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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第六章 壊れる世界
119/129

そして、世界は壊れていく

 明るい。

 とても明るく優しい光。人々が毎朝目にする黄金の輝き。

 暖かい太陽に照らされて、彼女は目を覚ました。


「――ハッ!」


 飛び起きて、周囲に目を移す。

 破壊がまき散らされている。自分の周りの地面がクレーターのように陥没していた。


「何が……?」


 問う。誰かに答えを求めて。

 しかし返答はない。解答を得られるのは最低でも質問者と解答者という組み合わせが存在する時のみだ。

 質問者だけでは、解答は望めない。


「……こうしてはいられない」


 謎は謎のままでも構わない。即座に問題にならないのなら、放置しても支障がない。

 今は急がなければ。友の元へ。


「そう……急がなければ……っ!?」


 と、走り出しそうとして目を見開く。

 衝撃の事実に気付いた。自分は一体どれだけ気絶していたのかと。

 前走っていた時は、友の元へ全力で向かっていた時は夜だった。

 しかし、今は間違いなく朝。朝と昼の狭間だ。

 手遅れである可能性は十分にあった。


「デバイス――」


 今にも倒れそうなくらい青ざめて、狭間心は呪文を紡ぐ。


「――起動!!」


 転びそうになりながらも、足を動かしていく。筋肉を内側から砕いていくような痛みが心を襲う。

 しかし、不思議と気にならなかった。慣れているから。それもある。だが、心が痛みを無視できる直接的な原因はもっと別のモノだった。


(こころが……痛い――ッ!)


 もうみんな、死んでしまったのではないか。

 そんな不安が心を押し潰してくる。心臓を突き刺すかのような猛烈な痛みが、心に機動力を与えてくれる。


「みんな……無事で……無事でいて!」


 心は祈る。その祈りが既に無意味であるとは露知らず。

 全速力で、必死に願いを込めながら走り続ける。

 しばらく走って、心は止まった。

 デバイス効果が切れたから、ではない。


「……ぁ……あ」


 まず最初に見つけた、仲間の死体。それは水橋優の死体だった。

 いや、それを水橋だと見極められたのは奇跡に近い。特徴的な青水色の毛髪がなければ、判別は至難を極めただろう。


「あ、あ、あ」


 水橋と心はそこまで仲が良かったわけではない。ただ、同じ目的を共有していた同志、という側面が強い。

 それでも、涙を流せるくらいには親密だった。生きていて欲しいと願うくらいには大事な人間だった。


「な、何で……」


 なぜ死んだか。それは無意味な問いである。

 戦争とは人が死ぬものだ。理由はどうあれ、戦争とは人の死から始まり人の死で終わる。

 死だ。全てが死。戦場の真の支配者は戦神などではなく、死神なのだ。


「……矢那は!? ノエルは!? メンタルは……」


 涙を振りまきながら、辺りを見回す。

 死体は、ない。だというのに全く安心出来ない。

 もしこれがあの男の仕業なら、死体など残っていなくてもおかしくないからだ。

 もしくは、見逃したか。ここまで来るまでに大量の死者を目にしてきた。

 目覚めてから今まで、生者にはひとりとして出会えていない。全員が全員息絶えており、世界は戦争をしているとは思えないほどの静けさだ。

 直感的に心は理解する。戦争は終わったのだ、と。

 では、勝者は誰だ? 生き残ったのはどの派閥だ?


「直樹……炎……」


 希望を乗せて、想い人と親友の名を呼ぶ。

 勝ったのは二人であるはずだ。勝利を勝ち取ったのは中立派。後は私に秘められているという理想郷ユートピアへの鍵を見出すだけ……。

 そうだ。そうであってほしい。そうでなければ私は――。

 希望的観測を口にしながら、心は再びデバイスを起動する。




 どれだけ、這っていたことだろう。

 その問いに対して、直樹はわからないと答える。自分自身の問いに、自分自身が不明だと言う。

 ただがむしゃらに、前進していただけだった。体として匍匐前進だが、匍匐などという動作足り得たかどうか怪しい。


(こころ)


 どれくらい移動出来たことだろう。

 その自問に対しても、直樹は答えを持ち合わせない。交わした約束と、心の姿。脳内で思考出来たのはその二つのみ。

 体感では長時間這っていたように感じられるが、実際には時間も距離も大したことないのかもしれない。手を伸ばすたびに激痛が奔り、前へ進行するたびに意識を失いそうになる。

 でも止まれない。休む暇はない。というより、休んでしまえば、少しでも気を抜いてしまったら、そのまま死んでしまいそうだったからだ。


(しねない。やくそく。こころ)


 三つの単語が、頭の中で渦巻く。

 幻覚が見えてきた。幻聴も聞こえてきた。走馬灯すら見えてきた。

 ほら、今も。

 目の前に心が走ってきているという幻覚が。


「――――!!」


 心が、自分に向かって叫んでいる。

 息も絶え絶えに、目じりに涙を溜めて。

 喜んでいるような悲しんでいるような複雑な表情で。

 こちらに向かってきている。


「こ……こ……ろ」


 太陽が、心の背後に光を注いでいる。

 心の仕事着である黒ずくめの服装が、光をたくさん吸い取っている。


「きれい、だ……」


 はたしてそれは日に光に向けて放ったことばか。それとも、心に対して漏れたことばか。

 自分で口にしたことばにさえ、どちらか見極めることは困難だった。限界を超え稼働していた直樹には、もう動くことすら不可能だ。

 ことばを口に出すことすら、辛い。


「直樹! 直樹!!」

「……いきてた。あえた……」


 約束は果たせた――。

 直樹は生気を失った顔で、最期の力を振り絞ってにっこりと微笑んで。


「よかっ……た……」


 そのまま、動かなくなった。



「――え?」


 やっと直樹に会うことができ、その傍まで駆けていた心はまたもや停止せざるを得なかった。

 小さな声で、何かを呟いていた直樹。ようやく会えたと、心は涙を流しながら喜んでいた。

 直樹は生きていた。やっと生きている人間に会えた。これで何とかすることが出来る。

 世界を救い、理想郷を創り上げることが出来る――そう思った矢先。

 唐突に、直樹は動かなくなった。吸い込まれそうな、愛くるしいくらいの笑顔を見せて。

 糸が切れたかのように力なく、地面にうつ伏せに倒れてしまった。


「え、え、え?」


 きっと、今まで通りなのだ。

 胃が痛くなってしまいそうになるほどの無茶をして、心の気持ちすら露知らず、大丈夫だと言って笑う。

 俺なら大丈夫だ。そんなことを屈託ない笑顔で述べながら――。


「な、おき?」


 震える足取りで、直樹に近づく。一歩、一歩、ボロボロになったアスファルトを踏みしめて。

 死んでいる訳がない。寝ているだけなのだ。ちょっと疲れて、休憩しているだけ。

 寝坊助の困ったさんなのだ。だから、自分が起こしてあげなければ。


「直樹……そんなとこで寝ちゃダメ。私が寝床を確保する。いくら戦火の跡が残っているとはいえ、探せば寝る場所はいくらでもあるから」


 歩く。歩いて行く。遠くに炎と、メンタルの遺骸を認めながら。

 それは現実じゃないと。嘘であると。理想に目を向けて。現実から顔を背けて。


「ねえ、直樹。直樹ってば」


 困った。寝ている人の起こし方なんて知らない。

 どうすれば良かったんだっけ? ただ叩けば良かったか?

 いや、それはあまりにもふつう過ぎる。私は常人とは違う暗殺者。

 人とは趣向を変えた起こし方でなければ。例えば、目覚めのキスとかは?

 それはやり過ぎな気もする……が、こうでもしなければこの男には一生私の想いが届くことはないだろう。

 ハハ……そうだ。口づけしてしまおう。絵本などでは男が女にキスをするが、私はふつうではないのだから、問題などありはしないだろう。


「直樹……あっ!」


 落ちていた石につまずいて、後少しのところで心はこけた。

 普段の彼女なら有り得ない失態。冷静な状況判断がつかぬほど、彼女は追いつめられていた。

 心もまた、這って直樹の元へと移動する。

 嗚咽を交えながら。震える声で、直樹を起こす。


「ね、え。ホントに……キスするよ? 私のファーストキス、直樹が寝ている間にあげちゃうよ?」


 初々しい可愛らしさがにじみ出るはずのセリフ。だが、その囁きにときめく者は誰もいない。


「いやでしょ? それは。だからさ……起きてよ。ねえ、直樹」


 手を伸ばし、ゆさゆさと。もう動くことがない死体を動かす。

 起きた恋人が伴侶を夢から目覚めさせるが如く。


「直樹。お願い。起きて……っ……! 直樹……なおき……なおき……」


 名を呼び続ける。無意味なことだと頭ではわかっていながら、そんなことないとこころが否定する。

 何度も、何度も呼び続けた。止める者も諫める者も誰一人いない地球の上で何度も何度も何度も――。


「ぁ……ぁ……」


 やっと……気づけた。

 理想が現実に追い付いた。

 もう直樹は死んでいると心は確信する。

 否、直樹だけではない。この世界全ての人間が死んでいる。

 生者はただひとり。理想郷を創り上げると意気込んでいた、哀れで愚かな少女だけ。


「い……や……」


 さぁ、喜べ。理想郷ユートピアは完成された。

 無能者も異能者も、能力の有無で争うことはない。ただ傍にいる。たったそれだけの理由で、銃と異能を向け合うこともない。

 戦争など二度と起こらない。永劫なる平和だけがこの大地を埋め尽くす。

 世界は理想郷ユートピアへと昇華した。誰もが夢見た、もう夢見る者がいない世界に。


「違う……! 私はこんな……」


 こんな世界――望んじゃいない!!

 その声は遥か遠くまで響き渡った。太陽の光を通す天空まで。様々な生物が蠢く地平線の彼方まで。

 それほど良く通った声なのに、反応する者は誰もいない。みんな、死んでいるから。


「…………ごめん」


 見に滾った怒りを叫び荒んだ後、心は小さな声で謝った。

 前に斃れる直樹に。近くで息絶えている炎に。自分と同じ場所を目指していた仲間達に。


「私が……子どもみたいな夢を見たから……存在しない場所に行きたいと願ったから」


 だから、みんな死んだ。

 ありもしない理想を志して、全てを死滅させてしまった。取り返しのつかない段階に、世界を貶めてしまった。

 ごめんなさいごめんなさい。全て私のせいだ。

 私が死なせた。

 無自覚な悪意で、世界を破壊した。


「私のせい……私のせいで……!!」


 少女は慟哭する。誰もいない世界の狭間で。

 少女は泣き詫びる。返事のない屍に向けて。


 ――なら、罪を償ってみる?


「……え」


 唐突に、どこからともなくその声は聞こえた。

 誰の声か心にはわからない。初めて聞く声だ。


 ――その身に宿す力を使って、己が罪を払拭してみる?


「どういう、こと」


 声はそれはね、と気さくに笑う。


 ――あなたはもうわかるはず。理解出来ているはず。あの男に理解出来て、ホンモノを持つあなたがわからないはずがない。

 さぁ、使え。善意と悪意のバランスを変化させろ。

 あなたがそれを望むなら。理想郷ユートピアを創り上げたいと願うなら。

 異能とは想いの力。では、理想郷ユートピアは誰の想いで創られる――?


 そうか、と呟きながら心は立ち上がった。そうだったんだ、と。

 今までずっと誤解していた。自分自身の異能を。

 もう既に答えはあったのだ。自分の中に。

 誰に頼る必要もない。導き手も解答者も不要。

 問うまでもなく、確固たるものとして胸の内にあった。

 全てを理解して、心は呟く。いるはずのない誰かに向けて、その問いに対する答えを述べる。


理想郷ユートピアを……」


 思い出すのは家族の顔。自分に理想をくれた父の顔。自分を鍛えてくれた師匠の顔。

 家族と過ごした楽しい日々。真っ赤に燃え上がるまでの鮮やかな記憶。


「創り出すのは……」


 顧みるのは友の記憶。太陽のように眩しい炎。

 パートナーと定義してくれた頼もしい相棒。義妹になってくれた自分そっくりの新たな家族。

 志を共にして、自分を受け入れてくれた数多くの仲間達。

 そして、最後に思い浮かべるのは……。


「私だ」


 大好きだった、自分を助けてくれた男の子。

 刹那、世界が白く染まり始める。世界を覆っていた黒を、白が駆逐する。

 変わる。世界が生まれ変わる。少女が目指した理想郷が創世される。

 画用紙を入れ替える。様々な色に耐えられる、丈夫で大きく真っ白な。

 そして、世界は再構築される。



 ――再構築……機能に問題なし。


 世界創造……正常。オールクリア。破壊される前のモノに修正。一部建造物の廃棄あり。

 生命構築……正常。オールクリア。“二人”を除き、破壊前のモノへと修復。

 歴史改変……正常。オールクリア。ある人物に関する事柄を消去。若干の時間変動を伴う。

 社会構成……正常。オールクリア。善意的社会システムへと大幅修正。配置人員を変更。

 関係創成……異常。不具合を検知。“二人”の喪失に伴い、若干のバグが発生。

 総合構築率……九十八%。

 特殊異能稼働率……百%。


 ――創生に支障なし。

 一部不具合は帳尻を合わせて存在を秘匿する。


 Q、コノセカイハナンデスカ?

 A、理想郷ユートピアです。


 ――応答に異常なし。

 覚醒率百%。

 本体覚醒を完了。同時に、世界の再構築を終了します。



 

 ――ようこそ、みなさん。

 世界の住人の方々に、新しい居場所を提供します。

 ここはみなさんが願ってやまなかった場所。違いだけで争いの起きない不思議で奇妙なふつうのところ。

 ひとりの少女が志していた理想の終着点。

 何かを顧みる必要はありません。情報は全て引き継がれています。

 全てを忘れて。全部なかったことにして。

 さぁどうぞ、お入りください。

 暗殺少女の理想郷へ。

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