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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第六章 壊れる世界
104/129

破れた約束

「……確かにその可能性はなくはない。けど、なぜ立火市にいた姉さんが……」


 直樹から報告を受けたメンタルが訝しむ。数県跨ぐ移動なので、いくら心でも数日で移動出来るような距離ではないからだ。

 だが、もし成美によるテレポートのミスだというならば合点がいく。

 自問自答したメンタルは、わかったと答え直樹との通信を終えた。


「行き先を新来市に。激戦地区の疑いがあるから、可能な限り接近してパラシュート降下を……」

「――その前に、私が先行した方が良さそうですね」


 直樹達が乗っている輸送機とは同型だが、座席の数が多い。その中の一席から、甲冑を見に纏った少女が立ち上がる。

 ずっと黙し、精神統一を行っていたノエルだ。彼女が動くたび、強化鎧の両腰に提げられているサーベルとフリントロックピストルが音を立てる。


「……敵がこちらに気付かないよう注意を反らすのか」


 野戦服姿の健斗が呟く。そうです、と頷いたノエルは計十人の白いパーカー集団を見回した。


「あなた達は隠密に長けていますが、敵の索敵力もなかなかのモノ。私が派手に立ち回れば敵もあなた達を見落とすことでしょう」

「……そう上手くいく? 突然敵が湧いて出てきたら勘付く人が……」


 出てくるかも、というメンタルの疑念をノエルが振り払う。


「常人が立ち回っていれば、そうかもしれません。ですが、無能派は目前の自分より強い敵との交戦に必死。異能派も異能派で主戦力のほとんどが子どもです。中には切れ者もいるでしょうが、突然戦場をかき乱されれば態勢を維持するのに手一杯でしょう」


 単純な一対一の戦争ならば足止めは厳しいかもしれない。

 だが、三つ巴という混迷極まりない激戦状態だからこそ、動きを封じることが出来る。

 前の敵と戦っている間に、後ろから撃たれるかもしれない。そんなカオスさが、敵の大胆な行動を抑制してくれる。

 メンタルはノエルの意見に納得したが、ノエル単体で行動するという危うさも理解していた。


「……でも、ノエル一人だけじゃ……後から水橋と矢那が来るとはいえ……」

「なら、メンタル0がついて行けばいい」


 突然立ち上がったのはメンタル3だ。急に提示された新しい選択肢に、メンタルが渋る。


「でも当初の作戦では」

「予定通り行かないのが作戦というもの。別にずっとついていろって訳じゃない。正直、オリジナルの追跡はワタシ達で事足りる。ワタシ達のトラッキング能力はアナタも良く知っているはず」

「……それは」

「わかってるでしょ。直樹達も来るし」


 いよいよメンタルも反論出来なくなった。

 メンタルとメンタルズ。その索敵能力は確かにメンタルの方が優れているが、メンタルズも十分すぎるほどのスカウト能力を所持している。

 わざわざ十人全員――しかも後から直樹と炎が応援に来る――ところへ最初から向かう必要もない。

 むしろ、別地点から合流することで彼女達と違う観点から心を探すことも可能とあればノエルと共に向かうのが最適解とも言える。

 それに……メンタルズにはもう一つ、メンタルにそうして欲しい理由があった。


「……矢那も、心配だし」

「……わかった。彼女達がノエルと合流し次第、ワタシはあなた達の方へ向かう」


 同じニセモノ同士だが、思い遣っている人間が違う。

 そのことをメンタルも、メンタルズも特に文句を言うつもりはない。

 それは自分達が人である証拠だ。後天的に獲得し得た個性だ。

 そう互いを認め合っているニセモノ達は、互いが互いの大切な人間のために行動することを良しとした。


「アナタはどうするの?」

「僕か? 僕も予定通り君達といっしょに……」

「……アナタもこっちに来た方がいい」


 そう提案したのは、問いかけたメンタル4ではなくメンタルだ。

 戦闘を可能な限り回避する予定の心捜索部隊よりも、健斗がかつて所属していた無能派と戦闘するつもりである陽動部隊についた方が戦術的に有利に運べるはずだからだ。


「……そうか。そうしよう」

「きっと、ミズハシのモチベーションも上がりますよ」


 ノエルの掛けた言葉に、健斗は反応を示さなかった。

 直樹と心、炎のような単純な恋愛模様よりも、死人が関わる複雑な恋愛事情に口を出すクルーはここにはいない。

 変更された作戦に従い、開いた輸送機の後部ハッチから、風を纏う騎士がメンタルと健斗を抱え出撃した。




「メンバーを変更した……!?」


 先行機から連絡を受けて一番動揺したのは矢那だった。

 戦争では、安心安全など存在しない。しかし、人数が多ければ多いほど、虚構の安堵感は増す。

 その偽りの安全すら喪われ取り乱しそうになった矢那の右肩を、落ち着かせるように水橋が手を置いた。


「大丈夫だ。敵主力はノエル達が惹きつけてくれるはずだ」

「でも……っ! いや……何でもないわ」


 水橋の顔を見た矢那が冷静さを取り戻す。

 見受けたのだ。彼女の顔にも自分と同じような焦燥の念が宿っていたことを。

 この変更で危険なのはメンタルズよりも、より激化している戦場に身を晒すことになるノエル、そして彼女に追従した二人だ。

 その人員には心のクローンであるメンタルと、水橋の想い人である健斗が含まれる。

 そんな水橋を見て、取り乱せるほど矢那は子どもではない。強がりなら矢那の得意分野である。


「……なんか一気に雰囲気が変わったな。まるで戦争映画のシリアスシーンだ」

「映画じゃなくて現実だぞ、ガンマン」


 空気が読めない発言を水橋が諫める。

 だが、先兵として日本に出国した西部劇風味のガンマンエリーは飄々とした様子で言う。


「だろうな。だったらなおさらくよくよしてる暇はねーんじゃねーか? アンタらの恋人か家族か知らねえが、守りたいんなら冷静に状況判断をしなけりゃ負けっちまうぜ? 敵はこっちの事情なんざ知らねえんだからよ」

「なるほど、一理ある。……もし君が私達に勝ってれば説得力はあっただろうな」


 水橋の棘のある一言に、エリーが真っ赤になる。ちなみに、西部劇よろしいガンマンコスチュームはもう乾いて、持ち主であるエリーにガンマンらしさを付与している。


「おい……せっかくベテランアーミーである私がアドバイスを……!」

「ふん。とはいえ一日二日ばかり戦場を駆けたぐらいだろう? 今戦場にいる人間全員が戦争など経験してないのだからな。それに私の方が年上だぞ」


 何を……っ! と言い合う二人。そのやりとりを少し離れたところで見ていた直樹は気づいた。

 二人のキャラが被っているのだ。それに、水橋も水橋で水鉄砲によるガンスピンを披露していた。

 似た者同士というのは馬が合う人間と合わない人間の二パターンあるが、今回は後者なのだろう。

 無論、ただそれだけで言い合いをしている訳ではないはずだ。これから起こる戦闘を前に、ただ緊張と焦燥を巡らせているだけでは、身が持たなくなってしまう。

 だから、作戦中にも軽口を叩いたりするのだ。しょうもないことを言いあったり、今後の予定を立てたりする。


(二人は大丈夫そうだな……。炎は……)


 と、窓の外を眺める赤髪の少女へと直樹は近づいていった。


「炎」

「直樹君……大丈夫だよ」


 眼下には、故国である日本が広がっている。

 成美が敷いた情報統制。他県にすら外出が禁じられていた、閉じられていた国。

 たっぷりの偽情報で、常識が書き換えられていた。普通に考えればおかしいことであるはずなのに、それをおかしく感じられなくなっていた不思議な国。

 そんな日本を孤立させて、世界は回っていた。異能派か無能派か、二つの派閥に。


「……ホントに?」

「うん……兄さんが死んだのは五年も前だし、そのことで心ちゃんを恨んでもいない……。ただ、心配なのは……自分が暴走しないかってことだけ」


 炎は何度か暴走している。成美の影響もあるだろうが、溜めこまれたストレスが突然爆発するのだ。

 普段の炎なら考えられないほどの破壊と紅蓮をまき散らすほのおの化身へと姿を変える。

 そんな彼女に自分はなんて声を掛ければいい? 直樹は考え込んだ後、口を開いた。


「大丈夫だ、なんて言えないけど、何かあったら俺が正気に戻す。だから、安心して暴走してくれ」


 何ともカッコのつかないセリフである。だが、むしろだからこそ炎は安堵した。

 これが直樹君だ。神崎直樹という人間の在り方だ。

 炎はクスッと笑って感謝を述べた。


「ありがと、直樹君。……あ、今しか言えないから言っておくね」


 そう前置きした炎は、すぅ、と深呼吸した後、


「この戦争が終わったら、伝えたいことがあるんだ」


 そう言って、彼女はにっこりと微笑んだ。

 その笑顔に吸い込まれそうになった直樹はどう返事をすればいいかわからず、


「わかった」


 と一言だけ答えた。


「ありがとう」


 なぜか炎はもう一度感謝し、口論を続ける水橋達へと割って入って行く。

 初々しいやり取りの傍ら、エリーと水橋のしょうもない意地の張り合いを眺めていた矢那はひとり、暗い表情で、メンタルズ……と彼女達を案じるように呟いた。




「こちらメンタル1。新来市に侵入。そちらは」

『メンタル2も無事到達』『メンタル3も同じく』

「メンタル4は?」

『……メンタル4。三時方向のデパートの上。……屋上から市街地を眺めている』

「メンタル5」

『アナタの後ろ。今ついた。メンタル6もいっしょ』


 後はメンタル7とメンタル8、メンタル9の三人だ。

 彼女達は街の反対側へ回り込んでいる最中である。本当は全員の配置がつくまで行動は止めた方がいいのだが、パッと見たところ敵の存在が確認出来ないため、まとめ役のメンタル1は全員に指示を出した。


「索敵しながら進行。適時報告。異常があればプランA-2の通りに」

『了解』


 自分自身と全く同じ声音が、返ってくる。

 メンタル1は味方に一切の不安を感じていなかった。いるのはちょっと違うジブンである。

 何が起こっても、味方がどう行動するのかが手に取るようにわかる。劣化再生異能しか持ち合わせていない彼女達は、まるでシンクロしているかのように同時に動き出した。


(……そろそろ反対側についた“ワタシ”と連絡がつくはず)


 メンタル1の予想は見事的中。若干イラつき気味のメンタル9からすぐ連絡が来た。


『何勝手に動いてるの。今配置についたけど』

「……でも、予想通りでしょう?」


 メンタル1の図星にメンタル9は舌打ちしつつ、反対側から捜索をし始める。

 だが、彼女達全員がそんな広範囲を探す必要がないことを感じていた。

 見る場所は一か所でいい。そこにいなければ、後は無駄である。

 だが、無駄を潰していくのが人探しだ。例え無意味とわかっていても、隅々までチェックしなければならない。


「今のところ、異常なし」


 さも当然、と言ったところである。

 街の中に敵の気配はない。戦闘の形跡はあるが、それだけだ。

 恐らくはもう敵も、捜索対象である狭間心も、街を出て行っている。

 だが、起点に辿りつけたというのは朗報だ。もし、直樹が敵の捕虜から情報を引き出していなければきっと見当違いの場所を探索し、砂粒の中から金の砂を探すような果てしない旅路となってしまったことだろう。

 手に持つ暗黒郷ディストピアのズシリとした感触を確かめながら、メンタル1と後方につくメンタル5、6が目的地に接近していく。


『転がっている複数の銃器を確認。そして、血痕。対異能部隊だと推測する』

『ワタシは、異能らしき力で壊された家屋を見つけた。もしかすると異能者が近くにいるかも』

「了解。各自報告を怠らないで」


 無駄な一言を添えて、メンタル1は進む。そんな怠慢を行う奴はここにはいない。

 無駄、ムダ、むだ。無駄の積み重ねである。だが、そんな無駄こそがワタシ達が不完全であるという証拠。

 完全な存在は人間ではない。意味のないことを繰り返すから人間で、ニセモノであるクローン達は人間として存分に振る舞いながら、オリジナルを探していた。

 本人を見つけなくとも、手がかりは見つける。そして、さっさとホンモノを見つけ、家に帰って矢那と過ごすのだ。

 メンタルズ、というよりもメンタル1は好きなことはじっくりと楽しむクチである。

 面倒な事柄を先に片付け、残して置いた楽しみをゆっくりと味わう。

 メンタル9は反対である。短気でキレっぽい(あくまで誤差ともいえる範囲だが)。

 メンタル2は甘い物が好きだ。反対に、メンタル4は苦い物が大好きで甘党である矢那を困らせていた。

 メンタル3は大人数ゲームを行う時、端っこで様子を窺い一位を掻っ攫う段取りをよくしている。隠密に長けたメンタルズのなかでも油断ならない奴だ。

 メンタル5は、ジブンが一番最年長であると主張している。ワタシの方が一番年上だ。だから、ワタシを敬え。そう威張るのだが、いつも矢那に私の方が年上よ、と諫められている。

 メンタル6は、いつも難しい本を読んでいる。マキャベリとかの政治の本を読み漁り、たまにノエルと哲学論争に励む。

 メンタル7はグータラな奴だ。家に帰れば全ての面倒事が勝手に解決されると思っている。実際に矢那が甘やかしているので、それがメンタルズの中で顰蹙ひんしゅくを買っているのだが、当の本人である矢那は気づいていない。

 メンタル8は、メンタル0を羨ましがっている。平和になったらこっそり入れ替わってしまおうかと画策しているから、後で0に注意を促した方がいいかもしれない。


「……目的地に到着」


 無駄な空想を巡らせている間に、メンタル1は旧狭間邸へと到着した。


「跡形もない。資料通りね」


 メンタル5が感慨深く呟く。心のクローンであるメンタルズは、全員が狭間心についての知識を持ち合わせている。狭間家は、当主である狭間信が死んだ後、兄京介に処理され、何一つ残っていないはずだった。

 雑草が生えまくる空地の上を三人の白パーカーが見回す。すると、メンタル6がこっちに来て、と声を上げた。


「隠し扉を見つけた。恐らくは地下室がある」

「地雷探知機に反応。解除する。離れて」


 メンタル5が携帯を取り出し、扉を挟んで設置されている地雷に解除信号を送る。

 無事爆弾を解除し終えたことを確認したメンタル1が、皆に報告する。


「狭間家に到達。地下入口を発見したので、ワタシタチが先行して調査する。何かあったら教えて」

『わかったわ。……貧乏くじね……』


 メンタル9がぼやいた。そんなぼやきを聞き流しながら、メンタル1、5、6、が地下へと侵入する。

 錆びつく梯子を降りた先には、ちょっとした広さの地下室があった。

 まず目に付いたのはノートパソコン。というよりそれくらいしかめぼしい物がない。


「……人のいた形跡……パソコンを確認する」

「了解。ワタシは扉の先を見てくる」

「……ワタシは部屋の状態をチェックする」


 各々の確認作業に着手し始めたメンタル達。メンタル1はパソコンを開き中身を閲覧し、直樹宛ての心のメッセージを見つけた。


「当たり。やはりここにオリジナルが……」


 いた、とメンタル1がジブン達に報告しようとした時である。

 デパートの屋上から街全体を見回していたメンタル4から緊急連絡が入った。

 切迫し、とても焦っている声色だ。


『……ッ!! 敵を確認! 異能者の模様……コイツは……!! メンタル4はこれより交戦をかい』


 メンタル4から通信が途絶えた。次いで、地下にまで届く轟音。

 確かめる必要はなかった。だが、確かめずにはいられなかった。

 メンタル1は梯子に飛びつき、地上へと戻る。


「メンタル4! 応答を……」


 耳元に手を当てながらメンタル1が怒鳴る。しかし、いくら叫んでも通信は返って来ない。

 最悪の展開を脳裏によぎらせながら、地上への入り口を開いた。身を乗り出し、デパートの方向へと顔を向ける。

 そして、絶句した。


「…………ッ」


 デパートがない。物理的に……いや、異能的に破壊されたのだ。

 アンチサイキックライフルを構えていたメンタル4ごと、デパートを消滅させた何かがいる。

 だが、辺りを見渡しても見つけられない。どこだ? どこにいる!? と激情と共に地面に躍り出たメンタル1に、メンタル9から連絡が入った。


『……アナタ達は地上に出るなッ!! 地下にいてッ!』


 アサルトライフルの銃声を轟かせながら、メンタル9が叫ぶ。通信の合間に二つの悲鳴が割り込んだ。

 同じ声だが、声の主が誰だかは良く知っている。メンタル7とメンタル8だ。

 一度悲鳴を上げ、以降返事がない。考えるまでもなく、口を開けなくなったのだろう。

 人殺しのために創られたクローンが、死という未知なる恐怖に震える。

 そして、今なおライフルを撃ち放っているメンタル9を心配する。


「メンタル9! 撤退を!!」

『うるさいッ! ワタシが引きつけ』

「メンタル……9……!」


 メンタル9の言葉が切れた。後には断続的にノイズが続くだけである。

 メンタルズを纏めるリーダー的立場であるメンタル1に、同胞の死を嘆く時間はない。

 すぐに状況判断したメンタル1は、生き残っているメンタル2、3、5、6に撤退の指示を出した。


「総員退避! 何としても生き延びて情報を直樹達に!!」

「メンタル1。正直、不可能に近い」


 地上へと出てきたメンタル5が衝撃の事実を告げる。

 いや、わかっていたことではある。このままではどう足掻いても全滅する。

 メンタル達の戦闘ステータスはメンタル0を除いてほぼ同レベルである。

 先に戦闘を行ったメンタル4、7、8、9が手も足も出なかった時点で詰みだった。

 だが、メンタルは暗殺者である。不意をつくことこそが彼女達の戦い方。

 そう言った点ではまだ勝機はある。あるはずなのだが……。


「……勝てるイメージが湧かない。敵は恐らく……」


 絶望的な表情でメンタル1を見つめるメンタル6。彼女の、いや彼女達は同じ敵を想定していた。

 いや、それ以外は考えられない。他の敵ならば、高い戦闘力を誇る彼女達が即死するということは有り得ないからだ。

 一人ならわかる。だが、四人ともやられるには、相当な強さの異能者でなければ不可能だ。

 そして、もう一つ確かなことは、この場で重要なのは狭間心がいたという証拠であって、メンタルズの命ではないということ。

 勝てない強敵を前に、メンタルズが取れる方策。やれることは限られていた。


「……わかった。全員攻撃開始。ゲリラ戦で敵を暗殺する」


 殺さない、とは言わない。そんな甘い戦い方が通用する相手ではない。

 むしろ殺すくらいが丁度いい。かなり甘めの目測だが。


「行けッ!」


 号令を出し、メンタル1、5、6が散開した。

 メンタル2と3からは連絡がない。この二人については、もう死亡したものと達観している。

 あらゆる異能者に死と言う名の現実を見せつける拳銃を手に、メンタル1が走る。道路を横切り、朽ちかけた塀を越え、近くの家屋の中へ姿を消す。

 背中に掛けていたアンチサイキックライフルを窓から突き出し、雲ひとつない青空を見上げる。

 そして、敵が来るまで、じっと耐える。耐える。耐え続ける。


「……敵を発見」


 敵が姿を現した。黒い髪の少年。

 味方の合図を待つ。通信機に連絡。メンタル5、準備良し。メンタル6、狙撃可能。


「発射」


 淡々と呟かれる命令文。三方向からの狙撃。

 異能者用に創られた狙撃用ライフルが、死の弾丸を放出する。

 暗殺という効率的な殺し方を徹底して仕込まれた、無垢なる者達による射撃。

 常人の異能者ならば頭部に一発ぶち込まれただけでも絶命して余りあるほどの破壊が、最強ともいえる異能者に奔る。

 弾丸が空を切る。飛ぶ。着弾。

 そして、敵の姿が掻き消える。


「ッ!?」


 何が起こったのかわからなかった。

 ただ、次に起こったことはわかる。

 メンタル5の悲鳴が聞こえ、彼女が隠れていた民家が消え失せた。

 メンタル6が身を潜めていた、模型店だったと思われる焦点が跡形もなく吹き飛んだ。

 その後は、


「おい、お前達って神崎直樹の知り合いだよな?」


 まるで知り合いに訊くような軽い口調で、キングが窓の外、ベランダの柵の上に立っていた。

 反射的にライフルを投げ捨て暗黒郷ディストピアの引き金を引く。

 だぁんという重い銃声。世界最強の自動拳銃であるデザートイーグルをモチーフとした、世界最凶の銃が火を吹く。

 だが、何度銃声が響こうと、頭を破裂させるほどの死を放とうと、目の前の男が傷つくことはない。

 夢中で引き金を引き、唐突にカチッと響く弾切れ音。スライドが開き、持ち主に弾がなくなったよと親切に知らせてくれる。

 やっと終わったか、とキングがベランダの内側へ降りてきた。


「あのムカつく野郎に一泡吹かせたいんだよ。協力してくれよ。他の仲間はどこにいる?」


 セリフだけ聞けば、少年漫画に出てくる努力家、もしくは知能派の主人公がライバルキャラに対して知略を巡らせる展開にも思える。

 だが、実際には、平和を祈る少女を救おうとする少年に対する妨害工作。そんな奴に協力する理由はメンタル1に微塵も存在しなかった。

 だから、彼女は答えない。携帯を取り出し、科学的魔術を唱える。


「アナタの強さは予測済み……ッ!!」


 デバイス起動アクティベート――。

 決死の覚悟で叫んだメンタルの声は矢那には届かない。

 だが、それでも……例え無駄であったとしても、メンタル1は矢那に叫ぶ。


「矢那……約束……守れなくて……」


 ごめん。

 一言謝罪を述べたメンタル1は、敵を抱きかかえ、民家の庭に無造作に置いておいた爆薬の中へと突撃した。





「…………うっ!!」

「直樹君!? 大丈夫!?」


 急によろめいた直樹を、炎が支える。

 気流が乱れた、というわけではない。機体は揺れないよう細心の注意を払い、新来市近辺で直樹達の出撃を待っている。


「おいおい、大丈夫かよ。これから戦争すんだぞ?」


 すっかり打ち解けたエリーが、ボードに乗りながら呆れてくる。

 大丈夫だ、と直樹は炎とエリーに言い、ハッチへと歩み寄った。


「ちょっと……まだ、慣れなくて」

「成美ちゃんの異能?」

「ああ。よくわからないことがあってな」


 だが、直樹がどれだけ聞きたくても、持ち主である成美はこの世にいない。

 なら、今奔った妙な感覚が何なのかは自分で解き明かすしかない。

 それにもう水橋と矢那は先行しており、新来市に向かうのは自分達だけだ。

 メンタルズも待たせている。急がなければ。


「直樹君……」

「大丈夫だって。行こう。矢那さんの不安を早く払わないと」


 果たしてそれは矢那だけの心配だったのか――。

 開いたハッチを飛び出した直樹は、漠然とし、それでいて明確過ぎる嫌な予感に胸に街へと繰り出した。


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