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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第一章 異能殺し
13/129

回収

「大丈夫?」

「俺はな。だけど、俺の出席日数が大丈夫か、心配だよ……」

 

 結局、直樹と炎は学校を休むことになった。身体中のあちこちが痛かったのと、心をどうにかするためだ。


「ま、学校なんて行く意味ないし。家で事足りるから」

 

 彩香が言う。直樹は彩香が学校に通っていないということを聞いていた。詳細な理由までは聞いていない。あまりいい話ではなさそうな気がしたからだ。


「でも、友達とか……」

「友達……? ふん、一番有り得ないわね。私はあなた達が留年しても構わないよ。一刻も心を元に戻してもらわないと」

 

 そう言って彩香は考え込む。

 炎はその横顔を寂しそうに眺めた。直樹にはその胸の内が何となく分かる。

 しかし、今は彩香が正しい。そちらの問題は、心が戻ってから考えればいいだろう。


「こうも情報がないとな。何か特徴とかないのか?」

 

 直樹が訊ねると、そういえば、と彩香は口を開く。


「長身で、綺麗な声、胸もデカかったわ。顔だけ見てないけど」

「……いや顔を見なきゃダメだろ……。くそ、思い当たる人物なんかいねえぞ!」

 

 頭をぼりぼりと掻く直樹。だが、赤髪の少女はあれ? と言って首を傾げていた。


「何か思い当たるの!?」

 

 と、彩香が炎に詰め寄る。炎は慌てながら、


「何か特徴を聞いた事があるような気がしただけだよ。それだけじゃあ、特定は……」

「ですよねー」

 

 彩香は大きなため息を吐く。そして、愚痴を言い始めた。


「退行した心と共同生活なんてもう耐えられないのよ。なに? あの無邪気な瞳は。純粋無垢な眼で毎日見つめられてごらんよ。頭がどうにかなっちゃいそう!」

 

 わああああ、とヒステリックに叫びだす彩香。だが、部屋の中に心がいたことを失念していた。


「う……うう! あやかぁ、そんな事言わないでぇええ!!」

「うわ、しまった、めんどくせぇ! 大丈夫よ、心。私はあなたのパートナーだから」

「ホント?」

「ホント、ホント」

 

 抱き着いてくる心を彩香はあやす。言葉とは裏腹に、その顔はやつれていた。


「ああっ!! 思い出した!」

 

 炎が突然叫び出す。部屋にいた全員が驚かされた。


「……何を?」

 

 驚かされて少し不機嫌な彩香が炎に訊く。すぐに余裕はなくなった。びっくりした心が彩香を強く抱きしめ出した為である。

 うぐぅお……と嗚咽を漏らす彩香に代わり、直樹が炎の話を聞いた。


「で、何を思い出したんだ?」

「うん。直樹君の話」

「俺の?」

 

 直樹は訝しんだ。俺がそんな話をしたか、と考えるも全く思い当たらない。


「うん。直樹君の生徒会長の話でね。似たようなことを言ってたんだよ」

 

 美人で、声が綺麗で……と炎は直樹が言った言葉を復唱する。

 直樹は恐る恐る尋ねた。


「まさか……炎、生徒会長が犯人だと言いたいのか?」

「うん。確証はないけど、彩香ちゃんの能力ならすぐに……」

「おい、ふざけんな!」

 

 直樹は怒鳴る。炎は目を見開き、彩香を締めすぎていた心の腕が緩む。

 直樹自身も自分の声量に驚いたが、構わず続けた。


「炎、お前は嫉妬してるんだろ? 生徒会長に。分かってんだよ、皆に好かれる人気者。羨ましいよな。だから、嵌めようとしてるんだろ」

「な、直樹君……そんなつもりじゃ……」

 

 炎の声が震える。

 直樹の良心が痛んだが、今はそんな些細な事よりも、この愚か者を問い詰めなければならない。


「お前さ、過去にひどいことがあったのは知ってるよ。でもな、言って良いことと悪いことがあるんだ。いくらな、昔に……」

「そ、それは……やめて」

 

 炎が耳を塞ぐ。可哀想だと直樹は思うのだが、言わなければいけないという使命感に突き動かされている。


「昔に……くそ、言葉が出てこない!」

 

 なぜだろうか、喉まで出かかっているのに、何かが言葉を阻む。口に出そうとした瞬間に、別の言葉を述べてしまう。直樹はむしゃくしゃした。


「ごぁ!」

「……ビンゴ。流石だよ、草壁炎。伊達に警察の協力者はやっていないね」

 

 直樹が混乱している間に、彩香が台所から持ってきたフライパンで直樹を昏倒させた。


「直樹君……」「なおきぃ……」

「今の言葉は本心じゃないよ……私に嘘は通用しないからね。ただ、気になるのは神崎直樹にもう一つ……っ!?」

 

 ふらっと彩香がよろめいて、炎が慌てて支える。大丈夫? と介抱する炎が、


「で、もう一つって……?」

「は? もう一つってなに?」

 

 オウム返し。炎は訳が分からない。


「ま、とにかく、これで犯人は見つかった。後はどうやって捕まえるかだけど……」

 

 炎の手を払い、うーむと彩香が唸る。作戦を練っているのだが。


(心は戦力外、神崎直樹は論外。残るは草壁炎だけど……)

「操られそうなんだよなぁ……」

 

 はぁと彩香が嘆息すると、炎がむっとした。


「失礼だよ、彩香ちゃん。これでも私は」

「スーパーエージェント……ふはー、よくそんな事思いつくなぁ」

 

 言おうとした言葉を視られた。炎は急激に恥ずかしくなり顔を赤らめる。


「恥ずかしがるなら思わなきゃいいのに。戦闘力自体は買ってるよ? でもね、精神系の異能者は物理系の異能者とは勝手が違う。スーパーエージェント様なら知ってるよね?」

 

 ランクもレベルも、指標にすらならないのだ。例え、地球を破壊するほどの力を持っていたとしても、不意を突かれ心を操られてしまえば、その異能チカラをそっくりそのままプレゼントすることになりかねない。


「知ってるよ。対応策は、心を強く持つことだけ……」

「ま、何もしないよりはマシ程度だけどね。だから心もこんなことになっちゃったんだし」

 

 心とて、何の対策もしていなかったわけではないのだ。対象を見誤ったことと、不意を突かれたこと。その二つの要因が、心が精神操作された所以だ。

 いや、それだけではない、と彩香は思う。心は悩んでいた。神崎直樹と草壁炎、自分の辿る暗殺ルートとは違う、新たな道の可能性。その狭間で揺れていたのだ。


「……やっぱり応援を呼んだ方がいいと思う」

「……ま、確かにその方が可能性はあるね。でも、ここに呼ぶのは許可出来ない。別の場所にしてね」

 

 もちろん、と炎が快諾する。携帯を操作し始めた彼女を見て、これで何とかなるかな、と彩香は安堵した。


 

 ……はずだったのだが。


「何で、警察署なのよ!」

 

 大声で喚く彩香に炎はしーっと口元に指を立てた。


「静かに、警察署ではお静かにだよ、彩香ちゃん!」

「もうわけわからん……」

 

 彩香はこめかみを抑える。心が、大丈夫? と彩香を心配した。


「大丈夫……じゃない」

 

 炎達は、警察署に訪れている。と言うものの、炎が思いつく別の場所がここしかなかったからだ。

 異能犯罪対策部があり、異能省中立派も滞在しているこの場所は立火市で最も安全な場所だと、炎は自負している。


「まぁ、確かに安全だけどさ……。学校は論外だし」

 

 呆れるように呟く彩香。あの隠れ家は、“異能殺し”心がいてこそ安全なのだ。幼児退行した心がいても安全にはなりえない。そう自分を納得させた。

 ちなみに、直樹は家で放置されている。運ぶのは面倒だったし、また生徒会長云々で暴れられても困るからだ。下手に動かれると、罠にかかる危険性があったので、ぎっちり縄で縛ってある。


「直樹君、大丈夫かな……」

 

 炎が直樹を心配する。縄でしばっているとはいえ、たったひとりで……と案ずる炎に彩香がぼそっと言う。


「惚れた相手を心配するのもいいけど、今は心が先だよ」

「!! べ、別に惚れてなんかぁ!」

「嘘は私に通用しなーい。えーと、なになに? 助けられた時、ちょっといいなって思った後に、過去に何があっても気にしません的なこと言われて落ちた、と。くはー、ちょろい女ですわ」

「うわ、わああ! 黙ってて!」

 

 真っ赤な炎が彩香を黙らせようとする。ひょい、と彩香は避けながら、


「あなたが心を助けようとしてくれるのは、素直に嬉しい。でもね、気持ちだけじゃあ、誰も救えない。その為、一つ条件を付けることしようか」

「じょ、条件ってなに?」

 

 ぜはーと息が荒い炎が訊ねる。にやりと意味深な笑みを浮かべた彩香が、


「もし心を元に戻す事が出来たら、黙っててあげる。でも、もしムリだったら……神崎直樹にぜーんぶ、言っちゃう!」

「そ、それだけはやめて! お願い!」

「なら、頑張ってねー」

 

 さぁ、案内してね、と言う彩香に、うう、と怯える小鹿のような視線を見せる炎が、立火警察署で厄介者扱いされている、異能犯罪対策部の仮設所へと案内した。


「……って、ここ会議室じゃない」

「無理やり命令したからね、奴らはここぐらいしか貸してくれなかったんだよ」

 

 室内に入りながら愚痴る彩香に制服姿の警官が応える。


「達也さん、ただいま戻りました」

「おかえり、炎。角谷彩香と……」

 

 達也が目を見張る。視線は彩香の後ろに隠れる、一人の少女に釘づけだった。


「おや、まさか異能殺しがここに来るとは。これは千載一遇のチャンスかな」

 

 達也の後ろから顔を覗かせる水橋。それを見るや、彩香はうげという声を上げた。


「あんた……は苦手だわ」

「ひどいな、戦ったことを根に持ってるのかい?」

 

 水橋はそう言うが、あまり気にしてないようだ。達也はしばしの間、茫然としていたが、すぐに席に座ってくれと、室内へ三人を促した。


「で、今日は何の用なんだ?」

「はい、えっと心ちゃんが……」

 

 知りえる情報を炎が二人に伝える。話を聞き終えた二人は目配せすると、説明し始めた。


「結論から言うぞ。まず、異能データベースの中に、帝聖高校の生徒会長……高木祥子の名は載っていない」

 

 水橋が達也の言葉を引く継ぐ。


「モグリの異能者だ、未登録の。だから生徒会長なんてやれる。普通は――悲しいことではあるが、異能者は学校でのけ者にされるからな」

 

 思う所がある炎と彩香は複雑な表情を見せる。


「つまり、どんな方法で操ってくるか見当もつかない、というわけだ。何も知らない俺達が直接対峙するのは厳しいだろうな」

 

 達也の分析に頷く炎と彩香。そうなのだ。せめて、何で精神操作してくるかさえ分かれば……。


「待つんだ、何で炎君は操られていないんだ?」

 

 水橋が疑問を投げかける。聞かれた炎がうーんと唸るが、煙が出てくるだけだった。


「……わかりません……」

「……あなたが生徒会長と会ったのはいつ?」

 

 質問してきた彩香に炎が答える。


「うーん、昨日かな」

「……、あなたの過去を覗いてもいいかな。昨日の、生徒会長と出会った時間だけ」

 

 過去を覗くこと。それはあまり良いことではない。その記憶に残る感情も考えも全て視えてしまうからだ。

 基本的に彩香が他人を覗くときは、まとめられた経歴などであり、踏み入った記憶にまで目を向けることはない。

 まぁ、炎の恋愛感情についてちょっと覗いたりはしたが、それとこれは訳が違う。

 だが、炎はあっさり承諾した。


「いいよ、彩香ちゃんなら」

「……何で? 一応私とあなたは」

「悪い人の気がしないんだ。だから、大丈夫。私のカンは当たるからね!」

 

 明確な根拠のない言葉を屈託な笑顔を見せながら述べる。炎は漠然と彩香を信頼していた。

 彩香はそのバカさ加減に呆れながらも、笑みをこぼす。

 やはりこの子ならば、心の良い友達に……。

 いや、自分の友達にすらなってくれるかもしれない。


「じゃあ、視させてもらうよ」

「うん……緊張するなぁ……」

 

 ぎゅっと目を瞑る炎に向けて、彩香が透視能力を発動させた。

 


「ふわあふ。昨日寝れなかったから、眠いよう……」

 

 場面は移り変わり、大きな建物内。俗にいう体育館という建物だ。

 先程から何度も欠伸をする少女、草壁炎。眠いのか、目を擦り、うつらうつらとしている。

 校長らしき男性のありがた迷惑なお話が響き渡っているのだが、炎は一言も聞いていない。


「だめだ……眠い……もうダメ……」

 

 と言って、炎は目を閉じた。

 ブラックアウト。



「……あなた、私をおちょくってるでしょ?」

「えぇ? 何か変だったかな?」

 

 炎は昨日に想いを馳せるが、全然覚えていない。

 心と会った時のことが強烈だったからだ。


「この子はダメ。眠ってて、全然聞いてなかったわ。心や神崎直樹はガードされてるし……」

「いや、それは重要だ。まぁ、保護役として思わないことはないが……」

 

 達也に言われ、すみませんと炎が焦る。

 達也は皆に聞こえるように説明した。


「話を聞いてなかったから、炎は操られなかった可能性がある」

「なるほど、ついでに言えば、意識を持った状態で、ということか。じゃないと炎君が操られていない理由が説明できない」

 

 水橋が補足する。彩香は心の中で、直接聞くことも重要だと思った。

 スピーカー越しで声を聞いた彩香は精神操作を受けていない。


「勝機が見えてきたな。では、我々が高木を拘束するとしようか」

「私も手伝います!」

 

 やる気になる水橋と炎に、待ってと彩香の声が掛かる。


「万が一、ということもあるでしょう。今の仮説が外れてて、全員操られましたなんてことになったら目も当てられない。だから、私としては先に心を元に戻してほしいんだけど……」

「一理あるな。水橋君、精神系の異能者は中立派にいないのか?」

「いるにはいる。だが、今は北海道だ。関東にはすぐ来られない」

 

 転移の異能者は国外にいるしな、と水橋が付け加える。

 転移の異能は、青タヌキのドアのように都合よくいかない。

 一回転移すると、異能者の質にもよるが、一日は転移出来なくなる。


「高速機をオーダーしてもいいが……別勢力の攻撃を受ける可能性があるな。全く、厄介なものだ、三つ巴の勢力戦は」

 

 水橋が愚痴をこぼす。

 中立派は異能派と無能派に睨まれているので、表立った行動に踏み切れない。

 強行しても良いが、北海道から関東までのルートで激しい空戦が行われることになる。

 無能派が抱える自衛隊と異能派が抱える異能者達のドッグファイトだ。

 多くの国民が危険に曝される。そして、死因は異能者のせいか、事故死か、新種の病原菌となることだろう。


「それはダメ。心は絶対にそんな事を望まない。……なら、何か別の方法を……」

「ああ、そういえば、ショックを与えれば戻ると聞いた事があるぞ。さっそくやってみよう」

 

 彩香に言われ、水橋は手をポンと叩いた。

 彩香の後ろに隠れる心を掴まえて、嫌がる心を会議テーブルの上に突っ伏させる。慣れた手つきで水鉄砲を取り出すと、心の後頭部目がけて思いっきり銃床を――。


「待てこのアホ年増ぁ!!」「ダメ! ダメですよ水橋さん!」

「と、年増!? 何をする! 離せ!」

 

 慌てて抑えかかる彩香と炎に水橋が抵抗するが、やれやれと嘆息する達也に手錠を掛けられてしまう。


「て、手錠……!? 職権乱用だぞ!」

「今の警察官はみんな乱用してるよ」

 

 解放された心がふえーんと泣きながら炎に抱き着く。


「あのおばさん、怖いぃ!」

「大丈夫、もう大丈夫だからね?」

 

 よしよしと心の背中を擦る炎。水橋はショックを受けたように固まる。


「ふん、頭を冷やすことね、年増」

「な、なぜ……どいつもこいつも……くぅ! 私はまだ十九歳だぁ!」

 

 そう言って、手錠を掛けられたまま走り去ってしまう。

 中立派の同僚が、エージェント水橋! と言って背中を追いかけた。


「十九歳……?」

 

 彩香が驚いた声を上げる。炎も二十代前半かと思ってた……と呟いた。


「まぁ、彼女は幾分大人びた印象があるからな。それより、問題は心君だ。彼女を何とかしないと……」

 

 達也が冷静に言う。

 何度も見つめられて、気になったのか心が達也に尋ねた。


「あなた、私と会ったことがあるの?」

「……っ。いや、初対面だよ……。君があまりにも可愛くてね」

 

 ホント? ありがとうと無邪気に心が笑いかける。

 炎は二人を複雑な表情で見つめた。

 そんな彼女に、彩香が問いかける。


「ねえ、ロリコンじゃないわよね?」

「それはない……と思うけど」

 

 炎の曖昧な返しに、彩香は颯爽と心を抱きかかえた。


「危険だわ……」

「ひどいな。しかし、どうする? ショック療法が効くという話は俺も聞いたことがある。だが、水橋君のやり方はいいとは言えないな」

「当然よ。あんなやり方は認めないから」

 

 彩香が憤慨する。


「となると、だ。自分が何者なのか思い出させる方がいいかもしれない。辛いかもしれないが……」

「どうやって」

「これでだ」

 

 そう言って、催眠術に使われる振り子を達也は取り出した。


「……それで、催眠術にかけるってんじゃあ……」

 

 疑いの眼差しを向ける彩香に達也がその通りとばかりに頷く。


「これはただの振り子じゃない。心理的催眠効果を誘発させる為、異能省が極秘開発していた物の一つだ。まぁ無能派が作っている物だからあまり信用は出来ないが……」

 

 異能省の代物と聞き、彩香の表情が硬くなる。

 この一年の間に奴らがどんな組織かよく知ることになったからだ。


「そんな物……なおさら」

「危険はある。だが、試す価値はあるぞ」

 

 達也はじっと彩香に目を向ける。信頼できないなら、透視してみろ――。

 その瞳は、暗にそう告げていた。


「彩香ちゃん、達也さんなら大丈夫だよ。私が保障する」

 

 炎も彩香に視線を向けた。二人に見つめられて、観念したように彩香は手を上げる。


「わかったわ……変な事になったら、すぐに止めるから」

「よし、後ろに立ってくれ。心君はそこに」

 

 達也は炎と彩香を自分の後ろに立たせて、正面に心を座らせた。


「なにを、するの?」

「ちょっと……遊びをするだけさ。この振り子をじっと見つめてくれ」

 

 わかった! と心は揺れ始める振り子を見つめる。しばらく揺らすと、瞳がトロンとしてきた。


「な、んか……へんな……かんじ……」

「そうか、それでいい。では、いくつか質問するぞ。君が――初めて人を殺したのはいつだい?」

(何をっ!)

 

 彩香が反応し、達也を止めようとする。だが、炎が取り押さえた。炎は大丈夫だから、と小声で言う。


「……小学生を卒業して、すぐ。へんなひと……わるい、ひとが、お父さんとお母さん、勇気を燃やしたから」

 

 焦点が合わない瞳で、呟く心。彼女の瞳から一筋の涙がこぼれた。


「それから、どうしたんだい?」

 

 達也が問いかける。彩香には見えなかったが、炎は気づいた。手が震えている。


「おじさんと……お父さんの夢を継ぐために、わるいひとたちをたくさん殺した。でも……おじさんは私に才能がないって……うぐぅ!」

 

 唐突に心が頭を抑える。強烈な痛みが、想いが押し寄せてきている。


「もう無理! 止めて!」

「……あと少しだ! 縦宮中学虐殺事件の時、君は何をしていた!?」

 

 達也の叫ぶような問いに、心が言葉を紡ぐ。苦しみながら。


「……襲ってきた……敵を……撃退……でも……みんな……殺され……うああああああっ!!」

 

 心は絶叫すると、気を失った。


「心ちゃん!」

 

 炎が倒れた心に駆け寄る。彩香は達也に恨みを込めた視線で見た。


「……本当に大丈夫なの……? もし、私のパートナーに何かあったら」

「好きにしてくれて構わない」

 

 達也はそうとしか言わない。

 彩香はふん、と鼻を鳴らし、心の元へ向かう。


「……やはり、この子が……」

 

 達也は小さな声で呟いた。


 


 

 全てが、見える。

 録画された映像のように、全てが甦る。

 私が何者で、何をしていたのか。これから、何をしなければならないか。

 白い空間に漂う私。だけど、私の居場所はここじゃない。

 本来の居場所に戻る。仮初は終わり、夢は終わり。

 理想を追い求める日々。戦いに戻る時だ。

 

 


 ハッと声をあげて、心は起き上がった。

 見渡すと会議室のような場所。近くには彩香と草壁炎。

 警察官がひとり、椅子に座っている。


「……ここは?」

「警察署……異能犯罪対策部」

 

 警察……と心は呟く。このような場所にあるというのは一見リアリティを損なっているが、逆にちゃんとした部署でないことが現実味を帯びている。

 警察は異能者に対してまともな対応をしない。こんな場所に追いやられているということはあまり好ましく思われていないということだろう。


「……そう、つまり、あなた達が私を元に戻したのね」

 

 心は即座に状況を理解した。警官が持つ振り子は異能省の物だろう。


「そうだよ。これから……犯人を捕まえに行くんだ。心ちゃんも……」

「……ありがとう。行くわよ、彩香」

「心……ちょっと!」

 

 炎の誘いを断り、彩香の制止も振り切って、心は会議室を出る。

 向かう場所は隠れ家だ。


「……行っちゃった……」

「追いかけるのはやめた方が良い。今はな」

 

 達也に言われて炎は追いかけるのをやめた。




「ちょ、ちょっと心! 待ってよ」

「……待てない。……、あなた、ユートピアはどうしたの?」

 

 心は自分の武器がどこにあるか思い出せない。彩香に訊くと、彼女は言いづらそうに目を反らす。


「ユートピアは!? どうしたの!?」

 

 彩香の肩を掴み、激しく揺らす。あの拳銃はなくてはならないものだ。心にとって。


「たぶん……心は廃ビルの中に落としたんだと思う。心の回収に必死で、銃にまで手が回らなかった……」

「……くっ。今夜再び侵入する」

 

 心はそう言って足早に歩く。彩香は声を上げた。


「草壁炎は協力してくれるって」

「必要ない」

 

 心はそのまま家へ向かってしまう。

 彩香は嘆息して、あることを思い出した。


「しまった……! 神崎直樹を放置しっぱなしじゃん!」


 


 罠を解除しつつ家に帰った心は有り得ないものを見た。

 むごぉ、もごぉ、とガムテープ越しに呻く神崎直樹を。

 ぐるぐると縄に縛られ、芋虫のような状態だ。


「あなた……何でここに」

 

 ビリッ、とガムテープを引きはがす。いてえ! と直樹が叫んだ。


「一人で歩いて平気なのか?」

「あなたは私をバカにしてるの? 質問に答えて。なぜあなたがここにいる」

 

 縄をほどきながら、訊ねる心。何言ってんだ、と言いながら、


「お前が帰るなって泣きわめいたんじゃないか」

「私が?」

 

 やはり、この男は私をバカにしてるのだ。

 そう結論付けようとした矢先、直樹から衝撃の一言を聞く。


「勝手に人の寝る部屋に潜り込んできやがって。泣いているお前を落ち着かせるの、大変だったんだぞ」

「……どういう、こと」

 

 ぎゅーと縄を引っ張ると、直樹は悲鳴を上げた。


「どうもこうも、お前がしたことだろう! 嘘だと思うなら……彩香にでも聞けよ!」

「そうさせてもらう。あなたはどうせ嘘をついてるだろうし。さっさと出てって」

 

 なら早く解いてくれよ……とこぼした後、自由になった直樹は玄関へ向かう。

 装備を準備しなければならない心は見送ることもせず作業を始めた。

 が、玄関先から聞こえる直樹の声に邪魔をされる。


「なに?」

「トラップは……全部解いてあるよな?」

「大丈夫だから、早く出てって」

「そうか、良かった。電撃は散々だからなぁ……」

 

 そう言って、直樹は家から出て行った。

 今の言葉が引っかかった心は作業を止めて、玄関のトラップをチェックする。

 ドアノブに仕掛けられていたトラップは異能者にのみ反応する賢い機能が搭載されている。

 それに引っかかったということは、神崎直樹は……。


(ユートピアの回収が先)

 

 思考を止め、遅れてきた彩香といっしょに、心は作戦を練り始めた。



 

 

 その日の夜、黒ずくめの少女が、誰もいるはずのない廃ビルに向けて歩いていた。

 徒歩で辿りついた心は、前回に比べて警備が厳重になっているビルの様子を窺う。

 入り口に二人。誰もこないだろうと余裕を見せて談笑している。

 心はほくそ笑んで、そのまま近づいた。


「こんにちは」

 

 愛想を振りまき、挨拶する。警備の二人は顔を見合した。


「何だ?」「君も癒しを求めてきたのかな?」

 

 一人の警備員は訝しんだが、もう一人は違った。

 下心満載の笑みを浮かべている。


「おい、今日はもう誰も来ないはずだぞ」

「固いこと言うなよ。俺達もご相伴できるかもしれないだろ」

 

 わかったよ、と片方が肩を竦め、連絡を取ろうと無線機を取り出す。

 その隙に、心は拳銃型スタンガンで一人を気絶させて、慌てたもう一人を警棒で殴って昏倒させる。


「入り口は片付いた。内部に潜入する」

『了解。やり過ぎないでね』

 

 彩香の忠告に返事をして、ビル内へと心は侵入する。

 ビル内からは喘ぎのような声があちらこちらから聞こえていた。

 心は顔をしかめながら、階段を昇る。

 警備員たちは皆、淫行に興味津々のようで、ほとんど仕事をしていなかった。

 中には廊下で自慰行為に耽っている者もいる。

 その男は、進路上邪魔だったので、スタンガンで気絶させておいた。


「最上階に到達。ここにあの女がいるのね」

『そうよ。今度はへましない』

 

 最上階は他の階と違い、静かだった。ただ、数名警備員がいる。

 一つの部屋を守るように警備していた。

 彩香のスキャン通り、その部屋に高木がいるのだろう。

 心は、スタンガンを構えて、敵の一人を狙う。

 このスタンガンは、なじみ深い棒状の物ではなく、電撃を放つタイプだ。

 引き金を引き、男が痙攣する。何事かと慌てた警備員に向けてもう一発。

 一人が拳銃を抜いたので、心は魔法を唱えた。


「デバイス起動――」

 

 心が早送りされる。警棒を握りしめ、あまりの素早い動きに戸惑う警備員に突撃し、打撃を加えた。

 身体強化された心に殴り飛ばされた警備員はそのままターゲットがいると推測される部屋の中へ転がっていく。

 何事!? という悲鳴が部屋の中から聞こえた。

 心はスタンガンと警棒を仕舞い、耳にある物をつけて、部屋の中に入る。


「あなたは……どうして!!」

 

 ターゲットである高木が狼狽する。

 が、高木は、気を取り直したように言葉を述べ始めた。

 心はポケットに入れてあるリモコンを操作する。


「……! ………!!」

 

 高木が何か話すが、心には何も聞こえない。

 特殊な耳栓を心は装備していた。

 心は高木の制服を掴むと、頭に右手を伸ばした。袖から、小型の拳銃が現れる。

 取り乱す高木を床に放り投げて、左手でリモコンを操作し、耳が聞こえるようにする。


「な、なぜ……?」

「私は、異能殺し。なぜそう呼ばれているか分かる?」

 

 拳銃を突きつけながら、心は部屋の中を探す。すると、机の上に黄金色の拳銃が置かれていることに気付いた。

 袖の中にピストルを仕舞うと、ユートピアを取る。マガジンを覗き、弾が入っていることを確認すると、床に転がる高木に向けた。


「こ、殺さないで……! お願い!」

 

 命乞いをする高木。険しい表情を向ける心に彩香から連絡が助言する。


『その女は殺さない方がいいよ。大人しく警察に引き渡しましょ。草壁炎と水橋優がこのビルに向かってる。ほっといても逃げられないわよ』

「……わかった」

 

 心は答えて、部屋の窓にフックを引っ掻けるとそのまま飛び降りた。

 


「逃げなきゃ逃げなきゃ! 逃げなくちゃあ!」

 

 高木はビル内に設置されている非常用の入り口から脱出した。

 ひどく狼狽している。

 警備員達は囮に利用していた。護衛はおらず、一人駆けている。

 だが、地下通路を抜けて、街に出ると黒いスーツを着る男達があちらこちらに立っている。

 そういった連中を逃れて路地を走り続けるが、どんどん追いつめられる感覚に気がおかしくなりそうだった。

 やはり手頃な人間を操らなくては。

 すると、見覚えある顔が裏路地の先に見えた。

 これ幸いと高木は男に近づく。


「先生! 追われてるんです! 助けて!」

「それは……大変だな。僕も最善を尽くそう」

 

 よし! と高木は思う。これから暗示をかけて精神を操作する。

 せっかくモグリとして今までばれないでいたのだ。

 ここで終わる気は毛頭ない。

 それに異能派から、狭間心を掌握したとして恩賞をもらうはずだったのだ。

 確立した地位を確保するまで後少し。


「はい……じゃあ、あなたは私を」

「こうすればいいんだろう」

 

 え? という間の抜けた声。

 直後に響き渡る銃声が高木の聞いた最後の音だった。

 拳銃を持つ、メガネを掛けた男は電話を掛ける。そして、こう言った。


「ゴミを始末した。次のターゲットは誰だ?」


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