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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第七章 暗殺少女の理想郷
129/129

最高ノ選択

 昨日夜遅くまで思い悩んだというのに、とても爽快な目覚めだった。

 起きてすぐ直樹は朝食を摂り、不干渉を決め込んだ成美にいってきますと言い残して家を後にした。

 待ち合わせの場所に向かうためだ。

 ひとり見慣れた街を歩いて行く。刷り込まれているかのように足が勝手に歩みだし、直樹は思案に耽りながら道を進む。

 ここで悩むのは選択についてではない。どう伝えるかを考えている。

 だがどれだけ悩もうとも直樹には上手い伝達の仕方が思いつかなかった。元より、直樹は口下手だ。

 下手に言い訳するよりも素直に自分の気持ちを伝えた方がいい。例えどのような反応をされたとしても、これは自分の心に従った結果だ。

 悲しくなるかもしれない。それでも、後悔はしない。

 決意を胸に秘めて、歩く。

 だんだんと公園に近づいてきた。土曜日である今日は子供連れの親子でにぎわっている。

 そんな人々に背を向けて、直樹はあまり人がいない森の中へと入った。

 草や枝を掻き分けて、待ち合わせの場所へと赴く。

 何度か通った場所。しかし、毎度毎度同じ獣道を新鮮に感じる。

 毎回似たような、それでいて違う目的のためこの道を通っている。

 直樹を呼び出した人間は、前世を含めれば久瑠実、炎、心の三人だ。

 久瑠実に関しては誤りだったと今では直樹は思っている……というよりも事実だった場合を考えたくないといった方が正しいが。

 だが、他の二人は相違ない。現に炎にはソコで告白されているし、今度は直樹自身が自分の胸中を告白せんと覚悟を決めているところだ。

 同じながら違う風に見える景色を感慨深く見回しながら、直樹は目的地へと辿りついた。


「二人ともいるな」


 直樹の口から放たれたのは、出会いの挨拶ではなく確認だ。

 正直、さっさと告げたかった。この悶々とした気持ちから逃げ出したかった。

 こんな気持ちはもううんざりだ。それは心達も同じだったようで、彼女達もうんやええと短く答えただけだった。


「ここに集まった理由はわざわざ言う必要はないよな?」

「もちろん」「ええ」


 心も炎も、頬が紅潮しているのがよく見える。

 炎はともかく、心は珍しい。普段ポーカーフェイスの彼女がここまでわかりやすく感情を表に出しているということは、あらゆる役目から解放され本来の彼女に戻ったということだ。

 冷静な彼女に馴れている直樹としては若干の違和感は禁じえないが、それは戸惑いというよりも喜びの意味合いの方が大きい。

 長い黒髪がそよ風に揺られ、立ち振る舞いとしては平静だが、強張った表情からとても緊張していることがわかる。

 しかし、そこまで感情豊かになっている、ということは自分の決断によって深い悲しみに包まれる可能性があるということだ。


「……っ」


 真摯な眼差しに射抜かれて、直樹が息を呑む。幸いなことに秘めた想いは揺らいでない。

 次に、直樹は炎へと目を移す。髪の色と同じくらい真っ赤になっている彼女は、バクバクと音を立てる心音を抑え込むかのように胸に両手を当て、直樹を見上げている。

 期待と不安が入り混じった視線が、直樹を真っ直ぐ見つめてくる。


「……」


 息こそ呑まなかったが、先程と大して変わりはない。

 またもやツイていることに、信念は揺らいでいない。

 いや……そもそも、この選択をしたからこそ、直樹は何の躊躇いもなくここに来れたのかもしれない。

 泣かれるかもしれないし、怒られるかもしれない。もっととんでもないことが起こる可能性もある。

 だが、直樹にとってこの選択が最良なのだ。間違いなく、ハッピーエンドだと自負出来る。

 例え自分以外の人間が納得出来なくても、この気持ちを譲るつもりは毛頭ない。

 これが神崎直樹という人間が導き出した最善の答えだ。

 直樹はそう自分に言い聞かせ、二人に向けて声を張り上げた。


「よし……言うぞ。まず、結論から言う」


 ゴクリ、と心と炎が同時に息を呑む。

 無意識の内に手に力が入る。

 襲いかかってくる緊張と気恥ずかしさ。そのような妨害を振り払い、直樹は導き出したゴールへと突っ走る。

 直線的でいて無策のバカの一つ覚えの突撃で。


「俺は――どちらとも付き合わない!」


 閑静な森の中で、鳥が鳴く。

 本来なら声を上げるべき心と炎は、どちらも石像のように固まっていた。何らアクションを起こさない二人に気付いているのかいないのか、直樹は話を続ける。


「考えたんだ。確かに俺は二人とも好きだ。言おうと思えばいくらでも良いところをいくらでも上げられる。でも……だからこそ、まだ結論を出すには早い。だってさ俺達は親友だ。恋人になったら片方は絶対ないがしろになってしまう。まだまだ遊び足りないっていうのにそれは勿体ない。だろ?」


 同意は返って来ない。あ、あれ……? と困惑する直樹はとりあえず言葉を述べていく。


「もちろん最終的に結論は出す。ここは日本で一夫多妻制なんてものは存在しないし、そもそも二人同時にそんな関係になる奴はどうかしてる。ここではな。だけど、何度も言うように答えを出すにはまだ早い。三人でやりたいことはいっぱいあるんだ。なぁ、そう思うだろ!?」


 大声で賛同を求める直樹。

 だが、どちらも直立不動。時が止まってしまったように固まって、よもや時間操作の異能者が現れたのではと直樹は透視で周囲を警戒してしまうほどだ。

 ものの見事な立像となった二人を見つめて、はや三分。カップラーメンが出来上がるぐらいの時間が経つと、壊れた機械が何とかして再起動したかのようにぎこちなく、心が口を開いた。


「……そういう……青春イベント関連が……潰れる」


 途切れ途切れの心のセリフ。言わんとすることは、高校時代特有のイベントをカップルとして謳歌したい、ということだ。

 やはり、告白出来るなら早いに越したことはない。直樹の場合は安心感が違う。

 不倫など彼ならば有り得ないし、そんなことをすれば世界が改変される。

 世界の命運を背負う男。それが神崎直樹である。

 だから炎は告白し短い間ながら付き合ったし、今回こういう結論を出そうということに至ったのだ。

 友人となった方は陰ながら二人を支える。それが炎と交わした暗黙の了解。

 だが、心は直樹のバカさ加減を見誤っていた。いや、ある意味彼らしい結論といえるのだが。

 故にまた心はフリーズする。彼女の処理能力をオーバーした事態が目前で起こっている。


「……ハハハ、ハ。びっくりしたよ……直樹君。ホントホント。驚いた。私達のことを考えて導き出した結論なんだよね。いやーさすがだね直樹君。ホントにすごいよ」


 心と同じように直樹について誤解していた炎が声を上げる。

 セリフこそいつもの炎。だが、無感情で発せられる声には全く彼女らしさが感じられない。

 身体こそ炎だが、別人が喋っているような感覚だ。

 え、と声を漏らした直樹が炎の顔へ目を移し、心と同じように固まった。

 彼女の双眸から一切の光が消えている。

 恐ろしい。ただその一言。世界の創造主とすら対峙した直樹だが、これほど恐怖を感じたことが未だかつてあっただろうか。


「え……あれ……おかしいな。ちょっと反応が思ってたのと違うな……」


 あははは、と頭を掻く直樹。成美が昨日言っていた言葉が脳裏をよぎるが、直樹は無視しようと努めた。

 考えたくはない。冗談抜きで炎がラスボス化するなどとは。

 冷や汗を掻く直樹の傍らでさらに状況が悪化するのを彼は目視する。

 心だ。心からも光が失せ始めている。一度停止しまた止まり、再度の起動に取り掛かった創造主心は、新たな感情特性を獲得していた。

 自分の胸に隠された想いをぶちまける甘酸っぱい青春の一ページ。甘くて苦いはずなのに、なぜか修羅場へと発展しかけていた。

 おかしい。有り得ない。実は夢を見ているのではと希望を求め、直樹は右頬を抓る。

 痛かった。とても。ハッピーになるはずだったのに、思いっきりバッドエンドに直行している現状はどうしようもなく現実のようだ。

 このままではまずい。命の危機だ。

 そう思った直樹はじゃ、じゃあと声を荒げて提案する。


「前言撤回! 二人とも付き合おう! い、いやそれは男としてどうかな……? ああうん、そうだ。常識に囚われてはいけないということを俺は前世で学んだ。心達だってそうだろう? おかしいと想える事柄も間違っているとは限らない。実際には自分達が間違っているかもしれないから。だから――」


 という直樹の見苦しい言い訳は心の一声で遮られた。


「黙れ」

「……う」


 申し開きさえ許されない、油断ならない状況。刻一刻と危険な香り臭わせる事態に直樹のドキドキは止まらない。

 恋愛関連で爆音を立てるかと思われた心臓は、全然違う音を大音量で響かせている。それも、すごく心臓に悪い方向に。


「どうする……?」


 裏切り者を前に、審判が下される。

 心の問いに対する炎の答えは単純だった。短く、簡易で、理解しやすい。


「殺そう」


 愛らしい笑顔で、にっこりと。

 炎は死刑を宣告した。


「う……うわあああ悪かった!」


 その声を聞いた瞬間、直樹は駆け出していた。全力で謝罪しながら全力で逃げる。

 考えもしなかった逃走劇。直樹は無我夢中で逃げていた。

 その身に宿る全ての異能を用いて、創造主こころラスボスほむらから逃走を図る。


「待て! 直樹! あんな回答は許さない!」

「そうだよ、直樹君。ダメだよ、どちらか片方を選ばなきゃ」


 轟音を立てながら二人が追ってくる。べきばきと木々が悲鳴を上げているので、猪突猛進の勢いで獲物を追いたてているのだろう。

 このままでは追い付かれる。焦った直樹はノエルの異能で上空へと跳び上がった。


(火だと森が燃えちまう! だから炎は追って来れな――)

「待ってよ直樹君」


 二人の内一人は引き離せると踏んで空へと跳んだ直樹だが、彼よりも上から掛けられた声に戦慄する。

 声を掛けてきた主は炎だった。心ではない。

 なぜ、と愕然としながら上を見やると、心と炎がセットで浮かんでいた。

 テレポート。理想郷の創造主にかかれば空間跳躍など赤子の手を捻るようなものだ。


「逃げられると……本気で思ってるの?」


 暗い声で疑問を投げてくる心。ゾクッと背筋が凍ってしまうほどの冷たい瞳に耐えられず、直樹は久瑠実の異能で姿を消した。


「落ち着いてくれ!」


 そう叫びながら地上へと着地する。

 ここからは隠密行動だ。ゆっくりと、慎重に街の中へと溶け込む。

 時間さえ稼げればそれでいい。この決断が正しいと直樹は信じている。

 時がたてば二人ともわかってくれるはず――。そう想い動く直樹だが、彼の見立ては甘かった。


「そこね、直樹」

「ッ!?」


 指をさされ、直樹がびくりと震える。公園から移動して路地の中に入りしれっとアスファルトの上をゆっくり進んでいた直樹はいとも簡単に見破られていた。

 直樹すら所持している異能、透視だ。心の相棒である彩香の異能を心は自分の身の内に創り出しあっさりと直樹の透明化を見破った。


「逃がさないよ?」


 ニコッと愛想を振りまく炎。光彩の消えた瞳が恐怖を煽る。


「えいチクショウ!」


 直樹は水橋の異能を発動させ、水球を創りだし、炎に向けて放り投げた。

 炎は水が苦手だ。一瞬でも隙を創り出せれば直樹は逃げ果せる自信があった。

 だが、またもや直樹の目論見は打ち砕かれる。

 ジュッ、と。

 直樹が投擲した水の球は炎から湧き出た熱量により、瞬く間に水蒸気へと変化した。


「な――」

「直樹君、ひどいよ。私が水を嫌いなこと、知ってるくせに。それとも、付き合うつもりもない人には嫌がらせしてもいいのかな?」

「いや……だから……!」


 一見すると直樹は振った人間に追い立てられている哀れな被害者だが、原因は彼の意味不明な選択にある。

 どこか常識からずれている炎も心も、今回ばかりはまともな判断をしていた。

 いや、むしろ愛想を尽かされないことを直樹は喜ぶべきなのかもしれない。その愛はとてつもなく重いが。


「と、とりあえずさ、一回お茶しよう! うん! 冷静に話し合おうな! 大丈夫だ、お互い誤解があるんだ。これからその誤解を解きに行こう! 全部俺の奢りだぞ! 好きなもの注文し放題だぞ!?」


 必死にカフェへお誘いする直樹だが、彼の行動は火に油を注ぐだけ。

 普段ならば手放しで喜んだはずの炎も、暗笑を浮かべるだけで歩みを止めることはない。


「それで……納得すると思ってるの?」

「……く、まずい!」


 遠くに逃げたところですぐに追いつかれるし、透明になったところでどうしようもない。

 万事休すか――。そう思った彼の目に救世主が写り込む。


「これは一体何事でしょう?」

「ノエル! 助けてくれ!」


 不穏な空気でも感じ取ったのだろう。ノエルが騎士装備のまま空中を飛来してきていた。

 さらに後ろからも見知った声が聞こえ、直樹は安堵する。

 水橋や矢那、メンタルなどの同僚達が集まってきている。


「何々? 痴話喧嘩?」

「うむむ、こんな事態に発展するとは一体?」


 矢那が面倒くさそうな声を上げ、水橋が原因を推察しようと唸る。

 矢那も水橋も、直樹達を取り巻く恋愛事情は関知していたが、このような状態になるとは想定していない。

 いや、きっと誰しもが予測し得なかったはずだ。トラブルは予期せぬ出来事の積み重ねから発生するのだ。

 しかし、みんなが現われたおかげできっと沈静化するだろう。そう油断していた直樹はすぐさま焦燥の念に駆られることになる。

 皆の存在で動けなくなった心と炎。彼女達をまた行動可能にしたのは、メンタルの一声だった。


「……だいたい直樹のせい」


 適当に放たれたメンタルの予想。だが、彼女の推測は当たっていた。

 直樹が変なこと言わなければこのようなことになるはずはない。

 それは皆も薄々感じていたようで、ああー、となっとくしたような声を出して頷いた。


「――でしょうね。そうとしか考えられません」

「そんなことだろうと思ったわよ。はいはい解散~~」

「……直樹君、女の恨みは怖いぞ。覚悟しておけ」

「え、ちょ! 待ってくれよ!」


 好き勝手に言いながら、皆帰り始めてしまう。残された直樹が懇願するが誰一人として取り合ってくれない。

 ハッとして二人に目を向けると、異能安全保障局の許しを得た二人の修羅が、直樹の命を奪わんと活動を開始したところだった。

 もはや考える余裕はない。走る。ただひたすらに逃げる。

 がむしゃらに駆ける直樹を追いかける心と炎。終始無言というのが怖ろしい。

 直樹が息を整える暇もなく逃走していると、前に知り合いを見つけた。

 自身の出せる最大の声量で、助けてと叫ぶ。


「久瑠実! 助けてくれえ!」

「直ちゃん? あっ……」


 全て悟ったと言わんばかりの顔をして、久瑠実の姿が掻き消える。

 嘘だろ!? と直樹は瞠目し、最終確認地点に向けて怒鳴った。


「マジかよ!? 幼馴染だろ!? 助けてくれたっていいじゃんか!」

「ごめんね。私は炎ちゃん達の味方だから」


 幼馴染の声を聞き、直樹は戦慄する。どうやら生まれ育った街に味方はいないらしい。

 くそぉ! と毒づきながら直樹は走り去る。止まっている暇は一瞬たりともない。

 すぐ後ろを二人が迫ってきている。何の算段もなしに地元を走り回るしか直樹に取れる手はなかった。

 はぁはぁと息荒く路地を曲がると、またもや見覚えのある顔が。

 今度はフランとノーシャだ。藁にもすがる想いだった直樹はとりあえず助けを求めて叫ぶ。


「二人とも! 心と炎を止めてくれないか!?」


 フランとノーシャは顔を見合わせ、同時に頷くと直樹に大声で返答した。


「ニホンゴワカリマセン!」

「嘘つくんじゃねえふざけんな!」


 見え見えの嘘だが直樹を焦られるには十分だ。何とかして協力を取り付けようとするも、フランもノーシャも日本語知らないわからないの一点張りだ。

 終いには嘘をつき通すことすらやめ、本音をぶちまけてくる。


「いやだって絶対面倒だし」

「あたしはフランの護衛であって、直樹の護衛ではないからね」


 事実である。直樹は反論すら出来ず、半泣き状態のまま足を動かした。


(くそ! 誰か味方はいないのか!)


 無茶苦茶に住宅街を移動していると、見慣れた家が目に入る。

 彩香の家である。前世では心の隠れ家に居候していたが、今は母親と二人暮らしだ。

 南無三。もはやどうにでもなれ。自暴自棄になりながら、直樹は二階のベランダへと飛び乗って、そのまま窓をぶち破った。


「は――?」


 彩香の呆けた顔が直樹を出迎える。彼女は状況を理解出来ていないようだった。

 それは直樹も同じだ。パニックになる彼女を直樹は何とかして宥めようとする。


「は? は? はぁ!? 何で家の窓をぶち破ってんの!? 不法侵入! 犯罪よ犯罪! うわぁ意味わからん!」

「待て! 落ち着け! これには深い事情があってだな……」

「いや、は? 全く以て理解出来ない! 信じられない! 心を呼ばなきゃ……」


 携帯を取り出して、相棒に連絡を取ろうとする彩香。

 いやそんな暇はと直樹はその携帯を奪おうとした。


「え、きゃああ!!」

「うおっしまった!」


 バランスを崩し、彩香を押し倒してしまう。珍しく女の子らしい悲鳴を上げる彩香に直樹が焦っていると、ドタドタと誰かが階段を駆け上がってくる音が聞こえた。


「何が起きたんです!? ……へ?」


 勢いよくドアを開けて、姿を現したのは小羽田だった。

 直樹が彩香を押し倒している構図を見て、小羽田がポカンと口を開ける。

 が、すぐに子細を把握し憤怒の形相となった。


「クソ男は女の子に対する礼儀がなってないみたいですね」

「違う! 誤解だ! 話を聞け!」


 何とかして説明をしようと奮闘する直樹だが怒り狂う小羽田と顔を真っ赤にして固まる彩香達相手ではまともに会話を交わすこともままならない。

 不意に響くドンという着地音。直樹がぎくりとしながら振り向くと、心がベランダの塀に着地していた。


「逃がさない」

「う、うおおおおおおッ!」


 直樹は体勢を整えて、ドアの前に立ち塞がる小羽田に体当たりを喰らわせた後、そのまま廊下の突き当りにある窓を突き破って外に出る。


「ふ、ふざけんなーっ! 賠償! 訴訟もんよ!」

「そうです! 罪状は女の子不敬罪ですーっ!」


 背後から掛かる怒声を聞き流し、直樹はまたあてのない逃走劇を繰り広げる。

 自分がひどい目に遭うまで終わらない気がしていた。どうしてこうなった、と直樹は自問する。

 覚悟を決めて、告白するまでは良かった。だが、やはり告白の内容がまずかったのだろう。


(でもやっぱり結論はまだ早いと思うんだ……。わかってくれないのか……)


 ――案外、そうでもないんじゃない?


 悲観に暮れながら走っていると突然脳裏に声が響く。

 成美だ。直樹の脳内に直接語りかけている。


(どういうことだ?)

 ――たぶん、二人とも怒ってはいる。つーか普通は怒る。兄が二人のことが嫌いで振るってんなら何も文句はなかったと思うよ? でも、好きだから付き合わないとか舐めてんのかっていう。何か障害があるわけでもないのに。


 成美の意見はもっともだが、あれは直樹なりに考えた結果だ。バカバカしい告白だったのかもしれないが、自分が一番いいと思える決断を下したつもりだった。

 だから、何と言われようとも自分の意見を押し通すしかない。幸運なことに妹は兄の愚行を理解しているようだった。


 ――まぁでも、兄らしい。バカバカしくてアホでマヌケで、だからこそ神崎直樹の答えにふさわしいよ。

 そして、それは二人だってわかっている。直樹が好きな二人が直樹の意見に賛同出来ないはずはない。

 ただまぁ……感情は別だよね。理性と感情は別物だし、二人のことが好きなら兄は二人の怒りも受け入れるべきよ。じゃあねー。


 プツリ、と。

 まるで電話が途切れるかのように一方的に言いたいことだけを言って、成美からの念話は切れた。

 ちょっと! と慌てる直樹だが、すぐに彼から妹に対する関心は消え失せる。

 目の前に心が瞬間移動してきたからだ。


「っ! まずい――」


 と半歩後ずさると背中に柔らかい感触が。

 恐る恐る目を見やると、そこには炎の顔があった。


「逃がさないって、言ったよね?」

「う、うわあああああああ!」


 直樹の絶叫が住宅街に響き渡った。



「何やってんだか」


 件の現場の近くに来ていた成美は、悲鳴を上げる直樹と兄に対してとても言葉には表せないことを行っている二人を見て呆れ果てる。

 これ以上に失笑するものがあるか怪しい。

 心も炎も、怒ってはいる。だが、二人とも心のどこかで直樹の選択に安堵していた。

 結局、直樹は最良の選択をしたのだ。

 怒りはする。

 しかし、誰一人として悲しまない。

 最高の選択肢を、直樹は選び取っていた。


「まぁ高校卒業辺りにまた一悶着ありそうだけど、それはそれ、これはこれ。ケーキでも買って来よう」


 成美は呆れつつもどこか嬉しそうにして商店街へとスキップしながら、三人を祝福する準備に取り掛かった。




 ――それから数か月後。

 立火駅周辺に窃盗を働いた異能者が出たとの通報があり、当直だった直樹と炎は駅へと急行した。

 犯人自体はあっさり見つかり、逮捕しようとした瞬間、迂闊にも犯人に直樹は見つかってしまい今や鬼ごっこの真っ最中だ。

 足を必死に動かして、追いすがろうと努力する直樹と炎。だが、窃盗犯の足は物凄く速かった。


「くそ! 炎! 回りこめないか!?」

「無理だよ! ここ上からじゃよく見えないしとんでもきっと見失っちゃう!」


 炎が焦りながら応える。

 事実、今犯人が走っているのは裏路地だ。複雑に入り組んでおり、透視を持たない炎では上空からの補足は難しい。

 ならば直樹が跳べばいい……のだが、最近連続して異能事件が起き、直樹は疲労のせいであまり本調子ではなかった。

 異能の同時使用は達也から止められている。今は彩香の透視で窃盗犯の居場所を捉えるのに精いっぱいで炎やノエルの異能で空を飛ぶことすら不可能だ。


「くそ! 逃げられる!」


 窃盗犯は何かの異能の恩恵か、加速力が凄まじく常人とは思えないスピードで逃走中だった。

 このままでは振り切られてしまう。そう簡単に犯人を見逃す異能安全保障局ではないが、もし逃げられた場合追跡が困難となる。

 こりゃお出かけはなしか、と直樹が逮捕を諦めかけたその時。


「それは困る。私はピクニックを楽しみにしてる」


 犯人が通路から出ようとした刹那、出口に待機していた心が伸縮式警棒で犯人を昏倒、見事捕縛した。

 心の存在に気付いた炎が大喜びで駆けていく。


「心ちゃん! ありがとう!」

「うっ……くっつかないでよ」


 口調こそ嫌がってるが満更でもなさそうだ。

 後から追いついた直樹が改めて礼を述べる。


「いやホントに助かった。これで無事にピクニック行けるな」

「ええ。じゃあさっそく準備をしましょう」

「そうだね! 行こう、直樹君!」


 直樹を促しながら二人は仲睦まじく先を歩く。

 犯人をしっかり拘束し警官達に身柄を引き継いだ直樹は、先頭を歩く二人を見つめ、心底嬉しそうに呟いた。


「……悪くない」

「何してるの、ほら」「早く早く!」


 一人直樹が微笑んでると、同じように笑っている二人が手招きをしてくる。

 直樹は微笑を絶やさずに首肯した。


「ああ、今行く」


 直樹達は今日も歩く。

 自分達が創り上げた理想郷の上で。

 ここは理想郷ユートピア

 一人の少女が願い焦がれ、創り上げた場所。

 誰もが人らしく生き、人らしく死んでいく、理想の在り処。

 異能者だから、無能者だからと争うことはない。

 少女の優しさと強い信念、深い愛。そして、自分の想いを貫いた少年によって。

 今ここに――暗殺少女の理想郷は完成した。

これにて暗殺少女の理想郷は完結です。

ご納得して頂けたでしょうか。

誤字や脱字、矛盾がないか確認した後、何か追加するかもしれませんがまだ未定です。

読んで下さった方、ありがとうございました。

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