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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第一章 異能殺し
12/129

協定

 少女の楽しそうな笑い声が一軒家から聞こえてくる。よく耳を澄ますと、声は一つではなく複数聞こえてくることが分かる。注意深く聞いてみると、楽しんでいるのは一人だけで、他の声は慌てているようだ。


「くそ……、心。落ち着いて!」

「やった~! 皆が遊びに来てくれた~!」

 

 スウェット姿の少女が、自分の上に乗る少女を制御しようとするが、彼女は子供のように暴れ回る。


「お、おい……どうなってるんだ」

 

 玄関先に立っている男、直樹は、上に乗る少女、心を落ち着かせようとしている少女、彩香に尋ねる。


「どうも、いたっ、こうも、あうっ、ないわよ!」

 

 彩香が怒鳴る。すると、上に乗っていた心が固まる。

 そして、あろうことかそのまま泣き出した。


「ふえ……ふえええ! ごめんなさい、ごめんなさい!」

「あ、いやそんな泣かなくても……」

 

 彩香が心を宥める。

 あまりのショックにずっと黙っていた炎が口を開く。


「あ、あ、心ちゃんが……心ちゃんが!?」

「お、おい、大丈夫か?」

 

 パニックを起こしたのだろうか、炎が慌てだす。そして、一言。


「可愛い……!」

 

 と言って心に抱き着いた。


「……は?」

 

 直樹は自分の耳がおかしくなったのか、炎の口がおかしくなったのか真剣に悩んだ。

 そして、後者だと結論づける。


「お前何言ってんだ?」

「だって、今までつんけんしてて……冷たい感じだった心ちゃんがこれだよ? ギャップにやられちゃうよ!」

 

 どういうこった! ギャップなんてレベルじゃないだろ! 直樹は心の中で炎に突っ込む。


「あんたの恋人……どういう思考回路してんの……」

「恋人じゃないけどな……。で、何があったんだ?」

 

 心が、炎に抱かれて大人しい今がチャンスだ。そう思った直樹は彩香に問う。


「じゃあ、ま、とりあえず居間に来て。そこで話す」

 

 パン、パンと埃を払って彩香は立ち上がる。直樹は靴を抜いで彩香を追従した。

 案内された居間に座り、差し出されたカップを手に取って訝しむ。

 ……何だこれは?


「失礼ね、コーヒー」

「……おう」

 

 直樹はそうとしか言えない。ただの水で淹れたのだろう、泥水としか表現出来ないものがカップの中にあった。


「言っておくけど、私にはあなたの心が全て視える。失礼な事を考えるのはやめることね」

 

 と彩香は言うが、そう言われると色々考えたくなってくるのが男と言うもの。

 直樹は、物は試しと彩香の事を心の中で罵倒してみた。

 悪口のボギャブラリーが少なすぎて(少ないに越したことはないが)小学生が言いそうなことばかりだったが。


「……、私がカップの中身をあなたにぶっかける前にやめることね」

「……悪い……」

 

 彩香は直樹の心を盗み視たのだろう、ふーっと嘆息して、言葉を続けた。


「全く、謝るくらいならやめなさいよ。じゃあ、本題に入りたい……ちょっとそこの」

 

 彩香が睨んだ先には、楽しそうにしている炎と心がいる。

 心は今まで炎に対し冷たい態度を取っていたのが嘘みたいに炎に甘えていた。


「え? 何? 彩香ちゃん」

「馴れ馴れしい奴ね、とりあえず話を聞いて。今から、何が起きたのか説明するから」

 

 さて、話を始めるわ、と一息入れてから、彩香は口火を切った。




「心は、あなた達と別れた次の日、別の事件に首を突っ込んだ。というより、私がある情報を掴んだからなんだけど」

 

 その時、彩香はバックアップとしてパソコンの前に待機していた。これが彩香の普段通りであり、前衛として前に出るのが心の普段通りである。


『あの建物でいいのね?』

 

 スピーカーから心の声が聞こえてくる。そうよ、と彩香は答えた。


「そこに女子高生が夜な夜な入り浸ってる。何をしているかは……ご想像にお任せするよ」

『……もちろん、それが本人達の意思ならば、私は介入しなくても問題ない。でも』

「女子高生達は皆、モザイクが掛かっていた。精神操作を受けている。私も最初何だあのビッチどもーって思ったけどね、操られてるなら話は別だわ」

 

 彩香がモザイクが掛かっている女子学生を発見したのは偶然だった。たまたま、監視カメラを覗いた時、映っていた生徒にモザイクがかかっており、追跡してみると心が今見上げている建物に入り浸っていることが分かったのだ。

 心が直に、彩香がカメラ越しに見つめている建物は入居者がいない廃ビルで、やましい事をするにはうってつけに思えた。


『……スキャン、出来る?』

「もちろん」

 

 彩香は偵察用ドローンへと画面を切り替えた。そして、そのままビルを見回す。

 ドローンに備わるの解析機能と、彩香の透視能力でビル内を見つめると、敵の数が二人ほどビルにいる事が分かった。


「女子高生っぽいのが一人、おっさんが一人。いつもの心なら楽勝よ」

『そう。……今の私は、いつも通り?』

 

 彩香はパソコンの画面越しに相棒の切実な瞳と目が合う。

 たった一年間だが、心と共に人には言えない仕事をこなしてきた、彩香にはよく分かる。

 心は悩んでいるのだ。直樹とかいう男と、炎という女に出会って揺さぶられている。

 彩香は知っている。心から直接聞いた話と、盗み見た記憶で。

 心の人生は五年前に突如として狂わされた。

 人を殺したくなんかないくせに、暗殺者などをやっているのはそのためだ。

 親が言っていた夢、自分が正しいと思った理想郷。

 それを実現するために、絶望的な戦いに身を投じている。

 彩香としても、心が目指す理想郷は良い物だと思う。だからこそ協力しているのだ。

 しかし、それに固執し過ぎて、自分をないがしろにはしていないか?

 狭間心にとって、自分は理想を成す為の武器――彼女の主武装である理想郷ユートピアと同じなのだ。

 だから、壮絶な痛みを味わうデバイスによる身体強化を何度も行うし、罪の意識に押しつぶされかけても人を殺す。

 でも、たまには休息が必要だ。

 それに、彼らは心を悪いようにはしないだろう。

 そのような予感が彩香にはあった。

 もし、違うとしても、それならばそれで次を考えればいい。


「いつも通りだし、いつも通りじゃない」

 

 彩香は含みある言葉を告げた。


『それは』

「気になるんなら、家に帰ってじっくり話しましょ。時間も機会も私達にはあるんだから」

 

 心はしばらく考えて、分かった、と頷く。


「内部には監視カメラはないみたい。……少し気になるから、携帯を繋いだままにしておいて」

 

 本来、監視ネットワークは家以外の全てに設置されているものだ。学校、会社、誰もいない空地、昨日水橋と戦闘した廃工場……エトセトラ。どこも例外はない。

 付け加えるならば、自宅にだってプライベートはない。今彩香がにらめっこしているパソコン、心が持つ携帯、ゲーム機、テレビ……エトセトラ。それらに付属しているカメラがハッキングされれば生活模様は恥ずかしいことも変哲のないことも全て見られてしまう。

 実際に政府組織……異能省、警察庁、防衛省などは怪しい人間をハッキングし、監視しているだろう。

 国民はそういう監視ネットワークは許容するくせに、なぜ自分の透視能力を嫌うのか、彩香には理解できない。

 話題が逸れた。彩香は思考を中断し、目の前の仕事に取り掛かる。


『突入する』

 

 そう言うや否や、心は扉を開けて廃ビルへと侵入した。手には金色の拳銃を持っているだろうが、監視カメラには写っていない。

 心とて、わざわざ派手な拳銃を使用しているわけではない。見た目が派手なデメリットを打ち消すほどのメリットがそのユートピアにはあるのだ。

 というより、監視カメラでは心の存在すら感知できないのだが。視えるのは彩香の透視能力故である。


『男は』

「三階。女子高生もいるから、人質にされるかもしれない。気をつけて」

『了解』

 

 心の足音がスピーカーから出力される。階段を昇っているようだ。

 不意に足音が止んだ。三階に辿りついたのだろう。

 ギーッ、とドアの開く音。すぐに心の警告音声。


『動かないで』

『ひぃ! 待ってくれ!』

 

 男の悲鳴。女子高生の声は聞こえない。


『……あなたは異能者?』

『違う……違う! 撃つな! 頼む!』

 

 男の命乞いが聞こえる。情けないわね、と彩香は独り言をこぼす。


『じゃあ……首謀者は誰?』

『わ、た、し』

 

 女の声。しかし、女は被害者だと思われる女子高生ただ一人。

 彩香は焦る。違う! そっちが本命だった!


「心!」

 

 彩香は思わず叫んだが、心は答えない。代わりに、女の声が聞こえる。


『さぁ……あなたも自分を解き放ちましょう。今まで辛かったでしょう? 嫌な事をたくさんして。感情を封じ込めて。でも、もう我慢の必要はない。自分をさらけ出すの。恥ずかしがる必要はない。みんな……そうして、癒されている』

『ぐぅ……な、に……を……』

『あなたは……そう、狭間心って言うの。あら……ふふ、異能殺しってあなただったのね……。とっても可哀想な人。家族は全員燃やされて……』

『う……るさいっ! だまれぇ!』

 

 ガシャン! 心は拳銃を落としたようだ。心の苦悶の声が、部屋の中に響く。


「……心!」

 

 カタカタとパソコンを打ち、偵察用ドローンを操作する。心作の高性能過ぎるラジコンのほとんどは破壊されてしまった。戦闘用ではないが、これで何とかするしかない。

 彩香はドローンをビル内へ突撃させた。


『さぁ……自分の心に耳を傾けて。正直に、自分がどうしたかったか、どうなりたかったか、思い出して。あなたは……ちいさな、ちいさな、おんなのこ』

『わ……た、しはちいさな、おんな……のこ……』

『そう、ひとりの、かわいそうな、おんなのこ。でも、かわいそうとはもうおさらば。これからは、自分に正直に生きていいのよ』

『じぶんに……しょうじきに……』

 

 心が呟いた瞬間、ドローンが三階に到達した。彩香はパソコンを入力し、ドローンに指示を出す。

 ピカッ! と光が瞬く。威嚇目的の閃光だ。


「心、こっち!」

『うん、彩香!』

 

 心の口調が気になったが、構っている暇はない。彩香はドローンを先行させ、心を誘導する。


「撤退して、体勢を立て直すよ!」

『んぅ? なんのこと?』

 

 心の疑問がスピーカー越しに聞こえたが、その時の彩香に心の状態を把握する余裕はなかった。



「……で、帰ってきたらこれだったわけ」

 

 嘆息して、彩香が心を見つめる。視線の先には、炎に頭を撫でられてにっこり笑う心がいた。


「じゃあ、心はその女に何かされたってことか?」

「そういうことになるね」

 

 カップを一口仰いで、まっず! と叫んだ彩香が同意する。

 言わんこっちゃない、と直樹は苦笑した。


「じゃあ、その女を見つければ……」

「それなんだけどねー。シルエットしか分からなかったのよ」

 

 彩香がカップをテーブルに置く。直樹は疑問を感じた。

 彩香には透視能力があったんじゃないのか?


「透視能力は」

「……ド忘れしちった」

「は?」

 

 そっぽを向いて、顔を赤く染める彩香。恥ずかしがっているようだ。


「だから、必死でよく見てなかったのよ! そもそもそっちが犯人だとは思ってなかったし! それに私が常時能力を発動させていると思う? 流石の私も毎日毎日他人の裸なんか見てられないわけ!」

 

 ましてや女なんて論外よ! と彩香が怒鳴る。


「いや……逆切れされても……」

 

 つまり、心を援護するのに必死で、犯人をよく見ていなかったらしい。

 ……ちゃんと見てればすぐ解決したじゃんか、などとは、直樹は微塵も思っていない。たぶん。


「……分かってるよ……それくらいさ。でもさ、まさかあの心がさ……」

 

 直樹の思考を透視したのだろう、彩香がテーブルに倒れ込む。そして、いじけ出してしまう。


「いや……悪い。とにかく、犯人を見つけ出せばいいんだよな?」

「もしくは、心を元に戻すか……あんたみたいな低能じゃ無理そうだけど……」

 

 なぜそんな失礼な事を言われなくちゃならないのだろうと直樹は思ったが、口には出さないでおいた。


「口に出さなくても視えちゃうよ……」

「……そうだったな……。で、炎、どうするんだ?」

 

 心と遊んでいる炎に、直樹が問いかける。


「もちろん、協力するよ! それが私の任務! 心ちゃんを助けることが私の仕事!」

 

 建前では心を逮捕するというものだったはずだが、もう隠す気はないようだ。

 彩香は最初訝しんだ瞳で炎を見たが、すぐに警戒を解いた。炎の想いを視て、本心だと分かったのだろう。


「ありがとう、ほーむら!」

 

 心が炎に抱き着く。どういたしましてーと炎は笑顔で返した。


「何か、この方が楽しそうにも見えるけど」

「それは見えるだけ。本心じゃなきゃダメよ。偽りの笑顔じゃあ、喜んでいるとは言えない。元の心に戻って、本当の笑顔を見なきゃね」

「そうだな。……この事は秘密の方がいいのか?」

「……ま、そうしてくれると嬉しい。あなた達と、警察、異能省中立派が味方かどうか決定するのは心。私に決定権はない」

「……じゃあ、何で俺達には教えたんだ?」

 

 直樹が訊くと、決まってるじゃなーいと彩香は突っ伏した顔を上げる。


「あなた達がバカでアホなお人好しだからよ」


 

 


 そろそろ六時になりそうだったので、直樹と炎はお暇する事にした。

 鞄を持って玄関に向かう。気怠そうな彩香と、ちょこちょこ歩く心が後ろから付いて来る。


「じゃあ、とりあえず調べてみるよ」

「っても炎任せになっちゃうけど……」

 

 直樹には捜査は出来ない。権利云々ではなく、調査方法が分からないので、炎に頼り切りだ。


「え……!? 帰っちゃうの!?」

 

 靴を履くと、心がこの世の終わりのような顔をした。


「そうよ、心。二人は家に帰るの」

「え……え! やだ、やだやだ! 帰っちゃやーだ!」

「えぇっ!?」

 

 彩香が困った声を出す。心は完全に駄々をこねる子供そのものだった。


「どうしよう……?」

「俺に訊かれても……。炎は泊まっていけばいいんじゃないか?」

 

 直樹は思いついた事を提案する。直樹が泊まると様々な問題や懸念が発生するが、炎は問題ない。


「……あー、確かに泊まってくれると助かるっちゃ助かる。……お楽しみも出来ないし……」

 

 彩香が深いため息を吐いた。

 お楽しみが何なのかは分からないが、深く追求しない方がよさそうだ、と直樹は判断し、質問はしない。


「じゃあ、俺は家に……」

「ダメ! 二人いっしょじゃなきゃだーめぇ!」

「え? ……うわぁ!」

 

 心が帰ろうとした直樹に跳びかかる。

 心は言わずと知れた暗殺者だ。

 一見華奢に見えるが、訓練を絶やしたりはしていない。

 力がなくても技術で、自分より体格の大きい相手をノックアウトすることも簡単だ。

 つまり、直樹になす術はない。

 冷たい玄関に抗うことも出来ないまま倒れ込む。おうっ! と息が漏れる。

 何とか退かそうとするが、捕縛術か何かで、直樹はがっちりとホールドされてしまった。


「うわっ……! た、助けてくれ……!」

 

 このままじゃ色々とまずい! 直樹は炎に目で訴える。

 関節をきめられて痛いし、な、何より胸が……。


「……うわあ、ねーわ。この男、喜んでるわ」

「……何となく、私もそんな気がしたんだ。今日、直樹君に生徒会長の話をずっと聞かされてさ……」

 

 彩香が透視で直樹の心を覗き、炎は今日一日の経験上で直樹の心情を推測する。

 両者の瞳は共通していた。とても冷たい視線で、直樹を見下ろしている。


「マジで……ヘルプ!」

「遊ぼう! 遊ぼうよなおき~!」

 

 心の右腕が直樹の首に巻かれる。

 くそっ! どういう遊びをする気なんだ!

 直樹の心中は穏やかではない。

 そのまま首が絞められる。直樹はあっさり意識を手放した。




『……って言うことだから、今日は家に……ゴホッ、帰れないよ』

「はいはい。お泊りね」

 

 固定電話の受話器で、兄と通話する少女がいる。直樹の妹、成美だった。

 母親はまだ帰っていない。リビングでだらだらしていた所、兄から電話が掛かってきたのだった。


「で、明日は家に寄るの?」

『学校前に……うわあ!』

 

 兄の悲鳴が聞こえ、何事かと眉を顰めた成美に声が聞こえてくる。女の声だった。


『遊ぼうよ!』

『く……うわ、離れてろ! っというわけだから、頼むな、じゃあ!』

 

 そう言い残し、兄は電話を切った。成美は誰もいないリビングで独り言を言う。


「女の子……といっしょだったね。……余計な事しやがって」

 

 その言葉に誰も答えることはなかった。


 

「いい? これだけは絶対守って。まず、変な所にはいかない。理由は単純、トラップに引っかかって死ぬから」

 

 直樹と炎は、和室に正座して彩香の話を聞いている。

 その表情は両者とも真剣だ。

 心が「これすごいんだよー」と言って見せびらかせた、地雷のせいである。


「神崎直樹は……異能者じゃないみたいだから安心していいけど、問題は草壁炎。今は切ってあるけど、寝るときは安全上の理由からトラップを起動させる。だから、下手に動くと……」

 

 彩香は親指をぐっと上げて、逆さに向けた。炎が息を呑む。緊張が直樹にも伝わってきた。


「寝ぼけて廊下に出たりしたら、ぼかーん……は、流石にあれだから、廊下とトイレの間の地雷は切ってある。でも、外のトラップはつけたまま。特に玄関。あれのドアは掴んだら吸着して、電撃を喰らうから。捕縛用だから死にはしないけど……」

 

 死ぬほど痛いけどね、と彩香は付け加える。炎がぶるりと震えた。


「まぁ、家の中にいれば、大丈夫。心が間違って外に出たりしなきゃね」

 

 心配そうに心を見つめる彩香。

 いつもの心なら自分のトラップに引っかかったりはしないだろうが、今の彼女ではミイラ捕りがミイラになる可能性がある。


「とりあえず、神崎直樹はここで寝て。心と……草壁炎。あなたも女ならば、可能性はあるね」

 

 にやり、と意味深な笑みを浮かべる彩香。

 なぜだか、直樹に悪寒が奔る。


「え、えと……? 可能性? 彩香ちゃん?」

「ふふ、遊ぼう、遊ぼう!」

 

 彩香、炎、心の三人は彩香の部屋へと移った。

 体操服姿に着替えた直樹は、畳に敷かれた布団に横になる。

 すると、腹の虫が鳴った。

 夕飯よ、と言って出された食べ物らしき黒い物体を口にする勇気がなかったので、腹はぺこぺこである。

 彩香は結局栄養補助食品を食べていたし、炎はたまたま持っていたお菓子で空腹をしのいでいたが、直樹には何の持ち合わせもなかったし、トラップの件があったので外に出る気はなかった。

 寝ろと言われたものの、時刻は九時を回ったばかりである。

 寝るにはまだ早かったので、ぼーっと、部屋の中を見渡す。

 簡素な部屋だった。作業台らしき机と、学習机。後は本棚があるだけだ。

 物色したい気持ちに駆られたが、仮にもここは女の子の家だ。野郎の家とは勝手が違う。

 むしろ、だからこそ見たいという気持ちが溢れるものの、直樹は自分の欲求と勝負し、何とか抑え込んだ。

 それに――仮にも心は暗殺者である。期待するものとは程遠いものが出てきてもおかしくはない。それだけではなく、もし、勝手に盗み見たということがばれたら、心は直樹に対し何を思うのか想像に難くない。

 そうだとも、俺は紳士だ。何事もなく、静かに眠るジェントルマン。

 直樹はアホみたいな事を想いながら、目を瞑った。


「う、うわあああ! ちょっ、ちょっと彩香ちゃん!」

「ふははー。良いではないか、良いではないか。同志になれ草壁炎」

 

 彩香の部屋から、炎の悲鳴と上機嫌な彩香の声が響いてくる。全然眠れそうもなかった。


「だ、だって……男の人と男の人が!!」

「それがいいんだよー。あなたも女なんでしょ? 興味あるんじゃないのー?」

「そ、そんなこと……」

「顔を真っ赤にして言っても説得力はないよー」

「……、くそ……」

 

 イヤホンが確かあったはず。直樹はごそごそと自分の鞄を探る。

 暗くてよく見えなかったので、灯りをつけた後、再び鞄を弄る。

 と、不意に。

 バッ! と何かが直樹に抱き着いた。


「うわあ! びっくりした……」

 

 心臓が飛び跳ねそうになった直樹が恐る恐る振り向くと、満面の笑顔の心が。


「どうして……? 全然気づかなかった……」

「わたしね、かくれんぼ得意なの!」

 

 何度も言うが、狭間心はアサシンである。

 暗殺者というものは、ターゲットを確実に殺す為、不意を突く。その為、忍ぶ能力は人一倍。例え彼女の思考が幼くなっても、その技術は衰えない。


「そうか……そうだよな。でも、寝る部屋はこっちじゃないぞ」

「えー! つまんないつまんない!」

 

 そう言って心は駄々をこねる。

 直樹はとても参ったが、妹の成美をあやした時のことを思い出す。

 幼い子供というのは何かしているうちに眠くなるもの。

 最も、心がすぐ寝てくれるかどうかは分からないが。


「わかった……少しだけ遊ぼう」

 

 諦め混じりの言葉に心は本当!? と言って喜んだ。まぁ、喜んでくれるのならば、直樹も悪い気はしない。


「じゃあ、これで遊ぼう!」

 

 そう言って、作業台から心は……黒光りする物体を取り出す。

 直樹の額に冷や汗が流れる。


「待って、待ってくれそれは」

「けんじゅう、だけど?」

 

 きょと、と可愛らしく首を傾げる心。だが、直樹は全くときめかない。


「暗殺用のこがたぴすとるだよ。袖の中に仕込んで、敵を撃つの!」

「違う、銃の説明が聞きたいんじゃない……。別ので遊ぼうか、頼むから」

 

 腹がちょっと痛んできた。思考が幼くても、心は心だ。

 直樹の言葉にはぁーい、と心は言って、リモコンとC4を……。


「だから! 危ないのはナシ!」

 

 直樹は大声を出した。

 というか、あのリモコン見覚えがある。

 俺を巻き込んだ原因のリモコンじゃないか……?


「じゃあ、どれならいいの?」

「……話、お話しよう」

 

 と、直樹は言ったものの、何を話せばいいか思いつかない。

 えーと、と考え込む直樹に心は、一枚の写真を差し出した。学習机の上に飾ってあった写真だ。


「これは?」

「わたしの、家族!」

 

 にこにこと笑う心。写真を見ると心と幼い男の子、優しそうな父親と母親が写っていた。


「ちいさいのが、弟の勇気! それと、お父さんとお母さん!」

「……そうか。幸せそうだな」

 

 直樹にはそうとしか言えない。もう炎の時と同じ轍は踏まない。

 心の家族が生きていれば、心はこんなことをしてないはずだ。


「うん! とっても、しあわせ! みんなといっしょだから」

「……」

 

 どう言えばいいか、直樹には分からない。

 なので、心が話す事をただじっと聞いた。

 弟はロボットが好きなこと、お父さんもこっそり楽しんでいたこと。

 お母さんは料理が上手なこと。いっしょにクッキーを焼いた時、自分は失敗してしまったこと。


「……でもね、もうみんな、いないの。みんな……燃えちゃったの」

「そうか……辛かったな……いや、辛いよなぁ……」

 

 心の苦しみは過去形ではないはずだ。

 現在も進行しているはずだ。それでも、心は目標に向かって動いている。

 心の目標が何なのか、直樹には分からない。

 心のやり方も正しいとは思えない。

 でも――心の事をすごいと思う。

 それを言うなら炎も水橋も彩香も。達也と浅木という刑事だって。

 周りにはすごい奴がたくさんいる。その中で俺は何が出来るのか。

 うわあああん、と心が泣き出した。

 直樹はどうすればいいか分からなくて、幼子をあやすように心に抱き着き、その背中を擦る。

 彼らに比べれば、俺は何もしていないのと同じなのかもしれない。

 でも、もうあんな気持ちはごめんだ。

 何もできなくても、何の結果も残せなくても、やれるだけのことはやろう。

 直樹は決意を秘めて、心をあやし続けた。



 

 ドタドタ、と慌ただしく走り回る音が聞こえる。何事かと思ったが眠いのでそのままだ。

 昨日は夜更かししてしまったので、とても眠い。それに何かあったかいものがあって、寝心地がいいのだ。

 直樹は押し寄せてくる睡魔に、従うことにした……のだが。

 バン! とふすまが開く。

 二人ほど、部屋に入ってくるのが足音で分かった。


「嘘でしょ……」

「直樹君が……そんなことを……」

 

 茫然と呟く声。炎と彩香だ。


「……すまん、昨日夜遅くまで寝れなかったんだ……。まだ寝かしてくれ」

「夜……遅くまで……? 抵抗出来ない心と……?」

「寝てなかった……? 心ちゃんと、一体何を!?」

 

 二人が訊ねてきたが、昨日聞いた話を告げるのは憚られた。

 それに、眠くて良い言い訳が思いつかない。そのため、


「とてもじゃないが……教えられない……」

 

 と、二人に言った。


「……っ!?」

「そんな……直樹君!!」

 

 布団の上で二人が怒鳴る。

 直樹はなぜ二人がそこまで怒るのか理解できない。

 朝に弱かったりするのだろうか。


「ふぁ……、おはよう、直樹。昨日は楽しかったね」

「あぁー、そうだなー……ああっ!?」

 

 寝ぼけていた直樹は、布団の中から聞こえた声で覚醒した。

 見ると、同じ布団に心が寝ている。

 そうか! と直樹は昨夜を振り返る。

 昨日の夜、心をあやしている内に眠ってしまったのだ。


「このぉ……私のパートナーに何てことを!」

「直樹君! 私の相棒失格だよ!」

 

 やばいと本能が訴えかけてきたので、直樹は素直に従った。

 布団から飛び出し、玄関に向かう。

 ドアを開いて、外に出て、安堵の息を吐いた束の間、


(やべえ! 外にはトラップが!!)

 

 と、危機は去っていなかった事に気づき、ドアノブを掴んだ。


「あ、あれ……手が離れな……ぐわああああああ!!」

 

 心が念入りに仕掛けていたトラップの一つが発動する。直樹はドアノブから発せられた電撃をまともに受けて、気絶した。


「わ、わぁ! 直樹君、しっかり!」

 

 気絶した直樹に炎が駆け寄るが、直樹はびくともしない。

 青くなっている炎に彩香は気絶しただけよと言った後、透視能力を発動させた。


(……何もない……わよね……でも……)

 

 なぜ……と思考するが、自分がおかしくなったのか、直樹が特殊なのか、彩香には分からなかった。


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