水のせせらぎ、響き渡る雷鳴
その感覚が何であるかは、鈍感な直樹にも理解出来た。
こう何度も経験すれば間違えようがない。人の死ぬ感覚。仲間が殺されたという警鐘だ。
「……っ!!」
頭を押さえて、直樹はよろめく。
今度は……ノエルだった。緑髪で、食事と睡眠が大好きな、どこか抜けている少女。
成美が持っていた、精神干渉……最大規模の精神接続は、全人類の思考すら読み取れる。
無論、例外は存在するし、そもそも直樹は劣化コピーしか不可能だ。だが、そんなまがい物でも、人の、特に仲間の死に関しては敏感だった。
「直樹君……?」
炎が駆け寄り、不安そうに見つめてくる。
しかし、説明している時間はない。悠長に構えている暇も、怒りを滾らせる間も、涙にくれる時もありはしない。
「……悪いが、急ぐぞ!」
叫び、直樹は跳び上がる。炎の異能で、空を飛行する。
慌てて炎もジャンプする。疑問を思い浮かべたが口にはしなかった。
なぜなら、直樹はもう迷っていなかったから。
仲間のために奔走する、彼女がすごいと評価した顔つきだったからだ。
死というのはとても痛い。
主観ではなく、客観的に。
とても、とても胸が痛む。心が悲鳴を上げる。
これを見せられて、何も感じなくなった人間は、心が麻痺してしまっているのだろう。
「の……ノエル……君」
名前を呼んでも、もう答えてはくれない。
ノエルは死んだ。永遠の眠りについた。起こすことは不可能だ。目覚ましを鳴らそうが、耳元で大声を上げようが、その目は閉じたまま、スゥスゥと息を吐くこともなく、ただずっと……冷たいままに、眠り続ける。
「く……くそが!! コイツも……一体何だよ!!」
キングが、ノエルの死体を吹き飛ばし、跡形もなく消滅させた。
絶望的な破壊の前には、死体すら残らない。ノエルがこの世に存在したという証拠は、水橋の思い出のみとなった。
「くそくそくそ! 何だよ! なぜだ! なぜ負けてるのに笑って死ねる!? 悔しがれよ! 絶望に顔を染めろよ!!」
キングが訳のわからないことを喚いている。どうやら、勝者であるのに気持ちのいい勝利を勝ち取れず、ご立腹のようだ。
恐らく一生理解することはないだろう。ノエルがなぜ最期まで抗ったのか。なぜ、最期に笑いながら自分の身を差し出せたのか。
「お前には絶対にわからん……」
気づくと口を衝いて言葉が出ていた。
右足の痛みも既に薄れている。それ以上の痛みが、右足の鋭痛を上回った。
「ノエル君がなぜ笑って死んだか。なぜみんなが直樹を守るのか。お前には絶対に理解出来ない。お前はただ暴力を振るうだけの、悪意に乗っ取られた哀れな子どもだからだ」
「……おいテメエ、威勢のいいこと言ってんじゃねえぞ」
キングが低い声で威嚇する。だが、水橋は強気に鼻で笑った。
取るに足らない相手。瞳はキングを脅威対象として見てすらいない。
「ああ、私は素直な子どもは好きだし、我儘の子どもも嫌いではない。ませた子どもも、他人に迷惑をかけてしまう困ったちゃんも。だがな……お前のような子どもは嫌いだ」
「……殺す!!」
キングは憤怒の形相になり、射撃すら行わず格闘で、水橋の息の根を止めようとした。迫りくる破壊の右手に対し、水橋は異能を発動させる。口を動かし続けながら。
「ほらみろ。人の話を聞かず、すぐ殺すとか言ってしまう。最近の学校はホントダメだな。異能者と無能者、その両方への配慮がなっていない」
「――ッ!! この野郎!!」
キングの右手が水橋の喉を捉える刹那、突如出現した泡が、キングの右手を覆いその動きを止めた。
もちろん、すぐに泡は弾け散る。だが、一瞬だけ時間を稼げれば回避するのは容易い。
「全ての人間を敵だと思って生きている。相手を利用出来るかどうか、それしか念頭にない。悲しく、そして間抜けな奴だ。人とは人を思い遣れる生物なのに」
「うるせぇ! 黙れ!!」
「説教をしてやっている。哀れなガキにな。黙れというのはこちらのセリフだ」
会話の応酬の合間にも、水橋は三度死にかけた。破壊の拳をギリギリに避け、反撃すら出来ず、ただ回避し続ける。出来たのは口撃だけ。相手を挑発し続けるだけだ。
「死ね! 死ね死ね!!」
「周りのみんながそうしていたから、それが正しいと勘違いしてしまったのだろう? “赤信号、みんなで渡れば怖くない”。そこに暴走した大型トラックが突っ込んできてもそう言えるのか? なるほど、怖くはないかもしれんな。だが、死にはする。誰か一人が生き残ったら最悪だ。そいつは自らの過ちを一生後悔し続ける。罪悪感を感じない奴だったならば、死んだ仲間の家族が、そいつを責め続けるんだ。何で赤信号を渡ったの、とな」
「……雑魚が吠えんじゃねえ!」
キングの拳が水橋の左肩を捉えた。
ぐちゃり、と水橋の左腕が取れる。肩パーツが破壊された人型ロボットのように。
だが、水橋は会話を止めない。まるで何事もなかったように、平然と相手に向かって話し続ける。
「雑魚……ハハ、確かに私は弱い。ノエル君を救うことだって出来なかったし、悪意に染まった友人を助けることも出来なかった。正義に燃える警官を止められなかったし、親友と喧嘩別れして、むざむざ死なせてしまったことだってある。だが、私ではなく……神崎直樹だったら間違いなくお前に勝てるだろう」
「その決めつけは一体何なんだよ! アイツはただのサイコパスで、ヒーローぶった偽善者だ! 弱者で雑魚野郎だ!」
「……お前は直樹君について誤解している。困ったことに、彼は善行を積んでいるつもりですらない。ただ自分のやりたいことをして、その結果人を救った。正義の味方になり切ってすらいないんだ。……丁度、自分のやりたいことをして、破壊者となったお前のようにな!」
水橋は水鉄砲を構え、キングに向かって撃ち放った。煽られ、キングの戦闘はとても単調なモノとなり、意味もなく拳を振るいまくっている。
それが水橋の狙いだ。彼女は囮であり、今こうしている間も、直樹達が心の元へ向かっているはずだった。
水橋にとっての勝利は、キングを倒すことではない。時間を稼ぐこと。
元より、生存は望めない。ならば、自分の身体を酷使してでも、最後の瞬間まで稼げるだけ稼ぐ。
「チクショウ! うぜぇ! うぜぇんだよ!」
「雑魚に翻弄されて、頭に血が上ったか? キング。お前は勝利しているつもりなのだろう? クイーンにもシャドウにもメンタルズにもノーシャ君にもフラン様にも小羽田君にも久瑠実君にも彩香君にもノエル君にも。正反対だ。お前は墓穴を掘り続けているのだよ。……みんなの死は直樹に絶望を与えはしない。強大な力を与えているだけだ」
拳が迫る。水橋が水鉄砲で防御する。結奈との思い出が砕け散った。
すまないと親友に謝りながら、水橋は距離を取る。キングは幼稚な子どものようだった。
うざいや死ねなど喚きながら、水橋を殺そうと迫ってくる。怒り心頭で、一瞬でカタを付けられるはずなのに、わざわざ回りくどい殺害方法を選んでいる。
だが、もうそろそろ限界だった。水橋の身体は右足と左腕を失い、攻撃を避けるたびに命を散らしている状態だ。
そして、当然の帰結として、死神が彼女に追い付いた。
キングの右手が水橋の首を掴む。嬲り殺すようにじっくりと即死ではなく緩やかな死を彼女に与え始めた。
「絞め殺す……!」
「ぐ……なぁ……ひとつ……訊きたいんだが」
水橋は声を振り絞り、掠れた声でキングに尋ねた。
喧しく、生意気なその口を黙らせられると踏んでいたキングが余裕の笑みで何だと訊き返す。
対して水橋はにやりと不敵に笑って、
「血って、水に含まれると思うか……?」
最後の異能を発動させた。
「……何で電話に出ないの」
携帯を片手に暗い瞳のまま呟いた矢那は、忌々しげに携帯を地面へと叩きつけた。
発信相手が、電話に出ない。異能か否かで争っていた愚かな連中を殲滅し、次の目標を仰ぐはずだったのだが、連絡が取れなければ相手の居場所がわからない。
恐らくは故意的なものだろう。水橋は矢那をなるべく戦わせたくないようだった。
言動が矛盾している。囮になれと言っておきながら、今度は矢那に下がれと言った。
その理由が矢那には理解出来ない。いや、少し前なら理解出来たのかもしれないが、今の矢那には皆目見当もつかなかった。
今、矢那の心を覆っているのは戦いという戦欲だ。今すぐ、戦いたい。戦いが欲しい。戦いで命のやり取りをしたい。
そうしなければ、全てが事実になる。メンタルズの死が襲いかかってくる。
それはとても怖い。恐ろしい。耐えられる気がしない。
きっと、自分の気は狂うだろう。こうしている今も、自分がどんどん壊れていくのがわかる。
「急がないと……ダメ……ダメ……」
まるで依存症のようなおぼつかない足取りで跳び上がった矢那は、雷閃と共に水橋達がいたはずの場所へと戻った。
ソレは果たして、死体、と呼んでいいものなのだろうか。
もはや跡形もなく、ただ血肉の水たまりが、そこに形成されていた。グロテスクの塊であり、もし、死体慣れしていない者が見たら間違いなく吐しゃ物をまき散らしていただろう。
かくいう矢那も、吐きそうになった。ソレを見たから、というよりもソレが存在するという事実に。
「……」
言葉を発しようとしたが、失語症になってしまったかのように声が出ない。
本当に、声が出なくなってしまったのかもしれない。嗚咽を上げることすら出来ず、ただ茫然とソレを見下ろしている。
「気を付けた方がいい。キングはまだ近くにいる」
急に声を掛けられ、矢那が振り向くと、そこにはアサルトライフルを構えた男が立っていた。
ソレが片想いをし、とうとう実ることがなかった相手だ。
「……な、んで」
二度と出ないのではと思っていた声は、案外簡単に捻りだすことが出来た。
震える声で、問いただす。沖合健斗に。水橋が恋をしていた男性に。
「何で、泣かないの……友達、だったんでしょう?」
「ああ。僕は水橋と友達だった。いや、正確には親友だった」
「だったら何で!」
「……だからこそ、泣いてる暇はない。水橋は最後まで神崎直樹と草壁炎、狭間心を案じていた。あの男が神崎直樹より先に狭間心に辿りついてはならない。僕はこれから、キングを足止めする」
健斗は矢那が思っている以上に、水橋のことを想っていた。
案外、もうひと押しだったのかもしれない。戦争がなければ、水橋は片想いではなく両想いになり、矢那に対して惚気話を話していたかもしれなかった。
だが、もう永遠にその恋が実ることはない。中二をこじらせ、水鉄砲を愛銃とし、気取った話し方だった変な奴はもういない。
「み……ずはし……ゆ、う……」
なぜか私の知り合いは皆、私を名字で呼ぶ――そう苦笑していた水橋の亡骸に向かって、矢那はフルネームを呼び上げた。
血を武器として使用し、水橋の遺体はびりびりに破れた風船のようになっている。水色の髪だけが、彼女が彼女であると証明する証だ。
ノエルの遺体は見当たらない。だが、生存を夢見るほど、矢那は能天気ではなかった。
水橋もノエルも、もう死んだ。矢那が怒り狂い、暴走している合間に殺された。
「ご……めん……二人とも……私の……せいで……」
「いや、それはない。……少なくとも、僕の知る水橋は君のせいにしないだろう」
「……そう、かな。ま……アイツなら、確かにそういいそうだわ……」
ハハ、と短く笑い、目じりに溜まった涙を拭う。
そして、空を見上げた。キングがいる方角を、気丈な――暗さが消え失せた確たる意志を感じさせる瞳で。
「まだ……囮は必要なはずよね」
「そうだ。……行くのか?」
「ええ。逆にここで行かなかったら、私は最低のクズよ」
「水橋だったら」
「言わないわね。でも、私は言う。客観的に見て、今の気名田矢那って女はクズ。でも、最後くらい……直樹達の役に立てば……まぁ、ちょっとぐらいはマシになるんじゃないかしらね」
既に悪意は吹き飛んでいた。義務を果たすという正の感情が悪意を殺しきった。
後は自分のやることを正しいと信じ、行動するだけである。メンタルズや水橋達、仲間達に、恥じることのないように。
「……水橋、いや、優。私って、あまり自分の気持ちを正直に表せないのよ。恥ずかしかったりしてさ。でも、今なら言える。あなたは私の人生の中で最高の友達だったわ」
出会いは最悪だった。
水橋は中立派のエージェントとして、矢那は異能派の戦闘員として、敵対していた。
矢那が直樹に負け、水橋が中立派に矢那をスカウトし、それから交友が始まった。
期間はとても短い。半年にも満たない。でも、直樹に負けてから……彼らと共に過ごしてからは今までの人生が嘘のように楽しかった。
だから、恩義を返そう。誰かのため、というよりも自分自身の義務として。
個人的な感傷で、他人のために命を散らそう。
「ちょっと行ってくるね。……言っとくけど、別に自殺しようってんじゃないわ。次に繋ぐためよ」
そう言い残し、雷が迸った。日が暮れ始めた黄昏の中、今までよりも強く光り輝いて。
敵は思ったよりも近くにいた。今度は別の誰かを殺すため、獲物を見定めているらしい。
そこに狩られる側――矢那が突っ込む。大を生かすため、小を犠牲にする精神で。
(直樹だったら怒るわね。というよりみんな怒るかも。私だって私以外の人がこれやったら怒るし)
奇妙なことに、直樹達全員が矛盾していた。誰かが犠牲になるというのは赦せない。だが、自分が犠牲になることは許してしまう。
おかしな、頭のいかれている集団。だが、それでもまともに見えてしまうのは、世界がそれだけめちゃくちゃだからだ。
(ヒーローってのは存外……みんなイカレ野郎よね。ま、私はどっちかっていうとヒールだけど)
自虐を交えながら、矢那は目標前に姿を現す。夕日を背にしたため、眩しそうな顔を浮かべるキングがよく見える。キングの身体には大量の血が付着していた。恐らく、水橋の血だろう。
「飛んで火にいる何とやら」
「失礼ね。私ほど美しい虫がいるかしら」
軽口を叩きながら、キングを見据える。キングは、全身に浴びた血のせいで、みすぼらしく見えた。
まるで、敗者だ。戦闘に勝利したというのに、風貌は敗者のそれだった。
「……お前も俺を舐めてんのか」
「舐めるわけないじゃない。あんたみたいな汚らしい男、こっちから願い下げよ。水橋もかわいそうね。あんたみたいなのについたんじゃ、血だって穢れちゃうわ」
「お前も死ねよ」
キングが黒弾を放つ。凄まじい速さ。一撃必殺を狙った攻撃だろう。
雷鳴を轟かせ、驚異的な破壊を回避する。
(ま、流石に即死じゃいかないでしょ。攻撃を与えないと……そう、物理的でも異能的でもない。精神的に)
キングは確実に弱っていた。肉体的ではなく精神的に。
自信を喪失しかかっている。自分の行いが、自分にとって本当に正しいのか。悪党なりの正義というものが揺らぎ始めている。
そこに、矢那は付け込む。異能とは想いの力。心が揺らげば揺らぐほど、勝機を見出せる。
「なんか弱ってるみたいだけど? アンタ、色んな人間に“善意”をぶつけられて困ってるんでしょ?」
「……」
「アンタはぼっちで、直樹はリア充。何でそうだかわかる? きっとわからないでしょうね。無駄に敵を作って無駄に争いを起こすアンタには」
ふん、と自分でも最低くそ野郎と想える見下し感を醸し出しながら、矢那は相手を罵倒する。
こういうのは一番自分が最適だ。嫌な奴に嫌なことをさせるのが一番である。
矢那の煽りを受け、意外にもキングが尋ねてきた。ピタリと空中で止まり、矢那に問いを投げかけてくる。
「わからねえよ。教えてくれねえか?」
「意外に素直ね。……単純よ。直樹は良い奴で、アンタがくそ野郎だからよ!!」
迸る閃光、降り注ぐ雷撃。唐突に湧き出た雲から、神のいかづちが鳴り響く。
矢那の最高の一撃を頭から受け、なおキングは平然としていた。何事もなかったように、停止したままだ。
否、どうやら認識は間違っていたらしい。
「ざけんなざけんなざけんなざけんなざけんなぁ!!」
呪詛の様に不平を言い、突然叫んだキングは、
「死ねよおらぁ!!」
瞬間矢那の目の前に現れ、触れるモノ全てを破壊する拳を見舞ってきた。
「ッ!? く――」
右腕での反射的防御。だが、キングの攻撃は防いではいけなかった。
グシャリ、とある種芸術のような鋭さで、矢那の右腕は真っ二つにされた。
「……ッ! わかっていながら――」
「何でだ何でだ何でだ! お前も! 何で死ぬってわかってるのに向かってくる!?」
下がった先で、矢那は黒弾を直撃してしまった。
どうやら怒りながらも冷静さを失っていないらしい。それではまずい。相手のペースを乱す必要がある。
だから、矢那は笑いながらその攻撃方法を選択出来た。
「そりゃあ、あったりまえでしょ! 直樹も炎も心も! 私の――私達の――」
矢那は渾身の力で、全体に雷を纏わせ、キングにタックルを喰らわせる。
これ以上の引き伸ばしは無意味。この一撃こそが、決死の特攻こそが、キングに対する最大の攻撃。
「仲間――だからよ」
矢那はかつての父親と同じように、どこか達観した顔立ちで、突撃していった。
「……メンタル、聞こえる?」
『姉さん!?』
携帯から聞こえた妹の声に、心はほっとする。
すっかり日も暮れ、もう夜である。戦火が飛び交う地球など露知らず、夜空の星々は綺麗に輝いていた。
まだ残っている草原の中、手近な石の上に座り、心は携帯に耳を当てていた。
メンタルは今、どこにいるのだろう。想像しながら、家族との会話に集中する。
「……一度合流したい。キングが来る前に。直樹達の居場所はわかる?」
『記憶……取り戻したの?』
恐る恐る尋ねてきた妹に、心は小さく笑いながら返した。
「ええ。――後は直樹と会うだけ。……それで全てが終わる」
『意味がわかったの?』
今度は申し訳なさそうな顔で、心はメンタルに応えた。
「……まだ。……でも、直樹と会えば……何とか、なると思う」
根拠は全くない。だが不思議なことに確信している。
それはメンタルも同じだったようだ。
『そう。なら安心ね。……私は馬で移動しているから――』
「……馬? そう、馬、ね」
急に出てきた草食動物に疑問を感じながらも心はメンタルの言葉を聞き続けた。
『ええ、馬。きっとどこかの牧場か何かで飼育されてたんだと思う。たぶん、特に進路を変えずとも会えると思うから、私は明日には――ッ!?』
突然、メンタルが驚き、それに呼応して心も立ち上がった。
嫌な予感がした。彩香の時と同じ、死神の臭いだ。
「メンタル!? メンタル応答して!?」
返事はない。代わりに聞こえてきたのは馬のいななき。焦る心の耳に、メンタルの声が再び聞こえた。
安堵したのも束の間、次に妹が言ったセリフで、根拠のない安心感は完全に吹き飛んだ。
『ごめん……姉さん。合流出来そうにない。先に行ってて』
有無を言わせず、電話が切れた。
ツーツーと鳴り響く、不気味な音を聞いた後、心は再びメンタルに発信する。
だが、繋がらない。留守番メッセージすら聞こえてこない。
最悪の展開に、心は居ても立ってもいられず走り出した。
滲む視界の中、震える声で、機械仕掛けの魔法を紡ぐ。
「――デバイス……起動!!」
身体ダメージを度外視して、心は走る。例え、間に合う可能性がゼロだとしても。
月と星が、暗殺少女を優しく照らしていた。