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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第一章 異能殺し
14/129

変動

 本来なら目覚めがいいはずの朝も身体中のあちこちが痛んでいる為、爽やかとは程遠い。

 痛む部分を抑えながら、直樹は目を覚ました。総合的な睡眠時間は“昼寝”も含めると十分すぎるほど寝たが、とても眠い。

 気絶って睡眠に含まれたっけなどとどうでも良いことを考えながら階段を降りると成美が朝食を取っていた。


「おはよう」

「む、おはよう」

 

 どこか不機嫌な様子だ。しかし、直樹は気にしない。

 直樹の経験上、妹が突然不機嫌になることはよくあることだからだ。

 テーブルに並べられた朝食。食パンとサラダなどの最低限のものだ。

 両親が共働きである神崎家は、母親の出勤が遅い日以外はこのような簡素な朝食となる。

 しかし、直樹も成美も不満はない。朝というものはあまり食欲が湧かないものだし、忙しい両親に無理を言うつもりはない。

 椅子に座り、食パンを手に取って放り込む直樹。

 同じように黙々と咀嚼する成美。

 耐えかねた直樹がパンを呑み込んで、口を開いた。


「なぁ、なに怒ってるんだ?」

「別に……」

 

 成美が素っ気なく返す。直樹はプチトマトにフォークを突き刺して、


「俺にはお前の気持ちがわからない。だから、言葉で教えてくれないと困る」

「……私には、兄の気持ちは手に取るようにわかるけどね」

 

 パンを食べ終えた成美がこぼす。

 そうだったな、と直樹はトマトを放り込んだ。

 昔からそうだった。成美は人の気持ちを読むのがうまい。

 だが、直樹は違う。

 直樹には、小難しい思春期の妹が何を考えているのか全く見当がつかない。

 なので。


「頼むよ、俺が何かしたのなら謝る。だから……」

「別に、兄が悪いわけじゃないし。謝られても困るし。昔からそうだよね。自分は悪くないのに、勝手に自分のせいにして、謝って丸く収めようとする。責任感? それとも、俺が犠牲になればーって奴?」

 

 どうやら直樹の推測は間違っていたらしい。

 不機嫌ではなく、かなり不機嫌だ。


「いや別にそういう訳じゃあ……」

「どうせ、またろくでもないことに首突っ込んでるんでしょ? 私があれだけ、学校生活を満喫してた方がいいよって言ったのに」

「いや、だから」

「言っとくけど、私は兄を愛してるの。もちろん、家族という意味でね。あまりにも言うことを聞かないなら、私にも考えがある」

 

 ごちそうさま、と成美は言い残し、学校へ向かってしまった。残された直樹は嘆息し、後片付けをすると、玄関へ向かう。

 ピンポーンとチャイムが鳴る。直樹がドアを開けると、いつものように炎がいた。


「おはよう、直樹君」

「おはよう」

 

 鍵を閉めて直樹は道を歩く。少し炎は距離があったが、ぼーっとしているわけではなく、普段のように直樹に対して接している。


「……というわけで、生徒会長さんの死亡は確認されたよ」

「心が殺したのか?」

 

 恐らくそうなのだろうと確信を持って聞いた直樹だったが、予想は裏切られた。

 炎が大きく首を振って否定する。


「たぶん、違う。心ちゃんはいつも……死体を処理する。爆発させたり、隠したり。何かのメッセージ性がある行動……って達也さんは言ってた。念力使いと戦った時はちょっと違かったけど……」

 

 直樹はこれまであった事件を振り返ってみた。直樹と心が出会った時、直樹の服に入れられてたリモコンが爆弾の起爆装置だったはず。次に、念力使いだが、今炎が言ってたようにこれは例外だ。

 その次は、車を放り投げる怪物男。この男はグレネードで爆死させられている。

 水橋はそもそも暗殺対象ではなかったのでカウントしない。

 たった四件で判断しろというのも無理な話ではあるが、ずっと心を追いかけている炎と達也が言うのならば間違いはないのだろう。


「たぶん、異能省が絡んでるね。……大変なことになるかもしれない」

「大変なこと?」

 

 不安げな炎が、直樹の問いに頷く。


「異能省はやりたい放題なんだ。政府が政府として機能しなくなって随分経つって達也さんは言ってる。平和を装うプロパガンダでニュースは埋め尽くされてるけど、実際は違う。平和のように見えるだけで、何の罪もない人達が殺されたり、迫害されたりしてる。日本だけじゃない、世界中で。嘘のように聞こえるかもしれないけど――」

「いいや、もうそうは思えない。この街で既に四人は死んでる。でも、皆心不全やら、事故死ってニュースになってる。異能パニックが起きてから、テレビは信用できないって親父は言ってたけど、本当だな。改めて実感したよ」

 

 そう呟く直樹には一種の決心のようなものがあった。自分の世界は自分の目で見るという野次馬にも似たような想いだ。

 野次馬と根本的に違うのは、出来事の当事者として見てやろうという気概があることだ。


「とりあえず、心をどうにかするんだろ? 今日も学校に来てるといいな」

 

 と炎に言ったのだが、炎は反応しない。それもそのはず、炎は直樹に見惚れてて、対応することが出来なかったからだ。


「また、変になったのか?」

「うわ、近い、近いよ!」

 

 炎が距離を取る。おかしな炎だ、と直樹は言うが、すぐに余裕はなくなった。

 炎の頭から、煙が出ている。最近はなかなか起きなかったので、油断していたのだ。


「炎、また!」

「まずい! どうにかしなくちゃ!」

 

 直樹と炎が同時に鞄を漁る。探すのは水橋の貰った水鉄砲だ。

 直樹は鉄砲を構え、冷静に炎の頭を狙う。炎は自分の頭部に、まるで自害でもするように銃口を向けた。


「落ち着け、冷静になれ!」

「わかってるよ!」

 

 水が苦手と言っていた炎は自然と拳銃を握る手が震えている。直樹は以前の失敗を繰り返すまいと手に力を込めた。


「よし、じゃあ、俺が……」

「待って! 二人とも、早まっちゃダメ!」

 

 と言いながら目の前に飛び出してきた人影に直樹は邪魔された。誰だ? と見ると見覚えがあることに気付く。


「久瑠実! 邪魔をするな!」

「ダメだって! 何でこんなことしてるの!」

「いや待て、何を勘違いしてる!」

 

 直樹が怒鳴るとやっと久瑠実は直樹が握っているものが水鉄砲だということに気付いた。


「え? みず……てっぽう?」

「ほら、どけ!」

 

 久瑠実を払いのけて、炎の頭部に接射する。炎の火は無事鎮火し、炎も濡れずに済んだ。


「ふぅ……」

「ごめんね、直樹君……」

「直ちゃん……これって……」

 

 事態が飲み込めず目を白黒させる久瑠実。直樹は久瑠実に事情を説明した。


「なんだ、そういうことか、アハハハハ」

「むしろ何で誤解できたんだよ……」

 

 照れ隠しの笑いをする久瑠実に直樹は嘆息する。昔から思い込みが激しい所はあったが……。


「でも、いつの間に来たの?」

 

 突然現れたとしか思えなかった久瑠実に炎が訊ねる。


「え? 途中からずっといたけど。ちょっと離れてたけどね」

「……え?」

 

 そんな気配は微塵も感じなかった、と思う炎が間の抜けた声を上げる。

 直樹は再び昔を思い出す。久瑠実は影が薄く、かくれんぼでは一番最後まで……いや、見つからず出て来てもらったことも多々あった。


「まぁ、話は聞こえなかったけどね。何を話してたの? やっぱり……こいび」

「なぁ、お前はずっと誤解してそうだからもう一度言うけど、俺達は付き合ってないからな?」

 

 ホント!? と久瑠実は目に見えて喜んだ。この喜びよう、久瑠実はもしやという考えが直樹の脳裏によぎったが、似たような勘違いで突っ走り撃沈した悪友の経験談があるので、すぐに捨て去った。

 炎と久瑠実のガールズトークを聞きながら直樹が歩いていると学校へ着いた。

 最近はよくトラブルが起きるので、こうちゃんと学校に辿り着けたことに驚きを覚えながら、直樹は校門をくぐる。

 メガネを掛けた男、菅原が三人に挨拶をした。


「おはよう、いい朝だね」

 

 おはようございますと三人は返し、昇降口へと向かった。


「ああ、実に気分がいい。ゴミ掃除を済ませた後は。さて……次の標的は」

 

 直樹が下駄箱からシューズを取り出すと、突然炎が後ろを振り返る。

 どうした、と直樹は訊くが何でもないと炎はシューズに履き替えて、教室に向かいだした。


「……。何もないよな」

 

 グラウンドを見つめてみたが、直樹には生徒に挨拶する菅原の姿しか見えなかった。



 

 直樹達が学校に登校して数時間後、立火警察署の一室。会議室の真ん中で、パソコンをいじっていた達也は、出勤してきた浅木の報告に声を上げた。


「今なんて言った?」

「私が気名田教授の警護を担当する……と」

 

 達也が椅子から立ち上がる。


「なぜ君が警護するんだ。そういうのは」

「人手不足らしくて、駆り出されたんです」

 

 達也はノートパソコンで検索を始めた。気名田という教授に聞き覚えがあったからだ。


「樽井大学で、講師をしている男か。異能者を弾圧するべきではないという意見の持ち主……」

「はい。ですから襲撃を受けないよう護衛が必要なんです」

「君が駆り出された……上司の命令か」

 

 話を付けてくる、と言った達也だったが、浅木に止められた。


「ダメですよ。私はこの仕事乗り気なんです。講義場所は帝聖高校ですし」

「何だって?」

 

 達也は有り得ないと思った。これが夢であることを祈ったが、現実らしい。


「異能殺し狭間心がいる高校に、異端な異能者保護の思想を持つVIPが講義をする? 有り得ない! 誰が仕組んだんだ……」

 

 達也は部屋の中をぐるぐる回り思案するが、結論は出ない。


「学校に中止の連絡を」

「それは無理だな」

 

 言いながら水橋が入ってくる。まずいことが起きたと言わんばかりの顔だ。


「昨日殺された高木洋子。それを殺した犯人が街のどこかにいるはずだ。下手に中止にすると強引な方法を取りかねない」

「しかし」

「あなたは知っているだろう? 奴らは目的を遂行する為ならどんな手も厭わない。この国から存在を消された国民が何人いるか、わからないあなたじゃないだろう」

 

 事実を突きつけられ、達也は苦虫を噛み潰すような顔になる。

 一つの嘘を隠す為にはたくさんの嘘を積み重ねなければならない。異能省の連中はそれを平然とやってのける。

 一人を隠す為に三人殺す。犯罪をでっち上げる。国籍をはく奪し、いなかったことにする。

 汚職まみれの公務。だが、政府は公認しており、マスコミも奴らの傀儡だ。

 その為に達也自身もくだらないゲームに巻き込まれている。異能者か無能者か、世界をどちらか一方に染める為の陣取り合戦。

 邪魔な者は殺す。目障りな者は殺す。自分と違う者は全て殺してしまえば良い。

 椅子取りゲームなのだ。椅子から転げ落ちれば、全てが終わる。最後に生き残るのは異能派か無能派か、中立派か。

 それとも全て滅んでしまうのかは、達也にはわからないし、考えたくもない。


「ちょっと電話する。静かにしてくれ」

 

 携帯を取り出した達也は忌々しい相手に電話をする。こういう時に利用する為に生かしておいてる駒だ。利用しない手はない。

 そう自分に言い聞かせた達也の耳に、何だ、という父親の声が聞こえた。


「明日の気名田という教授の講演に倍以上の警備を寄越せ。無理というならあんたの汚職を公表する。傀儡であるマスコミの中にも正義の心を持ってる良い奴がいることを忘れるなよ」

 

 要件だけ告げて、達也は電話を切った。

 少しでも声が聞きたくないからだ。


「今のは……」

「名誉ある警視総監、俺のくそ親父だ。どうしようもない奴だが、こういう時に使い道がある」

 

 達也は吐き捨てるように水橋に言った。達也の父親は警視総監であると同時に汚職警官でもある。

 幼い頃その事に気付いた達也はこっそり証拠を集めていた。いざという時の切り札として。

 そして、達也に決心をさせたある事件をきっかけに、彼は切り札を切ることにした。

 父親を脅し、異能犯罪対策部を設置させ、自分を警視監という階級に昇格させたのだ。

 おかげで、警察内を自由に動けるようになった。

 昔の、達也が憧れていた頃の警察組織だったならば良心も痛んだだろうが、どいつもこいつもくそったれと化した現在の警察組織など利用するに限る、というのが達也の考えだ。


「……我々も動く。しかし、あまり表だった行動は出来ないぞ」

「表は警官達を使う。裏は頼むぞ」

 

 そう言って達也は椅子に座った。心配してくる浅木を他所に、達也は携帯のメール機能を使う。


「炎ちゃんに、ですか」

「……どうせ何もするなと言っても聞かないしな。なら、はっきり教えてやった方がいい」




「じゃあな、また明日」

「うん、またね直ちゃん」

 

 もう放課後である。心は今日も登校しなかった。

 直樹と炎は久瑠実と別れた後、帰ろうと支度をしていた。だが、炎は携帯を見つめて固まっている。


「炎?」

「……直樹君、今日はいっしょに帰れないや。あ、そうそう、明日は学校休んでね」

「え? 何で……」

「いいから! 絶対に来ちゃダメだよっ!」

 

 そう言って炎は教室から出て行ってしまった。変な炎と呟く直樹は鞄を持ちつつ、この後どうするか考え始める。


(やっぱり、心の家に行ってみるか)

 

 胃と相談しても、もう大丈夫そうだ。

 今の直樹は心を怖がっていない。なら、直接家に行ってみるのも手だというのが直樹の判断だ。


(よし、大丈夫。いざという時の為の下痢止めも持ったし……)

 

 行くぞ、と念入りに気合を入れて、直樹は心の家に向かった。


 


 特に何事もなく辿り着いた直樹は、家の前で立ち止まる。

 すっかり失念していたのだ。罠があることを。


(くっそ、どうする?)

 

 玄関には近づけない。またあの電撃を喰らいたくはないからだ。

 とすると、残された選択肢は大声で心を呼ぶことだが、家にいるかは分からない。

 不審者扱いされてもなぁ、と直樹が考えあぐねていると、家のドアが開き、タイミングよく心が出てきた。

 ついてるぞ、と直樹は心に呼び掛ける。


「心!」

「……神崎直樹……」

 

 だが、心はすぐ家の中に戻ってしまう。嘘だろ、と頭を抱える直樹だったが、心はすぐ戻ってきた。

 罠を切っていただけのようだ。

 扉から半身を覗かせ、入ってと直樹を手招きする心。

 直樹はおっかなびっくり地雷原を抜けて、家の中に入った。


「で、何の用? それも、ひとりで」

 

 居間に向かいながら訊ねる心に対し、具体的な回答を持ち合わせていなかった直樹は戸惑う。

 今思えば、なぜ来たのか分からない。出来る事をするなどと決意した手前、何かしようと思ったのだが……。


「もしかして、何の用もない?」

 

 心に怪訝な眼差しで見つめられ、どうしようか悩む直樹に、居間でだらけていた彩香が助け舟を出した。


「遊びに来たんでしょ。友達だもの」

「……友達じゃない」

 

 心が言う。彩香は寝そべっていた彩香は体を起こしながら、


「わ、た、し、の友達。候補だけどねー」

「でも、ここは私の家」

「固いこと言わないの。どうせ暇なんだし」

「私は暇じゃない」

「心はね。でも、私は暇」

 

 直樹の前で心と彩香が言い合う。最終的に心が折れた。


「ありがとー、心。じゃあ、何をする?」

 

 彩香が訊ねてくるが、直樹には思い浮かばない。なら、と彩香が提案する。


「私の部屋でCDを」

「それだけはやめた方がいい。忠告でもあり、警告でもある」

 

 心が口を挟む。直樹は嫌な予感がしたので、心の忠告に従った。


「ちぇっ。じゃあ、お話でもする?」

「あー、ああ、そうだな。それがいい」

 

 直樹が頷くと、じゃあ心どうぞーと彩香が床に寝転ぶ。


「どういうこと」

「何を話すか私は考え中ー。異性とお話したことがなくってー」

 

 棒読みで言う彩香にため息を吐きながら、心は直樹を座らせて、口を開いた。


「……あなたは、なぜ草壁炎に協力しているの?」

 

 お話というよりかは尋問という感じだったが、直樹は質問に答える。


「頼まれたからさ。それに、ほっとけなかったんだよ」

「何の力もないあなたが?」

 

 心は真っ直ぐ直樹の瞳を見つめてくる。言葉に詰まりながらも直樹は返した。


「そうだよ。まぁ、何の力もない俺でも何か出来ることがあるんじゃないかなって……」

 

 そう決心したのは一昨日だが、今の直樹の気持ちである。


「……そう。早死にしそうね、あなた」

 

 心はそう言ったが、微笑を浮かべていた。ほんの一瞬のことで、直樹には見えなかったが。


「……心は草壁炎とは違うよね?」

 

 寝そべっていた彩香が心に言う。何が? と心は彩香に返す。


「いや……分からないならそれでいいよ」

 

 と言って彩香は再び黙ってしまう。心は直樹に再び向き合い、


「……もし、教えてくれるなら……草壁炎は、何の為に戦ってるの?」

 

 と訊ねる心の眼差しは真剣そのものだった。

 直樹も真剣に、誤解が無いよう、炎の想いを無駄にしないように答える。


「……狭間心を助けるためだよ」

「……彩香」

 

 心はパートナーに声をかける。既に透視能力を発動させていた彩香は、相棒に解析結果を教えた。


「嘘はついてないよ、心」

「……そう」

 

 心は一言そう言って、別の部屋に向かう。やったじゃん、と彩香が直樹に言った。


「心はあなた達を信頼することにしたっぽいよ。これからは敵じゃない。まぁ、味方でもないだろうけど」

 

 気難しい心のことですからねえ、と言って彩香は上体を起こす。


「あと一手、何か心にしてあげれば、心はあなた達を仲間と認めるよ。ぶっちゃけ、個人の力じゃ世界はデカすぎるからね」

 

 あはは、と直樹に笑いかける彩香。もしかしたらもしかすると上手くいったようなのだが、直樹には実感が湧かない。


「ああ、そうそう。あなたが心と寝た話、まだ内緒にしてあるから」

「え?」

 

 唐突に言われた言葉に直樹の思考が追い付かない。あれは結果的にそうなってしまっただけで、誤解なんだが。


「あなたと炎が心と晴れて友人になった暁に、あの子に真相を教えるから。今から楽しみよ。あの子がどんな反応をするのかねー」

 

 冷静な心ちゃんの慌てっぷりにこうご期待! と言ってほくそ笑む彩香。

 直樹としては期待したくない。そのまま黙っててほしいというのが本音なのだが。

 直樹が彩香と話してると心が戻ってきた。手には縄を持って。

 何で縄……? と不思議がる直樹に心が訊ねる。


「あなたは、明日学校を休む?」

「お前も言うのか……。休まないよ」

 

 いつもなら快諾するのだが、休め休めと言われると休みたくなくなるのが人間の心理だ。

 そう、と頷いた心は暗殺者としての実力を遺憾なく発揮し、直樹を拘束する。


「な、何をするんだっ!?」

 

 慌てる直樹に心が説明する。


「明日は……危険。あなたにはまだ死なれては困るから、今日と明日は家にいてもらう」

「お、おい待て!」

 

 心は縄といっしょに持ってきていたスプレー缶を直樹の顔に近づけた。

 何を! と狼狽する直樹に心はスプレーを噴射しながら、


「麻酔。作業の邪魔だから眠っていて」

 

 直樹の意識はそこで途絶した。



 


 くらくらする頭を振り、霞む目を掻こうと手を伸ばそうとするが、何かに邪魔されて手が動かせない。

 何が……としばし考え込んだ直樹は、自分が縄にしばられてることを思い出した。


「うわっ! くそ……縄をほどいてくれ!」

「あー、ムリムリ。心のお許しがなきゃね」

 

 声がした後ろへと身体を向けると、スウェット姿の彩香がパソコンの前に座っている。


「にしても、ぐっすり寝てたねー。あなた、もう午後の五時よ。今日も泊まる気?」

 

 午後の五時? 直樹は考える。直樹が心の家で話してる間に五時は過ぎていたはずだ。

 つまり。


「一日も寝てたのか!?」

 

 直樹は驚きを隠せなかった。どんな麻酔を使ったのか考えたくもない。


「麻酔云々よりかはあなたが疲れてただけだと思うけどね。さて、心。調子はどう?」

 

 彩香はパソコンに向かって話しかける。これから対象と接触する、という心の声が出力された。


「よし。……その地区はなぜか電波が悪いみたいだから、気をつけて。まぁ、いつもの心なら楽勝よ」

『わかった』

 

 そう言って心との通信が終わる。暇だーと彩香がだらんとした。


「いつもこんな感じなのか?」

「そうよー。心は前衛、私は後衛。と言っても、私が何かすることはほとんどない。天才アサシン狭間心が全て片付けちゃうからね」

「天才……」

 

 直樹の呟きを聞いて、彩香が説明する。


「そうそう。そこにある作りかけの機械、ドローン……まぁ、ラジコンみたいな物なんだけど、心が初めてドローンを組み立てたのは十三歳の時。で、ハッキングで異能省のデータベースや政府の監視ネットワークにアクセスできるようになったのも同じ頃。独学でね。これを天才と言わずして何というー」

 

 ちょっと偉そうな彩香。直樹にもすごいということは伝わった。


「どれか一つだけなら、まぁ納得するんだけど、自分で戦闘もして、機材も組み立てて、ハッキングもする。才能の塊って奴かな。ま、それが良いこととは限らないんだけどさ」

 

 もし、才能がなかったら、心は何もしなかったと思うんだよね。そう言う彩香の顔は心を心配する相棒の顔だった。


「そうかな……。心のこと、俺はまだ知らないけど、才能がなくても彼女なら動いたんじゃないかな。そんな気がするんだ」

「んー、心の事わかってきたじゃない。でも、ここまで苦しまずに済んだことは確かかな。まぁ、心が暗殺者じゃなかったら、私もたぶん……死んでるか、人でなしになってたと思うし、過ぎたことを考えても仕方ないかな」

 

 直樹は芋虫状態のまま強く頷く。


「そう、過去じゃなく、未来の事を考えよう。だから……縄解いてくれない?」

 

 ダメよーと笑う彩香。

 彼女が、ま、解いてあげてもいいか、と立ち上がったその時、コール音が鳴り響く。

 彩香はパソコンのキーボードを押して、着信を取る。


「心、終わった? ……心?」

『……が……れた……』

「心?」

 

 雨音と苦しそうな心の声が聞こえてくる。

 息が荒く、言葉を発するだけで辛そうだ。


「どうしたの? もう一度」

『草壁……炎が……やられた……』

 

 ぐっ! と悲鳴を上げる心。


「炎……炎がやられた……嘘だろ」

 

 茫然と呟く事しか直樹には出来なかった。


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