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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第六章 壊れる世界
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邂逅

 引き金を引くたびに、反動が肩を震わせる。

 銃弾が穿たれるたびに、銃声が鼓膜を振動させる。

 銃を撃つという感覚は、あまり素晴らしいものではない。刀剣類よりも……ナイフで喉元を掻き斬るよりも罪悪感が薄れるというが、ある程度撃ち慣れていると、確かに人殺しの感触が伝わってくる。

 銃だろうがナイフだろうが、変わらないのだ。人を殺す感覚は。

 少し動作が違うだけ、距離が近いか遠いかの違いだけ。

 そのレベルまで修練を積んでいたメンタルには、ひしひしと手ごたえのある感触として確かに伝わっていた。


「……ッ!!」

「……教えろ。神崎直樹の居場所はどこだ」


 コイツにいくら銃弾をぶち込もうが、異能で全くダメージが通らないということが。

 もう何発撃ち込んだことだろう。弾切れになり、スライドが開くたび、リロードを行い銀弾を発射した。

 アンチサイキックライフルによるゼロ距離射撃も行った。爆発物を直接放り投げた。

 だが、全てが無効化された。今更だったかもしれない。でも、やはり目の前で起きた事象としては信じがたいものだった。


「ッ! ッ! ……弾切れ……」


 最後のマガジンを撃ち切った。

 後は警棒とナイフによる近接攻撃のみである。常識的に考えて、銃が効かない相手にナイフの斬撃が通るとも思えない。

 もし、ここでメンタルが生存出来る余地があるとすれば、この男の問いに答え、さらにネットワークを駆使し直樹まで案内することを志願すれば、ほんの僅かながら生き延びられるかもしれない。

 まだ、せいぜい一年程度しか生きていない命だ。人工物クローンとはいえ、寿命はオリジナルと大差ないのだから、もう少し欲張ってもおかしいことではない。

 もっとも……家族を裏切ってまで、いつ殺されるかわからない状況でむざむざと生き延びたいという願いがメンタルの中にあるとすればの話だが。

 役立たずとなった暗黒郷ディストピアをメンタルは投げ捨てる。

 カシャ、と伸縮式警棒が展開し、同時に左袖からナイフを取り出す。

 近接格闘態勢。両手の異なる武器を駆使し、相手を昏倒させるも良し、斬殺するも良し。


「おい。お前もカミカゼすんのかよ」

「……オマエも、ということはミンナも最期まで抗った、ということね。……ワタシもミンナと同じで安心したわ」


 キングの言葉を受け、笑みすら漏らしたメンタルを、信じられないという表情でキングが見つめてくる。

 どこか変? とメンタルは質問した。今から死ぬかもしれないというのに、微塵も恐怖は感じない。


「訳が……わからねえ。理解不能だ。なぜ死ぬかもしれないのに笑えるんだよ」

「……今から殺そうとしている人間には言われたくないわね。別に、死ぬのが嬉しいわけじゃない。生きたいという気持ちはとても強い。きっと、ミンナそう。今戦場で戦っている人間のほとんどは、生きたいという生存欲求に従って戦っている。作戦前は、色々なことを立案し、何かを成す……どちらかの派閥が世界を制するという大義のために動いていたのかもしれない。でも実際に銃弾と異能が飛び交う戦場に身を晒すと、そんなものはどうでも良くなる。ただ、生きたい。そのためにはどうすればいいか、思考し行動し、最適解を模索して、戦場で命を散らしていく」

「……死ぬときは怖いだろう? 絶望が襲いかかってくるだろう? 天国があるかなんて誰も知らねえ。死んだら魂がどうとかなんていうのは全部妄想だぞ。死んだら何も残らない可能性はとんでもなく高い。なのに……なぜ、お前らは……」


 不思議な、感覚だった。

 ジブンを殺そうとするアイテに、諭されている。

 メンタルは敵を油断なく見据えながら、この男は一体どうしたのだろうと考えた。

 メンタルがキングについての情報を仲間から聞いた時、えらく好戦的で、何をしでかすかわからない男だと聞いていた。

 おまけに、何をトチ狂ったのか直樹の仲間達を惨殺し始めた。曰く、直樹が気に入らないらしい。

 正義のヒーロー面した、生意気なくそ野郎だと。

 だが、その評価は間違っている。直樹は自分をヒーローとすら思わず、ただ自分の欲求に従って他人を救おうとする困ったさんである。

 疑問を感じもする。直樹が嫌いなら……気に食わないのならば、直接直樹を叩いてしまえばいいだけのこと。

 好きの反対は嫌いではなく無関心である。わざわざそんな回りくどい行動を取るということは、何かしら直樹に思うことがあるということだ。

 では、奴は直樹に何を思っている――?


「……まさか、アナタは」


 善意に影響された少年が、ヒーローと遜色ない行動を取るようになる。

 悪意に感化された少年が、ヒールと変わりない思考をするようになる。

 ……本当にそれだけなのか。もっと別の、大きな理由があるのではないか?

 なぜ、そこまで絶望を世界に溢れさせようとする? 世界を壊す力を持っていたとしても、わざわざ破壊する理由はないというのに。

 そんなことしても……自殺にしかならないというのに。


「アナタは……もしや、世界に」


 絶望したの?

 だから、同じことを世界に行おうとしているの?

 丁度、姉さんが世界に希望を見出したのと同じように。

 世界に絶望したから、その仕返しに――復讐で世界を破壊しようとしているの……?


 生まれついての悪人はいない。善人も同義だ。

 傾きやすい、ということはある。染まりやすい、ということもある。

 だが、遺伝がもたらすのはほんのちょっとの差異だけ。異能者と無能者という二つの区分の前では大きいが、善人か悪人か、そのどちらかを分けるのは遺伝ではなく環境だ。

 そこまで考えて、メンタルはハッとした。

 コイツも同じなのだ。今までの仲間と同じ――ワタシと同じ――。

 生まれついた環境が悪かっただけの、ただの子どもだったのだと。


「…………」


 沈黙が、場を包む。

 メンタルもキングも、人を殺せる道具と、世界を壊せる異能を持ちながら、時が止まったように停止していた。

 何を話せばいいのか。糾弾すればいいのか、同情すればいいのか。

 目前の男は、限りなく黒に近い灰色だった。見方によっては黒にしか見えず、メンタルから見ても黒にしか見えない。

 だが、この男は被害者だったのだ。同胞を殺すことでしか生きられなかったジブンと同じく。

 大切な人間を喪ったかどうかして、世界の在り方に絶望して、破壊の中にしか希望を見つけられなかった哀れな男。


(もし。もし……この男が仲間を殺していなかったら、直樹は救おうと必死になったのかもしれない。でも、既に手遅れ。この男は直樹の家族を殺し友人を殺し……同じ目的に向かって進んでいた仲間を殺した。でも……)


 そうはいえども、メンタルには可哀想な少年にしか見えなくなっていた。姉妹であるメンタルズを殺されたにも関わらずだ。

 きっと、世界が優しければ、こんなことにはならなかったのだろう。

 この男が暴走するよりも早く、世界が理想郷となっていれば、仲間達は……いや、誰一人殺されずに済んだ。


「アナタは……」


 意を決し、覚悟を胸に秘め、メンタルはキングに語りかける。

 もしやあるのではと期待を込めて。これ以上争わないで済む道が、存在するのではないかと。


「アナタは、どうしても、直樹と戦わなければならないの?」


 問いを投げると、キングが動揺したかのように揺らいだ。

 ある意味、嫉妬のようなものを抱いているのかもしれない。

 自分の大事な何かは壊され、絶望して生きていたのに。

 ただ善い仲間を持ち、環境にも恵まれて……ヒーローぶっている自分とは正反対の少年に。


「当たり前だ。今更転身なんて出来ねえ」


 返ってきたのは肯定だった。

 その目を見て、メンタルの中に悲しみが湧き起こる。

 昔のジブンと同じような瞳だったからだ。

 もう譲れないと。

 ここまでその生き方で生きてきたのだから、最終的に死が待っているとしても……何が何でもその道を貫くと。


「……哀れな、人。……なら、姉さんに近づかせる訳にはいかない――ッ!!」


 メンタルは相手に憐みを抱きながら……自死するとわかっていてなお、ナイフの刃先をキングの喉元に突き立てた。





「――ぁ」


 ソレを見たのは、初めてだったかもしれない。

 死にかけた人間を見たことはある。自分の実力のなさで、殺されかけた人間に手を伸ばしたこともある。

 だが、明確に、ここまでハッキリとその様を見たことはなかった。


「嘘……」


 後方から悲痛な、小さな叫びが聞こえてくる。

 しかし、彼には声を上げるのも難しかった。事態を把握することも、困難だった。

 こんなにあっさりと、いとも容易く簡単に。


「く……」


 人が人を殺せるなどということは、そう安易に信じられることではない。


「うおおおおお!!」


 気づくと叫びながら突撃していた。


「直樹君!」


 炎の叫びすら届かない。

 今、直樹の瞳に写っているのは、視線の先にいる男だけ。

 躊躇いなくメンタルを殺し、その死体を粗暴に放り投げたキングだけだ。


「やっと会えたな」


 どこか消沈した面持ちで、キングは直樹に声を掛けてきた。

 だが直樹は止まらない。止まる理由がない。

 あんなものを見せられて、何を話し合うというのか。

 仲間を目の前で殺されて、わかり合う気など起こるはずもない。

 己の闘争欲求に従って、直樹はキングへと拳を叩きつける。


「うぅおお!」


 奇声を上げながら、ほのおの拳で地面を殴る。アスファルトが抉れ焦げた。

 拳を振り下ろした瞬間、キングはそこにはいなかった。全くのノーモーションで、遥か離れた先にいる。


「ぐううゥ!」


 カチャ、と水鉄砲を取り出し、左手には雷を帯電させる。

 水の雷の合わせ技。街から離れ、空地のようなところに立つキングに向けて、直樹はあらゆるものを焼き穿つ雷水を放つ。

 だが、放たれた時にはもういない。居場所はすぐにわかった。

 直樹の、後ろだ。


「ッ!!」


 振り向きざま、左手に風を発生させ、風の剣を形成する。高密度に圧縮された風の剣が、風を鳴らしながらキングを切り裂く……。

 訳もなく、キングはまた直樹の前方。奇跡的に無傷の、民家の屋根の上に立っていた。


「もう、終わりか?」

「まだだ! まだ終わってないぞ!」


 怒鳴りながら、次に行う攻撃を思案する。炎の異能による近接攻撃か、水橋の異能による射撃か、矢那の異能による雷撃か、ノエルの異能による風斬か……。

 彩香の異能で、敵の居場所を目視。成美の異能で、周囲の状況を確認しつつ、小羽田の異能で敵を捉える。

 残っている異能は三つ。久瑠実の透明化と、ノーシャの変化防御、そして。


(心の……再生異能。だが、これは攻撃に転化出来ない……)


 複数の異能を持ち合わせながら、出来ることは限られている。

 だが、諦めるつもりは毛頭ない。戦わなければならない。

 あの男をそのままにはしておけない。何としても打ち倒さなければ。


(仲間のためにも!)


 次撃の方策は固まった。


「うん?」


 直樹の姿が掻き消える。久瑠実の異能で透明化したのだ。

 突然消えた敵に困惑するキングを忌憚なく見つめながら、直樹は静かに移動する。


(不意打ちならばどうだ……!)


 フッ、と突然姿を現した直樹は、右手に炎の異能を、左手に久瑠実の異能を纏わせた。

 炎と風の複合技。全てを燃やし融かす熱量が、キングに向かって砲出される。


「終わりだ……なッ!?」


 直樹は思わず呆け、驚きのあまり瞠目する。

 ジュッ、という何かが焦げる音がした、と思った矢先。

 風で勢いを増した炎の弾丸が、何事もなかったように消滅させられたのだ。


「こんな程度かよ」


 傷一つない余裕すら感じさせる佇まいで、キングは直樹に目を向ける。

 しかし、どこか様子がおかしい。何かが変。強烈な違和感が存在する。


「あれ……?」


 その様子を遠くから眺めていた炎だけが気づけた。

 キングがとても、弱っているように見える。

 肉体的には全く傷ついていないはずなのに、精神的に追い込まれているように感じられる。


「なんで……」


 と、状態を冷静に、細かく分析しようとした炎から、一切の余裕が吹き飛んだ。

 キングが決め技を撃ち放とうとしていた。いや、実際には決め技なのかは定かではないが、直撃すれば直樹にとって致命傷になるのは自明……いや、それ以上の破壊力を含んだ攻撃が、彼に向かって放たれようとしている。

 それは止めなければならなかった。

 否、止めるのではなく……防ぐわけでもなく……。

 何としても、直樹を救わなければならなかった。


「直樹君!!」


 故に、炎は手を伸ばす。

 自身の異能を最大火力で発動させる。今まで見せたことのない必死さで、今まで達することの出来なかったスピードで。

 直樹を包んであまりある黒い砲弾が直樹に着弾する刹那。

 夜空を真っ赤に染め上げる、烈火の弾丸が直樹にぶつかった。

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