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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第六章 壊れる世界
117/129

世界から戦争が消えた日

 暗い夜空の下、真っ赤に燃えるような赤い姿。

 その“赤さ”は仲間の血だった。意志と、覚悟の表れだった。

 友の血を浴びて、直樹は友を殺した最大の敵と対峙している。


「何で折れやがらねえ!?」

「……!」


 キングの問いに直樹は拳で応じた。

 右、左、右、左。勢いよく拳を振るうが、キングは紙一重で回避する。

 だが、反撃はしてこない。直樹は今度、横蹴りを見舞った。

 キングは右腕で、直樹の左蹴りをガードする。


「おかしいだろ……お前の目の前で、お前の大切な人間を殺し、その最期を見届けさせたんだぞ」


 直樹は応えない。

 応える必要性を感じない。

 ただ黙って格闘を、いや、素人の喧嘩のような不完全な代物を行う。


「コイツ……やはりキチガイ! とんでもないイカレ野郎か!!」


 キングは直樹の殴る蹴るの攻撃を捌きながら喚く。

 その間にも直樹は手と足を動かし続けた。理由? 決まっている。

 勝たねばならないからだ。

 だが、同じ理由は相手にもある。戦いで、武器を、異能を、拳を交えた時両者は平等になる。

 勝ち負けを競い合う好敵手として。込められた想いをぶつけ合う伝達者として。

 戦う時は生まれも育ちも関係ない。才能があるかどうかも意味がない。

 あるのは死ぬか、生きるか。勝つか、負けるか。そのいずれかだけである。


「……ッ、どうしても折れねえってんなら……俺が直々にその心をぶっ壊す!」


 今度はキングが攻勢に出た。

 至近距離故、キングが放つのも拳だ。鋭い右ストレート。触れるモノ全てを破壊する一撃を直樹は首を傾けて躱す。


「ッ」


 直樹が冷や汗を流す。直撃を受けてはならなかった。特に頭部には。奴の一発には常人の一発とは意味合いが違う。

 そうこうしている間にも、首を捕らえようと左手が掴みかかってくる。掴まってはならない。

 捕まったら最後、首を無かったことにされる。


「くっ!!」


 バチィ! と雷が鳴り響く。雷光による迎撃。触れた瞬間に人体が焼き焦げる程度の電圧を発生させる。

 これで迎撃する手筈。だが、そんなものがキングに通用するはずもない。


「効かねえ!!」


 キングのタックルが直樹に直撃する。


「ぐぅ!!」


 パリン、という音。

 咄嗟に展開したシールドが砕け散る。

 ノーシャの異能で右手を盾に変化させたのだ。シールドは砕けたが、直樹本体にはダメージがない。

 いや、果たして本当にそうだろうか?


(……盾なら何とかなるか。どういう訳か攻撃する時は触れても問題ない。なら、片腕をずっと盾にして……!?)


 そう思い、左手を再び盾に変えようとして、直樹は戦慄する。

 ノーシャの異能が発動しない。あらゆる物体に変化出来る万能の異能が、ノーシャとの絆が応えてくれない。

 瞠目する直樹の先にいるキングがにやりと笑う。


「お前の大事なお友達のプレゼント、一つ、破壊したぜ」

「お前!」


 直樹は激昂しながら水鉄砲と雷をセットする。

 一度無効化されている攻撃。しかし、直樹の手札に遠距離攻撃はこれと炎と風の組み合わせしかない。


「同じ攻撃を何度繰り替えそうが無意味だぞ!」

「くそっ!!」


 直樹が水鉄砲の引き金を引き、雷を轟かせる。

 だがキングは防御態勢を取ることなく、そのまま真っ直ぐ飛来して直樹の元に向かってきた。

 反射的に、足に炎の異能を付け加える。


「逃げんのかよ!」

「……く――!」


 歯噛みしながら、敵から逃げ跳びながら、直樹は次手を考える。

 遠距離攻撃は無意味。敵は防御動作すら行わず、一直線でこちらに向かってくる。

 相手に通用するのは直樹の拳だけ。誰の異能かはわからないが、打撃が通じる異能がある。

 選択肢は格闘戦以外に存在しなかった。

 だとすれば――と、直樹が反撃に転じようとしたその時。


「消えっ!?」

「もう何度見せたかわからねえぞ!」

「――くぅう!?」


 ノーモーションで後方にテレポートしたキングが、左腕を叩きつけてくる。

 かろうじて反応出来た直樹は、すぐに失態に気が付いた。

 防いでしまったのだ。左手で。何でも破壊出来る、無茶苦茶な拳を。

 視界にキングの上機嫌な笑みが入る。ご満悦の様子だった。直樹を破壊出来て。


「く、うおおお!!」


 右手で殴り返し、キングは回避のため距離を取った。慌てて左腕に目を落とす。幸運なことに何ともない。

 否、確かにダメージはあった。

 パリ、と何かが割れる音に続き、水鉄砲が粉々になる。


「二つ目だ。しかし、厄介だな」


 キングが面倒そうに頭を掻く。てっきり一撃死するかと思っていた直樹が健在していたからだ。


「お前、どうやら“中身”が庇っているらしい。お前の中に、後何人分の異能が残ってやがる?」

「これ以上やらせない!」


 キングの問いを受け流しながらも、直樹は必死で頭を巡らせる。

 ノーシャと水橋の異能をロスト。後、炎、久瑠実、矢那、ノエル、彩香、小羽田、成美、心の計八つしか残っていない。

 その中で攻撃異能は残り三つ。この三つが破壊されれば、実質直樹は戦闘不能となる。

 八回攻撃を喰らえば――さらにその中の三つが壊されれば終わり。そんな状態の中で直樹は接近戦を挑まなければならない。

 理不尽なくらい速く瞬間移動が出来て、遠近両方対応出来る相手に対して。


(くそ! やるしかないんだ!)


 自分に発破をかけて、直樹は突撃した。バカの一つ覚え。しかしそれしか選択肢がない。


「うおおおお!」

「お前の行動パターンはもうわかったよ」


 直樹の振り上げた右拳を、キングは難なく受け止めた。

 またガラスの割れる音。直樹から全てを視とおせる透視の異能が消滅した。


「なっく!!」

「お前、大したことないだろ。まともに喧嘩をしたことがない。殺し合いをしたことも」


 キングは直樹の手を掴んだまま離さない。抜け出そうと直樹は足掻くが、しっかりと手を掴まれてしまっている。

 キングは直樹に手を出すこともせず、口を動かし続けた。


「何の実力もない。ただいい仲間に恵まれて、たまたまいい環境で育っただけの甘ちゃんだ」

「くそ! 離せ!」


 直樹は力を込めた蹴りをキングの腹部へお見舞いした。だが、キングは苦しそうな声を上げただけで、びくともしない。


「そんな奴が俺に勝つ気でいるだと? 傲慢にもほどがある」

「傲慢もくそもあるか! 俺は必要だからお前を倒す! それだけ……だ!!」


 右手を引きながら、同時に左手をキングの頬へと殴りつける。


「いてえぞ、雑魚」


 キングは静かな声でそう呟き、


「ぐっ!!」


 直樹の顔を右手で殴りつけた。

 小羽田の念思が砕け散る。残りは六つ。


「まず、い」

「このまま何も出来ず死んでいけ」


 ふらつく頭の中で、反撃の手立てを思案する。

 敵の攻撃を受けず、自分の拳だけを相手にぶち当てる方法。しかし、そんな都合のいい方法などあるはずもない。

 無意味な逡巡の後、再びキングの拳が迫る……刹那。

 フルオートの銃声音と大量の弾丸がキングへと直撃した。


「あ?」


 右手を振り下ろそうとした恰好のまま、キングが後ろへと目を動かす。

 その瞬間に直樹は両足でキングを蹴りつけ身体の自由を手に入れた。


「誰だ?」


 口にしたのはキングだが、それは直樹も抱いていた問いだった。

 一瞬心かと思い身体を冷たいモノが駆け巡ったが、銃声が直樹の知る理想郷ユートピアのものとは違かった。

 一般的な、対異能者制圧用のアサルトライフルの銃撃音だ。


「友の仇だ」


 透視がなくなったため即座に発見することは叶わなかったが、まだぐらつく視界の中で直樹ははっきりとその姿を目視した。

 沖合健斗。水橋が片想いをしていた男がライフルを手にキングへと狙いを付けている。


「……ダメです! 下がって!!」


 直樹が大声で警告するが健斗は取り合わない。

 引き金を引いて、アサルトライフルを撃つ。効果がないとわかっていても。

 考えなくてもわかる。健斗は囮となってキングを引きつけているのだ。

 好機があるとすれば今だ。懐に飛び込み、殴れるだけ殴ってキングを倒す。

 そのための、必要な犠牲だった。


(すみません)


 心の中で謝罪をし、直樹は久瑠実の異能を発動させた。炎とノエルの異能を組み合わせ、爆発的加速で一撃必殺を狙う。外したり、防がれてしまえば次いつチャンスが巡ってくるかわからない。

 精神統一。異能充填。後は運を天に任せ拳を振るうのみ。

 言葉にこそ出さぬが気合の雄叫びを心中で上げて、直樹が突撃しようとした――その時。


「邪魔するな! くそくそくそ! どいつもこいつも!!」


 キングが怒り狂い、銃弾を受けながら叫び始めた。

 止まっている暇はない。直樹は寸前で止めてしまった突貫を再度行う。


(倒れろ!)


 祈りを込めた拳がキングに直撃せんとしたその刹那、またもやキングは世界中に聞こえるのではないかと錯覚するくらいの声量で怒鳴り散らした。


「邪魔する奴! 無能者も異能者も関係ない! 全員死んでしまえ!!」


 瞬間、キングから大量の黒弾が放出される。

 アレを直撃したらまずい、と直感で理解した直樹は緊急停止し、キングから距離を取った。

 そして、世界中に拡散していく黒い塊に目を見やる。


「何だ……これ」


 流星が煌めく如く飛んでいた黒弾は、隕石が墜落するかのようにあらゆる場所に墜ちていった。

 世界中に。人が存在するあらゆる場所に。


「何ごっ!?」


 イギリス本部に設置された基地の一室に座る無能派の指導者にして異端狩りの騎士、リチャードが最高司令部ごと吹き飛ばされた。


「何だと!?」


 前線で多大なる戦火を上げていた異能派の最高司令官フィンが、敵との交戦中に黒弾に身体を射抜かれた。

 邪悪なる破壊が、世界に蔓延している。直樹が何が起こったと困惑している間に、大勢の人間がひとり、またひとりと急速に死んでいった。

 そしてまた、ひとり。


「何っ?」


 囮となってキングを引きつけていた健斗が、黒い塊に飲み込まれた。


「お前!!」


 耐え切れなくなって直樹が叫ぶ。だが、直樹の叫び声よりも、世界中の悲鳴の方が大きかった。

 成美の異能を通じて、直樹の脳内に大量の断末魔が響き渡る。ほとんどの人間が、自分を殺しに来た黒を目撃し、助けを求める声を上げていた。


「やめろ! よせ!」

「戦争ってのはこういうことだ。最終的に全員が死ぬ」


 直樹の悲痛な絶叫は、キングの恍惚に浸っているキングには聞こえない。


「やめろぉおおおおお!!」


 直樹が考えなしの特攻をかます。

 だが、もう手遅れだった。世界中にあった大小問わない数多の戦場が沈黙した。

 そして、世界は平和になった。争う人間が誰一人いなくなったから。

 理想郷ユートピアが完成した。直樹のでも心のでもなく、キングが欲しがった理想郷と言う名の暗黒郷ディストピアが。




「いそ……がないと……」


 デバイスを連続使用し、ダメージが身体の隅々まで及んでいた心は、それでも無理やり移動しようとしていた。

 手遅れになる前に、間に合わなければならなかったからだ。


(直樹……炎……みんな! 無事でいて!!)


 既に直樹しか生きていないという残酷な現実に気付く様子もなく、心は今一度デバイスを起動させようとした。だが、彼女が機械仕掛けの詠唱を口にすることはなかった。

 何かが、空から降り注いでくる。優しい月明かりと、きらきら輝く星々の間から。


「な、にが……?」


 吸い付くようにぴったりと、暗黒の塊は心に覆いかぶさった。





「良し。これで二人きりだ。俺とお前の戦いが、人類最後の戦争だ」

「なんてことを……した!!」


 取っ組み合いになり、直樹とキングは力比べをしていた。

 だが肉体的にも精神的にもキングは上だった。世界中の人間が殺された今、直樹は既に敗北しているに等しい。

 それでも彼にはまだ抗う理由がある。しかし、そんなちっぽけな感傷でどうにかなるキングではない。


「これが望みだったんだろ? 平和を作ることが。やったじゃないか。もう二度と戦争なんて起きねえぞ」

「違う! 俺も心もこんなことを望んでない!」

「でも、手遅れだろ。諦めろよ。もう誰もいねえぞ」


 キングの言葉が、直樹の心を抉る。

 誰もいないのだ。仲間達も。自分を好きだと言ってくれた少女も。一度も会ったこともない見ず知らずの誰かも。

 全てが死に、全てが壊れた。


(いや……まだ……心が……いるはず)


 そう思い込もうとするが、自信はない。とうに打ち砕かれている。

 直樹の内にある成美の異能は、同系統の精神干渉系を補足することが出来ない。それだけでなく、なぜか心を見つけ出すことも出来ないのだ。

 だから、生きているかどうかは定かではない。生きている可能性ももちろんある。しかし、死んでいる可能性も等しかった。


「く! まだ! まだだ!!」

「わかんねーな。何でそこまで苦しむんだ。もう全て投げ出しちまえよ。誰も文句言わねえよ。だって、全員敵わなかったんだからな、俺様に」


 動揺する直樹にキングが足払いをし、倒れかけたところを蹴り飛ばす。

 矢那の異能が破損。これで残り五つ。


「ぐはっ……」

「お前はもう負けたんだ。お前の仲間は全員死んだ。異能殺しもだ。誰一人生きちゃいねえよ!」


 キングは仰向けに倒れた直樹を思い切りよく踏みつけた。

 久瑠実の想いが砕け散る。防御可能回数は後四回。


「負けてない――」


 直樹は転がってキングの踏みつけを避けると、後転して立ち上がり、ステップを踏んでキングに肉薄した。

 拳を突く。が、キングはまた防御すらせずその拳をまともに喰らい、にやりと笑った。


「いてえが、痛くねえ。今のお前は可哀想になるくらい弱ってやがる」

「くっ! このっ! くそ! 喰らえ! 喰らいやがれ!!」


 何回もキングに向けて殴る。一発一発に今出せる最大限の力を込めて。

 だというのに、キングには響かない。身体の芯を打ち倒すことが出来ない。

 全力で拳を振るっていたため、直樹に披露が蓄積してきた。勢いがなくなったところで、キングが直樹を頭を掴み、投げ飛ばした。

 ノエルの異能が使えなくなった。後三つ。そのうち、残す攻撃異能は一つだけ。


「が……ぁ……」


 地面を転がり、直樹はふらつきながらも立ち上がろうとした。既に身体は限界だった。今、彼の肉体を動かしているのは気力だけ。

 そしてその気力さえも破壊されようとしている。


「さっさと死ね!! 痛いだろ? 苦しいだろ? お前が求めてんのはそういう奴だ。光ってのは眩しいんだ。全てを照らしてしまう。人の嫌な部分も全てな! だから、目を瞑ってしまえばいい。そうすれば、何も見なくて済む」

「く……そ……」

「現実はクソだ。だからお前は理想に逃げ込んだ。全て逃避なんだ。なら、また逃げちまえ。みんなの期待を背負って、だいぶ疲れただろ? だからさ、さっさと楽になっちまえ」


 キングがまた直樹の顔面を殴った。成美の異能が喪失。残るは二つ。

 炎と心の異能だけ。

 また地面を転がされた直樹は、気絶しかかりすぐに意識を取り戻した。


(……ダメだ! 炎と約束した……!!)


 炎の願いを思い出し、攻撃の意思を見せた直樹に、


「楽になれって言ってんだろ」


 キングの非情なる一撃が直樹の顎に到達する。見事なアッパーカット。

 空に投げ出された直樹は、最後の攻撃異能、炎の異能が破壊される音を聞いた。


(全ての……攻撃異能が破壊された……っ)


 鈍い音を立てて、直樹は落下する。

 完敗だった。全てが破壊された。心も肉体も、仲間との絆さえも。

 みんなとの夢も成すことが出来ず、誰一人守り通すことも出来なかった。

 完全なる敗北。誰がどう見ても直樹の負けだった。


「ようやく、だな」


 キングが中腰になり、絶望に染まり始めた直樹の瞳を見下ろしてきた。

 直樹と視線が交差する……が、直樹とキングでは見ているものが違う。

 キングは、絶望している直樹の顔を見ており、直樹はもう何も見ていなかった。


「おい、どんな死に方が好みだ? 首をへし折るか、心臓を抉り出すか……悪いな、レパートリー少なくて」


 キングが楽しそうに直樹に訊く。直樹とは丁度真逆の顔だった。最初に会った時とは状況が逆だ。

 最初は直樹の善意の方が勝っていた。だが今は、キングの悪意の方が勝っている。

 希望は打ち砕かれた。後に残るのは絶望だけ。

 誰も争わない理想郷ユートピアとは程遠い、暗黒郷ディストピアが残るだけだ。


(悪い……みんな……もう、無理だ。こいつには……もう勝てないよ)


 直樹は絶望が侵蝕してくる感覚を味わいながら、みんなへ謝った。

 しかし、その謝罪はどこか言い訳じみていた。

 俺よりアイツの方が強かった。だから負けた。だから……俺は悪くない。

 丁度、炎と出会ってすぐ、彼自身が嫌いだと思っている部分が表出してきている。


 ――んー、まだ諦めるには早いんじゃないかな?


(無理だ。無理だよ。みんなの異能を喪っちまった。みんながいたから、俺は戦えたんだ。でも今の俺は……)


 とうとう聞こえ出した幻聴に、直樹は情けなく言い訳する。聞こえてきた声は炎のものだった。


 ――せっかくそこまで追い詰めたのにか? やれやれ、肝心なところでガッツがないな君は。


 次は水橋の声。そうですよ、と直樹は自虐する。


 ――うわ、うざっ。ネガティブな男って最悪よねー。そう思うでしょ? メンタル。

 ――確かに。こんなにねちねちした男は姉さんの相手としてふさわしくない。


 うざがる矢那に、メンタルの声が同意する。幻聴はまだ続いた。


 ――直ちゃん、いいところたくさんあるのに。たまにこうしてネガティブになっちゃうんだよなぁ。

 ――クルミ、この残念ぶりは昔からでしたか。本当に残念です。私はナオキに尊敬の念を抱いていたのに。


(俺は尊敬されるような人間じゃないぞノエル。久瑠実も知ってたろ……?)


 ――あー最低最低。こんな奴と婚約とか考えられない。お父様に文句言わないと。

 ――あら、意外と乗り気だったくせに。でも、初めて会った時の覇気は微塵も感じないわね。


 フランとノーシャが各々の感想を呟く。次に聞こえてきたのは彩香の声だった。


 ――マジで鬱陶しいわ。元気娘も百合娘もうざいけど、コイツは最悪だわ。

 ――確かに。このちらちらのうざさは異常です。でもま、男なんてみんなこんなもんでしょう。


 小羽田が嘆息した後、最後に成美の声が聞こえてきた。


 ――今、私は絶賛兄の悪いところを見てるわ。正直、キモいわよ、兄。


(……ッ!! みんな何なんだよ! バカにしに来たのか!?)


 堪え切れなくなって直樹はみんなに激昂した。全員が全員、直樹のことをバカにしている気がしたからだ。

 すると、突然目の前に全員の幻覚が現れ、全員同時に首を横に振った。

 そして、炎が一同を代表して口を開く。違うよ、と。


 ――みんな、直樹君を励ましに来たんだよ。でもさ、みんなあんまりにも直樹君がふがいないから、少し怒っちゃったんだ。

 だってさ、みんな、直樹君をすごい人だと思ってるんだよ? なのに急に情けないこと言われたら、そりゃあ幻滅しちゃうよ。


(……ッ、俺はすごい人なんかじゃない……敗北者だ)


 申し訳なさそうに呟いた直樹に、炎は近づいて彼の手を力強く握りしめる。

 そして、呟いた。まだ負けてないよと。


 ――直樹君に戦う意志がある限り、敗北はないよ。直樹君が負けと思ったら負け。負けてないと思ったら負けじゃない。

 それに、本当にいいの? このままで。


(よくない……よくないよ。でも……戦う理由がない――)


 諦観の念を見せる直樹に、炎はふふっと笑って、


 ――まだ、あるよ。まだ約束は終わってない。

 直樹君には戦う理由があるし、勝たなければいけないワケもある。

 それとも、約束破っちゃう? 私のと……心ちゃんの。


(こ、こ、ろ……)


 ――そう、心ちゃんの。会わないとダメだよ? 直樹君。


 また吸い込まれそうな笑顔で。

 炎は笑っていた。みんな、直樹に笑いかけていた。


(俺には――戦う理由が――ある――)


 寝転んでいる暇はない。皆、直樹に声援を送ってくれている。

 その想いに応えよう。

 約束はちゃんと守ろう。守れなかったみんなの代わりに。


 ――絶望は希望の裏返し。絶望がある限り、希望も存在する。

 頑張って、直樹君。みんな、応援してるから。


「ああ……頑張るさ。みんなの分まで」


 直樹は、心を壊そうとしていた絶望を吹き飛ばし、立ち上がった。


「…………は?」


 あまりの衝撃で間の抜けた声を出すキングに、直樹は希望に満ち溢れた瞳で告げる。


「さぁ……第三ラウンドと行こうか。待ち合わせがあるからな。急いで決着をつけるぞ」


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