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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第七章 暗殺少女の理想郷
121/129

告白ノ末

 立火警察署内に設立された異能安全保障局の一室。その部屋からは廊下はおろか署内、外にまで響いてるのではと勘ぐりそうになるほどの大声が叫ばれていた。

 取り調べ、というよりも事情聴取に近い待遇を受けながらもエリーは腹を立てている。苛立ちの原因は捕まったからという理由ではなく、大事な獲物を取り上げられたからだった。


「私のリボルバーを返しやがれ! この汚職警官が!」

「無茶言わないでくれ。君は今まで何回誤射したと思ってる。銃をまともに扱えない人間に、銃は渡せない。違うか?」


 正論を言われ、う、とエリーの気勢が弱まる。

 直樹や炎の直属の上司である達也がエリーから事情を聞いていた。直樹や炎では友人のためどうしても妥協をしてしまうからだ。

 と言っても、別に責め立てているわけではない。ただ、今後そのようなことがないよう注意してくれ、と警告しているだけ。

 しかし、エリーは納得のいかない様子だった。


「だから異能の加減を間違っただけだって。今まで私が人を傷付けたことあったか? ないだろ」


 私は射撃のエキスパートだぞ! とエリーが吠える。勢いを取り戻してきた。

 達也は深く息を吐くと、同意した。一部だけ。


「ああ。確かに君は人を傷付けたことはない。物理的にはな。だが、精神的にはどうだ……?」

「ッ!?」

「店を傷付けられた人はどんな気持ちだと思う? それに学校をさぼってばかりで、君のために仕送りしている両親達の心境は? 君がウエスタングッズに大金をはたいていることを、親御さんは知っているのか?」

「そ……それは……」

「炎達の気持ちも考えてみてくれ。友人を何度も捕まえなくてはいけないんだぞ? 自分達の時間を割いて、君のために使っているんだ。君が、大切だから」

「う……?」


 ストン、と。

 立ち上がって反発していたエリーが、椅子に身体を預けた。

 感激すらしている。直樹と炎が自分を大切に思っていると知って。


「俺だってそうだ。警察に勤めている者も、安全保障局の人間も。君達異能者をひとりひとり大切に扱っている。一見理不尽に見えるかもしれないが、君を拘束するのは君のためを想ってのことだ」

「みんなが私のために……」

「そうだ。君のことを夜通し考えている。直樹君が授業中居眠りしていることは知っているかな。なぜ彼が昼間眠くなってしまうのか。理由はもうわかるだろう?」

「は……はい。ごめん……なさい……うぅ」


 エリーはひっくひっくと泣き出し、もう二度としませんごめんなさいと謝った。

 ドラマなどで言う泣き落としのシーンのようにもみえるが、実際には違う。現に達也は、


(案外チョロイ子で助かった。彼女は言葉こそ悪く少々気質が荒く見えるが、中身はびっくりするほど純粋だ。西部劇に憧れてコスプレしてなりきるぐらいだからな。だからこそ、嘘を繋ぎ合わせて騙すことが出来る)


 と詐欺師的微笑を浮かべていた。

 達也は職務として異能犯罪者について考えているが、わざわざ犯罪を起こしてどうこうしようとする人間は立火市にほぼいないと言っていい。精神干渉系と連携して犯罪を起こすかもしれない人間を調査し、ストレス対処を行うことで犯罪発生率は激減しているからだ。

 故に、直樹や炎のような未成年のエージェントに状況対応させることが出来るし、そもそもエリーは知り合いなのだからわざわざ二人を呼び出す必要もなく無能者でも捕まえることが可能だった。

 要は面倒くさかったのである。エリーを捕まえに行くのが。

 危険な仕事は自分で行い、安全な仕事は部下に任せる。それが新垣達也の流儀だった。


(タチの悪い不良少女、ということでもなし、成績も優秀だ。今日の出来事は言葉通り手元が狂っただけだろう。異国に来た孤独感を射撃練習で紛らわしている。だが、みんなが君のためを想っている、と嘘をつくことですぐにでも学校に復帰出来るはずだ)


 嘘をついてはいけない、などとは達也は思わない。

 人を騙す悪意のある嘘はいけない。しかし、人を立ち直らせたり発破をかけたり、軽いジョークの類ならば特に問題はない。

 例え直樹の夜更かしがただ深夜アニメを家族に隠れてみることで、当人は隠しているつもりだが家族にはバレバレで、さらに家族ぐるみの付き合いである炎や久瑠実にも知られており、口の軽い二人からクラスや異安保の同僚にまで伝わっているのが真実だとしても、達也には関係のないことだ。


「あ、終わりました?」

「ああ、炎。終わったよ」


 ガチャ、と扉が開いて炎が入ってきた。人影は三人。ドアを開けた炎と本人の知らぬところで痛い趣味がモロばれの直樹。そして、達也の同僚の“浅木”だ。


「浅木もいるのか」

「ええ。いたら何か問題でも?」


 つーん、とそっぽを向く浅木。彼女がつんつんしているのは、達也が浅木の誘いを断りまくっているからだ。

 直樹が呆れていると、炎がわんわん泣いているエリーを近づいて、


「エリーちゃん? 何で泣いてるの?」

「うぅ、ううううう!!」

「達也さん! また変なことしたでしょ!」


 むっと達也に怒る炎だったが、エリーが裾を掴んで違う、違うのと泣き叫んだため彼女を宥めることに専念し始めた。


「何言ったんです?」

「ひとりじゃないって言っただけさ。直樹君が夜更かししている理由を交えて、な」


 慌てて詳細を聞き出そうとした直樹だが、不意のノックによって言葉は遮られた。

 誰だ? と一同の視線がドアへと注がれる。中に入ってきたのは黒キャップに黒服という怪しさ満点の男だった。

 一瞬警戒した直樹と炎だったが、達也はどうぞこちらへ、と挨拶して来客を向かい入れる。

 直樹の疑問を炎が代弁した。


「えと……誰ですか?」

「え? 炎ちゃん知らないの? 狭間さんだよ。異安保設立に関わった」

「初耳です。たぶん」

「直樹君もか。まぁ、無理はないが……。すみませんね」

「いや。俺の本業をふまえると誰にも知られてない方が好ましい。それに、無知は罪ではないからな」


 そう言いながら狭間は初対面である直樹と炎の元へ歩き出した。

 泣きじゃくっていたエリーはというと、浅木に付き添われて外へ出た。このまま自宅に戻るのだろう。

 狭間はまず直樹に挨拶してきた。


「さて、君が神崎直樹君。俺は狭間信だ」

「どうも……っ!?」


 頭に鋭い痛みが走り、直樹は握手に応えられない。心配そうに狭間が案じてきたが、大丈夫ですと直樹は

気遣う狭間の手を止めた。


(くそ……また)


 本気で病気かもしれないと直樹は考える。幻覚、幻聴。そこに頭痛までもが加わった。早急に病院で検査を受けた方が良さそうだ。

 だが、そうした彼の脳内に、もう一つの疑問が浮かび上がる。どうしても訊きたくてしょうがなくなった直樹は、失礼を承知で狭間に尋ねることにした。


「すみませんが、あなたに娘はいませんか?」

「直樹君……?」


 妙な問いに炎が首を傾げる。達也も怪訝な顔で直樹を見つめていた。

 ただひとり、狭間だけが平静のまま直樹を見下ろしている。

 一幕置いて、狭間は直樹の問いに答えた。


「俺には娘がいるが、いない」

「どういう意味です?」

「義理の娘ならいる。君達も知っているはずだ。メンタルだよ」

「メンタルちゃんが?」


 突然出たクラスメイト及び同僚の名前に炎が反応する。直樹も驚くが、それはメンタルの名前に驚いたというよりは、クラスメイトの父親が上司だったという事実を大して気に留めていない自分自身に驚いたといえた。

 どこかでわかっている。どこであるかまではわからないが……。

 ひとり押し黙り悩み始めた直樹だったが、すぐに達也の言葉で我に返ることとなる。


「いやはや、君には感心する。まさか初対面の人間の、それもお偉いさんの娘をナンパしようとするとは。玉の輿でも狙っていたのか?」

「あ、いや違いますよ! ただ気になっただけで」

「え? 直樹君、まさかメンタルちゃんを……?」

「いや違うから、ホントに」


 その後直樹はなぜか妙に気にしてくる炎と、いちいちからかってくる達也への弁明に追われていつの間にか疑問は頭の中から吹き飛んでいた。

 二人に釈明する直樹は気づかない。直樹だけでなく部屋の中にいる全員が。


「……まさか、気付いてる訳ではないんでしょうけど」


 誰にも聞こえない声が、廊下から呟かれている。

 ドアの向こう側、廊下から堂々と盗み聞きしている不届き者。

 少女は直樹と炎、達也によるやり取りには耳を傾けず、狭間信の声にだけ集中していた。

 だがこの男、滅多に口を開かない。生来の気質として寡黙なのが直樹達が騒いでるせいでより一層際立っている。


「まぁ、疑問は誰でも感じれる。この世界に生きる者ならば等しくね。だけど、それを口にしても異端者のレッテルを張られるだけ。だから口にしない……か。わかったところで何も出来ない。白き無垢なる者達を苦しめるだけ」


 少女は独り言を呟くと、また狭間の声を聞き逃すまいと耳を澄ませ、


「……っ!?」


 廊下の先から歩いてくる人物に瞠目した。


「うはぁ面倒。本当に交替しなきゃいけないの?」

「えいうるさいな。私だって本当は休みたいのにこうして来ているのだぞ」


 前から迫る黄色髪と青髪。

 気怠い表情の“矢那”と“水橋”が、交替のため異安保の執務室へと向かっているのだ。


「…………」


 黙って、見守る。

 息を呑み、友が自分の知らぬ友と歩いて行く姿を。


「どうせあれでしょ。あんたはデートしたいからでしょ? うわー死ね」

「ゲームしたいだけという理由より全然マシだと思うが?」

「いやだって昨日出たばかりなのよ。新作。なのにあの子達は多人数で出来る奴ばっかしかやらせてくれないし。親父は親父で十二時以降ゲームやってたらキレるし。高校生が夜更かしして何がダメなのかしらねー」

「知ったことじゃない! くそ……あぁ、会いたい」


 とても楽しそうに談笑している。

 会話に混ざりたい。昔のように抱擁を交わしたい。

 その手を引いて、色んな場所を冒険したい。

 そんな衝動に駆られ、少女は声を絞り出す。


「ゆ、ゆ――……くっ」


 寸前で、堪えた。

 どちらにしろ聞こえはしない。生きている世界が違う。というより、既に少女は死んでいる。

 自分は弁えなければならない。黒き少女以上に、自分はあの場所にいなければ。

 だというのに――。


(く……悲しくなってちゃいけないのに、私は……)


 ままならぬ自分の心に困惑しながら、少女は姿を消した。


「……おい、今何か言ったか?」

「は? 色ボケしてとうとう頭がイカレた?」

「……そろそろイラついてきたぞ」


 矢那に毒を吐かれ、水橋が言い返す。

 空耳と頭の中で自己完結し、親友へと文句を言いながら直樹が言い訳する部屋へと入って行った。




「ええっ!? もうこんな時間ですか!?」


 時計に目をやり、炎が驚愕する。

 狭間が帰りしばらくして、水橋と矢那の二人に引き継ぎを終えた後、直樹と炎が学校へと戻ろうとした矢先のことだった。

 時計は既に四時を過ぎ、もう五時になろうかとしている。


「嘘……いつの間にこんな時間が……」

「エリー捕まえて警察署寄った時には十二時だったし、取り調べを終えたのは二時くらい。それから狭間さんが来てしばらく喋ってたからこんなものだろ」


 直樹が冷静に炎を諭す。

 昼時を過ぎた時、全く昼食について触れなかったのはそのためだったのか。

 そう一人で納得しつつ別にいいだろと励ました。


「このまま直接帰れるんだし。いつもなら直帰出来るって喜んでたろ」

「それは……そうだけど」


 炎はなぜかシュンとして、窓から差す黄昏の輝きへ向けてため息を吐く。

 てっきり昼飯を食い逃して嘆いているのかと思った直樹だったが、約束をしていたことを思い出して尋ねてみた。

 放課後の用事って何だったのか、と。


「で、この後何かするんだっけ? どこか行くのか?」

「はぁ……ホントは放課後の屋上、もしくは体育館の裏で……」

「何でそんなところに」


 てっきり遊びに行こうと言うのかと思えば、なぜか人気の少ない場所を上げてくる炎。

 直樹はハッとする。よもや――。


(コイツ……俺に何かする気なのか? 前に楽しみにしてプリンを食っちまった恨みを晴らすために!?)


 浮かんだ炎の行動予測は二つ。ひとつは、学校青春の定番、告白だ。

 だがそれは有り得ない。炎が自分を異性として意識していることはないだろう。

 つまり、もう一つの方……復讐の可能性が高い。

 たまたま家の冷蔵庫に置いてあった高級プリン。何でこんな高そうな物が家にあるだろうでもいいか腹減っちまったし食っちまえー! と勝手に食べてしまったところ、後々それは炎のものであったことが判明し(なぜ直樹の家にあったのかは不明だが)温厚な炎が後で絶対復讐してやるーっ! とまで怒鳴るほど激怒してしまったのだ。

 おっとこれはまずいかもしれんぞと冷や汗を掻き始めた直樹の前で、そうだ! と炎は閃いたように手を叩いた。


「そうだ、公園に行こう! あそこなら、ううん、あそこがベストだよ。あの森の中なら誰にも悟られず人知れず……」

(悟られず人知れず一体何をするつもりなんだ……)


 嬉々として一人舞い上がる炎は振り向いて、恐恐とする直樹の右手を掴んだ。

 眩しい、太陽のような笑顔。だが、直樹はその笑顔に何か含みがある気がしてならない。

 実際、炎の笑顔には含まれているものがあった。直樹が知りながら否定した、淡い恋心が。



「早く早く! 直樹君! 夕日沈んじゃうよ!」

「……あぁ」


 立火警察署を後にして二十分。直樹と炎は市民公園に来ていた。

 どうしても日が沈む前に行きたい。そうせがんだ炎の願いを直樹は了承として急いで緑溢れる公園へと向かった。

 炎の願いを聞き届けたから、というよりも、単純に暗がりで何かされるよりもまだ日の出ている内が安全と判断した結果である。

 だというのに、炎は輝かんばかりの笑顔でありがとうと言った。

 そんな風に言われると、朴念仁の直樹と言えども色々な思いを巡らせてしまう。

 

(もしや……いやそれはない。でも……)


 とちらちらと先導する炎を見やる直樹。致し方ない。傍から見れば鬱陶しい期待をしてしまうのは直樹が健全な青少年である証拠だ。

 日の落ちぬうちに、と森の中へずんずん進撃していく炎。生い茂る草を蹴散らし枝をへし折り、目的の木の下まで辿りついた。


「ここか?」

「うん。そうだよ。この木の下。……直樹君、知らないの?」


 炎が気を見上げて訊いてくる。何のことだかさっぱりだった直樹は首肯して知らないと答えた。


「……なら、良かった」

「何が――?」

「後で説明するよ。……直樹君に伝えたいことがあります」


 炎は微笑を浮かべた後、じっと目を瞑る。燃え盛る夕日がその顔を照らしていた。

 口を開きかけた直樹だが、勇気を振り絞るような表情の炎に掛ける言葉が見つからない。

 直樹は、待つことにした。彼女が目を開くまで。

 炎が、伝えたいことを口にするまで。


「えっとね、直樹君。私、直樹君のことが――」


 ――好き、だよ。


 その告白を聞いて直樹は。

 ただ固まって、炎の赤い瞳を見つめていた。

 ますます、口にすべき言葉がわからなくなる。

 どう答えればいいか、直樹は知らない。まだまだ直樹は勉強が足りない。

 学校についても社会についても……恋についても。


「……」

「えと、直樹君……?」


 恥じらいながらも、炎が尋ねてくる。

 答えを待っているのだ。ここで返事をしなければ男が廃る。

 それくらいはわかっているのだが、何と答えればいいのかと直樹は悩む。

 自分の気持ちに正直になれば、間違いなく炎は好きだ。

 容姿もさることながら、その内面も。もし炎と付き合ったらなどという痛い妄想さえしたことがある。

 しかし、どこかが反目する。結論はまだ早いと訴えてくる。

 お前にはまだ早い。お前はまだ、そうして誰かと付き合うべきではないと――。


「俺は……」


 炎に語りかけながら、自身の心にも投げかける。

 俺は……? 俺はどうすればいい?

 苦悩しながら言葉を紡ぐ。


「……俺は……」


 炎が固唾を呑んだ。

 緊張した面持ちで、直樹の返答を待ちわびている。


「炎のことが……」


 間違いなく嫌いではない。好きだ。

 なのに、喉元で突っかかる。何かが発声を拒んでいる。

 なんなんだ一体、と直樹が当惑したその時。


「……な」


 場面が切り替わる。ボロボロに崩れ去った街。廃墟のような場所。

 慌てて辺りに目を凝らす。すると、前に炎が立っていた。

 片腕で、血まみれ。息も絶え絶えの瀕死の状態で。


「――炎!!」


 転びそうな勢いで駆け寄る。

 直樹が炎を抱きかかえると、彼女は死にかけた笑顔で、優しく微笑んだ。


「なお、き……くん……」

「炎! 喋るな!」


 なぜこのような場所にいる疑問よりも、炎の命が優先だった。

 どうにかして応急処置をしようとする。学校で習った救命措置を行う。

 だが急速に炎の、命の灯が消えていく感覚がひしひしと伝わってくる。

 直樹は絶望しそうになった。否、彼女が死んでしまえば間違いなく絶望する。


「……は……ぁ……つらい……ね。とても……いたいんだ……しぬ……って……」

「くそ! くそ! どうにかしないと!」


 と足掻く直樹だが、結局彼に出来たのはどうしようもない友の死を前に毒づくことだけ。

 炎が絞り出す、最期の言葉を聞き届けることだけだった。


「さいごに……さ……ゆうき……ふりしぼって……こくはくしても……いいよね……」

「ッ……く……待て……」


 死なないでくれ。

 直樹の懇願は無茶な願い、叶わぬ理想だった。


「わたしね……なおきくんのこと――すき、だよ」


 そう告白して。愛の言葉を囁いて。

 にっこりと、吸い込まれそうな笑顔のまま、直樹の腕の中で。

 ほむらの中にあった……強く、優しい太陽のようないのちが、消え失せた。


「炎……ほむらぁああああああ!!」


 理解よりも先に行動に移す。いつの間にか場面が元に戻っていた。

 身体が自然に動く。すべきことを頭よりも先に思考していた。

 そのぬくもりを、無理やり抱き寄せる。力強く抱きしめる。


「うぇ!? え、え、え!? 直樹君!?」

「く――炎」

「いや、え? わ、なおきく」

「大丈夫だ」


 聞く者を安堵させるような強い声音が、困惑する炎を静かにさせた。

 直樹は泣いていた。泣きながら、炎を引き寄せていた。

 もう二度と離すまい。絶対に死なせはしないと。


「俺が炎をずっと……守る」

「ぅ……え……それって」


 炎が思わず直樹を見つめ返す。だが、直樹は目を閉じて涙を流しているため真意が伺えない。

 心臓が高鳴る音を炎が聞いていた。ひとりぶん。直樹の心音は聞こえない。


「……」


 喜べばいいのか。悲しめばいいのか。

 炎が複雑な表情で自分を見上げていたことに、直樹は微塵も気付く様子がなかった。




 自室のドアを開け、ソファーに向けて鞄を放り投げる。

 ぽーっとどこか浮き足だった炎は、そのままベットへとダイブした。


(……ああ、しちゃった。告白、しちゃった)


 当時の気恥ずかしさを思い出し、枕に顔を埋めて足をバタバタ暴れさせる炎。

 だが、すぐに冷静さを取り戻す。枕から僅かに垣間見える顔は少しさびしげだった。

 ――俺が炎をずっと守る。

 月並みなセリフだが、恋する少女にとってこれ以上の告白はない。

 あくまで炎に言ったものであったなら、だが。


(何か……変だった。泣いてたし。どこかおかしかった)


 具体的に説明は出来ないものの、とにかく変。疑問が炎の頭を牛耳っていた。その問い……謎は、気恥ずかしさよりも付き合うこととなった喜びよりも勝っている。


「どうして、何で。何で泣いてたの直樹君。あれは本当に私に向けて言った想いなの……?」


 炎に向けて叫んだのは間違いない。明確な事実。録画された映像のように炎は再生することが可能だ。

 なのに、違和感。声に出来ない不可思議。

 炎は考えたくないと思いながらも、一つの結論を導き出していた。

 ベットから立ち上がり、テーブル上にある日記ノートに書き記す。


 私であって、私ではない誰かに、直樹君が告白の返事をした。


「嬉しいけど、悲しいよ……直樹君。何で……っ!?」


 ズキン、と刺すような痛みが身体を奔り、炎はシャーペンを落としてしまった。

 う……! と苦悶の声を上げながら、胸に手を当てる。

 痛い、イタイ、いたい。


「な、に……何が……? え?」


 顔を上げて、目を見張る。

 見たことのない、黒い恰好をした少女が黄金色の拳銃を自分に突きつけている。

 どうやって入ったのか。そもそも、今いる場所が自分の部屋であるかすら定かではない。


「あなたは……?」


 炎の問いにしかし少女は無言だった。代わりに引き金を――。


「くっ……。やり辛い……!」


 引くことはせず、次の瞬間には掻き消えていた。


「え? え? な、何で」


 炎は戸惑う。少女の姿もさることながら、


「うっ……く……なんで……っ?」


 涙が止まらなくなってしまった、自分に対して。

 告白し気分が高揚しているはずの夜。炎はひとり咽び泣いた。

 痛むこころに、手を置きながら。

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