんじゃないかな、と炎は思う。異能者は皆、過去に何かしらあったはずだ。

 高木だって、心が暗殺した者達だって、皆何かあって、それで無能者と戦うことを選んだのだ。

 もちろん、中には人を殺したいだけの者もいるだろう。刺激の足りない日常から脱却する為に、武器を手に取る者達。

 だが、全員がそうではない。無能者に迫害されて、家族を、友達を殺されて。

 そのようなケースを何件か知っている。一歩間違えれば、自分もそうなっていたかもしれない。

 未だに、あの声が聞こえる。嫌なものは全て燃やしてしまえという、暗くて、甘くて、心地よい、囁きが。

 でも、私はそんなことをしたくないし、そんなことをさせたくもない。

 炎が決意を新たにする。と、檀上に中年の男性が挙がり始める。

 教師陣に混じって見覚えのある顔が、炎には見えた。浅木だ。


(浅木さん……!)

 

 手をぶんぶん振りたい衝動に駆られるが、炎は何とか自分を抑えた。浅木もこちらに気付いたようで、微笑み返してくる。

 教師陣を眺めていた炎は、新たに自分達の担任となった菅原がいないことに気付いた。警備上の理由から、教師も生徒も例外なく体育館に集められることとなる、と達也は言っていたはず。

 とはいえ、その警備配置に達也は不満があったようだが。父親に嫌がらせされた、と達也はぼやいていた。

 父親がいない炎には達也の心境が分からない。むしろ、達也が炎にとっての保護者だ。

 とはいえ、自分と十歳程度しか離れていない男をお義父さんなどと呼ぶ気にはならないが。


「あなた達は、異能者の事をどう思いますか?」

 

 体育館に設置された大型スピーカーから、気名田の声が出力され、炎は顔を上げた。

 気名田の問いに生徒達がざわめく。炎のクラスがたまたま異能者に対し悪感情を持っている人達が少なかっただけで、学校全体で考えれば、異能者を肯定する意見は少ないだろう。

 しかし、彼らも異能者をよく知っているわけではなく、様々な問題を起こしニュースになる異能者達を恐れているだけだ。そのニュースもどれくらい真実を報じているか分からないが。


「あなた達の反応は正常です。人は、自分が知らないものを怖がる傾向にある。つまり、逆を言えば、知れば怖くなくなるということです。この機会に、異能者について知ってみませんか」

 

 体育館全体が暗くなる。大型スクリーンにスライドが映し出された。

 気名田の講義は続く。


「異能者達は世界で30%ほど存在しているものとされています。しかし、これらは推測であり、実際はもっと多いでしょう。異能を発見することは簡単ではないのです。能力如何では、異能を発動していても気づかない場合もある。また、異能を持っていても、それを発動する条件に気付けなくて、発見が遅れる場合もあります」

 

 炎は自分の異能に気付いた時のことを思い出した。炎が異能に気付いたのは偶然だ。幼い頃、雪の降るとても寒い日にあったかいものが欲しいなぁと思った所、手から小さな火が生じたのだ。


「一番最初の異能者、レイド・コステインは、氷の力を持つ異能者でした。レイドは海に落ちて溺れそうになった時、こんな所で死にたくない! と念じて、海水を凍らせたと言います。それから、異能者がたくさん発見されました。そして、異能パニック、という騒ぎに繋がっていくのです」

 

 異能者による世界の混乱。それが異能パニックだと炎は聞いていた。三十年近く前の話なので、炎は生まれてすらいないが、そのパニックの影響は未だに根強く残り、炎達異能者に対する迫害の原因となっている。


「異能パニックを収束させる為、政府は異能省という組織を作り上げました。既存の組織では異能者に対応することがとても難しかったのです。それだけ、異能者の存在は驚異的かつ、未知の存在でした。しかし、残念ながら、異能省は……あまり効果的とは言えませんでした。なぜなら、異能省内部で問題が発生したからです」

 

 炎が息を呑む。浅木を見ると、どう対応していいか分からず慌てている。

 異能省が三派に別れていること。それは火を見るより明らかなのだが、一応秘密とされている。少なくとも、ただの高校生が知って良い情報ではない。

 暗闇の中、誰かが立ち上がる音がした。炎が顔を向けると、携帯で顔がぼんやりと照らされ、心であることが分かる。

 次の瞬間、スクリーンが消え、スピーカーから音声が出力がされなくなった。


「おや、マイクが切れてしまったようですね」

 

 気名田は驚きもせず平然としている。


「気名田教授、機器の故障のようです。申し訳ありませんが講演は中止に……」

「おやおや、せっかく盛り上がってきた所だと言うのに。残念ですねぇ……」

 

 気名田に声を掛けたのは菅原だ。遅れて体育館に来ていたようだ。


「生徒諸君は……教室に戻り、帰り支度をするように!」

 

 菅原が叫ぶと、生徒達から歓声が上がった。おっさんの話と早めの帰宅。どちらが嬉しいかなど、聞くまでもない。


「炎ちゃん!」「浅木さん!」

 

 生徒達が戻っていく中、浅木に駆け寄る炎。


「炎ちゃんは……これから気名田教授の警護よ」

「分かってます。あ、あとで調べて欲しいことが……」

 

 炎は耳打ちして、浅木に心から聞いた話を伝える。浅木は分かったわ、と頷いた。


「達也さんに伝えておく。炎は荷物を持ってすぐに来て。担任には急な用事ってことにしてあるから」

 

 分かりました! と元気の良い返事をして炎は教室に向かう。

 背中に複数の視線が向けられていたのだが、炎は気づかなかった。


 

 荷物を取り、教室から出ようとした炎を真面目な久瑠実が止めようとしてきたが、ちゃんと許可貰ってるから! と言うと通してくれた。

 廊下を急ぎ足で進むと、下駄箱前で心に出くわした。


「心ちゃん」

「これが最後通告。あなたは家に帰るべきよ」

「……それは出来ないよ。私は私のやるべきことをしなきゃ」

 

 確固たる意志を持って、炎が答える。同じように真剣な眼差しで、心は言葉を発した。


「なら、私も私のすべきことをする。巻き込まれたくなければ、離れていて」

 

 そう言って心はどこかへ走って行ってしまう。


(うん……心ちゃんを助けること。それが私のやるべきことだもん)

 

 炎も、やるべきことを成す為に、教授の元へ走って行った。



 

 教授は車で護送される手筈となっていた。

 物々しい警護の車列。と言っても市民の安全を鑑みて、人通りの少ないルートを通る。

 警備の人数は五十人ほど。達也が強引に増員させた警官隊だが、無能派による襲撃を考えると少な目に思える。

 無能派は人の多さと科学の力を頼みとする派閥だ。科学は主に平和的な側面と暴力的な側面の二つの顔を持つが、無能派が用いる科学は後者だ。

 連中は街中に凶悪な兵器を持つ込むことも厭わない。慎重かつ迅速な対応が求められた。


「では出発します。しばらくはこの車で進み、チェックポイントで車を乗り換えます。よろしいですね」

 

 助手席に座る警官が後部座席の気名田に説明する。分かりましたと気名田が答えた。

 気名田の後ろに座る炎が、同じように隣に座る浅木に訊く。


「何で車を交換するんですか?」

「え? 警備上の理由……って奴よ。たぶん……」

 

 とは言うものの、浅木は自信がなさそうだ。助手席に座る警官が炎に応える。


「上司からの命令だよ」

「はい……ありがとうございます」

 

 上司というのは達也だろうか。いや達也は階級こそ上だが、直接的な上司ではないはず。上司に達也が何か命じたのだろうか。

 炎が考え事をしていると車が動き出した。ゆっくりとした動きで車が走る。

 しばらく車内は沈黙が支配していたが、耐えかねたのか気名田が炎に声を掛けた。


「君は、異能者だね?」

「……はい」

 

 炎が返事をすると、気名田は気を良くしたように話し出す。


「君の燃えるような赤髪を見るに、炎の能力なのかな?」

「はい。私は炎の異能を持っています」

「ふむ。髪にまで影響しているということは、君の中に眠る異能チカラは、とても強力なようだ。潜在能力が高いのだよ。君が本気を出せば――今の社会を変えられるかもしれない」

 

 気名田は炎をじっと見つめながら呟く。しかし、炎は首を横に振った。


「ありがとうございます。でも、私は本気を出しません。色んな人を巻き込んでしまうから……。っと、ああ! あなたの警備を疎かにするという訳ではなくてですね」

 

 言い訳をする炎に、気名田は笑みを見せる。とても楽しそうな笑みだった。

 ブレーキ音を立てて車が停まる。チェックポイントについたようだ。

 警官達と気名田、炎と浅木は車を降りる。近くにあるショッピングセンターの駐車場で、乗り換えを行うようだ。


(何でこんな場所で?)

 

 不思議がる炎が気名田の傍から離れる。突然、悲鳴が聞こえた。

 慌てて振り向いた炎は、倒れる警官と、警棒を持つ心を発見する。


「心ちゃん!」

「……私の仕事を行う!」

 

 走り出す炎だが、心は気名田の横にいる。しかし、この程度の距離、異能を持つ炎にとって離れたうちに入らない。


「やぁ!」

 

 気合の声と共に、炎の靴の裏から、火が噴射される。炎は一気に加速した。

 しかし、心も炎の行動を熟知している。


「デバイス起動!」

 

 心の持つ、科学の魔法。上半身に装着されているサポートデバイスで、心は早送りされた。

 気名田を抱えて、逃走してしまう。アンカーを使い、建物の上に飛び乗った。


「心ちゃん! 止まって!」

「炎ちゃん! 一人じゃ……きゃ!」

 

 浅木の制止を聞かず、炎はロケットジャンプで、ビルの上に跳ぶ。そのまま心を追跡する。


「ターゲット移動。追跡します……」

 

 警官達とは全く別の方向で、二人の逃走と追跡を見ている者がいることに気付く事もあるはずがなかった。


 


 たんっ! と音を立てて炎は建物の上に飛び乗った。

 心を追跡してここまで来たものの、警官達は遥か遠く。援護は望めなくなってしまった。


(ううん、私一人でやるんだ)

 

 炎は拳を握りしめ、倒れる気名田の前に立つ心へ歩く。


「……あなたは、馬鹿者よ。あれほど警告したのに」

 

 心は黄金色の拳銃を持っていた。ユートピアという名こそ、炎は知らないが、その拳銃がマシンピストルであることは知っている。

 カチャ、と心は拳銃を向けた。


「今なら……まだ間に合う。手を引いて」

「……何度言っても、私の意見は変わらないよ。心ちゃん」

 

 炎は構えを取る。ファインティングポーズ。明確な戦う意志の構え。

 しばしの間見つめ合っていた両者は、動き出す。

 拳と拳銃を構える少女が今、ぶつかり合う――。

 炎はロケットブースターで一気に距離を詰めた。やぁ! という気合の込めた拳を心に振りかざす。

 心は紙一重でその拳を避けて、警棒を叩きつける。しかし、炎は左腕で警棒を防いだ。

 右手に持つ拳銃で、心は炎を射抜こうとしたが、炎はもういない。

 ブーストで距離を取った炎は、心の牽制を込めた射撃を避けつつ走る。靴の裏から放たれる炎でステップを踏み、射撃が止んだ所で急速に接近した。

 だが、接近戦が不利な事は心も承知している。心は炎が接近した瞬間、魔法を紡いだ。


「デバイス起動!!」

 

 心の身体が強化される。炎の拳を驚異的な速さで避けて、炎の頭にユートピアを向けた。

 一瞬、時が止まる。二人はそう思った。一つ一つの動作がスローモーションがかかったように遅くなる。

 炎に銃口を突きつけた心は、しかし、引き金を引かなかった。代わりにと、銃床で殴りかかる。

 炎はそれを受け止めて、蹴りで心の足を払う。一瞬宙に浮かぶ心。空中に浮かんでしまえば、身体強化は意味を成さない。

 だが、炎はトドメを刺さなかった。心の首を掴もうと、手を伸ばす。

 心はその手を止め打撃を加えて引っ込ませると、後転跳びで距離を取る。

 立ち位置が最初とは逆になっていた。炎は気名田の前に立ち、心は一人、銃を構える。

 口には出さないが、両者は同じ気持ちだった。

 やりづらい。この一言だ。

 炎は心を傷付けるつもりはなかった。同じく、心も炎を傷付けたくはなかった。

 互いが互いを案じ、致命傷を与えることが出来ずにいる。

 再び見つめ合う両者。不意に炎が口火を切った。


「心ちゃん、もうやめよう?」

「……出来ない。私には使命が……理想がある」

 

 心の言う理想。炎は詳しく知らない。でも、予感があった。

 心の理想と自分の理想は同じものなんじゃないのか、という予感が。

 だから、燃えるように赤い瞳の少女は、冷たく、冷えた黒い瞳の少女に訊ねる。


「……私にも、理想があるよ、心ちゃん。私は、異能者と無能者がともに笑って暮らせる世界を作りたい。出来ることは少ないけれど、夢は夢って諦めたくない。心ちゃんはどうなの?」

 心は驚いた顔で炎を見る。同じように心も炎が言う理想と自分の理想がいっしょなのではないかという予感があった。


「……私も……同じ。異能者と無能者……二つを一つにしたい。誰も傷つかなくていい世界を……」

「なら、いっしょに作ろうよ! 人を殺して、理想を目指すんじゃなくて、人を守って、助けて、理想を目指そう! 私達なら、出来るよ!」

 

 とは言うものの、実現は不可能に近かった。日本の異能省だけではなく、世界規模で、異能者と無能者は敵対している。いつ戦争が起きてもおかしくないという状況だ。

 しかし――炎の言葉はそんな現実を吹き飛ばすほどの力があった。

 もういいのではないか? 今のまま敵対する人を殺す日々と終わりを告げても良いのではないか。

 そう心に思わせるほどの威力が。


「……私は、暗殺者。人殺し。そんな私を受け入れると言うの?」

 

 確認のように心が訊く。炎は即答した。


「もちろんだよ、心ちゃん!」

 

 炎はにっこりと眩しい笑顔を見せて、手を差し出した。

 仲直りの握手。これから仲間になるという歓迎の握手。

 心は、笑えばいいのか、泣けばいいのか、呆れればいいのか分からなくて、表情を複雑にしながら歩み寄った。

 炎は待った。心が手を掴むのを。

 問題は多い。でも、一人では無理でも、二人なら出来る。炎は幸福感に包まれていた。

 新たな希望を見いだせた喜びに満ち溢れていた。

 そして、両者が繋がる。

 グシャッ! という音を立てながら。


「え……?」

 

 炎も、心も、茫然と下を見た。

 強烈な痛みを感じたからだ。

 見ると、棒状のものが、炎と心、両者の腹部に突き刺さっている。


「どうなるかと思っていたが、つまらんものだなぁ」

 

 炎の後ろで誰かが立ち上がる気配がした。シュッと音を立てて、刺さっていたものが抜ける。

 心はかろうじで耐えたが、炎は前のめりで倒れてしまった。

 炎には前しか見えない。傷口を抑えて、苦しみ上げる心しか。

 後ろから、声が聞こえた。気名田の声だ。


「異能殺しを葬り去ってくれるとばかり思っていたが、和解だと? ふん、中立派に異能殺しを加えるわけにはいかんからな。手を出させてもらった。異能者の面汚しめ。何が理想だっ!」

「炎!」

 

 心の叫びが聞こえる。腹の痛みに気を取られ過ぎて、頭を踏みつけられていることに炎は心の声で気づいた。


(やばい…かも……ね)

 

 意識が段々と薄れていく感覚を、炎は味わっていた。今まで考えてきたこと、大事にしてきたこと、全てが痛みに上書きされる。

 でも上書きされていない想いもある。炎が心を見上げると、片手で、ユートピアを構えていた。


「……よくも……!」

「ふん! グングニールの槍というのを知っているかね? 北欧神話の神オーディンが持っていた槍なんだが、私はこの槍が大好きでね。開発部に製作を頼んだんだが……投げて戻ってくる槍というのは非効率なんだそうだ。その為に」

 

 気名田は右腕を右横のビルに向けて伸ばす。すると、スーツの内側から、槍の先端のようなものが伸び、二百メートルほど離れているビルに向けて伸びていく。

 傷口を抑え、いつでも撃てるよう気名田を見据えていた心と、致命傷を受け、倒れ伏していた炎は知る由もなかったが、ビルにはスナイパーライフルを構えた狙撃手がいた。その男は槍に頭を突き抜かれ、絶命した。

 シュッと、付着する血の量が増えた槍が、スーツの内側に収納される。


「このような伸縮式の槍となってしまったわけだ。娘は格好悪いと言っていたが、まぁ、性能はいい」

 

 そう言って、気名田は炎の頭を蹴飛ばして、心と向き合った。あ……というか細く炎が声を出す。


「さて……異能殺し、お前をどう殺そうか……」

 

 バババババッ! と銃声が轟く。

 心がユートピアの引き金を引いたのだ。対異能弾のフルオート射撃が、気名田へと迸る。

 瞬間、稲妻が奔った。

 心には何が起きたのか理解出来なかった。だが、異能殺しとしての経験が事実を事実と認識させる。

 心が放った鉄の雨は雷によって打ち砕かれた。気名田は雷の異能者だったのだ。


「っ!! ……くっ……」

 

 右肩が痛み、心が目を向けると、自分の撃った弾に被弾していた。痛みに、ユートピアを持つ手が揺れる。

 どうする、と心は作戦を立てる。デバイスを使用出来るのはあと一度だけ。金属の類は恐らく弾かれてしまう。

 なにより。

 草壁炎が重症を負っている。

 今までは炎は敵だった。でも、もう違う。彼女は異能省のエージェントではなく、心と同じ理想を持つ同志だ。

 助けなければならない。殺すだけの人生だったが、これからは違う。

 心は戦う意思を固めようとした。だが、炎は、そんな心に声を振り絞る。


「に……げ、て」

「……炎! 何を!」

「ダメだよ……今の心ちゃんじゃ……勝てないよ」

 

 炎の言葉は事実だった。デバイスも事実上の封印。ユートピアによる射撃も無効。接近戦は論外。

 今の心には勝ち目がなかった。


「心ちゃん……」

「ダメ! あなたはしゃべらないで!」

 

 心は炎を制する。だが、炎は言葉を紡ぎ続けた。


「逃げて……お願い……うぐっ!」

「炎!」

 

 炎の頭を、気名田は再び蹴り飛ばした。


「ごちゃごちゃうるせえんだよ、ガキども。理想? そんなものは実現するはずがない。出来ないから理想って言うんだ。面倒だ。そろそろ片をつけよう」

 

 くっ! と心は銃を突きつける。仰向けに転がった炎は再度、心へ訴えた。


「逃げて……」

「うっ……くっ……ああああああああああ!」

 

 心は絶叫し……身を翻した。冷静な自分と、炎の言葉に従うことを選んだ。


「はっ! 逃がすとでも……む?」

 

 ポツ、ポツ、と雨が降り始める。

 その隙に、心はビルの屋上から脱出していた。


「はっ! 運のいい……」

 

 気名田は呟いて、中年とは思えぬ身のこなしで、どこかへと移動した。



 


 痛む身体を抑えつつ、携帯を取り出し、まず達也に連絡を取った。炎の身を案じた行為だが、炎が助かるかどうかは分からなかった。

 次に、彩香へと連絡を取る。彩香に繋がったが、もう一度、と促され、声を振り絞って答えた。


「草壁炎が……やられた」

 

 心の顔に雫が流れる。その雫が雨によるものなのか、涙によるものなのか、心には分からなかった。

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