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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第七章 暗殺少女の理想郷
125/129

無限暗殺

 一面に広がる白。

 白一色の世界。色で鮮やかに彩られる前の巨大な画用紙。

 そこの一か所が煌びやかに発光し、中から二人の男女が姿を現した。

 男は明確で、女は曖昧。生死の境がそこにある。

 地面へと降り立った直樹は、色味のない世界を見回して眉を顰めた。


「どこだ……ここ」

「さっきも言った通り、世界ノ狭間よ。どこでもありどこでもない。過去でも現実でも未来でもない場所。おかげで私はフライングで君に助言を出来たんだけど」


 直樹は前世で異端狩りとの交戦の最中、結奈らしき存在にヒーローがどうこう言われたことを思い出す。

 言われて確信出来た。やはりあれはこの少女だったのだ。


「何でもありなんだな、ここ」

「ええ。文字通りルールを創る場所だからね。やろうと思えば世界の主を人じゃなくすることも出来るし、異能を完全に無くすことも出来る。恐竜を復活させたり、文明レベルを衰退させたり。未知の生物を創生することも可能よ」

「……怖いな」


 直樹が正直な感想を述べると、結奈は嬉しそうに微笑んだ。


「良かった。何でもありなら何やってもいいじゃんとか言ってたら、即刻あなたを消去していたところだったわ」

「そしたら何のためにここに来たかわからないだろ。それに、たぶん世界をいじくり回している内に飽きちまう。何でも出来るってことは特に努力する必要がないってことだ。つまんないぞ」

「うん。創生者は最終的に破壊者として豹変する。長い年月で精神が砕かれて、刺激を求めて破壊衝動に奔りやすい。心ちゃんがそうならないとは限らないから、彼女を救うことは同時に世界を救うことにもなるわ」

「……でも、それなら心はすぐにでもこっちに来るはずだ。そうしないってことはこっちにもそれなりのリスクってものがあるんだろ?」


 直樹の問いに結奈は複雑な表情で頷いた。


「ええ。例えばだけど、あなたは遠くの国で人が傷ついてるって知ったらどうする?」

「……そりゃ、聞いていい気持ちはしないだろ。っていうか炎とノエルの異能を組み合わせてひとっとびだ」

「でしょうね。まぁあくまで移動出来ないとすれば、怒ったり悲しんだりするでしょう。でも、それだけでしょ? 移動する手段があるならどうにかはする。でも、そこに行けないのなら、結局は他人事になる。だけど、心の場合は見聞きした全てをどうにか出来てしまうの。それがどれだけ危険なことかあなたにはわかる?」


 結奈に問いかけられ、直樹は少し悩んだ。危険だとは思えなかったからだ。


「わからない? まぁ無理もないか。少し聞いただけじゃデメリットがないように思えるでしょうね。でも、実際には違う。たったひとりに干渉するだけで、世界は全く別のモノになってしまう可能性があるの。人……いや、生物の生死が地球全体にかなりの影響を及ぼしてしまう」

「でも絶対にそうなるとは」

「限らない。でも、そうなるかもしれない。かも、で放置出来るような問題じゃない。とても危険なこと。下手をすれば、二度と戻せなくなるかもしれない。

 あなたが言った通り、心はただの人間。世界を創り出す力を持っただけの女の子なの。確かに彼女はルールを構築出来る。自分の想い通り、世界を書き換えることが出来る。

 でも、果たしてそれは正しいことなのか? それを決めるのも自分。創って変えて、生まれたものは本当にホンモノなのか、それすらも怪しくなってくる。世界の真偽すら曖昧に、自身の存在すら稀薄に。白キ世界で悠久の時を過ごし、刹那の中で薄れていく。自分で全てを決めるというのもなかなか辛いものよ。かといって依存も地獄。何事もほどほどが一番ね」


 つまりは可能性。“もし”という仮定が心を引き込もらせた。

 心の異能は自由だ。何をしても良い。もちろん、何もしなくても良い。

 善悪の境すら、彼女は創り出せる。独断で、世界を自由自在に作り変えられる。

 責任など取っても取らなくてもいい。本来の自由は責任とセットだが、心の場合は違う。

 だが、それは酷なことだ。人は常に何か目標を抱いて生きている。生きる理由は人それぞれ、直樹から見てくだらないものもあれば、立派だと尊敬に値する生き方もある。

 そういった意味で、心は生きていない死者であるとも言えた。心は目標を持てない。生きる糧を手にすることが出来ない。

 そうすれば、世界が変わる恐れがある。だから、一度世界を創り上げた後は徹底して不干渉を決め込んだのだ。

 やっと手にした理想郷ユートピアを手放してはならないと。それが心の、自由への責任の取り方だった。


(責任感と義務感が強い心だからこそ創り得た……。もし違う人間だったら世界はとっくに滅んでただろうな)


 心を神として定義するつもりはないものの、直樹は少しだけ神様の気持ちがわかったような気がした。

 神は大変だ。人々は救いを求めて神に祈る。だが、下手に手を出せば世界の歴史が変わってしまう。

 それだけではない。人だけを贔屓する訳にはいかないのだ。世界に生きとし生けるもの全てが神の創造物。

 神が平等主義者であれば、人に干渉する=全生物に干渉しなければならないということ。

 それはあまり賢いやり方とは思えない。人々は自立しないし、全ての生物に手を貸せば、巡り巡ってゼロになる。

 それゆえ、神は干渉しまいと決断するだろう。天から見守り、ただずっともどかしいまま、永遠の時を過ごしていく。

 そんなものに直樹は耐えられる気がしなかった。きっと気が狂う。

 そして、己の欲望に従い、世界を壊してしまうのだろう。

 心だってそうならないとは言えない。というより、世界中の誰であろうと狂気に呑まれると断言出来る。

 一刻も早く家出娘を連れ戻さなければ。


「いい顔つきになったね。戦に赴く者の顔、戦士の顔だ」

「俺は戦士でも何でもない。ただ家になかなか帰って来ない家出少女を連れ戻す友人だよ」

「そういう謙遜、嫌いじゃない。事実あなたは色々な人から異能を借りていて、しっかりとそのことを弁えている。調子に乗らず、自分が弱者であることを認識している。だからこそあなたはここに来れた。あなたが選ばれた。かんざきいてなおし、すことを許された。天使結納てんづかゆいなにね」

「今思いついたダジャレなのか……はたまた……。まぁ何でもいい。運命でも何でもない。ただ俺が救いたいからここに来た。これは俺の我儘だ。炎や成美とも約束したし、きっとみんなだってあいつの帰りを待ってる」


 直樹の決心に結奈は微笑し、手を翳した。再度の輝き。とても眩しい黄金色。


「やはりあなたはヒーロー足り得る。成れなかった私の代わりに。さぁ行って。君の信念を貫いて」


 直樹と結奈の前に、ここに来た時とは比べ物にもならない大きさの扉が出現した。ファンタジーに出てくる巨人でも軽く通れそうな大きさだ。

 直樹は結奈に頷くと、扉の中へと歩き始めた。


「ただ……気をつけて。心は何としても君を阻止すると思う。彼女は君にとって最大の敵よ。今までの常識や戦術が通用するとは思わないでね……」


 轟音を立てながら扉が閉まる。外には、おぼろげな少女がひとり残された。





 中に入ると、先程と同じような景色が続いていた。いや、僅かに違う。

 真っ白ではなく灰色だ。


「広すぎる……。心! どこだ!?」


 直樹が大声を上げて心に呼び掛けた。だが、返事はない。

 少し焦りながら目を凝らす。ただ灰の地面が広がるだけで、建造物を一つたりとも見つけられなかった。

 後ろを見ても、もう扉はない。

 まずいぞこれは。ここで放置されたりしたら敵わない。

 冷たい汗が背中を伝ったその時、声が聞こえた。


 ――帰れ。


「心か!?」


 と声がした方へ顔を向けた直樹は。

 既に、囲まれていた。


「なっ!?」


 気付くと、大勢の人間の中にいた。自分の周りに何千、何万、何億と思うほどの人間がひしめくあっている。

 全員が、直樹を睨んでいた。大量の悪意が直樹の心に突き刺さる。


 ――帰れ。


 誰かがまた叫んだ。声の主に視線を送った直樹は驚愕する。

 炎だった。炎が憎しみ一色に染まった顔をこちらに向けている。


「帰れ! 帰れ帰れ帰れ!」

「く……!」


 思わず、直樹は後ずさった。何が起きているのか理解が及ばない。


(常識が通じない場所、か! だが、この炎はホンモノにしか思えない)


 嘘偽りない本気の悪意をぶつけられ、直樹は怖じそうになる。だが、ここで弱腰になってはいけない。

 彼女の悪意は確かにホンモノなのかもしれないが、直樹は彼女が本気で心の身を案じていることも知っている。


「心! 俺は帰る! お前を連れてな!」


 直樹が精一杯の大声を灰の空に向けて放つ。すると。

 帰れ、の大合唱が始まった。


 ――帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ!


 聞き覚えのある声がして周囲に目を向けると、傍に立つ人間は全員知り合いだったことに気付かされる。


「成美、父さん、母さん、智雄、久瑠実、メンタル、ノエル、水橋さん、矢那さん、彩香、小羽田、フラン、ノーシャ、メンタルズ、エリー、達也さん、浅木さん、狭間さんもか……。くそ、堪えるなぁ」


 家族、友人、仲間、クラスメイト、学校の先生、職場の上司、近所のおじさんおばさん、知り合いから親しい他人まで、多くの人間に帰れと怒鳴られる。

 それだけではない。直樹は直観的にここには世界中の人間達が集められていることに気付いた。

 言語こそ皆日本語の“帰れ”ではあるが、明らかに国籍や人種の違う人間もいる。

 六十億人からの精神攻撃は、如何に図太い直樹といえど辛いものがあった。

 しかし、直樹は屈強な意志でもう一度心に呼び掛ける。


「俺はお前がいない方が辛い! 何としても連れ帰るぞ!」


 直樹がそう宣言すると、ぱったりと怒声が止んだ。いつの間にか直樹ひとりだけとなっている。

 訝しみ、辺りの様子を窺う。と、突然背後から声が投げかけられた。


「そう。あなたがそう言うなら、私はどんな手段も厭わない」

「心!?」


 はっとして振り向いた瞬間。


「な、に……?」


 場面が、切り替わる。

 今度は白い街。色味こそ白だが、慣れ親しんだ立火市であることに直樹は思い至った。

 茫然と白い街並みを見つめていた直樹の元へ、どこかから声が響き渡る。


 ――ここは立火市を再現した似て非なる場所。ここが戦場バトルフィールドとなる。

 では、説明しよう。

 ルールはシンプル。狭間心が勝つか、神崎直樹が勝つか。

 ここで神崎直樹が取れる行動は二つ。

 一つ目。諦めて元いた場所に帰る。もっとも推奨される選択だ。


「帰らないって言ってる!」


 声に向けて直樹が叫ぶ。すると、少し間を空けてルール説明が続けられた。


 ――二つ目。愚かにも私に抗い、勝ち目のない戦いに身を投じる。


 妙に感情が籠っている心の声。怒りを感じさせるその声に、直樹は大声で返事をした。


「二つ目に決まってる!」


 返答はすぐにあった。淡々とした音声で、条件が追加される。


 ――いいでしょう。後悔するがいい。

 補足説明。一、ここでは異能を使用することが出来ない。二、神崎直樹は消滅しない。

 この条件でもまだ戦うと言うのなら、好きにするがいい。……どうなっても、知らないから。


「どうにもならない。結果は一つだ」


 声が止み、直樹は思考を整理した。


(異能を使えない……か。でもその代わり俺は消滅しないらしい……どういう意味かはイマイチわからんが)


 とにかく、単純で助かる。何ら難しいことではない。心を見つけ説得すればいい。

 おまけに、ここは自分の故郷だ。地理には詳しい。

 異能がないのは痛手だが、それ以外は好条件だ。

 直樹は拳を握りしめ、街の中へと繰り出した。


(静か……だな。人ひとりいない)


 街の中は静寂だった。ゴーストタウン……いや、それ以上。人だけではなく、生命の息吹が一切感じられない。

 形式としてとりあえず置いてあるだけの建物と道。形だけをコピーした紛い物の街だ。

 透視を使えれば、と直樹は歯噛みする。あれがあれば一発で心を見つけられた。

 だが、心のパートナーの異能は心によって封印されている。自分の目で見つけ出すしかなかった。


(結構不便だな。みんなの異能の姿が改めて知れる。だが条件は心も同じはずだ)


 直樹は白い立火の街を走りながら心を探していた。あてずっぽうで右へ左へと路地を彷徨う。


(とりあえず心の家に行ってみるか)


 と、直樹が進路を決め、曲がり角を曲がった先で、直樹は探し人と鉢合わせることとなる。

 角の先に、心がいた。残像と同じように、記憶の欠片と同様に、黒ずくめの服装で佇んでいる。


「心! ……心?」


 疑問系になったのは容姿に違和感を感じた訳でも、実は似て非なる別人だったという訳でもない。

 直樹が訝しんだ理由。それは手に持っていたある物が原因だった。

 黄金色の大型拳銃。ロングマガジンを装填し、装弾数三十六発を誇る、片手に収まった凶悪なマシンピストル。

 金色に彩られたソレを、心は何の躊躇いもなく直樹に向けた。


「言ったでしょう? 私はどんな手段も厭わない、と」


 持ち主の指の動きに呼応して、理想郷ユートピアが唸る。しっかりと両手で握られたマシンピストルから放たれた弾丸は、一発も外れることなく直樹を蜂の巣へと変えた。




「……うわあああ!!」

「目覚めたみたいね」


 悲鳴と共に跳び起きた直樹は、結奈の声で自分がまだ生きていることを知った。

 いや、結奈は故人だ。実際にはもう死んでいるのかもしれない……焦燥する彼を落ち着かせるため結奈は直樹の頬を抓った。


「いてててて!」

「痛いでしょ? 君はまだ生きてるよ。あなたは死んだけど、死なない」

「……これがあの説明の意味か……」


 神崎直樹は消滅しない。つまり、死んでも復活出来るという訳だ。

 何度でもやり直しが利く。チャンスは無限大。

 だというのに、撃たれた時の衝撃がまだ残っている。


「怖くなった? 帰りたい?」


 結奈が問いかけて来て、直樹は頷き返す。


「ああ。怖いし、帰りたい。だから心を連れてさっさと帰る!」


 一度やられたくらいでめげる直樹ではない。意気揚々と直樹は出現していた門をくぐって行った。


「後何回続くのかしらね」



 今度は慎重に行動する。先程の二の舞にはならない。

 そう決意しながら立火市のレプリカへと戻ってきた直樹は、心がどこに現れてもいいように細心の注意を払いながら移動していた。

 どこだどこだと目を凝らしながら、目ぼしい場所を見やる。

 心は暗殺者であり、悪名高い異能殺しという異名までついていたやり手だ。一瞬の油断が命取りになる。

 異能がない現状ではなおさらだ。


(迂闊な行動は避けないと……ん?)


 中腰の姿勢でゆっくり進んでいた直樹は、誰かの苦悶の声が聞こえたような気がして立ち止まった。

 しゃがんだ状態のまま、耳を澄ます。聞き間違えでないことはすぐにわかった。


「た……すけて……誰か……」


 これは罠だ、と直樹は瞬時に把握する。

 最初にこの場所に来た時、自分と心以外の人間はいなかった。

 それに、この場所に来れるのは自分と結奈だけだと結奈は言っていたのだ。十中八九心が仕掛けたトラップであり、近づく理由は万に一つも存在しない。

 だというのに。


「くそ……!」


 直樹は生来の気質で、苦しみ喘ぐ声の元へ駆けていく。突き当りから恐る恐る覗き込み、声の主を確認した。

 ひとりの女の子が、道路の真ん中に倒れている。

 出血しており、脇腹から大量の血が流れ出ていた。急いで治療しなければただでは済まないことがわかる。

 だが、女の子の倒れている場所が悪かった。

 見通しのいい通りであり、遥か離れたデパートの屋上から狙撃される危険がある。


(くそ……囮、だよな)


 直樹は似たようなシチュエーションを知っている。実際に体験したことはないが戦争映画で似たシーンを見たことがあった。

 敵の凄腕スナイパーが、絶好の狙撃場所に主人公の仲間を瀕死の状態で配置する。

 もちろん、囮だ。主人公が救出に近づいたところを射殺するという単純な手口。だが、実に効率的なやり方だ。

 主人公達にとっては大事な仲間なのだ。例え罠だとわかっていても、何とかして救い出そうとする。

 映画では、主人公が狙撃手と撃ち合いになり、見事勝利していた。

 しかし、直樹は狙撃など出来ないし手元に銃もない。

 それに、今道路で死にかけている少女は知り合いでも何でもない。そもそも実在する人間である保証もない。

 むざむざ死地に向かう必要はなかった。罠を罠と認め、そのまま心の捜索を続行すればいい。

 しかし、直樹の救済欲が探索を阻んだ。


(くそ……俺はバカか? あれは囮だ。助けなくても問題ない!)


 直樹は苦悩しながらもう一度、地面に伏している少女に目をやった。


「たす……けて……お願い」


 少女が必死に直樹へ手を伸ばしている。

 助けを求める声と、すがるような瞳。それだけで、動機は十分だった。


「くそ!」


 直樹は自分自身に毒づきながら、少女に向けて疾走する。急いで少女を抱きかかえ、狙撃が来る前に安全地点へ退避する算段だった。

 とはいえ、希望的観測に過ぎない。少女に接近する直樹は無防備であったし、抱き寄せる瞬間から、物陰に隠れる寸前まで、狙撃出来るチャンスはいくらでもあった。

 なのに、なぜか。


(狙撃……してこない?)


 自分が殺されなかった事実に驚きながら、直樹は逃げ込んだ通路の塀からデパートの屋上を覗き込む。

 だが、スコープライトの反射はおろか、人がいるかどうかも判断出来ない。ここからでは遠すぎる。

 彩香の透視がない時点で不可能だった。


「それよりも……おい、大丈夫か!?」


 直樹は少女に駆け寄って、容態を確かめる。うぅ……と痛みに耐える声を漏らす少女の手当てを直樹は始めた。

 と言っても専門的な治療は出来ない。せいぜい傷口を塞ぐ程度だ。

 いったん戻って結奈に見せてみるか……? と直樹が思案していると、目下の少女が口を開いた。

 明瞭な声で、ハッキリと。まるで、今までの苦悶が全て演技だったと言わんばかりに。


「直樹、あなたは本当に……バカね」


 見知らぬ少女に偽装していた心がナイフを取り出して、直樹の心臓目掛けて突き刺した。



 二度目だったので、さっきとは違い叫ぶことはなかった。

 だが、心の中に先程よりも明確な感情として恐怖が実り始めている。

 死なないから大丈夫。そんなことはない。心は直樹の行動パターンをよく知っているのだ。


「……調子はどう?」

「最悪だ。とても痛い」

「身体が痛むの?」


 結奈の問いに、直樹は曖昧な表情を浮かべた。


「身体も心も。両方だ」


 それからというもの、直樹は何度もチャレンジし、何回も死に戻りを繰り返した。

 異能殺しの暗殺方法は多岐に渡り、狙撃による銃殺、地雷による爆殺、気化性の毒物による毒殺など様々だ。

 小型ピストルによる近距離射撃や警棒による殴殺などで、直樹の身体と心を的確に抉り斃していった。

 最初こそ自分の死んだ回数を数えていたものの、五十回を超えたところで止めた。結奈も、二百回を過ぎたあたりで止めたらしい。

 死ぬたびに、直樹は憔悴していった。肉体的、というよりも精神的に辛い。

 死なないとはいえ、死ぬ痛みは味わう。さらにもう何百回と続けられた暗殺の中で、直樹は一度たりとも先手を取れなかった。

 常に裏を掻かれ続けているのである。声を掛けるどころか、まともに姿を目視することさえ難しい。

 死んだ数だけ積み重ねた経験も、役に立っているとは思えない。毎度毎度、心は直樹の動向を読み取って暗殺方法を組み立てていた。


「……動ける?」

「もちろん……。俺は心を連れ戻すためにここに来た。ひとりでは帰れない」


 言葉こそ達者だが、直樹からは覇気が消えかかっていた。そんな状態の彼を励ますように結奈が声を掛ける。


「頑張って。相手と条件は同じよ」

「……そうか? 向こうは暗殺のプロでこっちはただの高校生だ。異能がない今、俺には何の力もない」

「でもやめないんでしょ? それに堪えているのは直樹君だけじゃない。心ちゃんもだよ」


 意外な言葉に、直樹は目を見開かせた。どういうことなのか結奈を問いただす。

 返ってきた返答は、記憶を取り戻した直樹には納得のいくものだった。


「だって、心ちゃんは直樹君のことが好きなんだよ? そんな人間が、いくら好きな人のためとはいえ何回も殺し続けて平気だと思う?」



 結奈の言葉が正しかったことは、次に門を通り抜けた時に証明された。

 門の先に広がっていたのは立火市のレプリカではない。何もない、白き広大な世界が広がっていただけだった。

 直樹の正面に人影が立っている。何度会いに行き、何回拒絶されたかわからない相手の名前を直樹は呼んだ。


「心……。狭間心……」

「直樹。あなたは本当にしつこい。ストーカー。間違いなく」


 見た目こそかつての心と変わらない。だが、よく観察すると結奈の言った通り若干の変化が見受けられた。

 ポーカーフェイスであることが多い心の表情に、僅かな疲労の色が見える。


「俺は……約束は守る。キングとの戦いで、俺は約束を果たせなかった。だから、俺はちゃんと会いに来た」

「……ホントに……」


 一瞬、心は微笑を浮かべた……ように直樹は見えた。ほんの一瞬だったため、確証はない。

 だが、直樹は確信していた。創生などという神に近しい異能を持っているが、心はひとりの、家出少女だ。


「帰るぞ……心」

「ええ……帰って。直樹!」


 勢いよく取り出した理想郷ユートピアを右手で構え、心は直樹に突きつけた。

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