捜索
「炎! 大丈夫だったか!?」
直樹は警察署に戻ってきた炎に駆け寄る。
「うん、大丈夫だよ」
炎はにっこり笑って答えた。後ろには右腕に包帯を巻いている青髪の女性もいる。
「えと……水橋さんでしたっけ? その怪我は?」
「ああ、これか。気に病むことはない。私は君達に謝らなければいけないな」
そう言って、騙して済まなかったと水橋は頭を下げた。
「あ……えと……」
「いいですよ。仕事なんでしょう?」
直樹がしどろもどろになっている間に炎が頭を上げさせる。
「うむ。実にふざけた仕事内容だ。未成年にこのような事をやらせるとはな」
ふー、と水橋はため息を吐く。
「大丈夫ですよ、私は」
「う……うん?」
炎が言葉を返すと水橋は微妙な表情になる。
なぜそんな風になるのか直樹は気になったが、駐車場での立ち話もなんだということで、警察署の中へ移動することになった。
とはいえ場所は例の会議室だが、この際贅沢は言ってられないだろう。
「炎」「炎ちゃん!」
「あ、浅木さん!」
炎は浅木と言われた女性を確認するや否や、その胸に飛び込んだ。
「久しぶり!」
「お久しぶりです!」
旧知の仲なのだろう。弾けんばかりの笑顔で炎は浅木と話し始めた。
「俺には飛び込んでくれたこと一度もないのにな」
「セクハラ発言は燃やしますよ~」
達也が呟くと、ご機嫌な炎が言う。
「ふむ、あなた方にも謝罪したい。脅しのような言い方をして悪かった」
「別にいいさ。すぐに炎も解放してくれたしな」
達也の言葉に水橋はありがとう、と頭を下げる。
炎は割とあっさり釈放された。というよりもあくまで心を釣る為のエサであり、心が引っかかった時点で用済みだったという。
炎を元気付ける為に会話していた直樹は、強面の黒スーツがやってきた時肝を潰しそうになったものだ。その後のごめんねぇー、乱暴にしちゃってねぇという黒スーツの言葉で、別の意味で驚かされたが。
「ふふ、いいなあなたは。私はあなたが好きだ」
水橋はそう言って微笑む。すると、浅木が反応した。
「あなた、今の言葉はどういう……?」
「どうもこうも、そのままの意味だが」
少々困惑した水橋が答える。炎がやば……と言葉を漏らした。
「残念だけど、達也さんは私のものだから!」
「むっ……。何を怒っているのか分からないが、そう言われるとかちんと来るぞ」
水橋が不機嫌になる。何が起こっているのか分からないが、関わりにならない方がよさそうだ。
そう思った直樹を、達也と炎が引っ張って行く。廊下に出ると怒鳴り声が聞こえてきた。
浅木という警察官が物凄い勢いで捲し立てている。
「浅木さん……って」
「少々あれな奴でな。普段はいい子なんだが」
「でも……達也さんのせいだと私は思いますけどねー」
炎が達也を睨む。どうして、と達也が返すと、
「女同士の秘密です」
と言ってジュースを買いに言ってしまった。
「はぁ。無理だと何度も言ってるのにな」
「自慢にしか聞こえないんですが……」
直樹は思ったままを口にする。美人の警官に追っかけられてため息を吐くとは羨ましい限りだぞ。
「しかし、君にも色々と迷惑をかけたね。だが、もう少しの辛抱だ。後少しだけ協力してくれ」
「別に……自分は何もしてませんから」
自分はただ非力さに嘆くか他力本願しかしていない。直樹がここ数日に行ったことはそれだけ。自分の情けなさを痛感し、腹痛と勝負しかしてないと直樹は思っている。
「そんなことはない。確かに目には見えないかもしれないが……君は炎を支えてくれた。それだけで十分だ」
「……そう、ですかね」
直樹の呟きにそうだともと達也は頷いた。
そういえば、と直樹は気になっていたことを口にする。炎と達也、二人の関係のことだ。
炎がいない今がチャンスのような気がした。
「炎と達也さんってどういう風に出会ったんですか? 炎って本当は普通の女の子ですよね」
「……。そろそろ話しておくべきか」
達也はそう言って、過去を懐かしみながら語り始めた。
「俺達が出会ったのは五年程前になる。……炎は、中学生になるかどうかぐらいだったかな。彼女はとても荒れていた。今とは全くの真逆の性格さ」
今とは真逆。そう言われても直樹にはピンとこない。あの炎がまさかと思うだけだった。
「お兄さんが死んで、精神的支えを喪った炎は……壊れかけの機械と同じだった。出会いのきっかけはある事件でね。学校が一つ全焼したんだ。公には事故ということになっているが……違う。炎が暴走した結果だ」
直樹は息を呑んだ。
聞いてはいけなかったのかもしれないと、後悔すらしている。
そんな自分に嫌気がさした。
「とはいえ、死傷者は誰一人出ていない。大火事だったのにも関わらずだ。それはきっと炎の優しさだ。誰かを傷付けたくないという気持ちが、そうさせたのだろう。確かに人為的だったのかもしれないが、俺は炎に罪はないと思っている。学校側の異能者に対する配慮が足りな過ぎた結果だ。だから俺は炎を助けたし、その事を後悔していない。でも……ん?」
「達也さん……?」
達也が廊下の突き当りを見つめる。
そして、何事もなかったように話を続けた。
「いや、何でもない。話を続けるぞ。炎にとっては、違った。自分は放火魔だ、大変な事をしてしまった、と。だから、俺は彼女に一つ提案をした。その力を人を助ける為に使ってみないか、とね。それが、炎が警察に協力している理由さ。ショックだったかな?」
「……ええ、多少は」
「本当は言いたくはなかったが、君には知る権利がある。降りても構わないが、これだけは約束してほしい。炎には普段通り接して……」
「大丈夫です、降りませんし、炎とはいつも通り接します。俺には何が良くて何が悪いかなんてわかりません。でも、炎は俺の友達ですから」
直樹の本心だった。これだけは譲れない。
ヒーローみたいな真似は出来ないし、何の取り柄もない自分だが、過去を知ったから炎に冷たく当たるなんてことはしたくない。
「俺にとっての炎は……今の炎ですから。昔何があったかなんて関係ありません」
「そうか……ありがとう」
カランコロン、という音と共に缶ジュースが突き当りから転がってきた。
あわわわと慌てながら、炎が缶ジュースを拾う。
「おい……大丈夫かよ」
直樹は走って缶ジュースを拾いに行く。三つあった缶ジュースを一つは直樹が、もう一つは炎が拾う。
最後の缶ジュースを拾おうと、二人は同時に手を伸ばし、手と手が触れた。
「おっと悪い」
「あ、あ……あ……」
炎が妙な声を上げる。不思議がった直樹が炎の顔を見ると。
今まで見たことのないような赤さの、炎の顔があった。
「う、うわああああ! 何でもない、なんでもないぃいい!!」
炎は叫びだすと、そのまま走り去って行ってしまう。残された直樹はポカンとした。
「青春だねえ……」
達也は苦笑しつつ、独り言をこぼした。
土日を挟み、月曜日の朝、直樹は登校の準備をしていた。
ピンポーンとチャイムが鳴る。また炎が来たのだろう。
「お、おはよう……」
「おはよう」
直樹が鞄を肩に掛け、家を出る。炎と共に通学路を歩くのだが、奇妙な違和感を感じた。
「どうしたんだ?」
「べ、別に?」
炎の距離が少し遠い。前は距離感考えろよという近さの時もあったのだが、ほんのちょっとだけ、遠い。
とはいえ、避けられているとも言い切れない距離。何が起きたのか、直樹にはさっぱりだ。
「今日、心は学校に来るかな……」
と尋ねてみても、
「え? あ、うん……」
と上の空だ。何か別の事に気を取られているようだった。
「おい、炎……」
「やあ、二人とも」
心ここにあらずな炎に直樹が話しかけようとすると、後ろから声を掛けられた。振り返ると、水橋が私服姿で立っている。
「どうしたんですか?」
「いやなに、たまたま通りかかったものでね。それに二人には正式に挨拶をしなければいけない」
「正式な挨拶?」
「そうだ。私達は……っと、炎君?」
水橋は炎へ訝しげな視線を投げる。だが、炎は聞いていない。
「炎、おい、炎!」
見かねた直樹が炎の肩を叩く。すると、炎はきゃああ、と悲鳴を上げる。
「な、何!?」
「そんな声上げなくても……」
直樹は少し傷ついたが、炎に水橋の事を気付かせるという目的は果たせた。
「あ、こ、こんにちは」
「それを言うならおはようだ。まぁいい。我々と異能犯罪対策部は協力関係を結ぶことになった。今度からはちゃんとした仲間だ。よろしく頼む」
「よろしくお願いします、水橋さん」
ぺこり、と炎が頭を下げる。直樹も一応会釈した。
「ふふっ。もうすぐ心君との協力も取り付けるだろうし、ほんの僅かな共闘関係となりそうだがね」
そういえば、と水橋は鞄をごそごそと漁る。透明な拳銃を二丁取り出した。
水鉄砲だった。
「これをあげよう。この水鉄砲はとてもいい物だ」
「は、はぁ……」
水鉄砲を直樹と炎に渡し、上機嫌な水橋。自分も水鉄砲を取り出し、ガンマンのようにくるくる回す。
(この人って……もしかして)
痛い人だ、と直樹は直感したが、口には出さなかった。
炎を見ると、彼女も同じ結論にいたったようで、うわあ、と少し引いている。
パシッ、とポーズと決めた後、水橋はまた会おうと言ってどこかへと行ってしまった。
(まぁ、使えなくはないんだけど)
軽い割にとても丈夫な素材で出来ているようで、これで殴ったらかなり痛そうだ。
炎がまた火を噴き出した時の為に持っておくのがいいだろう。
今持っている百円の水鉄砲とはお別れだ。
直樹は鞄の中へ水鉄砲を仕舞った。
「にしても、変な人だったんだな……薄々感じてはいたけど」
どこか芝居臭い話し方ではあったのだ。まさか素だったとは。
「そうだね……って近いよ!」
炎は全力で離れ出す。直樹は口を開けて呆けた。
「え……。そんな全力で逃げちゃうの……。何か嫌われるようなことしたか?」
直樹が訊ねると炎は首を横にぶんぶん振る。どうやら違うようだが……。
「嫌いじゃない、嫌いじゃないんだよ!? でもね、色々事情があるの!」
その事情とやらは分からないが、あまりにうかうかしていると遅刻しそうだ。直樹は炎を促した。
「早くしないと遅刻しそうだ。急ごう」
「あ、う、うん!」
直樹と炎は走って学校へと向かった。
やはり、心は出席していなかった。体調不良、と新しく担任となった菅原が言う。
「最近物騒だからね、気をつけたまえ。なぁ、炎君?」
「あ、はい……」
炎が控えめに返事をする。彼女らしくないな、と直樹は思ったが、気持ちは分かった。
菅原は若いので、他の教師と比べて接しやすい……はずなのだが、直樹にはどこか話しづらい。具体的に言葉には出来ないのだが……。
「今日は生徒会長の挨拶があるらしいから、これから体育館に向かう。みんな、移動の準備をしてくれ」
菅原の言葉で、クラスメイトは一斉に動き出す。準備と言ってもただ向かうだけなのだが。
「行こう、炎」
「うん……」
やはり炎の距離は近くて遠い。一体なんなんだ、と直樹は頭を掻きむしる。
体育館には教員、生徒問わず集まっていた。少しひんやりとする床に座り、校長の有難すぎるお言葉の後、生徒会長が登壇する。
「くっそ、面倒だなぁ……」
智雄の意見に珍しく直樹も同意する。無難な言葉の羅列はもう聞き飽きた。
「どうも、みなさん! こんにちは! 生徒会長の高木祥子です」
はずだったのだが、不思議と、話に耳を傾けている。
溢れるカリスマのせいなのか、声が耳に心地よいのか、いつもちゃんと聞いてしまう。
「いいよな、高木先輩……。美人だし、声綺麗だし……」
「また智雄君はそういうこと言う。でも、分かるなぁ……」
久瑠実を見ると、うっとりした表情で生徒会長の話を聞いている。自分も似たような顔になっているのだろうか。
炎は……と様子を窺おうとしたが、彼女は少し離れた場所に座っている為、直樹からは見えない位置にいる。
いや、そんな暇はない。もっと話を聞かなくては。生徒会長の話はすぐ終わってしまうのだ。
炎を探すことがどうでも良くなった直樹は生徒会長の声を傾聴し始めた。
「んあ?」
思わず間抜けな声を上げてしまう。完全に眠りこけていた。
周りを見ると、皆教室へ戻ろうと立ち上がっている。眠い目を擦って炎も慌てて立ち上がった。
昨日……というより三日ほど寝不足である。原因ははっきりしていた。
もう整列する必要はなくなったので、その原因を探す。
見つけた。久瑠実といっしょだ。
「直樹く」
「生徒会長、本当にいいよな!」
(あれ?)
炎が声をかけようとした原因は、久瑠実に対し、生徒会長について熱く語り始める。
「美人だし、声も綺麗だし、真面目で勉強も出来るし、胸も大きいし!」
(む、胸!? 直樹君、何て事を……)
久瑠実が怒り出すぞ、と炎は思ったが、どうも様子が違う。久瑠実はうん! と大きく頷いて、
「ホント、綺麗だよね! 完璧超人って感じ! もし私が男の人だったら、惚れちゃうね!」
(え……?)
炎は少し茫然とした。周りの生徒達も似たようなことをしゃべっている。
(生徒会長ってそんなに人気なのかな……?)
転校して一か月程度しか経っていない炎にはよく分からなかったが、この学校の生徒会長は人気が高いようだ。
「おう、今すぐにでも告白したいぜ! そうなんだよ、黒髪ってのがいいんだよ。それ以外は邪道だよな!」
「え……?」
炎はどきんとした。黒髪がいい?
自分の髪を摘まむ。炎の髪は生まれつき赤みがかかっている。
燃える炎のようだったから、両親は炎という名前をつけたのだ。
「それに背も大きくて、巨乳! お尻も大きいし!」
下品な事を言う直樹。だが、今の炎には重要な情報だ。
(……胸は平均……他の部分も……)
炎はポンポンと自分の身体を構成するファクターを確かめる。気分が落ち込みだした炎に、直樹の言葉が突き刺さる。
「全く、炎も見習ってほしいもんだぜ!」
「っ!?」
見習う!? 何をどうやって? っていうか直樹君はそういうのが好みなの!?
炎は混乱した。なので、とりあえず走る。
猛ダッシュで直樹の隣を走り去る炎。直樹が、「おい炎、お前も生徒会長について話そうぜ!」と言ったが、炎は無視した。
気づいたら、校庭である。はぁ、と炎は嘆息した。
一応全校集会なので、自習時間だ。教室にいなくても問題はない。
とはいえ、校庭のベンチに一人座っている姿は、不良少女にしか見えないが。
「直樹君……はぁ……」
炎はため息を吐き続ける。ため息しか出ない。
今思えば、あの時聞いた話で、直樹は炎の事を友達と言っていた。つまり、自分の事を異性として見ていないということである。
いや、それを言うならば炎だってそうだった。人の事を言えないのだが……それでも……。
複雑な(単純明快かもしれないが)乙女心に炎が戸惑っていると、校門から校内を覗く不審な人影を目撃した。
炎は何者か見極める為にじっと観察する。状況によっては警察官モードだ。
すると、その少女に見覚えがあることが気づいた。名前は……確か。
「角谷彩香……ちゃん?」
「来てしまった……来てしまったぞ、リア充共の巣窟に……」
気怠そうな顔をして、彩香は校舎を見上げる。
自分には縁遠い場所。決別した場所だったが、この忌々しい動物園に来たのには理由がある。
(草壁炎と神崎直樹。この二人を探さないと……)
だが、どうやって接触すればいい? 校舎から侵入し堂々と尋ねるか?
(ムリ、ムリムリムリムリ! そんな事できっこない!)
彩香は頭をぶんぶん横へ振る。不審者と間違われるのがオチだろう。
やはり、無難に放課後まで待つべきなのだ。しかし。
(あれとずっと家に居なきゃいけないのか……)
それだけは勘弁してほしい。それが嫌で、わざわざ出向いてきたのだ。
(この際、どこかで暇を潰すのがベストかな……)
と踵を返そうとしたその時、彩香の背中に声がかかる。
「こんにちは」
「ああ、こんにち……っ!!」
社交辞令を交わそうとした彩香が思わず息を呑む。身体が硬直していた。
メガネを掛けた教師風の男がこちらへと歩いてくる。
無意識に透視能力が発動し、自身の能力が発動した事を後悔した。
「あ……アンタ……!」
「どうしたのかな。迷子か、学校をさぼったのか……。どちらにしろ話を聞く必要がありそうだ」
スッと男はポケットの中に手を突っ込む。彩香はそのポケットの中に何が入っているのか見て取れた。
黒光りする……それは……っ。
「おや、どうしました?」
何だ? これ以上何が来る?
彩香が声のした方を振り向くと、警察官がこちらに向かってきた。
最初こそ、警察!? と狼狽したものの、透視能力で男の胸の内を探ると一安心した。
「あ、警察の方ですか。いえね、この子、うちの学校の子みたいなんですが、校門前でうろちょろしていましてね」
彩香は必死に首を振って否定する。
それを見て察した警官が言葉を発した。
「いや、確かこの子は家出ですね。俺は生活安全課なものでね、届けを見たことがある」
「へぇ。しかし、一度学校で……」
「パトカーで来てるので大丈夫ですよ」
教師は食い下がろうとしたが、警官は行こうか、と言って彩香の腕を引っ張って行く。
教師の舌打ちが、彩香の耳に聞こえた。
パトカーに乗った彩香は警官にお礼を言った。
「助かったわ。ありがとう」
「礼には及ばない。さて、君はどうしてあの場所にいたのかな?」
彩香は伝えるべきことを取捨選択し、答える。
「お友達に会いに」
「そうか。で、炎と直樹君には会えたのかな?」
「……。まだ授業中だったから、会えなかったわ」
いとも簡単にばれた。彩香は心の中で愚痴をこぼす。
こういう実務はパートナーの仕事だと言うのに。あんな状態でさえなければ……。
「で、どうするんだ? 家まで送るかい?」
「いや、ここまでで結構。歩いて帰れるから」
警官は素直に彩香に従い、パトカーを路肩へ止めた。
「じゃあ」
「待て」
呼び止められた彩香は止まる。警官は窓を開けて、訊ねてきた。
「お友達には、俺から伝えた方がいいかな?」
「……そうね、共通の友人を通して、初めて会った場所に来て、と言っておいて」
「……了解した。じゃあ、気をつけて帰るんだぞ」
パトカーが走っていく。彩香はパトカーが見えなくなったことを確認すると、透視能力を用いて、尾行がいないか注意深く見渡しながら、心の家へと戻っていった。
「なぁ、ここでいいんだよな」
「そうだよっ!」
喫茶店に座りながら炎に訊くが、炎は不機嫌なようで、すぐそっぽを向いてしまう。
いつぞやの再来か、と直樹の頭が痛くなった。何でそんな状態なのか、直樹には全く心当たりがない。
「で、誰が来るんだ? なぁ……」
「知らないよ!」
炎は腕を組んで、頬を膨らませている。
なぜだ。俺はただ、帰り道に生徒会長がいかに素晴らしいか教えてあげただけじゃないか。
「……くそ、炎に生徒会長の慈悲深さが少しでも……いてえ!」
ガン、とテーブルの下から足で蹴飛ばされる。なぜだ? 何でなんだ?
「直樹君のばぁか」
ふん! と炎は鼻を鳴らす。
直樹の頭痛がひどくなる。
くそ、この少女が何を思っているのか誰か解説してくれ。
「してあげてもいいけど」
カランコロン、と鈴が鳴り、スウェット姿の少女が入ってくる。
名前は……確か……。
直樹が記憶を思い返していると、まるで心を読んだかのように少女は言葉を発した。
「角谷彩香。今日はあなた達二人にお願いがあってきたの」
「お願い?」
炎は腕組みを解いて、彩香を見つめる。彩香は二人を見渡しながら言う。
「私のパートナー、狭間心を助けて欲しいの」
「心を?」
今の言葉にはいくつか情報が含まれていたが、直樹が一番関心を持ったのは心を助けて欲しいという事のみである。
「そう。お礼にそこの女の心を透視してあげるからさ、協力してほしいんだよね」
「ッ!? 透視って……?」
炎がばっと両腕をクロスさせてガードポーズを取る。
彩香は右手を前に振りながら、
「あー、無駄無駄。私にはあなたの下着の色までばっちりと見えちゃうから」
「……ちなみに、何色なんだ」
好奇心に打ち負けた直樹が零す。その横顔を炎はぶん殴った。
「てえ……」
「直樹君が悪いんだからね?」
「ま、どんな状況かは見てもらった方がてっとり早いわ。付いて来て」
彩香が店を出る。何も注文していないのに悪いと思ったが、直樹と炎も続いた。
「心ちゃんと彩香ちゃんってどういう関係なのかな?」
炎が先を歩く彩香に尋ねる。
とりあえずパートナーだとは言っていたが……。
「パートナー。詳しい話は心が元に戻ってから」
「元に戻る?」
どういう意味だ、と直樹は訊くが、彩香は見れば分かるの一点張りだった。
そうこうしている内に民家へとついた。昔ながらの、質素な家屋だ。
「さあ、入って」
ガチャと彩香が玄関を開ける。
直樹と炎が中に入った瞬間、どたどたと誰かが廊下を走ってきた。
「おかえり~! 彩香ぁ!!」
バッと彩香に跳びかかる。彩香は思いっきり頭を打ち、あうあ! という悲鳴を上げた。
その人物はしばらく彩香と抱擁――ただし一方的な――をしていたが、顔をこちらに向けると大きな声を出す。
「ああ! 炎と直樹も、遊びに来てくれたの!? うれしい!」
直樹と炎は、驚きすぎて、声も上げられなかった。
彩香に抱き着き、嬉しそうな声を上げたのは、異能殺しという悪名高い暗殺者、狭間心本人だったからだ。