足跡調査
「こりゃひでぇや」
まず口火を切ったのはエリーだった。
考えれば当然で、彼女は彼女達と面識がないのだから他人事のように呟くことが出来る。
だが、直樹と炎にはそんな風に平然と言い放つことは無理だった。
「…………」
絶句し、ただただ死体を見下ろす直樹と炎。
炎は目じりに涙を溜めて、口元を手で押さえ泣き叫ぶのを堪えている。
誰もいない街で泣いてしまったら、敵に居場所がばれてしまうかもしれない。そんな危険が、彼らに涙を流させない。
直樹はといえば、その黒焦げとなった死体を見つめ、茫然と立ち尽くしていた。
予感はしていた。だが、いくら前以てわかっていようが慣れられるものではない。
「死の臭い……戦火の香り。これが戦争だ」
冷たく呟いたガンマンはどこかから取り出した花を手に持って、メンタル1の亡骸に手向けた。
恐らくは彼女なりの礼儀。見ず知らずの相手だからと言って礼節を疎かにしたりはしない。
もしくは、感銘を受けたのかもしれない。強大な相手を前に、自らを犠牲にしても倒そうとした決死の覚悟に。
「私がえらそうに言うのもなんだが、コイツに手向けたいなら、アンタらは今すぐにでも動くべきだと思うぜ」
説教めいたことを言いながら、立ち上がろうとするエリー。寸前に何かを見つけ、ソレを懐に仕舞った後に彼女は立ち上がった。
エリーの言葉に直樹は頷き返す。
わざわざ言われなくてもわかっている。止まっている暇はないということぐらいは。
だが、それでも衝撃を受けてしまう。あれだけ誰も死なせない覚悟をしておきながら、むざむざと九人もの仲間が殺されてしまった。
それに、矢那へなんて言えばいいのだろう。間に合わなくて、メンタルズが全滅しました。そう言えばいいのだろうか。
「直樹君、これ」
苦悩する直樹に、炎が携帯を手渡しきた。受け取ると、そこには矢那とメンタルズ全員の待ち受けが表示されていた。
思わず目頭が熱くなってきた直樹は、メッセージが一件残っていることに気付く。
「これは……」
メッセージを見た直樹は、自然と歩き出した。全てのはじまりの場所へ。
「直樹……君……?」「おい……動けとは言ったが……」
何の説明もなしに進んで行く直樹に炎とエリーが声を掛ける。
だが、彼は答えない。ただ黙々と、誰もいない街を歩いていく。
「……ここ……は」
炎が呆けたように独りごちる。
ゴーストタウンを歩き続けた直樹達は一つの空地へと辿りついた。
直樹は何の迷いもなく空地へと入り、隠し扉を見つけると、ついて来て、と一言言い、そのまま梯子を降り始める。
戸惑う二人は顔を見合わせると、直樹の背中を追って行った。
「――敵の数が多いですね!」
サーベルを振るい、ピストルを構え、敵の集団を対峙しているノエルは、彼女にしては珍しく愚痴を吐いた。
圧倒的数が多く、兵器に頼っている無能派。そして、特殊な異能で数をカバーしている異能派。
その二つの勢力が争っている中、脇から突然現れた中立派。
本当ならばどちらかの勢力の後方を取りたかったところだが、ノエルの役割は囮である。派手に立ち回らなければ意味がない。
故に、一番危険な中心へと姿を躍らせる。ノエルには、それを可能とする力量がある。
戦場に吹き荒れる、恐ろしくも美しい暴風。ノエルは襲ってくる敵を薙ぎ払う勢いで奮闘していた。
「戦闘を止めてください! とでも言えば、それっぽく見えるでしょうか!!」
それはノエルの願いであり、そして彼女を頭のおかしいキチガイだと認識させてくれる魔法の言葉でもある。
私の目的は戦争を止めることです。だから、ここに立っています。他意はないのです――。
そう高らかに謳うことによって、敵の注意が直樹達に向かないようにする。
無論、もし出来るのならば本当に戦争をやめてほしい。
だが彼らは相手を殺したいという原始的な欲求で、頭がどうにかしてしまっている。相手を殺せれば、自分がどうなってしまっても、例え地球が滅びようともどうでもいいのだ。
「――ッと!!」
無能派の戦車隊がノエルに砲身を向けた。戦車の下にはおびただしい量の死体が転がっている。
かつては閑静な住宅街であったであろう街は、跡方もなくなっていた。
ここにあるのは死体と血。ここにいるのは血に飢えた生きる屍。
そんな屍の集団が、ノエルを仲間に変えようと砲弾を撃ち放とうとする。
「全体構え! う」
「ジャマ」
はずだったのだが、号令が響く前に戦車隊が潰された。
コンクリートのような物で出来たゴーレムが戦車をアリを潰す人よろしく鉄屑に変えたのだ。
「お前も、ジャマ」
「く――」
二十メートルはあろうかという巨体が、ノエルを掴もうと手を伸ばしてくる。
風の力で逃走を図るノエルは、フリントロックピストルを構え、風で強化された弾丸をそのゴツイ腕部に撃ち放つ。
キィン! という音が鳴った。まるで小学生がふざけて言うバリアーだ。
「硬い……ッ!」
「僕のゴーレムにそんなモノは効かない」
子どもの声がゴーレムの中から響く。無能者は敵だ。そう洗脳され、戦っているであろう少年だ。
ノエルが撃ったピストルは、先程ゴーレムが潰した戦車を軽く撃ち抜ける威力だったのだが、全く効果がない。
この銃はこれを撃ち抜けるのだからこうであるはずだ。そのような理論を展開してもクソほどの役にも立たない。ノエルはピストルを持ち替え銃身を握り鈍器へと切り替えた。
(異能の力は想いの力。力の在り様を見失ってはいけない)
それに――とノエルは思案する。まだ方策はあるはずだ、と。
ピストルの弾丸がゴーレムを貫通しないなら、サーベルがゴーレムの腕を切り裂けても何もおかしくはない。
物理的に不可能でも、異能的には不可能ではない。
ノエルは世界の法則が最初からそうであったかのように想い、風を纏わせたサーベルを思いっきり叩きつけた。
刃を潰してあった剣が、風の力を付与され、瞬間的に凄まじい斬力を獲得する。
「――ハッ!!」
「……嘘だッ!!」
左腕が斬り落とされ、内部にいた少年が悲鳴を上げる。
だが、少年は曲がりなりにも戦闘訓練を受けている。即座に反撃へと転じてきた。
避けようとしたノエルだったが、ゴーレムの方が速い。
残っていた右手で、握り掴まれてしまった。
「グッ……!!」
「よくも……僕のゴーレムを……握りつぶしてやる……!」
メキメキッ! と強化鎧が叫び始めた。
対異能物質で構築された機械仕掛けの鎧は耐久性に優れている。だが、どれだけ防御力に秀でていても全ての攻撃を防げるわけではない。
それに、鎧を着込む者には、直接内部に衝撃を与えるような武装が必要だ。鎧全盛期の中世で人気だった武器は剣ではなくメイスなのだ。
「う……ッ!」
「割り込みは禁止だよ。お姉ちゃん」
両腕は手の中にすぽりと納まり使えない。徐々に締め上げがきつくなり、ノエルの顔に苦悶の色が浮かび上がる。
風の暴発で脱出を試みるもびくともしない。先程はノエルの想いが勝っていたが、今は少年の殺意の方が上だ。
そして、援護は期待出来ない。メンタルと健斗の武装は銃火器だ。そんな非力な武装では、ゴーレムを撃ち果たすことは不可能である。
(まだ手はあります……ですが……)
なるべく最後までとっておきたい。そんな奥の手が強化鎧には搭載されている。
リミッター解除。心やメンタルの身体強化デバイスシステムを参考に、ノエルがアミカブルの技術者達に備え付けされた強化システムだ。
基本的な理論は心達のデバイスと同じ。コールするだけで音声認識により効果が発動するお手軽な仕組みである。
だが、心達とは違いノエルに再生異能はない。使えば彼女が戦闘不能になることはわかり切っていた。
そして、まだ自分が脱落していいタイミングではない。だが、使わなければいずれにしろやられる。
なれば――とノエルがコマンド詠唱をしようとしたその時、その雷鳴は鳴り響き、水が迸った。
「なっ……うわっ!!」
「ッ!! 今です!!」
勝機を得た。確信したノエルは再度、風を自身の身体から発生させる。
雷の力を付与された水圧カッターによって切断されたゴーレムの右手が重力に引かれて落下。
瞬間にコンクリート製の手から脱出したノエルは、ピストルの銃床にエンチャントを行った。
はぁッ!! という気合の掛け声と共に叩きつけられるフリントロック。鈍器として十分過ぎるほどの打撃力を得た銃床による打撃で、巨人の身体が粉々に砕け散る。
「う、嘘だ……」
バラバラと崩れ去って行く巨人の中から、少年が転落し始めた。地面に叩きつけられそうになる少年をノエルは救い、地上に降り立つ。
「援護ありがとうございました。ヤナ、ミズハ……ッ!?」
助太刀の礼を述べようとしたノエル。だが、戦場においてそんな時間があるはずもない。
すぐに降り注ぐ砲撃と銃弾の雨。拡散弾のシャワーを防ぐため、ノエルが周囲に風の結界を展開する。
同じように防護フィールドを張りながら、ノエルに接近する水橋と矢那。後方から接近する二人はノエルが危機に瀕していることに気付いた。目前の砲撃に集中している彼女の後ろで少年がナイフを取り出していたからだ。
「ノエル……っ!!」「ノエル君!!」
全速力で飛行しながらノエルに警告する二人。だが、砲声と銃声が奏でる協奏曲のせいで声は届かない。
二人の叫びも虚しく、ゆっくりとノエルに迫っていくナイフ。自分が助けた相手に殺されかかっていることなど露知らず少年と自分の身を守るため結界を維持していたノエルは、最後までその事実に気付くことはなかった。
「死ね……っ!!」
「……させない」
急に湧いて出た白い影。フードを被ったメンタルが、警棒でナイフを叩き落とし、そのまま顔面を強打してノックダウンさせた。
全てが終わった後で、自分が危うく死にかけていたことを知ったノエルは、助けてくれたメンタルに謝罪とお礼を口にした。
「助かりました、メンタル」
「……お互い様。ワタシは装備の関係上、出来ることはアナタのサポートくらいだし」
「その役目ももう終わり。私達が来たからね」
敵の攻撃が一旦止み、やっとノエルの元へ到着した矢那が言う。冷たく聞こえるような言い方だが、彼女は別に嫌味で言ったわけではない。
一刻も早くメンタルズの元へ戻ってもらいたかったのだ。既に自分がゲームをしようと約束した相手が死んでいるとは夢にも思わず。
そのことを良く理解しているメンタルは素直にわかってると頷いた。
「後は任せた。姉さんはワタシ達に任せて」
「ああ、頼まれた」
水橋が承知し、敵軍へと向き合う。彼女は一瞬、人を探すように辺りを見回したがすぐに止め、ノエルと矢那に目配せした。
「私達は敵をこれから惹きつける。我々の役目はあくまで囮だ。無理をする必要はない」
「……でも、別にやっつけちゃってもいいんでしょう?」
「――守りを固めるのは重要です。ですが、攻撃は最大の防御、とも言います」
二人の進言に水橋は苦笑し、そして水鉄砲を構えた。ノエルはサーベルとピストルを。矢那は拳を。
戦地からは怒号と悲鳴が聞こえ、銃撃と不可思議な異能が飛び交っている。死地に赴くというのに、水橋は冷静だった。ノエルも、矢那も同様に。
「……各自自己判断、ということにする。行くぞ!」
水、雷、風という強力な異能を持った三人が、混沌極まる戦場へと介入し始めた。
薄暗い地下室。その中で発光しているブルーライト。
そのパソコンには、短いメッセージが書き込まれていた。
重要な情報。狭間心がここにいたという証拠。ここが起点となるべきはじまりの場所だと、教えてくれる文章だった。
だから、メンタルズは立ち向かったのである。この情報を守るため、捨て身の特攻を行った。
「……くそっ」
直樹は毒づかずにはいられない。たった一言、ここで証拠を見つけたよと言ってくれればそれで済むこと。
いや、メンタルズのことだ。そう出来ない理由……それほどの相手と対峙したということだろう。
そして、その相手が誰なのか、直樹は何となく察していた。忌々しすぎる仇敵である。
「あいつ……め……」
「……怒っちゃダメだよ、直樹君」
握りこぶしを震わせる直樹を諫める炎の声。反論しかかった直樹だが、炎の顔を見て止めた。
彼女だって悲しいに決まっている。怒りを感じてもいる。
だが、そういった感情で戦えば、どうしようもならなくなってしまう。想いの力だって喪ってしまう。
故に、直樹は怒り出すことも泣き喚くこともなく、心の書置きに目を戻した。
「待ち続けている……か。俺は人を待つのは好きだが、人を待たせるのは嫌いだな」
「……ふふ、女の子の特権だよね。男が遅れると女は怒るけど、女が遅れても男は怒らない」
「そんなものなのか?」
生憎直樹にはそんな経験が皆無なので、炎の言うことが事実かどうかはわからない。
しかし、もし本当だとすれば、直樹は怒られても文句を言えないレベルの大遅刻だ。
急がなければならない。手遅れになる前に。……死んだメンタルズのためにも。
「で、どうすんだよ。ここが起点ってのはわかったが、一体どの方角に向かったのかわからねーと話にならんぜ? マジファックだ」
「そこは大丈夫だ」
直樹は小羽田の異能、念思を発動させた。本来、この異能は念話などに用いるものだが、応用次第で変わった使い方も出来る。
例えば、心の痕跡を追跡したりも。
直樹には、心の足跡が手に取るようにわかった。
「行こう。心はこっちに歩いて行った」
「オーケー。チクショー、便利だな」
エリーが直樹の豊富な異能に嫉妬しながら追従する。その後ろを歩く炎は、便利……か、と独り言を呟いた。
便利の一言で表せられる以上のことを直樹はやってのけている。例え地下室という特殊な場所であっても、ここを通っている人間は少なくはないはずだ。
その中から、不慣れな痕跡調査で瞬時に心を見つけ出したのだ。そこから導かれる結論はつまり……。
(ううん。今はそんなこと考えてる場合じゃない)
心のためにも。メンタルズのためにも。仲間のためにも。
今は早急に心を見つけ出さなければならない。
誰でもなく、自分のために。草壁炎という一個人のために。
そして……あの夢を正夢にしないためにも。
「炎?」
「うん、今行くよ」
炎は直樹の呼びかけに答え、心の軌跡を追って行く。様々な感情をその心に灯しながら。