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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第七章 暗殺少女の理想郷
126/129

想イノ異能

 その銃は、理想郷へ辿りつくという祈りが込められた物だという。輝かしい黄金色の拳銃は、持ち主の趣味というわけではない。

 持ち主のオーダーを満たすためあらゆる改造を施した結果、黄金色に光ることになったらしい。

 そんな派手な拳銃を、心は直樹に向けている。明確な殺意を込めた眼光が直樹を射抜いている。

 ほんの僅か、少しでも身じろぎすれば頭を撃ち抜かれる。ひりついた殺気が場を支配していた。


「ストーカーは心外だな。みんなお前の帰りを待ってるんだぞ」


 冷や汗を掻きながらも、直樹は気丈に振る舞った。結奈の言葉を思い返し気を保つ。

 辛いのは心も同じだ。今ここを耐え切れば、彼女を連れ戻すことが出来るはず。

 しかし、直樹の話を聞いても心の信念は揺るがなかった。失笑と共に言葉を返す。


「“みんな”? あなたの言う“みんな”は少数派でしょう。実際の“みんな”は私の帰還など望んでいない」

「それはお前のことを知らないから」

「なら、シミュレーションしてみる? 私の存在を知覚し私がそっちに戻ることによって起こり得る問題を知った人間がどういう反応をするか。直樹……いくらバカとはいえわからない訳ではないんでしょ?」


 反論を試みようとした直樹だが、下手に刺激しても無意味と考え思い留まる。

 そんなことはないと叫ぶことは可能だが、心は本当にシミュレーションするだろう。ナマの人間そのものを創り上げ、今言った状況を実践する。

 そして、実際の反応を見せて直樹の心を折るのだ。まともな物理法則が働いていない以上、今有効なのは精神攻撃だ。

 直樹は話題を変えて、どうにかして説き伏せようとした。


「わからなくはない。理解は出来る。だが頭でわかることと心が納得することは別だ」

「全ての事象が理解出来るわけではないし、納得もまた然り。どうにもならない出来事だって存在するのよ」

「どうにかなるだろ! お前が帰りたいって望めばすぐにでも!」

「……そんなことしたら、どんな風になるかわからない。世界が壊れるかもしれない。取り返しのつかないレベルで歪むかもしれない。わかってるって思ってた。でも、あなたのバカさ加減を甘く見ていたわ」


 心は右手で構えていた拳銃の側面に左手を添えた。意図の見えない行動に直樹が怪訝な顔になる。

 銃について詳しくない直樹も、最低限の動作くらいは知っている。銃自体は子どもでも扱えるような簡易さだ。

 セーフティを外し、スライドを引き、引き金を引く。簡単な発射方法。人は人を出来るだけ簡単に殺せるように努力を重ねてきた。

 だが心が行った動きは銃を放つそれではない。銃を撃てなくするための動作だった。

 理想郷ユートピア側面に付けられたセーフティをいじり、心は拳銃を発射不能とした。そして、そのまま直樹に見せつけるように手放す。

 鈍い音を立てて拳銃が落ちる。さらに落下音は続いた。

 後腰に装備されていた警棒を掴んで前に落とす。次は右袖の小型ピストル。さらに左袖の仕込みナイフ。バックパックに仕舞ってあった各種グレネード類。ポケットの中に入れていたスマートフォンまで心は投げ捨てた。

 最後に、被っていた帽子を取って放り投げる。黒い長髪が白い世界によく映えた。


「あなた相手に手加減はいらない。私の真の異能チカラで、是が非でも帰りたくしてあげる。私に絶望し、希望ほむらの元へ帰れ」

「何度も言ってる! お前が来てくれれば今すぐにでも帰るって!」

「……すぐに気が変わる」


 と心が叫んだ瞬間。

 直樹は宙を舞っていた。白き世界の空を漂っている。


「なに……が……っ」


 腹部に激痛が奔り、直樹が目をやると、ぽっかりと穴が開いていた。中に詰まっているはずの臓物ごと抉られている。

 遅れて、身体が悲鳴を上げ始めた。喉に血が上って、血の塊を吐き出す。

 否、吐血するはずだった。

 追撃として、心に世界を切り裂くほどの斬撃を与えられ、直樹は断末魔すら上げられない。


「…………!?」


 死んでから、自分が死んだことに気付いた。

 致命傷に続く致命傷。直樹の肉体は一度完全に滅ぼされた。

 だが、次の瞬間には彼も復活している。ルールに一部異能が使用可能になるという改変があったが、直樹が消滅しないという項目は存在したままだ。


「…………」


 痛すぎて、声が出せない。前すら見えてるかどうか危うかった。

 今までの死とはレベルが違う。ただ死ぬだけではない。完全に無くなるのだ。

 無に帰し、有に戻る。すぐに直樹は自分の生死を認知出来なくなった。


「帰れ――」


 速さなどという概念で語っていいのかわからなくなるほどの移動力で、心は直樹を何度も殺す。

 一度の攻撃で、直樹は今までの死の倍以上の死を経験した。

 いや、果たしてこれは死などという甘いモノだろうか。

 もっと苦く、苦しい別のナニカなのかもしれない。


「生きるのは辛い。死ぬのも辛い。天地どちらも絶望そのもの」

「……ぅ」

「だが人はどれだけ絶望に染まっても、そこに希望を見出せる。例え仮初でも。最期の刻まで幻想を抱く。これだけ儚くて、美しい生物はなかなか存在しない」


 反撃をしようとした。だが、何か行動を起こす前に直樹は死んでいた。

 再生と破壊を幾度なく繰り返され、とうとう直樹は何もする気が起きなくなっていた。

 ただ死んで、甦る。順序良く、同じことが繰り返されるだけ。


「人は素晴らしい。人が好き。人を愛してる。だから、私はここにいる。彼らを失いたくないから。私を使い潰してくれていい。私を忘れてしまっても構わない。私はどうなってもいい。かの地を守る守護者として、ひっそりと久遠の中に消えてしまっても」

「……」

「あなたは優しい。でもその優しさが大勢の人間を傷付ける。見て――」


 もはや存在しているか定かではない自分の脳内に、泣き崩れる炎が写し出される。

 みんなが炎を元気づけているが、彼女は憔悴しきっているのが見て取れた。


 オレのナを、ヨンデいる。


「炎はあなたを送り出した。あなたはそう認識しているでしょうけど、実際は違う。あの子特有の優しさ……人の良さ。私に対する同情心が、あなたの背中を後押ししただけに過ぎない。本当の彼女は、あなたを喪ってしまうんじゃないかと泣いている」

「……ほ、むラ……」

「あの子がどれだけいい子なのか、あなたは知っているはず。過去に一度彼女は罪を犯したが、それはもう清算されている。あの子は真っ新な、赤い炎。人々を照らす太陽のよう。少々おバカなのが欠点だけど、性格の良さが欠点を補ってあまりある。血に汚れてもいない、純粋な人間。あの子と過ごして幸せにならないはずがない」

「……ソ、うダな」


 声として発しているかは不明だが、声らしきものを直樹は捻りだしていた。砕け戻る思考の中で、与えられる答えだけを認め、受け入れる。

 何かを考えることは難しい。ありのまま、提示された解答のみを受け止めろ。

 それ以外のモノは無駄だ。不要なモノだ。


「炎といれば絶対に楽しい。充実した生活があなたを待っている。朝は彼女に起こされて、共に学校へと登校し、クラスの友達と一緒に授業を受けられる。昼休みは炎が久瑠実に教わった弁当を持ってきてくれる。それで活力を得て、あなたはまた授業を受ける。彼女が苦手な数学の時間をフォローして、体育の時の元気っぷりに苦笑して、放課後は炎といっしょに寄り道。いつもの店でコーヒーやらパフェやらを頼んでおしゃべりして、家に帰る。順調に高校を卒業し、進路は必死に勉強した炎と大学に進む。キャンパスライフを謳歌して、恋人としてのグレードも上がって、卒業と同時に異能省のエージェントとして就職。めでたく二人は結婚して、二人の子どもを設ける。物静かな男の子と、活発な女の子。そのまま余生を過ごし……老衰で逝く。順風満帆な人生でしょ。だから……帰って」


 ある種理想のような人生。小さなトラブルは存在するだろうが、きちんと努力さえすれば問題ないだろう。

 直樹が直樹として生活し、炎が炎として生活すれば、波風立たずに天寿を全う出来る。

 悪意ではなく善意が支配している世界だからこそ、人生という名の航海は何らアクシデントが起こることなく終焉を迎えられる。

 だが……本当にそれでいいのか?

 満足出来るのか?

 狭間心という少女の存在を認知しながら、直樹と炎は笑って人生を終えられるのか?

 その答えは既に直樹の中にある。いや、それだけではない。

 目の前に……誰が見てもわかりやすく、答えは示されていた。


「……だっタら……ナンで……ナいてる……?」

「な……に……?」


 生きながら死んでいる……死にながら生きている直樹に言われて初めて、心は自分が涙を流していることに気付いた。

 慌てて涙を拭き取る。そんなことはありはしないと否定する。

 決定的な証拠を、全力を持って秘匿する。


「泣いてなんか――いない!」

「ウそつくト……ほむらにオコられるぞ」

「何を言って……!」


 心はまた何か人の理解に及ばない攻撃を放とうとした。可変する全なる破滅。

 あらゆる法則を創生し、都合の良い様に捻じ曲げられる神の御業。

 だが、ここで有効なのは世界すら生み壊せる創撃ではない。

 相手の心を胸打つ――ことばだ。


「……泣くななんて言わない。泣いていい」

「く……離せ!」


 心の動揺。僅かに見せた隙。壊れながら創られ、生み出されながら消えて行く直樹は、そのほんの僅かな一瞬を突き心へと抱き着いた。


「離せ離せ離せ離れろ!」

「泣けよ。泣きたいんだろ? 存分に泣け。別に恥ずかしいことじゃない」

「離せぇ! 帰れぇ! ここから出てけぇ!!」


 直樹は無限に続く痛みをねじ伏せ、まともな発音で言葉を発する。

 いや、こんなもの大した痛みじゃない。心を喪失する痛みに比べれば。

 直樹にとって、自分の生死などは些細なことでしかなかった。それに、人は慣れる生き物だ。

 気が遠くなるほど死ねば、死の痛みなど平気になる。

 少なくとも直樹は、痛みを痛みとして感じれない激痛など二の次だった。


「離すし帰るし出てくよ。お前が来てくれれば。もう何回も言ってる。しつこくてくどくて、自分でもあほらしくなるぐらいにな」

「離れろ! とんでもなく痛いのを放つ! 廃人になるほどのを……!」

「無理だぞ。俺は強くない。弱い。誰かに勝つのも難しい。でもな……負けないんだよ。だって俺は……すごい人だからな」


 心を抱き、訴えかけながら、炎のことばを語る。

 直樹にとって、すごいひとというワードは魔法のことばだった。何でも出来る、不可能を可能にする奇跡のことば。

 その奇跡が心にも通じると信じて、直樹は不屈の精神で心を抱きしめる。


「ふざ……けるな……。私に何も効きはしない……」

「嘘つくなって。お前には耳があって、ことばを言葉と認識出来る脳がある。理解出来るはずだ。わかるはずだ。俺と炎が……どれだけお前を求めているか」

「……気持ち悪い……よ」

「ああ……言われても文句言えないな。俺はストーカー気質だったみたいだ……。自分でもびっくりする。ひとりの人間のために……ここまでやるとはな」

「ホント……ホントにそう。あなたはバカすぎる。炎もバカ。バカ、バカバカバカバカ」

「ひどい言われようだ」


 直樹は苦笑し、耐え切れなくなってきた死痛に苦悶の声を叫び始めた。

 流石の精神力とはいえ無敵ではない。痛みの概念を覆すほどの激痛に、直樹の魂が削り取られる。

 有用なのは精神への打撃。このままいけば、直樹の精神は砕かれ生きる屍になることは避けられなかった。

 そして、そのようなことを許す心ではない。


「痛みが消えた……?」


 不意に何事もなかったように直樹の身体が修正され、直樹は虚を衝かれる。

 驚嘆に値するほどの自然体だ。既に何度も体感しているとはいえ、ここまで元通りとなると調子が狂う。


「別人に生まれ変わったみたいだ」

「……例え何になろうとあなたはバカよ」


 心が泣き腫らした瞳で直樹を見上げた。

 目じりこそ濡れているものの、そこには健やかな微笑がある。いや、苦笑と言うべきか。

 呆れている。

 呆れ果てている。

 世界ノ狭間まで、自分を追いかけてきた直樹に。

 自分の幸せを放り捨ててまで、直樹に発破を掛けた炎に。

 そして、強がって二人の想いを踏みにじろうとした……他ならぬ自分自身に。


「ああ、そうだ。俺はバカだ」


 その顔が妙に誇らしげで。

 どうにも癇に障って。

 心は直樹を渾身の力で抱き絞めた。


「バカとバカだけじゃバカにしかならない。賢い人間が、あなた達には必要なようね」

「い……や……おまぇ……もけっこう……あれ……だぞ……」


 直樹の声がどうにも引っ掛かり、顔を上げた心はあ、と声を漏らす。

 力の加減を忘れていた。創造主狭間心の腕力は、物理法則すら超越する。


「ご、ごめん! 直樹!」

「ハハ……まぁ……悪くない」


 元々精神的ダメージが蓄積していたのだろう。

 直樹は焦る心の胸の中で、安堵の笑顔を浮かべながら気を失った。



 何度も生と死の狭間を体験してきた直樹だが、次の目覚めほど心地の良いものはなかった。


「おはよう……心」

「ここには朝も昼も夜もないわ。……おはよう」


 言いながらも心はあいさつを返してくれる。いつの間にか直樹と心と二人は、彼が結奈と共に現れた門の前に移っていた。

 いい感じの雰囲気を醸し出している二人を結奈が茶化す。


「熱いわね。目覚めのチューとかしちゃう?」

「あなたが見てなければそうしたかも」

「……冗談だよな?」


 もしくは自分が寝ぼけているのか、とも直樹は思ったが、心の顔が真顔だったため語る言葉を持ち合わせない。

 炎ともまだそこまではいってないというのに、案外心はむっつりなのかもしれない。


「直樹。私はあなたの考えを隅々まで監視し、思考回路を予想出来る。次妙なことを考えたら世界の理をその身に刻むから」


 にっこりとした笑顔で、そんなことをのたまう心。理想郷の創生者を怒らせてはいけない。


「勘弁してくれ。もうこりごりだ」


 直樹はお手上げと言わんばかりに両手をひらひらさせた後、ゆっくりと立ち上がった。

 もうふらついたりなどしない。おぼつかなくなることもない。

 しっかり地面に足を立て、心に手を伸ばす。


「帰るか。俺達の理想郷に」

「ええ」


 もう二度と離すまいと心に秘めて、直樹はしっかりと心の手を握りしめる。

 奇しくも心も同じく直樹の手をしっかりと握った。

 そして、空いている側の手を結奈に差し出す。


「あなたもいっしょに」


 だが、結奈は心の手を取らなかった。

 寂しそうな顔を浮かべ、口を開く。


「私がここにいないと。理想郷を保つには、元の世界の在り方と今の世界を繋ぐ私が必要よ。私は世界の基盤のようなもの。あらゆる異能を無効化する私だけにしか出来ない、重要な役目」

「でも……それではあなたが」

「安心したまえ! 私の精神力は直樹君以上。それに、私は死にながら生きている。世界ノ狭間に引っかかってる状態だからね。私が朽ちることはない。永久不滅のスーパー少女、それが天塚結奈!」


 ヒュン、と結奈が正拳突きを素振る。

 だが、それは強がりのようにも見えた。彼女には永遠の時間と無限の孤独がこれから襲いかかる。

 ずっとずっと、終わりなき戦いをたったひとりで行わなければならないのだ。


「どうにかならないのか?」

「無理。結奈の異能は私よりも上。私が彼女を生き返らせようとしても、結奈を復活させることは出来ない」


 問いかけ、回答を得て、直樹は自身の質問が愚問だったことを悟る。

 心の性格上、わざわざ結奈だけを生き返らせないはずはない。蘇らせられなかったからこそ彼女はここにいたのだ。

 くそ、と歯噛みした直樹の右手を結奈が握る。

 そして、達観したように微笑んだ。


「大丈夫。みんなの様子は見れるし、私を覚えてくれている人がいる」

「でも……!」

「これ以上は贅沢よ。ヒーロー。私は救われるだけの可哀想なヒロインじゃない」

「結奈……」

「さぁ、行って。君達の幸せは私が全力で守る。暗殺少女の理想郷……いや、神崎直樹の理想郷は」

「……。行こう、直樹」


 一瞬悲しそうな顔になった心は、覚悟を決めたように前を向いて歩き始めた。

 しかし、手を引かれるまま歩いていた直樹が急に立ち止まってその歩みを止める。

 心が創りだした現世へと戻るゲートの前で、直樹は結奈へと振り返った。


「どうしたの?」

「あなたは……正真正銘のヒーローだ」


 直樹の言葉を受け、結奈はとても驚いたような表情になったが、すぐに嬉しそうに顔を綻ばせた。


「ありがとう。ヒーロー公認のヒーロー、か。いいわね。 ……優ちゃんによろしく!」

「わかった。それじゃあ……また」


 そう言い残し、直樹と心は光に包まれ、理想郷へと帰還した。

 残された結奈はまた……か、と感慨深く呟き拳を突き上げる。


「さて、私の戦いはこれから。自分との戦いになる。でも、楽勝よね。私はヒーローなのだから!!」



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