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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第七章 暗殺少女の理想郷
128/129

決断前夜

 とても楽しかった一日は夢中になっている内にあっという間に過ぎて、いつの間にか満月が雲の間から姿を現していた。

 淡く優しい月光が降り注ぐ薄暗い路地を心はメンタルと歩いている。

 あまり会話はない。会話を交わす必要性がない。

 大事なことはお互い了承済みだったからだ。

 だから、心はひとり、物思いに耽ることが出来た。


(……コチラに戻ってきた以上、私は自分の異能を巧くコントロールしなければならない。封印することさえ視野に入れなければ)


 心の異能、創生。

 その力は強大過ぎた。ひとつ間違えば、世界の在り方すら改変し、新たな世界を創り出してしまうほどの異能。

 これほど強力な異能をなぜ気付かなかった、という疑問にはあまりにも常識の範疇を越えた力だったからだ、と答えられる。

 通常の異能でも、発見は難しい。当時、異能検査技術はまだまだ未熟だったし、いくら何でもありな異能とはいえ世界を創り出すほどの力をその身に宿しているなどよほどのナルシストぐらいしか気づけまい。


(……そういえば)


 段々と狭間家――前世で心が立火市の戦略拠点としていた隠れ家――に近づいて、心は両親について考える。

 異能とは遺伝するモノ。遺伝しないパターンも存在するがそれはごくまれだ。故に、矢那は父親と同じように雷の異能を所持していた。

 とするならば、自然発生ということでもない限り、自分の両親のどちらかが異能を持っていた、ということになる。

 それを言うなら弟の勇気だってそうだが、弟はまだ小さい。成長した時に念を押す必要があるが、今は干渉しなくても大丈夫だ。


(聞いてみないと。お父さんとお母さん、どちらが異能を宿しているのか)


 心は両親に尋ねる事柄を決め、五年振り……実際にはそれ以上の家族団欒を楽しみに家へと入って行った。



 家に入ると、まず母親の声がした。

 おかえり、という出迎えの言葉。炎達に言われたのとは別の意味で心の胸が熱くなる。

 ただ泣くのはこそばゆい。家族の前くらい素直になれとも自分で思うのだが、流石に一度再会している時に泣いているのだ。

 二度目は恥ずかしい。心はぐっと耐えて、ただいまと震える声で言い、リビングへと進んで行く。


「ただいま。義母さん」

「お帰りなさい、メンタル」


 礼儀正しく挨拶する義妹クローンの声を背中で聞きながらリビングに入ると、突然何者かが飛び掛かってきた。

 かつての暗殺者としての技量を発揮しようとした心は、攻撃を叩き落とそうとした寸前で止めた。

 当然だ。殴り飛ばすなど考えられない。


「おかえり、お姉ちゃん!」

「……ただいま」


 優しい声で応える。

 炎の時のように、倒れたりはしない。しかと弟の身体を抱きしめて、ソファーへと歩んでいく。


「おお、お帰り。楽しめたか?」


 座ったところに投げかけられた問いかけに、心はなんて返せばいいのか一瞬悩んだ。

 ええ? はい? どう答えればいいんだっけ。

 そうだ、うん、だ。以前自分はそう父親に応えていた。


「うん。楽しめた」

「そうか。良かったな」


 父親は優しい声で言い、パソコンに向かって何か作業をしている。

 訊こうと思っていたことを切り出せずにいた。今日は夕飯を直樹の家でごちそうになったので、家で食事は取らない。

 どのタイミングで訊けばいいのか、心はわからなくなっていた。

 五年の歳月はとても長い。家族との距離感が、対応の仕方が、わからない。

 無遠慮に、自分勝手に尋ねていいものか。

 どうすればいいかわからずに心が困り果てていると、メンタルが心に抱き着いている勇気に声を掛けた。


「こっちにおいで、勇気」

「うん、お義姉ちゃん」


 素直に応じる弟に嬉しいような、それでいて寂しいという複雑な感情を想いつつ、心はメンタルに感謝する。


(ありがとう、メンタル)


 邪魔にならないよう、弟を引き離してくれたのだ。丁度見計らったかのように、母親もリビングへ入ってきた。

 訊くなら、今だ。心はそう思い、この機会を逃すまいと二人に呼び掛けた。


「ねえ、訊いていい?」

「ちょっと待て……いいぞ」


 父親がパソコンから心へと目を移す。いいわよ、と母親もテーブルを挟み心の前へと腰を落とした。


「……私の異能について、知ってる?」


 心の疑問を聞くと、両親は顔を見合わせた。意味深なしぐさだったため、心は知っていたな、と理解する。

 だが、それでも回答を待った。答えがわかっていてなお、心は両親の口から真実を聞きたかった。


「ああ。お前の異能について、俺はある程度把握していた。母さんの方がより詳しいぞ。俺は無能者だからな」


 父から回答権が母に移る。自分そっくりな母親は、頷いて心の瞳を真っ直ぐ見つめ、真摯な姿勢で答え始めた。


「私も心と同じ異能を宿しているわ。心よりは劣っているけど」

「やっぱり……」


 納得したように心が呟くと、母親は申し訳なさそうな顔を浮かべた。


「ごめんね、心。隠すつもりはなかったし、騙すつもりもなかった。ただ……教える前に」

「別に気にしてないよ。仕方ないもの」


 母の後に続く言葉が何であるか悟った心が先を遮る。

 流石にその話は重く、辛い。父も母も弟も、燃やされてしまったことなど母の口からは聞きたくなかった。

 それにもうそれは終わったことだ。今、ここには全員いる。かつて異能関連で無念に散って逝った者達は、病気や事故死でもしていない限り、存命しているはずだった。

 心の師である狭間京介だって生きているし、炎の兄だって生きている。

 上げればきりがないほど多い。シャドウ、達也、ジェームズ、名もなき異端狩り達。

 心が殺してきた人間達や、敵だった者達でさえ生き返り、新たな人生を謳歌している。

 世界を壊したキングさえも。だが、不安はない。彼だって被害者だ。きっと、もうあんな八つ当たりは起こすまい。


「……そう。ありがとう、心」


 母親が一旦言葉を区切ると父が横から口を挟んだ。急に懐かしむような顔で話しだす。


「……お前は昔の母さんそっくりだ」

「そう……なの」


 鏡を見ればそのくらいはわかったが、あえて心は知らないふりをした。

 家族との久方ぶりの会話だ。途切れさせるのは惜しい。


「容姿だけじゃないぞ。中身もだ。話し方さえ似ている。今でこそこんなだが、昔の母さんは氷のように冷たかった。よく逃げてな。俺はその背中を毎回追いかけたよ」


 昔、と聞いてその話が前世でのことだと思い知る。

 母も父も昔のことを覚えていた。強い信念の前にはどんな改変も通用しない。

 人は脆いが強いのだ。結局、心は忘れて欲しかった人々に自分の存在を隠し通せていなかった。

 そのことを少し情けなく思いながら、心は父親の言葉に耳を傾ける。


「父さんが追いかけた?」

「ああ。母さんはとても素早かった。銃撃の最中の鬼ごっこは肝が潰れるかと思った」

「……あれはしょうがないでしょ。あなたが味方かどうかはっきりしてなかったし」


 顔を赤らめて話す母親は確かに恥ずかしがっている自分を見つめているような気分にさせてくれる。

 それはつまり……自分も幸せな家庭を作り上げられるということ。

 母と自分は、メンタルと自分のようなオリジナルとクローンという関係性ではない。

 母親と娘。親と子。似て非なるもの。

 だが、それでも、もしかしたら。

 自分も優しい母親になれる可能性が残っているとしたら。

 それはとても幸せなことではないかと、心は思った。


「ふふ……」

「ん? どうした?」

「ううん、何でもない。続けて。もっとお話を聞かせて」

「そうか? ならまず、対異能物質サイキリウムについてだ。アレを創り上げたのは母さんで――」

「……ワタシも混ぜて」


 弟を寝かしつけたメンタルがドアを開けて入ってくる。

 理想郷を創り上げようと戦ってきた家族は、朗らかに談笑を続けた。

 もうそこに銃はない。血にまみれることもない。

 心の底から会話を楽しむ、純粋な笑顔だけがそこにあった。




 風呂から出た草壁炎はパジャマへと着替えを済ませ、ベットへとダイブした。

 バフン、と毛布が唸る。炎もはふぁなどとよくわからない声を出した。


「楽しかったし、嬉しかったなぁ」


 今日一日を振り返り、炎はひとり感想を述べる。

 心が帰ってくる前、絶望の淵に立たされていたことなどもはやどうでもいいことだった。

 絶望など、訪れる希望の前には微塵の効力もない。心が帰ってきたという喜びで悲しいことは全て吹き飛んでいる。

 しかし、まだ引っ掛かることはある。それは直樹が心と炎、どちらを選ぶかということだ。


(まぁ……十中八九心ちゃんなんだけどね……。わかるよ、うん。心ちゃんは何でも出来るし美人だし可愛いし……)


 それに比べて私は、と炎は自分の不出来さに嘆息する。

 しょうもないミスを繰り返し、色んな人に迷惑をかけている。

 人を助けたい、奉仕したいという気持ちは人一倍ある。

 だが、その気持ちばかり空回りして多大なご迷惑を皆さんにかけている気がする。

 そういう時、サポートしてくれるのは直樹だ。だからこそ炎は惹かれたのだが。


「恋人になれたんだから可能性はゼロじゃない……はずなんだけど、マイナス補正がかかってる気がする」


 心の前に炎は霞んでしまうのだ。消えかけたロウソクの火のようにあっさりと消え失せてしまう。

 胸に秘める熱き想いも、心という“ぱーふぇくとびゅーてぃ”の前には敵わない。いや、そもそも同じ土台に立つことがおこがましい。

 炎は普段の彼女では考えられないほどネガティブになっていた。過去ではなく未来を愁いて、憂鬱になっている。


「私なんか私なんか私なんか――」


 毛布の上で繰り返し繰り返し、同じ言葉を呪詛の様に呟きながら、炎はくるくる回っていた。

 と、突然ノックもなしに無遠慮に、誰かが部屋に入ってきた。

 前触れなしの訪問客に、炎が跳び上がる。それも仕方のないことだ。

 大好きな兄が、帰ってきていた。


「お兄ちゃん!?」

「不気味な声が聞こえたからビビったぞ? お前がそんなネガティブなんて珍しいな」

「ああ、うん、あはは! 気にしないで! 何でもないから!」


 炎は慌てて取り繕うが、呪いごとのように繰り出された呪文を無視しろなどという嘆願は土台無理な話だ。

 草壁一成は、そいつは無理だろ、と妹の願いを突っぱねる。


「どうしたって異常だ。炎だぞ? 何だ、あいつに何かされたのか? 恋人の」


 ギク、と炎の背中に冷たいモノが流れ落ちる。

 単純な事実としてそれは間違っていない。直樹は炎とのデート中に別の女の子の元へ行ってしまった。

 だが、そこには深い事情がある。しかし、それを説明するのは炎には難しい。

 だから、炎としては、凍りついたようなぎこちない笑顔で何でもないよと誤魔化すしかなかった。


「べ、べべ別に何でもないよ? ホントに、ホントだよ?」

「嘘だな」

「うっ……! そんなことないって……!」


 もしその場に鏡があったなら、これこそまさに嘘をついている顔だと炎は自覚出来たかもしれない。

 誰が見ても一目瞭然。嘘をついていますよと高らかに宣言している顔だった。


「お前に嘘をつかせるとは……神崎直樹、許さん!」


 一成は拳を握りしめた後、妹想いの顔をみせて炎の部屋から出て行こうとする。

 炎にはこの後どうなるかが手に取るようにわかった。このまま兄は直樹の家に殴り込みに行って、直樹をぼこぼこにするであろう。

 それはまずい。非常にまずい。世間体やら神崎家との関係性やらがとんでもないことになるし、直樹が炎を選ぶ可能性だって下がってしまうかもしれない。

 そんなことを看過出来る炎ではない。例え大好きなお兄ちゃんが相手であろうと。


「待って、お兄ちゃん!」


 兄の前に立ち塞がった炎は両手を広げ、一成を通せんぼした。

 どけ! と叫ぶ一成。だが、直接手を出すことはない。

 彼は妹に甘かった。とても。妹がねだれば何でもプレゼントしてしまうほどのシスコンぶりだ。

 兄を制止する炎の中に一瞬、もし自分が望めば兄は直樹を攫ってきてくれるのだろうかなどという邪な考えが生まれたが、炎は頭を振ってその考えを隅へと追いやった。


「直樹君は何も悪くないよ!」

「だったら何であんな風に――」

「それは……その」


 どうしようか物凄く炎は悩む。ぷすぷすと煙が吹き出しそうになるくらいに。

 やはり、説明しないことには困難だ。だが、説明べたな自分が上手く伝えられるかどうか。

 しかし、やるしかない。炎は意を決し事情を兄に教えた。

 すると、一成は顔を真っ赤にさせて激昂した。


「何ィ! お前と言う恋人がいながら別の女と浮気してただと――!」

「違う! 違うって!」


 慌てて訂正しようとする。

 上手く伝えたはずが、凄まじい誤解があったらしい。

 兄の直樹に対する評価がとんだくそ野郎に変化していた。しかも付き合ってまだ一週間と立っていないのである。

 一成の憤怒し、炎はダメ男に騙されてしまった可哀想な被害者、というレッテルを張られかけていた。


「直樹君は浮気なんかしないよ!」

「でもお前とデートしている最中に別の女に会いに行ったんだろ!?」

「それは……まぁ、事実だけど」

「くそ野郎! 燃やす!」


 妹を想う兄の闘志が熱く燃え上がる。

 やばいまずいどうしよう。困惑した炎はもう何が何だかわからなくなってきた。

 だから、とりあえず胸に浮かんだ言葉をぶつける。大声で。全力で。


「やめて! 直樹君に手を出すお兄ちゃんなんて大っ嫌い!」

「な――!」

「嫌い嫌い嫌い嫌い! 物凄く嫌い!」


 不思議と胸がすーっとしていく感じだった。炎の中にたまっていた鬱憤が浄化されていく。

 無我夢中で不満をぶちまけた炎は、自分がとんでもないことをしでかしたことを悟る。

 だが、時すでに遅し。兄の中に沸き起こっていた直樹への怒りは鎮火させ石化したかのように固まっている。


「あ、いや、今のは……」

「…………」

「お、お兄ちゃん? お兄ちゃん待って!」


 炎の制止を聞かず、一成はおぼつかない足取りで部屋を出て行った。


「やばい……どうしよう。お兄ちゃん怒ったかな」


 不安に駆られる炎だが、不思議と気分は爽快だった。

 今の状態ならぐっすり眠れる。そんな予感さえする。


(うーん……たぶん大丈夫だよね)


 ポジティブになってきた。きっと万事上手くいく。

 どのような結果であれ、きっとそれは幸せに違いない。

 例え心が選ばれようと、自分が選ばれようとも。

 どちらに転んでも笑っていられるだろう。


「うん……! 寝よう!」


 炎は健やかな笑顔でベットに入り、すやすやと寝息を立て始めた。



 二人が想いを胸に秘め、晴れ晴れとした状態でいる一方でひとり自室で鬱々としている男がいる。

 神崎直樹だった。優柔不断な直樹はまだ結論には至っていない。


「くそ……ずっと悩んでるのに埒が明かない」


 時間操作を持つ異能者がいるのならば、今すぐにでも目の前に現れて自分にその異能を貸してほしい。ありもしない救いを求めてしまう。

 片方を選び、恋人とすること。常に選択を迫られる人生において、これほどの難題は存在するだろうか。

 どちらかを傷付けてしまう、という負い目はあるが、もちろんそんな理由で選んだりするつもりはない。

 自分が好きな方に告白し、付き合うだけ。ただそれだけだというのに、脳内では激しい議論が繰り広げられている。

 今もまた、心の声が命題を突きつけて来た。

 

 ――さぁ、喜べ神崎直樹。今、お前の目の前には二人の女がいる。

 一人は氷のように冷たいが、その実、とても心優しい少女。コミュニケーション能力に難はあるが、それ以外は火事洗濯炊事全てを完璧にこなせる家庭的な女だ。

 二人目は燃え上がる炎のように熱く、少々不器用な点は否めないが、活発でいて人を想いやる純粋な心の持ち主だ。共に青春を謳歌すれば、笑顔を絶やさず笑って過ごせよう。

 さて、お前はどちらを選ぶ? 

 世界の全てを愛すため、己が人生を投げ捨てようとした女か?

 たったひとりを救うため、自分の恋すら他人に捧げようとした女か?


「いややっぱ無理だろ……。何だこれ」


 あれほど決めねばと決意していたはずなのに、その信念はぐらぐらと揺らいでいる。

 結局、直樹はへタレだった。二択しかない選択を未だに悩み続けている。

 単に自分の気持ちに正直になればいい――。それだけのはずなのに。

 いや……だからこそ、なのかもしれないが。

 はぁ、と直樹が机に突っ伏して、盛大なため息を吐く。

 すると、すぐさままた息を吐く音が聞こえた。何だ? と訝しんだ直樹が顔を上げると、ドアの前に妹が立っている。

 成美は、呆れ果てていた。あれほど念を押したというのにまだくよくよ悩んでいる情けない兄の姿に。


「兄……」

「可哀想な奴を見るような目はやめろ」

「兄は可哀想なんかじゃない。幸せものよ。爆発対象。十分なリア充なんだけど」

「俺はな、奴らも奴らなりに苦労してるんじゃないかと思えてきたんだ。物語と現実は違う。最近よく見かけるモテモテハーレムなんざ夢のまた夢で、自分には恋人ひとり出来るかどうか怪しい――。そんな風に思っていたんだよ」

「そこでハーレムを言い出すとか……とうとうどうかしちゃった――あれ、待って」


 毒を吐こうとした成美は気づく。奇妙な違和感に。

 なぜこのタイミングでハーレムがどうこう出てきたのだろうか。

 よもや……いや、まさか。自分の兄に限ってそんなことは有り得ない。

 そう思いつつも、成美は疑惑の眼差しを兄へと向けた。


「ねぇ」

「何だよ」

「まさか――二人同時に付き合おうとか考えてないよね?」


 場が凍りついた。

 時間が止まったかのように訪れる静寂。チックタックと鳴り響く時計の針が、時間が停止していないことを告げている。

 すぐに直樹が笑い声を発した。乾いていて、とても焦ったような声色の。


「ハハハハ、まさか」

「…………え、冗談……でしょう?」


 そこだけは誠実。そう信じていた成美が驚愕に目を見開く。

 成美は精神干渉することが出来る。同一の異能者の心は読み取れないが、直樹は成美の異能を見に宿しているので、裏技的に干渉し、胸の内を探ることが可能だった。

 なのに、恐ろしくて出来ない。

 自分に手を差し伸ばしてくれた、他人想いの兄。今まで絶大な信頼を寄せていた相手に対し、成美は疑い始めていた。

 しかと成美は思い知る――神崎直樹とて男なのだ。思春期真っ盛り、過ちすら平気で起こす、とても危なっかしいお年頃。


「いや、ホントに違うよ? そんな結論出す訳ないだろ」

「う……ん、そうだよ、ね……」


 成美は異能を使わなくとも表情を視るだけで、他人の腹の内を探ることが出来る。

 彩香の透視ほど精度は高くないが、慣れ親しんだ兄の感情や嘘ぐらいは見破れる。

 直樹の顔を見つめ……成美はほっとした。

 少なくとも、嘘はついていない。

 しかし、同時に妙な感覚もする。

 嘘ではないが、きな臭い。そんな独特の臭い。


「何か、もう考えたくない。なぜ兄の恋愛事情に私が一喜一憂しなければいけないの」

「いや、それはお前が勝手に」

「ああもういいもういい。私は寝る。寝てどちらが私の義姉になるかは考えない。結末を見届け祝福する。どちらにも祝福しないことにならないように祈って……」


 不吉なことを言いながら、ふらふらと成美は自分の部屋へと歩んでいく。世界をコントロールするクイーンとまで呼ばれた成美は、血の繋がらない兄の恋愛模様で多大なダメージを受けていた。

 その後ろ姿を見つめながら、確かにと納得したように直樹は呟く。


「自分の気持ちに嘘はついちゃいけないと思うんだ。だから、明日……俺は決断するよ。俺の信じる選択を行う。それが一番だと信じてるから」


 自分に言い聞かせるように直樹は独り言を漏らす。大丈夫だ。それこそが最良の選択だ。

 そう信じ、直樹は椅子から立ち上がり、ベットに横になった。

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