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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第六章 壊れる世界
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堕ちた雷

「……通信妨害ジャミングがひどい……」


 携帯を片手にメンタルズへと連絡を取ろうとしたメンタルはノイズしか返って来ない現状に嘆息した。

 無能派が無意味な妨害工作を行っているのだろう。だが、異能派は一部の異能者を除いて連携を必要としない。彼らひとりひとりが独立した軍隊なのだ。

 となると、連中の回線をハックして、情報を秘匿しながらメンタルズと連絡を取るしかない。骨が折れる作業である。

 平時なら簡単でも、戦時だと一気に難易度が跳ね上がる。ある程度予見してはいたし、メンタルズと打ち合わせをしておいたのだが……。


(まずはとっかかりを見つけて……。連絡手段だけでなく移動方法も探さないと)


 携帯片手にボロボロの街を歩く白いパーカーのフードを被る少女は辺りを見回した。

 ここから目的地まで、歩きでは三日はかかる。いくら身体能力が高いメンタルと言えど、徒歩で進むには長すぎる道のりだ。

 車両を運転することは出来る。が、敵の索敵レーダーに引っかかってしまうかもしれない。メンタルが装備している身体強化デバイスには副次効果として姿を消してくれる機能が搭載されているが、搭乗した乗り物まで隠してくれるほど有能ではなかった。


「……どうする」


 無意識に独り言を漏らす。どうするかどうかは自分で決めるしかない。

 幸運なことに、選択すべき事柄は多くない。連中のネットワークを借りて、メンタルズの連絡を取る。次に、移動手段を確保する。

 悩むとすれば乗り物だ。そこら辺の民家に転がっている車かバイクを拝借出来ればいい。


「残っていれば、だけど」


 メンタルは周囲を見回し、めぼしい物が何一つ存在しない状況に嘆息した。

 辺りに転がるのはガレキの山。敵は街を破壊可能なオブジェクト程度にしか思っていないのだろう。

 戦争では有り得ることではある。必要なのは土地だけなのだ。その上に立つゴミは燃やし尽くしてしまえばいい。

 奴らに再利用などという賢い選択など不可能だ。今回の目的、戦の勝利の意味するところは反対勢力の完全掃討にあるのだから。


(……戦争とは本来、相手側と自分側の戦力を鑑み、どれくらいの損害でどれくらいの利益が勝ち取れるか考慮して行うはずのもの。今まで起きた戦争のほとんどの理由は大抵金か土地、利権だった。でも、今回の戦争は……)


 ただ相手を殺すため、がむしゃらに振るわれている拳の応酬。ある意味、喧嘩に近いような原始的なものだった。

 戦争というのはバカバカしく見えて、実際には相当計算されて起きている。

 自分達はどれくらいの被害を受けても問題ないか。相手にどれだけ損害を与えればいいのか。

 戦争を止める時の線引きは? 行うことによって自分達にどれくらいの利益が生まれるのか?

 それらをお偉い方が頭を使って考えて、国民の感情を煽り、戦争を起こさせる。

 ここで登場するのは安っぽい正義という言葉だ。

 我らに正義があって、向こうは悪である。相手は忌々しい化け物である。だから、我々は人を殺しても全然問題ない。正しいことをしているのだから、お前らは罪の意識を持たずに人を殺してしまえ。

 だが、時代が経つにつれ、敵国も同じことをしていることがわかってきた。

 まぁ、単純なことだ。王制だろうが民主制だろうが、国を支えるのは国民達だ。結局人間というのは大多数の意見に従いやすいのだから、何とかして国民達を扇動し、その気にさせるしかない。

 それが出来なければ、その国が回らないだけだ。革命が起き、別の人間がその国を取る。

 此度の戦争もそれに似てはいる。異能派と無能派。力を持つか否かの人間達が、世界を自分の勢力一色に塗りたくろうとしている。

 丁度、白い画用紙を取り合っている子どもを想像すればいい。紙に色を塗るのは僕だ! いや、塗るのは俺だ!

 一見微笑ましいやり取りも、絵の具が血であり、筆が銃ならば全く笑えない。


「姉さんなら……どうする」


 廃墟と化した街を、携帯をいじりながら移動する。

 思考と右手、そして視線は全く別行動を取っていた。頭は答えの出ない問いを繰り返し、右手はハッキングを精確に行い、目は乗るに値する車両を探し求めている。

 姉……狭間心なら一体どうするのだろうか。喧嘩をしているこどもがその場にいたら。

 以前なら、姉はそのこどもを撃ち殺していた。争いを止めるため、自分の手を躊躇なく汚した。

 だが、今は、違う。その銃と絵の具を奪い、喧嘩はやめろと仲裁する。


(いや……少し前、と言った方が正しい)


 “今”という表現には語弊がある。今の狭間心は、こうして思考するメンタル自身によって、記憶を喪ってしまっている。技能と知識はあれど、思い出はない。

 人格も多少変わってしまっているのだろう。故に、本来なら彼女から連絡が来るはずだが、全く通信がないというのはそのためだ。

 一か所に留まるということもないだろう。今も転々と移動しているはずだ。あちこちで戦闘が行われている以上、安全な場所は存在しない。

 だからこそ、姉を見つけるのは想像以上に骨が折れる。ただでさえ見つけがたい彼女が、より慎重に姿を隠しているのだ。例え、クローンである自分でも、何の情報もなく見つけ出すのは不可能に近い。


「見つけ出さなきゃ……」


 それは狭間心に向けて言った言葉だったのか、乗り物に対して言ったのかは定かではない。

 だが、幸運にも馬のいななきが聞こえてきた。何で馬の声がと見たメンタルの視線の先には、ご丁寧に鞍までついた馬が。

 近所に動物園か何かがあったのだろうか。


「……仕方ないわね」


 メンタルは口笛を吹き、馬を呼び寄せる。人に馴れているらしい馬はすぐにメンタルの傍へと駆け寄った。


「道は険しいわよ」


 鞍に跨りながら、馬に忠告する。そして、手綱を握り、メンタルは馬を走らせた。

 崩壊した街中を、フードを被った少女が疾走する。その様子は文明が崩壊した世紀末さながらの姿だった。





「この数……少し弱音を吐きたくなってきたわね……!」


 飛来する砲弾を寸前で躱し、両手に溜めた雷をお見舞いする。

 そこは常識を疑う戦場だった。もちろん、その常識とは情報統制された人間のみが抱いていた幻想だ。不可思議な力と、現実的な科学の力が交差している。

 矢那、水橋、ノエルの三人は善戦してはいた。だが、倒せど倒せど増援が来る状況に、疲労が蓄積してくる。

 さっさと心を見つけ出して欲しい、というのが本音だった。無論、一日やそこらで見つけ出せるほど甘いモノではないと覚悟していたが……。


「フン。見損なったぞ。昔はパワードスーツを着て我々五人相手を手籠めにしていたではないか」

「勝った相手に言われても、古傷が抉られるだけだわ……」


 横で水鉄砲を構える水橋が励ましを込めて茶化す。しかし、返答に意識を割かなくてはならなかったし、これでもかと飛んでくる銃弾の対処もしなくてはならなかったのであまり効果がなかった。

 そうこうしている間にも、今度はノエル目掛けて騎士風の恰好をした男が突っ込んでいる。恐らくは異端狩りだろう。

 矢那は援護するべく右手に雷を集めた。そして雷球をぶん投げる。うわっ!! という敵の悲鳴が聞こえた。


「ありがとう、ヤナ」

「礼なら行動で示して。正直疲れてきた」


 ノエルの謝礼を適当にあしらう。気恥ずかしさもあるが、本当に疲労が蓄積していた。

 矢那は決して体力が少ない女の子ではなかったが、体力自慢というわけではない。

 無尽蔵に湧いてくるのかとも思える敵を前に、いつ電池切れを起こしてもおかしくはなかった。

 最も、それがこの作戦の目的でもある。敵と戦って目立つこと。敵が多く湧いてくるほど作戦が功を奏しているのだし、同じように戦っている水橋とノエルの二人が不平一つ漏らさないのだから、自分も何一つ文句を言わず戦った方が早期解決に繋がる。

 だというのにやる気が出ない。なぜだろうか、不思議と力が湧かないのだ。

 まるで彼女から戦う理由が喪失してしまったかのように、電撃は力なく光り輝いている。


「くっそー。何でこんなに力が出ないのかしら……」


 本調子を発揮してくれない身体を、矢那が訝しむ。停止し右手を見下ろした彼女は自分の後ろに迫ってくる敵に気付かなかった。

 すぐ真後ろを、風が吹き抜ける。ノエルの風の斬撃がステルス迷彩を纏っていた敵兵をダウンさせた。


「あ……ありがとう」

「礼を行動で示してみました。……このまま戦闘を継続するのは厳しいかもしれません。私もそろそろ疲労が溜まってきました」


 ノエルが水橋に進言する。横へ降りてきた彼女は三人をバブルで包んで、安全地帯で話を始めた。泡を打ち破ろうと敵が攻撃を加えてくるが、水橋の泡はびくともしない。


「ふむ……第一目標である上陸の援護は完了した。……日が傾いてきたし、日が沈むと同時に退却しよう」


 段々と日が暮れ始めている頃合いだ。後少しだけ戦闘を行い、夜になったと同時に撤退する方針を決めた一同は泡を解き、再び戦闘に移行しようとした。


「うっわっ!? 何で私の携帯が鳴るの!?」


 のだが、突然鳴り出した携帯に矢那が素っ頓狂な声を上げたため、戦闘を再開出来なかった。


「うわ……非通知。出ても大丈夫かしら……?」

「まぁたぶんな」「恐らくは……」


 二人に促され、恐る恐る携帯に出る。今まではそんなこと気にしたことはなかったものの、何が起こるのかわからない戦場では、ただの着信と言えど慎重にならなければならない。

 スピーカーモードにした携帯の画面の通話という表示をタップした矢那達の耳に何者かの声が響き渡る……。


『やほー。やっと接続出来た。この形態は気名田矢那さんの携帯で間違いないよね?』

「……何だ、彩香か。ビビッて損した」

『む……やっとネットワークを構築し終えて交信してるって言うのにその言いぐさは……』

「あーはいはい。悪かったわよ。で? 何で私に掛けたきたの? 心の居場所でもわかった?」


 矢那が問うと、急に彩香が押し黙った。しばらく続いた沈黙の後、彼女は言いづらそうに語り始める。


『まだ、心は。先に直樹達に連絡を取って……次にあなたに掛けたの。急いで伝えなきゃって思って』

「何を。もったいぶらないで早く教えてよ」


 矢那が電話越しに彩香を催促する。語調とは裏腹に、心拍は上がっていた。何かとてつもなく嫌な予感がする。次に彩香が発するのは、自分を打ち負かす呪いの言葉の予感がする。

 それでも、矢那は彩香の言葉を聞くことを選択した。また口を閉ざしてしまった彩香を、もう一度促す。


「教えて」

『……新来市に到達した直樹達からの報告でわかった。…………メンタルズが死んだわ』

「…………え?」


 ひどく、驚いた。

 身体の力が抜けた。

 気絶しそうになった。


「矢那!」


 水橋が倒れかけた矢那の身体を支える。


「え……そんな……だって……約束……」

「しっかり! ……ユウ、一度下がりましょう。ここは危険です」

「そうだな。私が支える。援護してくれ!」


 目の前で繰り広げられてるやり取りも、全て虚構に見えた。

 オカシイ。有り得てはならない。

 だって約束したんだもの。みんなでゲームするって。

 自分ならともかく……彼女達が約束を破ることは有り得ない。

 あぁ……そうか。これは彩香のつまらないジョークなのだ。疲れた私を驚かせるためのサプライズ。

 じゃないと説明がつかない。じゃないと理屈に合わない。じゃないと……。


「……嘘だ……ハハ……彩香……何もこんな時に冗談言わなくたっていいのよ? だってほら……今は戦争中だし……冗談が冗談に聞こえなくたっておかしくないんだから」

『矢那……っ。私は冗談なんて言ってないよ……』


 じゃないと、メンタルズが死んだことが、事実になってしまう。


「あ……そう……なんだ……」

「……矢那……」


 矢那以外の全員が息を呑む。

 矢那の顔は今まで見たことのないようなものとなっていた。


「ああ……そうか……死んじゃったんだ……遺体は……遺体は残ってるの?」


 ゾッとするような声に、彩香は震える声で応える。


『……メンタル1の……焼け焦げた遺体なら……後は跡形も残らず……』

「ああ……そうなの。じゃあ、お墓に入れてあげるのはメンタル1のみ……ちょっと……寂しいな……まぁ……でも……そこに……私も入れば――問題ないわね」

「矢那……おい……君は今なんて……」

「……花は何が良かったかしら。全員分の遺影あるかな……ああ……準備が大変……こんなことしてられない……」


 矢那は自分を支えていた水橋を押しのけ、泡の外に歩き出した。水橋とノエルが止めようとするが、時既に遅し。

 迂闊にも泡の外へと出た矢那の身体に、集中砲火が降り注ぐ。

 無能派の部隊が、多数の銃器を矢那に向け、一斉射撃を行ったのだ。


「矢那!!」「……いけない!」


 爆風と煙が矢那を覆う。二人が彼女を助けようと手を伸ばすが、圧倒的破壊が彼女目掛けて放たれ触れることが出来ない。

 しばらく銃撃と砲撃は続いた。その間、矢那は一切反撃をしなかった。


『矢那は!? どうなったの!?』


 彩香が必死に矢那の安否を問い掛ける。だが、それは現地に立つ水橋とノエルの二人にもわかりかねることだった。

 彼女達に出来たことは、矢那が無事であることを祈ること。身体だけではなく、その精神も。


「全弾命中……やったか?」


 敵の小隊長らしき男が、煙越しに矢那の死体を確認しようとする。

 通常ならば即死。だが、相手は人外とも言える存在。用心深くなることに越したことはない。

 煙が徐々に晴れてくる。そこを、その中にいる人影を、味方の水橋達も敵である無能派も注意深く見つめていた。

 そして、煙が晴れる。

 雷が鳴る。小隊長が吹き飛ばされる。


「お前達の……せいだ……」


 それは小さく、それでいてよく響く声だった。聞く者を凍らせるような魔の文言。

 矢那は生きていた。身体中から血を流し、左肩に至っては、皮膚が裂け中身である肉が剥き出しとなっている。

 快活の良さそうな顔は、血だらけだった。雷のような黄色の髪もボロボロになり、同じように雷光を放つ両目も、死んでいるのではないかと勘違いするほどに暗い。

 水橋達の祈りは半分叶い、もう半分は叶わなかった。

 矢那の精神は無事ではない。その場にいた二人は直観した。

 ああ……矢那はもう壊れてしまったのだ、と。


「お前達が……戦争なんて……するから……」


 矢那は生きる屍のように、敵へ歩み始めた。一歩、また一歩と足を進ませる。

 その姿は、さながら歩く死神のようだった。


「……異能があるかどうか……そんなどうでもいい違いに固執するから……」


 矢那はどうでもいい、と言ったが、世界中の人間にとってそれはどうでもよくないことである。

 異能を持つか否か――。それは天と地ほどの差がある。異能がなければ空も飛べないし、電撃を放つことも出来ないのだ。

 だが、何十人、何千人、何万人、何億人の人間がどうでもよくないと叫んでも、今の矢那には心底、どうでもいいことであることは間違いない。

 矢那にとって重要だったのはメンタルズだった。もちろん、仲間達も大切であるし、そもそも順位を付けること事態がおかしいのだが、もし優先順位をつけるとしたら、矢那は最優先でメンタルズを選ぶ。

 それほど大事で大切で……愛おしい存在だった。


「くそ! 全体構え……!」

「……赦せない……赦せないわ……ハハ……バカバカしい」


 矢那は笑い出した。大事な人の死を受けて……戦場の真ん中で、気が狂ったように笑う。

 彼女が笑うごとに、足を一歩踏みしめるごとに、雷音は大きくなっていく。ばちり、ばちりと。

 静電気が、いつの間にか……建物を崩壊せしめる雷撃と変わっていくかのように。


「まさか……今になって……オヤジの気持ちがわかるとは」


 矢那は立ち止まり、全身に溜まっていた雷を広範囲に拡散させた。

 戦場に落ちる、雷の雨。それは流星のように美しく、確実に敵を殺し尽くす。

 雷神が降臨したかのように、暗くなった街とも言えない廃墟の中、さらなる破壊が暗黒を輝かせる。

 後に残ったのは、水橋とノエル、そして悪意に染まってしまった矢那の三人だけだった。


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