デートノ果テニ
その日の朝は目覚ましに叩き起こされる訳でも妹に起こされる訳でもなく、直樹は自然に目を覚ますことが出来た。
少し遅く寝ることとなったというのに、欠伸ひとつ出ない。すっきりとした状態で、直樹はリビングへと階段を降りる。
「おはよう」
「おはよう、兄。その心がけやよし」
直樹より先に起床していた成美と挨拶を交わし、テーブルに置いてあった朝食を摂った。不思議と緊張はない。昨日の夜寝つけなかったのが嘘のようだ。
デートとはいえ、単に市街を散策するだけである。変に気負っていたのが間違いだったのかもしれない。
「で、どこに行くんだっけ」
「そこらを見て回るだけだよ。炎の希望でな」
デートコースを説明すると成美はへぇと他人事のように返事をして素知らぬ顔で食パンにかじりついた。
「何か言ってくると思ったけど」
「何を言うの? 炎ちゃんの希望なら私がどうこう言っても仕方ないし。兄の希望ならめちゃくちゃ罵倒したけど」
「……まぁ確かに意外だよな。てっきり遊園地とかそういうのかと思ったんだけど」
金銭的にも楽なので、直樹としては不満はない。特別行きたい場所があった訳でもなかったし、基本的に彼女の意向へ沿うつもりだったからだ。
ただ、妙ではある。炎らしいと言えば炎らしいのだが……。
「デートで重要なのはどこに向かうかでもどこで何をするかでもない。二人が楽しめるか。それだけ」
「それくらいはわかるよ。つーかお前もデートなんてしたことないだろ」
と直樹が指摘すると成美は自分の右側頭部を人差し指でツンツン小突いて、
「私には世界中の人間の知識が詰まっていること、忘れちゃった? 今の私はデートマスターよ」
「いいけど、気を付けろよ? あまり使い過ぎると精神のバランスが崩れるんだから」
他人の思考を読み取ることが出来るというのはかなり有能な異能であるが、下手に使い過ぎると自分と他人の境界線があいまいになってしまい、最悪精神崩壊の危険もある。強大な力にはリスクが伴うというのは今も昔も変わらない。
「劣化コピーしか出来ない兄に言われたくないわ」
「その分万能性が増してるんだよ。いざって時は色んな相手に対抗することが出来る」
「逆に言えばいざって時以外は役立たずなんだけどね」
「役立たず言うな。ちゃんと仕事してるだろ?」
直樹は反論しながらパンを口の中へ放る。咀嚼中に何か小言の一つでも来るかと思いながら妹の顔を見たのだが、成美は普段見せない優しい表情を浮かべていた。
「ええ。兄は働き者よ。とても」
「……ああ」
素直に褒められるとは思っていなかった直樹は虚を突かれつつも食事を終え、コーヒーを飲み干し服を着替え始めた。
「もしどうしてもダメだって時は念思でも精神干渉でもなんでもいいから私に呼び掛けて。何とかするから」
「大丈夫だよ。デートだぞ? 仕事する訳でもなし」
「……万が一のためよ。って、それなら炎ちゃんの方が危険か。兄が衝動的に炎ちゃんを襲うこともある、か? いや、それはそれで好都合な気も……。でもへタレ兄なら有り得ないか、うん」
「信頼してくれて嬉しいよ」
元より炎を襲うつもりなど全く以てなかったのだが、全幅の信頼を寄せられるのも男として間違っている気がする。
複雑な心境で着替えを済まし顔を洗う。無意味に自分の顔と睨めっこして、成美に見つめてても鏡は答えてくれないしイケメンにもならないわよと呆れられた。
「別にそんなこと望んでないけど、汚らしい奴と歩くのは炎だって困るだろ」
「知り合いばっかの街で何言ってんの。どうせ誰も気に……しなくはないか。気にしまくりで近隣住民の話のタネになること間違いなし」
「もうそれは覚悟してるよ」
そも、炎が自分のことを好いていたという時点でもろバレだったらしいのに、今さら取り繕っても致し方ない。ならば、悪いうわさが立たないよう炎を喜ばせるべきだ。
そんなことを考えながら携帯と財布を持ち、全ての準備を整えた時、家のインターホンが鳴り響く。
「兄。炎ちゃんだよ」
「オーケー。じゃ、行ってくるわ」
「いってらっしゃい。……悔いのないようにね」
成美から掛けられた意味深な言葉に対し、直樹は深く言及しなかった。
「おはよう直樹君」
「おはよう炎」
玄関から外に出ると、イメージカラーの赤を基調とした服に身を包んだ炎が立っていた。
眩しいばかりの笑顔。ただ街を出掛けるだけだというのに、炎はとても楽しみにしていたらしい。
もちろん、直樹も楽しみに思っていた。だが楽しみ度合は炎の方に軍配が上がっている。
「早く行こう!」
「ああ……っ!?」
急に炎が直樹の右腕を掴んだため、直樹はよろめいてしまう。何とかして態勢を取り直し、ワクワクしている炎へ引っ張られる形でついて行く。
(わからない。何で俺に付きまとう――?)
実際には炎に腕を引かれたからではなく、炎の横にもうひとり黒い服装の少女が立っていたせいなのだが、直樹は口に出さなかった。
草壁炎は、直感的に行動する女である。その場で思いついたことを即座に実行する。
自分の気持ちに正直に、純粋に動く。それが炎という本質だ。
「ちょっと恥ずかしい……かな」
「いやま、おかしくはないんじゃないか」
だから今住宅街の真ん中、歩道の上で手を繋いで歩いているのも、炎が己の欲求に従った結果だった。
直樹としては別に何か言うつもりはない。恋人であってデートなのだから、手を繋ごうが繋ぐまいが当人達の好きにすればいい。
しかし、普段の握手と恋人同士で手を繋ぐというのはやはり違う。どうも相手と周囲の目を意識してしまうのだ。
見慣れた街が、異世界のように見えてくる。
(誰かに見られたり……はまぁしてるよな)
少なくとも自分が傍観者だったらちら見する自信はあった。
こういう時はやはり恥ずかしがらずに堂々としているべきだ。下手に恥ずかしく思うから恥ずかしいのであり、恥を恥と認識しなければいつも通りの何気ない街並みへと戻るはず。
だというのに、心というのは我儘だ。頭で色々考えても、感情の制御は難しい。
「へへ……やっぱりドキドキするね」
「ああうん。そうだな」
どう返していいかわからなくて、とりあえず同意する。
まず商店街へ行こうと言って早十五分。手を繋ごうという炎の提案に乗ったまでは良かったが、恋人らしく右手と右手を触れ合わせた瞬間、一気に言葉数が少なくなってしまった。
何か話そうと思うのだが、いい話題が思いつかない。
否、それは間違いだ。正直なところ直樹の周りには、正確には直樹の左隣に話題は歩いている。
黒い少女が横に立ち、直樹達について来ているのだ。今までより明確にその立ち姿を視認出来る。
怪しさ満点の黒ずくめ。意図的に一色で染め上げているのが見て取れた。目深に被った帽子の下には、艶やかな黒髪と色白の肌、整った顔立ちが隠れている。
服のセンスについて直樹はとやかく言える立場ではないが、そんな彼でさえもなぜそのような不審者ファッションに身を包んでいるのか思わず問い正したくなってしまうほどの服装だった。
(幻覚に言葉が通じれば、だけど。炎の手前でそんなことは出来ない)
ちらちらと不自然にならないよう炎の方を見やりながら、黒の少女を確認する。
交互に少女と炎を見つめるため、炎が不思議がって尋ねてきた。
「そこに“誰か”いるの?」
「え? いや、誰かに視られてないかなーって。クラスの奴に噂されたら恥ずかしいからな」
「そう……だね、うん。囃し立てられるのはやだかも」
炎の笑顔がぎこちないことに、不覚にも直樹は気づけない。
そもそもの質問がおかしかったということにも。
愚鈍な直樹は炎ともうひとりの謎の少女と共に商店街のゲートをくぐる。
そろそろ店の開店時間だ。多くの店が開き、客寄せを始めている。
右にも店、左にも店。目移りしてしまいそうなストリートの中心で、直樹は炎に訊いた。
黒髪の少女を意識しないように気を付けながら。
「どこに行きたい?」
「んー、ここはぜひ! ってところはないんだよね。……直樹君といっしょにいるだけで楽しいから」
「お……おう。それは良かった」
こっ恥ずかしいセリフが炎の口から放たれ、直樹は赤面してしまう。
なんだこれは。これがあの炎か? 今いるのは実は炎のクローンとか何かで、別人とすり替わってるのではあるまいな……。
などと直樹が真っ赤なまま考えていると横に立っていた黒髪が先へと歩き始めた。
何だ、と訝しんだ直樹だがこれは好機かもしれないと考えを改める。
(ついて行けば何かわかるかも。もちろん、炎とのデートに支障が出ない範囲でな)
自分を戒めて、直樹は炎の手を引っ張った。ずんずんと先に進む少女を追従する。
「……やっぱり」
彼女から呟かれた小さな声が、その耳に入ることはなかった。
「プラモ屋か」「模型屋さんだね」
昔からちょくちょく遊びに向かう模型店へと少女は勝手知ったる風に入って行く。無論、ドアが開くことも来客を知らせるベルが鳴ることもない。透き通った幽霊のように少女は透けてドアを通り抜けた。
「何かいいのあるかもしれないし、見て行こうか」
「……うん」
炎と共に店内へ入った直樹は、商品を見るふりをしながら少女の動向を探った。意外なことに少女は真剣に棚を見つめ、食い入るように商品を確認している。
ただ見てる角度と箱の位置が違う。本当はそこに箱があるはずなのだろうが、実際に陳列されているのは少女の視線先の真横だった。
(何だかな。幻覚とは少し違うのか?)
これが幻覚だとすれば粗末もいいところだ。見えない箱を見つめ、手に取って、何もない虚空に目を落とす。
(どうせならちゃんと再現すればいいのに)
と何気なく考えた直樹は違和感に目を見開いた。
少女ではない。
自分自身の思考を奇妙に思ったのだ。
(“再現”? おかしいだろ。幻覚だろ? 再現なんて単語が出るはずない……っ!!)
「直樹君? どうかした?」
ボーッとしていたのだろう。
店主と談笑していた炎が戻ってきて、直樹の顔を覗き込んでいた。
何でもない、と直樹は答える。
気取られてはならない。全ては自分の中に。
もしこれが記憶の断片だったとするならば、一体どういうことなのか。
俺は今まで一度も洗脳されたことなどない。
精神系の異能者に操作されたことも皆無。
成美や小羽田の精神系異能をその身に宿している時点で何人たりとも自身の心に干渉することは不可能。
だというのに、これは一体なんだ。
俺の身に何が起きている?
――わからないなら、教えてあげる?
「っ!?」
突如響いた謎の声に、直樹は隠すことも忘れて愕然とした。
「誰だっ!?」
口を衝いて出る疑問の声。
呼応するように無いものと思われた解答の声が直後に響く。
――あなたには視えてしまう。だって彼女の異能が宿っているから。
ううん。それだけじゃない。彼女を大事に思うなら誰だって視うる。
(何が言いたい?)
炎の手前、声に出すのはまずいと心の声で少女に呼び掛ける。
先程とは別の少女だ。声が違う。
全く以て理解し難い状況。しかし現実に起きていることは間違いない。
ならば、事実として受け入れ対処法を模索するしか手立てはなかった。
――理解しても理解しなくてもいい。必要なのはそれが何なのか知ることではなく彼女を何者だったか思い出すか。
そのうえで、あなたがどんな選択をするか。それが重要。それ以外はついででしかない。
でも、無知は辛いでしょう。ヒントが欲しいでしょう。なら、そうだなぁ……公園にでも来てくれれば教えてあげる。
もちろんデートを楽しんでからね。その子をないがしろにしたら彼女はきっとあなたを赦さない。
色々と文句を言いたくはなったが声の言うことは一理ある。
炎を悲しませないこと。それが最優先事項だ。謎を謎のままにしておけば、少なくとも悩むのは自分だけで済む。
(わかった。後で向かう)
直樹は声に了承し、別の場所へ行こうかと炎に提案した。
「いいけど……大丈夫?」
「もちろん。間違えて透視を使っちゃったみたいだ。たまに無意識で出るんだよな……」
「……そうなんだ。うん、いいよ。どこいこっか?」
「今度は炎が決めてくれ。順番に行く場所を決めていこう」
どうしようかな、と炎は腕を組んで唸る。
うーんうーんと少し悩んだ後炎はそうだと思いついて、
「喫茶店行こうよ!」
と元気よく言った。
まるで空元気のような不穏さを感じさせながら。
幸いなことに、喫茶店は空いていた。
カランコロンという音と共に店へと入り、四人掛けの席に二人は座った。
直樹はコーヒー、炎はオレンジジュースを注文して互いに顔を見合わせる。
「何かいつもと違うね」
「え?」
直樹は心臓が飛び跳ねたように感じた。
よもやばれたのではと。迂闊すぎた自分の行動で自分の様子がおかしいことに気取られたのでは?
だが、直樹の不安は杞憂だった。いつもの街並み! と炎は微笑を浮かべながら話を続ける。
「ちょっと新鮮だったな。毎日毎日学校に行くため歩いてる道も、いつも帰り際に寄り道する商店街も、どっちも不思議と輝いて見えたよ」
「そうか? そんな変わらないだろ」
炎も自分と似たようなことを感じていた。思わずにやけ顔になってしまった直樹は顔を横に反らし、痴態を晒さないよう秘匿する。
窓の外を見ようとして小さく嘆息した。いつの間にか例の少女が横で平然と見えない飲み物を啜っている。
(出たな……不審少女。もしこれが記憶の再生なら、俺はこの子と喫茶店に来たことがあるってことになるが……)
人見知りも混じっている自分に果たしてそんなことが可能だろうか、と疑問視し、少し悲しくなってまたため息を吐く。
すると、炎が申し訳なさそうな顔で声掛けしてきた。
「もしかしてつまんなかったかな……?」
「あ、いや違うから! ただ……」
まずい、どう言い訳するべきか。困り果てた直樹は窓の外に何かないか探す。
するとラッキーなことに直樹の親友が道を歩いていた。丁度いい、と直樹は智雄に指をさす。
「ほら、あそこ。智雄が歩いてるだろ? ばれたら一番まずい奴が」
「確かに。学校でいちいち茶化してくること間違いなしだよ」
期せずして直樹と炎の智雄に対する評価は一致していた。
見つかるまい、と二人してメニュー表に顔を埋める。二人の奇行が功を奏したのか智雄は直樹達に気付く様子もなくそのまま喫茶店の横を通り過ぎた。
「行ったな」
「行ったね」
「よし、もう大丈夫だな」
と直樹が安堵した時、注文品が運ばれてきた。
直樹と炎はとりあえず一口、と各自の飲み物を口につける。
「ふぅ」
「ほっとするね、何だか」
「ほっとする? 温かいオレンジジュースでも頼んだか?」
「うん直樹君。ジョークのつもりなんだろうけどつまらないし、イマイチわかりづらいからね」
にっこりと輝かんばかりの笑顔で指摘する炎。言われなくてもわかってるよと直樹は返す。
確かに炎の言った通り、直樹もホッとしていた。ただいっしょにいるだけで安心出来る。そのような関係性に直樹と炎にはある。
幼馴染、という訳ではないがそれに近い関係かもしれない。ただいるだけで、ことばを交わさずとも理解しあえる。
「なぁ、炎」
「聞かなくても大丈夫。私は楽しいよ? 直樹君といっしょにいられて」
「そうか。俺も楽しいよ」
訊こうとした問いの答えを先んじて言われてしまい直樹は苦笑する。
それほど親密な間柄なのだ。こうやって無駄なことを話しあい無駄なことをして無駄に時間を過ごす。
無駄、ムダ、むだ。無駄の積み重ね。だがその時間が愛おしい。
だからこそ、炎に隠しごとをするのが嫌になる。例え彼女のためだとしても。
「なあ」
「……ちょっと待って」
意を決し、直樹が今自分に渦巻いている不可思議を告白しようとすると炎に制された。
炎はジュースを勢いよくストローで吸い込む。だが子どもっぽいしぐさとは別に表情は真剣そのものだった。
何かしらの覚悟をしているようにも見える。ジュースを飲み切るまでの時間は覚悟を決めるための時間だ。
炎は一滴も残さずきっちりジュースを飲み干した。
そして、唐突に口を開く。有無を言わさぬ声音で。静かな、しかし明瞭な声で。
「直樹君は嘘を肯定する? 私は嘘をつかない主義なんだ。例え人のための嘘でもね」
改めて言われなくても知っていること。しかし、直樹は真摯に炎の言葉に耳を傾けていた。
「でも、そんな私でも隠しごとはあるよ。例えば――」
炎はちらりと直樹の左へ目をやって、
「そこに座っている少女が視えていることとか」
「…………」
唖然。驚嘆。狼狽。
とかく驚きながら直樹は炎の顔を見つめ直す。
「直樹君が私を気遣っていることはわかってたよ。私のために視えてても何も言わなかったんだよね。でも、それは要らない優しさだよ。隠さないで素直に言って欲しかった。まぁ……その点ではおあいこだけど」
「炎……」
「私が不思議に思ってるように、直樹君もわからないんだよね。この子のことが。この黒いひと、明らかに私達以外には視えてないもの」
今更取り繕っても仕方ない。直樹は素直に白状することにした。
先程の謎の声も含めて。
「お前の言う通り、俺も視えてる。それだけじゃない。知らない人間の声が脳内に響いてきた」
「それホント? だったら何か知ってる人かもね」
じゃ行こっか、と炎はおもむろに立ち上がる。え? と呆ける直樹に対し炎は全てを見透かしたような顔で言い放った。
「その人に何か言われてるんでしょ? どこかに来いとかそんな感じのこと。早く行こうよ」
「……ああ」
コーヒーを一気に呑み干して直樹は席を立った。心の中で炎にすまないと謝りながら。
直樹達二人――正しくは三人――は個人経営のハンバーガーショップで簡易な食事を済ませた後、謎の声に導かれるような形で公園へと向かった。
恐らくは直樹の既知の少女もずっとついて来ている。奇妙なことにその顔はとても楽しそうに見えた。
まるで仲の良い友達と遊びに来ているような感覚だ。
(やっぱりメンタルそっくりだよな)
いやそっくりなどというレベルではなかった。同一人物と言っても過言ではない。
じっくりと容姿を観察した時から、直樹はメンタルが少女のクローンであることを確信していた。
(メンタルはテロリストの施設に大量に放置されていた出生元不明の軍用クローン。誰のクローンかどうかなんて今まで気にしたこともなかったが……)
こうして目の前にオリジナルらしき人物が現れると別だ。
とすると、メンタルはこの少女の妹となるのだろうか。ふと直樹はメンタルが姉を渇望していたことを思い出す。
姉が欲しい、と口癖のように言っていた。曰く、よく自分そっくりの姉の夢を見るという。
(それがこの子。俺だけじゃなくてみんなもどこかで覚えている。曖昧だけど確実にその存在を認知している。じゃあ何でコイツはみんなの記憶から消えてるんだ?)
顎に手を当て熟考する直樹。だが、直樹のような一高校生がそのような謎を解けるはずもない。
ぐちゃぐちゃにこんがらがって訳のわからなくなった直樹の裾を炎がちょいちょいと引っ張った。
「何だ?」
「ねえ、直樹君はあの子の名前とか知ってるの?」
「いやさっぱり。声だけは聞こえたけど」
「淡々とした声?」
「そんな感じだな。なんていうか全体的に冷たい感じ。丁度炎と真逆だ」
炎と少女を見比べながら直樹は説明する。ふーんと鼻を鳴らした炎は少女へと近づき、その身体に揺れようとした。
だが、すかる。すうっと触れることが出来なかった炎の右手が少女の頭を貫通した。
「あまりいい絵じゃないな」
「わざとじゃないよ。触れないんだ」
炎は名残惜しそうに右手へ目を落とし、再び直樹の横へ並んだ。
「ねぇ、直樹君はさ」
「何だ?」
「その子のことどう思う?」
炎の問いに直樹は少女へと目を移した。
「どうって言われてもな。知り合い何だろうなとは思う。友達のような予感もする。でも、それだけだよ」
「ホントに?」
炎は直樹の正面に移動し、その歩みを阻めた。
真っ直ぐな眼差しで、直樹を射抜いてくる。その瞳には不安の色が見え隠れしていた。
どう答えるべきか、直樹は迷う。否、正直に話すと決めたはずだ。
「……大事な人間だった……気がする」
「そうなんだ……うん。私もそうだよ。私も、この子はとても大切な人だった気がしてる。ここがすごく痛むもの」
炎は自分の胸に触れた後、直樹の前から退いた。
「そうこうしている内についたな」
「うん。……行こうか」
直樹より先に炎が公園の中へと進んで行く。
いつの間にか手は離れている。恋人のはずの二人は別々に公園へと入り、森の中へと移動していく。
「公園とは言っていたが具体的にどことまでは言ってなかったぞ」
「何となくだけどあそこの予感がするんだよ。ついて来て」
炎に言われるままついて行くと、例の場所に辿りついた。
炎が直樹に告白した、恋愛成就の噂が立つ木があるところだ。
「何もここにしなくても」
「人もいないし丁度いいんだよ」
確かに辺りに人の姿はいない。不審がられないことは好都合なのだが……。
でも、と直樹が声を上げたその時、遮るような形で声が聞こえてきた。
直樹の後方。頭の中ではなく、耳に届く現実の声で。
「よく来たね、二人とも。君達を呼んだのは私だよ」
振り向くと、そこにはポニーテールの少女が立っていた。
トリコロールカラーの服装に快活そうな笑顔。
炎ほどではないが、十分魅力的な少女だった。
「ちょっと失礼なこと考えた? まぁ彼女持ちなら仕方ないかもしれないけど」
「何でもいいけどさっさと説明してくれよ。あんたが何者でこの子は一体誰なのか」
「私も……聞きたいです」
その問いかけで初めて、直樹は目の前の少女が炎にも視認出来ていることがわかった。
しっかりと地面を歩く姿は幽霊のようには見えない。黒の少女よりもはっきりと少女は現確していた。
「連れないね。少しお話してもいいかと思うんだけど……。ま、仕方ないか」
少女は少し寂しそうに目を瞑った後、改めて口を開いた。
「神崎直樹君に草壁炎ちゃん。私は天塚結奈。あなた達の同僚、水橋優の元親友」
少女改め結奈は元という部分を強調しながら直樹と炎へと近づいて、手を差し出した。
「――さあ、始めましょう。暗殺少女を救う戦いを」